説明

昆虫の休眠卵誘導剤、昆虫の休眠卵産出方法および害虫の防除方法

【課題】休眠卵誘導のための薬剤投与時期が拡張された休眠卵誘導剤を提供すること、また、注射以外の方法で投与可能な休眠卵誘導剤を提供すること。
【解決手段】2から6個のアミノ酸からなるペプチドアミドのC末端にアミド基、N末端にイソプレノイドカルボン酸残基を有し、C末端から2番目のアミノ酸が、アルギニン、リシン、ヒスチジンのうちのいずれかであるペプチドアミド誘導体を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫の休眠卵誘導剤と、これを用いた昆虫の休眠卵産出方法および害虫の防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カイコは産業動物であり、絹生産に利用されている。絹生産においては、カイコの卵を効率的に生産することと、卵を安全に保護することは極めて重要である。そして、休眠ホルモンは、カイコ卵の保護と安定供給に積極的に利用される。つまり、卵に休眠能を付与することによって、若年期で卵を保持し、いつでも人為的に幼虫を供給できるようになる。
【0003】
一方、昆虫のある種は農林業ならびに医療衛生上の害虫である。害虫の被害は主としてそれらの成長、発育期に起こるので、害虫を積極的に休眠させることによって、その防除が可能となる。この面にも休眠ホルモンは有効な作用を発現することが期待される。このように、休眠ホルモンの探索はカイコ卵の保護と安全供給および害虫の防除の面で望まれていた。
【0004】
このような状況にあって、本発明者らは、これまでに、カイコに卵休眠を誘起する休眠ホルモンを単離して、24アミノ酸からなるペプチドアミド構造を明らかにすると共に、化学的合成にも成功している(特許文献1、非特許文献1)。
【0005】
また、休眠ホルモンの断片を各種合成し、最小活性発現単位がC末端のトリペプチドアミド(PRLa)であること、フェニルアラニン、グリシン、プロリン、アルギニン、ロイシンからなるペンタペプチドのC末端をアミド化したペンタペプチドアミド(以下、FGPRLaと記す)は、最小活性発現単位の20倍活性が強いことを明らかにしている。さらに、これらの誘導体の合成手法も開発している(非特許文献2)。
【0006】
しかしながら、上記のペプチドアミド等を利用してカイコに休眠誘導能を発現するためには、化蛹後3-4日目のサナギに注射で投与する必要があった。すなわち、これ以前(幼虫期)やこれ以降の時期のサナギに、上記の休眠卵誘導剤を注射しても、休眠誘導率が低下するか、全く活性を示さない。
【0007】
さらに、本発明者らは、前記トリペプチドアミド(PRLa)、ペンタペプチドアミド(FGPRLa)などのN末端に脂肪酸(C16)を結合させた誘導体(C16−PRLa、C16−FGPRLa)なども合成し、C16−FGPRLaによる休眠卵誘導能が特に優れていることを確認している(非特許文献3)。
【0008】
しかしながら、例えば、C16−FGPRLaについても、化蛹後3-4日目のサナギへの注射による休眠卵誘導能が確認されているが、これ以前(幼虫期)やこれ以降の時期のサナギに投与することは全く検討されてこなかった。
【0009】
一方、本発明者らは、アミノ酸配列、アスパラギン酸−イソロイシン−ロイシン−アルギニン−グリシン(DILRG)を有し、C末端がアミド化されており、分子量が570.959である新規なペプチドアミド(DILRG−NH2)を見出し、このペプチドアミドは、本発明者らによって、「ヤママリン」と命名されている。
【0010】
そして、本発明者らは、このペプチドアミド(DILRG−NH2)のN末端に脂肪酸(C16)を結合させたペプチドアミド誘導体(C16−DILRG−NH2)についてもカイコの休眠卵誘導能を有することを報告している(非特許文献4)。
【0011】
しかしながら、前記ペプチドアミド(DILRG−NH2)およびその誘導体(C16−DILRG−NH2)についても、上記FGPRLaおよびその脂肪酸誘導体などと同じく、化蛹後3-4日目のサナギに注射で投与する必要があると考えられており、これ以前(幼虫期)やこれ以降の時期のサナギに投与することは全く検討されていない。また、DILRG−NH2は、休眠卵誘導ホルモンに由来する上記FGPRLaと比較して、休眠卵誘導活性が弱いという問題も有している。
【0012】
従って、これまで知られている休眠卵誘導剤の活性を発現させるためには、所定の時期に注射によって投与しなければならないという厳しい制約があり、卵休眠性昆虫の遺伝子保存や昆虫制御などへの応用に限界があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許公開平5−86095
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Proc. Japan Acad.,Vol.67 Ser B (No.6),p98-101, 1991
【非特許文献2】Biosci. Biotech. Biochem. ,Vol.62(No.10),p1875-1879, 1998
【非特許文献3】日本比較内分泌学会ニュース103,15−22(2001)
【非特許文献4】A palmitonyl conjugate of an insect pentapeptide causes growth arrest in mammalian cells and mimics the action of diapause hormone, Journal of Insect Biotechnology and Sericology 76,63-69(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、休眠誘導のための薬剤投与時期が拡張された休眠卵誘導剤を提供すること、また、注射以外の方法で投与可能な休眠卵誘導剤を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、FGPRLaのイソプレノイドカルボン酸修飾体およびアミノ酸置換体による休眠卵誘導能の研究から、新たな知見を得、本発明の休眠卵誘導剤を完成させるに至った。
【0017】
本発明は、上記の課題を解決するため、以下の休眠卵誘導剤等を提供する。
<1>ペプチドアミド誘導体を含有する昆虫の休眠卵誘導剤であって、前記ペプチドアミド誘導体は、2から6個のアミノ酸からなるペプチドのC末端にアミド基、N末端にイソプレノイドカルボン酸残基を有し、C末端から2番目のアミノ酸が、アルギニン、リシン、ヒスチジンのうちのいずれかである。
<2>イソプレノイドカルボン酸は、ファルネシル酸である前記第1の休眠卵誘導剤。
<3>イソプレノイドカルボン酸は、ゲラニル酸である前記第1の休眠卵誘導剤。
<4>前記第2の休眠卵誘導剤を幼虫に注射投与する休眠卵の産出方法。
<5>前記第1から3のいずれかの休眠卵誘導剤をサナギに経皮投与する休眠卵の産出方法。
<6>休眠卵誘導剤の投与対象がカイコであることを特徴とする前記第4または5の休眠卵の産出方法。
<7>前記第1から3のいずれかの休眠卵誘導剤を害虫の幼虫、サナギに作用させる害虫の防除方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の昆虫の休眠卵誘導剤は、生体内において長期に活性が維持され、注射による投与時期を化蛹4日目のサナギ期から幼虫期まで拡張することができる。
【0019】
また、サナギへの塗布あるいは噴霧などの経皮投与によって休眠卵を誘導することができるため、高度な技術が不要で、極めて簡便に休眠卵を得ることができる。
【0020】
従って、本発明の昆虫の休眠卵誘導剤は、多化性カイコに代表される昆虫の貴重な遺伝子の保存法の改良や昆虫制御への応用をも可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】終齢3日目の多化性カイコ幼虫に10μL の0.1% Brij35溶液に溶解した所定量のFar-FGPRLaを注射投与した場合に産下された休眠卵の、全産下卵に対する割合(休眠卵発生率%)を示す図である。誤差バーは標準偏差を示す。この図から、1頭あたり30μgの薬剤を投与すれば産下卵をほぼ全て休眠させることができることがわかる。
【図2】終齢3日目の多化性カイコ幼虫に、C16,Rho-KFGPRLaを注射投与した場合の休眠卵発生率を示す図である。この試料の場合にも、Far-FGPRLaとほぼ同様の結果を得た。
【図3】所定量のFar-FGPRLaを2-プロパノールに溶解した試料液5-10μLを化蛹直後の多化性カイコのサナギに塗布した場合の産下卵休眠率を示す図である。この図から一頭あたり30μg投与でほぼ全ての産下卵を休眠させうることがわかる。また、20μgの投与では産下卵の約半数、10μg投与では15%の産下卵を休眠させうることがわかる。
【図4】所定量のGer-FGPRLaを2-プロパノールに溶解した試料液5-10μLを化蛹直後の多化性カイコのサナギに塗布した場合の産下卵休眠率を示す図である。この図から一頭あたり20μg投与で約8割の産下卵を休眠させうることがわかる。また、10μgの投与では産下卵の約半数、5μg投与では15%の産下卵を休眠させうることがわかる。
【図5】所定量のC16-FGPRLaを2-プロパノールに溶解した試料液5-10μLを化蛹直後の多化性カイコのサナギに塗布した場合の産下卵休眠率を示す図である。この図から一頭あたり30μg投与で15%、20μgおよび10μg投与で5%の産下卵を休眠させうることがわかる。
【図6】PEG化による透過性向上を示す図である。Rho,PEG-KFGPRLaとC16,Rho-KFGPRLaの20ugを化蛹直後のサナギの腹部に塗布後3日経過した時点でのローダミン基に基づく蛍光を見た結果、PEG化することにより著しく経皮取り込みが促進された。
【図7】Rho,PEG-KFGPRLaとC16,PEG-KFGPRLaを化蛹直後のサナギに塗布した場合の休眠卵産下率を示す図である。休眠卵産下率はFar-FGPRLaやGer-FGPRLaに比べて劣ることがわかった。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の昆虫の休眠卵誘導剤は、有効成分として、以下の特徴を有するペプチドアミド誘導体を含有する。
【0023】
すなわち、前記ペプチドアミド誘導体は、2から6個のアミノ酸からなるペプチドのC末端にアミド基、N末端に脂溶性残基を有している。そして、C末端から2番目のアミノ酸が、アルギニン、リシン、ヒスチジンのうちのいずれかによって構成される。C末端から2番目のアミノ酸が正電荷を有することは、本発明の休眠卵誘導活性に大きく関わっている。なお、その他の位置のアミノ酸の構成は特に限定されない。
【0024】
そして、ペプチドのN末端に結合する前記脂溶性残基は、ファルネシル酸残基やゲラニル酸残基で代表されるイソプレノイドカルボン酸由来の脂溶性残基であるが、これらより長鎖あるいは短鎖でも良い。これらの脂溶性残基の存在は、ペプチド誘導体の経皮透過性に関与しており、休眠卵誘導活性にも重要である。
【0025】
上記の特徴を有するペプチド誘導体は、具体的には、例えば以下のペプチド誘導体を例示することができる。
【0026】
【化1】

【0027】
このペプチド誘導体は、フェニルアラニン、グリシン、プロリン、アルギニン、ロイシンからなるペンタペプチドのC末端にアミド基を有している。さらに、上記化学式中のRは、以下に示されるイソプレノイドカルボン酸に由来する脂溶性残基を意味している。
【0028】
【化2】

【0029】
ここで、上記化学式2における「m」は、m=1〜4程度とすることができる。
【0030】
そして、前記ペプチドアミドのN末端には、さらに、リシンを結合させることも考慮され、この場合、側鎖にアミノ基を有することから、二重修飾体を形成することができる。すなわち、二重修飾体を形成した場合、N末端には、脂溶性残基による修飾の他に、異なる特徴を有する残基を修飾することができる。例えば、アミノ基の一方に、前記のペプチド誘導体の経皮的吸収を促進する物質等を結合させることができる。前記物質としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)を例示することができる。
【0031】
また、上記特徴を有するペプチドアミド誘導体は、ペプチド合成装置、その他の公知の方法で作製することができる。ペプチドの誘導体化には公知の酵素法や化学的手法を適用することができる。
【0032】
そして、上記ペプチド誘導体を溶媒に溶解させることで本発明の休眠卵誘導剤とすることができる。溶媒としては、水、Brij35などの界面活性剤溶液、2-プロパノールやエタノールのような有機溶媒、あるいは、それらと水との混合溶媒を、投与方法に応じて用いることができる。
【0033】
さらに、溶媒には、上記ペプチド誘導体以外に、休眠卵誘導作用を阻害しない物質を適宜配合することができる。例えば、抗生物質、賦形剤、結合剤、崩壊剤、分散剤、粘性剤、再吸収促進剤、界面活性剤、溶解補助剤、保存剤、防腐剤、乳化剤、等張化剤、安定化剤、緩衝剤、pH調整剤などのうちの1種又は2種以上を配合することができる。
【0034】
そして、上記のペプチド誘導体を含有する本発明の休眠卵誘導剤によれば、生体内において長期に活性を維持できる。従って、化蛹4日目のサナギ期から幼虫期まで注射による投与時期を拡張することができる。すなわち、各種の幼虫に対して、注射投与が可能であり、休眠卵を誘導することができる。幼虫に注射投与を行う場合は、終齢幼虫に対して投与することが好ましい。
【0035】
また、本発明の休眠卵誘導剤は、経皮透過性に優れるため、卵休眠能を持つ昆虫、例えば、チャドクガのサナギへの経皮投与が可能である。経皮投与の方法は適宜選択することができる。例えば、本発明の休眠卵誘導剤をサナギに直接塗布することもできるし、休眠卵誘導剤を噴霧することで経皮投与することもできる。サナギへの経皮投与は、高度な技術が不要で、極めて簡便である。
【0036】
また、対象となる昆虫の種類は限定されないが、特に、カイコは、産業上の有用性が高いため、好適である。
【0037】
例えばカイコの場合、ペプチド誘導体の投与量は、一頭あたり、0.01μg〜500μgの範囲が好ましく、より好ましくは、1μg〜100μgの範囲を例示することができる。他の昆虫についても、昆虫の大きさ等を考慮して適宜調整することができる。
【0038】
上記のとおり、従来は、サナギに対する注射投与によって休眠卵を誘導していたが、本発明の休眠卵誘導剤は、幼虫への注射投与やサナギへの経皮投与によって、休眠卵を誘導することができるため、昆虫の休眠卵を効率的に生産でき、また、卵を安全に保護できる。
【0039】
例えば、通常休眠しない卵休眠性の多化性カイコや他の卵休眠性昆虫などの卵(遺伝資源)を保存する場合、本発明の休眠卵誘導剤を幼虫へ注射投与、あるいは、サナギへ経皮投与し、産下される休眠卵を保存すればよい。保存期間中は、室温で通常保管可能で、一切、手を煩わせることはない。次世代の幼虫やサナギ、成虫を必要とする場合には、通常の休眠卵からの孵化法に従い、低温処理後室温に戻すか、浸酸処理を施し、休眠から覚醒させればよい。本発明の休眠卵誘導剤によれば、卵の保護と安全供給が実現される。
【0040】
さらに、本発明の昆虫の休眠卵誘導剤を害虫に作用させれば、害虫を休眠させることができる。したがって、本発明は、上記の休眠卵誘導剤を利用した害虫防除方法をも提供する。
【0041】
具体的な実施形態としては、例えば、上記の休眠卵誘導剤を化蛹直後の蛹に塗布、あるいは噴霧すればよい。これによって、産下される卵は、休眠卵となるため、害虫の増殖が確実に阻害される。
【0042】
さらに、本発明の休眠卵誘導剤は、従来の有機リン系農薬(殺虫剤)に比べヒトや周囲の環境への影響が少ないため、極めて有用性が高い。
【0043】
なお、上記害虫防除方法の実施形態は例示に過ぎず、害虫の種類や環境に応じて、適宜な態様で実施することができる。
【実施例】
【0044】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
<1>Far-FGPRLaとGer-FGPRLaの合成
ペプチド合成装置(PSSM−8、(株)島津製作所製)を用いて、通常の方法によってペプチド、フェニルアラニル−グリシル−プロリル−アルギニル−ロイシン−NH(FGPRLa)を合成した。ついで、切り出し反応に付して遊離ペプチドを得た。これをDMFに溶解し、塩基性条件下でWSCDなどを脱水剤として、ファルネシル酸あるいはゲラニル酸と反応させて、前記FGPRLaのN末端に脂溶性残基を有するFar-FGPRLaおよびGer-FGPRLaを得た。使用したファルネシル酸はS. Yashwant らの方法に従って合成し(I. Org. Chem., 52, 1568-1576 1978)、幾何異性体混合物のまま使用した。また、ゲラニル酸はResearch Chemicals社から購入し、精製することなく使用した。
【0046】
生成物の精製は、逆相カラム Develosil−ODS HG-5(20mm×250mm、野村化学(株)製)をHPLCのシステム(ガリバー(株)日本分光)に接続して行った。溶出は、4mL/分の流速で、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の存在下でアセトニトリルの濃度勾配(0〜120分で0〜100%)を用いて行い、活性画分を溶出せしめた。吸光度は220nmで測定した。ペプチドは、サンプルプレート上で等量のマトリックス(40%アセトニトリル/0.1%TFAα−CHCAを飽和させたもの)と混合した後乾燥させ、MALDI−TOF MS(Discovery、島津製作所社製)あるいはHPLC−MS(2020型システム、島津製作所)によって構造確認した。
【0047】
<2>二重修飾体の合成例(C16,PEG-KFGPRLaの合成)
パルミチン酸とPEGで二重修飾したペプチドC16, PEG-KFGPRLaを合成した。
【0048】
具体的には、まず、上記<1>で示したようにペプチド合成機でペプチド樹脂を合成した。なお、二重修飾するために、N末端には、リシン(K)を導入した。
【0049】
そして、得られたペプチド樹脂をDMF中に懸濁し、塩化パルミトイルとピリジンを加え、反応させた。ついで、切り出し反応に付し、粗パルミトイルKFGPRLaを得た。
【0050】
得られた粗パルミトイルKFGPRLaを活性化PEG(PEG-OSu)と反応させ、二重標識体を合成した。精製は逆相カラム Develosil−ODS HG-5(20mm×250mm、野村化学(株)製)をHPLCのシステム(ガリバー(株)日本分光)に接続して行った。溶出は、4mL/分の流速で、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)の存在下でアセトニトリルの濃度勾配(0〜120分で0〜100%)を用いて行い、活性画分を溶出せしめた。吸光度は220nmで測定した。ペプチドは、サンプルプレート上で等量のマトリックス(40%アセトニトリル/0.1%TFAα−CHCAを飽和させたもの)と混合した後乾燥させ、MALDI−TOF MS(Discovery、島津製作所社製)あるいはHPLC−MS(2020型システム、島津製作所)によって構造確認した。
【0051】
なお、同様の手法で合成したRho,PEG-FGPRLaのローダミン基は、体内動態、すなわち、幼虫へ注射した休眠誘導剤が、サナギ、成虫でも維持され、卵まで移行するかどうか、また、サナギに塗布した場合に体内に取り込まれるか否かを調べるための蛍光標識として使用した。
【0052】
<3>休眠誘導活性試験
(1)被検昆虫
通常飼育で休眠することのない多化性カイコのN4種を用い、人工飼料で飼育した。
【0053】
(2)休眠卵誘導剤の調製
(i)注射投与用溶液
上記<1><2>で得た各試料を、水あるいは、0.005%から5%のBrij溶液(界面活性剤溶媒)に溶解して、10μLあたり0.05-50μgの溶液を調製した。
(ii)経皮投与用溶液
上記<1><2>で得た各試料を、水あるいは0.005%から5%のBrij溶液に溶解して、10μLあたり0.05-50μgの溶液を調製した。
【0054】
2-プロピルアルコールやエチルアルコールを溶解に使用する場合は、これに溶解して上記濃度の試料液を調製した。
【0055】
(3)投薬
(i)幼虫への注射投与
上記休眠卵誘導剤を幼虫の背脈管にマイクロシリンジを用いて所定量を注射投与した。投薬後は通常の飼育条件に戻した。
(ii)経皮投与
上記休眠卵誘導剤を化蛹1日目の蛹の腹面にピペットマンを用いて投与した。この場合、小液滴形成させて塗布することとし、ピペットマン先端がサナギに直接触れないようにした。
【0056】
被検試料を塗布した被検カイコは投薬台上に置き、試料溶液が飼育器に付着損失するのを防いだ。試料が有機溶媒溶液あるいは有機溶媒と水との混合溶媒溶液とした場合には、風乾させた。
【0057】
(4)休眠誘導活性の判定
休眠卵誘導剤を投与された被検カイコを通常飼育し、羽化後に交尾、産卵させる。産下卵を2週間静置して非休眠卵が孵化したのちに、休眠卵数と非休眠卵数を計測して、休眠卵発生率を求めた。
【0058】
(5)結果
(i)幼虫への注射投与
終齢3日目の多化性カイコ幼虫にFar-FGPRLaを注射で投与した場合の休眠卵誘導率を示すグラフを図1に示した。投薬量は一頭あたり30, 20, 10μgである。
【0059】
この結果より、30μg投与では83%、20μgでは15%、10μgでは3%の産下卵が休眠することが明らかとなった。
【0060】
また、C16,Rho-KFGPRLaを注射投与した場合の休眠卵発生率のグラフを図2に示す。
【0061】
一方、Ger-FGPRLaを同様に処方した場合には、30 mgの投与でも活性を示さなかった(図示していない)。
【0062】
以上の結果より、N末端をファルネシル酸残基で修飾したFar-FGPRLaは、多化性カイコの幼虫へ注射投与することにより休眠誘導できること、および、脂溶性が小さいGer-FGPRLaの場合には低活性であることが明らかとなった。
【0063】
(ii)化蛹直後のサナギへの経皮投与
化蛹直後のサナギに所定量のFar-FGPRLaを2-PrOH溶液として塗布した場合の休眠卵誘導率を図3に示した。
【0064】
結果は、図3に示すとおり、30μg投与では82%、20μgでは40%、10μgでは15%の産下卵が休眠することが明らかとなった。2-PrOH以外の溶液として塗布した場合も、ほぼ同様の結果が得られた。
【0065】
また、Ger-FGPRLaを同様に処方した場合には、図4に示すように、20μgの投与で80%、10μgの投与で約半数、5μgの投与でも10%の産下卵を休眠させることが明らかとなった。サナギへの経皮投与では、Ger-FGPRLaが、特に優れた休眠卵誘導活性を発揮することが確認された。
【0066】
また、比較として、C16-FGPRLaをサナギに塗布した場合の休眠卵発生率を図5に示す。図5に示すように、C16-FGPRLaの塗布によっても休眠卵誘導が可能であることがわかったが、活性の強度は、Far-FGPRLaやGer-FGPRLaと比較してかなり弱かった。
【0067】
この結果から、経皮投与の場合には、イソプレノイドカルボン酸修飾が極めて有効であることがわかった。
【0068】
<4>その他のペプチド誘導体について
上記と同様の方法で作成したその他のペプチド誘導体についても、休眠誘導活性試験の結果、以下の知見が得られた。
【0069】
(1)ペプチドのN末端にPEGを導入したペプチド誘導体、Rho,PEG‐KFGPRLaは、サナギに対する経皮的吸収が促進された(図6)。しかしながら、休眠誘導活性は、Far-FGPRLaとGer-FGPRLaに比べて5〜10倍低かった(図7)。図3、図4で示した通り、サナギに対する経皮投与では、Far-FGPRLaおよびGer-FGPRLaの休眠卵誘導活性が特に優れていることが確認された。
【0070】
(2)C16,PEG‐KFGPRLaは、サナギへの経皮投与によって休眠卵誘導活性が確認されたが、この場合も、Far-FGPRLaとGer-FGPRLaに比べて休眠卵誘導活性は3〜4倍弱かった(図7)。
【0071】
この試験からも、サナギに対する経皮投与では、Far-FGPRLaおよびGer-FGPRLaは、休眠卵誘導活性が特に優れていることが確認された。
【0072】
(3)Far-FGPRLa、Ger-FGPRLaにおける、アルギニン(C末端から2番目)をリシン、ヒスチジンに置換したペプチド誘導体も、Far-FGPRLa、Ger-FGPRLaと同様の休眠誘導活性が確認された(図示していない)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペプチドアミド誘導体を含有する昆虫の休眠卵誘導剤であって、前記ペプチドアミド誘導体は、2から6個のアミノ酸からなるペプチドのC末端にアミド基、N末端にイソプレノイドカルボン酸残基を有し、C末端から2番目のアミノ酸が、アルギニン、リシン、ヒスチジンのうちのいずれかであることを特徴とする昆虫の休眠卵誘導剤。
【請求項2】
イソプレノイドカルボン酸は、ファルネシル酸であることを特徴とする請求項1の休眠卵誘導剤。
【請求項3】
イソプレノイドカルボン酸は、ゲラニル酸であることを特徴とする請求項1の休眠卵誘導剤。
【請求項4】
請求項2の休眠卵誘導剤を幼虫に注射投与することを特徴とする休眠卵の産出方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかの休眠卵誘導剤をサナギに経皮投与することを特徴とする休眠卵の産出方法。
【請求項6】
休眠卵誘導剤の投与対象がカイコであることを特徴とする請求項4または5の休眠卵の産出方法。
【請求項7】
請求項1から3のいずれかの休眠卵誘導剤を害虫の幼虫、サナギに作用させることを特徴とする害虫の防除方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−51916(P2011−51916A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−200968(P2009−200968)
【出願日】平成21年8月31日(2009.8.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「大会講演要旨集■2009年度(平成21年度)大会[福岡]■」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生物系産業創出のための異分野融合研究支援事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】