説明

既設仕上げ壁の落下防止構造及び落下防止工法

【課題】工事期間を短縮し、新築当初の壁の風合・景観を維持したまま、長期間に亘って変色することがなく、耐久性及び確実性の高い既設仕上げ壁の落下防止構造及び落下防止工法を安価に提供すること。
【解決手段】既設タイル張り仕上げ壁表面に短繊維が混入された透明樹脂溶剤型塗膜が、繊維ピンによって躯体にアンカー固定された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造において、前記繊維ピンは、多数本のガラス繊維の繊維方向の一方が樹脂にて固化されて一体化されたアンカー部と、その他方が個々の繊維が相互に拘束されない埋設部とから構成され、前記埋設部は、前記透明樹脂塗膜に埋設されて一体化され、前記アンカー部は、前記既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に接着剤にて固定された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設仕上げ壁、例えばタイル等の仕上げ壁が落下するのを防止するための、既設仕上げ壁の落下防止構造及び落下防止工法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築物や構築物の仕上げ壁の代表例であるタイル張り仕上げ壁は、平均して築造後13.6年頃からひび割れ、浮き等の変状が顕在化してくる。
仕上げ壁表面のタイルのひび割れは、漏水やひいては、コンクリート躯体の中性化による耐力の低下等を招き、建築物や構築物の耐用年数に大きな影響を与える。
また、同じくタイルの浮きは、タイルの剥落等による死傷等の大きな事故につながりかねない。
さらに、躯体内の鉄筋が腐食した場合には、躯体表面が盛り上がり、この躯体盛上部が既設仕上げ壁ともども落下することもあり、これも大きな事故につながりかねない。
【0003】
そこで従来より、様々な既設仕上げ壁の落下防止工法が採られている。
特開平10−115101号公報には、躯体に外装されたタイルの所要部位に躯体内部に貫通するアンカー孔を穿設し、タイル表面に形成されたアンカー孔の開口縁部に前記アンカー孔とほぼ同径か又は多少大きめの透孔を有するマスキングテープを貼着したのち、前記アンカー孔に外周部を粗面としたアンカーピンを挿入し、アンカーピンの先端がタイルの厚みのほぼ1/2程度の部位に位置するように没入させて接着剤で固定し、ついで補修せんとするタイルと同色の顔料を配合して調色したグラウト材をアンカー孔に充填して開口部を閉塞し、しかるのち貼付したマスキングテープを剥離する技術が開示されている。
【0004】
また、特開平09−177328号公報には、基礎外壁の表面を仕上げにした建築物用外壁において、前記タイルの浮きによる剥離のある部位の表面に下地材としてのラテックスモルタルの層を形成し、該ラテックスモルタルの上面にネットを配置し、該ネットの表面に再度、形成したラテックスモルタルの層の上面に軽量のガラス繊維コンクリート板を配設し、該ガラス繊維コンクリート板に形成したピン孔に挿通させたフランジ部を有するピンを前記基礎外壁に押し込んで、前記ガラス繊維コンクリート板及び前記ネットを固定する技術が開示されている。
【0005】
さらに、特開2002−339578号公報には、コンクリート躯体の表面がモルタル等の仕上げ層で被覆された建物外周面を有し、前記コンクリート躯体に複数のアンカーが夫々互いに離間して埋設固定され、前記仕上げ層の外面側に被覆された透明体からなる所定幅の薄肉の保護材が、複数の前記アンカーを介して、建物外周面に止着された建物外周面の補修構造とした技術が開示されている。
【0006】
さらには、特開2007−284937号公報には、既設タイル張り仕上げ壁のタイルの略中央部に形成された孔に挿通され、少なくとも先端が躯体に埋設された注入口付アンカーピンと、前記注入口から躯体表面と既設タイル張り仕上げ壁との間に注入されたエポキシ樹脂又はアクリル樹脂と、既設タイル張り仕上げ壁表面に形成された短繊維が混入された透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜層とによって構成された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造が提案されている。
【0007】
さらにまた、特開2007−247279号公報には、あらかじめ既存外装タイル壁面の目地部分に穿孔し、既存外装タイル壁面に透明性プライマーを塗布してプライマー層を形成し、プライマー層にネット状クロスを載置して透明アクリル系樹脂エマルションを主成分とする主材塗料を1回又は複数回塗布した後、アンカーピンを前記穿孔に打ち込み、更に主材塗料を1回又は複数回塗布して主材層3を形成し、該主材層に透明性トップコート塗料を塗布してトップコート層を形成する既存外装タイル壁面の補修方法であって、前記主材塗料には、補強短繊維が配合され、粘度が20000〜70000mPa・sであり、チクソトロピー指数が4.0〜10.0である既存外装タイル壁面の補修方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−115101号公報
【特許文献2】特開平09−177328号公報
【特許文献3】特開2002−339578号公報
【特許文献4】特開2007−284937号公報
【特許文献5】特開2007−247279号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1に記載された従来技術は、剥離したタイル毎に補修工事を実施する必要があることから、工事期間が長期化しコストが嵩む。
また、上記特許文献2に記載された従来技術は、既設の仕上げ面であるタイルを新設のタイル等で被覆してしまうので、建築物新築当初の価値ある景観が喪失する。
さらに、上記特許文献3に記載された従来技術は、新築当初の外壁の景観そのものは透明保護材を通じて視認可能であるものの、該透明保護材が部分的に張り付けられるとともに、ナットが壁から突出していて、補修したことが一目瞭然となって景観上好ましくない。
さらには、上記特許文献4に記載された従来技術は、躯体コンクリートの硬度よりも硬い既設タイル張り仕上げ壁のタイルの略中央部に穿孔するので、穿孔ドリルの磨耗が激しく、穿孔に要する時間も長くなり、コストアップを避けられない。
さらにまた、上記特許文献5に記載された従来技術は、アンカーピンを既存外装タイル壁面の目地部分に形成した穿孔に打ち込むので、既存外装タイル壁面の剥離防止作用が不足する関係から、プライマー層にネット状クロスを載置して透明アクリル系樹脂エマルションを主成分とする主材塗料を塗布しており、ネット状クロスが視認されて、既存外装タイル壁面を補修したことが歴然と顕れてしまう。
【0010】
本発明は、工事期間を短縮し、新築当初の壁の風合・景観を維持したまま、長期間に亘って変色することがなく、耐久性及び確実性の高い既設仕上げ壁の落下防止構造及び落下防止工法を安価に提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するため、本発明の請求項1に係る既設仕上げ壁の落下防止構造は、既設タイル張り仕上げ壁表面に、短繊維が混入された透明樹脂塗膜が、繊維ピンによって躯体にアンカー固定された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造において、前記繊維ピンは、多数本のガラス繊維の繊維方向の一方が樹脂にて固化されて一体化されたアンカー部と、その他方が個々の繊維が相互に拘束されない埋設部とから構成され、前記埋設部は、前記透明樹脂塗膜に埋設されて一体化され、前記アンカー部は、前記既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に接着剤にて固定された構造とした。
【0012】
本発明の請求項2に係る既設仕上げ壁の落下防止構造の、繊維ピンのアンカー部は、タイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、繊維ピンの埋設部は、目地部及びタイル面に広がり、平面視放射状に前記塗膜に埋設されて一体化されていることを特徴としている。
【0013】
本発明の請求項3に係る既設仕上げ壁の落下防止構造の、繊維ピンのアンカー部は、タイル目地部の交差部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、繊維ピンの埋設部は目地部に沿ってエの字状、逆T字状または十字状に塗膜に埋設されて一体化されていることを特徴としている。
【0014】
本発明の請求項4に係る既設仕上げ壁の落下防止構造の、前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、アクリル樹脂エマルジョン、アクリルシリコーン共重合樹脂エマルジョンを含むアクリル共重合樹脂エマルジョンの群から少なくとも1つ選ばれたエマルジョンが、成膜後透明となったものであることを特徴としている。
【0015】
本発明の請求項5に係る既設仕上げ壁の落下防止構造の、前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、合成樹脂溶液系のアクリル樹脂、アクリルシリコーン共重合樹脂を含むアクリル共重合樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の群から少なくとも1つ選ばれた樹脂が成膜したものであることを特徴としている。
【0016】
本発明の請求項6に係る既設仕上げ壁の落下防止構造の、透明樹脂塗膜は、長さ3〜15mm、太さ1〜50μmのナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維が重量比において0.5〜5%混入されたものが塗布されて成膜したものであることを特徴としている。
【0017】
本発明の請求項7に係る既設仕上げ壁の落下防止工法は、既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部と躯体に穿孔し、該穿孔に接着剤を加圧注入し、前記繊維ピンのアンカー部を、前記躯体に形成され接着剤が加圧注入された穿孔に、少なくとも先端が躯体に埋設されるまで挿入固定し、既設タイル張り仕上げ壁表面に、ナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維を混入した透明アクリル樹脂系エマルジョンを、前記繊維ピンの埋設部と一体化するようにローラー塗布、吹き付け、またはコテにて、短繊維が混入された透明塗膜層を形成することとした。
【発明の効果】
【0018】
請求項1に係る発明によれば、既設タイル張り仕上げ壁表面に、短繊維が混入された透明樹脂塗膜が、繊維ピンによって躯体にアンカー固定された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造において、前記繊維ピンは、多数本のガラス繊維の繊維方向の一方が樹脂にて固化されて一体化されたアンカー部と、その他方が個々の繊維が相互に拘束されない埋設部とから構成され、前記埋設部は、前記透明樹脂塗膜に埋設されて一体化され、前記アンカー部は、前記既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に接着剤にて固定された構造としたので、少なくとも繊維ピンが位置する部位のタイル張り仕上げ壁は、コンクリート躯体と剥離することはない。
したがって、たとい繊維ピンが存在しない部位のタイル張り仕上げ壁がコンクリート躯体から剥離したとしても、繊維ピンの周辺の既設タイル張り仕上げ壁は、短繊維が混入された透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜によって固定されて落下することはない。
また、既設タイル張り仕上げ壁のタイルの略中央部に穿孔する必要がなくなることから、穿孔ドリルの寿命を延長して工事コストを低減し、新築当初の壁の風合を損なわずに景観を維持したまま、長期間に亘って変色することがなく、耐久性及び確実性の高い既設仕上げ壁の落下防止構造を提供することができる。
【0019】
請求項2に係る発明によれば、繊維ピンのアンカー部は、タイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、繊維ピンの埋設部は、目地部及びタイル面に広がり、放射状に透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜に埋設されて一体化されているから、アンカー部が穿孔から抜け出ることや、埋設部が塗膜からすり抜けることを防止することができる。
また、繊維ピンは、所要の強度を維持しながら軽量化することができ、注入口付アンカーピンに比べて製造コストを低廉化することができる。
【0020】
請求項3に係る発明によれば、繊維ピンのアンカー部は、タイル目地部の交差部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、繊維ピンの埋設部は目地部に沿ってエの字状、逆T字状または十字状に塗膜に埋設されて一体化されているから、請求項2に係る発明と同様の作用効果を奏することができる。
また、繊維ピンの埋設部は目地部に沿って塗膜に埋設されて、埋設部を視認することが請求項2に係る発明に比しより困難となる。
【0021】
請求項4に係る発明によれば、前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、アクリル樹脂エマルジョン、アクリルシリコーン共重合樹脂エマルジョンを含むアクリル共重合樹脂エマルジョンの群から少なくとも1つ選ばれたエマルジョンが、成膜後透明となったものであるので、透明性が高く新築当初の壁の風合・景観を維持したまま、長期間に亘って変色することがない既設仕上げ壁の落下防止構造とすることができる。
【0022】
請求項5に係る発明によれば、前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、合成樹脂溶液系のアクリル樹脂、アクリルシリコーン共重合樹脂を含むアクリル共重合樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の群から少なくとも1つ選ばれた樹脂が成膜したものであるので、エマルジョンが成膜したものに比し、既設タイル張り仕上げ壁の透明塗膜層の耐水性を高めて透明性を向上し、低温造幕時の物性低下を抑えることができる。
【0023】
請求項6に係る発明によれば、透明樹脂塗膜は、長さ3〜15mm、太さ1〜50μmのナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維が重量比において0.5〜5%混入されたものが塗布されて成膜したものであるので、透明度が高い樹脂塗膜を形成することができ、塗膜の引張強度、引裂強度が向上し、新築当初の壁の景観を高度に維持することができる。
【0024】
請求項7に係る発明によれば、既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部と躯体に穿孔し、該穿孔に接着剤を加圧注入し、前記繊維ピンのアンカー部を、前記躯体に形成され接着剤が加圧注入された穿孔に、少なくとも先端が躯体に埋設されるまで挿入固定し、既設タイル張り仕上げ壁表面に、ナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維を混入した透明アクリル樹脂系エマルジョンを、前記繊維ピンの埋設部と一体化するようにローラー塗布、吹き付け、またはコテにて、短繊維が混入された透明塗膜層を形成することとしたので、請求項1乃至請求項6のいずれかに記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造を施工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、本発明の既設仕上げ壁の落下防止構造を示す部分正面図である。
【図2】図2は、本発明の既設仕上げ壁の落下防止構造を示す部分断面図である。
【図3】図3は、本発明の既設仕上げ壁の落下防止工法の作業手順を示すものである。
【図4】図4は、本発明の繊維ピンを示す図面代用写真である。
【図5】図5は、繊維ピンの埋設部のみの拡大図面代用写真である。
【図6】図6は、繊維ピンの埋設部タイル目地部に沿わせて仮止めした状態を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を実施するための形態として、実施例を2つ示すが本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0027】
≪短繊維混入透明塗材の調整≫
成膜後透明となる、固形分50%の透明水性アクリルシリコーン樹脂エマルジョン92重量部に対し、長さ5mm、太さ28μmのビニル樹脂短繊維、ナイロン樹脂短繊維、ガラス短繊維等の短繊維2重量部を混入し、さらに、造膜助剤4重量部と分散剤・消泡剤等の添加剤2重量部を加えて攪拌する。
通常これら短繊維は、透明水性アクリルシリコーン樹脂エマルジョンに混ぜたとき透明とならない。
透明水性アクリル樹脂系エマルジョンに混入する短繊維の長さ、太さ及び混入割合を所定の範囲に設定することにより、塗膜が透明となり、所定の引張強度、引裂強度、接着力を有しつつ、適正な伸び率を確保して均一な膜厚とすることができる。
透明水性アクリル樹脂系エマルジョンとしては、前記アクリルシリコーン樹脂エマルジョンの他に、アクリル単独重合樹脂エマルジョンあるいは他のアクリル共重合樹脂エマルジョンを用いることができる。
これら3つのエマルジョンは、それぞれ単独で用いることができることは勿論、2以上のものを組み合わせて混合して用いることができる。
なお、本願明細書において配合割合を表すとき、断わりのない限り重量比で表している。
【0028】
短繊維の材料としては、ビニル樹脂製、ナイロン樹脂製及びガラス繊維製を使用することができるが、ナイロン製が柔軟性に優れており、塗膜の可撓性が大きく下地の動きに対してよく追従し、塗膜の割れ、浮きはがれの発生をよりよく防止することができる。
ガラス繊維製は、強度の改善性に優れているが、細いため未加工で使用すると繊維と繊維の間に空気が入り、塗膜の透明性が劣ることとなるので、単繊維を数十本エポキシ樹脂等で結束することにより塗膜の透明性を確保することができる。
【0029】
繊維長の範囲は、短いと強度不足となり、長いと繊維が毛羽立ったりささくれ立ったりして、仕上がりが悪くなり、施工性に劣ることとなるので、3〜15mmの範囲とするのが好ましく、5〜10mmの範囲がさらに好ましい。
【0030】
繊維の太さの範囲は、ビニル樹脂製とナイロン樹脂製においては、繊維が細いと強度不足となり、太いと繊維が表面に出て塗膜表面にザラツキ感が出て好ましくない。
繊維太さの下限値はガラス繊維製で1μm、その上限値はビニル樹脂製とナイロン樹脂製で50μm程度であり、1〜30μmとするのが好適である。
【0031】
短繊維の添加量は、多ければ塗膜の引張強度と引裂強度は向上する反面、その伸び率は低下する。よって、必要な強度を確保するため、その下限を透明水性アクリル樹脂系エマルジョンに対する重量比で0.5%程度とし、塗膜の可撓性を大きくして下地の動きに対して追従でき、塗膜の割れ、浮きはがれが発生しないようにするため、その上限を5%程度とすることが求められる。
【0032】
このように調製された短繊維混入透明水性アクリル樹脂系エマルジョンは、短毛ローラー、スプレイガン、またはコテにて既設仕上げ壁表面に施工現場で塗布するものであるため、タイル張りのように凹凸のあるものを含む種々の下地の形状に対応することができ、繊維ピンの埋設部とよく馴染んで強固に一体化される。
また、このアクリル樹脂は有機溶媒を使用しない水性エマルジョンであるので、作業環境を改善し得る。
【0033】
≪繊維ピン≫
図4乃至図6を参照して繊維ピンについて説明する。
繊維ピンは、長さ200mm程度の多数本(1束約100本)のガラス繊維束を、複数本、本実施例では4本束ねて直径2mm程度の繊維の略中央で2つ折りにして長さを半分程度にする。
2つ折り部から約20mmを樹脂にて固化・一体化してアンカー部とし、反対側は図5に示されるように個々の繊維が相互に拘束されない埋設部とされている。
アンカー部・埋設部の長さは、少なくともアンカー部を20mm、埋設部を50〜100mm程度の長さとすることが好ましい。
また、ガラス繊維の本数は、所要の引き抜き強度に応じて増減すればよいが、2.5〜3.0KN程度の引き抜き強度を確保することが好ましい。
【0034】
≪施工手順≫
以下、図3に基づいて、本発明の既設仕上げ壁の落下防止構造を構築するための工法の作業手順について説明する。
先ず、テストハンマー等を用いて既設仕上げ壁表面を穿孔及び軽く打診し、躯体表面までの深さ、仕上げ壁のひび割れ等を調べ、剥離した仕上げ壁の浮き部を確認して補強すべき部位をマーキングする。
浮き部が確認されたときは、通常の方法により下地モルタルとコンクリート躯体の間隙にエポキシ樹脂を注入して、予め浮き部の補修を済ませておく。
次いで、無振動電動ドリルを用いて、上述したマーキングに従ってタイル目地部5の交差部または直線部に対し直角に躯体1表面から20mm以上穿孔6する。
繊維ピンの挿入固定数は、既設仕上げ壁の重量を考慮すると、平米当たり4本程度が適当である。
続いて、圧縮空気等で接着の妨げとなる穿孔内の切粉を除去する。
短繊維混入透明水性アクリル樹脂系エマルジョンを既設仕上げ壁表面に塗布する前処理として、外壁タイル面を高圧水洗い等で洗浄する。
【0035】
洗浄乾燥後、短繊維混入透明塗材の付着力を増すために、短繊維を含まない溶剤型透明アクリル樹脂系樹脂シーラーを、ローラー、刷毛、コテ等で約0.15Kg/m塗布して、下塗り剤(第1層)を形成する。
このシーラーの樹脂として具体的には、基剤としてアクリルシリコーン系樹脂ワニス13に対して、硬化剤としてアクリルシリコーン系樹脂用触媒溶液1を配合したものを用いた。
【0036】
下塗り剤が乾燥した段階で、タイル目地部5と下地モルタル3を貫通してコンクリート躯体1自体に20mm以上穿設されて形成された穿孔6内部に、注入器を用いて適量のアクリル樹脂、エポキシ樹脂またはポリエステル樹脂を加圧注入する。
そして、タイル目地部5、下地モルタル3、コンクリート躯体1に形成された穿孔6内に繊維ピンのアンカー部4を挿入する。
【0037】
次いで、段落0026の≪短繊維混入透明塗材の調整≫の項において既に説明した、本発明のもうひとつの特徴である短繊維混入透明水性アクリルシリコーン樹脂エマルジョンを、繊維の毛羽立ち、樹脂だまりがなく、塗膜厚が均一になるように、短毛ローラー、ゴムベラ、吹き付け、コテ等で約0.4Kg/m塗布し、中塗り剤(1回目)を形成する。
【0038】
この中塗り剤(1回目)を塗った後未乾燥の状態で、短繊維混入透明膜に埋設されていないフリー状態の繊維ピンの繊維を中塗り剤(1回目)に折り曲げ、中塗り剤内に押し込むようにして仮接着する。
埋設部は、図6に示されるように縦目地、横目地とも直線的に伸びていれば埋設部のフリー状態の繊維を4分割して単純に十字状に、中塗り剤(1回目)に仮接着すればよいが、図1に示される縦目地が千鳥状に形成されている場合は、埋設部の繊維を3分割して目地に沿わせてエ字状または逆T字状に仮接着する。
なお、繊維ピンの埋設部は、目地に沿わせることなく中塗り剤(1回目)のタイル表面相当部位に放射状に仮接着してもよい。
【0039】
中塗り剤(1回目)乾燥後、好ましくは中1日、目地に沿って折り曲げられ仮接着されている繊維ピンの埋設部は、完全に埋設された状態にはなく塗膜上面から突出した状態の繊維を上から押さえ付けるようにして、前記エマルジョンを短毛ローラー、ゴムベラ、吹き付け、コテ等で0.3〜0.4Kg/m2塗布し、埋設部の繊維を完全に埋め込んで中塗り剤(2回目)を形成する。
上記調整時においては混濁していた短繊維混入透明水性アクリル樹脂系エマルジョンの2層の塗布層は、乾燥して透明なアクリル樹脂系エマルジョン塗膜となる。
【0040】
次いで中塗り剤(2回目)乾燥後、好ましくは中1日、短繊維を含有しない弱溶剤型透明アクリル樹脂トップコートをローラー、刷毛等で塗布する。
トップコートの樹脂として具体的には、基剤として2%添加剤を添加したアクリルシリコーン系樹脂ワニス11に対して、硬化剤としてアクリルシリコーン系樹脂用触媒溶液1を配合したものを用いた。
なお、添加剤の添加量を増やしていくことにより、トップコートの艶を少しずつ減らしていくことができる。
このときの塗布量は0.2〜0.3Kg/mとするが、透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜層となじませ、長期間に亘って該途膜層を保護するために、2回塗りすることが望ましい。
【0041】
以上説明した本発明の落下防止工法により改修された既設仕上げ壁の落下防止構造は、主として図2に断面図として示すように、既設仕上げ壁であるタイル2の目地部5に穿設されてコンクリート躯体1に達する穿孔6に挿通され、先端がコンクリート躯体1内に20mm以上埋設固定された繊維ピンのアンカー部4と、躯体1表面と既設仕上げ壁2との間に注入されたエポキシ樹脂又はアクリル樹脂10と、既設仕上げ壁2の目地部5に沿って、あるいはタイル上に平面視放射状に、折り曲げられた繊維ピンの埋設部を、1回目中塗り剤と2回目中塗り剤の間に挟み込んで、タイル2表面に形成された短繊維が混入された透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜11と一体化させた構造とすることによって実現される。
【0042】
なお、埋設部は、上記した既設仕上げ壁2の目地部5に沿って折り曲げられた形態に限られず、タイル2の表面を覆う形態としても、繊維ピンの埋設部がガラス繊維から形成されているので、透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜層11に溶け込んで、タイル2表面に存在することを容易に視認することはできない。
この形態を採用すると、穿孔6の位置がタイル目地部の交差部に限られず、目地部であればどの位置でも穿設することができる。
また、透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜11の広い範囲にわたって、埋設部が該塗膜層11と一体化され、埋設部が塗膜11から抜け出る際の頭抜け強度を大きくすることができる。
なお、本実施例においては、繊維ピンの埋設部を中塗り剤(1回目)と中塗り剤(2回目)の間に挟んで、透明アクリル樹脂塗膜層と繊維ピンとを一体化しているが、下塗り剤と中塗り剤(1回目)との間に挟む形態とすることも可能である。
【0043】
本発明の繊維ピンのアンカー部4は、躯体1に穿設された穿孔に強固に固定されるとともに、この繊維ピンの埋設部は、透明樹脂塗膜11と強固に一体化されていることから、繊維ピンから所定距離離れた周囲の既設仕上げ壁2がコンクリート躯体から剥離したとしても、繊維ピン近傍に位置する既設タイル張り仕上げ壁はコンクリート躯体から剥離することはない。
いってみれば、本発明の繊維ピンの埋設部は画鋲の頭に相当し、アンカー部は画鋲のピンに相当するとみることができる。
【0044】
そして、既設仕上げ壁2表面に形成された短繊維が混入された透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜11は、混入されたビニル樹脂短繊維、ナイロン樹脂短繊維、ガラス短繊維等の短繊維によって、引張強度、引裂き強度が強化されている。
このため、仮令既設仕上げ壁2の一部が躯体1から剥離しても、剥離した既設タイル張り仕上げ壁は、その表面に形成されている透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜11が引き裂かれ、破断されない限り、該塗膜に懸垂された状態が維持されて下方に落下することが防止される。
【実施例2】
【0045】
≪短繊維混入シール材の調整≫
実施例1と実施例2では、実施例1の短繊維が混入された塗膜が、硬化後透明となる水性アクリル樹脂エマルジョンよりなるのに対し、本実施例2のシール材は合成樹脂溶液系のアクリル樹脂である点において大きく異なり、その他の点では余り相違していない。
トルエン、ミネラルスピリット、アルコール系溶剤等の溶剤で溶かした固形分50%のアクリルシリコン共重合透明樹脂90重量部に対し、長さ5mm、太さ28μmのビニル樹脂短繊維、ナイロン樹脂短繊維、ガラス短繊維等の短繊維2重量部を混入し、さらに、造膜助剤4重量部と分散剤・消泡剤等の添加剤4重量部を加えて攪拌する。
溶剤に溶かしたアクリルシリコン透明樹脂に混入する短繊維の長さ、太さ及び混入割合は、実施例1と同じである。これらを上記範囲に設定することにより、乾燥硬化した塗膜が透明となり、所定の引張強度、引裂強度、接着力を有しつつ、適正な伸び率を確保して均一な透明塗膜とすることができ、かつ、塗膜の耐水性を高めて透明性を向上し、低温造膜時の物性低下を抑えることができる。
【0046】
実施例1の水性エマルジョン透明樹脂を用いた場合、溶媒として水を使用しているため、十分な耐水性を得ることは困難である。
透明樹脂としては、アクリルシリコン共重合透明樹脂の他に、アクリル単独重合樹脂、アクリルウレタン樹脂等の他のアクリル共重合樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂、シリコン樹脂の透明樹脂を用いることができる。
これら透明樹脂は、それぞれ単独で用いることができることは勿論、2以上のものを組み合わせて混合して用いることができる。
なお、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂については、経年での黄変等の理由により利用しない。
【0047】
短繊維の材料としては、実施例1と同じビニル樹脂製、ナイロン樹脂製及びガラス繊維製を使用することができるが、ナイロン製が柔軟性に優れており、塗膜の可撓性が大きく浮きはがれの発生をよりよく防止することができる。
【0048】
繊維長の範囲は、実施例1と同じ理由により、3〜15mmの範囲とするのが好ましく、5〜10mmの範囲がさらに好ましい。
【0049】
また、繊維の太さの範囲についても、実施例1と同じ理由により、繊維太さの下限値はガラス繊維製で1μm、その上限値はビニル樹脂製とナイロン樹脂製で50μm程度であり、1〜30μmとするのが好適である。
【0050】
短繊維の添加量は、多ければシール材の引張強度と引裂強度は向上する反面、その伸び率は低下する。よって、必要な強度を確保するため、その下限を透明樹脂に対する重量比で0.5%程度とし、塗膜の可撓性を大きく浮きはがれが発生しないようにするため、その上限を5%程度とすることが求められる。
【0051】
このように調製された短繊維混入透明樹脂は、施工現場で、こて、へら、刷毛、または短毛ローラーにて施工表面に塗布するものである。
【0052】
≪施工手順≫及び≪繊維ピン≫
本実施例の既設タイル張り仕上げ壁の落下防止工法の作業手順と繊維ピンは、上述した実施例1の施工手順、繊維ピンと同じであるので説明を割愛する。
なお、これらの樹脂が成膜した透明塗膜層は、その耐水性が向上することから、施工後タイル裏面から水が廻って塗膜層が白濁することを防止して透明性を一層向上し、低温造膜時の物性低下を抑えることができて寒冷地等の冬季の温度の低い環境下での施工を可能とする。
【符号の説明】
【0053】
1 躯体
2 仕上げ壁材
3 モルタル
4 繊維ピンのアンカー部
5 目地部
6 穿孔
9 浮き部
10 充填エポキシ樹脂
11 透明アクリル樹脂系エマルジョン塗膜層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
既設タイル張り仕上げ壁表面に、短繊維が混入された透明樹脂塗膜が、繊維ピンによって躯体にアンカー固定された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造において、
前記繊維ピンは、多数本のガラス繊維の繊維方向の一方が樹脂にて固化されて一体化されたアンカー部と、その他方が個々の繊維が相互に拘束されない埋設部とから構成され、
前記埋設部は、前記透明樹脂塗膜に埋設されて一体化され、前記アンカー部は、前記既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に接着剤にて固定されていることを特徴とする既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項2】
前記繊維ピンのアンカー部は、前記タイル目地部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、前記繊維ピンの埋設部は、平面視放射状に前記塗膜に埋設されて一体化されていることを特徴とする請求項1に記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項3】
前記繊維ピンのアンカー部は、前記タイル目地部の交差部を貫通して躯体に穿設された穿孔に固定され、前記繊維ピンの埋設部は目地部に沿ってエの字状、逆T字状または十字状に前記塗膜に埋設されて一体化されていることを特徴とする請求項1に記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項4】
前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、アクリル樹脂エマルジョン、アクリルシリコーン共重合樹脂エマルジョンを含むアクリル共重合樹脂エマルジョンの群から少なくとも1つ選ばれたエマルジョンが、成膜後透明となったものであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項5】
前記短繊維が混入された透明樹脂塗膜は、合成樹脂溶液系のアクリル樹脂、アクリルシリコーン共重合樹脂を含むアクリル共重合樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の群から少なくとも1つ選ばれた樹脂が成膜したものであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項6】
前記透明樹脂塗膜は、長さ3〜15mm、太さ1〜50μmのナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維が重量比において0.5〜5%混入されたものが塗布されて成膜したものであることを特徴とする請求項5に記載された既設タイル張り仕上げ壁の落下防止構造。
【請求項7】
既設タイル張り仕上げ壁のタイル目地部と躯体に穿孔し、
該穿孔に接着剤を加圧注入し、
前記繊維ピンのアンカー部を、前記躯体に形成され接着剤が加圧注入された穿孔に、少なくとも先端が躯体に埋設されるまで挿入固定し、
既設タイル張り仕上げ壁表面に、ナイロン、ビニロン、ガラス等の短繊維を混入した透明樹脂塗膜を、前記繊維ピンの埋設部と一体化するようにローラー塗布、吹き付け、またはコテにて、短繊維が混入された透明樹脂塗膜層を形成する、
既設タイル張り仕上げ壁の落下防止工法。


【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−117227(P2012−117227A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−265681(P2010−265681)
【出願日】平成22年11月29日(2010.11.29)
【出願人】(598067784)日本樹脂施工協同組合 (5)
【Fターム(参考)】