説明

新規なD−アミノアシラーゼおよびその遺伝子

【課題】D−フェニルアラニンなどのD−アミノ酸の生産に利用可能な、効率のよい、基質特異性の高い酵素D−アミノアシラーゼを提供すること。
【解決手段】平成16年8月10日付けにて独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターへ、受託番号FERM P−20157として寄託されているマイクロバクテリウム(Microbacterium)属に属する新規微生物および該微生物が産生する新規D−アミノアシラーゼを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D−アミノアシラーゼを産生する新規な微生物及び該微生物が産生する新規なD−アミノアシラーゼとそれをコードする遺伝子を提供する。さらに、該D−アミノアシラーゼを用いたD−アミノ酸の製造方法及び該アミノアシラーゼの製造方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
D−アミノ酸の製造は発酵法では困難であり、酵素法によるのが一般的である。D−アミノ酸の工業的な製造方法としてはD−アミノアシラーゼ法、ヒダントイナーゼ法、アミダーゼ法などが主なものとして知られているが、これらの他にもアミノ酸オキシダーゼ、D−アミノ酸アミノトランスフェラーゼを用いるD−アミノ酸の合成方法も検討されている。
【0003】
立体特異的なアミノアシラーゼをアミノ酸の光学分割酵素として用いる技術は1957年に開発され、N−アシルL−アミノ酸に特異的に作用するL−アミノアシラーゼがL−アミノ酸の生産に用いられた。これに対して、D−アミノアシラーゼを用いる光学分割によるD−アミノ酸生産は、適当なD−アミノアシラーゼの供給源が見いだされなかったことにより、工業的にはあまり進展しなかった。しかしながら近年、D−アミノアシラーゼ活性がいくつかの微生物に見いだされるに及んで、D−アミノアシラーゼを用いるD−アミノ酸の生産が確立されることとなった。この方法では、まず原料となるはN−アシルDL−アミノ酸を化学的に合成し、これにD−アミノアシラーゼを作用させることにより、ラセミ体のうちD−体のみを脱アシル化させ、D−アミノ酸を生成させる。残存するN−アシルL−アミノ酸は化学的に、もしくはN−アシルアミノ酸ラセマーゼを用いて酵素的にラセミ化し、再び原料として利用する。これを繰り返すことにより、N−アシルDL−アミノ酸から理論上は100%のモル収率でD−アミノ酸を製造することができる。D−アミノアシラーゼ活性はこれまでに、アルカリジェネス(Alcaligenes)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、 ストレプトマイセス(Streptomyces)属(特許文献1)、バリオボラックス(Variovorax)属、セベキア(Sebekia)属(特許文献2)、メチロバクテリウム(Methylobacterium)属(特許文献3)、その他の微生物群(特許文献4)に見い出されており、このうち、アルカリジェネス属およびバリオボラックス属 のD−アミノアシラーゼについては遺伝子クローニングならびに大量発現も行われている。またアルカリジェネス キシロソオキシダンス サブスピーシーズ キシロソオキシダンス(Alcaligenes xylosoxydans subsp. Xylosoxydans)A−6株のD−アミノアシラーゼは、工業的に生産されD−アミノ酸の製造に利用されている。しかしながら、産業上の需要の高いD−フェニルアラニン、D−セリン、D−バリン、D−トリプトファンなどの生産に利用可能な、効率のよい、基質特異性の高い酵素はまだ見つかっていない。
【0004】
【特許文献1】特開2002−045179
【特許文献2】特開平11−318442
【特許文献3】特開2002−320491
【特許文献4】特開2000−041684
【非特許文献1】吉宗一晃、広瀬芳彦、森口光瞭 バイオサイエンスとインダストリー61巻、4号、pp.235−240(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように従来の技術では、産業上の需要の高いD−フェニルアラニンなどのD−アミノ酸の生産に利用可能な、効率のよい、基質特異性の高い酵素が存在しないという問題があった。
【0006】
本発明は、D−フェニルアラニンなどのD−アミノ酸の生産に利用可能な、効率のよい、基質特異性の高い酵素D−アミノアシラーゼを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく、N−アセチル−D−フェニルアラニンを唯一炭素源および窒素源とする寒天培地に生育する微生物の中から、N−アセチル−D−フェニルアラニンにもっとも効率よく作用するD−アミノアシラーゼを生産する微生物を鋭意探索した。その結果、そのような、D−アミノアシラーゼを生産する微生物を取得することができた。この微生物がマイクロバクテリウム(Microbacterium)属に属する新規微生物であることを見いだし、本発明を完成するに至った。
本発明は、受託番号FERM P−20157として平成16年8月10日付けにて独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターへ寄託されているマイクロバクテリウム属に属する新規微生物および該微生物が産生する新規なD−アミノアシラーゼを提供する。
【0008】
また本発明によれば、N−アシルD−アミノ酸に作用して対応するD−アミノ酸を生成する反応を触媒する作用を有するD−アミノアシラーゼであって、(A)配列表の配列番号:2記載のアミノ酸配列、または(B)該アミノ酸配列に対して前記触媒活性を維持し得る範囲内で1以上のアミノ酸残基の挿入、欠失または置換を行って得られる変異アミノ酸配列を有することを特徴とするD−アミノアシラーゼが得られる。
【0009】
また本発明は、N−アシルD−アミノ酸に作用して対応するD−アミノ酸を生成する反応を触媒する作用を有するD−アミノアシラーゼをコードする塩基配列であって、(a)配列表の配列番号:1記載の塩基配列または(b)配列番号:1の塩基配列に対して該塩基配列がコードするD−アミノアシラーゼの作用が維持される範囲内で1以上の塩基の挿入、欠失または置換を行って得られる変異塩基配列からなることを特徴とするD−アミノアシラーゼをコードする塩基配列を特徴とするD−アミノアシラーゼを提供する。
【0010】
さらに、本発明は上記D−アミノアシラーゼを用いたD−アミノ酸の製造方法並びに上記D−アミノアシラーゼをコードする塩基配列を含むプラスミドおよび該プラスミドにより形質転換された微生物によるD−アミノアシラーゼの製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るD−アミノアシラーゼは、N−アセチルD−フェニルアラニンに特に高い活性を有するので、D−フェニルアラニンの立体特異的生産をより効率よく行えるという効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の微生物は 黄色のコロニーを形成し、グラム染色陽性、カタラーゼ反応陽性、オキシダーゼ反応陰性の非運動性絶対好気性無芽胞桿菌である。pH5−9で生育可能であり、至適生育pHはpH7.0付近である。主要脂肪酸はイソ・アンティイソ分枝型の組成を示す。G+C含量は69.1mol%である。16S rDNA塩基配列の相同性検索の結果から、本発明の微生物がいくつかのマイクロバクテリウム属細菌と高い類似性を示すことが示されるが、近縁種マイクロバクテリウム アエロラタム(M. aerolatum)、マイクロバクテリウム フォリオラム(M. foliorum)、マイクロバクテリウム フィロスフェラエ(M. phyllosphaerae)とのDNA−DNA相同性は最大でも12%である。このことから、本発明の微生物はこれらの近縁種とは明らかに別種であり、新規微生物と判断される。マイクロバクテリウム属細菌についてD−アミノアシラーゼ生産菌の報告例はいままでなく、本発明の微生物がその最初の例である。本発明の微生物は受託番号FERM P−20157として寄託されている。実施例1〜11に本発明の微生物の分離、微生物学的諸性質ならびに分類学的位置づけの解析について、さらに詳細に記載する。また実施例12〜15には本微生物からのD−アミノアシラーゼやその遺伝子の取得ならびに該発明に係る酵素の性質について記載する。
【0013】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0014】
D−アミノアシラーゼ生産菌の単離
微生物源として採取した土サンプル0.1gを生理食塩水10mlに懸濁し、懸濁液100μlをN−アセチル−D−フェニルアラニン(和光)を唯一炭素源および窒素源とする寒天培地に塗布した。30℃で2日間静置培養した後、生育したN−アセチル−D−フェニルアラニン資化性コロニー(5000株以上)を新しいプレートに一つずつ区分けして植菌し、再度30℃、2日間静止培養した後、4℃で保存した。単離したコロニーを20mM N−アセチル−D−フェニルアラニンを含有する0.01mM HEPES−NaOH緩衝液(pH7.0、500ml)に懸濁し、37℃で一時間菌体反応を行った後、15000×gで5分間遠心分離することにより上清を得た。上清をシリカゲルプレート(MERCK、Silica gel 60 F254)にスポットして、薄層クロマトグラフィーを行った(展開溶媒組成;n−ブタノール:酢酸:水=4:1:1)。展開後、プレートを乾燥し、ニンヒドリンを噴霧した。ニンヒドリン反応により赤紫色のスポットを与える株を、N−アセチル−D−フェニルアラニン分解活性株として検出した。それらの分解活性株の中から、N−アセチル−D−フェニルアラニンに対して最も強い活性を示す株を選抜し、TNJL143−2と命名した。15%(w/v)グリセロールを含むLB培地にTNJL143−2を懸濁し、−80℃で保存した。
【実施例2】
【0015】
培養性状と試験
フェイバーG(日水製薬)を使用してグラム染色を行った。また、カタラーゼテストは次のようにして行った。スライドグラスに3%過酸化水素を1滴のせ、寒天培地で培養したコロニーを白金耳で取り出してよく混ぜて、気泡が発生した場合を陽性とした。オキシダーゼテストはバクトラボオキシダーゼテスト(和光)を用いて行った。
TNJL143−2株のコロニーは黄色光沢で円形低凸状であり、周縁は滑らかであった。本菌はグラム染色陽性、カタラーゼ反応陽性、オキシダーゼ反応陰性であり、運動性のない無芽胞桿菌であった。細胞の直径は0.5−0.6μm、長さは1.5μmであった。
【実施例3】
【0016】
生育最適pH
TNJL143−2株をLB培地に24時間、30℃振とう培養した。培養液200μlをKHPO及びKHPOで調整したpH5〜8のLB培地、1M HSO及び1M NaOHで調整したpH4.0及びpH9.0の培地5mlに移し、30℃で1週間、恒温水槽で静止培養した。各温度での培養液の600nmにおける濁度を測り、生育可能pH及び至適pHを決定した。本菌はpH5〜9の広いpH範囲に生育し、その生育最適pHはpH5〜7であった。
【実施例4】
【0017】
耐塩性試験
LB培地にNaClを0〜10%(w/v)になるように加えた。LB培地で前培養した菌200μlを移し、30℃で一週間静止培養し、培養液の600nmにおける濁度を測定した。その結果、本菌は0〜6%の塩化ナトリウムを含むLB培地に生育可能であり、耐塩性があるものと考えられた。しかしながら本菌は7%以上の塩化ナトリウムを含むLB培地には生育しなかった。
【実施例5】
【0018】
生化学および糖資化性試験
API Coryne (日本ビオメリュー)を用い、メーカーの推奨する方法に従ってTNJL143−2株の生化学試験および糖資化性試験行った。API coryne testを用い、本菌および近縁種であるM. aerolatum JCM 12137 、M. foliorum JCM 11569 、M. phyllosphaerae JCM 11571について生理・生化学的性状学の試験を行った結果を表1に示す。TNJL143−2株は、ピラジナミダーゼ、アルカリフォスフォターゼ、N−アセチル−β−グルコサミンダーゼ、ゼラチンアーゼ陽性を示した。また本菌は硝酸還元反応陰性を示した。これらの結果を表1にまとめた。
【0019】
【表1】

【0020】
表1は、TNJL143−2がM.aerolatum JCM12137、M.foliorum JCM11569、およびM.phyllosphaerae JCM11571から区別される生理的性質を示した表である。
微生物1はTNJL143−2、2はM.aerolatum JCM12137、3はM.foliorum JCM11569、4はM.phyllosphaerae JCM11571を示し、+は陽性、−は陰性を示す。
なお、本試験に供した4株はすべて、β−ガラクトシダーゼ、α−グルコシダーゼ、およびβ−グルコシダーゼ活性について陽性であった。また本試験に供した4株はすべてカゼイン分解、β−グルクロニダーゼ、ピロリドニル アクリルアミだーゼ、およびウレアーゼ活性について陰性であった。また本試験に供した4株はすべてグルコース、リボース、キシロース、マンニトール、マルトース、乳糖、ショ糖、グリコーゲンからの酸生成は認められなかった。
【実施例6】
【0021】
菌体脂肪酸組成分析
TNJL143−2株を30℃で24時間、LB培地で培養した。培養菌体をメタノール・水酸化ナトリウム溶液を用いて鹸化処理した後、塩酸・メタノールを用いて脂肪酸をメチルエステル化した。ヘキサン・tert−ブチルメチルエテールを用いて脂肪酸エステルを抽出し、ガスクロマログラフィーで分析した。その結果を表2に示した。
【0022】
【表2】

【0023】
表2はTNJL143−2株ならびにその近縁種の菌体脂肪酸組成(mol%)を示す。
【0024】
分析の結果、TNJL143−2株は、その主要な菌体脂肪酸としてC18:0 anteiso、C15:0 iso、C15:0 anteiso、C17:0 anteisoなどをもつことが認められ、典型的なイソ・アンティイソ分枝型の脂肪酸組成を示した。C15:0 anteisoは含量が一番多い細胞脂肪酸として45mol%となり、一方、本菌の菌体脂肪酸のうちC15:0 isoが他の近縁株の含量を大きく上回ることは、本菌がこれらとは別の新種であることを示唆している。
【実施例7】
【0025】
メナキノン分析
凍結乾燥菌体からクロロホルム−メタノール(2:1)によりメナキノン抽出を行った。抽出は50ml容の遠心チューブに凍結乾燥菌体とクロロホルム−メタノール混液25mlを加え、15分間の振盪抽出を行った。濾過により菌体を除去したのち濃縮乾固した。残渣に小量のアセトンを加え、窒素ガス下で濃縮し、遠心処理して、上清をHPLCにより分析した。本菌は、主要メナキノン(MK)系としてMK9、MK10、MK11、MK12を含むことがわかった。
【実施例8】
【0026】
DNAのG+C含量
滅菌水にゲノムDNAを300〜500μg/mlの濃度に溶かし、100℃で10分間保温し、急冷して変性させた。その20μlに等量の0.1mg/mlのヌクレアーゼP1溶液(DNA−GC Kit 、ヤマサ醤油;40mM酢酸ナトリウム、2mM ZnSO、pH5.3)を加え、50℃で1時間処理した。処理試料を次の条件でHPLC分析した。移動相:10mMリン酸カリウム緩衝液pH7.0、カラム:Develosil RPAQUROUS (4.6×250mm、野村化学)、流速:1.5ml/min、検出波長:270nm。GC含量は次の式により算出した。
G+C mol%=
[(Cx/CS+Gx/Gs)/(Cx/CS+Ax/As+Gx/Gs+Tx/Ts)]
×100
ここで、Nxは検体のdCMP、dAMP、dGMP、dTMPのピーク面積値、Nsは標準ヌクレオチド混合物のdCMP、dAMP、dGMP、dTMPのピーク面積値である。
G+C含量は69.1%という高い値を示した。この結果も本菌がマイクロバクテリウム属細菌に属することを支持している。
【実施例9】
【0027】
16S rDNA配列解析
TNJL143−2株のゲノムDNAを鋳型として、真正細菌用のユニバーサルプライマー10Fと1500Rを用いて、16S rDNAをPCR法により増幅した。このPCR産物をアガロースゲル電気泳動した後、ゲル回収して、Microspin colums S−400 HR(Amersham Biosciences、 Piscataway、NJ、US)で精製した。BECKMAN COULTERのDye Terminator Cycle Sequencingケミストリープロトコルに従って、塩基配列解析用サンプルの調製を行い、マルチキャピラリーDNA解析システムCEQ2000XLによって塩基配列の解析を行った。得られた塩基配列を配列番号3に示した。この配列はマイクロバクテリウムのクラスターに含まれ、M.aerolatum DSM 14217(=JCM12137)、M.foliorum DSM 12966(=JCM11569)、M.phyllosphaerae DSM 13468(=JCM11571)、マイクロバクテリウム ケラタノリティカム(M.keratanolyticum)DSM 8606の16S rDNA配列とそれぞれ97.6%、98.6%、98.7%、98.1%の類似性を示した。
【実施例10】
【0028】
系統樹の作成
TNJL143−2株の16S rDNA塩基配列を用いて分子系統樹を作成し、近縁種および帰属分類群の推定を行った。GenBank/DDBJ/EMBL databaseからマイクロバクテリウム属細菌の16S rDNA配列を取得し、Clustal Xプログラムを用いて多重アラインメントを行った後、近隣結合法を用いて分子系統樹を作成した。樹型の妥当性を示すブートストラップは1000回発生させた。
得られた系統樹を図1に示した。形成枝付近のブートストラップ値は低いものの、TNJL143−2株の16S rDNAはM.aerolatumの16S rDNAと姉妹群を形成した。このことからTNJL143−2株はM.aerolatumに近縁な菌株と推定された。しかしながら、現時点でTNJL143−2株とM.aerolatumの種の異同を判断することは難しいと考えられ、これらの関係を明確するためにTNJL143−2株とM.aerolatumとの間でDNA−DNA相同値を比較する必要があった。また一般に16S rDNA塩基配列の比較で相同率97%以上を示す菌株同士は同種である可能性が示唆されることから、M.foliorumおよびM.phyllosphaeraeに関してもDNA−DNA相同値を比較するのが望ましいと考えられた。
【実施例11】
【0029】
DNA−DNAハイブリダイゼーション
基準株M.aerolatum JCM 12137、M.foliorum JCM 11569 、M.phyllosphaerae JCM 11571 は、Japan Collection of Microorganisms(埼玉県和光市)から購入した。TNJL143−2株ならびに各基準株の細胞からゲノムDNAを調製し、DNA−DNAハイブリッド形成法によりマイクロプレート法を用いて行った。
その結果、TNJL143−2株は、いずれの株とも最大で12%の相同値しか示さないことがわかった(M.aerolatum JCM 12137に対して12%、M.foliorum JCM 11569に対して11%、M.phyllosphaerae JCM 11571Tに対して12%)。
現在、細菌種に関しては、70%以上のDNA−DNA相同値を示す菌株同士を同種すると定義されている。このことから、TNJL143−2はこれらの基準株とは明らかに別種であり、新種と判断される。
【実施例12】
【0030】
D−アミノアシラーゼの精製
N−アセチル−D−フェニルアラニン液体培地(N−アセチル−D−フェニルアラニン、0.01%(v/v); 酵母エキス、0.5%;NaCl、0.5%;KHPO、0.1%;MgSO・7HO、0.0005%;100ml)を用いてTNJL143−2株を30℃で30時間振とう培養した(120rpm)。次いでN−アセチル−D−フェニルアラニン培地のN−アセチル−D−フェニルアラニンをN−アセチル−DL−フェニルアラニンで置き換えた3Lの培地に前培養液を植菌し、ジャーファーメンター(ミツワ)にて30℃で36時間通気攪拌(250rpm)培養した。遠心分離(6000rpm、 4℃、20min) により集菌後、菌体を0.01M HEPES−NaOH緩衝液で3回洗浄した。洗浄菌体(湿重量;111g)を約200mlの同緩衝液に懸濁し、マルチビーズショッカーMBS 200 (安井器械) を用い、4℃で強制冷却しながら直径0.1mmガラスビーズで菌体を破砕した。破砕後に回収したガラスビーズを同じ緩衝液で洗浄し、ビーズに付着した酵素を回収した。破砕液にポリエンチレイミンを終濃度0.12%となるように添加し、4℃で30分間放置した。遠心分離(6000rpm)により核酸を除去し、390mlの粗酵素液を得た。
DEAE−Toyoperal 650Mカラム(東ソー;3×20cm)を緩衝液A(10mM HEPES−NaOH、pH7.0)にて平衡化し、粗酵素液を負荷した。負荷後、カラム容積の緩衝液Aでカラムを洗浄し、次いで1M NaClの直線勾配(0〜1M;総容積;1000ml) により酵素活性を溶出した。活性画分を集め、緩衝液Aに対して透析した(500倍)。
【0031】
Fast Protein Liquid Chromatography(FPLC、Amersham Biosiences)によりDEAE−Toyoperal 650Mの再度クロマトグラフィーを行った。緩衝液Aでカラムを平衡化し、透析後の活性画分を負荷した。負荷後、カラム容積の緩衝液Aでカラム洗浄し、次いで1M NaClの直線勾配(0〜1M;1.0ml/min、90min)により酵素活性を溶出した。活性画分を集め、硫酸アンモニウムを20%飽和となるように加えた。
20%硫酸アンモニウムを含有する緩衝液Aにて平衡化したHiPrep Phenyl FF High-Subカラム(Amersham Biosiences、 1.6×10cm)に、上に述べた酵素液を負荷した。平衡化緩衝液にて1.0ml/minで20分間カラムを洗浄した。次いで硫酸アンモニウム濃度(20%飽和〜0%飽和)およびエチレングリコール濃度[0〜60%(w/w)]の直線濃度勾配(1.0ml/min、70min)によりタンパク質を溶出させた。酵素活性は60%(w/w)ethylene glycol洗浄画分に見出された。活性画分を集め、緩衝液Aに対して透析した(500倍以上)。
【0032】
緩衝液Aにて平衡化したMono Q HR10/10 (Amersham Biosiences) に透析内液を負荷した緩衝液Aにて0.5ml/minで20minカラム洗浄し、次いで1M NaClの直線濃度勾配(0〜1M;1.0ml/min、100min)により酵素活性を溶出した。活性画分を集め、緩衝液Aに対して透析した(500倍)。透析内液をCentricon 10 (Millipore) により4mlにまで濃縮した。
0.15M NaClを含有する緩衝液Aにて平衡化したSuperdex 200HR10/30カラム(Amersham Biosiences)に酵素液を負荷した。平衡化緩衝液を0.5ml/minで送液することにより、酵素を溶出した。
【0033】
以上によりD−アミノアシラーゼをほぼ均一状態に精製した。活性収率は4%、精製倍率は39倍であった。SDS−PAGEから推定された分子質量は約56kDaであり、一方、Superdex 200カラムを用いた未変性条件下でのゲル濾過クロマトグラフィーにおいては、本酵素の分子質量は約56kDaであると見積もられた。したがって、本酵素は単量体であることが示唆された。
【実施例13】
【0034】
基質特異性
各種のN−アセチル−D−アミノ酸を用いて、本酵素の基質特異性を調べた。本酵素はN−アセチル−D−フェニルアラニンに対して、最も高い活性を示した。本酵素はまたN−アセチル−D−ロイシン、N−アセチル−D−バリン、N−アセチル−D−メチオニンにも活性を示した。対応するL−体のN−アセチルアミノ酸には全く活性を示さなかった。本酵素の基質特異性とこれまでに知られている各種のD−アミノアシラーゼの基質特異性との比較を表3に示した。本酵素は他のD−アミノアシラーゼと比べてN−アセチル−D−フェニルアラニンにより高い活性を示したことから、D−フェニルアラニンの生産に向けて本酵素は利用価値が高い。
【0035】
【表3】

【0036】
表3は本発明のD−アミノアシラーゼの基質特異性を、既知のD−アミノアシラーゼの基質特異性と比較した表である。
表中、1はTNJL143−2株のD−アミノアシラーゼ(該発明)、2はアルカリジェネス フェーカリスDA−1株のD−アミノアシラーゼ、3はアルカリジェネス キシロソオキシダンス サブスピーシーズ キシロソオキシダンス A−6株のD−アミノアシラーゼ、4はバリオボラックス パラドキサス Iso1株のD−アミノアシラーゼ、5はストレプトマイセス オリバセウスのD−アミノアシラーゼを示す。表中の数値はN−アセチル−D−ロイシンに対する活性を100%としたときの相対値である。NDは活性が検出されないことを示す。
【実施例14】
【0037】
安定性、反応最適条件、特異性と阻害剤
本酵素は37℃で1時間の処理では、図2(B)に示すようにpH6.0〜8.5の領域で安定であった。また、図2(A)に示すように反応至適pHは8.0付近にあった。一方、本酵素は図3(B)に示すようにpH7.0で1時間の処理では45℃付近まで安定であった。また、図3(A)に示すように反応至適温度は50℃付近であった。
本酵素は1mMのCu2+、Zn2+により顕著な阻害を受けた。一方、本酵素は1mMのEDTAにて全く阻害を受けず、20mMのEDTAで処理した後も65%の残存活性を保持していた。これまでに知られているD−アミノアシラーゼは1mM程度のEDTAで完全に阻害されことが報告されており、本酵素について得られた結果はそれとは対照的であった。
【実施例15】
【0038】
遺伝子クローニング
精製酵素をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(10%ゲル) にて電気泳動後、 PVDF膜(Bio-Rad) に転写した。転写は180mA(2mA/cm)の定電流で1時間通電することにより行った。転写後のPVDF膜をMilli Q水で軽く洗った後、CBB染色液で5分間染色した。部分脱色後、膜を乾燥させた。タンパクバンドを切り出して、アクロモバクター リシルエンドペプチダーゼにより消化(35℃、pH8.5、20時間)を行った。生成したペプチドを逆相HPLCにより分離し、いくつかのペプチドについてそのN末端アミノ酸配列を気相シーケンサーにて分析した。また、本酵素のN末端アミノ酸配列も気相シーケンサーにて分析した。
このようにして決定した本酵素のアミノ酸配列をもとに縮重プライマーを設計し、菌体より抽出したゲノムDNAを鋳型として、FailSafeTM PCRキット(EPICENTRE) を用いて推奨する条件のもとでPCRを行った。既知のD−アミノアシラーゼにおける配列の位置から、増幅されるべき塩基長は800bpであると予想され、アガロースゲル電気泳動におけるその付近のバンドを切り出して、GeneEluteTM Agarose Spin Column (Sigma) を用いてゲル回収を行った。増幅断片について、TOPO−TAクローニングキット(Invitrogen)を用いてTAクローニングをおこない、大腸菌TOP 10を形質転換した。形質転換体を37℃で一晩培養し、GeneEluteTM Plasmid Miniprep キット(Sigma)を用いて培養菌体からプラスミドを回収、それをテンプレートとしてDey Terminator法により塩基配列を行った。解析にはCEQ 2000XL DNA Analysis System (Beckman Court) を使用した。次に解析された配列にもとづいてプライマーを作成し、これらとベクターの配列からなるプライマーを用いてゲノムライブラリーを鋳型に、本酵素遺伝子の5’および3’−領域のPCR増幅を試みた。この結果、本酵素遺伝子の5’、3’−と推定される塩基配列が決定され、1485bpからなる本酵素の全長酵素遺伝子(ORF)を取得できた。その塩基配列を配列番号1に示した。この遺伝子をAcyMと命名した。塩基配列から推定されるAcyMのアミノ酸配列を配列番号2に示した。AcyMは495アミノ酸残基からなり、その中には、精製酵素標品について決定した部分アミノ酸配列がすべて見つかり、この遺伝子がD−アミノアシラーゼをコードしていることが示された。なお、本遺伝子の開始コドンはATGではなくGTGとなっていた。既知のD−アミノアシラーゼ遺伝子では開始コドンがGTGのものはないが、細菌由来の遺伝子には他にも多数の例がある。
配列比較の結果を表4に示した。
【0039】
【表4】

【0040】
本発明のD−アミノアシラーゼのアミノ酸配列を他の公知のタンパク質のアミノ酸配列と比較したときの類似性(同一性)を示したものである。*を付した生物については、本酵素と類似性を示したタンパク質の機能は確かめられていない。*を付していない生物の本酵素と類似性を示したタンパク質はD−アミノアシラーゼである。
【0041】
本酵素も他のD−アミノアシラーゼと同様にアミドヒドロラーゼスーパーファミリーに帰属されるものと考えられた。しかしながら興味深いことに、これまでに遺伝子が取られているD−アミノアシラーゼ同士、例えばバリオボラックス属細菌やアルカリジェネス属細菌の酵素どうしでは50%以上のアミノ酸配列同一性が認められるのに対し、AcyMはそれらとは格段に低い配列同一性(24〜27%)しか示さなかった。
【0042】
D−アミノアシラーゼやそのホモログのアミノ酸配列により系統解析をおこなった結果を図4に示した。AcyMは既知のD−アミノアシラーゼとは系統進化的に隔たったところに位置するユニークなD−アミノアシラーゼであることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明に係るD−アミノアシラーゼは、D−アミノ酸、より好ましくはD−フェニルアラニンの生産に適用できる。また本発明によって製造されたD−アミノアシラーゼを用いて製造されたD−アミノ酸は、医薬、農薬の原料もしくは中間体として広く用いることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、16S rDNAの塩基配列にもとづくTNJL143−2株ならびにマイクロバクテリウム属細菌の系統樹を示した図面である。微生物の学名は次の通りであり、学名のうしろに括弧で示した番号は配列データベース(Genbank)における登録番号である。Microbacterium oxydans:マイクロバクテリウム オキシダンスM. liquefaciens:マイクロバクテリウム リケファシエンスM. saperdae:マイクロバクテリウム サペルダエM. luteorum:マイクロバクテリウム ルテオラムM. paraoxydans:マイクロバクテリウム パラオキシダンスM. testaceum:マイクロバクテリウム テスタセウムM. resistens:マイクロバクテリウム レジステンスM. keratanolyticum:マイクロバクテリウム ケラタノリティカムM. aerolatumu:マイクロバクテリウム アエロラタムM. foliorum:マイクロバクテリウム フォリオラムM. phylosphaerae:マイクロバクテリウム フィロスフェラエM. arborescens:マイクロバクテリウム アルボレッセンスM. imperiale:マイクロバクテリウム インペリアレM. lacticum:マイクロバクテリウム ラクティカムM. schleiferi:マイクロバクテリウム シュライフェリM. aurum:マイクロバクテリウム アウルムM. terregens:マイクロバクテリウム テレゲンスM. kitamiense kitami:マイクロバクテリウム キタミエンス キタミM. M. chocolatum:マイクロバクテリウム チョコラタムM. flavescens:マイクロバクテリウム フラベッセンスM. trichotecenolyticum:マイクロバクテリウム トリコテセノリティカムM. arabinogalactanolyticum:マイクロバクテリウム アラビノガラクタノリティカムM. esteraromaticum:マイクロバクテリウム エステラロマチクムM. barkeri:マイクロバクテリウム バーケリCurtobacterium albidum:クルトバクテリウム アルビダムC. citreum:クルトバクテリウム シトレウム
【図2】図2の(A)は、本発明のD−アミノアシラーゼの反応のpH依存性を示したものであり、(B)は、本発明のD−アミノアシラーゼをさまざまなpHで37℃で1時間熱処理したときの残存酵素活性(pH安定性)を示した図面である。
【図3】図3の(A)は、本発明のD−アミノアシラーゼの反応の温度依存性を示したものであり、(B)は、本発明のD−アミノアシラーゼをさまざまな温度でpH7.0で1時間熱処理したときの残存酵素活性(熱安定性)を示した図面である。
【図4】図4は、アミノ酸配列にもとづいて作成した本発明のD−アミノアシラーゼの進化的位置づけを示した図面である。AcyMは該発明のD−アミノアシラーゼである。D−アミノアシラーおよび関連タンパク質の生産微生物は次の通りである。Pirellula sp. 1:ピレルラ スピーシーズ1Mycobacterium tuberculosis:マイコバクテリウム ツベルクロシスVariovorax paradoxus Iso1:バリオボラックス パラドキサス Iso1Alcaligenes faecalis:アルカリジェネス フェーカリスA. xylosoxidans A-6:アルカリジェネス キシロソオキシダンス サブスピーシーズ キシロソオキシダンス A-6Pyrococcus abyssi:ピロコッカス アビッシStreptomyces coelicolor:ストレプトマイセス セリカラーBordetella pertussis TohamaI:ボルデテラ ペルツシス トハマIGloeobacter violaceus:グレオバクター ビオラセウス *を付した生物については、本酵素と類似性を示したタンパク質の機能は確かめられていない。*を付していない生物の本酵素と類似性を示したタンパク質はD−アミノアシラーゼである。0.1という数字を付した横線は、一部位につき0.1アミノ酸置換に相当する進化距離を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0045】
配列番号1は、本発明の新規微生物が産生するD−アミノアシラーゼをコードする塩基配列を示す。
配列番号2は、本発明の新規微生物が産生するD−アミノアシラーゼのアミノ酸配列を示す。
配列番号3は、本発明の新規微生物であるTNJL143−2株の16S rDNA塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号FERM P−20157として寄託されているマイクロバクテリウム(Microbacterium)属に属する新規微生物。
【請求項2】
受託番号FERM P−20157号として寄託されているマイクロバクテリウム(Microbacterium)属に属する新規微生物が産生するD−アミノアシラーゼ。
【請求項3】
N−アシルD−アミノ酸に作用して対応するD−アミノ酸を生成する反応を触媒する作用を有するD−アミノアシラーゼであって、
(A)配列表の配列番号:2記載のアミノ酸配列または
(B)該アミノ酸配列に対して前記触媒活性を維持し得る範囲内で1以上のアミノ酸残基の挿入、欠失または置換を行って得られる変異アミノ酸配列を有することを特徴とする請求項2記載のD−アミノアシラーゼ。
【請求項4】
N−アシルD−アミノ酸に作用して対応するD−アミノ酸を生成する反応を触媒する作用を有するD−アミノアシラーゼをコードする塩基配列であって、
(a)配列表の配列番号:1記載の塩基配列または
(b)配列番号:1の塩基配列に対して該塩基配列がコードするD−アミノアシラーゼの作用が維持される範囲内で1以上の塩基の挿入、欠失または置換を行って得られる変異塩基配列からなることを特徴とするD−アミノアシラーゼをコードする塩基配列。
【請求項5】
前記変異塩基配列が、前記配列番号:1の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするものである請求項4に記載の塩基配列。
【請求項6】
請求項2または請求項3記載のD−アミノアシラーゼを用いたD−アミノ酸の製造方法
【請求項7】
請求項4または5記載の塩基配列を含むプラスミド。
【請求項8】
請求項7記載のプラスミドにより形質転換された微生物。
【請求項9】
請求項1記載の微生物を培養して、D−アミノアシラーゼを産生することを特徴とするD−アミノアシラーゼの製造方法。
【請求項10】
請求項8記載の微生物を培養して、該微生物に組み込まれたプラスミドの有する塩基配列によりコードされたD−アミノアシラーゼを産生することを特徴とするD−アミノアシラーゼの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−55131(P2006−55131A)
【公開日】平成18年3月2日(2006.3.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−242846(P2004−242846)
【出願日】平成16年8月23日(2004.8.23)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】