説明

新規な細胞増殖促進剤

細胞、特に胚性幹細胞や体性幹細胞の増殖を促進する剤を提供する。本発明のタンパク質導入ドメインおよびERasタンパク質を含んでいることを特徴とする融合タンパク質あるいは化学的結合体を用いることによって細胞、特に胚性幹細胞や体性幹細胞の増殖を促進することができる。本発明の細胞増殖促進剤は、可逆的に調整をすることができるため、遺伝子導入法に比べてより臨床応用が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は細胞増殖促進剤に関するものである。具体的には、胚性幹細胞や体性幹細胞の細胞増殖促進剤を提供するものである。
【背景技術】
胚性幹細胞(ES細胞)や体性幹細胞(組織幹細胞)などの幹細胞は神経疾患、糖尿病、白血病などに対する移植療法の資源として期待されている。ES細胞は受精卵(胚盤胞)の内部細胞塊に由来し、分化多能性を有することから特に価値が高い。マウスES細胞は白血病阻害因子(LIF)により分化多能性を維持することができる。しかしヒトおよびサルのES細胞はLIF存在下でも、分化多能性を完全に維持しつつ増殖させることが難しい。一方体性幹細胞は受精卵を利用しないためES細胞のような倫理的問題が無いという長所を持つ。しかし体性幹細胞はES細胞よりも増殖が悪く、十分な細胞数を得ることが難しい。そのため、これらES細胞や体性幹細胞の増殖促進物質が望まれている。
本発明者は、ES細胞で特異的に発現する遺伝子群ECAT(ES cell associated transcript)を同定し、その機能を解析してきた(WO 02/097090 A1)。これまでに、ECAT4(Nanog)はホメオボックス転写因子であり、NanogをES細胞で過剰に発現させるとLIF非依存的に分化多能性を維持できること(Cell,113,631−642(2003))、およびECAT5(ERas)は恒常活性型のRas蛋白質であり、ERasはPI3キナーゼの活性化を介してES細胞の増殖を促進していること(Nature,423,541−545(2003))などが明らかとなっている。ERasはES細胞だけでなくNIH3T3細胞やマウス胎児線維芽細胞(MEF)に対しても強い増殖促進を示す。
【発明の開示】
本発明は、可逆的な細胞増殖促進剤、特に胚性幹細胞(ES細胞)や体性幹細胞の可逆的な細胞増殖促進剤を提供することを目的とする。
現在、多分化能を維持したままES細胞や体性幹細胞を大量生産することは極めて困難であり、未だ達成されていない。また遺伝子導入は、リポフェクション法やレトロウイルスベクター法などの公知の方法により達成できるが、(i)高い導入効率を得ることが難しい、(ii)導入された遺伝子は染色体に取り込まれるが染色体のどこに組み込まれるか不明で不可逆的であるため癌化するリスクが高い、(iii)操作が煩雑なために多数の細胞を一度に処理しにくい、などの様々な課題がある。したがって臨床応用を考えると、細胞増殖に関与する遺伝子を遺伝子導入して細胞を増殖させることは現実的ではない。
そのため、本発明は遺伝子導入によらない臨床応用可能な細胞増殖促進剤を提供することを目的とする。
本発明者は、上記の問題点を解決すべく鋭意検討し、ERas(ECAT5)タンパク質にHIV由来のTATペプチドを組み合わせた融合タンパク質を培地に添加することによって、該融合タンパク質が細胞に取り込まれて細胞増殖が促進されることを見出した。なお、培地から融合蛋白質を除去すると、細胞内に取り込まれた蛋白質が分解されるとともに反応は停止するため、本発明における細胞増殖促進作用は可逆的である。
これらの知見から、本発明者は、ERasタンパク質を細胞に取り込ませることによって細胞増殖を可逆的に促進させることができ、特に、多分化能を保ったまま培養して増殖させるのが困難な胚性幹細胞や体性幹細胞を増殖させるのに有用であると考え、本発明を完成するに至った。
即ち本発明の要旨は、以下のとおりである。
〔1〕タンパク質導入ドメインおよびERasタンパク質を含んでいることを特徴とする融合タンパク質、
〔2〕Rasタンパク質がヒト、サル、ウシまたはマウス由来のものである、上記〔1〕記載の融合タンパク質、
〔3〕タンパク質導入ドメインが、HIV TAT、アンテナペデイア・ホメオドメイン(Antonnapedia homeodomain)、HSV VP22またはこれらのうちいずれかのフラグメントである、上記〔1〕または〔2〕記載の融合タンパク質、
〔4〕タンパク質導入ドメインが、HIV Revのフラグメント、flock house virus Coat(FHV Coat)のフラグメント、brome mosaic virus Gag(BMV Gag)のフラグメント、human T cell leukemia virus−II ReX(HTLV−II ReX)のフラグメント、cowpea chlorotic mottle virus Gag(CCMV Gag)のフラグメント、P22Nのフラグメント、λNのフラグメント、φ21Nのフラグメント、酵母PRP6のフラグメント、またはオリゴアルギニンからなるペプチドである、上記〔1〕または〔2〕記載の融合タンパク質、
〔5〕タンパク質導入ドメインが、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)またはこれらのうちいずれかのフラグメントである、上記〔1〕または〔2〕記載の融合タンパク質、
〔6〕上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質をコードする塩基配列を含有する核酸、
〔7〕上記〔6〕記載の核酸を含有する発現ベクター、
〔8〕上記〔7〕記載の発現ベクターを含有する細胞、
〔9〕上記〔8〕記載の細胞を、融合タンパク質の発現可能な条件下で培養することを特徴とする、上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質の製造方法、
〔10〕ビスフォスフォネート化合物、グルコース−6−リン酸、P糖タンパク質に結合活性を持つ化合物またはアルギニンを有する分岐型ペプチドと、ERasタンパク質との化学的結合体、
〔11〕上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質または上記〔10〕記載の化学的結合体を有効成分として含有する細胞増殖促進剤、
〔12〕Nanogタンパク質をさらに含有する、上記〔11〕記載の細胞増殖促進剤、〔13〕細胞が胚性幹細胞または体性幹細胞である、上記〔11〕または〔12〕記載の細胞増殖促進剤、
〔14〕上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質または上記〔10〕記載の化学的結合体と細胞とを接触させる工程を含む、細胞増殖促進方法、
〔15〕Nanogタンパク質をさらに接触させる、上記〔14〕記載の細胞増殖促進方法、
〔16〕細胞が胚性幹細胞または体性幹細胞である、上記〔14〕または〔15〕記載の細胞増殖促進方法、
〔17〕ピノサイトーシスで上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質または上記〔10〕記載の化学的結合体を細胞内に取り込ませる工程を含む、上記〔14〕〜〔16〕いずれか記載の細胞増殖促進方法、
〔18〕上記〔1〕〜〔5〕いずれか記載の融合タンパク質または上記〔10〕の化学的結合体を含有する細胞。
【図面の簡単な説明】
図1は、融合タンパク質の例で、ERasタンパク質のN末端にHIV由来のTATペプチドを融合させたものを示している。これらのタンパク質は大腸菌内やCell Free合成系で合成、精製することができる。
図2は、TAT−ERasタンパク質による細胞増殖促進作用を示している。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明において「融合タンパク質」とは、タンパク質導入ドメインとERasタンパク質を含んでいる融合タンパク質であり、細胞に取り込まれることにより細胞増殖活性の亢進が認められるものであればよい。この融合タンパク質を細胞に取り込ませることにより、細胞、特に胚性幹細胞や体性幹細胞などの培養の効率性と経済性の向上が期待できる。
融合タンパク質における2つのドメインの融合はいずれの可能な位置でもよく、タンパク質導入ドメインはERasタンパク質のN末端またはC末端のいずれに融合してもよいが、好ましくはERasタンパク質のN末端に融合する。
タンパク質導入ドメインは、公知の方法で融合することができ、例えば、直接的な化学結合により、あるいはリンカー分子を介して、ERasタンパク質に融合してもよい。かかる場合、リンカー分子は、2つのドメインを連結させることのできるいずれの2価の化学構造物であってもよい。本発明の好ましいリンカー分子は短いペプチド、例えば、1〜20個のアミノ酸残基、好ましくは1〜10個のアミノ酸残基を有するものである。融合タンパク質は公知の遺伝子工学的な手法を用いて作製することもできる。
本明細書において「タンパク質」には、特定のアミノ酸配列(配列番号:2,4,6または8)で示されるタンパク質だけでなく、これらと生物学的機能が同等であることを限度として、その同族体(ホモログやスプライスバリアント)、変異体、誘導体などが包含される。ここでホモログとしては、ヒトのタンパク質に対応するマウスやラットなど他生物種のタンパク質が例示でき、これらはHomoloGene(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/HomoloGene/)により同定された遺伝子の塩基配列から演繹的に同定することができる。また変異体には、天然に存在するアレル変異体、天然に存在しない変異体、及び人為的に欠失、置換、付加および挿入されることによって改変されたアミノ酸配列を有する変異体が包含される。なお、上記変異体としては、変異のないタンパク質と、少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは95%、さらにより好ましくは97%相同なものを挙げることができる。
従って、本明細書において「ERasタンパク質」は、特に言及しない限り、特定アミノ酸配列(配列番号2,4,6または8)で示されるERasタンパク質やその同族体、変異体、誘導体などを包含する趣旨で用いられる。具体的には、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を有するマウスERasタンパク質、配列番号:4に記載のアミノ酸配列を有するヒトERasタンパク質、配列番号:6に記載のアミノ酸配列を有するサルERasタンパク質、配列番号:8に記載のアミノ酸配列を有するウシERasタンパク質、およびラットホモログなどが包含される。ここで配列番号2に示すタンパク質は、マウス由来のERas遺伝子によってコードされるタンパク質である。配列番号4に示すタンパク質は、ヒト由来のERas遺伝子によってコードされるタンパク質である。配列番号6に示すタンパク質は、サル由来のERas遺伝子によってコードされるタンパク質である。配列番号8に示すタンパク質は、ウシ由来のERas遺伝子によってコードされるタンパク質である。
ERasタンパク質には、配列番号2,4,6または8に示す各アミノ酸配列を有するタンパク質のみならず、その相同物も包含される。該相同物としては、上記各アミノ酸配列において、1もしくは複数(通常数個)のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列からなり、且つもとのアミノ酸配列のERasタンパク質と実質的に同等の活性を有するタンパク質を挙げることができる。
ここで実質的に同等の活性とは、該タンパク質を発現させた細胞の細胞増殖が促進される、あるいは該タンパク質を取り込ませた細胞の細胞増殖が促進されるという性質を示す。このようなERasタンパク質の性質は、公知の方法(Nature,423,541−545(2003))などにより容易に測定することができる。
なお、タンパク質におけるアミノ酸の変異数および変異部位は、その活性が保持される限り制限はない。活性を消失することなくアミノ酸残基が、どのように、何個置換、挿入あるいは欠失されればよいかを決定する指標は、当業者に周知のコンピュータプログラム、例えばDNA Star softwareを用いて見出すことができる。例えば変異数は、典型的には、全アミノ酸の10%以内であり、好ましくは全アミノ酸の5%以内であり、さらに好ましくは全アミノ酸の1%以内である。また置換されるアミノ酸は、置換後に得られるタンパク質がERasタンパク質の活性を保持している限り、特に制限されない。この置換されるアミノ酸は、タンパク質の構造保持の観点から、アミノ酸の極性、電荷、可溶性、疎水性、親水性、両親媒性などにおいて置換前のアミノ酸と似た性質を有するアミノ酸であることが好ましい。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、PheおよびTrpは互いに非極性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、AsnおよびGlnは互いに非荷電性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、AspおよびGluは互いに酸性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、またLys、ArgおよびHisは互いに塩基性アミノ酸に分類されるアミノ酸である。ゆえに、これらを指標として同群に属するアミノ酸を適宜選択することができる。
ERasタンパク質は、後述するERasタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有する形質転換体を培養することによって製造することができる。
本発明において「タンパク質導入ドメイン」とは、タンパク質を導入することができる、またはタンパク質導入を補助することのできるものであればよく、何ら限定されない。例えば、(i)公知であるHIV TAT、アンテナペデイア・ホメオドメイン(Antonnapedia homeodomain)、HSV VP22またはこれらのうちいずれかのフラグメント、(ii)HIV Revのフラグメント、flock house virus Coat(FHV Coat)のフラグメント、brome mosaic virus Gag(BMV Gag)のフラグメント、human T cell leukemia−II ReX(HTLV−II ReX)のフラグメント、cowpea chlortic mottle virus Gag(CCMV Gag)のフラグメント、P22Nのフラグメント、λNのフラグメント、φ21Nのフラグメントまたは酵母PRP6のフラグメント、(iii)オリゴアルギニンを有するペプチド、(iv)cell penetrating peptides(CPP)、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)またはこれらのうちいずれかのフラグメント、などを挙げることができる。
前記(i)〜(iii)のいずれかのタンパク質導入ドメインを用いることによって、広範囲な細胞にERasを細胞内に取り込ませることができる。また、目的細胞において特異的に発現するレセプターと結合する物質をタンパク質導入ドメインとして用いることによって組織あるいは細胞特異的な取り込みが可能となるため、前記(iv)のタンパク質導入ドメインを用いれば、対応するレセプターが発現した組織あるいは細胞特異的にERasを細胞内に取り込ませることができる。
前記(i)のタンパク質導入ドメインであるHIV TAT、アンテナペデイア・ホメオドメイン(Antonnapedia homeodomain)、HSV VP22には、HIV由来のTAT(Green and Loewnstein,Cell,56(6),1179−88(1988)、Frankel and Pabo,Cell,55(6),1189−93(1988))、ショウジョウバエ由来のアンテナペディア蛋白(Vives et al.,J.Biol.Chem,272(25),16010−7(1997))、HSV由来のVP22(Elliott and O’Hare,Cell,88(2),223−33(1997))のみならず、その機能が同等であることを限度として、その同族体(ホモログやスプライスバリアント)、変異体などが包含される。なお、変異体としては、変異のないタンパク質と少なくとも70%、好ましくは80%、より好ましくは95%、さらにより好ましくは97%相同なものを挙げることができる。
更に前記(i)のタンパク質導入ドメインは、HIV TATのフラグメント、アンテナペデイア・ホメオドメインのフラグメントまたはHSV VP22のフラグメントであり、且つタンパク質導入機能またはタンパク質導入を補助する機能を有するものも包含する。該フラグメントの長さは、タンパク質導入またはタンパク質導入を補助する機能を有するのであればよく、何ら限定はされない。
HIV TAT、アンテナペデイア・ホメオドメインおよびHSV VP22は、細胞膜を貫通する能力を有する蛋白トランスダクションドメイン(以下、「PTD」という)が同定されているため、タンパク質導入ドメインであるHIV TATのフラグメント、アンテナペデイア・ホメオドメインのフラグメントおよびHSV VP22のフラグメントには、これらのPTDからなるフラグメントも包含される。異種蛋白とPTDを融合することにより、培養細胞中に導入することができることは公知であり、その作製方法も知られている(Fawell et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,91(2),664−8(1994)、Elliott and O’Hare(1997),Phelan et al.,Nature Biotech.16,440−443(1998)およびDilber et al.,Gene Ther.,6(1),12−21(1999)、特許番号第2702285号)。HIV TATのPTDについては、HIV TAT蛋白由来の11アミノ酸のPTDに融合したβ−ガラクトシダーゼ蛋白が、生きたマウスのすべての組織に浸潤してすべての単一細胞に到達できることが報告されている(Schwarze et al.,Science,285(5433),1569−72(1999))。
HIV TATのフラグメントとしては、具体的には、前記の公知文献等に記載されているものを挙げることができるが、好ましくは特許番号第2702285号に記載のHIV TATフラグメントであり、更に好ましくは配列番号13で示される配列を含有するペプチドが挙げられる。配列番号13で示される配列を含有するペプチドとしては、例えば、配列番号17に示されるアミノ酸配列を有するHIV TAT−(48−60)ペプチドが挙げられる。
アルギニンに富む塩基性ペプチドは細胞膜透過能を有しており、HIV TATのフラグメントは分子中央部を全てアルギニンに置換しても(配列番号16)、該フラグメント(ペプチド)は細胞膜透過能を有することが知られているため(J.Biol.Chem.,276,5836−5840(2001))、HIV TATのフラグメント、アンテナペデイア・ホメオドメインのフラグメントおよびHSV VP22のフラグメントは、複数個のアミノ酸がアルギニンに置換されていてもよく、置換後のフラグメントがタンパク質導入機能またはタンパク質導入を補助する機能を有していれば、本発明のタンパク質導入ドメインに含まれる。
前記(ii)のタンパク質導入ドメインであるHIV Revのフラグメント、flock house virus Coat(FHV Coat)のフラグメント、brome mosaic virus Gag(BMV Gag)のフラグメント、human T cell leukemia virus−II ReX(HTLV−II ReX)のフラグメント、cowpea chlorotic mottle virus Gag(CCMV Gag)のフラグメント、P22 Nのフラグメント、λNのフラグメント、φ21Nのフラグメントおよび酵母PRP6のフラグメントは、タンパク質導入機能またはタンパク質導入を補助する機能を有するものであればよく、何ら限定されない。これらのフラグメントは、細胞膜透過能を有することが知られている(J.Biol.Chem.,276,5836−5840(2001))。例えば、HIV RevのフラグメントとしてはHIV Rev−(34−50)ペプチド(配列番号18)、FHV CoatのフラグメントとしてはFHV Coat−(35−49)ペプチド(配列番号19)、BMV GagのフラグメントとしてはBMV Gag−(7−25)ペプチド(配列番号20)、HTLV−II ReXのフラグメントとしてはHTLV−II Rex−(4−16)ペプチド(配列番号21)、CCMV GagのフラグメントとしてはCCMV Gag−(7−25)ペプチド(配列番号22)、P22 NのフラグメントとしてはP22 N−(14−30)ペプチド(配列番号23)、λNのフラグメントとしてはλN−(1−22)ペプチド(配列番号24)、φ21Nのフラグメントとしてはφ21N−(12−29)ペプチド(配列番号25)、酵母PRP6のフラグメントとしては酵母PRP6−(129−144)ペプチド(配列番号26)の全部または一部を有するフラグメントが挙げられる。また、これらのフラグメントの配列において複数個のアミノ酸がアルギニンに置換されてもよく、置換後のフラグメントがタンパク質導入機能またはタンパク質導入を補助する機能を有していれば、本発明のタンパク質導入ドメインに含まれる。
前記(iii)のタンパク質導入ドメインであるオリゴアルギニンからなるペプチドは、タンパク質導入機能またはタンパク質導入を補助する機能を有していればよく、何ら限定されない。オリゴアルギニンおよびオリゴアルギニンを有するペプチドが細胞膜透過能を有することは公知であるため(J.Biol.Chem.,276,5836−5840(2001)、J.Biol.Chem.,277(4),2437−2743(2002))、例えば、これらの文献に挙げられている細胞膜透過能を有するペプチドをタンパク質導入ドメインとして用いることができる。オリゴアルギニンを有するペプチドは、オリゴアルギニン(n=5〜9)を有するペプチドが好ましく、オリゴアルギニン(n=6〜8)を有するペプチドが更に好ましい。
前記(iv)のタンパク質導入ドメインである、「線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)またはこれらのうちいずれかのフラグメント」とは、公知のFGFタンパク質、公知のHGFタンパク質またはこれらのうちいずれかのフラグメントであり、対応するレセプター発現細胞にタンパク質を導入する機能またはタンパク質導入を補助する機能を有するものであればよく、何ら限定されない。線維芽細胞増殖因子(FGF)のフラグメントとの結合体が細胞内に取り込まれることは公知である(Rojas,M.et al.,Nat.Biotechnol.,16,370−375(1998)、Lin,Y.Z.et al.,J.Biol.Chem.270,14255−14258(1995))。従って、これらの文献に報告されているFGFフラグメントをタンパク質導入ドメインとして用いることができる。FGFのフラグメントとしては、例えば、配列番号15に記載のアミノ酸配列を含有するフラグメントを挙げることができる。
本発明には、前記の本発明融合タンパク質をコードする塩基配列を含有する核酸も含まれる。
ここで「核酸」とは、「RNA」または「DNA」が含まれ、その長さによって特に制限されるものではない。「DNA」とは、特に言及しない限り、ヒトゲノムDNAを含む2本鎖DNA、cDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)並びに該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、およびこれらの断片のいずれもが含まれる。「RNA」とは、1本鎖RNAのみならず、それに相補的な配列を有する1本鎖RNA、さらにはそれらから構成される2本鎖RNAを包含する趣旨で用いられる。なお、核酸は機能領域の別を問うものではなく、例えば発現制御領域、コード領域、エキソン、またはイントロンを含むことができるため、上記DNAには、cDNA、ゲノムDNA、及び合成DNAのいずれもが含まれ、上記RNAには、total RNA、mRNA、rRNA、及び合成のRNAのいずれもが含まれる。
本発明の融合タンパク質をコードする塩基配列を含有する核酸は、前記ERasタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドとタンパク質導入ドメインをコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有する。
タンパク質導入ドメインがHIV TATフラグメントである場合は、本発明の融合タンパク質をコードする塩基配列を含有する核酸は、具体的には、例えば
(a)配列番号:2記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドと配列番号:13記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含有する核酸、
(b)配列番号:4記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドと配列番号:13記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含有する核酸、
(c)配列番号:6記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドと配列番号:13記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含有する核酸、
(d)配列番号:8記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドと配列番号:13記載のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含有する核酸、
(e)配列番号:1記載の塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(f)配列番号:3記載の塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(g)配列番号:5記載の塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(h)配列番号:7記載の塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(i)配列番号:1記載の塩基配列の第178番目のヌクレオチドから第858番目までのヌクレオチドで示される塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(j)配列番号:3記載の塩基配列の第252番目のヌクレオチドから第950番目までのヌクレオチドで示される塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(k)配列番号:5記載の塩基配列の第1番目のヌクレオチドから第699番目までのヌクレオチドで示される塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(l)配列番号:7記載の塩基配列の第116番目のヌクレオチドから第817番目までのヌクレオチドで示される塩基配列と配列番号:11または12記載の塩基配列を含有する核酸、
(m)配列番号:10記載のアミノ酸配列をコードする核酸、
(n)配列番号:14記載のアミノ酸配列をコードする核酸、
(o)配列番号:9記載の塩基配列を含有する核酸、
(p)配列番号:9記載の塩基配列からなる核酸、
またはこれら(a)〜(p)の核酸と実質的に同一の塩基配列を含有する核酸が挙げられる。
これら配列番号:1,3,5または7に記載の塩基配列を含有するポリヌクレオチドは、本明細書の配列表の配列番号:1,3,5または7に開示されている塩基配列の適当な部分をハイブリダイゼーションのプローブあるいはPCRのプライマーに用いて、例えばES細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングすることなどによりクローニングすることができる。該クローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt.Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。
また前記(a)〜(p)のいずれかの核酸と実質的に同一の塩基配列を含有する核酸とは、具体的には、
(q)前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸、
(r)前記(a)〜(p)のいずれかの核酸との配列同一性を示す塩基配列を含有する核酸、
(s)前記(a)〜(p)のいずれかの核酸によりコードされるタンパク質において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を含有するタンパク質をコードする核酸、
などが挙げられる。
ここで前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の相補鎖に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズする核酸とは、例えば前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の塩基配列と約40%以上、好ましくは約60%以上、より好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の配列同一性を有する塩基配列を含有する核酸が挙げられる。具体的には、前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の部分配列などが挙げられる。
ハイブリダイゼーションは、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えばMolecular Cloning 2nd Edt.Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に記載の方法に従って行うことができる。また市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行うことができる。
「ストリンジェントな条件」とは、例えば、6×SSC(20×SSCは、333mM Sodium citrate、333mM NaClを示す)、0.5%SDSおよび50%ホルムアミドを含む溶液中で42℃にてハイブリダイズさせる条件、または6×SSCを含む(50%ホルムアミドは含まない)溶液中で65℃にてハイブリダイズさせる条件などが挙げられる。またハイブリダイゼーション後の洗浄の条件としては、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中で68℃にて洗浄するような条件が挙げられる。
前記(a)〜(p)のいずれかの核酸との配列同一性を示す塩基配列を含有する核酸とは、例えば前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の塩基配列と約40%以上、好ましくは約60%以上、より好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、最も好ましくは約95%以上の配列同一性を示す塩基配列を含有する核酸が挙げられる。具体的には、前記(a)〜(p)のいずれかの核酸の部分配列などが挙げられる。このような配列同一性を有する核酸は、前述のハイブリダイゼーション反応やPCR反応により、または後述する核酸の改変(欠失、付加、置換)反応により作製することができる。
前記(a)〜(p)のいずれかの核酸によりコードされるタンパク質において1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換及び/又は付加されたアミノ酸配列を含有するタンパク質をコードする核酸とは、人為的に作製したいわゆる改変タンパク質や、生体内に存在するアレル変異対等のタンパク質をコードする核酸を意味する。
ここでタンパク質におけるアミノ酸の変異数や変異部位は、本発明の核酸によりコードされるタンパク質の活性(細胞増殖促進活性)が保持される限り制限はない。このように活性を喪失することなくアミノ酸残基が、どのように、何個欠失、置換及び/又は付加されればよいかを決定する指標は、当業者に周知のコンピュータプログラム、例えばDNA Star softwareを用いて見出すことができる。例えば変異数は、典型的には、全アミノ酸の10%以内であり、好ましくは全アミノ酸の5%以内であり、さらに好ましくは全アミノ酸の1%以内である。また置換されるアミノ酸は、タンパク質の構造保持の観点から、残基の極性、電荷、可溶性、疎水性、親水性並びに両親媒性など、置換前のアミノ酸と似た性質を有するアミノ酸であることが好ましい。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe及びTrpは互いに非極性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn及びGlnは互いに非荷電性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、Asp及びGluは互いに酸性アミノ酸に分類されるアミノ酸であり、またLys、Arg及びHisは互いに塩基性アミノ酸に分類されるアミノ酸である。ゆえに、これらを指標として同群に属するアミノ酸を適宜選択することができる。
この改変タンパク質をコードする核酸は、例えば、Molecular Cloning 2nd Edt.Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に記載の種々の方法、例えば部位特異的変異誘発やPCR法等によって製造することができる。また市販のキットを用いて、Gapped duplex法やKunkel法などの公知の方法に従って製造することもできる。
以上のような、前記(a)〜(p)のいずれかの核酸と実質的に同一の塩基配列を含有する本発明の核酸は、当該核酸によりコードされるタンパク質が、細胞内への導入が可能であり、導入された後は配列番号:2,4,6または8に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同質の活性を有するタンパク質であることが好ましい。ここで実質的に同質の活性とは、本発明の核酸によりコードされるタンパク質を発現させた細胞は細胞増殖が促進されるという性質、あるいは当該タンパク質を取り込んだ細胞の細胞増殖が促進するという性質を指す。当該活性およびその測定については、公知の方法にて実施することができる。
本発明の核酸が2本鎖の場合、前記本発明の核酸を発現ベクターに挿入することにより、本発明のタンパク質を発現するための組換え発現ベクターを作製することができる。
ここで用いる発現ベクターとしては、用いる宿主や目的等に応じて適宜選択することができ、プラスミド、ファージベクター、ウイルスベクター等が挙げられる。
例えば、宿主が大腸菌の場合、ベクターとしては、pUC118、pUC119、pBR322、pCR3等のプラスミドベクター、λZAPII、λgt11などのファージベクターが挙げられる。宿主が酵母の場合、ベクターとしては、pYES2、pYEUra3などが挙げられる。宿主が昆虫細胞の場合には、pAcSGHisNT−Aなどが挙げられる。宿主が動物細胞の場合には、pCEP4、pKCR、pCDM8、pGL2、pcDNA3.1、pRc/RSV、pRc/CMVなどのプラスミドベクターや、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクターなどのウイルスベクターが挙げられる。
前記ベクターは、発現誘導可能なプロモーター、シグナル配列をコードする遺伝子、選択用マーカー遺伝子、ターミネーターなどの因子を適宜有していても良い。
また、単離精製が容易になるように、チオレドキシン、Hisタグ、あるいはGST(グルタチオンS−トランスフェラーゼ)等との融合タンパク質として発現する配列が付加されていても良い。この場合、宿主細胞内で機能する適切なプロモーター(lac、tac、trc、trp、CMV、SV40初期プロモーターなど)を有するGST融合タンパクベクター(pGEX4Tなど)や、Myc、Hisなどのタグ配列を有するベクター(pcDNA3.1/Myc−Hisなど)、さらにはチオレドキシンおよびHisタグとの融合タンパク質を発現するベクター(pET32a)などを用いることができる。
前記で作製された発現ベクターで宿主を形質転換することにより、当該発現ベクターを含有する形質転換細胞を作製することができる。
ここで用いられる宿主としては、大腸菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞などが挙げられる。大腸菌としては、E.coli K−12系統のHB101株、C600株、JM109株、DH5α株、AD494(DE3)株などが挙げられる。また酵母としては、サッカロミセス・セルビジエなどが挙げられる。動物細胞としては、L929細胞、BALB/c3T3細胞、C127細胞、CHO細胞、COS細胞、Vero細胞、Hela細胞、293−EBNA細胞などが挙げられる。昆虫細胞としてはsf9などが挙げられる。
宿主細胞への発現ベクターの導入方法としては、前記宿主細胞に適合した通常の導入方法を用いれば良い。具体的にはリン酸カルシウム法、DEAE−デキストラン法、エレクトロポレーション法、遺伝子導入用リピッド(Lipofectamine、Lipofectin;Gibco−BRL社)を用いる方法などが挙げられる。導入後、選択マーカーを含む通常の培地にて培養することにより、前記発現ベクターが宿主細胞中に導入された形質転換細胞を選択することができる。
以上のようにして得られた形質転換細胞を好適な条件下で培養し続けることにより、本発明のタンパク質を製造することができる。得られたタンパク質は、一般的な生化学的精製手段により、さらに単離・精製することができる。ここで精製手段としては、塩析、イオン交換クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー等が挙げられる。また本発明のタンパク質を、前述のチオレドキシンやHisタグ、GST等との融合タンパク質として発現させた場合は、これら融合タンパク質やタグの性質を利用した精製法により単離・精製することができる。
なお、実施例に示すように、これらの融合タンパク質は、試験管内で合成、精製することもできる。
本発明の「化学的結合体」とは、ERasタンパク質を、ビスフォスフォネート化合物、グルコース−6−リン酸、P糖タンパク質に結合活性を持つ化合物(たとえばBCRPインヒビター)またはアルギニンを有する分岐型ペプチドと化学的に結合して得られる結合体のことである。
「ビスフォスフォネート化合物」とは、例えば、エチドロネート、アレンドロネート、リセドロネート、インカドロネート、パミドロネート等の公知の化合物を挙げることができる。ビスフォスフォネート化合物は骨芽細胞に選択的に取り込まれるため、この公知の性質を利用したビスフォスフォネート化合物との結合体が報告されている(Calcif.Tissue Int.,59,168−173(1996)、Bioorg.Med.Chem.Lett.,4,1375−1380(1995))。そのため、ERasタンパク質にビスフォスフォネート化合物を化学的に結合させた化学的結合体は骨芽細胞に将来分化していく間質系幹細胞特異的に取り込まれる。
「グルコース−6−リン酸」は公知の物質であり、ERasタンパク質とグルコース−6−リン酸を化学的に結合させた化学的結合体は肝細胞および膵細胞に将来分化していく前駆細胞特異的に取り込まれる。
「P糖タンパク質に結合活性を持つ化合物」とは、例えばBCRPインヒビターを挙げることができる。具体的には、例えば、BCRPインヒビターであるGF120918などを挙げることができる。P糖タンパク質に結合活性を持つ化合物とNanogタンパク質と化学的に結合させることにより、化学的結合体はSP細胞と呼ばれる各種体性幹細胞特異的に取り込まれる。
「アルギニンを有する分岐型ペプチド」とは、例えば、文献Biochemistry,41,7925−7930,(2002)に記載されているような細胞膜透過能をもつ8個程度のアルギニンを有する分岐型ペプチドのことであり、具体的には、該文献の(Rペプチドや(RGR)ペプチドなどが挙げられる。
ERasタンパク質は前記のように作製することができる。精製されたERasタンパク質と上記物質の化学的結合体は公知の方法に従って化学的に結合させて作製することができる。例えば、アミノ基を持つリンカーをつけることで酸アミド結合など公知の方法に従って化学的に結合させることによって作製することができる。
本発明の「細胞増殖促進剤」とは、上記の本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体のうち少なくとも1つを含有する剤のことであり、細胞に取り込まれることによって該細胞の増殖を促進する。
ここで細胞は、特に限定されないが、哺乳動物細胞を挙げることができる。哺乳動物細胞とは、ヒト、サル、ウシ、ラットやマウス等の哺乳動物の組織・臓器細胞またはこれら由来の細胞であって、個体の細胞、個体から取り出した初代細胞、または培養細胞のいずれでもよい。好ましくは、市販の培養細胞(ATCC社など)、胚性幹細胞や体性幹細胞などの幹細胞を挙げることができ、より好ましくはヒト胚性幹細胞やヒト体性幹細胞である。
また、マウスES細胞にNanogタンパク質を強制発現させるとLIFなしでも万能性を維持したまま継代することができるため(Cell,113,631−642(2003))、本発明の細胞増殖促進剤は本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体だけでなく、Nanog(ECAT4)タンパク質も含有されていてもよい。
本発明の「Nanogタンパク質」とは、Nanogタンパク質のみに限定されず、本発明の融合タンパク質や化学的結合体と同様に、細胞内に取り込まれやすくした態様のものも包含される。本発明のNanogタンパク質は、そのアミノ酸配列および塩基配列が公知であるため(WO 02/097090 A1)、前記のERasタンパク質、融合タンパク質、あるいは化学的結合体と同様の方法にて作製することができる。
本発明の細胞増殖促進剤を作用させるには、当該剤を直接体内に導入するin vivo法、ヒトからある種の細胞を採取し、体外で該細胞に添加してその細胞を体内に戻すex vivo法、および培養細胞に添加するin vitro法がある。
投与方法としては、ex vivo法またはin vitro法であれば、細胞を培養している培養液中に添加、あるいは細胞に直接添加すればよい。添加量は、細胞の種類、細胞数等により適宜調整することができるが、細胞毒性が認められず細胞増殖促進活性が認められればよい。製剤中の本発明の融合タンパク質または結合体の添加量は通常培地に0.0001μM〜1000μM、好ましくは0.0001μM〜10μM、より好ましくは0.0001μM〜1μMであり、これを1〜数日に1回添加するのが好ましい。
また、in vivo法の投与方法としては、皮下投与、皮内投与、筋肉内投与、静脈内投与などが挙げられる。製剤中の本発明の融合タンパク質または結合体の投与量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重などにより適宜調整することができるが、通常0.0001mg〜1000mg、好ましくは0.001mg〜100mg、より好ましくは0.01mg〜10mgであり、これを1〜数日に1回投与するのが好ましい。
細胞増殖促進剤の有効成分である本発明の融合タンパク質あるいは結合体は、そのままもしくは自体公知の薬学的に許容される担体(賦形剤、増量剤、結合剤、滑沢剤などが含まれる)、慣用の添加剤などと混合して試薬あるいは医薬組成物として調製することができ、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)または培地等を含むものであってもよい。当該医薬組成物は、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤、注射剤、点滴剤、外用剤、坐剤などに調整することができる。
本発明の「細胞増殖促進方法」とは、本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体のいずれかを細胞に接触させることにより、細胞増殖を促進する方法である。具体的には、例えば、本発明の細胞増殖促進剤を細胞培養培地中に添加して細胞に接触させ、細胞に取り込ませることによって細胞増殖を促進する方法のことである。
本発明の細胞増殖促進方法は、本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体のいずれかを細胞と接触させた後に、細胞のピノサイトーシス(飲作用)により取り込まれ、細胞の増殖が促進される方法であってもよい。細胞のピノサイトーシスを利用した取り込み(導入)は、例えば、市販のキットであるInflux(登録商標)Pinocytic Cell−Loading Reagent(Molecular Probe社)を用いることによって実施することができる。
本発明の細胞増殖促進方法は、本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体だけでなく、さらに前記Nanogタンパク質を接触させる工程を加えることもできる。
細胞は、特に限定されないが、哺乳動物細胞を挙げることができる。哺乳動物細胞とは、ヒト、サル、ウシ、ラットやマウス等の哺乳動物の組織・臓器細胞またはこれら由来の細胞であって、個体の細胞、個体から取り出した初代細胞、または培養細胞のいずれでもよい。好ましくは、市販の培養細胞(ATCC社など)、胚性幹細胞や体性幹細胞などの幹細胞を挙げることができ、より好ましくはヒト胚性幹細胞やヒト体性幹細胞である。
前記の細胞増殖促進剤あるいは細胞増殖促進方法により、本発明の融合タンパク質あるいは化学的結合体を含有する細胞を作製することができる。
【実施例】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
[実施例1]
(1)TAT−ERas発現ベクターの構築
オリゴDNAのTAT−S(配列番号11)とTAT−AS(配列番号12)を94度で1分間変性の後、徐々に室温に戻し2本鎖DNAを作製した。これをpCDNA3.1のHindIII/BamHI部位にライゲーションした(pCDNA3.1−TAT)。このpCDNA3.1−TATのBamHI/EcoRV部位にGateway rfB Casetteを挿入してpCDNA3.1−TAT−GWを作製した。pCDNA3.1−TAT−GWとpEnter−mERasでLR組み換え反応(Invitrogen社)を行い、pCDNA3.1−TAT−ERas(図1)を作製した。TAT−ERasのDNA配列は配列番号9に、アミノ酸配列は配列番号10で示されている。
(2)TAT−ERasタンパク質の合成と精製
融合タンパク質の合成と精製は、PureGeneシステムを用いてin vitroにおいて行った。
(3)TAT−ERasタンパク質による細胞増殖促進
マウス12.5日胚よりマウス胎児線維芽細胞(MEF)を単離した。MEFは10%牛胎児血清を含むDMEM中で培養した。ここにTAT−ERasタンパク質を加えると増殖が有意に促進された(図2)。一方、ERasのC末端のCAAXモチーフを欠失し膜局在できなくしたTAT−ERas−ΔCを加えても細胞増殖促進は認められなかった。
[実施例2]
(1)TAT−ERas発現ベクターの構築
オリゴDNAのTAT−S(配列番号11)とTAT−AS(配列番号12)を94度で1分間変性の後、徐々に室温に戻し2本鎖DNAを作製する。これをpCDNA3.1のHindIII/BamHI部位にライゲーションする(pCDNA3.1−TAT)。このpCDNA3.1−TATのBamHI/EcoRV部位にGateway rfB Casetteを挿入してpCDNA3.1−TAT−GWを作製する。pCDNA3.1−TAT−GWとpEnter−mERasでLR組み換え反応(Invitrogen社)を行い、実施例1と同様に、pCDNA3.1−TAT−ERasを作製する。TAT−ERasのERasは、マウスERasではなくヒトERasを用いるため、作製されるTAT−ERasのアミノ酸配列は配列番号14に示されている。
(2)TAT−ERasタンパク質の合成と精製
融合タンパク質の合成と精製は、実施例1と同様に、PureGeneシステムを用いてin vitroにおいて行う。
(3)TAT−ERasタンパク質による細胞増殖促進
ヒト胚性幹細胞(ES細胞)およびヒト体性幹細胞を常法により培養する。細胞に、実施例1または実施例2で作製したTAT−ERasタンパク質を加えることにより、いずれの細胞についても細胞増殖が有意に促進されることが観察される。
【産業上の利用可能性】
本発明により、細胞、特に胚性幹細胞や体性幹細胞の増殖を促進することができる融合タンパク質、または化学的結合体を提供することができる。本発明の細胞増殖促進剤は、多能性を維持させたまま増殖させることが困難な胚性幹細胞や体性幹細胞にも用いることができる。また本発明の細胞増殖促進剤は、多数の細胞を一度に簡便に処理することができるだけでなく、可逆的に調整をすることができるため、遺伝子導入法に比べてより臨床応用が可能である。
【配列表フリーテキスト】
配列番号:11に記載の塩基配列はTAT−Sである。
配列番号:12に記載の塩基配列はTAT−ASである。
配列番号:13に記載のアミノ酸配列はHIV TATペプチドである。
配列番号:15に記載のアミノ酸配列はFGFフラグメントである。
配列番号:16に記載のアミノ酸配列は置換後のHIV TATペプチドである。
配列番号:17に記載のアミノ酸配列はHIV TATペプチドである。
配列番号:18に記載のアミノ酸配列はHIV Rev−(34−50)ペプチドである。
配列番号:19に記載のアミノ酸配列はFHV Coat−(35−49)ペプチドである。
配列番号:20に記載のアミノ酸配列はBMV Gag−(7−25)ペプチドである。
配列番号:21に記載のアミノ酸配列はHTLV−II Rex−(4−16)ペプチドである。
配列番号:22に記載のアミノ酸配列はCCMV Gag−(7−25)ペプチドである。
配列番号:23に記載のアミノ酸配列はP22 N−(14−30)ペプチドである。
配列番号:24に記載のアミノ酸配列はλN−(1−22)ペプチドである。
配列番号:25に記載のアミノ酸配列はφ21N−(12−29)ペプチドである。
配列番号:26に記載のアミノ酸配列は酵母PRP6−(129−144)ペプチドである。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質導入ドメインおよびERasタンパク質を含んでいることを特徴とする融合タンパク質。
【請求項2】
ERasタンパク質がヒト、サル、ウシまたはマウス由来のものである、請求項1記載の融合タンパク質。
【請求項3】
タンパク質導入ドメインが、HIV TAT、アンテナペデイア・ホメオドメイン(Antonnapedia homeodomain)、HSV VP22またはこれらのうちいずれかのフラグメントである、請求項1または2記載の融合タンパク質。
【請求項4】
タンパク質導入ドメインが、HIV Revのフラグメント、FHV Coatのフラグメント、BMV Gagのフラグメント、HTLV−II Rexのフラグメント、またはオリゴアルギニンからなるペプチドである、請求項1または2記載の融合タンパク質。
【請求項5】
タンパク質導入ドメインが、線維芽細胞増殖因子(FGF)、肝細胞増殖因子(HGF)またはこれらのうちいずれかのフラグメントである、請求項1または2記載の融合タンパク質。
【請求項6】
請求項1〜5いずれか記載の融合タンパク質をコードする塩基配列を含有する核酸。
【請求項7】
請求項6記載の核酸を含有する発現ベクター。
【請求項8】
請求項7記載の発現ベクターを含有する細胞。
【請求項9】
請求項8記載の細胞を、融合タンパク質の発現可能な条件下で培養することを特徴とする、請求項1〜5いずれか記載の融合タンパク質の製造方法。
【請求項10】
ビスフォスフォネート化合物、グルコース−6−リン酸、P糖タンパク質に結合活性を持つ化合物またはアルギニンを有する分岐型ペプチドと、ERasタンパク質との化学的結合体。
【請求項11】
請求項1〜5いずれか記載の融合タンパク質または請求項10記載の化学的結合体を有効成分として含有する細胞増殖促進剤。
【請求項12】
Nanogタンパク質をさらに含有する、請求項11記載の細胞増殖促進剤。
【請求項13】
細胞が胚性幹細胞または体性幹細胞である、請求項11または12記載の細胞増殖促進剤。
【請求項14】
請求項1〜5いずれか記載の融合タンパク質または請求項10記載の化学的結合体と細胞とを接触させる工程を含む、細胞増殖促進方法。
【請求項15】
Nanogタンパク質をさらに接触させる、請求項14記載の細胞増殖促進方法。
【請求項16】
細胞が胚性幹細胞または体性幹細胞である、請求項14または15記載の細胞増殖促進方法。
【請求項17】
請求項1〜5いずれか記載の融合タンパク質または請求項10記載の化学的結合体を含有する細胞。

【国際公開番号】WO2005/035562
【国際公開日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【発行日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514627(P2005−514627)
【国際出願番号】PCT/JP2004/015009
【国際出願日】平成16年10月5日(2004.10.5)
【出願人】(501219312)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【Fターム(参考)】