説明

新規表層提示アンカー

【課題】
表層提示工学において、表層提示アンカーは重要であり、現在のところ、αアグルチニン、Flo1などのアンカーが開発されている。より優れたアンカーが求められているため、新規な表層提示アンカーを開発することを課題とした。
【解決手段】
本発明者らは酵母のYIL169C遺伝子に着目し、この遺伝子をクローニングしたところ、実際は公開されている配列とは違っていることが判明した。新しく見出された配列によってコードされるタンパク質は表層提示アンカーとしての機能を持っていた。さらに、この配列のN末端をデリーションして、よりコンパクトな表層提示アンカーを作製することができた。この表層提示アンカーは従来のものに比べ、より大きな目的タンパク質を表層提示することができる点で優れていた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は細胞の表層に酵素などの目的タンパク質を提示させるための表層提示工学技術のうち、主に目的タンパク質を細胞表層に固定化するための表層提示アンカーに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の細胞壁や細胞膜は、細胞の構造や形態を保持し、細胞を外界や他の細胞から隔離する隔壁であるだけでなく、物質の認識や透過、情報の変換と伝達、酵素反応などの場として重要である。しかし、このような細胞の表層を酵素反応の場として捉え、改変する「細胞表層工学(Cell Surface Engineering)」と呼んでいる分野に関しては、その原理についてはいくつかの報告があるものの、応用での成功例は少ない。遺伝子工学の手法を用い、細胞壁や細胞膜に局在するタンパク質や、その一部をアンカーとし、これに融合させた種々のタンパク質やペプチドなどを細胞外層に提示することにより、新しい機能をもった細胞を作り出すことができる。
このような酵母細胞はアーミング酵母と呼ばれており、細胞表層工学の手法を用いることにより、多糖類や油脂を資化したり、蛍光を発したりすることができるようになる。また、これらの表層提示の形質は、それぞれの細胞の娘細胞に受け継がれ、一度表層提示酵母を作成すると、その後の酵母の増殖に伴い、同じ表層提示の性質を示すこととなる、効率的な手法である。
このような表層提示に使われるアンカーとして知られているものは、現在のところ、主に3つに分類できる。
一つ目はα−アグルチニン法(GPI法)と呼ばれるもので、酵母細胞表層に局在化しているα−アグルチニンをコードする遺伝子と、目的タンパク質をコードする遺伝子を融合発現させることにより、酵母細胞表層に目的タンパク質を高密度に提示する技術である。α−アグルチニンのC末端領域にはGPI(Glycosyl Phosphatidyl Inositol
)アンカー付着シグナルを含んでいる。これは目的タンパク質のC末端側に配置され、細胞壁β−1,6−グルカンに共有結合されるため、固定化力が強いという特徴がある。
二つ目はFlo1法と呼ばれるものである。酵母の凝集性タンパク質であるFlo1は、細胞同士の接着を引き起こし、凝集塊を形成させる。この、細胞接着に関与する領域を、新規な細胞表層提示のアンカーとして利用し、機能性タンパク質を酵母細胞表層提示するものである。Flo1を用いることにより、目的タンパク質のN末端、C末端のどちらに配置しても、固定化能を発揮するため目的タンパク質のドメイン構造に左右されない特徴を持つ。そのため、既存のGPIアンカー法では困難であった、C末端側に活性部位を有する酵素の高活性表層提示が可能となった。しかしながら、これは疎水的な相互作用で細胞壁に吸着してアンカーとして働いていると考えられ、細胞壁との結合力が弱いという欠点がある。
三つ目のグループとしては、PIR法と呼ばれるものがある。酵母のPIRタンパク質を利用するもので、これは細胞壁β−1,4−グルカンに共有結合をし、目的タンパク質のC末端、N末端のどちらに配置しても固定可能を示すことができる。しかしながら、酵母には4つのPIRアイソマーが存在しているため、効率的な表層提示をするにはこれらのアイソマーを全て破壊した酵母を宿主とする必要がある。そのため、2倍体実用酵母である清酒酵母での実用化は困難であるのが現状である。
【0003】
【非特許文献1】Applied Microbiology and Biotechnology 2002 58:291−296.( A. Kondo et al。 High-level ethanol production form starch by a flocculent Saccharomyces cerevisiae strain displaying cell-surface glucoamylase.)
【非特許文献2】Appl Environ Microbiol. 2002 Sep;68(9):4517-22.(Matsumoto T, Fukuda H, Ueda M, Tanaka A, Kondo A. Construction of yeast strains with high cell surface lipase activity by usingnovel display systems based on the Flo1p flocculation functional domain.)
【非特許文献3】Yeast. 1997 Sep 30;13(12):1145-54. (Mrsa V, Seidl T, Gentzsch M, Tanner W. Specific labelling of cell wall proteins by biotinylation. Identification of four covalently linked O-mannosylated proteins of Saccharomyces cerevisiae.)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このため、今までよりも優れた表層提示工学のための新しい表層提示アンカーが望まれている。本発明では、新規でより有用な表層提示アンカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、酵母のYIL169C遺伝子についての詳細な報告が皆無であり、機能未知の遺伝子としてデータベースに登録されている(Saccharomyces Genome Database)ことから本遺伝子に着目した。本遺伝子がコードするタンパク質の機能を解析するためにクローニングおよび塩基配列の決定を行った。その結果、本遺伝子は公開されている塩基配列とは異なり、3'末端近くにいくつかの塩基の置換、挿入、欠損があることが分かった。したがって、推定されるC末端アミノ酸配列はデータベース上に公開されているものとは異なり、C末端に長くなっていた。この新しく推定されたタンパク質の諸性質を調べた結果、細胞壁に固定化されることが明らかとなり、表層提示アンカーとしての機能を持つことが分かった。
またさらに、この遺伝子の一部をデリーションすることにより、今までのアンカーよりも短い、よりコンパクトな表層提示アンカーを作出することにも成功した。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、今までになかった表層提示アンカーが見出され、さらにそれを一部デリーションしたものは、よりコンパクトな表層提示アンカーとなり、より大きな目的タンパク質でも表層提示が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明について以下、詳細に記述する。
【0008】
本発明者らは、新規表層提示アンカーを作成すべく、酵母のYIL169C遺伝子に着目し、これを解析した。Saccharomyces Genome Databaseで公開されているYIL169Cの全配列は2988bpで、995アミノ酸からなる。今回、表層提示アンカーとして用いる時に、YIL169Cがコードするタンパク質そのものが目的表層提示タンパク質の性質に影響を及ぼさないように、表層提示に必要な領域以外は取り除くことにし、YIL169CのN末端側を621bpデリーションしたものを用いることにした。その塩基配列を配列番号:1に示す。
【0009】
本実験を行うにあたり、実際に上記のデリーションしたYIL169Cをシーケンスした。その結果、一部の塩基が置換されており、また、3'末端付近に3塩基の欠損と1塩基挿入があったため、推定されるアミノ酸配列はC末端側に171bp長くなった。また、長くなった部分についても、公開されている染色体の塩基配列と比べて一塩基が欠損していた。この塩基配列を配列番号:2に示す。
【0010】
すなわち、本発明者らが見出した新しい配列は、公開されているYIL169Cとは別の新規な配列であることが分かり、これをANC1と命名した。ANC1の塩基配列から新しく推定されたタンパク質の諸性質を調べた結果、細胞壁に固定化されることが明らかとなり、表層提示アンカーとしての機能を持つことが分かった。また、YIL169CとANC1により翻訳されるアミノ酸配列を比較すると、相同率は90%であった。
【0011】
さらに、全長2535bp(ストップコドンを含む)であった、ANC1の5'側をデリーションすることにより、機能領域を606bp(ストップコドンを含む)にまで絞り込むことにも成功した。これをANC3とし配列番号:3に示す。YIL169CとANC3により翻訳されるアミノ酸配列を比較すると、相同率は52%であった。
通常、プラスミドベクターにより細胞に遺伝子を導入する際、利用可能なベクターのサイズには限界がある。自立複製配列・複製開始配列・マーカー遺伝子などプラスミドの構成に必要なユニットを考えると挿入可能な遺伝子長が限られ、表層提示アンカーが短い程、より長い目的タンパク質遺伝子を挿入することができ有利である。
本発明により作製したANC3(全長606bp:ストップコドンを含む)は、一般的に用いられているαアグルチニンやFlo1といった表層提示用アンカーに比べ短く、より大きな遺伝子の挿入が可能である。
【0012】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
(I)ポリヌクレオチド
本発明のポリヌクレオチドは、5'末端側から、酵母SED1プロモーター、GAPDHプロモーター、PGK1プロモーター、ADH1プロモーターからなる群より選ばれる1種の高活性プロモーター、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、目的タンパク質をコードする配列、及びANC1を含むポリヌクレオチド(即ち、発現ユニット)である。
【0013】
分泌シグナル配列、目的タンパク質をコードする配列、ANC1を備える断片は、高活性プロモーターにより発現可能な位置に連結されている。
【0014】
また、このポリヌクレオチドは、染色体組み込み型の発現ベクター中に挿入されているものであってもよい。染色体組み込み型の発現ベクター中に挿入された、この発現ユニットの構成を図1に示す。
<高活性プロモーター>
本発明においては、特定の高活性プロモーターを使用する。特定の高活性プロモーターは、酵母SED1プロモーター(特開2003-265177号)、GAPDHプロモーター(特公平07-24594)、PGK1プロモーター(EMBO J.(1982),1,603- Tuite,M.F. et al)、及びADH1プロモーター(Nature(1981),293,717- Hitzeman,R.A.et al)からなる群より選ばれるプロモーターである。これらのプロモーターは、酵母細胞において高いプロモーター活性を示す。
【0015】
中でも、本発明者らは、酵母の細胞壁タンパク質をコードするSED1遺伝子のプロモーターであるSED1プロモーターが非常に強いプロモーター活性を示すことを証明した(特開2003-265177号)。
【0016】
酵母SED1プロモーターは、通常の培養条件で高い転写活性を示すだけでなく、高温、高浸透圧又は低浸透圧、貧栄養状態、アルコールの存在などの各種ストレス環境下においても安定した高いプロモーター活性を示す。また、pHの変動による影響も受け難い。
【0017】
工業スケールで培養する場合は、様々な成分が溶け込んだ反応系、即ち高浸透圧環境となる場合が多い。また、実験室で培養する場合と較べて、温度やpHを厳密に制御することが難しく、またコスト等の面で栄養リッチな培養液を使用し難い。このように、工業スケールでの培養環境は酵母にとってストレス環境であるため、上記特定の高活性プロモーターを含むポリヌクレオチド又は発現ベクターは、組み換え酵母を用いた工業的な物質生産に好適に使用できるものとなる。
【0018】
上記の特定の高活性プロモーターは、高いプロモーター活性を示していれば、その全領域であってもよく、その一部の領域であってもよい。
<分泌シグナル配列>
本発明のポリヌクレオチドに含まれる分泌シグナル配列は、分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド配列である。
【0019】
分泌シグナルペプチドは、ペリプラズムを含む細胞外に分泌される分泌性タンパク質のN-末端に通常結合しているペプチドである。このペプチドは、生物間で類似した構造を有しており、20個程度のアミノ酸からなり、N末端付近に塩基性アミノ酸配列を有し、その後に疎水性アミノ酸を多く含んでいる。分泌シグナルは、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際にシグナルペプチダーゼにより分解されることにより除去される。
【0020】
本発明においては、目的タンパク質を酵母の細胞外に分泌させることができる分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド配列であれば、どのようなものでも用いることができ、その起源は問わない。例えば、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)等のグルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のアラビノフラノシダーゼの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のα因子の分泌シグナルペプチド配列等を好適に用いることができる。特に、分泌効率の点で、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列が好ましい。また、アスペルギルス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列も好ましいものとして挙げられる。
<目的タンパク質をコードする配列>
目的タンパク質の種類、もしくはその起源は特に限定されない。イントロンを除いたcDNA配列であればよい。また既に酵母において発現させた事例があるタンパク質であれば、なお良い。
目的タンパク質をコードするポリヌクレオチド配列は、その全長をコードする配列であってもよく、目的タンパク質の活性を示すものであれば目的タンパク質の一部領域をコードする配列であってもよい。また、目的タンパク質の活性を示す限り、天然型タンパク質をコードする配列において、1又は2以上のヌクレオチドが欠失、付加又は置換された配列であってもよい。
<細胞表層局在タンパク質ANC1>
本発明では、酵母ANC1もしくは一部を好適に使用できる。ANC1のC末端側から201ないしは844個のアミノ酸からなる領域(即ち、C末端から201個のアミノ酸からなる領域、C末端から202個のアミノ酸からなる領域、……C末端から843個のアミノ酸からなる領域、又はC末端から844個のアミノ酸からなる領域)を用いることが好ましく、C末端側から201個のアミノ酸からなる領域をコードするポリヌクレオチド配列(ANC3)を用いることがより好ましい。
<発現ベクター>
前述したように、本発明のポリヌクレオチドは染色体組み込み型の発現ベクターに組み込まれていてもよい。発現ベクターは、酵母に導入された場合にその染色体DNAに組み込まれる発現ベクターである。発現ベクターは、酵母の自律複製配列を含んでいないものであれば、通常、酵母の染色体DNA組込み型のものとなる。
【0021】
この発現ベクターは、高活性プロモーターとこれに発現可能に連結されたポリヌクレオチド断片とを含み、このポリヌクレオチド断片は、上記分泌シグナル配列、目的タンパク質コード配列、ANC1もしくは一部を備える。
【0022】
分泌シグナル配列と目的タンパク質コード配列との間には、分泌シグナルペプチドによる融合タンパク質の分泌を阻害しない程度であれば、任意のオリゴヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。一般に30b程度までの挿入配列が許容される。また、目的タンパク質コード配列とANC1との間には、一般に30b程度までであれば、任意のオリゴヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。さらに、高活性プロモーターと、分泌シグナル配列、目的タンパク質コード配列、ANC1を備えるポリヌクレオチド断片との間にも、プロモーターによるこのユニットの発現を阻害しない範囲で任意のヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。
【0023】
発現ベクターは、プラスミドベクターであってもよく、あるいは人工染色体であってもよい。ベクターの調製が容易であり、また酵母細胞の形質転換が容易である点で、プラスミドベクターであることが好ましい。
【0024】
また発現ベクターの構築を大腸菌にて簡単に行うことができるように、発現ベクターは大腸菌の複製開始点(ColE1)を有していることが望ましい。また、通常、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、URA3、TRP1、LEU2等)及び大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子等)を備えていればよい。また目的遺伝子の発現を調節するために、SED1プロモーターの他に、オペレーター、エンハンサー、ターミネーター等も含んでいればよい。ターミネーターとしては、ADH1(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)ターミネーター、GAPDH(グリセルアルデヒド3'-リン酸デヒドロゲナーゼ)ターミネーター等が挙げられる。
【0025】
SED1プロモーターを備える発現ベクターであって、酵母染色体DNAに組み込まれるものとしては、pRS406にSED1プロモーターと分泌シグナル配列、目的タンパク質の構造遺伝子配列及びANC1のC末端から201個のアミノ酸からなる領域をコードする配列(ANC3)からなるポリヌクレオチド断片を挿入して構築したpRS406A-ANC3(本明細書の実施例参照)等が挙げられる。
(II)酵母
本発明の酵母は、本発明のポリヌクレオチド又は発現ベクターを保持する酵母であり、好ましくはこのポリヌクレオチド又は発現ベクターが染色体DNA中に組み込まれている。
【0026】
本発明の酵母は、本発明のポリヌクレオチド又は発現ベクターを宿主となる酵母に導入することにより得られる。導入方法は特に限定されず、公知の方法を採用できる。代表的には、上記説明した本発明の発現ベクターを用いて酵母を形質転換する方法が挙げられる。形質転換方法は、特に限定されず、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、酢酸リチウム法、プロトプラスト法などのトランスフェクション法やマイクロインジェクション法のような公知の方法を制限なく使用できる。
【0027】
本発明のポリヌクレオチドが導入された酵母は、常法に従い、例えばURA3のような選択マーカーによる形質又は目的タンパク質の活性等を指標として選択することができる。発現ベクター由来の発現ユニットが複数導入された形質転換体は、目的タンパク質の活性を指標にしてその活性が高いものを選択することにより容易に得ることができる。また、選択マーカーとして薬剤耐性遺伝子を使用する場合は、段階的又は漸次的に変化させた薬剤濃度で選択することにより、発現ベクターが複数導入された形質転換体を容易に選択できる。例えば、選択マーカーとしてKanMX4を用いる場合は、ジェネティシン濃度に勾配又は段階を設けた培地を用いることにより、より高コピー数の発現ベクターが導入された形質転換体を選択することができる。
【0028】
得られた酵母の細胞表層に目的タンパク質が固定されていることは、常法により確認できる。例えば、被験酵母に、このタンパク質に対する抗体と、FITCのような蛍光標識2次抗体またはアルカリフォスファターゼのような酵素標識2次抗体等とを作用させる方法、このタンパク質に対する抗体とビオチン標識2次抗体とを反応させた後さらに蛍光標識ストレプトアビジンを作用させる方法などが挙げられる。
<宿主>
宿主として用いる酵母は、子のう菌酵母(Ascomycetou yeast)に属するものであればよく、特に限定されない。その中でもSaccharomycetaceaeに属するものが好ましく、Saccharomyces属であるものがより好ましい。
【0029】
中でも、各種培養ストレスに強いことから、厳密な制御が難しい工業生産においても安定した細胞増殖を示す点で、実用酵母が好ましい。実用酵母としては清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など、発酵食品に深く関与する酵母が挙げられる。実用酵母の中でも、高い発酵能と高いエタノール耐性を有し、遺伝学的にも安定した清酒酵母が好ましい。
清酒酵母としては、日本醸造協会頒布の「きょうかい酵母」およびこれらを親株とした突然変異株などが挙げられる。また他にも、清酒醸造で使用されている酵母であればいずれも有用である。形質転換マーカーとして栄養要求性遺伝子を用いる場合は、これら清酒酵母に突然変異などの手法を用いて栄養要求性を付与した株を用いればよく、そのような栄養要求性としてはウラシル要求性、トリプトファン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性、アデニン要求性などが挙げられる。清酒酵母にウラシル要求性を付与した例としては「きょうかい9号酵母」を宿主として突然変異法により取得したSaccharomyces cerevisiae GRI−117-Uが挙げられる。
(実施例)
【0030】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
なお本発明において、酵素活性の検出、及び酵素活性の測定は以下の方法で行った。
<β−グルコシダーゼ活性の検出>
β−グルコシダーゼ活性の有無は、菌体又は培養上清を1mM 4−Nitrophenyl−β−D−glucopyranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、37℃で10分間静置した後、等量のNaCOを加え反応を停止し、遊離した4−Nitrophenolを目視にて確認した。遊離4−Nitrophenolは黄色を呈するため、この呈色を確認する。
<アラビノフラノシダーゼ活性の検出>
アラビノフラノシダーゼ活性の有無は、菌体又は培養上清を1mM 4-Nitrophenyl α-L-arabinofuranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、50℃で30分間静置した後、遊離した4-Nitrophenolを目視にて確認した。遊離4-Nitrophenolは黄色を呈するため、この呈色を確認する。
<グルコアミラーゼ活性の検出>
グルコアミラーゼ活性の有無は、キッコーマン社「糖化力測定キット」を用いた。簡単に述べると、4-Nitrophenyl β-L-maltosideを含む酢酸緩衝液に菌体又は培養上清を適量添加した後、37℃、10分間、静置し、遊離してくる4-Nitrophenolを目視にて確認した。遊離4-Nitrophenolは黄色を呈するため、この呈色を確認する。
<リパーゼ活性の検出>
リパーゼ活性の測定には和光純薬工業製「NEFA Cテストワコー」を用いた。簡単に述べると、超音波処理によりトリブチリン(ナカライテスク)を均一に分散させたTris/HCl緩衝液に菌体又は培養上清を適量添加した後、37℃、16時間、振とうした。反応液を遠心分離した上清を「NEFA Cテストワコー」に供し、遊離してくる3-メチル-N-エチル-N-(β-ヒドロキシエチル)-アニリン(MEHA)を目視にて確認した。遊離MEHAは青紫色を呈するため、この呈色を確認する。
【実施例1】
【0031】
YIL169Cのクローニングと塩基配列の決定
常法に従ってYIL169Cの5'側を621bpデリーションした配列と3’側下流約200bpを含む領域をクローニングした。簡単に述べると、5'-ctcgagAGTCAATCTTCTTCCTCAGCTTCTGA-3'(配列番号:6)および5'-ctcgagTGTACACATCAACCTACTCTCCCCTTCA -3'(配列番号:7)を合成し、これらをプライマーとして、酵母Saccharomyces cerevisiae X21801A(当社保有株)の染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/3分のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの端には、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、それぞれ制限酵素サイトXhoIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIにて消化し、pRS406(STRATAGENE社より販売)のXhoIサイトに導入し、pRS406_YIL169Cを得た。作製したpRS406_YIL169Cの挿入断片を常法に従ってシーケンスした。
その結果、2箇所の塩基置換と、C末端付近に3塩基の欠損と1塩基挿入があることが判明した。このため3'側が171bp長くなった。また、長くなった部分についても、公開されている塩基配列と比べて一塩基が欠損していた。公開されている配列との比較を図2〜7に示す。
このことから、YIL169CのC末端は公開されているアミノ酸配列とは全く異なる構造をとることが明らかとなった。我々はこの新規塩基配列をANC1と命名し、その塩基配列を配列番号:2に示す。また、ANC1によって翻訳されるアミノ酸配列を配列番号:4に示す。
【実施例2】
【0032】
ANC1の表層提示アンカーとしての効果の確認
<蛍光タンパク質を細胞表層に提示するためのDNAの作製>
掲題のDNAを作製した手順を、図8を参照して説明する。
(A) 常法に従って、高活性プロモーター(SED1プロモーター:特開2003−265177)を取得した。簡単に述べると、5'-cccgggGAAAAACGACAACATTCCAC-3'(配列番号:8)及び5'-gaattcCTTAATAGAGCGAACGTATT-3'(配列番号:9)の2つのプライマーを用いて、酵母Saccharomyces cerevisiae X21801Aの染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの端には、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、それぞれ制限酵素サイトSmaI、EcoRIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0033】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素SmaIとEcoRIとで消化して、SmaI - EcoRI断片を得た。このSmaI - EcoRI断片には、SED1遺伝子のプロモーター領域が含まれている。配列表の配列番号:10にその配列を示す。
(B) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのグルコアミラーゼの分泌シグナル配列を取得した。簡単に述べると、5'-gaattcATGCGGAACAACCTTCTTTTT-3'(配列番号:11)及び5'-ctcgagGTTGAGATCCGACTGCCTCTT-3'(配列番号:12)を合成し、これらをプライマーとして、グルコアミラーゼ遺伝子が挿入されているプラスミドpNGB1(Gene 207 127-134 (1998))を鋳型としてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/30秒のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの設計には、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、制限酵素EcoRIとXhoIの認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0034】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素EcoRI、XhoIで切断し、約100bpのグルコアミラーゼ分泌シグナル配列を取得した。配列表の配列番号:13にその配列を示す。
(C) ANC1をコードする配列及びその下流領域を有する配列を取得するため、酵母Saccharomyces cerevisiae X21801Aから、常法により染色体DNAを単離し、5'-ctcgagAGTCAATCTTCTTCCTCAGCTTCTGA-3'(配列番号:14)及び5'-TGTACACATCAACCTACTCTCCCCTTCA-3'(配列番号:15)の2つのプライマーを用いて、PCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/3分のサイクルを30回繰り返した。ここで、配列番号:14のプライマーには、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、制限酵素XhoIの認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0035】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIとBsrGIとで消化して、XhoI - BsrGI断片を得た。このXhoI - BsrGI断片には、ANC1 (844アミノ酸)をコードする配列と、3'非コード領域の195bpとを含んでいる。配列表の配列番号:16にその配列を示す。
(D) 常法に従って、蛍光タンパク質遺伝子(EGFP)を取得した。簡単に述べると、5'-ctcgagATGGTGAGCAAGGGCGAGG-3'(配列番号:17)5'-ctcgagCTTGTACAGCTCGTCCATG-3'(配列番号:18)を合成し、これをプライマーとして、プラスミドpEGFP(CLONTECH社から販売)を鋳型にPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/1分のサイクルを30回繰り返した。ここで、後にpRS406A-ANC1と連結するために両プライマーの設計では、翻訳終止コドンを除去した後、制限酵素XhoI認識部位を付加した。
【0036】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIで切断し、約0.7Kbpの蛍光タンパク質配列を取得した。配列表の配列番号:19にその配列を示す。
【0037】
目的のDNAは、(A)で得られた高活性プロモーターと(B)で得られた分泌シグナル配列と(C)で得られたANC1と(D)で得られた蛍光タンパク質を、以下の方法で接続することより得られる。
pRS406(STRATAGENE社より販売)のSmaI−XhoI切断部位に(A)で得られたSED1プロモーターと(B)で得られた分泌シグナル配列を常法に従いDNA連結酵素(T4 Ligase)等を用いて連結した断片を挿入した。このプラスミドをpRS406Aとした。
続いてpRS406AのXhoI−Acc65I切断部位に、(C)で得たANC1とその下流領域を含むXhoI - BsrGI断片を挿入し、プラスミドpRS406A-ANC1を得た。
最後に(D)で得た蛍光タンパク質EGFPのXhoI断片を、pRS406A-ANC1のXhoI切断部位に挿入して、目的のプラスミドpRS406A-EGFP-ANC1を得た。なお、プラスミドに挿入したEGFPは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
<蛍光タンパク質を細胞表層に提示する酵母の作製>
プラスミドpRS406A-EGFP-ANC1を単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母Saccharomyces cerevisiae GRI-117-U(実用清酒酵母、当社保有株、以下単にGRI-117-Uという)とSaccharomyces cerevisiae MT8-1(実験室酵母、当社保有株、以下単にMT8-1という)に導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM-URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-EGFP-ANC1が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。このようにして得られた株を、GRI-117-U(EGFP-ANC1)、MT8-1(EGFP-ANC1)と名付けた。
【0038】
また、同様にしてpRS406A-EGFPも酵母に導入し、得られた形質転換株をGRI-117-U(EGFP)、MT8-1(EGFP)と名付けた。
<蛍光顕微鏡観察による細胞表層提示能力の評価>
GRI-117-U (EGFP-ANC1)、MT8-1(EGFP-ANC1)、比較対照としてのGRI-117-U、MT8-1及び、GRI-117-U (EGFP)、MT8-1 (EGFP)をそれぞれ0.675%Yeast nitrogen base with amino acids(SIGMA社)、2%グルコースを含む液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離した。
【0039】
各菌体を適当量の水に懸濁した後、蛍光顕微鏡(Nicon製)で観察した。結果の一部を図9に示す。親株のGRI-117-UやMT8-1は蛍光シグナルを検出できなかった。GRI-117-U (EGFP)とMT8-1 (EGFP)は菌体内に弱い蛍光シグナルが観察された。これは分泌される途中のEGFPだと考えられた。一方、GRI-117-U (EGFP-ANC1)、MT8-1(EGFP-ANC1)は細胞壁に強い蛍光シグナルを示した。
【0040】
このことから、ANC1が用いる酵母に関わらず、良好な細胞表層提示能力を持つことが明らかとなった。
【実施例3】
【0041】
ANC1のアンカーとして働く領域の絞り込み
<ANC1のN末端を削り込んだ改変ANC1の作製と酵母への導入>
ANC1のアンカーとして働く領域を絞り込むために、ANC1のN末端側を削り込んだ改変ANC1を作製した。具体的にはANC1の内部配列を基にして2つのプライマー5'-ctcgagACTCACTGTGACGATAATGG-3'(配列番号:20)、5'-ctcgagGTCACTTCTGAATGTCCTGA-3'(配列番号: 21)を合成し、それぞれ5'-TGTACACATCAACCTACTCTCCCCTTCA-3'(配列番号:15)を用いてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/1分のサイクルを30回繰り返した。ここで、実施例2と同様、配列番号:20と配列番号: 21のプライマーには、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、制限酵素XhoIの認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0042】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIとBsrGIとで消化して、XhoI - BsrGI断片を得た。このXhoI - BsrGI断片には、それぞれANC1の一部 320アミノ酸と201アミノ酸をコードする配列と、3'非コード領域の195bpを含んでいる。ANC1の一部をコードするそれぞれの配列をANC2、ANC3と名付け、それぞれの塩基配列を配列番号:22と配列番号:3に示す。また、ANC3によって翻訳されるアミノ酸配列を配列番号:5に示す。
【0043】
それぞれの断片を実施例2と同様、pRS406AのXhoI−Acc65I切断部位に挿入し、プラスミドpRS406A-ANC2、pRS406A-ANC3を得た。さらに実施例2の蛍光タンパク質XhoI断片をプラスミドpRS406A-ANC2、pRS406A-ANC3のXhoI切断部位に挿入して、目的のプラスミドpRS406A-EGFP-ANC2、pRS406A-EGFP-ANC3を得た。なお、これらのプラスミドに挿入したEGFPは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
【0044】
プラスミドpRS406A-EGFP-ANC2、pRS406A-EGFP-ANC3を単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法でGRI-117-Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM-URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-EGFP-ANC2、pRS406A-EGFP-ANC3が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。このようにして得られた株を、GRI-117-U(EGFP-ANC2)、GRI-117-U(EGFP-ANC3)と名付けた。
<ANC1のC末端を削り込んだ改変ANC1の作製と酵母への導入>
(A) ANC1のアンカーとして働く領域を絞り込むために、ANC1のC末端側を削り込んだ改変ANC1を作製した。具体的にはANC1の内部配列を基にしてプライマー5'-ggtaccTCATGATTTTGGAGAAGTAGT-3'(配列番号:23)を合成し、5'-ctcgagAGTCAATCTTCTTCCTCAGCTTCTGA-3'(配列番号:6)を用いてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返した。ここで、2つのプライマーには、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、制限酵素Acc65I、XhoIの認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。さらに配列番号:23にはストップコドンを追加し、改変ANC1の転写が止まるようにした。
【0045】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIとAcc65Iとで消化して、XhoI - Acc65I断片を得た。このXhoI - Acc65I断片には、ANC1のC末端の一部を除いた661アミノ酸と人工的に付加したstop codon (TGA)を含んでいる。この断片をANC4と名づけ、配列番号:24にその配列を示す。

(B) 常法に従って、酵母ADH1ターミネーターを取得した。簡単に述べると、5'-ggtaccGCGAATTTCTTATGATTTATG-3'(配列番号:25)及び5'-tgtacaGTGTGGAAGAACGATTACAAC-3'(配列番号:26)の2つのプライマーを用いて、酵母Saccharomyces cerevisiae X21801Aの染色体DNAを鋳型としてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/1分のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの端には、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、それぞれ制限酵素サイトAcc65I、BsrGIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0046】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素Acc65IとBsrGIとで消化して、Acc65I - BsrGI断片を得た。このAcc65I - BsrGI断片には、ADH1遺伝子のターミネーター領域(326bp)が含まれている。制限酵素サイトを含めた配列(338bp)を配列番号:27に示す。
目的のDNAは、(A)で得られたANC4と(B)で得られたADH1ターミネーターと実施例2で作製した蛍光タンパク質XhoI断片を、以下の方法で接続することより得られる。
(A)で得られたANC4と(B)で得られたADH1ターミネーターを常法に従いDNA連結酵素(T4 Ligase)等を用いて連結した。この断片をpRS406AのXhoI−Acc65I切断部位に挿入し、プラスミドpRS406A-ANC4を得た。さらに蛍光タンパク質配列をプラスミドpRS406A-ANC4のXhoI切断部位に挿入して、目的のプラスミドpRS406A-EGFP-ANC4を得た。なお、プラスミドに挿入したADH1ターミネーターとEGFPは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
プラスミドpRS406A-EGFP-ANC4を単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法でGRI-117-Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM-URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-EGFP-ANC4が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。このようにして得られた株を、GRI-117-U(EGFP-ANC4)と名付けた。
<蛍光顕微鏡観察による細胞表層提示能力の評価>
GRI-117-U(EGFP-ANC2)、GRI-117-U(EGFP-ANC3)、GRI-117-U(EGFP-ANC4)をそれぞれ0.675%Yeast nitrogen base with amino acids(SIGMA社)、2%グルコースを含む液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離した。
【0047】
各菌体を適当量の水に懸濁した後、蛍光顕微鏡(Nicon製)で観察した。結果を図10に示す。GRI-117-U (EGFP-ANC2)、GRI-117-U(EGFP-ANC3)は細胞壁に強い蛍光シグナルを示したが、GRI-117-U (EGFP-ANC4)は細胞内に弱い蛍光シグナルが観察されただけであった。
【0048】
このことから、ANC1のC末端側183アミノ酸に細胞表層提示能力が存在することを明らかとなり、この領域を含む非常にコンパクトな新規細胞表層提示アンカーANC3を得ることに成功した。
【実施例4】
【0049】
β-グルコシダーゼの細胞表層提示
<β−グルコシダーゼ遺伝子のクローニング>
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのβ−グルコシダーゼのcDNAを取得した。簡単に述べると、まず、Aspergillus oryzae O−1013株(FERM P−16528として寄託)から全RNAを抽出し、ついで、オリゴdTセルロースを用いてPoly(A)+RNAを取得した。
【0050】
次にPoly(A)+RNAを鋳型とし、GIBCO BRL社のRT−PCR KITを用いて逆転写反応を行い、cDNA混合物を取得した。即ち、5'-ctcgagATGAAGCTGTCAGCGGCACTTTCT-3'(配列番号:28)及び5'- ctcgagTAAGCTCAATGATCCGGTCAACTG-3'(配列番号:29)を合成し、これをプライマーとして、それぞれ先ほどのcDNA混合物を鋳型にPCRした。PCRは、50℃/30分−94℃/2分の後、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返す条件で行った。ここで、後に実施例3で作製したpRS406A-ANC3と連結するために、両プライマーの設計では、翻訳終止コドンを除去した後、制限酵素XhoI認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0051】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIで切断し、β−グルコシダーゼ(BG1)のcDNA断片(約2.5kbp)を得た。この塩基配列を配列番号:30に示す。
<β−グルコシダ−ゼを酵母細胞表層に提示するベクターの作製>
(B) (A)により取得したAspergillus oryzaeのβ−グルコシダーゼのcDNAを、定法に従って、実施例3で作製したpRS406A-ANC3のXhoIサイトに挿入し、目的とするプラスミドpRS406A-BG1-ANC3を作製した。なお、プラスミドに挿入したBG1は転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
<β−グルコシダーゼを細胞表層に提示する酵母の作製>
(C) (B)で得られたプラスミドpRS406A-BG1-ANC3を単離し、制限酵素Sse8387Iで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco社)0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-BG1-ANC3が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、GRI−117−U(BG1-ANC3)と名付けた。
<表層提示酵母を用いたβ−グルコシダーゼ活性の確認>
(D) (C)で得られた酵母GRI−117−U(BG1-ANC3)を1%Yeast extract(Difco社),2%Polypepton(日本製薬製),2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのβ−グルコシダーゼ活性を確認した。この際コントロールとして、GRI−117−Uを用いた。
その結果、コントロールは、培地および菌体にβ−グルコシダーゼ活性は認められなかった。一方、酵母GRI−117−U(BG1-ANC3)は、未破砕の菌体にβ−グルコシダーゼ活性を示した。
【実施例5】
【0052】
アラビノフラノシダーゼの細胞表層提示
<アラビノフラノシダーゼ遺伝子のクローニング>
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのアラビノフラノシダーゼのcDNAを取得した。簡単に述べると、まず、Aspergillus oryzaeから全RNAを抽出し、ついで、オリゴdTセルロースを用いてPoly(A)+RNAを取得した。
【0053】
次にPoly(A)+RNAを鋳型とし、GIBCO BRL社のRT-PCR KITを用いて逆転写反応を行い、cDNA混合物を取得した。即ち、5'-ctcgagATGACTACCTTCACGAAAC-3'(配列番号:31)及び5'-ctcgagAGCCTTCCATCTCAGGAGA-3'(配列番号:32)を合成し、これをプライマーとして、先ほどのcDNA混合物を鋳型にPCRした。PCRは、50℃/30分−94℃/2分の後、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返す条件で行った。ここで、後に実施例3で作製したpRS406A-ANC3と連結するために、両プライマーの設計では、翻訳終止コドンを除去した後、制限酵素XhoI認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0054】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIで切断し、約1.5kbpのアラビノフラノシダーゼcDNA断片を得た。配列表の配列番号:33にその配列を示す。
<アラビノフラノシダーゼを酵母細胞表層に提示するベクターの作製>
(B) (A)により取得したAspergillus oryzaeのアラビノフラノシダーゼのcDNAを、常法に従って、実施例3で作製したpRS406A-ANC3のXhoIサイトに挿入し、目的とするプラスミドpRS406A-abfA -ANC3を作製した。なお、プラスミドに挿入したabfAは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
<アラビノフラノシダーゼを細胞表層に提示する酵母の作製>
(C) (B)で得られたプラスミドpRS406A-abfA-ANC3を単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco社)0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-abfA-ANC3が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、GRI−117−U(abfA-ANC3)と名付けた。
<表層提示酵母を用いたアラビノフラノシダーゼ活性の確認>
(D) (C)で得られた酵母GRI−117−U(abfA -ANC3)を1%Yeast extract(Difco社),2%Polypepton(日本製薬製),2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのアラビノフラノシダーゼ活性を確認した。この際コントロールとして、GRI−117−Uを用いた。
その結果、コントロールは、培地および菌体にアラビノフラノシダーゼ活性は認められなかった。一方、酵母GRI−117−U(abfA -ANC3)は、未破砕の菌体にアラビノフラノシダーゼ活性を示した。
【実施例6】
【0055】
グルコアミラーゼの細胞表層提示
<グルコアミラーゼ遺伝子のクローニング>
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのグルコアミラーゼのcDNAを取得した。簡単に述べると、5'-ctcgagCAGGCGACTGGTCTAGATACC-3'(配列番号:34)及び5'-ctcgagCCGCCAAACATCGCTCTGCAC-3'(配列番号:35)を合成し、これをプライマーとして、グルコアミラーゼ遺伝子が挿入されているプラスミドpYGA1 (Agric.Biol.Chem. 55 941-949 (1991))を鋳型としてPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返した。ここで、後に実施例3で作製したpRS406A-ANC3と連結するために、両プライマーの設計では、翻訳終止コドンを除去した後、制限酵素XhoI認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIで切断し、約1.8Kbpのグルコアミラーゼ配列を取得した。配列表の配列番号:36にその配列を示す。
<グルコアミラーゼを酵母細胞表層に提示するベクターの作製>
(B) (A)により取得したAspergillus oryzaeのグルコアミラーゼのcDNAを、定法に従って、実施例3で作製したpRS406A-ANC3のXhoIサイトに挿入し、目的とするプラスミドpRS406A-glaA -ANC3を作製した。なお、プラスミドに挿入したglaAは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
<グルコアミラーゼを細胞表層に提示する酵母の作製>
(C) (B)で得られたプラスミドpRS406A-glaA-ANC3を単離し、制限酵素Sse8387Iで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco社)0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-glaA-ANC3が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、GRI−117−U(glaA-ANC3)と名付けた。
<表層提示酵母を用いたグルコアミラーゼ活性の確認>
(D) (C)で得られた酵母GRI−117−U(glaA -ANC3)を1%Yeast extract(Difco社),2%Polypepton(日本製薬製),2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのグルコアミラーゼ活性を確認した。この際コントロールとして、GRI−117−Uを用いた。
その結果、コントロールは、培地および菌体にグルコアミラーゼ活性は認められなかった。一方、酵母GRI−117−U(glaA -ANC3)は、未破砕の菌体にグルコアミラーゼ活性を示した。
【実施例7】
【0056】
リパーゼの細胞表層提示
<リパーゼ遺伝子のクローニング>
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのリパーゼのcDNAを取得した。簡単に述べると、まず、Aspergillus oryzaeから全RNAを抽出し、ついで、オリゴdTセルロースを用いてPoly(A)+RNAを取得した。
【0057】
次にPoly(A)+RNAを鋳型とし、GIBCO BRL社のRT-PCR KITを用いて逆転写反応を行い、cDNA混合物を取得した。即ち、5'-ctcgagATGCATCTTGCTATCAAGTCTC-3'(配列番号:37)及び5'-ctcgagGTTCGCAGCCGCAACAGCAAAT-3'(配列番号:38)を合成し、これをプライマーとして、先ほどのcDNA混合物を鋳型にPCRした。PCRは、50℃/30分−94℃/2分の後、94℃/1分−52℃/1分−72℃/1分のサイクルを30回繰り返す条件で行った。ここで、後に実施例3で作製したpRS406A-ANC3と連結するために、両プライマーの設計では、翻訳終止コドンを除去した後、制限酵素XhoI認識部位を付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0058】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素XhoIで切断し、約0.8kbpのリパーゼcDNA断片を得た。配列表の配列番号:39にその配列を示す。
<リパーゼを酵母細胞表層に提示するベクターの作製>
(B) (A)により取得したAspergillus oryzaeのリパーゼのcDNAを、定法に従って、実施例3で作製したpRS406A-ANC3のXhoIサイトに挿入し、目的とするプラスミドpRS406A-tglA -ANC3を作製した。なお、プラスミドに挿入したtglAは転写方向に入っていることをPCRにより確認した。
<リパーゼを細胞表層に提示する酵母の作製>
(C) (B)で得られたプラスミドpRS406A-tglA-ANC3を単離し、制限酵素Sse8387Iで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco社)0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpRS406A-tglA-ANC3が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、GRI−117−U(tglA-ANC3)と名付けた。
<表層提示酵母を用いたリパーゼ活性の確認>
(D) (C)で得られた酵母GRI−117−U(tglA -ANC3)を1%Yeast extract(Difco社),2%Polypepton(日本製薬製),2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのリパーゼ活性を確認した。この際コントロールとして、GRI−117−Uを用いた。
その結果、コントロールは、培地および菌体にリパーゼ活性は認められなかった。一方、酵母GRI−117−U(tglA -ANC3)は、未破砕の菌体にリパーゼ活性を示した。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】目的タンパク質を細胞表層に提示するための発現カセット構造を示す図である。
【図2】YIL169Cの公開配列とANC1の塩基配列の比較をしたものである。
【図3】同上続きを示す。
【図4】同上続きを示す。
【図5】同上続きを示す。
【図6】同上続きを示す。
【図7】同上続きを示す。
【図8】ANC1の表層提示アンカー能力を評価するベクターの作製方法を示した図である。
【図9】ANC1の表層提示アンカー能力を評価した結果の蛍光顕微鏡観察像である。
【図10】ANC1の表層提示アンカー能力を絞り込んだ結果の蛍光顕微鏡観察像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号4に示すアミノ酸配列を有する新規表層提示アンカー蛋白質。
【請求項2】
配列表の配列番号5に示すアミノ酸配列を有する新規表層提示アンカー蛋白質。
【請求項3】
配列番号2の塩基配列で示される、請求項1に記載の蛋白質をコードするDNA。
【請求項4】
配列番号3の塩基配列で示される、請求項2に記載の蛋白質をコードするDNA。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の蛋白質が目的蛋白質のC末端側に接続された表層提示蛋白質。
【請求項6】
請求項3又は4に記載のDNAが目的蛋白質のC末端側に、融合蛋白質として発現可能な形で接続されたプラスミドベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のプラスミドベクターを導入することからなる酵母Saccharomyces cerevisiaeの形質転換体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−189909(P2007−189909A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−8480(P2006−8480)
【出願日】平成18年1月17日(2006.1.17)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】