説明

既存建物の耐震補強工法

【課題】住民、事業者の負担を軽減しつつも、補強前の居住性を極力維持することのできる既存建物の耐震補強工法を提供する。
【解決手段】この既存建物の耐震補強工法は、既存建物の外部に露出する柱及び梁の少なくとも一方を補強対象とし、前記補強対象の外壁における延在方向の一端部及び他端部のそれぞれに補強用部材を固定する。その後、前記一端部の補強用部材と前記他端部の補強用部材とに鋼線を張り渡す。そして、補強対象に対して所定の圧縮力が付与されるように、前記鋼線の張力を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存建物の耐震補強工法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、旧来の建築基準法に則って設計された建物や、老朽化が懸念される建物等の各種の既存建物に対して、その躯体を補強することにより耐震性を向上させる様々な補強手段が実施されている。
このような補強手段の一例として、図4に示すように既存建築物100の外側に、剛性や耐力の高いバットレス101を建築し、このバットレス101をその多数の箇所で既存建築物100に連結する技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、図5に示すように、既存建物200の窓などの開口部201に対して、ブレース202を掛け渡して、既存建物200に連結する技術も知られている。
【0003】
このような補強手段を採用することによって、既存建築物100,200の外側から耐震補強のための工事を行なうことができ、既存建築物100,200の内部に手を加える必要がないだけでなく、既存建築物100,200を使用しながら耐震補強を行うことが可能となっている。
【特許文献1】特開2007−332555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1記載の技術では、図4に示すように、バットレス101の基礎102を建物外に構築しなければならないため、その敷地を確保する必要もあるだけでなく、基礎102の施工費用も必要となる。
一方、図5に示す技術では、基礎等は不要であるが、ブレース202が開口部201に掛け渡されているために、窓からの視界を遮り、補強前よりも居住性が阻害されることになる。
【0005】
本発明の課題は、住民、事業者の負担を軽減しつつも、補強前の居住性を極力維持することのできる既存建物の耐震補強工法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明に係る既存建物の耐震補強工法は、
既存建物の外部に露出する柱及び梁の少なくとも一方を補強対象とし、前記補強対象の外壁における延在方向の一端部及び他端部のそれぞれに補強用部材を固定して、
前記一端部の補強用部材と前記他端部の補強用部材とに鋼線を張り渡し、
前記補強対象に対して所定の圧縮力が付与されるように、前記鋼線の張力を調整することを特徴としている。
【0007】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の既存建物の耐震補強工法において、
前記柱及び前記梁の両者を補強対象とする場合には、前記柱の外壁における延在方向の一端部及び他端部と、前記梁の外壁における延在方向の一端部及び他端部とのそれぞれに前記補強用部材を固定して、
全ての前記補強用部材に対して、一本の鋼線を張り渡すことを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、補強対象の延在方向に掛け渡された鋼線の張力が、当該補強対象に所定の圧縮力が付与されるように調整されているので、補強対象内にプレストレスとなる圧縮力が加味されることになる。このようにプレストレスが既存建物に加われば、せん断や曲げに対する耐力が高まることになり、耐震性能を向上させることができる。
また、上記の耐震補強工法では、基礎がなくとも導入反力が相殺できるため、基礎が不要となる。これにより、基礎の施工にかかる補強コストも抑制することができ、住民、事業者の負担を抑えることが可能となる。
そして、既存建物にプレストレスを加えるための鋼線は、補強対象の延在方向に沿って配置されるために、窓からの視界を遮ることもない。したがって、補強前の居住性も極力維持することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本実施形態に係る既存建物の耐震補強工法について説明する。図1は、既存建物の柱に対して耐震補強を施した一例を示す側面図である。この図1に示す例では、既存建物1の外部に露出する柱2を補強対象としている。
【0010】
まず、補強対象である柱2の外壁に対して、補強用部材3,4を固定する。この際、柱2の延在方向における一端部(上端部)及び他端部(下端部)のそれぞれに補強用部材3,4を固定する。補強用部材3,4は図示しないアンカーボルトなどによって柱2に固定されている。
【0011】
その後、柱2の一端部の補強用部材3と他端部の補強用部材4とに鋼線5の両端部を係止することで、当該鋼線5を補強用部材3,4間に張り渡す。そして、柱2に対して所定の圧縮力が付与されるように、周知の張力調整方法で鋼線5の張力を調整する。張力調整方法の一例の手順としては、まず、鋼線5の一端部若しくは他端部に支圧板をセットした後に、その支圧板上にアンカーヘッドを取り付ける。アンカーヘッドには鋼線5が挿通する貫通孔が設けられており、この貫通孔内に鋼線5とクサビとがセットされる。そして、油圧ジャッキによって鋼線5の張力が調整されることになる。
【0012】
この補強によって柱2に所定の圧縮力が付与されると、この圧縮力がプレストレスとして作用することになる。ここで、RC部材に対するせん断耐力式は下記の式(1)で表される。
【0013】
【数1】

su:せん断耐力、p:引張り鉄筋比、F:コンクリート設計基準強度、M/Q・d:シアスパン比、p:せん断補強筋比、σwy:せん断補強筋の降伏点強度、σ:軸応力度、b:柱幅、j:応力中心間距離
【0014】
プレストレスが増加すると、式(1)のσの値が増加することになるので、柱2全体のせん断耐力値も増加することになる。このようにプレストレスが既存建物に加われば、せん断や曲げに対する耐力が高まることになり、耐震性能を向上させることができる。
【0015】
また、上記の耐震補強工法では基礎が不要なため、従来のように基礎の施工にかかる補強コストも抑制することができ、住民、事業者の負担を抑えることが可能となる。
そして、既存建物1にプレストレスを加えるための鋼線5は、柱2の延在方向に沿って配置されるために、窓6からの視界を遮ることもない(例えば図2参照)。したがって、補強前の居住性も極力維持することが可能となる。
【0016】
なお、本発明は上記実施形態に限らず適宜変更可能であるのは勿論である。
例えば、上記実施形態では、柱2に対してのみ耐震補強を施した場合を例示して説明したが、梁に対しても上記の耐震補強を施すことも可能である。例えば、図3は既存建物10の外部に露出する柱12と梁13とを補強対象とした場合を例示している。
【0017】
図3に示すように、まず、補強対象である柱12の外壁に対して、補強用部材14,15を固定する。この際、柱12の延在方向における一端部(上端部)及び他端部(下端部)のそれぞれに補強用部材14,15を固定する。同様に、補強対象である梁13の外壁に対して、補強用部材16,17を固定する。この場合においても、梁13の延在方向における一端部(右端部)及び他端部(左端部)のそれぞれに補強用部材16,17を固定する。補強用部材14〜17は図示しないアンカーボルトなどによって柱12や梁13に固定されている。
【0018】
その後、柱12に固定された補強用部材14,15と、梁13に固定された補強用部材16,17とに鋼線18の係止することで、当該鋼線18を補強用部材14,15間と、補強用部材16,17間とに張り渡す。そして、柱12や梁13に対して所定の圧縮力が付与されるように、周知の張力調整方法で鋼線18の張力を調整する。
【0019】
この補強によって柱12や梁13に所定の圧縮力が付与されると、この圧縮力がプレストレスとして作用することになる。これにより、柱12や梁13のせん断や曲げに対する耐力が高まることになり、耐震性能を向上させることができる。
また、全ての補強用部材14〜16に対して一本の鋼線18を張り渡すことで、柱12及び梁13の耐震性能を高めることができるので、鋼線18の使用本数を極力少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明に係る既存建物の耐震補強工法を柱に対して施した一例を示す側面図である。
【図2】本実施形態に係る補強後の既存建物を示す正面図である。
【図3】図1における既存建物の耐震補強工法の変形例を示す側面図である。
【図4】従来の既存建物の耐震補強工法を示す説明図である。
【図5】従来の既存建物の耐震補強工法を示す説明図である。
【符号の説明】
【0021】
1,10 既存建物
2,12 柱
3,4,14,15,16,17 補強用部材
5 鋼線
6 窓
13 梁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存建物の外部に露出する柱及び梁の少なくとも一方を補強対象とし、前記補強対象の外壁における延在方向の一端部及び他端部のそれぞれに補強用部材を固定して、
前記一端部の補強用部材と前記他端部の補強用部材とに鋼線を張り渡し、
前記補強対象に対して所定の圧縮力が付与されるように、前記鋼線の張力を調整することを特徴とする既存建物の耐震補強工法。
【請求項2】
請求項1記載の既存建物の耐震補強工法において、
前記柱及び前記梁の両者を補強対象とする場合には、前記柱の外壁における延在方向の一端部及び他端部と、前記梁の外壁における延在方向の一端部及び他端部とのそれぞれに前記補強用部材を固定して、
全ての前記補強用部材に対して、一本の鋼線を張り渡すことを特徴とする既存建物の耐震補強工法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−1611(P2010−1611A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−159199(P2008−159199)
【出願日】平成20年6月18日(2008.6.18)
【出願人】(000201478)前田建設工業株式会社 (358)
【Fターム(参考)】