説明

方向についての手掛かりを保存するバイノーラルコンプレッサ

【課題】受音した音信号の方向についての手掛かりを保存するバイノーラル補聴器システムを提供する。
【解決手段】第1の補聴器と第2の補聴器はそれぞれ、受音した音信号に応じてデジタル入力信号を提供するマイクおよびA/Dコンバータと、信号レベルに基づいてダイナミックレンジ聴力損失を補償するコンプレッサを含んでおり、前記デジタル入力信号を選択された信号処理アルゴリズムに従って処理済みデジタル出力信号へ処理するように構成されたプロセッサと、前記処理済みデジタル出力信号を音響出力信号に変換するD/Aコンバータおよび出力トランスデューサと、他方の補聴器との間でデータ通信するトランシーバ22を備えており、前記第1の補聴器の前記コンプレッサのゲインが、前記第2の補聴器の前記コンプレッサのゲインを制御する信号の値と実質的に同一の値を有する信号によって制御されることで、方向の感覚が維持される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
受音した音信号の方向についての手掛かりを保存するバイノーラル圧縮処理を用いるバイノーラル補聴器システムを提供する。
【背景技術】
【0002】
聴覚障害のある人は、一般的に、周波数に依存し、音圧レベルに依存する聴覚感度の損失に悩まされている。従って、聴覚障害のある人は、特定の周波数、例えば低周波数は正常な聴覚を持つ人と同じように聞くことができるだろうが、他の周波数、例えば高周波数は正常な聴覚を持つ人と同じ感度で聞くことはできないであろう。感度が低下した周波数では、聴覚障害のある人は大きな音なら正常な聴覚を持つ人と同じように聞くことができるだろうが、小さな音では正常な聴覚を持つ人と同じ感度で聞くことはできないであろう。このように、聴覚障害のある人は、ダイナミックレンジ損失に悩まされている。
【0003】
通常、補聴器のコンプレッサは、そのユーザの聴覚のダイナミックレンジに音声出力のダイナミックレンジをマッチングさせることによって、ユーザのダイナミックレンジ損失を補うように、補聴器のユーザに到達する音のダイナミックレンジを圧縮処理するために使用される。入力−出力コンプレッサ伝達関数の傾き(ΔI/ΔO)は、圧縮比と呼ばれている。一般に、ユーザが必要とする圧縮比は、入力パワー範囲の全体にわたって一定ではなく、すなわちコンプレッサの特性は1またはそれ以上のニーポイントを有している。
【0004】
一般的に、聴覚障害のあるユーザのダイナミック聴力損失の程度は、周波数チャネルが異なれば、異なっている。従って、コンプレッサを、異なる周波数チャネルにおいて、異なった動作をするように設けることで、対象とするユーザの聴力損失の周波数依存性を考慮に入れることができる。このようなマルチチャネルまたはマルチバンドコンプレッサは、入力信号を2またはそれ以上の周波数チャネルまたは周波数帯域に分割し、それぞれのチャネルまたは帯域を個別に圧縮処理する。コンプレッサのパラメータ、例えば圧縮比、ニーポイントの位置、アタックタイム、リリースタイムなどは、それぞれの周波数チャネルで異なっていてもよい。
【0005】
正常な聴力を持つ人の実効的な聴覚は、本質的にバイノーラルであり、したがって、2つの入力信号、すなわちバイノーラル入力信号、換言すれば右耳および左耳の鼓膜で検出される音圧レベルをそれぞれ利用している。
【0006】
例えば、人はバイノーラル入力信号を用いて、三次元空間における音源を認識し、その位置を認識する。聴覚がどのようにして音源の方向と距離についての情報を抽出しているのかは完全には分かっていないが、聴覚がその決定のためにいくつもの手掛かりを用いていることは知られている。これらの手掛かりの中には、カラーレーション、両耳間時間差、両耳間位相差および両耳間レベル差がある。
【0007】
ユーザが向いている方向から右側の角度にある音源を聞き取っているユーザは、左耳で受音する音圧レベルよりも高い音圧レベルを右耳で受音するであろう。さらに、その音は、左耳に到達するよりも早く、右耳に到達するであろう。両耳間レベル差と両耳間時間差は、音源の方向を決定するために両耳での聞き取りにおいて使用される、もっとも重要な手掛かりであると考えられている。
【0008】
両耳間レベル差は、周波数への依存性が高い。低周波数では、音の波長は頭の直径に比べて長く、両耳での音圧にはほとんど差がない。しかしながら、高周波数では、波長が短く、遠い方の耳が頭の音の影に入ってしまういわゆる頭影効果によって、20dBまたはそれより大きな差が存在し得る。
【0009】
音源の方位角方向の決定について、両耳間レベル差ITDと両耳間時間差ILDは相補的であると信じられている。(およそ1.5kHzより低い)低周波数では、ILDの情報はほとんど無いが、ITDは波形を1周期の何分の一かシフトさせるので、容易に検出できる。(およそ1.5kHより高い)高周波数では、複数の周期におよぶシフトがあるため、ITDには曖昧さがあるが、ILDはこの方向についての曖昧さを解決する。
【0010】
両耳での聞き取りの別の側面が、US7,630,507で説明されている。US7,630,507は、正常な聴覚を持つ人の一方の耳で受音した大きな音は、その人の他方の耳で受音した音に対してマスキング効果を有し、すなわち他方の耳では音に対する感度が低減されることを開示している。US7,630,507には、正常な聴覚での両耳マスキングを復元するためにバイノーラル補聴器システムで使用されるバイノーラル圧縮処理アルゴリズムが開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
新規なバイノーラル補聴器システムおよび方法が、以下で開示される。そのバイノーラル補聴器システムでは、受音した音信号の方向についての手掛かりを保存するように、入力音の協調的なバイノーラル処理が行われる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
第1の補聴器と第2の補聴器を備えるバイノーラル補聴器システムにおける、バイノーラル圧縮処理の新規な方法が提供される。その方法は、前記第1の補聴器および前記第2の補聴器のそれぞれにおいて、受音した音を入力信号に変換するステップと、信号レベルに基づいてダイナミックレンジ聴力損失を補償するための圧縮処理を含んでおり、前記入力信号を選択された信号処理アルゴリズムを用いて処理済み出力信号へ処理するステップと、前記処理済み出力信号を音響出力信号へ変換するステップを備えている。その方法は、少なくとも1つの周波数チャネルにおいて、前記第1の補聴器のコンプレッサのゲインを、前記第2の補聴器のコンプレッサのゲインを制御する信号の値と実質的に同一の値を有する信号を用いて制御することで、方向の感覚が維持される。
【0013】
第1の補聴器と第2の補聴器を備える新規なバイノーラル補聴器システムも提供される。第1の補聴器と第2の補聴器はそれぞれ、受音した音信号に応じてデジタル入力信号を提供するマイクおよびA/Dコンバータと、信号レベルに基づいてダイナミックレンジ聴力損失を補償するコンプレッサを含んでおり、前記デジタル入力信号を選択された信号処理アルゴリズムに従って処理済みデジタル出力信号へ処理するように構成されたプロセッサと、前記処理済みデジタル出力信号を音響出力信号に変換するD/Aコンバータおよび出力トランスデューサと、他方の補聴器との間での信号パラメータを無線データ通信するトランシーバを備えている。そのバイノーラル補聴器システムでは、前記第1の補聴器の前記コンプレッサのゲインが、前記第2の補聴器の前記コンプレッサのゲインを制御する信号の値と実質的に同一の値を有する信号によって制御されることで、方向の感覚が維持される。
【0014】
上記のバイノーラル補聴器システムは、前記デジタル入力信号の第1の関数である前記信号レベルを決定し、出力する信号レベル検出器と、当該補聴器における信号の第2の関数である信号パラメータを決定し、出力する信号パラメータ検出器をさらに備えてもよい。前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の少なくとも一方の前記コンプレッサの少なくとも1つの周波数チャネルにおいて、前記コンプレッサのゲインは、それぞれの当該補聴器の前記信号レベルおよび前記信号パラメータと、他方の補聴器から受信された前記信号パラメータの関数である、コンプレッサ制御信号によって制御される。
【0015】
コンプレッサは、シングルチャネルのコンプレッサであってもよいが、好ましくは、コンプレッサはマルチチャネルのコンプレッサである。
【0016】
信号レベル検出器への入力は、好ましくは、デジタル入力信号である。デジタル入力信号は、単一のマイクからのものでもよいし、複数のマイクの出力信号の組み合わせでもよい。例えば、デジタル入力信号は、2つの無指向性マイクからの2つの入力について動作するビームフォーミングアルゴリズムから出力された指向性のマイク信号出力であってもよい。
【0017】
信号レベル検出器は、好ましくは、デジタル入力信号の平均値、例えばピーク検出器によって決定されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などを計算する。信号レベル検出器の出力が、コンプレッサ制御信号として直接的に使用される場合には、信号レベル検出器の出力の時定数がコンプレッサのアタックタイムおよびリリースタイムを規定する。
【0018】
信号レベル検出器は、デジタル入力信号の移動平均値を計算してもよいし、サンプルのブロックに対して動作してもよい。好ましくは、信号レベル検出器はサンプルのブロックに対して動作し、それによって必要なプロセッサパワーが低下する。
【0019】
信号パラメータ検出器への入力は、デジタル入力信号としてもよいし、信号パラメータ検出器は、同じあるいは異なる時定数を用いて、信号レベル検出器と同じタイプのパラメータを検出してもよい。
【0020】
いくつかのバイノーラルコンプレッサでは、信号レベル検出器と信号パラメータ検出器は同一であり、好ましくは入力としてデジタル入力信号を備え、信号レベルと信号パラメータの両方として使用される出力信号を備える、単一の信号処理ユニットを形成している。
【0021】
しかしながら、信号パラメータ検出器への入力は、デジタル入力信号とは異なる別の信号、例えばコンプレッサからの出力信号であってもよい。また、信号パラメータ検出器は、信号レベル検出器によって計算されるパラメータのタイプではなく他の種類のパラメータ、例えば信号パラメータ検出器への入力信号についての、長期平均スペクトラルパラメータ、ピークスペクトラルパラメータ、最小スペクトラルパラメータ、ケプストラムパラメータといったスペクトラルパラメータ、あるいは線形予測符号化パラメータ、振幅分布統計量などの統計パラメータといった時間的パラメータを計算してもよい。
【0022】
信号パラメータ検出器は、デジタル入力信号の移動平均値を計算してもよいし、サンプルのブロックに対して動作してもよい。好ましくは、信号パラメータ検出器はサンプルのブロックに対して動作し、それによって必要なプロセッサパワーが低下する。
【0023】
ユーザが従来のバイノーラル補聴器システムを装着する場合、補聴器のコンプレッサは、通常、両耳間時間差を、変化させないか、あるいは実質的に変化させない。しかしながら、2つの耳で受信された音圧レベルは、ほとんどの方向の音源に対して異なっているから、左耳で受けた音と右耳で受けた音は、それぞれ、異なるゲインが適用されて、両耳間レベル差における変化につながり、そしてユーザの方向についての感覚の喪失につながる。
【0024】
方向についての感覚の喪失を避けるために、新規なバイノーラル補聴器システムは、圧縮処理の後において方向の感覚が維持される、または実質的に維持されるように、協調的な手法によってユーザの2つの耳での圧縮処理を実行する。
【0025】
従って、バイノーラル補聴器システムの少なくとも一方の補聴器は、バイノーラル補聴器システムの他方の補聴器で受けた音についての情報を含む信号を取得し、その情報を使用して、第1の補聴器と第2の補聴器の両方について、ゲイン制御信号の値が同一、あるいは実質的に同一となるような手法で、対象とする補聴器のデジタル入力信号の圧縮処理結果を修正するように、構成されていてもよい。
【0026】
情報は補聴器の間で有線通信を用いて通信されてもよいし、無線通信を用いて通信されてもよい。
【0027】
聴覚障害のある人が対称な聴力損失を有する場合、すなわち聴覚障害のある人が両耳とも同じ聴力損失を有する場合、補聴器のコンプレッサは同一の特性を有するであろう。そしてそれゆえ、コンプレッサ制御信号が同一の値、あるいは実質的に同一の値を有する場合、コンプレッサゲインは同一に、あるいは実質的に同一になるであろうし、圧縮処理の前後において両耳間レベル差は変化しない、あるいは実質的に変化しないで維持されるであろう。
【0028】
聴覚障害のある人が非対称な聴力損失を有する場合、すなわち聴覚障害のある人が左耳と右耳で異なる聴力損失を有する場合でも、対称な聴力損失を有する聴覚障害のある人について上述したのと同じように、コンプレッサ制御信号が同一の値、あるいは実質的に同一の値を有するように調整することによって、驚くべきことに、方向の感覚は圧縮処理の後も維持される。このケースでは、補聴器が左耳と右耳において異なる聴力損失の補償を行うので、補聴器の出力において両耳間レベル差は維持されないにも関わらず、方向の感覚は維持される。しかしながら、一般的に、聴覚障害のある人は補聴器なしでも方向の感覚を失っていないので、聴覚障害のある耳によって提供される、変化した両耳間レベル差に対して、脳が方向の決定を調整することができるものと考えられる。対称な聴力損失を有する人について上述したのと同様に、コンプレッサ制御信号が同一、または実質的に同一の値を有するように調整することは、非対称な聴力損失を有する聴覚障害のある人についても、同様の手法によって、方向の感覚が維持されるように、聴覚障害のある耳によって提供される、変化した両耳間レベル差を維持しているものと考えられる。
【0029】
従って、新規なバイノーラル補聴器システムは、聴覚障害のある人の方向の感覚を維持するために、コンプレッサ制御信号を同一の値、または実質的に同一の値になるように調整するように構成することができる。
【0030】
両耳間レベル差は、例えばこのケースではマイクで受音した音圧レベルの関数である信号パラメータ、例えばピーク検出器で決定されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などに基づいて決定することができる。両耳値レベル差は、例えば他方の補聴器から信号パラメータを受信する度に毎回、決定することができる。送信をしている補聴器における信号パラメータの決定と同時に、あるいは実質的に同時に、対象とする補聴器の信号パラメータ値は、その対象とする補聴器に格納される。対応する信号パラメータ値を他方の補聴器から受信すると、2つの同時的に決定された信号パラメータ値が減算されて、両耳値レベル差が決定される。
【0031】
好ましくは、両耳間レベル差が正である補聴器において、すなわち対象とする補聴器の音圧レベルに対応した信号パラメータが最大である場合、その信号レベルがコンプレッサ制御信号として使用される。そして、両耳間レベル差が負である補聴器において、すなわち他方の補聴器から信号パラメータ値を受信した補聴器の音圧レベルに対応した信号パラメータが最小であれば、その両耳間レベル差がその信号レベルに加算されて、その和がコンプレッサ制御信号として使用される。それによって、2つの補聴器のコンプレッサ制御信号が、同一の、または実質的に同一の値になるように調整される。それによって、方向の感覚が維持される。両耳間レベル差が実質的にゼロに等しい場合、その信号レベルが両方の補聴器においてコンプレッサ制御信号として使用される。それによって、2つの補聴器におけるコンプレッサ制御信号は同一の、あるいは実質的に同一の値となり、それによって方向の感覚が維持される。
【0032】
あるいは、両耳間レベル差が負である補聴器において、すなわち対象とする補聴器の音圧レベルに対応した信号パラメータが最小である場合、その信号レベルがコンプレッサ制御信号として使用される。そして、両耳間レベル差が正である補聴器において、すなわち対象とする補聴器の音圧レベルに対応した信号パラメータが最大である場合、その両耳間レベル差がその信号レベルから減算されて、その差がコンプレッサ制御信号として使用される。それによって、2つの補聴器のコンプレッサ制御信号が、同一の、または実質的に同一の値になるように調整される。それによって、方向の感覚が維持される。
【0033】
さらに別のコンプレッサ制御スキームによれば、第1の補聴器および第2の補聴器の一方において、両耳間レベル差に関わらず、その信号レベルがコンプレッサ制御信号として使用される。他方の補聴器において、両耳間レベル差がその補聴器について正である場合、すなわちその補聴器の音圧レベルに対応する信号パラメータ値が最大である場合、その両耳間レベル差はその信号レベルから減算されて、その差がコンプレッサ制御信号として使用され、両耳間レベル差がその補聴器について負である場合、すなわちその補聴器の音圧レベルに対応する信号パラメータ値が最小である場合、その両耳間レベル差がその信号レベルに加算されて、その和がコンプレッサ制御信号として使用される。それによって、2つの補聴器のコンプレッサ制御信号が、同一の、あるいは実質的に同一の値となるように調整され、それによって方向の感覚が維持される。
【0034】
さらに別のコンプレッサ制御スキームによれば、両耳間レベル差が負である第1の補聴器および第2の補聴器の一方においては、両耳間レベル差の一部が信号レベルに加算されてコンプレッサ制御信号を形成し、両耳間レベル差が正である他方の補聴器においては、両耳間レベル差の一部が信号レベルから減算されてコンプレッサ制御信号を形成する。それによって、2つの補聴器のコンプレッサ制御信号が、同一の、あるいは実質的に同一の値となるように調整され、それによって方向の感覚が維持される。
【0035】
シングルチャネルのコンプレッサにおいては、コンプレッサ制御信号は、単に上述のように調整される。
【0036】
マルチチャネルのコンプレッサにおいては、コンプレッサの周波数チャネルそれぞれにおいて個別のコンプレッサ制御信号を有しており、個別のコンプレッサ制御信号のそれぞれが、上述のように調整される。あるいは、その代わりに、個別のコンプレッサ制御信号の一部のみ、例えば顕著な両耳間レベル差を有する高周波数チャネルにおけるコンプレッサ制御信号のみが上述のように調整されて、他のコンプレッサ制御信号、例えばそれほど顕著でない両耳間レベル差を有する低周波数チャネルのコンプレッサ制御信号が、モノラルのままであってもよい。すなわち、従来のモノラルコンプレッサと同じように、コンプレッサ制御信号が、そのコンプレッサを収容する補聴器の入力信号の音圧レベルのみの関数であってもよい。例えば、1つのバイノーラル補聴器システムにおいて、1つの個別のコンプレッサ制御信号のみ、例えば高周波数チャネルにおけるコンプレッサ制御信号のみが、上述のように調整され、残りのコンプレッサ制御信号、例えば低周波数チャネルにおけるコンプレッサ制御信号は、モノラルのままである。この手法によれば、処理パワーが低減されて、それによって電力消費が低減される。
【0037】
一般的には、バイノーラル補聴器システムのそれぞれの補聴器における、時刻tでのバイノーラル圧縮ゲインGR,GLは、右耳と左耳での音圧レベルの関数である。
【0038】
【数1】

【0039】
ここで、xR,tは、時刻tにおいて右耳の補聴器で受音した音圧レベルであり、xL,tは、時刻tにおいて左耳の補聴器で受音した音圧レベルである。
【0040】
音源の位置は、時刻tの関数である両耳間レベル差ILDに依存する。
【0041】
【数2】

【0042】
ここで、XR,tは、例えばピーク検出器によって決定されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などを表す、音圧レベルxR,tの関数である。
【0043】
XL,tは、例えばピーク検出器によって決定されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などを表す、音圧レベルxL,tの関数である。
【0044】
両耳間レベル差は緩やかに変化する時間の関数であるから、両方の補聴器におけるそれぞれの信号パラメータの決定と、現在の信号パラメータ値の決定の間での起こり得る時間差は、バイノーラル補聴器システムのパフォーマンスには影響しない。なぜなら、次の近似が成り立つからである。
【0045】
【数3】

【0046】
ここで、t0は、両方の補聴器の信号パラメータXを決定する時刻であり、さらに
【0047】
【数4】

【0048】
それぞれ左耳および右耳の補聴器において決定される信号レベルX'R,tおよびX'L,tもまた、右耳および左耳でのそれぞれの音圧レベルの関数、例えばピーク検出器で決定されるような、例えばそれぞれの音圧レベルのRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などを表している。多くのケースにおいて、信号レベルX'R,tおよびX'L,tはそれぞれ、それぞれのコンプレッサのアタックタイムとリリースタイムを有している。上記の近似は、信号レベルにも有効である。
【0049】
【数5】

【0050】
バイノーラル圧縮処理は次のように実行することもできる。両耳間レベル差が正であれば、すなわち音圧レベルが右耳で最大であれば、右耳の補聴器におけるコンプレッサ制御信号が信号レベルX'R,tと等しくなるように設定され、左耳の補聴器におけるコンプレッサ制御信号が信号レベルX'L,tとILDt0の和に設定される、すなわちコンプレッサ制御信号は次のようにシフトされる。
【0051】
【数6】

【0052】
従って
【0053】
【数7】

【0054】
そして、右耳において両耳間レベル差が負であれば、その逆である。
【0055】
その結果、バイノーラル補聴器システムのそれぞれの補聴器のコンプレッサのゲインは、以下に右耳の補聴器について示すように、3つの信号の関数である。
【0056】
【数8】

【0057】
この手法では、一方の補聴器のコンプレッサ制御信号は、他方の補聴器のコンプレッサ制御信号と、常に同一、または実質的に同一の値を有するであろう。これによって、ユーザの聴力損失のタイプに関わらず、すなわち、対称な聴力損失か非対称な聴力損失かに関わらず、方向の感覚は維持される。時刻t0での信号パラメータXの値は、第2のバイノーラルユニットに入力される信号レベルX'の時刻tでの現在の値に比べて古いことに留意されたい。しかしながら、信号パラメータは、例えば両耳間レベル差といった緩やかに変化するパラメータを形成するために使用されるから、信号レベルX'とそれぞれの信号パラメータXの決定において起こり得る時間差は、新規なバイノーラル補聴器システムのパフォーマンスには影響しない。
【0058】
上述のように、方向の感覚は、上記で説明した制御信号とは異なる、しかしながら実質的に同一の値であるコンプレッサ制御信号を用いて、維持されてもよい。上記の例では、最大音圧レベルで受音した補聴器は、対象とする補聴器によって最適な聴力損失の補償が行われるように、モノラルに制御される。他方の補聴器では、コンプレッサ制御信号がモノラルに制御される場合よりも大きく、従ってそれぞれの耳に対する聴力損失の補償が最適でないことがあり、それゆれ方向の感覚の維持と、両耳における個別の聴力損失の補償の間で、より良い妥協点を提供する、別のコンプレッサ制御スキームが選択されてもよい。
【0059】
両方の補聴器において同一のゲインが適用される場合、適用されるゲインGと、モノラルな場合に適用されるであろうゲインLL,LRの間には、偏差が存在する。
【0060】
【数9】

【0061】
従って、方向の感覚を維持しながら、両耳における聴力損失の補償をする、より望ましい妥協点を提供するために、ゲインGはLLとLRの間の範囲から選択されてもよい。
【0062】
さらに、両耳における同時に行われる個別の聴力損失の補償をより優れたものとするために、一部のユーザによって両耳間レベル差のわずかな変化が許容されてもよい。
【0063】
両方の補聴器から信号パラメータを送信する代わりに、信号のパラメータは一方の補聴器によって送信してもよく、両耳間レベル差の対応する値は、他方の補聴器において決定されてもよく、その決定された両耳間レベル差の値が両方の補聴器のバイノーラル圧縮処理において使用することができるように、その決定された両耳間レベル差の値は、信号パラメータを送信している補聴器に向けて送信されてもよい。
【0064】
新規なバイノーラル補聴器システムは、それぞれのコンプレッサが聴力損失の補償の前の音圧レベルにおいて動作するように構成することもできる。圧縮ゲインは入力音のレベルに関係している。従って、すべてのコンプレッサ周波数チャネルにおいて、正確に入力レベルを決定することが重要である。聴力損失が圧縮処理の前に補償されている場合は、決定された入力レベルは、聴覚障害を補償するために適用されたゲインが混入しており、ゲインは通常、特定のコンプレッサチャネルにおいて周波数とともに変化するから、この事は通常はチャネル内における周波数依存性のニーポイントをもたらす。コンプレッサが聴力損失を補償する前の音信号において動作する場合、この影響は回避される。
【0065】
さらに、周波数依存性の聴力損失の補償(静的ゲイン)の圧縮処理からの分離は、周波数依存性の聴力損失とダイナミックレンジ損失の、管理が容易な同時的な補償につながる。
【0066】
マルチチャネルコンプレッサは、線形位相フィルタを備えるフィルタバンクを備えていてもよい。線形位相フィルタは一定の群遅延を提供し、それによって低歪みをもたらす。
【0067】
あるいは、フィルタバンクは、ワープフィルタを備えていてもよい。ワープフィルタは、低遅延、すなわち得られた周波数解像度に対する最小限の遅延と、フィルタバンクの調整可能なクロスオーバー周波数をもたらす。ワープフィルタバンクは、線形フィルタバンクによって行われる処理に比べて、人の心理音響的な聞き取りに類似した信号処理を提供し、それゆえ方向の感覚についてより良好な保存を提供すると信じられている。
【0068】
フィルタバンクは、好ましくは、コサイン変調構造である。コサイン変調構造は非常に効率的に実装されており、すべてのゲインが0dB(周波数応答において固有のディップまたはバンプがない)の場合に、チャネルの出力信号の合計が1に等しくなるように設計することができる。例えば、タップ数が7を超えていない場合、3チャネルのコサイン変調構造は、その合計が1になる特性を保存する。いくつかのタップは、遅延や計算負荷を最小限に抑えることが望まれている。5タップのフィルタを3つ備えるフィルタバンクは、優れた性能を持つフィルタ数とタップ数の最小値を与えることが見出されている。合計が1になる特性は、線形位相フィルタバンクについて、以下のように実証される。
【0069】
コサイン変調では、次の形態でローパスフィルタを与える。
【0070】
【数10】

【0071】
帯域通過フィルタは次の形態である。
【0072】
【数11】

【0073】
ハイパスフィルタは次の形態である。
【0074】
【数12】

【0075】
これらの3つのフィルタの合計は
【0076】
【数13】

【0077】
であり、好ましくはb2=1/4である。
【0078】
また、得られるフィルタは、個々のフィルタのゲイン係数g1,g2,g3に関わりなく、対称なもの(従って、結果として得られるフィルタの群遅延は一定である)であることが示される。
【0079】
【数14】

【0080】
この事は、ユーザの指向性の感覚を破壊し得る位相歪みを、コンプレッサが呈さないことを保証する。
【0081】
デジタル周波数ワーピングの原理は公知のため、以下では概要のみを説明する。周波数ワーピングは、ディジタルフィルタの単位遅延を一次全域通過フィルタと置き換えることによって実現される。全域通過フィルタは、低周波数での周波数分解能の変化とともに、高周波数での周波数分解能での相補的な変化を与える、双一次の等角写像を実装する。
【0082】
周波数ワーピングに使用される全域通過フィルタのz変換は次式で与えられる。
【0083】
【数15】

【0084】
ここで、λはワーピングパラメータである。λの正の値を増加させると、低周波数における周波数分解能が増加し、λの負の値を減少させると、高周波数における周波数分解能が増加する。
【0085】
ワーピングパラメータλはクロスオーバー周波数を制御する。ワーピングパラメータが1つのみの場合、中心(ワーピングがない場合はπ/2)チャネルにおける中心周波数と、クロスオーバー周波数の間には、一定の関係がある。ワープされた周波数ωdが0ラジアンからπラジアンの間で与えられると(この場合、実際に制御されるパラメータである、中心チャネルの中心周波数である)、その関係は以下のようなものである。
【0086】
ωは次式によって決定される。
【0087】
【数16】

【0088】
ここで、fは周波数であり、Fsはサンプリング周波数である。
【0089】
ワーピング係数λは次式で与えられる。
【0090】
【数17】

【0091】
ラジアンで表記したクロスオーバー周波数は、3/πと2π/3について、次式を評価することによって計算することができる。
【0092】
【数18】

【0093】
いくつかの補聴器は、コンプレッサよりも多くのチャネルを有しており、異なるチャネルにおいて異なるゲインを有する、コンプレッサより前にあるフィルタバンクを採用している。従って、(フィルタバンクのチャネルより少ない)コンプレッサゲイン制御回路の実効的なニーポイントは、周波数とともに変化する。
【0094】
すでに述べたように、図に示すコンプレッサでは、コンプレッサゲイン制御ユニットは、それぞれのコンプレッサチャネルのニーポイントが入力信号の周波数によって変化しないように、入力信号において直接的に動作する。
【0095】
フィルタバンクからの出力信号は、コンプレッサゲイン制御ユニットの対応する個別のゲイン出力と乗算されて、結果として得られた信号は加算されて、アンプに入力される圧縮済み信号を形成する。
【0096】
好ましくは、コンプレッサゲインはサンプルのブロックに対して計算され、適用される。これによって、必要なプロセッサパワーを低下させることができる。コンプレッサが、信号サンプルのブロックに対して動作している場合、コンプレッサゲイン制御ユニットは、システムの他の部分よりも低いサンプリング周波数で動作する。これは、Nをブロック内のサンプルの個数としたときに、コンプレッサゲインが、N番目のサンプル毎にのみ変化することを意味する。これは、特に急速に変化するゲインについて、処理済み音信号におけるアーティファクトを生成することがある。これらのアーティファクトは、ブロック境界でのゲインの変化を平滑化するための、コンプレッサゲイン制御ユニットのゲイン出力のローパスフィルタを提供することによって、抑制することができる。
【0097】
コンプレッサの周波数チャネルは、調整可能とすることができ、対象とする特定の聴力損失に適合させることができる。例えば、周波数ワーピングは、コンプレッサフィルタバンクの可変クロスオーバー周波数を可能にする。所望のゲイン設定に応じて、クロスオーバー周波数は、応答を最もよく近似するように、自動的に調整される。聴覚の測定中に、望まれる補聴器のゲインが、様々な入力の音圧レベルにおいて、周波数の関数として決定される。これによって、望まれる圧縮比が周波数の関数として決定される。最後に、コンプレッサのフィルタバンクのクロスオーバー周波数は、自動的に最適化される。
【0098】
ワーピングされたコンプレッサは、例えば1600Hzで3.5ミリ秒の短い遅延を有しており、その遅延はコンプレッサがゲインを変更しても一定である。オープンイヤーピースを備える補聴器では、直接の音と増幅された音が外耳道で組み合わされるので、上記の短い遅延は特に有利である。一定の遅延は、両耳間での手掛かりを保存するために非常に重要である。遅延が変化すると、位置確認の感覚が低下または消滅するであろう。
【0099】
さらに、上記の補聴器は、補聴器の出力パワーを制限するための、アンプの出力に接続された出力コンプレッサを備えていてもよい。出力コンプレッサは、デバイスのダイナミックレンジの範囲内に、補聴器の信号出力を維持する。好ましくは、出力コンプレッサは、無限大の圧縮比と調整可能なニーポイントを有している。コンプレッサは、ニーポイントでのゲインが、整数乗算器によって形成されるゲインと組み合わせても0dBを超えないように、調整される。
【0100】
好ましくは、出力コンプレッサはシングルチャネルの出力コンプレッサであるが、マルチチャネル出力コンプレッサでもよいであろう。あるいは、当技術分野でよく知られている別の出力制限を用いてもよい。
【0101】
以下では、図面に示された典型的なバイノーラル補聴器システムを参照しながら、本発明について詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0102】
【図1】新規なバイノーラル補聴器システムにおける一方の補聴器のブロック図である。
【図2】図1のDSPに含まれるコンプレッサのモノラル制御を示すブロック図である。
【図3】方向の手掛かりを保存するバイノーラルコンプレッサ内の1つの周波数チャネルの構成を示すブロック図である。
【図4】両耳間での相違を示している。
【発明を実施するための形態】
【0103】
新規なバイノーラル補聴器システムについて、様々な例が示されている添付の図面を参照しながら、以下でより十分に説明する。添付の図面は模式的であり、わかりやすくするために簡略化されており、本発明の理解に不可欠な詳細を示しているが、その他の詳細については省略されている。添付の特許請求の範囲は、添付の図面には示されていない別の形態で具現化することができ、ここに記載された実施例に限定されるものと解釈されるべきではない。むしろ、これらの実施例は、本開示を徹底的かつ完全なものとし、当業者に添付の特許請求の範囲を完全に伝えるように、提供されている。
【0104】
同じ参照符号は、全体を通して同じ構成要素を参照する。
【0105】
図1は新しいバイノーラル補聴器システムの一方のデジタル補聴器10の簡略化したブロック図である。補聴器10は、入力トランスデューサ12、好ましくは、マイクと、それぞれのマイクで受音した音信号に応じてデジタル入力信号を提供するアナログ−デジタル(A/D)コンバータ14と、ダイナミックレンジ聴力損失を補償するコンプレッサを含んでおり、聴力損失を補償するためにデジタル入力信号を選択された信号処理アルゴリズムに従って処理済み出力信号へと処理するように構成された信号プロセッサ16(例えばデジタル信号処理装置すなわちDSP)と、処理済み出力信号を音響出力信号へ変換する、デジタル−アナログ(D/A)コンバータ18と、出力トランスデューサ20、好ましくはレシーバを備えている。さらに、補聴器10は、バイノーラル補聴器システムの他方の補聴器とのデータ通信のためのトランシーバ22を有している。
【0106】
図2は、信号プロセッサ16のコンプレッサ24の部分をより詳細に示している。図2では、コンプレッサ24の従来からの部品のみを示している。バイノーラル圧縮処理については、図3および図5を参照しながら、以下で詳細に説明する。図2は、マルチチャネルコンプレッサ24を示している。図に示す例では、マルチチャネルコンプレッサ24は、3つのチャネルを有している;しかしながら、コンプレッサは、シングルチャネルのコンプレッサであってもよいし、あるいはコンプレッサは、例えば2チャネル、3チャネル、4チャネル、5チャネル、6チャネルといった、任意の適切な数のチャネルを有していてもよい。図に示すマルチチャネルコンプレッサ24は、A/Dコンバータ14からのデジタル入力信号を受信するデジタル入力26と、周波数依存性の聴力損失の補償を実行するマルチチャネルアンプ30に接続されている出力28を有している。マルチチャネルアンプ30は、周波数依存性の聴力損失の補償のために、その周波数チャネルのそれぞれに適切なゲインを設けている。マルチチャネルアンプ30は、補聴器の出力パワーを制限し、出力28を提供する出力コンプレッサ32に接続されている。
【0107】
聴力損失の補償および動的圧縮処理は、様々な周波数チャネルで行うことができる。ここでいう様々な周波数チャネルとは、様々な周波数のチャネルおよび/または様々な帯域幅および/またはクロスオーバー周波数を有する周波数チャネルを意味する。
【0108】
マルチチャネルコンプレッサ24は、デジタル入力信号をワープ周波数チャネルに分割するワープマルチチャネルコンプレッサであって、調整可能なクロスオーバー周波数を提供するワープフィルタを有するフィルタバンク34を備えている。そのクロスオーバー周波数は、ユーザの聴力障害に応じて所望の応答を提供するように調整されている。それらのフィルタは、5タップのコサイン変調フィルタである。
【0109】
非ワープFIRフィルタは、タップの間に1つのサンプル遅延を有するタップ遅延ライン上で動作する。一次全域通過フィルタによってそれらの遅延を置き換えることによって、周波数ワーピングは、クロスオーバー周波数を調整可能に実現される。ワープ遅延ユニット36は、5つの出力を有する。5つの出力は任意の時刻でベクトルw=[W0 W1 W2 W3 W4]Tを構成しており、そのベクトルは3チャネル出力yが形成されるフィルタバンクに入力される。そのフィルタバンクは、次式で定義される。
【0110】
【数19】

【0111】
そのフィルタバンクの出力yは次のとおりである。
【0112】
y = B w
【0113】
ベクトルyは、チャネル信号を含んでいる。
【0114】
フィルタ係数の選択は、低周波数チャネルおよび高周波数チャネルの阻止帯域減衰量と、中間チャネルの阻止帯域減衰量のトレードオフである。低周波数チャネルと高周波数チャネルでの減衰量が高くなるほど、中間チャネルでの減衰量は低くなる。
【0115】
マルチチャネルコンプレッサ24はさらに、フィルタバンク34の周波数チャネルのそれぞれにおける音圧レベルやパワーの計算のための、マルチチャネル信号レベル検出器38を備えている。それによって得られる信号はコンプレッサ制御信号を構成し、フィルタバンク34の各フィルタの信号出力48に適用されるコンプレッサチャネルゲインを決定するための、マルチチャネルコンプレッサゲイン制御ユニット40に適用される。
【0116】
コンプレッサゲイン出力42は、サンプルのブロックに対してバッチ単位で計算されかつ適用される。これによって、必要なプロセッサパワーが減少する。コンプレッサが信号サンプルのブロックに対して動作する場合、コンプレッサゲイン制御ユニット40は、システムの他の部分よりも低いサンプリング周波数で動作する。これは、Nをブロック内のサンプルの個数としたときに、N番目のサンプル毎についてのみ、コンプレッサゲインが変化することを意味する。急激に変化するゲインの値によって引き起こされる可能性のあるアーティファクトは、ブロックの境界においてゲインの変化を平滑化するための、コンプレッサゲイン制御ユニット40のゲイン出力42における3つのローパスフィルタ44によって抑制される。
【0117】
フィルタバンク34からの出力信号48は、コンプレッサゲイン制御ユニット40の対応する個々のローパスフィルタリングされたゲイン出力46と乗算される。そして、得られる信号49は、加算器50において加算されて、マルチチャネルアンプ30に入力される圧縮済み信号52を形成する。コンプレッサ24は減衰のみを提供する、すなわち各周波数チャネルにおいて、それらのコンプレッサは穏やかな音および大きな音に対する様々な所望のゲインを提供する一方で、マルチチャネルアンプ30はバイノーラル補聴器システムが対象とするユーザの記録された周波数依存性の聴覚しきい値に対応する穏やかな音の周波数依存性の増幅を提供する。
【0118】
マルチチャネルアンプ30は、適切なオーダーを有する最小位相FIRフィルタを有している。最小位相フィルタは、システムの最小群遅延を保証する。フィルタのパラメータは、システムが患者に装着されているときに決定され、動作中に変化することはない。最小位相フィルタの設計プロセスはよく知られている。
【0119】
図3は、信号プロセッサ16のコンプレッサ24におけるバイノーラル圧縮処理の例をより詳細に示している。図3は、単一の周波数帯域またはチャネルにおける処理を示している。図示された単一の周波数チャネルは、シングルチャネルのバイノーラルコンプレッサの周波数チャネル全体を構成してもよい。あるいは図示された単一の周波数チャネルは、マルチチャネルのバイノーラルコンプレッサの1つの周波数チャネルを構成してもよい。
【0120】
図3は、バイノーラル補聴器システムの補聴器の間におけるデータ伝送を行う補聴器10のトランシーバ22についても示している。
【0121】
マイク12、A/Dコンバータ14、D/Aコンバータ18およびレシーバ20は、図3には示されていない。
【0122】
図2にも示したように、コンプレッサゲイン制御ユニット40からのゲイン出力信号46、例えばゲインテーブルは、入力信号48に乗算されて、圧縮済み信号49を形成する。信号レベル検出器38は、それぞれの周波数チャネルにおける入力信号の、例えばピーク検出器で検出されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などの、デジタル入力信号の第1の関数である信号レベルを決定し、出力するために設けられている。図2に示すように、従来のコンプレッサでは、信号レベル検出器38の出力は、コンプレッサ制御信号54を形成する。しかしながら、バイノーラルコンプレッサでは、従来のコンプレッサ制御信号が形成されると、他方の補聴器からの信号はそのコンプレッサ制御信号とともに考慮され、それによってバイノーラル圧縮処理が行われる。従って、信号パラメータ検出器56は、それがその内部で決定される補聴器において使用され、かつ他方の補聴器にトランシーバ22によって送信される、デジタル入力信号の第2の関数である信号パラメータを決定し、出力するために設けられている。トランシーバ22は、他方の補聴器に信号パラメータを送信する。信号パラメータ値は、その値が決定された補聴器の、遅延58、あるいは他の種類のメモリにも格納される。それによって、格納された値はその後に、他方の補聴器において同時的に決定され、他方の補聴器から受信した信号パラメータ値とともに処理される。このような処理は、例えば2つの補聴器の信号パラメータについて、同時に、あるいは実質的に同時に決定された値に基づいて、例えば入力信号の両耳間レベル差といった、方向についての手掛かりを決定するために行われる。両耳間レベル差を決定することができるようにするために、信号パラメータもまた、入力信号の、例えばピーク検出器によって決定されるような、例えばRMS値、平均振幅値、ピーク値、エンベロープ値などの、入力信号の関数である。信号パラメータは、例えば異なる時定数を用いて決定されるRMS値といった、信号レベルと同じタイプのものであってもよい。あるいは、信号パラメータは、信号レベルと同一のものであってもよい。この場合、信号レベル検出器38と信号パラメータ検出器56は同じユニットであって、その出力は第2のバイノーラルユニット62、メモリ58およびトランシーバ22に接続される。
【0123】
図3に示すバイノーラルコンプレッサでは、両耳間レベル差は、第1のバイノーラルユニット60において計算され、第2のバイノーラルユニット62に出力される。第2のバイノーラルユニット62では、コンプレッサ制御信号は第1のバイノーラルユニット60からの出力に基づいて調整される。例えば、第2のバイノーラルユニット62は、両耳間レベル差が正か負かを決定することができる。正の場合、コンプレッサ制御信号は、信号レベル検出器38からの出力に等しくなるように設定される。すなわち、コンプレッサは従来のコンプレッサと同様に動作し、図2に示すように動作する。しかしながら、両耳間レベル差が負である場合は、第2のバイノーラルユニット62は信号レベル検出器の現在の出力信号に両耳間レベル差を加算し、その合計をコンプレッサ制御信号54として出力する。それによって、コンプレッサ制御信号はより高い値へシフトされる。この方法では、一方の補聴器のコンプレッサ制御信号54は、常に他方の補聴器のコンプレッサ制御信号と同じ値、あるいは実質的に同じ値を持つことになり、この方法では、方向の感覚は聴力損失の種類、すなわちユーザの聴力損失が非対称であるか対称であるかに関わりなく維持される。信号パラメータ値は、第2のバイノーラルユニット62に入力される信号レベルの現在の値に比べて古いものであることに留意されたい。しかしながら、信号パラメータ値は例えば両耳間レベル差といった緩やかに変化するパラメータを決定するために使用されているので、信号レベルとそれぞれの信号パラメータの決定の時間の差は、新規なバイノーラル補聴器システムのパフォーマンスには影響しない。
【0124】
一般的には、新規なバイノーラル補聴器システムは、少なくとも一つのコンプレッサの少なくとも一つの周波数チャネルでは、コンプレッサのゲインがそのコンプレッサを収容しているそれぞれの補聴器の信号レベルおよび信号パラメータと、他方の補聴器から受信された信号パラメータの関数であるコンプレッサ制御信号によって制御されるということから、バイノーラル信号処理を実行する。このように、方向の感覚が維持される。
【0125】
人の両耳に到達する音響信号の、方向についての手掛かり、例えば両耳間レベル差は、通常は図4に示すように緩やかに変動し、方向についての手掛かりが急激に変動する珍しい状況でも、その急激な変動の持続時間は短く、新規なバイノーラル補聴器システムのパフォーマンスに影響を与えることはない。
【0126】
図4は人がその向いている方向の左側に位置する音源からの音を受音する状況の上面図を模式的に示している。この場合、音源からの音は、まず左耳に到達し、続いてわずかに遅れて右耳に到達する。同じ音源からの音の到達時間の差は、両耳間時間差で表わされる。さらに、左耳に到達する音は、右耳に到達する同じ音源からの音に比べて、大きな音圧レベルを有している。音圧レベルの差は、両耳間レベル差で表わされる。音源が人に対して移動する場合、両耳間レベル差および両耳間時間差はそれに応じて変化し、これら2つの方向についての手掛かりは、音源への方向を人が決定するための最も重要な手掛かりであると信じられている。音源は、通常、人との関係であまり速くない速度で移動し、特に音源がその人に話しかけている別の人の場合はあまり速くない速度で移動するから、両耳時間差と両耳レベル差は、むしろ遅い変化をするであろうと思われる。
【0127】
従って、バイノーラル補聴器システムのデータレートは、100Hzよりも低くてもよいし、例えば90Hzよりも低くてもよいし、例えば80Hzよりも低くてもよいし、例えば70Hzよりも低くてもよいし、例えば60Hzよりも低くてもよいし、例えば50Hzよりも低くてもよい。
【0128】
一般的に、バイノーラル補聴器システムの2つの補聴器の本質的な類似性は、補聴器の入力から出力までの遅延が両耳時間差を変化させることはなく、バイノーラル補聴器システムにおいて両耳間時間差を維持するための余計な予防措置を取る必要がないことを保証する。
【0129】
図に示すバイノーラル補聴器では、圧縮処理の前後で両耳間レベル差が変化しないように、両方の補聴器において、コンプレッサ制御信号が同じ値、あるいは実質的に同じ値に調整され、それによってコンプレッサのゲイン出力46が同一、あるいは実質的に同一になる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の補聴器と第2の補聴器を備えるバイノーラル補聴器システムであって、
第1の補聴器と第2の補聴器はそれぞれ、
受音した音信号に応じてデジタル入力信号を提供するマイクおよびA/Dコンバータと、
信号レベルに基づいてダイナミックレンジ聴力損失を補償するコンプレッサを含んでおり、前記デジタル入力信号を選択された信号処理アルゴリズムに従って処理済みデジタル出力信号へ処理するように構成されたプロセッサと、
前記処理済みデジタル出力信号を音響出力信号に変換するD/Aコンバータおよび出力トランスデューサと、
他方の補聴器との間でデータ通信するトランシーバを備えており、
前記コンプレッサの少なくとも1つの周波数チャネルにおいて、
前記第1の補聴器の前記コンプレッサのゲインが、前記第2の補聴器の前記コンプレッサのゲインを制御する信号の値と実質的に同一の値を有する信号によって制御されることで、方向の感覚が維持されることを特徴とするバイノーラル補聴器システム。
【請求項2】
前記デジタル入力信号の第1の関数である前記信号レベルを決定し、出力する信号レベル検出器と、
当該補聴器における信号の第2の関数である信号パラメータを決定し、出力する信号パラメータ検出器をさらに備えており、
前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の少なくとも一方の前記コンプレッサの少なくとも1つの周波数チャネルにおいて、
前記コンプレッサのゲインが、それぞれの当該補聴器の前記信号レベルおよび前記信号パラメータと、他方の補聴器から受信された前記信号パラメータの関数である、コンプレッサ制御信号によって制御される請求項1のバイノーラル補聴器システム。
【請求項3】
両耳間レベル差が前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の前記信号パラメータの関数であって、
前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の少なくとも一方の少なくとも1つのチャネルにおいて、
前記信号パラメータ検出器の出力が他方の補聴器の前記信号パラメータ検出器の出力よりも大きい場合に、前記コンプレッサのゲインが前記信号レベル検出器の出力と実質的に同一の値を有する信号によって制御され、
前記信号パラメータ検出器の出力が他方の補聴器の前記信号パラメータ検出器の出力よりも小さい場合に、前記コンプレッサのゲインが前記信号レベル検出器の出力に、他方の補聴器の前記信号パラメータと当該補聴器の前記信号パラメータの間の差を加算したものと実質的に等しい値を有する信号によって制御される請求項2のバイノーラル補聴器システム。
【請求項4】
前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の前記トランシーバが有線接続するように構成されている請求項1から3の何れか一項のバイノーラル補聴器システム。
【請求項5】
前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の前記トランシーバが、前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の間で無線データ通信するように構成されている請求項1から3の何れか一項のバイノーラル補聴器システム。
【請求項6】
前記第1の補聴器および前記第2の補聴器の少なくとも1つの前記コンプレッサが、ダイナミックレンジ聴力損失を補償するマルチチャネルコンプレッサである請求項1から5の何れか一項のバイノーラル補聴器システム。
【請求項7】
前記マルチチャネルコンプレッサが、線形位相フィルタを有するフィルタバンクを備える請求項6のバイノーラル補聴器システム。
【請求項8】
前記フィルタバンクがワープフィルタを備える請求項7のバイノーラル補聴器システム。
【請求項9】
前記フィルタバンクのクロスオーバー周波数が調整可能である請求項8のバイノーラル補聴器システム。
【請求項10】
前記フィルタバンクがコサイン変調フィルタを備える請求項7から9の何れか一項のバイノーラル補聴器システム。
【請求項11】
前記コンプレッサのゲインがサンプルのブロックに対して計算され、適用される請求項1から10の何れか一項のバイノーラル補聴器システム。
【請求項12】
前記マルチチャネルコンプレッサが、計算された前記コンプレッサのゲインをローパスフィルタリングするマルチチャネルローパスフィルタをさらに備える請求項11のバイノーラル補聴器システム。
【請求項13】
それぞれがコンプレッサを有する第1の補聴器と第2の補聴器を有するバイノーラル補聴器システムにおけるバイノーラル圧縮処理の方法であって、
前記第1の補聴器と前記第2の補聴器のそれぞれにおいて、
受音した音を入力信号へ変換するステップと、
信号レベルに基づいてダイナミックレンジ聴力損失を補償するための圧縮処理を含んでおり、前記入力信号を選択された信号処理アルゴリズムを用いて処理済み出力信号へ処理するステップと
前記処理済み出力信号を音響出力信号へ変換するステップを備えており、
前記コンプレッサの少なくとも1つの周波数チャネルにおいて、
前記第1の補聴器の前記コンプレッサのゲインを、前記第2の補聴器の前記コンプレッサのゲインを制御する信号の値と実質的に同一の値を有する信号を用いて制御することで、方向の感覚が維持されることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−17175(P2013−17175A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−148786(P2012−148786)
【出願日】平成24年7月2日(2012.7.2)
【出願人】(503021401)ジーエヌ リザウンド エー/エス (31)
【氏名又は名称原語表記】GN RESOUND A/S
【住所又は居所原語表記】Lautrupbjerg 7, DK−2750 Ballerup Denmark
【Fターム(参考)】