説明

方向性電磁鋼板に用いる絶縁皮膜塗布液及び絶縁皮膜形成方法

【課題】本発明は、従来より皮膜張力の大きい方向性電磁鋼板用の絶縁皮膜を提供する。
【解決手段】含水珪酸塩微粉末に一定の範囲で第一燐酸塩を混合した塗布液を方向性電磁鋼板表面に塗布乾燥の後、600℃以上で焼き付けることにより方向性電磁鋼板への鉄損低減効果の大きい絶縁皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板に皮膜張力の大きい絶縁皮膜を形成するための塗布液、およびそれを用いた絶縁皮膜の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は(110)[001]方位を主方位とする結晶組織を有し、通常2%以上のSiを含有する鋼板である。その主要な用途は変圧器等の鉄心材料であり、特に変圧の際のエネルギーロスが少ない、すなわち鉄損の低い材料が求められている。
【0003】
方向性電磁鋼板の典型的な製造プロセスは以下の通りである。Siを2〜4%含有するスラブを熱間圧延し、熱延板を焼鈍した後、1回あるいは中間焼鈍を挟んで2回以上の冷間圧延を施して最終板厚とし、脱炭焼鈍を行う。この後MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し最終仕上げ焼鈍を行うことにより、(110)[001]方位を主方位とする結晶組織を発達させると共に、鋼板表面にMg2SiO4を主体とする仕上げ焼鈍皮膜を形成する。最後に、絶縁皮膜形成用の塗布液を塗布焼き付けし、出荷される。
【0004】
方向性電磁鋼板は、鋼板に対して張力を付与することにより鉄損が改善するという性質を有する。したがって、鋼板よりも熱膨張率の小さい材質の絶縁皮膜を高温で形成することにより、鋼板に張力が附与され、鉄損を改善することができる。
【0005】
特許文献1に開示された、コロイダルシリカと燐酸塩から構成される塗布液を焼き付けて得られる絶縁皮膜は、上記目的に適合した絶縁被膜であり、長年にわたって使用されてきた。
【0006】
近年、地球温暖化の問題の深刻化により、変圧器のエネルギー変換ロスがあらためて注目されている。このため、方向性電磁鋼板にはより一層の低鉄損化が求められ、さらに張力効果の大きい方向性電磁鋼板用絶縁皮膜の開発が切望されている。
【0007】
【特許文献1】特開昭48−39338号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、従来より皮膜張力の大きい方向性電磁鋼板用の絶縁皮膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨は次のとおりである。
(1)含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(2)含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部、解膠剤を0.01〜10重量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(3)前記解膠剤が、ポリ燐酸アルカリ金属塩、二珪酸アルカリ金属塩のいずれかであることを特徴とする(2)に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(4)前記第一燐酸塩がAl、Mg、Ca、Zn、Niの燐酸塩のいずれか1種であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(5)前記含水珪酸塩微粉末の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(6)前記含水珪酸塩がカオリン、蛇紋石、タルク、パイロフィライトの1種または2種以上であることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
(7)最終仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板に対し、含水珪酸塩微粉末100重量部に対し、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部配合した塗布液を、600℃以上、1000℃以下で焼き付けることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
(8)最終仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板に対し、含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部、解膠剤を0.01〜10重量部配合した塗布液を、600℃以上、1000℃以下で焼き付けることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
(9)前記解膠剤が、ポリ燐酸アルカリ金属塩、二珪酸アルカリ金属塩のいずれかであることを特徴とする(8)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
(10)前記第一燐酸塩がAl、Mg、Ca、Zn、Niの燐酸塩のいずれか1種であることを特徴とする(7)〜(9)のいずれかの項に記載の鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法。
(11)前記含水珪酸塩微粉末の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする(7)〜(10)のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
(12)前記含水珪酸塩がカオリン、蛇紋石、タルク、パイロフィライトの1種または2種以上であることを特徴とする(7)〜(11)のいずれかの項に記載の鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法。
【0010】
本発明によれば、含水珪酸塩微粉末に一定の範囲で第一輪酸塩を混合した塗布液を方向性電磁鋼板表面に塗布乾燥の後、600℃以上で焼き付けることにより、上記目的を達成することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、原料として有害なクロム酸を使用することなく、方向性電磁鋼板に対し皮膜張力および歪み取り焼鈍後の耐焼き付き性に優れた絶縁皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
含水珪酸塩とは粘土鉱物とも称され、往々にして層状の構造をもっている。層状構造は組成式X2-3Si2O5(OH)4で表現される1:1珪酸塩層と、組成式X2-3(Si,Al)4O10(OH)2(XはAl、Mg、Fe等)で表現される2:1珪酸塩層とが、単独または混合して積層構造となっており、層間に水分子やイオンを含む場合もある。
【0013】
本発明は以下のような検討結果に基づくものである。燐酸塩の種類とコロイダルシリカとの配合比を各種変更して皮膜張力を測定したところ、以下のような知見を得た。
【0014】
上記混合組成では、皮膜焼き付け後の化学組成は、SiO2−P2O5−MOxの三成分系とみなすことができる。ここでMOxは燐酸塩のカチオンである(燐酸アルミニウムの場合はM=Al)。系統的な調査の結果、上記三成分系のなかで皮膜張力に対して最も有効に作用する成分はSiO2、つづいてMOxであり、P2O5は張力効果の無い成分であることが判明した。
【0015】
したがって、本質的にはコロイダルシリカのみで塗布液を構成すれば皮膜張力が最も高くなることになる。しかしながら、実際にはコロイダルシリカ固形分量100重量部に対し燐酸塩の配合量が固形分量で100重量部を下回るようになった場合には、焼き付け後の皮膜が粗になり、本来の皮膜張力が発現しなくなる。したがって、コロイダルシリカと燐酸塩からなる成分系においては、SiO2成分の高張力性をP2O5が相殺する結果となっている。
【0016】
そこで本発明者らは、コロイダルシリカにかわるSiO2源として含水珪酸塩微粉末を検討することとした。ただし、含水珪酸塩微粉末も、それ単独では平滑な皮膜とならないため、一定量の燐酸塩を加える必要がある。
【0017】
図1に、燐酸塩とコロイダルシリカからなる絶縁皮膜塗布液カリオンを添加した場合の絶縁皮膜形成後の歪み取り焼鈍済焼き付き後を評価した結果を示した。
【0018】
図1の○印は、平均粒径1μmのカオリナイト(Al2Si2O5(OH)4)粉末に、50%第一燐酸アルミニウム水溶液を各種割合で混合し、方向性電磁鋼板に5g/m2塗布した後、850℃で焼き付けた場合の皮膜張力を測定した結果である。燐酸アルミニウム添加量が40%以下では、燐酸塩添加量を下げるに従って皮膜張力が増大している。しかしながら、添加量が30%以下では皮膜張力が再び減少する結果となっている。
【0019】
上記実験において使用した塗布液を調査した結果、燐酸塩添加量が30%を下回る範囲では、カオリナイト粉末の塗布液中での分散状態が不十分であることが判明した。そこで、カオリナイト粉末に対して1重量部のピロ燐酸ナトリウムを解膠剤として添加し、あらためて実験を行ったところ、図1の●のような結果を得た。ピロ燐酸ナトリウムを添加しなかった場合と異なり、燐酸塩の添加量が2〜30%の範囲で特許文献1で開示された成分系よりも大きな皮膜張力が得られた。
【0020】
カオリナイトと同様の傾向は、蛇紋石(Mg3Si2O5(OH)4)、タルク(Mg3Si4O10(OH)2)、パイロフィライト(Al2Si4O10(OH)2)でも確認することができた。したがって、含水珪酸塩微粉末100重量部、燐酸塩を固形分換算で2〜30重量部配合したうえで、さらに少量の解膠剤を添加することにより、従来の成分系では得られない高い皮膜張力が達成できることがわかった。
【0021】
本発明では、含水珪酸塩微粉末100重量部、燐酸塩を固形分換算で2〜30重量部解膠剤を0.01〜10重量部配合した塗布液を用いる。
【0022】
含水珪酸塩微粉末の平均粒子径が5μmを超えると焼き付け後の皮膜の凹凸が激しくなり、電磁鋼板を積層して鉄心とした場合の占積率が劣化する。含水珪酸塩の粒子径が著しく小さくなった場合の影響は定かでないが、工業的に入手可能な0.1μmまででは特段の悪影響は確認されていない。含水珪酸塩としては、カオリン(Al2Si2O5(OH)4)、蛇紋石(Mg3Si2O5(OH)4)、タルク(Mg3Si4O10(OH)2)、パイロフィライト(Al2Si4O10(OH)2)などが微粉末として工業的に入手しやすい。
【0023】
燐酸塩水溶液の添加量が固形分で2重量部未満では均一な膜を形成することが難しく、30重量部を超えると皮膜張力が低下する。第一燐酸塩は水溶性のものならば種類を問わないが、工業的にはAl、Mg、Ca、Zn、Niの第一燐酸塩水溶液が入手しやすい。
【0024】
解膠剤として有効に作用するものは、ポリ燐酸アルカリ金属塩、二珪酸アルカリ金属塩が例示される。両アルカリ金属塩のアルカリ金属には、Li、Na、K、Cs等が入手しやすい。ポリ燐酸塩には、ピロ燐酸塩、トリポリ燐酸塩が例示される。含水珪酸塩微粉末の解膠剤として作用する薬剤であれば、ここ例示されたものに限定する必要はない。解膠剤の添加量は含水珪酸塩微粉末100重量部に対し0.01〜10重量部が適当である。0.01重量部を下回る場合には解膠剤としての作用効果が小さく、10重量部を超えると塗布液の安定性が劣化する。
【0025】
上記のように調整した塗布液を仕上げ焼鈍済みの方向性電磁鋼板に塗布焼き付け処理を行う。塗布量は方向性電磁鋼板の使用目的により決定されるが、鉄損低減効果と占積率を考慮するならば、1〜10g/m2の範囲が適切である。
【0026】
大きな皮膜張力を得るためには焼き付け時の温度を十分に高くする必要があり、焼き付け温度は600℃以上とする。1000℃超の焼き付け温度を採用した場合、鋼板が軟化して歪みが入りやすくなるので、焼き付け温度は1000℃以下とする。
【実施例】
【0027】
(実施例1)
仕上げ焼鈍済を完了した板厚0.23mmの方向性電磁鋼板に対し、表1に示す組成の塗布液を焼き付け後の皮膜量が5g/m2となるよう塗布乾燥し、850℃、30秒間の焼き付け処理を行った。得られた絶縁皮膜付の方向性電磁鋼板に対し、皮膜特性及び磁気特性を評価し、表2の結果を得た。
【0028】
表2に示すとおり、本願発明の絶縁皮膜は、単に皮膜張力が大きく鉄損低減効果が大きいだけでなく、皮膜密着性、耐食性、共に優れたものである。
【0029】
【表1】

【0030】
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】燐酸塩とコロイダルシリカからなる絶縁皮膜塗布液にカオリンを添加した場合の絶縁皮膜形成後の歪み取り焼鈍時焼き付き性を評価した結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項2】
含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部、解膠剤を0.01〜10重量部配合することを特徴とする方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項3】
前記解膠剤が、ポリ燐酸アルカリ金属塩、二珪酸アルカリ金属塩のいずれか1種であることを特徴とする請求項2に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項4】
前記第一燐酸塩がAl、Mg、Ca、Zn、Niの燐酸塩のいずれか1種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項5】
前記含水珪酸塩微粉末の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項6】
前記含水珪酸塩がカオリン、蛇紋石、タルク、パイロフィライトの1種または2種以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板用絶縁皮膜を形成するための塗布液。
【請求項7】
最終仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板に対し、含水珪酸塩微粉末100重量部に対し、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部配合した塗布液を、600℃以上、1000℃以下で焼き付けることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
最終仕上げ焼鈍後の方向性電磁鋼板に対し、含水珪酸塩微粉末100重量部、第一燐酸塩水溶液の1種または2種以上を固形分換算で2〜30重量部、解膠剤を0.01〜10重量部配合した塗布液を、600℃以上、1000℃以下で焼き付けることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記解膠剤が、ポリ燐酸アルカリ金属塩、二珪酸アルカリ金属塩のいずれか1種であることを特徴とする請求項8に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記第一燐酸塩がAl、Mg、Ca、Zn、Niの燐酸塩のいずれか1種であることを特徴とする請求項7〜9のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記含水珪酸塩微粉末の平均粒径が5μm以下であることを特徴とする請求項7〜10のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項12】
前記含水珪酸塩がカオリン、蛇紋石、タルク、パイロフィライトの1種または2種以上であることを特徴とする請求項7〜11のいずれかの項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−43293(P2010−43293A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−206000(P2008−206000)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】