説明

新規ウレタン分解菌およびその利用

【課題】環境中のポリウレタンを効率的かつ安価に処理する新規な手段を提供する。
【解決手段】ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物と、前記微生物を、ポリウレタン、ポリエチレンを含有する試料に作用させる、ポリウレタン、ポリエチレンの吸着・浄化方法。また、ウレタン吸着・分解能を有する生物のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウレタン吸着・分解能を有する新規な微生物と前記微生物を利用したウレタンの吸着・浄化方法、および前記微生物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリウレタンはウレタン結合を有するポリマーで、ウレタン樹脂とも呼ばれる。ポリウレタンは、水分による加水分解や空気中の窒素酸化物(NOx)、塩分、紫外線、熱、微生物などの影響で徐々に分解され、人体や水生生物などに対して有害な化合物を生成する。漏出したポリウレタンは甚大な環境汚染を引き起こす可能性があるため、通常土砂等に吸着させたり、囲うなどの防止処置をして回収し、容器に密閉後処理されている。ポリウレタンについてはリサイクル系も開発されているが、廃ポリウレタンの約40%はまだ埋め立てられている。
【0003】
これまで、ポリウレタンを分解する微生物が各種分離同定されている(特許文献1〜5、非特許文献1〜2)。例えば、固形ポリウレタンを分解する微生物としてストレプトマイセス属の4種の株が同定され、これらを利用したポリウレタンの分解方法が報告されている(特許文献1)。また、ウレタン結合を分解する新規なロドコッカス属微生物とこれを用いたポリウレタンの分解方法も報告されている(特許文献2)。一方で、ポリウレタンに対して吸着性を示す微生物やエステラーゼの存在が知られている(非特許文献3および4)。
【0004】
しかしながら、ポリウレタンの化学構造や製品形態は多岐にわたり、十分な生分解能を示す微生物がないことなどから、そのバイオレメディエーションの方法はまだ確立されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−158237号
【特許文献2】特開2004−261103号
【特許文献3】特開2005−304388号
【特許文献4】特開平9−192633号
【特許文献5】特開平9−201192号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】G.T.Howard. Biodegradation of polyurethane: a review. International Biodeterioration & Biodegradation, 49:245-252 (2002).
【非特許文献2】Y. Akutsu-Shigeno, et al. Isolation of a bacterium that degrades rethane compounds and characterization of its urethane hydrolase: 2006. Appl. Microbiol. Biotechnol., 70:422-429 (2006).
【非特許文献3】Blake R.C. et al., Adherence and growth of a Bacillus species on an insoluble polyester polyurethane: International biodeterioration & biodegradation, 1998, vol.42, No.1, pp.63-73
【非特許文献4】中島(神戸)敏明、「固体合成高分子を分解する新規なエステラーゼ:ポリウレタン分解酵素の性質」 日本油化学会誌, Vol.48 No.7 (530), p 663-724
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ウレタンに対して吸着能と分解能を有する微生物を利用して、環境中のポリウレタンを効率的かつ安価に処理する新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、土壌中よりウレタンに対して吸着能と分解能を有する新規な微生物を見出した。当該微生物は、菌学的性質やDNA分析から、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する新規な放線菌と判明した。この微生物は、ウレタンに対して吸着性を有するため、水中に分散しているウレタン粒子を結合・凝集させ、ウレタンを効果的に除去(吸着・浄化)することができる。
【0009】
すなわち、本発明は、ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物を、ウレタンを含有する試料に作用させることを特徴とする、ウレタンの吸着・浄化方法に関する。
【0010】
前記方法において、吸着・浄化の対象となるウレタンは特に限定されないが、ポリウレタンが好ましい。また、ポリウレタンは、微生物が作用しやすいように、試料中に微粒子状態で分散されていることが望ましい。
【0011】
本発明の微生物は、ウレタンに加えてポリエチレンも分解可能である。
【0012】
本発明の微生物を試料に作用させる温度は、たとえば26〜45℃、好ましくは30〜45℃前後である。
【0013】
本発明で用いられるストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物としては、例えば、受託番号FERM P-21770で特定される微生物やこれと同等のウレタン吸着・分解能をもつその変異株を挙げることができる。
【0014】
本発明は、ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物、例えば前記した受託番号FERM P-21770で特定される微生物やこれと同等のウレタン吸着・分解能をもつその変異株も提供する。
【0015】
本発明の微生物や当該微生物を固定化した担体、あるいはこれらを含む培養液等は、ウレタンの吸着・浄化剤として利用できる。
【0016】
本発明はまた、ウレタン吸着・分解能を有する微生物のスクリーニング方法も提供する。本発明のスクリーニング方法は下記の工程を含む:
1)水分散型ポリウレタンを含む培地に、候補微生物を作用させ、培地の濁度の減少を評価する工程、および
2)ポリウレタンを含む培地に、候補微生物を作用させ、ポリウレタンの分解を評価する工程。
【0017】
ポリウレタンの分解は、培地の変化(分解による培地の濁り、変色)や分解生成物(ジアミン等)の同定、ポリウレタンの重量や形状変化を指標として評価できるが、簡便さという点からは、分解円の形成あるいはポリウレタン塊の目視による分解確認を確認する方法が優れている。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、環境中に漏出したウレタンや、有機溶剤を含む工場廃液に含まれるウレタン原材料を効率的かつ安価に処理することができる。回収されたウレタンはリサイクルすることも可能であるため、資源の有効活用にもつながる。本発明の微生物はウレタンに加えて、代表的プラスチックであるポリエチレンも分解することができ、プラスチック製品の分解、回収に広く利用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】PUR(ポリウレタン)の吸着・分解による培養液の浄化。 A:YES-PG培地(無接種)、B:YES-PG培地(菌体接種)
【図2】異なるPUR材料の吸着・分解による培養液の浄化。 A:Superflex860、B: Superflex E4800、C:Impranil
【図3】PUR吸着の顕微鏡写真
【図4】PURの吸着・分解による培養液の浄化と温度、pHの関係。 A:温度(10℃、18℃、32℃、40℃)、B:pH(5.0、6.5、8.0、10.0)
【図5】培養菌体と洗浄菌体のPURの吸着・分解による培養液の浄化。 A:培養菌体、B:洗浄菌体(-C13a:Streptomyces C13a株非存在下、+C13a:Streptomyces C13a株存在下)
【図6】培養菌液、培養上清、菌体結合画分による分解円(ハロー)の形成。 A:培養菌液、B:培養上清、C:菌体結合画分
【図7】ウレタン指サックの分解写真。 A:Streptomyces C13a株非存在下、B:Streptomyces C13a株存在下
【図8】YES-PG培地のPUR濁度におけるpHの影響。A:YES-PG培養菌液のpH、B,C:YES-PG培地のPUR濁度におけるpHの影響
【図9】C13a株の増殖(左:30℃,右:45℃)
【図10】C13a株による指サック(A)とチューブ(B)の分解
【図11】C13a株で作成した水和剤による分解円の形成と指サックの分解
【図12】C13a株のポリウレタン製指サックの分解における温度と培地組成の影響
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物を、ウレタンを含有する試料に作用させることを特徴とする、ウレタンの吸着・浄化方法に関する。以下、本発明について詳細に説明する。
【0021】
1.本発明の微生物
本発明で用いられる微生物は、ストレプトマイセス属に属する微生物であって、ウレタンに吸着し、これを分解する能力を有する。
【0022】
ストレプトマイセス属(Streptomyces sp.)はグラム陽性細菌に分類される真正細菌で、放線菌が多数を占める。ストレプトマイセス属は主に土壌中に棲息し、抗生物質の大部分を生産する細菌だが、なかには根菜類に病気を引き起こすものもある。ストレプトマイセス属のゲノムサイズは900万bpで、細菌の中ではかなり大きい。
【0023】
ストレプトマイセス属は土壌菌であるため、比較的低い温度、炭素と無機塩の単純な培地で強い増殖力があり、簡便な方法(一般的な震盪培養)で培養できる。また、胞子の形成により厳しい環境でも生存でき、一般的に抗菌化合物を生産するため、へテロな微生物環境でも生息率が高いという利点を有する。
【0024】
本発明の微生物は、「ウレタン吸着・分解能」を有する。ここで、「ウレタン吸着・分解能」とは、ウレタン表面に吸着する能力(ウレタン吸着能)と、ウレタンを分解する能力(ウレタン分解能)を併せ持つことを意味する。ウレタン吸着能を有することにより、本発明の微生物は、ウレタンに密着してこれを効果的に分解できることに加えて、分散しているウレタン粒子を凝集させて、環境からのウレタンの分離除去を容易にする。
【0025】
上記の特性に加えて、本発明の微生物は、ポリウレタン分解能に比較すると弱いものの、ポリエチレンの分解能も有し、培養条件等の最適化により、試料中のポリエチレンも浄化可能と思われる。
【0026】
本発明の微生物の1例として、受託番号FERM P-21770で特定される微生物を挙げることができる。当該微生物は、2009年2月12日付にて、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1 つくばセンター 中央第6)に、上記した受託番号で寄託されている。なお、上記微生物の変異株も、これと同等のウレタン吸着・分解能をもつ限り、本発明の範囲内である。
【0027】
2.ウレタンの吸着・浄化方法
本発明のウレタンの吸着・浄化方法は、前述したウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物を、ウレタンを含有する試料に作用させることを特徴とする。
【0028】
「ウレタン」とは、カルボニルを介してアミノ基とアルコール基が脱水縮合した化合物、すなわちカルバミン酸エステルを意味する。本発明において吸着・浄化の対象となる「ウレタン」には、カルバミン酸エチル等の低分子から、ポリウレタン等のポリマーまですべて包含される。
【0029】
「ポリウレタン」は、ウレタン結合で重合されたポリマーで、塗料、接着剤、ウレタンフォーム、繊維製品、靴、自動車部品、建材等に利用されている。「ポリウレタン」には、直鎖状から分枝状のもの、架橋を含むもの、弾性体、発泡体などさまざまなものがあり、エステル系とエーテル系に大別できる。本発明で吸着・浄化の対象となる「ポリウレタン」は特に限定されないが、粒径が大きいため乳濁しているものが、吸着分解により透明になる様子が目視で確認できる、比較的大きな粒径のウレタンを使用することが望ましい。
【0030】
本発明において「ウレタンを含有する試料」は、上記したウレタンを包含するものであれば、特に限定されない。例えば、ウレタン、特にポリウレタンを含有する廃棄物(廃液)、土壌等を挙げることができる。「ウレタンを含有する試料」は、微生物が均一に作用できるよう、所望により必要な前処理を施して分解・浄化に供するとよい。例えば、粉砕、加熱、加湿、抽出、分散等の前処理を施すことができる。
【0031】
本発明において、微生物を「ウレタンを含有する試料に作用させる」とは、微生物がウレタンに吸着し、分解できるように、微生物をウレタンを含有する試料に接触させることを意味する。具体的には、適当な前処理を施した試料に、本発明の微生物を含む培養液を添加・混合して、試料中のウレタンに微生物が均一に接触できるようにする。
【0032】
「培地」の成分は、ストレプトマイセス属に属する微生物の培養に通常用いられるものであれば特に限定されない。例えば、グリセロール、グルコース、果糖、ショ糖、乳糖、ハチミツ、デンプン、デキストリン等の炭素源、また、脂肪酸、油脂、レシチン、アルコール類等の炭化水素類、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、塩化アンモニウム、尿素、硝酸ナトリウム等の窒素源、食塩、カリウム塩、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等の無機塩類、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、モリブデン酸ナトリウム、タングステン酸ナトリウムおよび硫酸マンガン、各種ビタミン類等を含むことができる。また、所望により、
少量の酵母エキス、カザミノ酸、ペプトン、マルトエキス等を含んでいても良い。基本培地としては、例えば、YES-PG培地、SSYP培地(可溶性でんぷん(10g)、ショ糖(1g)、酵母エキス(1g)、リン酸水素1カリウム(0.1g)、塩化カリウム(0.1g)、硝酸ナトリウム(0.1g)、硫酸マグネシウム7水和(0.1g)から成るSSY培地(pH7.0)にポリウレタン(superflex860:0.3%)を加えた培地)等を用いることができる。
【0033】
これらの組成物を配合して得られる培地のpHは4.0〜10.0、好ましくは5.0〜8.0、より好ましくは6.0〜7.0の範囲である。
【0034】
なお、菌体の増殖に影響を及ぼすため、培地には炭素源を入れた上でウレタンを入れた方がよい。また、糸状菌の場合、ゼラチンが菌体の増殖と分解の促進に役立つとの報告がある(ポリウレタンの基礎と応用:シーエムシー出版CMCテクニカルライブラリー237:松永勝治監修)。
【0035】
微生物を、ウレタンを含有する試料に作用させる時間と温度は特に限定されず、分解が十分に行われるよう、試料中のウレタン含有量を考慮して適宜設定する。温度は微生物の増殖やウレタンの分解に適した温度、例えば26〜45℃、好ましくは30〜45℃前後であればよい。
【0036】
微細なウレタン粒子が液体中に分散している場合、微生物が吸着したウレタン粒子は凝集して凝集塊をつくる。かくして、コロイドあるいは沈殿を形成したウレタン粒子は、濾過、遠心分離等の手段によって、溶液中から容易に分離除去(浄化)することができる。すなわち、本発明における「吸着・浄化」は、微生物のウレタンへの吸着、ウレタンの分解、必要に応じて微生物が吸着したウレタンの分離除去、試料の浄化という一連の工程を包含する。
【0037】
浄化された試料は、ウレタンを含まないため、環境中に安心して廃棄でき、また分離されたウレタンは、回収して、リサイクルに回すこともできる。
【0038】
3.ウレタンの吸着・浄化剤
本発明は、上記した微生物を含むウレタンの吸着・浄化剤も提供する。本発明のウレタンの吸着・浄化剤は、本発明の微生物あるいは当該微生物を固定化した担体を、適当な溶媒(培地)に溶解あるいは懸濁して含む。微生物の固定化は、公知の方法にしたがい、微生物のウレタンへの作用を損なわないように、適当な多孔質担体表面に微生物を吸着させればよい。固定化した微生物は、使用後容易に回収して再利用することもできる。たとえば、本発明の微生物菌体を含む培養液にクレー等の多孔質担体を加えた水和剤を調製し、これをウレタン吸着・浄化剤として用いることができる。
【0039】
本発明のウレタンの吸着・浄化剤は、本発明の目的を損なわない範囲で、微生物の増殖や、分解・吸着を助ける他の成分を適宜含んでいてもよい。例えば、エステラーゼ等を含むことができる。
【0040】
あるいは、本発明のウレタンの吸着・浄化剤は、凍結乾燥させた発明の微生物や固定化微生物を含むものであってもよい。
【0041】
4.微生物のスクリーニング方法
本発明は、上記したウレタンの吸着・分解能を有する微生物のスクリーニング方法も提供する。
【0042】
従来、ウレタン分解菌の探索は、主としてポリウレタンチップ等を添加した培地に微生物を接取し、培地の変化(分解による培地の濁り、変色)や分解生成物(ジアミン等)の同定、ポリウレタンの重量や形状変化を指標として行われてきた。これらの方法では、ポリウレタン分解能は確認できるが、吸着能は確認できない。ポリウレタンに対して吸着性を示す微生物やエステラーゼの存在の報告もあるが(前掲)、これらは微生物のポリウレタンへの吸着を事実として記載するだけで、その性質を利用して微生物探索を行うことを示唆するものではなかった。
【0043】
本発明のスクリーニング方法は、ウレタン吸着能を探索の指標とするため、ウレタンとより良く接触し、効率的にこれを分解できる微生物を探索できるという点で優れている。
【0044】
具体的には、本発明のスクリーニング方法は、以下の2つの工程を含む。
<工程1:吸着能の評価>
微生物のウレタン吸着能は、水分散型ポリウレタンを含む培地に、候補微生物を作用させ、培地の濁度の減少を評価することにより、容易に評価することができる。
【0045】
「水分散型ポリウレタン」とは、ポリウレタンを適当な界面活性剤で乳化し、水に分散させたもので、調製することも可能であるが、市販のものとしては、例えばSUPERFLEX(登録商標)グリーンツイード社製、IMPRANYL(登録商標)バイエル社製、ボンディック(登録商標)DIC社製等を用いることができる。「水分散型ポリウレタン」には、自己乳化型(ウレタン樹脂に親水性基または親水性セグメントが付与されている)と強制乳化型(界面活性剤で強制的に乳化されている)があり、いずれも乳濁したものであれば、本発明のスクリーニング方法に利用できる。
【0046】
「水分散型ポリウレタン」を含む培地は、ポリウレタン粒子が大きく、結果として乳濁した水分散体となるため、ウレタン吸着能を有する候補微生物が添加されると、分散しているポリウレタン粒子表面に吸着し、これを凝集させ、培地が透明になる。そのため、この濁度の変化(低下=透明化)を吸光度測定や目視によって確認することにより、当該候補微生物がウレタン吸着能を有するか否かを簡便に評価することができる。
【0047】
培地は、上記2.に記載した組成のものを用いることができる。微生物を作用させる時間は、特に限定されないが、2日〜5日、好ましくは3日〜4日である。また、微生物を作用させる温度は、26〜40℃、好ましくは30〜40℃である。
【0048】
上記の方法で培地の透明化がみられた候補微生物については、さらに顕微鏡等を用いて、直接ウレタンの吸着を確認してもよい。
【0049】
<工程2:分解能の評価>
微生物のウレタン分解能は、公知の方法にしたがい、ポリウレタンを含む培地に候補微生物を作用させ、
・ポリウレタンの分解による培地の濁りや変色
・ポリウレタンの分解によって生成するジアミン等の同定
・分解によるポリウレタンの重量や形状変化
等を指標として、評価できる。
【0050】
なかでも、ポリウレタンを添加した培地に候補微生物を添加し、分解によって生じる分解円(ハロー)形成を見る方法、あるいはポリウレタンサックのような塊の目視による分解確認は、簡便さという点から、優れている。分解円とは、微生物による基質の分解によって、寒天培地やセルロース等の固形、半固形担体上に形成される透明帯である。すなわち、ポリウレタンを含む培地は濁っているが、微生物によってこれが分解された部分には、透明な円形が現れる。これを分解円といい、この分解円をみる方法は、分解能の確認方法として簡便である。
【0051】
なお、用いられる培地の組成は上記したとおりであるが、分解円の形成を見る場合は、培地は寒天培地等、固形あるいは半固形でなくてはならない。培養する時間は、分解の指標や実験条件に応じて適宜設定されるが、分解円の形成は3日〜7日、好ましくは5日〜7日である。また、微生物を作用させる温度は、30〜40℃、好ましくは30℃前後である。
【0052】
5.ポリウレタンの再利用
本発明の方法によって、試料中から分離除去されたウレタンは、適当な方法で回収して再利用(リサイクル)することができる。具体的には、分解されたポリウレタンをガス化して化学原料に戻したり、高炉還元剤としてコークスの代わりに利用したり、燃焼させてエネルギーに変換することができる。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を参照しながら本発明についてより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0054】
[実施例1] ポリウレタン分解菌の単離
十勝の上士幌町の埋立地から単離された。YES-PG寒天培地上におけるハロー形成の有無から分解菌を選抜した。ハローを見やすくするため、クマシブルー溶液で染色された。すなわち、単離菌をYES-PG寒天培地で、37℃、18-20時間培養後、寒天培地にクマシブルー溶液を流し入れて静置し、20分後に溶液を取り除いた。次に、メタノール酢酸溶液(クマシブルー溶液からクマシブルーを除いた溶液)を流し入れ、20分間静置した後に取り除いた。青いバックグラウンドの中に、透明なゾーン(分解円のハロー)が観察できたものを、ポリウレタン(PUR)分解菌とした。
【0055】
放線菌(Actinomycetes)であることは、放線菌選択培地(Hickey Tresner Agar Medium)で増殖すること、及び、16SrDNAのシーケンスを一部読んだ結果、放線菌の中のStreptomyces属である可能性が示唆されたことによる。
【0056】
クーマシーブル染色液:
40% methanol(試薬特級), 10% acetic acid(試薬特級)(v/v), 0.1% Coomassie blue R-250(w/v)
Hickey Tresner Agar Medium:
0.2%可溶性でんぷん、0.04% NZ amine TypeA, 0.02% 肉エキス、0.02%酵母エキス、50ppmナイスタチン、100ppmシクロヘキシミド、5ppmナリジキシ酸、寒天1.5%、pH7.2
【0057】
[実施例2] 微生物のポリウレタン浄化活性
埋め立て地から単離されたグラム陽性菌(Streptomyces sp.)について、ポリウレタン(PUR)原材料の浄化活性を調べた。
【0058】
1.微生物のポリウレタンへの吸着
(1)菌体を1白金取り、200mlフラスコ中のYES-PG培地(PUR「super flex 860」0.3%, ゼラチン0.4%, 酵母エキス0.002%, 硫安0.05%, リン酸一カリウム0.004%, リン酸二ナトリウム0.015%, 硫酸マグネシウム0.05%, 微量要素液「塩化マンガン0.2%, 塩化銅0.003%, 塩化亜鉛0.002%, 塩化カルシウム0.003%, モリブデンナトリウム0.002%, 塩化第二鉄0.015%」1ml/l)100mlに接種して、30℃、12日間、120rpmで震盪培養した。
その結果、PURが菌体に吸着・沈降するとともに、乳濁していた培地が透明になった(図1)。
【0059】
(2)菌体を1白金取り、200mlフラスコ中のYES-G培地(ゼラチン0.4%, 酵母エキス0.002%, 硫安0.05%, リン酸一カリウム0.004%, リン酸二ナトリウム0.015%, 硫酸マグネシウム0.05%, 微量要素液「塩化マンガン0.2%, 塩化銅0.003%, 塩化亜鉛0.002%, 塩化カルシウム0.003%, モリブデンナトリウム0.002%, 塩化第二鉄0.015%」1ml/l, pH6.5)にPUR「Super flex 860(自己乳化型):0.3%,Super flex E4800(強制乳化型):0.2%, 或はImpranil:0.3%)を加えた培地100mlに接種して、30℃、6日間、120rpmで震盪培養した。
その結果、いずれのPUR原材料においても、時間とともにPURが菌体に吸着・沈降するとともに、乳濁していた培地が透明になった(図2)。
【0060】
(3)菌体を1白金取り、200mlフラスコ中のYES-PG培地100mlに接種して、30℃、3日間、120rpmで震盪培養した。その結果、PUR(ポリウレタン)が菌体に吸着した(図3)。
【0061】
(4)菌体を1白金取り、200mlフラスコ中のYES-PG培地100mlに接種して、pH6.5で10, 18, 32或は40℃の条件で6日間、120rpmで震盪培養した。
その結果、32℃、40℃の条件で、時間とともにPURが菌体に吸着・沈降するとともに、乳濁していた培地が透明になった(図4)。
また、30℃で5.0, 6.5, 8.0或は10.0の初期pHの条件で6日間、120rpmで震盪培養した。その結果、いずれのpHでも、時間とともにPURが菌体に吸着・沈降するとともに、乳濁していた培地が透明になった(図4)。
【0062】
(5)菌体を1白金取り、200mlフラスコ中のYES-G培地100mlに接種して、30℃、7日間、120rpmで震盪培養し菌体を十分に生育させた。
【0063】
培養菌液5mlに0.3%PUR(Super flex 860)を加えて30℃で震盪培養した結果、培養直後から培地の濁度が低下し、48時間後には透明になった(図5:培養菌体)。
【0064】
また、培養菌液をリン酸緩衝液(リン酸水素1カリウム0.7g, 塩化ナトリウム6.8g, リン酸水素2ナトリウム12水和物2.4g/l, pH7.0)で洗浄して得られた菌懸濁液を用いて、同様にPURを加えて培地の濁度を調べた結果、時間とともに濁度が減少し、48時間後には透明になった(図5:洗浄菌体)。
【0065】
2.微生物のポリウレタン分解
(1)菌体を1白金取り、YES-PG培地に接種して、30℃、7〜9日間、120rpmで震盪培養した。培養上清はメンブランフィルター(0.45μm)で吸引濾過して得た。また、遠心・集菌後に20mM KPB(pH7.0)で調製した0.2% deoxy-BIGCHAPで菌体を30分間激しく攪拌し、菌体結合画分を得た。一方、YES寒天培地(酵母エキス0.002%, 硫安0.05%, リン酸一カリウム0.004%, リン酸二ナトリウム0.015%, 硫酸マグネシウム0.05%, 寒天1.5%, 微量要素液「塩化マンガン0.2%, 塩化銅0.003%, 塩化亜鉛0.002%, 塩化カルシウム0.003%, モリブデンナトリウム0.002%, 塩化第二鉄0.015%」1ml/l, pH6.5)に0.3% PUR(Impranil)を加えて寒天プレートを作成した。ウェルに培養菌液、培養上清、或は、菌体結合画分の90μlを入れ、30℃、7日間インキュベート後にCBB染色を行い、分解円(ハロー)を観察した。
その結果、培養菌液では菌体の増殖域、培養上清と菌体結合画分はウェルの周囲に、それぞれ分解円(ハロー)を形成した(図6)。
【0066】
(2)YES-PG培地にウレタン指サックを入れ、菌体を30℃、25日間震盪培養した。その結果、ウレタン指サックは細かく破断された(図7)。
【0067】
[実施例2] 微生物の特性決定
本微生物は、好気性で、光は要求しない。分岐する基生菌糸と気菌糸を作り、気菌糸の先端に連鎖上の胞子を形成し、直径2-3mmの灰色の扁平で菌糸状のコロニーを形成した。菌糸幅0.5-2.0μmで枝分かれした菌糸集合体を形成し、広範囲の有機化合物をエネルギーに利用できる。
【0068】
この微生物の分類を決定するため、16SrRNAの塩基配列を解析し、DNA データベース(BLAST 等)上での最近縁属種名やその周辺近縁種との相同性をみた。相同性情報を下表1に、塩基配列(1460bp)を配列番号1に示す。
【0069】
【表1】

【0070】
この微生物をStreptomyces C13aと命名し、2009年2月12日付で、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター 中央第6)に、受託番号FERM P-21770として寄託した。
【0071】
[実施例3] YES-PG培地の濁度におけるpHの影響
1)YES-PG培地にStreptomyces C13a(以下、「C13a株」という)を接種し、30℃で培養し、培養7日までの培養液のpHを経時的に測定した(図8A)。その結果、培養につれてpHの上昇が見られたが、その変化は6.5〜9の範囲であった。
【0072】
2)YES-PG培地のpHを1〜14に調整し、培地の濁度を経時的に測定した(図8B、C)。その結果、pH13〜14で濁度の低下が見られたが、pH12以下では濁度の大きな変化は見られなかった。
【0073】
以上の結果から、YES-PG培養菌液で濁度が低下する原因は、PUR粒子の菌体への付着であり、pHの影響ではないと考えられた。
【0074】
[実施例4] ポリウレタン製品の分解能試験
1)C13a株の培養温度と増殖:
C13a株をカゼイン寒天培地に塗抹し、30℃及び45℃で1日培養した(図9)。その結果、増殖は45℃の方が旺盛であった。
【0075】
カゼイン寒天培地:0.2g Sodium casein, 0.5g K2HPO4, 0.2g MgSO4・7H2O, 0.01g FeCl3, Agar 15g, pH 6.5-6.7 (1L).
【0076】
2)C13a株の指サックとチューブの分解:
YES-PG培地で1ヶ月間培養した菌液にポリウレタン(PUR)製の指サック及びチューブを入れ、30℃で25日間培養を続けた。その結果、指サックは細かく断片化された(図10A)。一方、チューブは断片化されなかったが、内壁に菌体の付着が見られた(図10B)。
【0077】
3)C13株で作成された水和剤のポリウレタン分解:
培養菌液をクレー(粘土)に混合する方法で水和剤を作成した。水道水を用いて培養菌液の濃度0.5, 5.0, 50%の3種を調製した。この水和剤をYES-P培地(PUR: ImpranilTM)のウエルに入れ、30℃、1週間静置後、CBB染色により分解円を観察した。その結果、水和剤中のC13a株による分解円が観察された(図11A)。
【0078】
水和剤にPUR製指サックを入れ、30℃、1ヶ月間培養した。その結果、指サックの分解による部分欠落が見られた(図11B)。
図12Cに指サックの分解率を示した。5%水和剤でおよそ5%程度が分解された。
【0079】
4)PUR製指サックの分解における温度と培地組成の影響:C13a株をYES-G培地で前培養後、その10mlをYES-G、YES-PG、SSYP、でんぷんP培地の4種類の培地(150ml)に入れ、30℃で4日間培養した(培地組成は下記の通り)。培養菌液に指サックを入れ、分解を観察した。なお、YES-G培地はPURを含まない。
その結果、30℃と比べて、45℃の方が指サックの分解が顕著であることがわかった。また、SSYPで分解が最も顕著であることがわかった。
【0080】
SSY培地: 10g可溶性澱粉、1g sucrose, 1g酵母エキス, 0.1g KH2PO4, 0.1g KCl, 0.1g NaNO3, 0.1g MgSO4・7H2O per L, pH7.0.
でんぷん培地: 10g可溶性でんぷん,1g K2HPO4, 1g MgSO4・7H2O, 1g NaCl, 2g (NH4)2SO4, 1mg FeSO4・7H2O, 1mg MnCl2・4H2O, 1mg ZnSO4・7H2O per L, pH 7.2.
SSYP: SSY培地にPUR (0.3%)を加えたもの
でんぷんP培地:でんぷん培地にPUR (0.3%)を加えたもの
【0081】
[実施例5] ポリエチレンの分解
試験管にポリエチレン(PE)ビーズ(およそ30粒:正確に秤量)を入れ、オートクレーブした。これに5mlの各種培地(YMG培地, casein培地, YES-G培地)を入れた。C13a株をYES-G培地で前培養(37℃, 2日間震盪培養)後、その0.5mlを試験管に入れ、30℃で2ヶ月間震盪培養した。培養後のビーズ重量を測定し、分解能を算出した。測定は少なくとも4反復行った。その結果、PEの分解率はYMG培地0.033%、casein培地0.104%、YES-G培地0.097%となり、PURに対する分解能と比較すると弱いものの、C13a株はPEも分解できることが確認された。
【0082】
YMG培地:4g酵母エキス, 10g麦芽エキス、4gブドウ糖per L, pH 7.2,
Casein培地:0.2g Sodium casein, 0.5g K2HPO4, 0.2g MgSO4・7H2O, 0.01g FeCl3 per L, pH 6.6
【0083】
[実施例6] 分解酵素(エステラーゼ)の部分精製
下表2に示す手順で、C13a株の分泌する分解酵素(エステラーゼ)の部分精製を行った。その結果、回収率は低いものの、比活性値で約700倍に精製された。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、工場廃液等に含まれるウレタン原材料を効率的かつ安価に処理することができる。また、回収されたウレタンを再利用することにより、資源の有効活用につながる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物を、ウレタンを含有する試料に作用させることを特徴とする、ウレタンの吸着・浄化方法。
【請求項2】
ウレタンがポリウレタンである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ポリウレタンが試料中に微粒子状で分散されている、請求項2記載の方法。
【請求項4】
ストレプトマイセス(Streptomyces)属微生物が、受託番号FERM P-21770で特定される微生物、あるいはこれと同等のウレタン吸着・分解能をもつその変異株である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
微生物がさらにポリエチレン分解能を有し、試料中のポリエチレンも浄化可能である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
ウレタン吸着・分解能を有するストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物。
【請求項7】
さらにポリエチレン分解能も有する、請求項6記載の微生物。
【請求項8】
受託番号FERM P-21770で特定される微生物、あるいはこれと同等のウレタン吸着・分解能をもつその変異株。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の微生物を含む、ウレタンの吸着・浄化剤。
【請求項10】
下記の工程を含む、ウレタン吸着・分解能を有する微生物のスクリーニング方法:
1)水分散型ポリウレタンを含む培地に、候補微生物を作用させ、培地の濁度の減少を評価する工程、および
2)ポリウレタンを含む培地に、候補微生物を作用させ、ポリウレタンの分解を評価する工程。
【請求項11】
ポリウレタンの分解を分解円の形成あるいはポリウレタン塊の目視による分解確認により評価することを特徴とする、請求項10記載のスクリーニング方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−220610(P2010−220610A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34750(P2010−34750)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(504300088)国立大学法人帯広畜産大学 (96)
【Fターム(参考)】