説明

新規微生物

【課題】水素の生産に適した新規な微生物を提供する。
【解決手段】本発明に係る微生物は、受番号FERM BP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム菌株又はその変異株である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規微生物に関し、特に、水素を生産できる新規微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃料電池等に利用可能なエネルギー源として注目されている。この水素を生産する方法の一つとして、水素を生産する微生物を用いた水素発酵がある(例えば、特許文献1)。
【特許文献1】特開平4−169178号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、従来の水素発酵に用いられる微生物は、pHが低い範囲での水素生産能力が十分なものとはいえなかった。また、従来の水素発酵においては、雑菌の混入等の問題により水素の生産性が低下することがあった。
【0004】
これに対し、本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、水素の生産に適した新規な微生物を得て本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一実施形態に係る微生物は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに2007年3月2日付けで受領された受領番号FERM ABP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム(Thermoanaerobacterium thermosaccharolyticum)菌株であることを特徴とする。また、本発明の一実施形態に係る微生物は、受領番号FERM ABP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム菌株の変異株であって、pHが4.5以上、6.5以下の範囲で培養した場合に、糖1gから270mL以上の水素を生産することを特徴とする。この微生物は、特に、pHが5.0以上、6.0以下の範囲で培養した場合に、糖1gから270mL以上の水素を生産することを特徴とする。また、本発明の一実施形態に係る微生物は、受領番号FERM ABP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム菌株の変異株であって、糖源としてキシロースを用いて、pHが4.5以上、6.5以下の範囲で培養した場合に、キシロースに対して2.1以上のモル比で水素を生産することを特徴とする。この微生物は、特に、糖源としてキシロースを用いて、pHが4.8以上、5.5以下の範囲で培養した場合に、キシロースに対して2.1以上のモル比で水素を生産することを特徴とする。本発明によれば、水素の生産に適した新規な微生物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の一実施形態に係る微生物について以下に説明する。なお、本発明に係る微生物は、本実施形態に示すものに限られない。
【0007】
本実施形態に係る微生物(以下、「本微生物」という)は、受領番号FERM ABP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム菌株(以下、「PEH9株」という)及びその変異株である。本微生物は、グラム陽性であり、偏性嫌気性であり、その形態は桿菌様である。
【0008】
そして、本微生物は、糖類を代謝することによって水素を生産することができる。すなわち、本微生物は、培養液中において、糖類から、酢酸、酪酸等の有機酸を生成するとともに、二酸化炭素と水素とを含むガス(以下、「発酵ガス」という)を生成することができる。
【0009】
本微生物が水素を生産する上で利用できる糖類は特に限られないが、例えば、植物由来のバイオマスや食品廃棄物に含まれる糖類を利用することができ、具体的には、多糖(デンプン、セルロース等)、オリゴ糖、二糖、単糖(キシロース、グルコース等)を利用することができる。
【0010】
また、本微生物は、広いpH範囲で水素を生産することができ、また、低いpH範囲で効率よく水素を生産することができる。すなわち、本微生物は、培養液のpHが4.5以上、7.0以下の範囲で水素を生産することができ、好ましくは4.8以上、5.5以下の範囲、特に好ましくは5.0以上、5.2以下の範囲で効率よく水素を生産することができる。pHが4.5より低い場合、及びpHが7.0より高い場合には、本微生物による水素の生産効率が低下する。
【0011】
一方、本微生物を用いた水素発酵においては、pHを5.5以下とすることにより、水素を生産しない他の微生物が混入することによるコンタミネーションの発生を効果的に抑制することができる。例えば、メタン発酵菌は、pHが7.0より低くなるとメタンの生産能力が低下するものが多いため、本微生物を用いることにより、水素発酵におけるメタン発酵菌のコンタミネーションを抑制することができる。
【0012】
また、例えば、水素発酵を第一の培養槽で行い、当該第一の培養層における水素発酵後の残渣を利用したメタン発酵を第二の培養槽で行う二段階の発酵システムにおいては、当該第一の培養槽における水素発酵に本微生物を用いてpHを5.5以下とすることにより、当該第一の培養槽にメタン発酵菌が混入した場合であっても、当該第一の培養槽における当該メタン発酵菌によるメタンの生産を効果的に抑制し、当該第一の培養槽において水素の含有率が高い発酵ガスを生産することができる。
【0013】
また、例えば、水素発酵の上流側に、植物由来のバイオマスを分解してエタノール等のバイオ燃料を生産する前処理工程を有する燃料生産システムにおいては、当該前処理工程において、当該バイオマスに含まれる植物繊維素を単糖や二糖にまで低分子化するため、酸が用いられることがある。この場合、前処理工程で酸性化された残渣を含む培養液が水素発酵に供されることになるが、当該水素発酵に本微生物を用いることにより、当該培養液に添加する中和剤の量を、従来に比して効果的に低減することができる。
【0014】
また、本微生物を用いて低いpH範囲で水素発酵を行う場合には、酸化還元電位との関係から、当該本微生物の細胞内で生産された水素の当該細胞外への放出が促進されることも期待できる。
【0015】
また、本微生物は、特に、低いpH範囲において、消費した糖に対する生産した水素の比率(生産水素量/消費糖量)(以下、「対糖収率」という)を高いレベルで達成することができる。すなわち、本微生物は、培養液に添加する糖類としてキシロースを用いた場合には、pHが4.5以上、7.0以下の範囲において、培養液中の消費したキシロース量に対する対糖収率(mol−H/mol−xylose)が1.6以上で水素を生産することができる。
【0016】
特に、本微生物は、pHが4.5以上、6.5以下の範囲において、培養液に含まれる1モルのキシロースから2.1モル以上の水素を生産することができる(すなわち、2.1以上の対糖収率で水素を生産することができる)。
【0017】
また、本微生物は、広い温度範囲で水素を生産することができ、また、高い温度範囲で効率よく水素を生産することができる。すなわち、本微生物は、温度が37℃以上、65℃以下の範囲で水素を生産することができ、好ましくは45℃以上、60℃以下の範囲、より好ましくは50℃以上、60℃以下の範囲、特に好ましくは55℃以上、60℃以下の範囲で効率よく水素を生産することができる。温度が37℃より低い場合、及び温度が65℃より高い場合には、本微生物による水素の生産効率が低下する。
【0018】
一方、温度が55℃以上の範囲では、水素を生産しない他の微生物が混入することによるコンタミネーションを効果的に抑制しつつ、本微生物による水素発酵を効果的に行うことができる。また、温度が50℃以上の範囲では、水素発酵の上流側で行われる工程で発生した熱の当該水素発酵への影響を低減することができる。
【0019】
すなわち、例えば、上述のように、水素発酵の上流側にバイオマスからバイオ燃料を製造する前処理工程を有する燃料生産システムにおいては、当該前処理工程で植物繊維素を酸やアルカリなどの存在下、80〜230℃に加熱して分解することがある。この場合、前処理工程で加熱された残渣を含む培養液が水素発酵に供されることになるが、当該水素発酵に本微生物を用いることにより、当該培養液に対する冷却操作を省略し、又は従来に比して効果的に軽減することができる。
【0020】
また、本微生物は、広い範囲のpHと、広い範囲の温度と、を任意に組み合わせた条件で水素を生産することができ、特に、従来の水素発酵用微生物に比べて、低いpHと、高い温度と、を組み合わせた条件で効率よく水素を生産することができる。
【0021】
すなわち、本微生物は、例えば、pHが4.5以上、6.5以下の範囲であって、且つ温度が55℃以上、60℃以下の範囲の条件下で2.1以上の対糖収率で水素を生産することができる。
【0022】
このように、本微生物を用いて、低pH、高温で水素発酵を行うことにより、上述のとおり、当該水素発酵において、雑菌によるコンタミネーションを極めて効果的に抑制することができるとともに、上流側に設けられたバイオ燃料製造工程の影響を解消するために行う培養液の中和操作や冷却操作を従来に比して効果的に低減することができる。
【0023】
また、本微生物は、所定の条件において容易に自己溶解することができる。すなわち、本微生物は、例えば、培養液に含まれる所定の栄養成分の濃度が所定値を下回った場合には、その細胞体が容易に崩壊する。
【0024】
具体的に、例えば、糖源にキシロースを用いた培養液中で本微生物を培養する場合には、当該培養液中のキシロース濃度を500mg/L以下とすることにより、本微生物は自己溶解を開始する。したがって、本微生物を用いた水素発酵においては、水素発酵終了後に残存する汚泥の量を効果的に低減することができる。
【0025】
次に、本微生物を用いて水素発酵を行った具体例について説明する。
【0026】
[実施例1]
実施例1においては、様々なpHで水素発酵を行った。本微生物としては、PEH9株を用いた。また、比較の対照として、サーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカムであってPEH9株とは異なる菌株であるPEH8株とATCC7956株とを用いた。培地としては、1.0%(w/v)のキシロース、0.4%(w/v)の酵母エキス(極東製薬)、0.25%(w/v)のMOPS、0.091%(w/v)のKHPO、0.03%(w/v)のNaHPO、0.02%(w/v)のMgCl、0.01%(w/v)のCaCl、0.03%(w/v)の(NH)SO、0.002%(w/v)のFeSO、0.04%(w/v)のL−システイン、0.11%(w/v)のレザズリンを含む水溶液を用いた。
【0027】
ここで、PEH9株とPEH8株の取得過程について簡単に説明する。すなわち、まず、下水処理施設から採取した高温嫌気消化汚泥をビール製造排水にて約一ヶ月間馴養し、水素50〜60%、二酸化炭素40〜50%を安定して生産する水素発酵フローラを得た。このフローラから変法GAM培地(嫌気性菌分離用、日本水産株式会社製)を用いて24の菌株を単離し、その中から最も高い水素生産性を示した菌株をPEH8株として取得した。次に、このPEH8株から、紫外線照射法により変異株を取得した。
【0028】
そして、変異原処理を施した10万の菌株の中から、pH5.0以下で生育する12の菌株を選抜し、更にこの中から水素発酵性に優れた1つの菌株をPEH9株として取得した。
【0029】
一方、ATCC7956株は、PEH8株の16SrDNA全領域の配列を決定し、当該配列を基に系統解析を行った結果、当該PEH8株と最も近縁と判断された既存の菌株である。PEH8株とATCC7956との異同を決定する目的でDNA−DNAハイブリッド形成試験を行ったところ、3回の試験によるこれらの相同値の平均は70%以上であることが確認された。
【0030】
そして、容積が1Lの発酵槽(BMJ−01、エイブル株式会社製)中で、500mLの培地にPEH9株、PEH8株、又はATCC7956株を接種し、嫌気条件下、希釈率0.2〜0.4にて連続培養を実施した。
【0031】
培養温度は、55℃で一定に維持した。また、培養液への水酸化ナトリウム水溶液の自動添加により当該培養液のpHを4.5〜7.0の範囲で段階的に変化させた。
【0032】
そして、pHが4.5〜7.0の範囲内の様々な値になった場合におけるPEH9株、PEH8株、又はATCC7956株による水素の生産量を評価した。すなわち、発生する発酵ガスをテドラーバックにて捕集して24時間あたりに発生した発酵ガスの量を測定した。発酵ガスの組成は熱伝導度検出器(TCD)付きガスクロマトグラフィー装置(GC−14B、株式会社島津製作所製)によって分析し、当該発酵ガスに含まれる水素の割合から水素の生産量を算出した。このガスクロマトグラフィー分析は、キャリアガスとして高純度アルゴンガスを用い、カラム担体としてモレキュラーシーブ5Å及びポラパックQを用い、注入口温度を60℃とし、検出器温度を80℃とし、カラムオーブン温度を60℃として行った。また、培地及び培養液を遠心分離(15000rpm、10分)した後の上清をメンブランろ過(孔径0.2μm)して得られた試料を蛍光検出器付き高速液体クロマトグラフィー(還元糖分析システム、株式会社島津製作所製)を用いて分析することにより、当該培地及び培養液に含まれるキシロースの量を測定した。この高速液体クロマトグラフィー分析は、カラム(shim−pack ISA−07/S2504、長さ250mm×直径4.0mm、株式会社島津製作所製)を用い、移動相はA液(0.1Mホウ酸カリウム緩衝液)100%からB液(0.4Mホウ酸カリウム緩衝液)100%へのグラジエント溶離とし、液流量は0.6mL/分、温度は65℃にて行った。また、キシロースの検出は、1%(w/v)のアルギニン及び3%(w/v)のホウ酸を含む反応試薬を用い、当該反応試薬の流量を0.5mL/分とし、反応温度を150℃とし、蛍光検出器の励起波長(Ex)は320nm、蛍光波長(Em)は430nmとして行った。また、水素生産量の測定時における培養液中の菌体密度は、およそ10〜10細胞個/mLであった。
【0033】
図1、図2、図3には、それぞれPEH9株、PEH8株、ATCC7956株による水素の生産性についての測定結果を示す。図1〜図3において、横軸は培養液のpH、縦軸は対糖収率(mol−H/mol−xylose)である。
【0034】
図1に示すように、PEH9株は、キシロースを糖源として含む培養液を用いた場合には、pHが4.5〜7.0という広範な範囲において、良好に生育するとともに、1.6〜3.2mol−H/mol−xyloseという高い対糖収率で水素を生産することができた。特に、PEH9株は、pHが4.8以上、5.5以下という低い範囲においても、2.1以上という比較的高い対糖収率で水素を生産することができた。
【0035】
具体的に、PEH9株は、pHが4.86、5.02、5.06、5.08、5.10、5.14、5.15、5.36、5.38の場合において、それぞれ2.13、2.23、2.23、2.38、2.62、2.61、2.24、2.40、2.31の対糖収率で水素を生産することができた。また、PEH9株は、pHが5.86〜6.25の場合においては2.13〜3.16の対糖収率で水素を生産することができ、pHが6.54の場合には1.78の対糖収率で水素を生産することができた。
【0036】
これに対し、図2に示すように、PEH8株の対糖収率は、pH5.5以下において顕著に低下し、例えば、pH5.50における対糖収率は0.81であった。また、図3に示すように、ATCC7956株の対糖収率は、pHが5.5、5.32の場合において、それぞれ0.73、0.36であった。このように、PEH9株は、低いpH範囲(例えば、少なくともpHが4.8以上、6.3以下の範囲)において、水素を効率よく生産することが確認された。
【0037】
[実施例2]
実施例2においては、pH5.0〜5.2の範囲における水素の生産性を1Lスケールで確認した。本微生物としては、PEH9株を用いた。培地としては、1.0%(w/v)のキシロース、2%(w/v)のペプトン、0.5%(w/v)の酵母エキス、1.0%(w/v)の麦芽エキス、0.3%(w/v)のKHPO、0.1%(w/v)のMgSO、0.02%(w/v)のL−システイン、0.2%(w/v)のL−リンゴ酸、0.003%(w/v)のオレイン酸、0.1%(w/v)のTween80を含む水溶液を用いた。そして、容積が1Lの発酵槽(BMJ−01、エイブル株式会社製)中で500mLの培地にPEH9株を接種し、嫌気条件下、希釈率0.3〜0.4にて連続培養を実施した。
【0038】
培養温度は55℃で一定に維持した。培養液のpHは、培養液への水酸化ナトリウム水溶液の自動添加により5.0〜5.2の範囲に制御した。
【0039】
培養液中におけるPEH9株の増殖が安定したことを確認した後、5日間の培養期間における24時間あたりの発酵ガスの生産量と、当該発酵ガスの組成と、を実施例1と同様にしてガスクロマトグラフィーにより測定し、当該測定結果から水素の生産量を算出した。また、本実施例で用いた培地は、キシロース以外に麦芽エキス由来の糖(マルトース、グルコースなど)を含むため、培地及び培養液についてフェノール硫酸法による全糖分析を行って糖消費量を求めた。また、水素の対糖収率は、消費された糖1gあたりの発生量を標準状態(標準環境温度と圧力:温度25℃、気圧1bar)における体積で示した。
【0040】
図4には、PEH9株の水素生産性の測定結果を示す。図4において、横軸は培養日数(日)、左縦軸は各培養日の1日間に生産された発酵ガスの量(mL/日)、右縦軸は当該発酵ガスに含まれる水素の体積比率(%)、をそれぞれ示し、白抜きの棒は発酵ガスの生産量、三角印は水素の体積比率を示す。
【0041】
図4に示すように、PEH9株は、水素を含む発酵ガスを5日間に亘り安定して生産することができた。具体的に、5日間の平均値として、発酵ガス生産量は1312mL/日、水素の体積比率は56.4%、水素の生産量は740mL/日、培養液の供給量は154mL/日、供給された培養液に含まれていた糖の全量は16200mg/L、排出された培養液に含まれていた糖の全量は466mg/Lであった。
【0042】
そして、PEH9株は、pHが5.0〜5.2の範囲において、277〜326(5日間の平均値で306)mL−H/g−糖の対糖収率で効率よく水素を生産することができた。すなわち、PEH9株は、pHが5.0〜5.2の範囲において少なくとも270mL−H/g−糖以上の対糖収率で水素を生産できることが確認された。
【0043】
[実施例3]
実施例3においては、pH5.8〜6.0の範囲における水素の生産性を1Lスケールで確認した。pHの範囲が異なる点を除き、上述の実施例2と同様の条件で水素発酵を行った。
【0044】
図5には、PEH9株の水素生産性の測定結果を示す。図5において、横軸は培養日数(日)、左縦軸は各培養日の1日間に生産された発酵ガスの量(mL/日)、右縦軸は当該発酵ガスに含まれる水素の体積比率(%)、をそれぞれ示し、白抜きの棒は発酵ガスの生産量、三角印は水素の体積比率を示す。
【0045】
図5に示すように、PEH9株は、水素を含む発酵ガスを5日間に亘り安定して生産することができた。具体的に、5日間の平均値として、発酵ガスの生成量は1676mL/日、水素の体積比率は58.8%、水素の生産量は985mL/日、培養液の供給量は179mL/日、供給された培養液に含まれていた糖の全量は16200mg/L、排出された培養液に含まれていた糖の全量は372mg/Lであった。
【0046】
そして、PEH9株は、pHが5.8〜6.0の範囲において、312〜393(5日間の平均値で348)mL−H/g−糖の対糖収率で効率よく水素を生産することができた。すなわち、実施例2の結果を併せると、PEH9株は、pHが少なくとも5.0〜6.0の範囲において少なくとも270mL−H/g−糖以上の対糖収率で水素を生産できることが確認された。
【0047】
[実施例4]
実施例4においては、様々な温度で水素発酵を行った。本微生物としては、PEH9株を用いた。培養液としては、0.5%(w/v)のキシロース、1.6%(w/v)のトリプトン、1.0%(w/v)の酵母エキス、0.4%(w/v)の塩化ナトリウムを含む水溶液を用いた。
【0048】
そして、容積が20mLのバイアル中で、10mLの培養液にPEH9株を接種し、バイアルを密閉した後、嫌気条件下、30℃、37℃、45℃、55℃、60℃、65℃又は70℃の温度でそれぞれ回分培養を実施した。
【0049】
培養開始から20時間後、90時間後に、バイアルにシリンジを突き刺して発酵ガスの生産量を求め、また実施例1と同様にして当該発酵ガスの組成をガスクロマトグラフィーにより測定し、当該測定結果から水素の生産量を算出した。また、培養液中におけるPEH9株の菌密度を評価するため、ガス分析終了後、分光光度計を用いて、培養液の濁度(波長660nmにおける吸光度)を測定した。なお、この実施例4において、培養液のpHは、培養開始時に6.0〜6.5の範囲であり、培養時間の経過に伴って徐々に低下し、90時間の時点では4.5〜5.0となった。
【0050】
図6には、各温度で培養した場合における培養液の濁度を測定した結果を示す。図6において、横軸は培養時間(時間)、縦軸は濁度を示し、白抜き丸印は30℃、白抜き四角印は37℃、黒塗り四角印は45℃、白抜き三角印は55℃、黒塗り三角印は60℃、白抜き菱形印は65℃、黒塗り菱形印は70℃における測定結果をそれぞれ示す。
【0051】
図6に示すように、PEH9株は、45℃、55℃、60℃、65℃の各温度で、培養20時間、90時間の各時点で良好に生育し、特に、45℃、55℃、60℃では良好に生育し、55℃及び60℃で最も良好に生育していた。また、PEH9株は、37℃においても、少なくとも培養90時間の時点では、他の温度と同程度まで良好に生育していた。一方、PEH9株は、30℃、70℃においては、培養20時間、90時間のいずれの時点においても良好に生育しなかった。
【0052】
図7には、水素の生産量を測定した結果を示す。図7において、横軸は培養温度(℃)、縦軸は培養液の1mLあたりに生産された水素の量(mL−H/mL−培地)を示し、黒塗りの棒は培養開始から20時間経過時点までに生産された水素量の測定結果、白抜きの棒は培養開始から90時間経過時点までに生産された水素量の測定結果をそれぞれ示す。
【0053】
図7に示すように、PEH9株は、37℃、45℃、55℃、60℃、65℃の各温度で効率よく水素を生産することができた。具体的に、培養20時間の時点での水素生産量は、37℃では僅かであったが、45℃と65℃とでは37℃の場合より高く同程度であり、55℃では更に高く、60℃において最も高かった。
【0054】
また、培養90時間の時点での水素生産量は、37℃と65℃では同程度であり、60℃はそれより高く、45℃では更に高く、55℃において最も高かった。30℃、70℃においては、培養20時間、90時間のいずれの時点においても水素はほとんど生産されなかった。
【0055】
このように、PEH9株は、37℃以上、65℃以下の広い温度範囲で効率よく水素を生産することができた。また、PEH9株は、45℃以上、60℃以下の温度範囲で高い水素生産能力を示し、特に、55℃では高い水素生産能力を示した。
【0056】
[実施例5]
実施例5においては、本微生物の溶解性について確認した。本微生物としては、PEH9株を用いた。また、対照として、排水処理に使用されているメタン菌(メタン発酵微生物群)を用いた。培養液としては、1Lの精製水に、10.00gのキシロース、4.00gの酵母エキス、2.50gのMOPS、0.91gのKHPO、0.30gのNaHPO、0.20gのMgCl・6H0、0.10gのCaCl・2H0、0.30gの(NH)SO、0.02gのFeSO・7HO、0.40gのL−システイン、1.10mgのレザズリンを溶解したGBG培地を用いた。
【0057】
そして、容量が5Lの連続培養装置(エイブル株式会社製)に2.5LのGBG培地を入れ、PEH9株を接種し、pH5.8〜6.0、温度55℃に制御して培養を行った。一方、対照としたメタン菌は、pH7.4〜7.6、温度37℃に制御して培養を行った。
【0058】
培養液をサンプリングして全糖値を測定し、栄養源(糖質)が枯渇した時点(キシロース濃度が500mg/L以下になった時点)を培養1日目として、その後、2日目、7日目に培養液中の菌体量を測定した。
【0059】
菌体量の測定は、培養液300mLをサンプリングし、当該培養液を6000rpm(round per minute)で20分間遠心分離し、上澄みを除去した後、蒸留水にて菌体を洗浄し、再度同条件で遠心分離して得られた菌体を150℃で一晩乾熱した後の重量を測定した。菌体量は、1日目の菌体量を100とした場合の相対値(以下、「残存率」という)で示した。
【0060】
図8には、菌体量の測定結果を示す。図8において、横軸は培養日数(日)、縦軸は残存率(%)を示し、三角印はPEH9株、四角印はメタン菌の結果をそれぞれ示す。
【0061】
図8に示すように、PEH9株は、培養2日目、7日目において菌体量の減少がメタン菌と比較して大きく、自己溶菌しやすいことが確認された。具体的に、メタン菌の残存率は培養2日目で94%、培養7日目で77%であったのに対し、PEH9株の残存率は、培養2日目では72%、培養7日目では48%であった。
【0062】
[実施例6]
実施例6においては、様々な糖類を単一の糖源として添加して水素発酵を行った。本微生物としては、PEH9株を用いた。培地としては、0.5%(w/v)のキシロース、1.6%(w/v)のトリプトン、1.0%(w/v)の酵母エキス、0.4%(w/v)の塩化ナトリウムを含み、グルコース、キシロース、アラビノース、マルトース、スクロース、セロビオース、可溶性デンプンのうちいずれか1種類を2%(w/v)添加した7種類の水溶液を用いた。
【0063】
そして、容積が20mLのバイアル中で、10mLの各培地にPEH9株を接種し、バイアルを密閉した後、嫌気条件下、60℃の温度でそれぞれ回分培養を実施した。
【0064】
培養開始から48時間後に、バイアルにシリンジを突き刺して発酵ガスの生産量を求め、また当該発酵ガスの組成を実施例1と同様にガスクロマトグラフィーにより測定し、当該測定結果から水素の生産量を算出した。
【0065】
この結果、10mLの培養液あたり培養48時間で生産された水素の量は、糖源としてグルコース、キシロース、アラビノース、マルトース、スクロース、セロビオース、可溶性デンプンを用いた場合にはそれぞれ、7.00mL、6.66mL、1.75mL、6.32mL、7.00mL、6.70mL、4.10mLであった。なお、糖源を含まない培養液中での水素の生産量は0.08mLであった。このように、PEH9株は、様々な糖源を消費して水素を生産できることが確認された。
【0066】
なお、本微生物は、上述の例に限られない。すなわち、例えば、本微生物としては、PEH9株の変異株を用いることができる。変異株を取得するための変異原処理の方法としては、紫外線照射による変異原処理や、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジンを含む培地中にて微生物を培養する変異原処理等を挙げることができる。この変異株としては、上述したようなPEH9株が備える低pH範囲、高温範囲で効率よく水素を生産する能力を継承したものを好ましく用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の一実施形態に係る微生物の様々なpHにおける水素生産性を示す図である。
【図2】対照とする他の微生物の様々なpHにおける水素生産性を示す図である。
【図3】対照とする更に他の微生物の様々なpHにおける水素生産性を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態に係る微生物のpH5.0〜5.2における水素生産性を示す図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る微生物のpH5.8〜6.0における水素生産性を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る微生物の様々な温度における生育を示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る微生物の様々な温度における水素生産性を示す図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る微生物の自己溶解性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受領番号FERM ABP−10793のサーモアナエロバクテリウム・サーモサッカロリチカム菌株であることを特徴とする微生物。
【請求項2】
請求項1に記載の微生物の変異株であって、pHが4.5以上、6.5以下の範囲で培養した場合に、糖1gから270mL以上の水素を生産することを特徴とする微生物。
【請求項3】
pHが5.0以上、6.0以下の範囲で培養した場合に、糖1gから270mL以上の水素を生産することを特徴とする請求項2に記載の微生物。
【請求項4】
請求項1に記載の微生物の変異株であって、糖源としてキシロースを用いて、pHが4.5以上、6.5以下の範囲で培養した場合に、キシロースに対して2.1以上のモル比で水素を生産することを特徴とする微生物。
【請求項5】
糖源としてキシロースを用いて、pHが4.8以上、5.5以下の範囲で培養した場合に、キシロースに対して2.1以上のモル比で水素を生産することを特徴とする請求項4に記載の微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−245550(P2008−245550A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−89430(P2007−89430)
【出願日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】