説明

新規微生物、並びにそれを用いた植物病害防除剤及び防除方法

【課題】ラクトバチルス属に属する新種の微生物を提供する。また、人の健康にも有益とされる乳酸菌を用いることにより、安全で安定した農作物生産を可能とする植物病害の防除技術を提供する。
【解決手段】植物病害に対する防除能を有するラクトバチルス・キョウトエンシス(Lactobacillus kyotoensis)に属する菌株である。また、該菌株を含有する植物病害防除剤である。更には、該菌株で植物及び/又は土壌を処理する植物病害防除方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラクトバチルス(Lactobacillus)属に属する新規な微生物に関し、また、該微生物を用いた植物病害防除剤及び植物病害防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の「食の安心・安全」志向が高まる中、化学合成農薬の使用量の削減が求められており、化学合成農薬の代替として、有用微生物を用いた防除である生物防除の適用が検討されている。また、化学合成農薬では防除が困難な植物病害に対しても、生物防除の適用が検討されている。このような生物防除技術において、有効微生物として乳酸菌を用いることが知られている。乳酸菌は、一般に、人の健康に対して有用とされているので、乳酸菌を用いて農作物の病害を防除することができれば、農薬登録での安全性審査上の問題を生じることなく、消費者の安全性に対する懸念も払拭され、更に農作物の機能性や商品性を向上させることになることから、理想的な病害防除となる。
【0003】
このような乳酸菌を用いた植物病害防除技術として、本出願人は先に、下記特許文献1において、ペディオコッカス・ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)に属する菌株や、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)に属する菌株を用いることを提案している。
【特許文献1】国際公開第2006/025167号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明者は、上記植物病害防除技術の改良を図るべく鋭意検討していく中で、先に提案した微生物よりも防除効果の高い新規な微生物を単離することに成功した。更に、この微生物の特徴を分析した結果、ラクトバチルス属に属する新種の菌株であるという知見を得た。
【0005】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、ラクトバチルス属に属する新種の微生物を提供することを目的とする。本発明は、また、該微生物を用いてなる病害防除効果に優れる植物病害防除剤及び防除方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、ラクトバチルス・キョウトエンシス(Lactobacillus kyotoensis)に属する菌株に関するものである。本発明は、また、該菌株を含有する植物病害防除剤に関するものである。本発明は、また、該菌株で植物及び/又は土壌を処理することを特徴とする植物病害防除方法に関するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係るラクトバチルス属の新種であるラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株によれば、植物病害に対する防除能を有することから、安全性を確保しながら、農作物の植物病害を防除することができ、安定した農作物生産が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0009】
本発明に係る新規微生物は、植物病害に対する防除能を有するラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株である。
【0010】
植物病害に対する防除能とは、植物が病原微生物に感染するのを防いだり、増殖や発病を抑制したりする能力である。かかる病害防除能としては、抗生作用、競合作用および抵抗性誘導作用のいずれの作用によるものでもよく、またこれらのいずれか2以上の作用の組み合わせによるものでもよい。ここで、抗生作用とは、抗生物質を生産することによって病原微生物を抑制する作用である。また、競合作用とは、病原微生物よりも生育が盛んで先に空間を占有しあるいは栄養分を先取することにより、病原微生物を抑制する作用である。さらに、抵抗性誘導作用とは、植物に作用して生産させる物質によって植物の抵抗性が高まり、病原微生物の感染や増殖を抑制する作用である。
【0011】
本発明に係る微生物の一例として、本発明者が単離した菌株(SOK04SW株)は、受領番号FERM AP−21500として寄託されている。この菌株は、発酵食品であるイカの塩辛を分離源として、2006年11月に単離されたものである。下記実施例で詳述するように、該菌株は、ラクトバチルス・ナンテンシス(Lactobacillus nantensis)、ラクトバチルス・クラストラム(Lactobacillus crustorum)、ラクトバチルス・ファーシミニス(Lactobacillus farciminis)及びラクトバチルス・ミンデンシス(Lactobacillus mindensis)の近縁種であるが、これらとは別種であって、ラクトバチルス属の新種であることが確認された。
【0012】
このSOK04SW株と上記近縁種との生理学的性質における特徴的な違いは、SOK04SW株が、メレチトースを発酵し、サリシンを発酵せず、かつ、45℃で生育性を示す点にある。また、SOK04SW株が、サッカロースを発酵する点は、ラクトバチルス・クラストラム及びミンデンシスに対する特徴的な違いであり、マンニトール、α−メチル−D−マンノシド及びソルビトールを発酵しない点は、ラクトバチルス・ナンテンシスとの特徴的な違いである。
【0013】
本発明に係る植物病害防除剤は、上記の新規なラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株を含有するものである。植物病害防除剤の形態は通常の農薬がとりうる形態、例えば粒剤、粉剤、水和剤、パック剤、顆粒水和剤、マイクロカプセル剤、乳剤など特に限定されず、任意の剤型に調製でき、目的に応じて使用することが可能である。例として、上記菌株を製剤学的に許容される担体に吸着させて、水和剤、粉剤または粒剤として提供することができる。その場合、担体としては、珪藻土、クレー、タルク、パーライト、もみ殻、骨粉などを用いることができる。なお、該植物病害防除剤に含まれる上記菌株は、必ずしも生きていなくてもよく、死菌体であってもよい。
【0014】
該植物病害防除剤には、上記のラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株に加えて、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)に属する菌株(SOK04BY株)を更に含有してもよい。SOK04BY株は、下記実施例で詳述するように、植物病害防除能を有する微生物として、上記SOK04SW株と同時に単離されたものであり、受領番号FERM AP−21501として寄託されている。これらSOK04SW株とSOK04BY株を併用することにより、防除効果を更に高めることができる場合がある。併用する場合、両者の比率は特に限定されないが、菌密度の比で、SOK04SW株/SOK04BY株=1/10〜10/1であることが好ましく、より好ましくは1/10〜1/1である。なお、上記のラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株とともに併用する菌株として、SOK04BY株以外の菌株を用いてもよい。
【0015】
本発明に係る植物病害防除方法は、上記のラクトバチルス・キョウトエンシスに属する菌株、又はこれとSOK04BY株とを組み合わせて、植物や土壌に処理するというものであり、その処理方法は特に限定されない。例えば、次の方法が挙げられる。なお、処理方法において、これらの菌株は必ずしも生きていなくてもよく、死菌体も用いることができる。
【0016】
(1)上記菌株が分散した液体(例えば、菌株の培養液)を植物に処理する方法。これには、菌株の分散液を種子に噴霧したり、該分散液に種子を浸漬するなどして、種子に対して処理することが含まれる。また、該分散液に定植前の苗の根部を浸漬すること、該分散液を葉や茎などに噴霧処理することなども含まれる。
【0017】
(2)上記菌株の分散液を土壌に処理する方法。これには、該分散液を播種用培土や育苗用培土、圃場などに噴霧したり、灌注することが含まれ、その場合、植物の定植前や種子の播種前の土壌に処理してもよく、定植後や播種後の土壌に処理してもよい。
【0018】
(3)上記菌株をそれ自体粉末化し、又は担体に付着させて調製した粉末又は粒状の防除剤を、植物に処理する方法。これには、かかる粉末又は粒状の防除剤を種子表面に付着させたり、又は種子と混合して播種するなどして、種子に対して処理することが含まれる。
【0019】
(4)上記粉末状又は粒状の防除剤を土壌に処理する方法。これには、該粉末又は粒状の防除剤を、上記した各種培土や圃場の土に混ぜ込んだり、あるいは圃場の土の上にふりかけたりすることが含まれる。
【0020】
本発明で防除の対象とする植物病害としては、土壌病害を始めとする各種植物病害が挙げられ、例えば、ホウレンソウなどのアカザ科作物、イネ、トウモロコシなどのイネ科作物、サトイモ、カラー、ポトスなどのサトイモ科作物、ネギ、タマネギ、チューリップ、ユリなどのユリ科作物、キャベツ、ハクサイ、ダイコン、ストック、ハボタン、ミズナなどのアブラナ科作物、イチゴ、ウメ、モモ、リンゴなどのバラ科作物、ダイズ、アズキなどのマメ科作物、ニンジン、パセリなどのセリ科作物、トウガラシ、ナス、トマト、ジャガイモ、ペチュニアなどのナス科作物、キュウリ、スイカ、カボチャなどのウリ科作物、ゴボウ、レタス、キク、コスモス、ヒマワリなどのキク科作物、グラジオラスなどのアヤメ科作物、スターチスなどのイソマツ科作物、セントポーリアなどのイワタバコ科作物、キンギョソウ、トレニアなどのゴマノハグサ科作物、カーネーション、カスミソウなどのナデシコ科作物、アサガオなどのヒルガオ科作物、スイセンなどのヒガンバナ科作物、カトレア、シンビジウムなどのラン科作物、カキなどのカキノキ科作物、イチジクなどのクワ科作物、ブドウなどのブドウ科作物、クリなどのブナ科作物、温州ミカン、レモンなどのミカン科作物、キウイフルーツなどのマタタビ科作物などに生じる萎凋病、立枯病、株腐病、半身萎凋病、黒斑病、根こぶ病、疫病、白さび病、べと病、さび病、紫紋羽病、白絹病、うどんこ病、炭そ病、灰色かび病、いもち病、軟腐病、青枯病、黒腐病、かいよう病、斑点細菌病、根頭がん腫病、そうか病などが挙げられ、これらのいずかに対して病害防除能を持てばよい。
【0021】
また、病原微生物としては、フザリウム属(Fusarium)、ピシウム属(Phytium)、リゾクトニア属(Rhizoctonia)、バーティシリウム属(Verticillium)、アルタナリア属(Alternaria)、プラズモディオフォラ属(plasmodiophora)、フィトフィトラ属(Phytophthora)、アルブゴ属(Albugo)、ペロノスポーラ属(Peronospora)、プクシニア属(Puccinia)、ヘリコバシディウム属(Hericobasidium)、スクレロティウム属(Sclerotium)、スフェロテカ属(Sphaerotheca)、コレトトリカム属(Colletotrichum)、ボトリチス(Botrytis)、ピリクラリア属(Pyricularia)などの糸状菌や、エルヴィニア属(Erwinia)、ラルストニア属(Ralstonia)、キサントモナス属(Xanthomonas)、クラビバクター属(Clavibacter)、シュードモナス属(Pseudomonas)、アグロバクテリウム属(Agrobacterium)などの細菌、ストレプトミセス属(Streptomyces)などの放線菌が挙げられる。
【0022】
これらの中でも、エルヴィニア属等の細菌やピシウム属等の糸状菌を病原微生物とする植物病害に効果的であり、例えば、ハクサイやミズナ等のアブラナ科作物の軟腐病や立枯病に対する病害防除に効果的に用いられる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0024】
(実施例1:新規微生物の単離)
ハクサイ軟腐病を防除する乳酸菌の探索を目的として、発酵乳や発酵食品などから乳酸菌を分離した。乳酸菌の分離方法は次の通りである。すなわち、サンプル(例えば、イカの塩辛)を10倍量の滅菌水とともに磨砕し、その磨砕液を滅菌水で適宜希釈した。その希釈液をシャーレに入れ、約50℃に冷ましたMRS寒天培地(DifoTMLactobacilli MRS Broth 55g、炭酸カルシウム5g、寒天12g/L)と混釈したのち固化し、30℃で2,3日間培養した。培養後、周りにクリアゾーンを形成しているコロニーを乳酸菌として分離した。
【0025】
各種分離源から得られた乳酸菌を供試して、キャベツ葉ディスクを用いた一次選抜を実施した。一次選抜では、各乳酸菌をMRS液体培地(DifoTMLactobacilli MRS Broth)8mlで30℃、2日間静置培養した後、5000rpmで5分間遠心分離して菌体を回収した。回収した菌体を滅菌水で3回洗浄した後、滅菌水で10cfu(コロニー形成単位)/mlに懸濁し、そこに軟腐病菌(エルヴィニア・カルトボーラ(Erwinia carotovora)MAFF302818株)が10cfu/mlになるように調整して加えた。直径1cmのキャベツ葉ディスク8枚を上述の混合懸濁液に24℃、1時間浸漬処理した後、ディスク表面の水分をふき取り、9cm滅菌シャーレに並べ、28℃、24時間静置した。なお、対照区では、滅菌水に軟腐病菌が10cfu/mlになるように調整して加えた液にディスクを浸漬処理した。
【0026】
各ディスクの病徴面積が0%、1〜49%、50〜99%、100%をそれぞれ発病指数0、1、2、3と評価し、次式により発病度及び防除価を算出し、防除価40以上を示す菌株を、植物病害防除能を有する乳酸菌として選抜した。
【0027】
発病度=Σ(指数×ディスク数)/(3×全ディスク数)×100
防除価=(1−処理区の発病度/対照区の発病度)×100
【0028】
次に、ポット試験による二次選抜を実施した。二次選抜では、一次選抜された乳酸菌をMRS液体培地8mlで30℃、2日間静置培養した後、5000rpmで5分間遠心分離して菌体を回収した。回収した菌体を滅菌水で3回洗浄した後、108〜9cfu/mlに懸濁し、そこに軟腐病菌が10cfu/mlになるように調整して加えた。得られた混合懸濁液に裁縫針10本を束にした接種用針の先端を浸け、播種3週間後のハクサイ葉(品種:無双)の中ろく部に穿刺接種した。接種は1株当たり3箇所、各区5株とした。対照区には、滅菌水に軟腐病菌が10cfu/mlになるように調整して加えた液を用いた。
【0029】
接種2、3日後に発病を調査した。発病調査は、接種部位ごとに、健全又は褐変のみを0、病徴1cm未満を1、病徴1cm以上を2と評価し、これを発病指数として、次式により発病度と防除価を算出した。
【0030】
発病度=Σ(指数×接種部位数)/(2×全接種部位数)×100
防除価=(1−処理区の発病度/対照区の発病度)×100
【0031】
二次選抜は2回実施し、2回の防除価がともに90以上と、最も高かった乳酸菌として、イカの塩辛を分離源とするSOK04株が選抜された。このSOK04株について更に精査したところ、SOK04株には2種の乳酸菌が混在していることが判明したので、画線培養により両者を単離し、一方をSOK04SW株、他方をSOK04BY株とした。なお、後述するように、SOK04SW株及びSOK04BY株ともに病害防除能を有し、SOK04SW株の方がより高い防除能を有していた。
【0032】
(実施例2:SOK04SW株の分析)
SOK04SW株の細菌学的性質を分析したところ、次の通りであった。
【0033】
1.形態的、培養的及び生理学的性質
MRS寒天培地(Oxoid製、Hampshire、英国)を用い、培養温度30℃、培養時間24時間、嫌気条件で培養した菌株を供試菌体とした。
【0034】
光学顕微鏡(BX50F4、オリンパス製)による形態観察を実施するとともに、BARROWらの方法(BARROW,(G.I.)他: Cowan and Steel's Manual for the Identification of Medical Bacteria. 3rd edition. 1993, Cambridge University Press)に基づき、カタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖の酸化/発酵(O/F)の試験を実施した。グラム染色には、フェイバーG「ニッスイ」(日水製薬製)を用いた。また、API50CHL(bioMerieux製、Lyon、フランス)のキットを用いて発酵性試験を実施した。結果を下記表1に示す。
【表1】

【0035】
2.16S rDNA塩基配列解析
DNA抽出はInstaGene Matrix(BIO RAD製、CA、米国)により、PCRはPrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ製)により、サイクルシークエンスはBigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems製、CA、米国)により、それぞれ実施した。使用プライマー(中川恭好他:遺伝子解析法 16S rRNA遺伝子の塩基配列決定法、日本放線菌学会編、放線菌の分類と同定、88-117pp.日本学会事務センター、2001)は、9F, 339F, 785F, 1099F, 536R, 802R, 1242R, 1541Rである。シークエンスはABI PRISM 3100 Genetic Analyzer System(Applied Biosystems製、CA、米国)により行い、解析ソフトウェアはAuto Assembler(Applied Biosystems製、CA、米国)及びアポロン(テクノスルガ製)を用いて、アポロンDB細菌基準株データベース(テクノスルガ製)及び国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)に対する相同性検索を実施した。
【0036】
BLAST(ALTSCHUL,(S.F.)他: Gapped BLAST and PSI-BLAST: a new generation of protein database search programs.Nucleic Acid Res.1997.25,3389-3402)を用いた細菌基準株データベースに対する相同性検索の結果、SOK04SW株の16S rDNA塩基配列はラクトバチルス属由来の16S rDNAに対して高い相同性を示し、ラクトバチルス・ナンテンシス(L. nantensis)LP33株の16S rDNAに対し相同率99.3%、ラクトバチルス・ファーシミニス(L. farciminis)JCM1097株の16S rDNAに対し相同率98.3%の相同性を示した。また、国際塩基配列データベースに対する相同性検索の結果においても、SOK04SW株はラクトバチルス属由来の16S rDNAに対し高い相同性を示し、基準株ではラクトバチルス・ナンテンシス(L. nantensis)LP33株の16S rDNAに対し相同率99.3%の相同性を示した。
【0037】
3.分子系統解析
上記で得られた16S rDNAの塩基配列約1500bpを用い、推定される近縁菌群の基準株由来の16S rDNAを取得して分子系統解析を実施した。詳細には、データベースとしてアポロンDB−BA3.0(テクノスルガ製)及び国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)を用い、またソフトウェアとしてCLUSTAL W(THOMPSON (J.D.)他: CLUSTAL W: improving the sensitivity of progressive multiple sequence alignment through sequence weighting positions-specific gap and weight matrix choice. Nucleic Acids Research, 1994, 22:4673-4680)及びMEGA ver3.1(KUMAR,(S.)他: MEGA3: Integrated Software for Molecular Evolutionary Genetics Analysis and Sequence Alignment. Briefings in Bioinformatics, 2004,5,150-163)を用いた。
【0038】
分子系統樹の作成は近隣結合法(SAITOU, (N.) and NEI, (M.): The neighbor-joining method: a new method for reconstructing phylogenetic trees. Molecular Biology and Evolution 1987, 4, 406-425)により行い、ブートストラップ値(FELSENSTEIN (J.): Confidence limits on phylogenies: an approach using the bootstrap. Evolution, 1985, 39: 783-791)は1000回発生させた。
【0039】
分子系統樹推定に用いた16S rDNAの由来菌株は以下の通りである。
・Lactobacillus alimentarius DSM 20249T (M58804)
・Lactobacillus casei JCM 1134T (D16551)
・Lactobacillus crustorum LMG 23699T (AM285450)
・Lactobacillus farciminis JCM 1097T (Tecsrg13)
・Lactobacillus kimchii JCM 10707T (Tecsrg20)
・Lactobacillus mindensis TMW 1.80T (AJ313530)
・Lactobacillus nantensis LP33T (AY690834)
・Lactobacillus paralimentarius DSM 13238T (AJ417500)
・Lactobacillus versmoldensis KU-3T (AJ496791)
株名の末尾のTはその種の基準株を示す。括弧内はアクセッション番号であり、同番号にTecsrg標記のある株は(株)テクノスルガ・ラボのシークエンス株であることを示す。
【0040】
得られた分子系統樹を図1に示す。枝の分岐付近の数字がブートストラップ値であり、左下の線はスケールバーを示す。
【0041】
4.DNA塩基組成
MRSブロス(Oxoid製、Hampshire、英国)を用い、培養温度30℃、培養時間24時間、嫌気条件で培養した培養菌株から河本らの方法(河本好章、江崎孝行「細菌の系統分類と同定方法」第18回日本細菌学会技術講習会テキスト、日本細菌学雑誌、2000, 55, 545-584)によりDNAを抽出・精製した。
【0042】
精製したDNAについて、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いてGC含量を測定した。HPLCを用いた測定法は、Katayamaらの方法(Katayama他: Estimation of DNA base composition by high performance liquid chromatography of its nuclease P1 hydrolysate. Agric. Biol. Chem., 1984, 48, 3169-3172)に基づき、HPLC(LC-10、島津製作所製)を使用した。なお、ヌクレアーゼ及び標準ヌクレオチド混合物は、DNA-GC Kit(ヤマサ醤油製、生化学工業販売)を使用した。
【0043】
その結果、SOK04SW株のGC含量は34.6%であった。
【0044】
5.DNA−DNAハイブリッド形成試験
上記4と同条件で培養した培養菌株から上記河本らの方法によりDNAを抽出し、得られた粗抽出DNAを浜本の方法(浜本牧子「細胞外多糖を生成する担子菌系酵母のDNA抽出・精製法」、Microbiol. Cult. Coll. 1994, 10, 116-118)によりセシウムクロライドを用いた超遠心分離によって精製した。
【0045】
精製したDNAを用いて、河本らの方法に準拠したマイクロプレート法を用いて、DNA−DNAハイブリッド形成試験を実施した。蛍光強度の測定には蛍光プレートリーダー(ジェニオス、TECAN(和光純薬製))を使用した。
【0046】
SOK04SW株とハイブリダイズさせる近縁種の菌株としては、各種の基準株として、Lactobacillus nantensis DSM 16982、Lactobacillus farciminis JCM 1097、Lactobacillus mindensis JCM 12532、及び、Lactobacillus crustorum LMG 23699を用いた。
【0047】
結果を下記表2に示す。ハイブリッド形成試験は各組み合わせについて3回ずつ行い、その平均値を表2に示した。
【表2】

【0048】
6.乳酸分析
上記4と同条件で培養した培養液を遠心分離して上清を回収し、これより有機酸を抽出した。抽出した有機酸からHPLCを用いて乳酸を測定した。標準試料としては、L−乳酸(和光純薬工業製)とD−乳酸(武蔵化学研究所製)を用いた。また、HPLC分析の条件は、カラム:SUMICHIRAL OA-5000 4.6φ×150mm、移動相:2mM硫酸銅2%イソプロパノール、検出:UV254nm、流速:0.8mm/分、温度:40℃、注入量:5μLとした。
【0049】
その結果、標準試料とのピーク保持時間からSOK04SW株が生成する有機酸は乳酸であった。そして、2回の測定によるピーク面積比から光学異性体の含有比率を算出したところ、L−乳酸が94%、D−乳酸が6%であった。よって、SOK04SW株は、乳酸を生成し、その組成比はL体が94%、D体が6%である。
【0050】
7.考察及び結論
上記2の16S rDNAによる相同性検索の結果より、SOK04SW株は、ラクトバチルス属に含まれ、既知種ではラクトバチルス・ナンテンシス(L. nantensis)に最も近い近縁であると考えられる。
【0051】
また、上記3の分子系統解析結果(図1)より、SOK04SW株は、ラクトバチルス・ナンテンシス(L. nantensis)、ラクトバチルス・クラストラム(L. crustorum)、ラクトバチルス・ファーシミニス(L. farciminis)及びラクトバチルス・ミンデンシス(L. mindensis)と近縁であると考えられ、しかも、これら4種のいずれかと同種になる可能性は低いと考えられる。また、SOK04SW株とこれら4種が形成するクラスターは、ラクトバチルス・アリメンタリウス(L. alimentarius)、ラクトバチルス・キムチ(L. kimchii)及びラクトバチルス・パラリメンタリウス(L. paralimentarius)の3種が形成するクラスターとの分岐におけるブーストラップ値が100%を示すことから、その構成種は変化しないと考えられる。
【0052】
一方、上記1の形態的、培養的及び生理学的性質の結果より、SOK04SW株は、運動性を示さないグラム陽性桿菌で、グルコースを発酵し、カタラーゼ反応及びオキシダーゼ反応が共に陰性を示しており、ラクトバチルス属等の乳酸菌の一般性状と一致していた。
【0053】
次に、SOK04SW株の生理・生化学的特徴を挙げる。SOK04SW株は10℃で生育せず、45℃で生育性を示し、さらに8%NaClに耐性を示した。特に、45℃で生育性を示す点は、ラクトバチルス・ナンテンシス、ラクトバチルス・ファーシミニス及びラクトバチルス・ミンデンシスとの特徴的な違いである。発酵性試験の結果より、SOK04SW株はラクトバチルス・ナンテンシスとはマンニトール、ソルビトール、アルブチン、メリビオース、ラフィノース及びα−メチル−D−マンノシドを発酵しない点で異なっていた。また、ラクトバチルス・クラストラムとはサッカロースを発酵する点において、ラクトバチルス・ミンデンシスとはガラクトース、ラクトース、サッカロース及びトレハロースを発酵する点において異なっていた。更に、メレチトースを発酵し、サリシンを発酵しない点において、上記の近縁4種いずれとも異なっていた。下記表3にSOK04SW株と上記4種の近縁種との形態的・生理学的性質の対比表を示す。
【表3】

【0054】
表3中の各近縁種の形態的・生理学的データの出典は以下の通りである。
・ラクトバチルス・ナンテンシス:Rosica Valcheva他: Lactobacillus nantensis sp. nov., isolated from French wheat sourdough. Int.J.Syst.Evol.Microbiol.,2006,56,587-591.
・ラクトバチルス・クラストラム:Ilse Scheirlinck他: Lactobacillus crustorum sp. nov., isolated from two traditional Belgian wheat sourdoughs. Int.J.Syst.Evol.Microbiol.,2007,57,1461-1467.
・ラクトバチルス・ファーシミニス:G. REUTER: Lactobacillus alimentarius sp. nov., nom. rev. and Lactobacillus farciminis sp. nov., nom. rev. System.Appl.Microbiol.,1983,4,277-279.
・ラクトバチルス・ミンデンシス:Matthias A. Ehrmann他: Molecular analysis of sourdough reveals Lactobacillus mindensis sp. nov. Int.J.Syst.Evol.Microbiol.,2003,53,7-13.
【0055】
以上のことから、SOK04SW株は、ラクトバチルス・ナンテンシス、ラクトバチルス・クラストラム、ラクトバチルス・ファーシミニス及びラクトバチルス・ミンデンシスを近縁種とするラクトバチルス属の新種であることが示唆される。
【0056】
そこで、SOK04SW株と上記4種の近縁種との間で、上記5のDNA−DNAハイブリッド形成試験を実施したところ、SOK04SW株と上記4種の近縁種の各基準株に対するDNA−DNA相同値の平均がいずれも70%未満の値を示した(表2参照)。細菌の種はDNA−DNA相同値が70%以上の菌株同士を同種とすると定義されている(Wayne L. G.他, Report of the ad hoc committee on reconciliation of approaches to bacterial systematics. Int.J.Syst.Bacteriol.,1987,37,463-464)。そのため、SOK04SW株は、上記4種の近縁種とは互いに別種であり、ラクトバチルス属の新種であることが示された。
【0057】
以上より、SOK04SW株は、ラクトバチルス属の新種に分類されると結論づけられたので、この新規菌株をラクトバチルス・キョウトエンシス(Lactobacillus kyotoensis)と命名した。
【0058】
8.微生物の寄託
SOK04SW株は、京都府の一機関である京都府農業資源研究センター(所長:並木 隆和、あて名:郵便番号619−0244 日本国京都府相楽郡精華町大字北稲八間小字大路74番地)の名称で、次の通り寄託されている。
・寄託機関の名称:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、
・寄託機関のあて名:郵便番号305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 つくばセンター 中央第6、
・寄託日:2008年2月5日(受領日)
・寄託の際の識別のための表示:Lactobacillus sp. SOK04SW
・受領番号:FERM AP−21500。
【0059】
(実施例3:SOK04BY株の分析)
実施例2の上記1及び2と同様の方法により、SOK04BY株の細菌学的性質を分析した。
【0060】
16S rDNA塩基配列解析の結果より、SOK04BY株は、ラクトバチルス・ペントサス(Lactobacillus pentosus)またはラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)に帰属する菌株であると推定された。
【0061】
形態的、培養的及び生理学的性質については下記表4の通りであり、この結果から、SOK04BY株は、運動性を示さないグラム陽性桿菌で、グルコースを発酵し、カタラーゼ反応及びオキシダーゼ反応が共に陰性を示しており、ラクトバチルス属等の乳酸菌の一般性状と一致していた。また、SOK04BY株は、L−アラビノース、リボース及びガラクトースなどを発酵し、グリセロールやフラクトースなどは発酵せず、更に10℃で生育性を示した。これらの性状は、上記2種の内、ラクトバチルス・プランタラムの性状と一致し、グリセロールとD−キシロースを発酵しない点でラクトバチルス・ペントサスとは異なっていた。
【表4】

【0062】
以上より、SOK04BY株は、ラクトバチルス・プランタラムに帰属する菌株であると同定し、SOK04SW株と同様に、京都府農業資源研究センターの名称で、次の通り寄託した。
【0063】
・寄託機関の名称:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、
・寄託機関のあて名:郵便番号305−8566 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 つくばセンター 中央第6、
・寄託日:2008年2月5日(受領日)
・受託番号:FERM AP−21501。
【0064】
(実施例4:乳酸菌製剤(植物病害防除剤)の調製)
植物病害防除能を有する乳酸菌として、上記SOK04SW株とSOK04BY株を用いて、乳酸菌製剤を調製した。調製は、菌株10重量%、ラウリル硫酸ナトリウム0.5重量%、リグニンスルホン酸ナトリウム4.5重量%、ホワイトカーボン2.5重量%、クレー82.5重量%を均一に混合粉砕することにより水和剤とした。
【0065】
乳酸菌製剤は、SOK04SW株を用いたSOK04SW製剤と、SOK04BY株を用いたSOK04BY製剤と、これら両菌株を含むSW・BY混合製剤とを調製した。また、比較のため、上記特許文献1に開示されたSHH15株(ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)NITE BP−108菌株)についても同様に、乳酸菌製剤(SHH15製剤)を調製した。
【0066】
各乳酸菌製剤の菌密度はいずれも1×1010cfu/gとした。SW・BY混合製剤では、両菌株の配合比をSOK04SW株/SOK04BY株=1/6とし、両菌株の合計で1×1010cfu/gとした。
【0067】
(実施例5:圃場での病害防除効果試験(試験1))
軟腐病菌に汚染された圃場にハクサイ苗(品種:無双)を定植して、慣行栽培を行った。その後、結球開始期頃から下記表5に示す乳酸菌製剤の1000倍液(製剤1gを1Lの水に希釈した液)を3〜5回散布し、収穫期に発病調査を実施した。なお、乳酸菌製剤を散布しない対照区も設けた。
【0068】
発病調査は、発病しなかったものを0、外葉の一部のみが発病したものを1、結球葉の一部に発病したものを2、結球葉の大部分が発病したものを3と評価し、これを発病指数として、次式により発病度と防除価を算出した。
【0069】
発病度=Σ(指数×株数)/(3×全株数)×100
防除価=(1−処理区の発病度/対照区の発病度)×100
【0070】
その結果、表5に示すように、SOK04SW株とSOK04BY株は共にハクサイ軟腐病に対する防除効果を有し、特に、SOK04SW株は、SOK04BY株に対して、より優れた防除効果を有していた。
【表5】

【0071】
(実施例6:圃場での病害防除効果試験(試験2))
実施例5とは異なる軟腐病汚染圃場において、実施例5と同様にして病害防除効果試験を行った。但し、本実施例では、下記表6に示す乳酸菌製剤の500倍液と1000倍液をそれぞれ用いた。また、比較のために、市販の微生物農薬(非病原性エルヴィニア細菌剤)であるバイオキーパー(セントラル硝子株式会社製)も用いた。
【0072】
その結果、表6に示すように、SOK04SW株は、他のいずれの菌株に対しても病害防除効果が高かった。
【表6】

【0073】
(実施例7:圃場での病害防除効果試験(試験3))
実施例5及び6とは異なる軟腐病汚染圃場において、実施例5と同様にして病害防除効果試験を行った。また、比較のために、上記市販のバイオキーパーも用いた。
【0074】
その結果、表7に示すように、SOK04SW株とSOK04BY株を併用したSW・BY混合製剤は、単独使用のSOK04SW株よりも優れた病害防除効果を有していた。
【表7】

【0075】
(実施例8:圃場での病害防除効果試験(試験4))
実施例5〜7とは異なる軟腐病汚染圃場において、実施例5と同様にして病害防除効果試験を行った。その結果、表8に示すように、SOK04SW株とSOK04BY株を併用したSW・BY混合製剤は、単独使用のSOK04SW株よりも優れた病害防除効果を有していた。
【表8】

【0076】
(実施例9:ミズナ立枯病に対する防除効果試験)
ミズナ種子(品種:城南千筋)270mgをSOK04SW株の懸濁液(10cfu/ml、800ml)に20℃、24時間浸種処理した後、市販の培土を詰めた硬質ポット(直径15cm)に14粒ずつ播種した(8反復/区)。イタリアンライグラス培地(種子粉末1g、蒸留水5ml)で20℃、一週間培養した立枯病菌(ピシウム属、Pythium aphanidermatun OPU693株)を滅菌培土50gと一緒に磨砕し、それを滅菌培土で300倍に希釈して汚染土を作製し、該汚染土で上記の播種したミズナ種子を覆土した。温室内で栽培し、播種7日後及び14日後に、それぞれ不発芽株と立枯株を発病株として調査し、併せて発病株とした。なお、対照区では、滅菌水にミズナ種子を20℃、24時間浸種処理し、その他は同様に行った。
【0077】
播種した全数に対する発病株数の比率を発病株率とし、次式により防除価を算出した。
防除価=(1−処理区の発病株率/対照区の発病株率)×100
【0078】
結果は表9に示す通りであり、ポット試験において、少発生条件でのSOK04SW株のミズナ立枯病に対する防除効果が認められた。ミズナに対する登録農薬は極めて少ないため、本菌の防除効果は有用である。
【表9】

【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明に係る新規微生物は、植物病害防除を始めとする各種用途に用いることができる。また、本発明に係る植物病害防除剤および防除方法は、人の健康にも有益とされる乳酸菌を用いて植物病害を防除することができることから、安全で安定した農作物生産に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】SOK04SW株の16S rDNAを用いた分子系統樹である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・キョウトエンシス(Lactobacillus kyotoensis)に属する菌株。
【請求項2】
植物病害に対する防除能を有する請求項1記載の菌株。
【請求項3】
メレチトースを発酵し、サリシンを発酵せず、かつ、45℃で生育性を示す、請求項1記載の菌株。
【請求項4】
ラクトバチルス・キョウトエンシス(Lactobacillus kyotoensis)FERM AP−21500菌株。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の菌株を含有する植物病害防除剤。
【請求項6】
ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)FERM AP−21501菌株を更に含有する請求項5記載の植物病害防除剤。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の菌株で植物及び/又は土壌を処理することを特徴とする植物病害防除方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−201459(P2009−201459A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49347(P2008−49347)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(591097702)京都府 (19)
【出願人】(000006091)明治製菓株式会社 (180)
【Fターム(参考)】