説明

新規乳酸菌株および当該菌株によるサイレージ好気的変敗の抑制法

【課題】 サイレージの好気的変敗を抑制できる乳酸菌を分離・選抜し、当該乳酸菌をサイレージの調製に利用して、サイレージの安全性と利用性を高める技術を提供すること。
【解決手段】 低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌(Lactobacillus sp.)、TM1株(FERM AP−20139)、及び低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する乳酸菌、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)TM2株(FERM AP−20140);前記乳酸菌を含有するサイレージ調製用微生物製剤;前記乳酸菌もしくは請求項3記載の微生物製剤を材料草に添加することを特徴とするサイレージの調製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規乳酸菌株および当該菌株によるサイレージ好気的変敗の抑制法に関し、詳しくは、サイレージの好気的変敗を効率的に抑制できる新規乳酸菌株、該菌株を含有するサイレージ用微生物製剤、並びに該製剤を用いるサイレージの調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
家畜生産においては、牧草・飼料作物などの飼料が年間を通じて平準的に供給されることが要求されるが、植物の生長には季節性があることから、収穫された牧草・飼料作物を安定的に長期保存することが畜産業を安定的に発展させるために不可欠である。
収穫された牧草・飼料作物を長期保存するための方法の一つであるサイレージは、乾草としての乾燥保存と比べ、生草のまま栄養分の損失が少なく、天候にも支配されず、現在最も広く利用されている保存方法である。サイレージの発酵品質を改善するために、従来から多くの技術が開発されてきた。
【0003】
サイレージの問題点として、サイロ開封後にサイレージ取り出し表面が長時間好気的状態になると、変敗が生じる現象(好気的変敗)がある(非特許文献1参照)。好気的変敗が起こると、サイレージは栄養価が低下し、家畜の摂取量が減少し、ひいては家畜健康の悪化、材料の完全廃棄など、畜産業において重大な損失が生じる。
好気的変敗の問題は、大型サイロでサイレージを保存する場合に特に深刻である。また、トウモロコシサイレージや低水分グラスサイレージ等は、発酵品質の良いものが得られやすいが、やはり開封後に好気的変敗が起こりやすい。
そこで、好気的変敗を防止するための手段の開発が進んでいる。例えば、プロピオン酸、プロピオン酸アンモニウム、四ギ酸アンモニウム、ギ酸カルシウム複合剤などの化学試薬は、好気的変敗の抑制に有効であることが知られている(非特許文献1参照)。しかし、これらの試薬はコストが高く、また、化学物質であるため家畜や人間に対する安全性の面で問題があり、取り扱いにあたり困難が伴うという問題もあった。
一方、乳酸菌の一種であるラクトバチルス・ブーケンライ(Lactobacillus buchneri)を用いて好気的変敗を防止する方法が開発された(非特許文献2参照)。しかしながら、この乳酸菌は高温条件における生育性が弱く、好気的変敗を抑制できない場合もあると指摘されている。
したがって、サイレージの利用性をより高めるため、実際の貯蔵環境や利用条件に合わせて好気的変敗を抑制できる菌剤の開発が要求されている。
【0004】
【非特許文献1】内田 仙二編、サイレージ科学の進歩、デーリィ・ジャパン社、pp.106−112
【非特許文献2】大下 友子、飼料の好気的変敗とその防止対策、酪農ジャーナル2001、6、14−16
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した従来の問題点を解消し、サイレージの好気的変敗を抑制できる乳酸菌を分離・選抜し、当該乳酸菌をサイレージの調製に利用して、サイレージの安全性と利用性を高める技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以上の課題を解決するために、本発明者らは鋭意検討を重ねた。すなわち、牧草・飼料作物およびサイレージから分離・培養した多数の乳酸菌株について、生理的、生化学的性状、糖発酵試験、およびサイレージの調製適性試験を行うことにより選抜した。さらに、既存乳酸菌基準株の16S rRNA遺伝子の塩基配列との相同性を比較検討し、種の同定を行った。
その結果、ヘテロ発酵型乳酸菌で、低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌TM1株と同定した。同様に、ヘテロ発酵型乳酸菌で、低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する乳酸菌、ラクトバチルス・ブレビスTM2株と同定した。
さらに、上記乳酸菌TM1株およびTM2株をサイレージ材料草に添加すると、サイロ開封後にサイレージの温度上昇が抑制されると共に、好気的変敗による損失が少なく、また嗜好性にも優れるサイレージを調製できることを見出した。
本発明は係る知見に基づくものである。
【0007】
請求項1記載の本発明は、低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌(Lactobacillus sp.)、TM1株(FERM AP−20139)である。
請求項2記載の本発明は、低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する乳酸菌、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)TM2株(FERM AP−20140)である。
請求項3記載の本発明は、請求項1および/または2記載の乳酸菌を含有するサイレージ調製用微生物製剤である。
請求項4記載の本発明は、請求項1および/または2記載の乳酸菌、もしくは請求項3記載の微生物製剤を材料草に添加することを特徴とするサイレージの調製方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、サイレージ中において、好気的変敗の原因となる酵母の増殖を顕著に抑制し、好気的条件下における品質の安定性に優れたサイレージを作るために有用な乳酸菌、およびこれを含有するサイレージ調製用微生物製剤が提供される。
また、本発明によれば、上記乳酸菌あるいは製剤を材料草に添加することにより、サイロ開封後にも好気的変敗の原因となる酵母の増殖がほとんどないサイレージの調製が可能である。得られるサイレージは、好気的条件下における変敗が顕著に抑制され、栄養の過損失や有毒物質の産生の心配がなく、安全性の高いものとなる。また、嗜好性も改善され、家畜の成長増進を図り、もって畜産業の発展に寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明について詳しく説明する。
本発明に係る乳酸菌は、請求項1に記載するように、低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌(Lactobacillus sp.)、TM1株(FERM AP−20139)と、請求項2に記載するように、低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する乳酸菌、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)、TM2株(FERM AP−20140)である。
【0010】
このような本発明に係る乳酸菌TM1株およびTM2株は、本発明者らが牧草・飼料作物およびサイレージから分離・培養した多数の乳酸菌株について、生理的、生化学的性状、及び糖発酵試験を行うことにより選抜されたものである。
尚、サイレージからの乳酸菌の分離・培養には、Lactobacilli MRS培地(DIFCO Laboratories,Detroit,USA)、GYP白亜寒天培地(小崎ら、「乳酸菌実験マニュアル」、1992)等の乳酸菌用培地を利用することができる。
【0011】
本発明に係るラクトバチルス属乳酸菌TM1株は、低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有し、その一方でサイレージの品質上望ましくない酪酸の生成を抑制することができる。
ここで、低pH耐性とは、pH4.0以下において耐性を有する、すなわち生育可能であることを意味する。また、酢酸生成能に優れるとは、例えば、TM1株の添加が無添加よりサイレージ中の酢酸生成量を倍以上に高める能力を有していることを意味する。さらに、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母としては、Candida属、Cryptococcus属、Hansenula属、Pichia属、Saccharomyces属等の酵母を挙げることができる。
【0012】
また、本発明に係るラクトバチルス・ブレビスTM2株は、低pH耐性と高温耐性が優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有し、その一方でサイレージの品質上望ましくない酪酸の生成を抑制することができる。
ここで、低pH耐性、および酵母に関しては、TM1株について上述したとおりである。高温耐性に優れるとは、25〜37℃、好ましくは、45℃の温度下において耐性を有する、すなわち生育可能であることを意味する。
【0013】
さらに、本発明に係る乳酸菌TM1株およびTM2株は、いずれもヘテロ発酵型乳酸菌であるので、ホモ発酵型乳酸菌と比べサイレージの発酵損失を若干増加させる。しかしながら、上述したようにサイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する等の諸特性を有することから、サイレージ開封後の好気的変敗による損失を顕著に低下させるため、全体的な損失を減少させることができる。
【0014】
本発明に係るラクトバチルス属乳酸菌TM1株は、グラム陽性及びカタラーゼ陰性を示すと共に、桿菌であることから、ラクトバチルス属であると判断したものの、その16S rRNA遺伝子に関し、ラクトバチルス属の既知乳酸菌のそれと比較すると相同性が低い(97%以下)。そこで、本発明者らは、ラクトバチルス属であると同定した。
一方、本発明に係るラクトバチルス・ブレビスTM2株は、その16S rRNA遺伝子に関し、ラクトバチルス・ブレビス基準株のそれと99.9%の16S rRNA遺伝子の相同性を示したため、本発明者らによりラクトバチルス・ブレビスの一種であると同定された。
【0015】
上述した本発明に係るTM1株およびTM2株の生理的・生化学的性質は、近年サイレージ好気的変敗の防止に用いられているラクトバチルス・ブーケンライ(Lbuchneri)とは明らかに相違し、その他、糖発酵特性、サイレージの品質等の点でも明らかに異なることが明らかである。この点は、実施例において証明されている。
【0016】
このような、請求項1に係る本発明のラクトバチルス属乳酸菌TM1株、および請求項2に係る本発明の乳酸菌ラクトバチルス・ブレビスTM2株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はTM1株がFERM AP−20139であり、TM2株がFERM AP−20140である。
【0017】
このような優れた特徴を有する本発明に係る乳酸菌TM1株およびTM2株は、請求項4に記載するように、それぞれ、あるいは両方をサイレージの調製に利用することができる。
サイレージの材料草としては、トウモロコシ、イタリアンライグラス等を挙げることができる。材料草の水分含量は特に限定されず、予乾させたものでも良いし、高水分のものであっても良い。
材料草への本発明に係る乳酸菌TM1株および/またはTM2株の添加量としては、材料草1gあたり1.0×10〜1.0×10cfu(cfu:cell forming unit)とすることができる。また、TM1株およびTM2株の両方を用いる場合、上記添加量の範囲で両者の配合割合を適宜定めることができる。
サイロは、バッグサイロ、バンカーサイロ、地下サイロなど、特に限定されない。
調製されたサイレージは、開封状態で発熱が抑制されると共に、5日間以上保存することができる。また、高水分の材料草を用いるなど発酵条件が悪い場合に得られたサイレージであっても、発酵品質に優れ、嗜好性も向上させることができる。
【0018】
このような本発明の乳酸菌TM1株およびTM2株は、適宜製剤化して、請求項3に記載されるサイレージ調製用微生物製剤とすることができる。本発明のサイレージ調製用微生物製剤は、上記乳酸菌TM1株および/またはTM2株を含有するものであれば、保存料、賦形剤等公知の成分を含んでいても良い。また、ラクトバチルス・プランタルム等の乳酸菌をはじめとする他の微生物や繊維分解酵素などを含むものであっても良い。剤形についても、粉剤、粒剤、液剤など任意とすることができる。
この微生物製剤も、本発明の乳酸菌TM1株およびTM2株の場合と同様、サイレージの調製に利用することができ、その場合の条件は、上記TM1株およびTM2株を直接利用する場合に準じるものとすることができる。
【実施例】
【0019】
以下に、実施例により本発明を詳しく説明する。
実施例1〔TM1株およびTM2株の分離、各菌株の諸特性の解析〕
独立行政法人 農業・生物系特定産業技術研究機構 畜産草地研究所やその周辺の酪農家から採取したイタリアンライグラス、オーチャードグラス、スーダングラスおよびトウモロコシなどの原材料ならびにサイレージ20gずつを秤り、滅菌サンプルバッグ(Fisher Scientific,Canada)に入れ、滅菌した生理食塩水180mlを加えて10−1倍希釈液とした後、この液をさらに10−8倍まで希釈した。この希釈液0.1mlを乳酸菌用培地Lactobacilli MRS寒天培地(DIFCO Laboratories,Detroit,USA)に塗布して、嫌気培養装置(ヒラサワ(株)製)にて、37℃で2日間嫌気培養した。
【0020】
培養物から分離した乳酸菌株について、グラム染色、カタラーゼ反応およびガス発生に関する試験を行った。
グラム染色陽性及びカタラーゼ反応陰性であり、ガス生成があり、低pH耐性や高温耐性に優れている菌株を選択して、生理的・生化学的性状、糖分解性状の解析を行うと共に、トウモロコシ材料に実際に添加して、サイレージの調製適性試験を行った。
比較のため、市販剤(パイオニアサイレージ調製用乳酸菌11A44、パイオニア ハイブレッド社)から、上記のLactobacilli MRS寒天培地によりラクトバチルス・ブーケンライを分離し、同様に試験を行った。
【0021】
これらの結果に基づいて、ヘテロ発酵型乳酸菌で、低pH耐性と酢酸生成能力が優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌TM1株と、同様に、ヘテロ発酵型乳酸菌で、低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス・ブレビス TM2株を選抜した。
各乳酸菌株の特性を表1に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
表1から明らかなように、ラクトバチルス属乳酸菌TM1株は、ヘテロ発酵型乳酸菌であり、pH3.8という低pH条件で生育可能であった。また、ラクトバチルス・ブーケンライと比べ、TM1株はMRS液体培地において乳酸を比較的多量に生成し、培地のpHもより低下させた。
そして、ラクトバチルス・ブーケンライは45℃で生育しなかったのに対し、ラクトバチルス・ブレビスTM2株は十分に生育可能であった。また、TM2株は、ヘテロ発酵型乳酸菌であり、pH3.8という低pH条件で生育可能であった点については、TM1株と同様であった。
一方、各菌株の糖分解性状を表2及び表3に示した。
【0024】
【表2】


【0025】
【表3】

【0026】
表2及び表3の結果から、TM1株については、メリビオース、ラフィノースであり、また、TM2株については、リボース、ラクトースであるという糖発酵特性を有していることが明らかとなった。また、TM1株およびTM2株の糖発酵特性は、互いに異なると共に、ラクトバチルス・ブーケンライのそれと比較しても異なることが明らかであった。
また、表1、表2及び表3の結果から、TM1株およびTM2株は、サイレージ調製用微生物製剤として適していることが分かる。
【0027】
次に、両菌株の全領域の16S rRNA遺伝子の塩基配列解析を行った。
その結果、TM1株の16S rRNA遺伝子は、ラクトバチルス属の菌種のそれと比較して相同性が95%以上であったことから、ラクトバチルス属の菌株であることが判明した。
そして、TM2株の16S rRNA遺伝子は、基準株であるラクトバチルス・ブレビスのものと99.9%の相同性を示したことから、ラクトバチルス・ブレビスの一種であると同定された。
本実施例で同定されたラクトバチルス属乳酸菌TM1株、および請求項2に係る本発明の乳酸菌ラクトバチルス・ブレビス TM2株は、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託されており、その受託番号はTM1株がFERM AP−20139であり、TM2株がFERM AP−20140である。
【0028】
実施例2〔トウモロコシサイレージの好気的変敗に対する影響〕
実施例1で得られたラクトバチルス属乳酸菌TM1株およびラクトバチルス・ブレビスTM2株のそれぞれを、トウモロコシサイレージに添加した場合に及ぼす影響を解析した。
すなわち、約1cmの細断トウモロコシ(クミアイデント113)を供試し、上記2菌株のいずれかを添加して、パウチサイロ(飛龍N11、旭化成(株)製)を用いてトウモロコシサイレージの調製を行った。
乳酸菌のトウモロコシ材料への添加は、各菌株を、Lactobacilli MRS液体培地(DIFCO Laboratories,Detroit,USA)に接種して30℃で16時間培養して得られる各培養液を、トウモロコシ材料1gあたりの乳酸菌が約1.0×10cfu(cfu:cell forming unit)となるように調製して行った。添加後、脱気・密封(業務用卓上バキュームシーラー、シャープ(株)製)した後、室温で保存した。
一方、市販剤の乾燥粉末(パイオニアサイレージ調製用乳酸菌11A44、パイオニア ハイブレッド社)を滅菌水に100倍に溶かしたものを、乳酸菌の代わりに添加して同様に保存した。
更に、対照として、乳酸菌や市販剤を添加しないで同様に調製・保存した。
【0029】
5ヶ月後にパウチサイロを開封し、トウモロコシサイレージ中の微生物組成、発酵品質、好気的安定性および貯蔵中と開封後の乾物損失率を調べた。
一方、対照として、乳酸菌や市販剤を添加しないで同様に分析を行った。
表4にトウモロコシサイレージの分析結果を示す。
【0030】
【表4】

【0031】
表4から明らかなように、対照(無添加)のトウモロコシサイレージには酵母が3.2×10cfu/g原物生存していたのに対し、TM1株およびTM2株のいずれを添加した場合も、サイレージから酵母は検出されなかった。また、TM1株を添加した場合には、市販剤を添加した場合と同様にpHの若干の上昇が見られたが、サイレージに望ましくない酪酸の生成はほとんど認められず、代わりに酢酸を多量に生成していた。
【0032】
一方、各トウモロコシサイレージを好気的状態においてから(すなわち、パウチサイロを開封した直後から)120時間経過後までの間における温度の経時的変化を図1に示す。
図1から明らかなように、対照(無添加)のトウモロコシサイレージでは、24時間経過後に温度の上昇が認められたことから、好気的変敗が起きているものと考えられた。
一方、TM1株やTM2株を添加した場合は、温度上昇の遅延効果が顕著であり、特にTM1株の場合は、開封から120時間経っても温度上昇がほとんど認められなかったことから、好気的変敗が顕著に抑制されていることが明らかとなった。
【0033】
次に、各トウモロコシサイレージの貯蔵損失(5ヶ月間)と開封後に好気的状態においてから48時間経過後の変敗損失を測定した。
すなわち、貯蔵損失とは、植物細胞の残余呼吸や微生物の発酵などによるサイレージ貯蔵中の乾物損失(%)を意味し、貯蔵前の乾物量と開封時の乾物量を測定して算出した。また、変敗損失とは、サイロ開封後の好気的変敗による乾物損失(%)を意味し、開封時の乾物量と好気的状態においてからの乾物量を測定して算出した。
各トウモロコシサイレージの貯蔵損失と変敗損失を、図2に示す。
【0034】
図2から明らかなように、TM1株やTM2株を添加したトウモロコシサイレージは、対照(無添加)や市販剤を添加したものと比較して、貯蔵損失が近いレベルであったが、変敗損失が著しく低下したため、サイレージの総乾物損失(貯蔵損失+変敗損失)を顕著に減少させたことが明らかである。
尚、総乾物損失に関しては、好気的状態においた時間が短い場合には、TM2株を添加したトウモロコシサイレージが最も優れていた。一方、好気的状態においた時間が長い場合では、TM1株を添加したトウモロコシサイレージが最も優れていた。
【0035】
実施例3〔予乾イタリアンライグラスサイレージの好気的変敗に対する影響〕
実施例1で得られたラクトバチルス属乳酸菌TM1株およびラクトバチルス・ブレビスTM2株のそれぞれを、予乾イタリアンライグラスサイレージに添加した場合に、サイレージに及ぼす影響を解析した。
すなわち、予乾したイタリアンライグラスの細断材料(乾物率約68%)を供試した。実施例2と同様にして、上記2菌株のいずれか、または市販剤を添加した予乾イタリアンライグラスサイレージを調製すると共に、対照として無添加のサイレージを調製した。
4ヶ月後にパウチサイロを開封し、実施例2と同様にして予乾イタリアンライグラスサイレージ中の微生物組成、発酵品質および好気的安定性を調べた。
表5に予乾イタリアングラスサイレージの分析結果を示す。
【0036】
【表5】

【0037】
表5から明らかなように、対照(無添加)のイタリアンライグラスサイレージには酵母が5.0×10cfu/g生存していたのに対し、TM1株およびTM2株のいずれを添加した場合も、サイレージから酵母は検出されなかった。また、TM1株を添加した場合には、市販剤を添加した場合と同様にpHの若干の上昇が見られたが、サイレージに望ましくない酪酸がほとんど認められず、代わりに酢酸を多量に生成していた。
【0038】
一方、各イタリアンライグラスサイレージを好気的状態においてから(すなわち、パウチサイロを開封した直後から)120時間経過後までの間における温度の経時的変化を図3に示す。
図3から明らかなように、対照(無添加)のイタリアンライグラスサイレージでは、36時間後に温度の上昇が認められたことから、好気的変敗が起きているものと考えられた。
TM1株やTM2株を添加した場合は、温度上昇の遅延効果が顕著であり、特にTM1株の場合は、開封後に試験期の120時間まで温度の上昇が認められなかったことから、好気的変敗が顕著に抑制されていることが明らかとなった。
【0039】
実施例4〔高水分のグラスサイレージの好気的変敗に対する影響〕
一般に、高水分のグラスサイレージは、酪酸発酵が起こり易いために、好気的変敗は発生しにくい反面、サイレージ発酵品質は悪くなる。そこで、実施例1で得られたラクトバチルス属乳酸菌TM1株およびラクトバチルス・ブレビスTM2株を高水分のサイレージ材料に添加した場合に、サイレージ品質に及ぼす影響を解析した。
すなわち、高水分(約75%)のイタリアンライグラス材料を供試した。実施例2と同様にして、上記2菌株のいずれか、または市販剤を添加した高水分イタリアンライグラスサイレージを調製すると共に、対照として無添加のサイレージを調製した。
3ヶ月後にパウチサイロを開封し、実施例2と同様にして高水分イタリアンライグラスサイレージ中の微生物組成、発酵品質および好気的安定性を調べた。
【0040】
一方、同様の高水分(約75%)のイタリアンライグラスに、上記のTM1菌株を容量54mの地下サイロに添加して、高水分のイタリアンライグラスサイレージの調製を行った。一方、対照として無添加のサイレージを調製した。
3ヶ月後に無添加とTM1株添加の地下サイロを同時に開封し、実施例2と同様にして高水分イタリアンライグラスサイレージ中の微生物組成、発酵品質、好気的安定性を調べると共に、乳牛の選択採食性を調べた。
【0041】
その結果、高水分材料のため、無添加サイレージでは多量の酪酸(パウチサイロ:原物中0.27%、地下サイロ:原物中0.42%)が検出されたが、TM1株とTM2株を添加したサイレージは、パウチサイロで作成したものおよび地下サイロで作成したもの(TM1菌株のみ)のいずれも、酢酸含量が高い反面、酪酸が検出されず、両菌株の添加によって発酵品質が改善された。
【0042】
また、地下サイロで得られた無添加およびTM1菌株の添加サイレージについて、乳牛の選択採食性を調べた。すなわち、対照である無添加サイレージとTM1株添加サイレージを6頭の乾乳牛に5日間給餌し(毎日各牛に両サイレージの原物14kgずつ同時供給)、20分間隔で120分間までそれぞれのサイレージの採食原物量を測定した。試験開始〜120分経過後の間の、各サイレージの採食原物量を図4に示す。
図4から明らかなように、TM1株を添加したサイレージの方が、無添加のサイレージよりも多く採食された。
本実施例の結果から、本発明の乳酸菌TM1株およびTM2株は、サイレージに添加されることにより、発酵条件の悪い場合においても、発酵品質を改善し、さらに嗜好性を向上させることができることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明により、サイレージ中において、好気的変敗の原因となる酵母の増殖を顕著に抑制し、好気的条件下における品質の安定性に優れたサイレージを作るために有用な乳酸菌、およびこれを含有するサイレージ調製用微生物製剤が提供される。
また、本発明によれば、上記乳酸菌あるいは製剤を材料草に添加することにより、サイロ開封後にも好気的変敗の原因となる酵母の増殖がほとんどないサイレージの調製が可能である。得られるサイレージは、好気的条件下における変敗が顕著に抑制され、栄養の過損失や有毒物質の産生の心配がなく、安全性の高いものとなる。また、嗜好性も改善され、家畜の成長増進を図り、もって畜産業の発展に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】トウモロコシサイレージを好気的状態においてから120時間経過後までの間における温度の経時的変化を示す図である。
【図2】トウモロコシサイレージの貯蔵損失(5ヶ月)および変敗損失(48時間)を示す図である。
【図3】予乾イタリアンライグラスサイレージを好気的状態においてから120時間経過後までの間における温度の経時的変化を示す図である。
【図4】無添加サイレージとTM1株添加サイレージの採食原物量を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低pH耐性と酢酸生成能に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有するラクトバチルス属乳酸菌(Lactobacillus sp.)、TM1株(FERM AP−20139)。
【請求項2】
低pH耐性と高温耐性に優れ、サイレージの好気的変敗の原因となる酵母に対する抗菌性を有する乳酸菌、ラクトバチルス・ブレビス(Lactobacillus brevis)TM2株(FERM AP−20140)。
【請求項3】
請求項1および/または2記載の乳酸菌を含有するサイレージ調製用微生物製剤。
【請求項4】
請求項1および/または2記載の乳酸菌、もしくは請求項3記載の微生物製剤を材料草に添加することを特徴とするサイレージの調製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−42647(P2006−42647A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226280(P2004−226280)
【出願日】平成16年8月3日(2004.8.3)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・生物系特定産業技術研究機構 (827)
【Fターム(参考)】