有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キット
この生物生育阻害要因の評価方法は、水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、生物生育阻害要因が存在しない標準サンプルに、光合成サンプルを混合して標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第2のステップと、第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ計測された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより生物生育阻害要因を評価する第3のステップと、を備える。これにより、短時間で幅広い阻害要因の分析を行うことが可能な生物生育阻害要因の評価方法が実現される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、環境中に存在する未知化学物質の生物に対する影響を評価する方法として、細菌、藻類、ミジンコ、魚類等の生物個体に対する生育阻害を検査する生物学的な毒性検査「バイオアッセイ」が用いられている。バイオアッセイは、未知物質や想定外の物質による影響、化学物質の相互作用、及び環境による影響等の生物学的な影響を総合的に検出可能な点で、既存の物理化学的方法である、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、原子吸光計測法、エンザイムイムノアッセイ等と相補関係にある。
【0003】
このバイオアッセイにおいては、多量の個体を統計的に処理可能な、かつライフサイクルの短い細菌、藻類などの単細胞生物、また小形甲殻類(ミジンコ)、及び小形魚類などの、比較的に高等な生物機能を有しつつ化学物質等の影響を受けやすい小形水生生物等が用いられている。バイオアッセイの具体的手法としては、日本国環境省の指針において規定されている藻類増殖阻害試験による生体影響評価が挙げられる。藻類増殖阻害試験は、藻類に対する被験物質の様々な毒性を評価する方法である。
【0004】
また、その他の手法として、発光バクテリアの発光計測により呼吸阻害を計測する方法が考案されている。また、非特許文献1には、藻類からのクロロフィル蛍光を用いた光合成阻害性の計測方法が記載されている。また、非特許文献2、3にも、遅延蛍光を用いた計測方法についての記載がある。
【非特許文献1】Ulrich Schreiber et al., "New type of dual-channel PAM chlorophyll fluorometer for highly sensitive water toxicity biotests", Photosynthesis Research 74, p.317-330 (2002)
【非特許文献2】Werner Schmidt and Horst Senger, "Long-term delayed luminescence in Scenedesmus obliquus. II. Influence of exogeneous factors", Biochimica et Biophysica Acta 891, p.22-27 (1987)
【非特許文献3】Joachim Burger and Werner Schmidt, "Long term delayed luminescence: A possible fast and convenient assay for nutrition deficiencies and environmental pollution damages in plants", Plant and Soil 109, p.79-83 (1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した藻類増殖阻害試験による生体影響評価方法においては、生物の増殖能を試験対象とするため操作が煩雑となるとともに、試験結果を得るまで24時間〜72時間という長時間を要する。これに対して、上記非特許文献1等に記載の計測方法においては、試験時間の短縮化は一部実現されているが未だ充分ではない。加えて、いずれの評価方法においても未知化学物質等の幅広い有害物質の定性的及び定量的な分析を実現するには至っていない。また、非特許文献2、3に記載の計測方法においても、有害物質の定性的及び定量的な分析の具体的な方法についての検討は充分にはなされていない。
【0006】
そこで、本発明はかかる課題に鑑みて為されたものであり、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことが可能な有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このような目的を達成するために、本発明による有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質(a toxic substance)を評価する有害物質の評価方法であって、(1)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、(4)評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることを特徴とする。
【0008】
あるいは、本発明による有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(1)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、(4)評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることを特徴とする。
【0009】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化と、水溶液サンプルに対する比較対象として用意された比較サンプルを含む比較計測溶液中の光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化とを比較して得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。
【0010】
また、上記した評価方法のうちで第1の評価方法では、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることとしている。この場合、遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点は有害物質となる化学物質種などに応じて変化するため、その特徴点における経過時間を評価することで、より的確に各種有害物質を定性及び定量することができる。
【0011】
また、第2の評価方法では、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることとしている。こうすれば、遅延蛍光量の時間的変化における変化の集中する時間や、変曲点といった特徴を得ることができ、有害物質となる化学物質種などの特定が容易に為される。
【0012】
また、上記した第2の評価方法では、第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。また、遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点がない場合には、その全体または所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。
【0013】
あるいは、第3のステップにおいて、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値について、さらに第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化との比をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。
【0014】
ここで、第2のステップで用いられる比較サンプル、及び比較計測結果については、様々なものを用いて良い。例えば、第2のステップにおいて、比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、標準サンプルに光合成サンプルを混合して比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、比較計測結果を取得する方法を用いることができる。この場合、標準サンプルとしては、有害物質が実質的に存在しないサンプルを用いることが好ましい。
【0015】
あるいは、第2のステップにおいて、比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、他の水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いることができる。この場合、比較計測結果としては、例えば、前回の計測結果を用いることができる。
【0016】
また、第2のステップでの比較計測結果の取得については、第1のステップと同様に、比較計測溶液に対して遅延蛍光の光量の計測を行うことによって比較計測結果を用意する方法を用いることができる。あるいは、第2のステップにおいて、比較計測結果として、比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いても良い。このような場合、あらかじめ取得した比較計測結果をメモリ等に記憶しておき、必要に応じてデータを読み出して用いることが好ましい。
【0017】
またさらに、第1のステップ及び第2のステップにおいては、計測毎に光条件を変化させて、試験計測溶液及び比較計測溶液を所定の放置時間放置し、第3のステップにおいては、光条件に応じた比較値の変化を評価することも好ましい。かかる方法とすれば、光条件の遅延蛍光特性に対する影響が有害物質毎に異なるので、放置時の光条件の変化に応じた比較値を評価することにより、水溶液サンプル中の有害物質の判別が更に容易となる。
【0018】
さらにまた、試験計測溶液中及び比較計測溶液中における光合成サンプルの密度は、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることも好ましい。この場合、例えば、吸光度等を測定して光合成サンプルの密度を計測した後、この密度に基づいて遅延蛍光の光量を補正することにより、より精度の高い有害物質の評価が実現される。
【0019】
加えて、第1のステップ及び第2のステップにおいては、遅延蛍光の光量を計測する前に、試験計測溶液及び比較計測溶液を均一化させることも好ましい。このようにすれば、計測中において計測溶液中の光合成サンプルが均一に分布されるので、さらに誤差の少ない有害物質の評価が可能となる。
【0020】
また、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルについては、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなる光合成サンプルを用いることが好ましい。このような光合成サンプルとしては、例えばスピルリナ(Spirulina)が挙げられる。
【0021】
本発明による他の有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(a)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、(b)試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、(c)試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、(d)計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、(e)計測ステップの前に、試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップとを備えることを特徴とする。
【0022】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化において得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。また、計測ステップの前に試験計測溶液に対して順化ステップを行うことにより、遅延蛍光の計測、及びその計測結果による有害物質の評価の精度を向上することができる。
【0023】
このように、計測ステップの前に順化ステップを実施する場合、暗中待機ステップにおいて、所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることが好ましい。また、予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことが好ましい。
【0024】
そして、このような評価のために、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価するための有害物質の評価用キットであって、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルと、水溶液サンプルの塩濃度及びpHを調整するための混合塩類と、光合成サンプルと混合塩類とを、水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、を備える有害物質の評価用キットが提供される。また、評価用キットは、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることが好ましい。このような安定化剤としては、例えば、比重調整剤、増粘剤が挙げられる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の有害物質の評価方法によれば、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、遅延蛍光計測装置の一実施形態を示す図である。
【図2】図2は、図1の遅延蛍光計測装置を部分的に示すブロック図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図4】図4は、遅延蛍光の光量を測定する際の遅延蛍光計測装置1の動作を示すフローチャートである。
【図5】図5は、遅延蛍光の光量の時間的変化の一例を示す図である。
【図6】図6の(a)は、波長665nmの吸光度と遅延蛍光量との関係の一例を示すグラフ、(b)は、波長750nmの吸光度と遅延蛍光量との関係の一例を示すグラフである。
【図7】図7は、吸光度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフである。
【図8】図8の(a)は、光強度を変化させた場合の評価値CP1を示すグラフ、(b)は、光強度を変化させた場合の評価値CP2を示すグラフ、(c)は、光強度を変化させた場合の評価値TP2を示すグラフである。
【図9】図9の(a)は、光波長を変化させた場合の評価値CP1を示すグラフ、(b)は、光波長を変化させた場合の評価値CP2を示すグラフ、(c)は、光波長を変化させた場合の評価値TP2を示すグラフである。
【図10】図10の(a)は、アトラジン濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、アトラジン濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、アトラジン濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図11】図11は、アトラジン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図12】図12の(a)は、DCMU濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、DCMU濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、DCMU濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図13】図13は、DCMU濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図14】図14の(a)は、パラコート濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、パラコート濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、パラコート濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図15】図15は、パラコート濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図16】図16の(a)は、無機水銀濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、無機水銀濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、無機水銀濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図17】図17は、無機水銀濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図18】図18の(a)は、遊離シアン濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、遊離シアン濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、遊離シアン濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図19】図19は、遊離シアン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図20】図20の(a)は、TPN濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、TPN濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、TPN濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図21】図21は、TPN濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図22】図22の(a)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VTP2を示すグラフである。
【図23】図23の(a)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VTP2を示すグラフである。
【図24】図24は、本発明の一実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。
【図25】図25は、本発明の他の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。
【図26】図26は、本発明の他の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図27】図27の(a)は、放置時の様々な光条件に対するTPNに関する比較値を示すグラフ、(b)は、放置時の様々な光条件に対する無機水銀に関する比較値を示すグラフである。
【図28】図28の(a)は、実施例1において算出された比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、実施例1において算出された比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、実施例1において算出された比較値VTP2を示すグラフである。
【図29】図29は、実施例2において算出された比較値VCP1を示すグラフである。
【図30】図30は、高塩性培地及び低塩性培地を用いて水溶液サンプルを調整した場合の調整例を示す表である。
【図31】図31は、溶液の均一化なし、及び増粘剤添加の条件での放置時間に対する遅延蛍光量の変化を示すグラフである。
【図32】図32は、有害物質の連続的な評価方法の一例を示す模式図である。
【図33】図33は、有害物質の連続的な評価方法の他の例を示す模式図である。
【図34】図34は、遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図である。
【図35】図35は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在する場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。
【図36】図36は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。
【図37】図37は、シマジン濃度及びジクロロフェノール濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図38】図38は、シマジン濃度及びジクロロフェノール濃度を変化させた場合のVCurve値を示すグラフである。
【図39】図39は、遅延蛍光の計測回数による評価値CP1の変化を示すグラフである。
【図40】図40は、遅延蛍光の計測を3回行った結果における計測精度を示す表である。
【符号の説明】
【0027】
1…遅延蛍光計測装置、10…光源、12…第1測定部、12a…第1光センサ、12b…散乱光量算出部、14…測定部、14a…第2光センサ、14b…遅延蛍光量算出部、16…解析部、18…制御部、20…筐体、22…本体部、24…蓋部、26…導入口、28…設置部、30…フィルタ、32…集光光学系、34…シャッタ、36,44…ケーブル、38…算出部、40…記憶部、42…表示部、50…採液容器、52…水溶液サンプル、54…調整溶液、56…濃縮化光合成サンプル、58…試験計測溶液、60…採液容器。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施形態について図面を参照して説明する。なお、各図において、同一要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0029】
(遅延蛍光計測装置)
まず、本発明による有害物質の評価方法を実施するための遅延蛍光計測装置について説明する。図1は、遅延蛍光計測装置の一実施形態を示す図であり、図2は、遅延蛍光計測装置を部分的に示すブロック図である。
【0030】
遅延蛍光計測装置1は、光源10、第1測定部12、第2測定部14、解析部16および制御部18を備えている。光源10は、測定対象の溶液に所定波長の測定光を照射するものであって、その波長は、280nm〜800nmである。ここで、光源10は、単色光源であっても、複数の光源を組み合せた光源であってもよい。光源10の発光は、所定時間連続してもよいし、任意のパターンでパルス点灯させてもよい。また、同一または異なる波長特性を有する複数の光源を順番に発光させたり、複数の光源を同時に発光させたりしてもよい。
【0031】
第1測定部12は、測定光に対する溶液の吸光度または散乱光の光量を測定するものであり、溶液に照射された測定光の透過光または散乱光を検知する第1光センサ12aと、第1光センサ12aが検知して出力する信号に基づいて吸光度または散乱光の光量を算出する吸光度または散乱光量算出部12bとを有している。
【0032】
第2測定部14は、測定光が照射されたことによって光合成サンプル(詳細は、後述する。)から生じる遅延蛍光の光量を測定するものであり、遅延蛍光を検知する第2光センサ14aと、第2光センサ14aが検知して出力する信号に基づいて遅延蛍光の光量を算出する遅延蛍光量算出部14bとを有している。ここで、遅延蛍光は以下のようにして生じる。つまり、光合成機能を有する生物反応において、同化色素(光合成色素)に吸収された光エネルギーが、電子伝達経路により化学的エネルギーとして生物反応中に伝達される。その伝達過程で、化学エネルギーの一部が逆反応を起こし、光合成色素がその化学エネルギーにより再励起される。このようにして再励起された光合成色素から蛍光発光が生じる。なお、遅延蛍光は遅延発光と呼ばれることもあり、以下総称して遅延蛍光とする。
【0033】
光源10、第1測定部12および第2測定部14は、遮光性を有する筐体20に収容されている。筐体20は、それ自体が光を遮断する遮光部材で形成されてもよく、光を遮断する塗料等を塗布した部材で形成されてもよい。
【0034】
筐体20は、本体部22と蓋部24とを有している。本体部22は、その一端側に導入口26が形成されている。導入口26は、筐体20内に光合成サンプルを含む溶液を入れるために形成されており、蓋部24により閉塞されるようになっている。
【0035】
また、筐体20内には、溶液を入れた容器(図示せず)を設置可能な設置部28が光源10と第1測定部12との中間付近に設けられている。設置部28は、例えば、容器固定用の固定爪を有し、この固定爪で容器を固定するようになっている。
【0036】
筐体20内の設置部28と第2測定部14との間には、フィルタ30、集光光学系32およびシャッタ34が設けられている。フィルタ30は、筐体20の内壁面に接するように設けられ遅延蛍光を透過するものである。集光光学系32は、微弱な遅延蛍光を集光するものである。シャッタ34は、開閉自在にされており、閉じているときは遅延蛍光を遮断するようになっている。
【0037】
解析部16は、第1ケーブル36を介して第1測定部12と第2測定部14とに接続されており、算出部38、記憶部40および表示部42を有している。算出部38は、第1測定部12により測定された吸光度または散乱光の光量、および第2測定部14により測定された遅延蛍光の光量に基づいて、後述する演算方法に従って、溶液中に存在する有害物質に相関する比較値を求める。記憶部40は、算出部38により求められた比較値を順次記憶するものである。表示部42は、記憶部40に順次記憶された複数の比較値を表示又は図示するものである。
【0038】
制御部18は、第2ケーブル44を介して解析部16に接続されている。すなわち、制御部18は、第2ケーブル44および第1ケーブル36を介して、第1測定部12および第2測定部14に接続されていることとなる。また、制御部18は、蓋部24の開閉、光源10の発光や発光の停止およびシャッタ34の開閉を制御する制御信号を送信する。
【0039】
(有害物質の評価方法)
次いで、本発明による有害物質の評価方法について詳細に説明する。図3は、有害物質としての生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。この評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する生物生育阻害要因を評価するためのものである。ここで、生物生育阻害要因とは、細菌、藻類、ミジンコ、魚類等の生物個体に対して生育阻害作用や毒性等の悪影響を与える要因のことである。
【0040】
まず、キュベット等の容器内において試験対象となる水溶液サンプルと調整溶液とを混合する(ステップS01)。
【0041】
水溶液サンプルとしては、湖沼河川や井戸水など天然の水源から直接採取した水、土壌や汚泥など固形物から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液、野菜等農薬が散布された物体の表面を洗い流した水溶液、ガス成分を液体に吸収させることにより得られる水溶液、植物や動物など(野菜や食肉など)から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液、及び植物や動物から採取された組織液、血液、乳汁、糞尿などの排泄物から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液などが利用できる。また、上記水溶液サンプルは、予め溶媒抽出や固相抽出などによる分画処理により、水溶性物質、疎水性物質等の特性の異なる成分に分離または濃縮したものを用いることができる。
【0042】
調整溶液は、水溶液サンプルの塩濃度、pHを調整するための各種塩類を含む溶液である。光合成サンプルを用いた遅延蛍光計測に用いる計測溶液を調製する場合、水溶液サンプルは未知の水溶液であり、その塩濃度、pHなどが多様である場合が多い。なお、塩濃度、pHが適切な範囲に無い場合は光合成サンプルの光合成機能に影響を与えることが知られている。そこで、調整溶液は、計測溶液の塩濃度、pHを調整するために用いられる。さらに、高感度な計測を行うためには、キュベット中の計測溶液における光合成サンプルの分布密度が均一で偏りがないこと、計測中に沈殿物や浮上物が生じないことが好ましい。このために、調整溶液は、計測溶液における光合成サンプルの分布密度に偏りが発生しないよう均一化するための安定化剤を含有することが好ましい。例えば、計測溶液にある程度の粘性を持たせたり、比重を光合成サンプルと一致させたりすることにより均一化が可能である。
【0043】
調整溶液の溶質としては、例えば、水溶液サンプルの塩濃度、pHを光合成サンプルに適した条件に調整する混合塩類、光合成サンプルの計測溶液における分布密度を均一化する安定化剤、及び光合成反応に最低限必要な栄養塩類などが挙げられる。また、調整溶液に含まれる安定化剤としては、計測中の光合成サンプルの空間的安定化に必要な比重調整剤や、ゲル化剤(増粘剤)などを用いることが可能である。このような比重調整剤を用いることにより、計測溶液の比重が光合成サンプルとほぼ一致するように調整される。また、この安定化剤は、調整溶液に代えて、後述する光合成サンプルに含ませておいても良い。
【0044】
次に、キュベット等の容器内において、調整溶液によって調整された水溶液サンプルに光合成サンプルが混入され、試験計測溶液として調製される(ステップS02、調製ステップ)。この場合、試験計測溶液中の光合成サンプルが均一の濃度となるように混合される。
【0045】
光合成サンプルとは、光合成機能を有するものであって、遅延蛍光を発光可能なものであればよく、例えば藻類又は植物性プランクトン、シアノバクテリア、光合成細菌、植物体や葉や又はその細片、カルスなどの植物性培養細胞、植物から抽出された光合成小器官やチラコイド膜、さらには人工的に合成された光合成様機能を持つ膜・タンパク複合体などが挙げられる。好適には、例えば、藍藻類であるSpirulina、緑藻類であるSelenastrumや、黄色藻類であるIsochrysis 、また、ホウレンソウなどから抽出されたチラコイド膜などが利用できる。
【0046】
上記のようにして調製された試験計測溶液を所定の光条件のもとで所定の放置時間放置する(ステップS03、放置ステップ)。光条件とは、放置時において試験計測溶液に照射される光の波長、光量、合成光である場合の各成分の波長及び光量というような環境条件のことをいうものとする。
【0047】
そして、以下のようにして、試験計測溶液から発せられる遅延蛍光の光量を計測して、遅延蛍光の光量の時間的変化を測定する(ステップS04、計測ステップ)。
【0048】
図4は、遅延蛍光の光量を測定する際の遅延蛍光計測装置1の動作を示すフローチャートである。なお、筐体20内の設置部28には、試験計測溶液を入れた容器が設置されているものとする。
【0049】
まず、制御部18は、光源10を発光させる制御信号を送信する。これにより、光源10は発光する(ステップS401)。この発光は、光合成サンプルを計測光に順応させるための予備的な光照射を試験計測溶液に対して行った後、遅延蛍光を生じさせるための光照射を所定の照射時間行う。光源10が発光すると、第1測定部12は試験計測溶液の吸光度または散乱光の光量を測定する(ステップS402)。測定後、第1測定部12は、吸光度または散乱光の光量に関する情報を算出部38に送信する。その後、制御部18は光源10の発光を停止させる制御信号を送信する。これにより、光源10は発光を停止する(ステップS403)。なお、上記した吸光度または散乱光の光量の測定は、予備的な光照射の際に行っても良い。
【0050】
発光停止後、制御部18はシャッタ34を開動作させる制御信号を送信する。これにより、シャッタ34は開動作する(ステップS404)。シャッタ34が開動作すると、第2測定部14は遅延蛍光の光量を測定する(ステップS405)。測定後、第2測定部14は、所定の計測時間における遅延蛍光の光量の時間的変化に関する情報を算出部38に送信する。その後、制御部18は、シャッタ34を閉動作させる制御信号を送信する。これにより、シャッタ34は閉動作する(ステップS406)。
【0051】
ここまでの処理で試験計測溶液に関する遅延蛍光量の計測(第1のステップ)が完了する。
【0052】
次に、図3に戻って、ステップS01と同一の条件で、キュベット等の別の容器内において標準サンプルと調整溶液とを混合する(ステップS05)。ここで、標準サンプルは、生物生育阻害要因といった有害物質が存在しないことが既知の溶液であり、例えば、滅菌蒸留水や純水等の不純物、菌類が取り除かれた水が用いられる。
【0053】
そして、ステップS02と同一の条件で、キュベット等の容器内において調整溶液によって調整された標準サンプルに光合成サンプルが混入され、標準計測溶液として調製される(ステップS06)。以下、ステップS03〜S04と同様にして、標準計測溶液の遅延蛍光量の計測が行われる(ステップS07〜ステップS08、以上、第2のステップ)。
【0054】
なお、上述した遅延蛍光量の計測(ステップS401〜S406)は、計測精度を上げるために、試験計測溶液又は標準計測溶液について複数回繰り返し行って、その平均値を算出するようにしても良い。
【0055】
試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光量の時間的変化、及びそれぞれの測定時の吸光度(又は散乱光の光量)が計測されると、算出部38は、それらの遅延蛍光量の時間的変化に基づいて、生物生育阻害要因に相関する比較値を求める(ステップS09)。
【0056】
図5は、標準的測定条件下の遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図である。ここで標準的測定条件とは、以下の通りである。まず、光合成サンプルとして、光強度50μmol/m2/s、波長665nmの赤色単色光下で一般的な方法で育成された藍藻類であるSpirulina platensis、標準サンプルとして、1.8mlの滅菌蒸留水を用意する。次に、4倍濃度の標準的な藍藻培養用混合塩類と、pH及び塩濃度を調整するための混合塩類とを含む0.6mlの調整溶液を標準サンプルに添加する。次いで、665nmの吸光度に換算して、OD=0.1程度で均一であるSpirulina platensisと、ゲル化剤として0.5重量%の寒天とを含む0.6mlの光合成サンプルを混合して、3mlの計測溶液を調製する。
【0057】
その後、光強度1.5μmol/ m2/sの白色蛍光灯下で15分程度放置する。そして、遅延蛍光計測装置1を用いて、光合成サンプルを計測光条件に順応させるための予備的な光照射として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、60秒間暗黒下で待機させる。その後、再度665nm、0.8mW/cm2の励起光を2秒照射後に、時間分解能0.1秒で60秒間の遅延蛍光の光量を計測する。上記60秒間の計測を3回実行して、その平均値から遅延蛍光の光量の時間的変化が得られる。なお、水溶液サンプルについても同様である。
【0058】
図5に示されるように、得られる遅延蛍光減衰カーブ(遅延蛍光の光量の時間的変化)は、光照射終了後から続く減衰カーブの頂点である第1ピーク(P1)と、光照射終了後25〜35秒近辺に現れる第二ピーク(P2)を有する。また、第1ピーク(P1)と第2ピーク(P2)の間におけるP1の近傍には、変曲点(C1)が現れる。これらP1、P2、及びC1(特徴点)は生物生育阻害要因の種類により特徴的な変化を示す。この特徴点の変化は、光合成サンプルの生物生育阻害要因に対する感受性の変化からもたらされる。また、この特徴点としては、上記3つの点には限られず、P1とP2の間の極小点や、遅延蛍光減衰カーブにおけるその他の変曲点を用いることもできる。
【0059】
ここで、算出部38は、試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光減衰カーブ中の特徴点を検出し、その特徴点を評価する評価値を算出する。この評価値としては、P1における遅延蛍光量CP1、P2における遅延蛍光量CP2、及びP2における光照射終了後の経過時間TP2が用いられる。また、変曲点C1を評価するための評価値としては、試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光の光量の時間的変化の値を用いる。
【0060】
そして、算出部38は、それぞれの計測溶液の測定時の吸光度(又は散乱光の光量)に基づいて遅延蛍光の光量又は評価値を補正することも行う。この補正は、計測溶液中の光合成サンプルの濃度差により生ずる測定誤差を補正するためのものである。この測定誤差は、特に光合成サンプルの極微量変化領域を評価する場合に、設置部28での光合成サンプルの配置、あるいは設置部28自身の配置などで光照射量、光路が変化することにより生ずる。この補正には、吸光度(又は散乱光の光量)を基にして計測された細胞密度を用いることが有効である。
【0061】
上記補正を精度良く行うためには、試験計測溶液中及び標準計測溶液中における光合成サンプルの密度は、それぞれに関する遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることが好ましい。つまり、計測溶液中の光合成サンプル密度がある値以下では、吸光度(又は散乱光の光量)と、遅延蛍光の光量とは、光合成サンプル密度と高い相関を示す。この密度の上限値は、光合成サンプルの特性毎に適宜設定される。
【0062】
図6において、グラフ(a)は、波長665nmの吸光度(OD665)と遅延蛍光量CP1との関係の一例、グラフ(b)は、波長750nmの吸光度(OD750)と遅延蛍光量CP1との関係の一例を示す。図6の例によれば、吸光度と遅延蛍光量CP1は、吸光度(OD)=0.5付近まで高い相関がある。しかし、OD=0.5以上では、光合成サンプル自体の自己吸収により遅延蛍光量が見かけ上減少している事がわかる。従って、この場合、吸光度がOD=0.5以下の範囲内であれば、それを元に遅延蛍光量の補正が高精度に為され得る。
【0063】
次いで、算出部38は、評価値から水溶液サンプル中の生物生育阻害要因による影響を顕在化させるための比較値を算出する。比較値の例としては、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られたCP1、CP2、TP2の比をとって得られたVCP1値、VCP2値、VTP2値、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られた遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとって得られたCurve値が用いられる。これら比較値を評価することで光合成サンプルの生物生育阻害要因に対する感受性が適切に評価される。
【0064】
なお、以下本明細書において、CP1は、光照射終了後0.1秒から0.5秒までの遅延蛍光量積算量[counts]、TP2は、第2ピーク(又は類似の変曲点)の現れる光照射終了後経過時間[sec]、CP2は、第2ピーク(又は類似の変曲点)の現れる時刻±0.5秒の遅延蛍光量積算量[counts]、Curve値は、C1を含む第1ピークと第二ピークとの間の遅延蛍光減衰カーブの、試験計測溶液と標準計測溶液との差[counts]、VCP1値、VCP2値、VTP2値は、それぞれCP1、CP2、TP2の、標準計測溶液に対する試験計測溶液の比として算出されるものとする。これらの評価値及び比較値の具体的な算出方法については、必要に応じて適宜選択して良い。
【0065】
また、このように算出された比較値により高感度で生物生育阻害要因を検出するためには、上述した遅延蛍光の光量と比例関係を有する光合成サンプル密度の範囲内であっても、光合成サンプルは十分に低密度であることが好ましい。
【0066】
図7には、波長665nmの吸光度に対するVCP1値の変化を示す。このVCP1値は、濃度0.1ppbのDCMUを含む水溶液サンプル、及び光合成サンプルSpirulina platensisを混合した計測溶液を対象に計測を行った結果得られたものである。また、標準計測溶液を計測対象にした場合、吸光度0.5以下において吸光度と遅延蛍光の光量とが高い相関を示した。
【0067】
図7により示されるように、光合成サンプル密度がOD=0.1より高くなるに従い、VCP1値(%)が低下する。一方では遅延蛍光の光量と光合成サンプル密度の相関は、吸光度0.5付近まで保たれている。このことから、遅延蛍光の光量が自己吸収により減衰しない光合成サンプル密度の範囲においても、光合成サンプル密度が比較的高い場合、生物生育阻害要因の検出感度が低下することがわかる。光合成サンプルへの生物生育阻害性は、水溶液サンプル中の化学物質が光合成サンプル中に浸透吸収されて、特定の標的生体分子と直接もしくは間接的に相互作用することにより発生する。このため、極低濃度の化学物質に対して、過剰の光合成サンプル(=標的生体分子)が存在する場合には影響が低下する結果となる。
【0068】
図3に戻って、比較値が求められると、記憶部40は比較値を記憶し(ステップS10)、表示部42は記憶された比較値を表示する(ステップS11)。ここでの表示は、例えば、記憶された比較値をグラフ表示等することによって行われる。また、以前記憶された他の水溶液サンプルに関する比較値と対比できるように並べて表示等することも好ましい。最後に、表示された比較値を既知物質の比較値と対比して解析することにより、水溶液サンプルにおける生物生育阻害要因の定性・定量が行われる(ステップS12、以上、第3のステップ、評価ステップ)。ステップS12における解析・評価方法の詳細については後に詳述する。
【0069】
なお、ステップS03における計測溶液の放置時の光条件は、安定して高感度計測を行うために所定の条件に制御することが好ましい。また、光合成サンプルを明所から暗所に移動した場合などには、光合成サンプルが経時的に徐々にその環境に適応していくために、測定前から光合成サンプルを一定の光条件で保存しておいたり、光合成サンプルを置く光環境を変化させた後、所定時間経過後に遅延蛍光の計測を行うとより好適である。
【0070】
図8には、光合成サンプルとしてSpirulina platensisを使用した場合に、計測溶液放置時の光強度を様々変化させた場合の評価値の一例を示す。図8において、グラフ(a)は、光強度を変化させた場合のCP1、グラフ(b)は、光強度を変化させた場合のCP2、グラフ(c)は、光強度を変化させた場合のTP2を示す。図8に示すように、測定前に強光下での明所においた計測溶液では、CP1が他の光強度に比して大きく、弱光においた計測溶液では、CP2が他の光強度に比して大きく、暗黒においた計測溶液では、TP2が他の光強度に比して大きくなっている。このように、光合成サンプルから発せられる遅延蛍光は、放置状態での光強度により変化し、その結果、遅延蛍光減衰カーブの計測・評価結果に影響する事がわかる。このような理由から、計測溶液の放置時の光条件を所定の条件に制御することは、遅延蛍光減衰カーブ中の極大点、極小点、変曲点などの特徴点を再現性良く安定して測定・評価するために重要である。
【0071】
また、計測溶液に混合される光合成サンプルは、再現性の良い計測結果を得るために所定の培養条件で育成したものを用いることが好ましい。このような所定の培養条件としては、一定の光環境下(例えば、照射波長、照射強度)であることが好ましい。また、単色光源で育成したものを低温下にて暗黒もしくは所定の光照射強度(例えば、光強度1μmol/m2/s)で保存して、増殖が抑制された培養条件であることがより好ましい。
【0072】
図9には、異なる光環境で育成された光合成サンプルSpirulina platensisを使用した場合の評価値を示す。図9において、グラフ(a)は、培養条件(光波長)を変化させた場合のCP1、グラフ(b)は、光波長を変化させた場合のCP2、グラフ(c)は、光波長を変化させた場合のTP2を示す。図9に示すように、遅延蛍光減衰カーブは光環境により変化することから、得られる評価値も変動する。このような理由から、所定の培養条件で光合成サンプルを育成することは、規格化された高感度計測を行うために重要である。
【0073】
(既存物質の計測)
以下、上述した標準的測定条件下において、生物生育阻害要因となる既存化学物質を含む水溶液サンプルについての遅延蛍光計測の解析結果を示す。
【0074】
図10及び図11は、アトラジンを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図10において、グラフ(a)は、アトラジン濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、アトラジン濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、アトラジン濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図11は、アトラジン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。アトラジンは光合成を阻害する疎水性除草剤として利用されていたが、20μg/l程度の低濃度でカエル等に催奇形作用をしめす内分泌撹乱作用が認められ、規制の対象になっている化学物質である。なお、図中に表記されているアトラジン濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0075】
図10に示すように、アトラジン濃度の増加に応じて、VCP1値が増大する一方、VCP2値が減少することがわかる。また、アトラジン濃度の増加に応じて、VTP2値は若干減少する。また、図11により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に、励起後時間3〜4秒付近ではマイナス側に変化していくことが判明した。
【0076】
また、図12及び図13は、DCMU(ジウロン)を様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図12において、グラフ(a)は、DCMU濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、DCMU濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、DCMU濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図13は、DCMU濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。DCMU(ジウロン)はアトラジンと同様に、光合成を阻害する除草剤として幅広く利用されてきたが、生物への悪影響が指摘されており、規制の対象となっている。なお、図中に表記されているDCMU濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0077】
図12に示すように、DCMU濃度の増加に応じて、VCP1値が増大する一方、VCP2値が減少することがわかる。また、DCMU濃度の増加に応じて、VTP2値はほとんど変化しない。また、図13により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に、励起後時間3〜5秒付近ではマイナス側に変化していくことが判明した。
【0078】
また、図14及び図15は、パラコートを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図14において、グラフ(a)は、パラコート濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、パラコート濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、パラコート濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図15は、パラコート濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。パラコートは細胞中に取り込まれた後に、生体反応の電子伝達を撹乱したり、活性酸素を発生することにより細胞に障害を起こすとされており、除草剤として利用されている。なお、図中に表記されているパラコート濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0079】
図14に示すように、パラコート濃度の増加に応じて、VCP2値及びVTP2値が減少するが、高濃度でその減少が鈍くなる。また、パラコート濃度の増加に応じて、VCP1値は低濃度において若干減少する。また、図15により、Curve値は、高濃度になるにつれて励起後時間1〜4秒付近でマイナス側に変化することが判明した。
【0080】
また、図16及び図17は、無機水銀を様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図16において、グラフ(a)は、無機水銀濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、無機水銀濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、無機水銀濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図17は、無機水銀濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。無機水銀は、光合成サンプルだけでなく一般的な細胞にも毒性を示す物質である。なお、図中に表記されている無機水銀濃度は、塩化水銀溶液として調製し、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での水銀イオン濃度換算での濃度である。
【0081】
図16に示すように、無機水銀濃度の増加に応じて、VTP2値が増加する一方、VCP2値は減少する。また、無機水銀濃度の増加に応じて、VCP1値は、低濃度においてはあまり変化しないが、高濃度においては増加する。また、図17により、Curve値は、高濃度になるにつれて経過時間1〜2秒付近で時間分布がプラス側に変化することが判明した。
【0082】
また、図18及び図19は、遊離シアンを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図18において、グラフ(a)は、遊離シアン濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、遊離シアン濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、遊離シアン濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図19は、遊離シアン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。遊離シアンは、光合成サンプルだけでなく一般的な細胞にも毒性を示す。なお図中に表記されている遊離シアン濃度は、シアン化カリウム溶液として調整し、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中でのシアン化イオン換算の濃度である。
【0083】
図18に示すように、遊離シアン濃度の増加に応じて、VTP2値及びVCP2値は、低濃度においてはほとんど変化しないが、高濃度において減少する。また、有機シアン濃度の増加に応じて、VCP1値は、ほとんど変化しない。また、図19により、Curve値は、高濃度になるにつれてプラス側に変化し、その変化は、励起後時間2〜4秒付近に集中することが判明した。
【0084】
また、図20及び図21は、TPNを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図20において、グラフ(a)は、TPN濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、TPN濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、TPN濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図21は、TPN濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。TPNは殺菌作用を示す農薬等に含まれる成分で、細胞のエネルギーであるATP生産に関わる酵素を失活させる、光合成ではなく呼吸代謝に作用する化学物質である。なお、図中に表記されているTPN濃度は、TPNのみを主剤として含む殺菌剤を希釈して用い、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中でのTPN濃度換算の濃度である。
【0085】
図20に示すように、TPN濃度の増加に応じて、VCP1値及びVTP2値は増加する一方、VCP2値は減少する。また、図21により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に変化し、励起後時間3〜5秒付近でマイナス側に変化することが判明した。
【0086】
TPNは野菜における残留農薬の規制対象になっている殺菌剤の主要なもので、法定の規制濃度は1ppmとなっている。また、TPNを主剤とする主要な市販殺菌剤における散布濃度は400ppmである。本法における検出感度は、散布濃度の10000分の1程度の濃度で検出可能であり、野菜の表面から水溶液サンプルを得ることにより規制基準以下のTPNも十分に検出できることを示している。
【0087】
(生物生育阻害要因の解析・評価)
実際の水溶液サンプルの計測においては、その中に複数の生物生育阻害要因が同時に存在することがあり得る。生物生育阻害要因の評価方法により得られた遅延蛍光減衰カーブは、各種生育阻害要因による影響が時間的に分離されており、生物生育阻害要因に対して相加的に現れる。そのため、複数の生物生育阻害要因が存在した場合には、それぞれを別個に推定することが可能であると同時に、それら変化を積算して評価することも可能である。このように、生物生育阻害要因の定性的な評価と定量的な評価とが同時に行われる。
【0088】
水溶液サンプル中に異種の生物生育阻害要因が存在している場合、例えば、DCMUと無機水銀が存在している場合、本実施形態において用いている比較値の中での主たる変化の現れる比較値は、例えば、DCMUではVCP1値、無機水銀ではVCP2値及びVTP2値となっている。このように、遅延蛍光減衰カーブ中に変化が現れる比較値が異なる生物生育阻害要因を同時に含む場合、全体の比較値の変化は相加的に現れる。
【0089】
図22は、生物生育阻害要因としてのDCMUを濃度0.1ppbで含有する試験計測溶液「DCMU」と、生物生育阻害要因としての水銀イオンを濃度20ppbで含有する試験計測溶液「Hg2+」と、DCMUを濃度0.1ppb及び水銀イオンを濃度20ppbで含有する試験計測溶液「DCMU+Hg」とのそれぞれから得られた比較値VCP1値、VCP2値、及びVTP2値を示している。図22において、グラフ(a)は、各試験計測溶液のVCP1値を示すグラフ、グラフ(b)は、各試験計測溶液のVCP2値を示すグラフ、グラフ(c)は、各試験計測溶液のVTP2値を示すグラフである。
【0090】
図22のグラフ(a)で示されるように、VCP1値では、主な変化の現れる評価値がVCP1値である「DCMU」では116.0、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、129.6、水銀イオンのみを含む「Hg2+」では、104.1となっており、DCMUを含む場合にはVCP1値の変化が大きいことがわかる。また、図22のグラフ(b)で示されるように、VCP2値では、主な変化の現れる比較値がVCP2値である「Hg2+」では59.9、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、44.9、DCMUのみを含む「DCMU」では、88.0となっており、水銀イオンを含む場合には、CP2の変化が大きいことがわかる。また、図22のグラフ(c)で示されるように、VTP2値では、主な変化の現れる比較値がVTP2値である「Hg2+」では144.9、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、149.9、DCMUのみを含む「DCMU」では、100.0となっており、水銀イオンを含む場合には、TP2の変化が大きいことがわかる。
【0091】
以上の結果から、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、DCMUでの主な変化の現れるVCP1値と水銀イオンでの主な変化の現れる比較値VCP2値及びVTP2値に変化が現れており、DCMUと水銀イオンとを同時に含有している事が同時に計測可能であることがわかる。
【0092】
一方、水溶液サンプル中に同種の生物生育阻害要因が存在している場合、例えば、アトラジンとDCMUとが存在している場合、本実施形態において用いている比較値の中での主たる変化の現れる比較値は、ともにVCP1値となっている。このように、遅延蛍光減衰カーブ中に変化が現れる比較値が同じ生物生育阻害要因を同時に含む場合、全体の比較値の変化は相加的に現れる。
【0093】
図23は、生物生育阻害要因としてのアトラジンを濃度0.2ppbで含有する試験計測溶液「アトラジン」と、生物生育阻害要因としてのDCMUを濃度0.1ppbで含有する試験計測溶液「DCMU」と、DCMUを濃度0.1ppb及びアトラジンを濃度0.2ppbで含有する試験計測溶液「アトラジン+DCMU」とのそれぞれから得られた比較値VCP1値、VCP2値、及びVTP2値を示している。図23において、グラフ(a)は、各試験計測溶液のVCP1値を示すグラフ、グラフ(b)は、各試験計測溶液のVCP2値を示すグラフ、グラフ(c)は、各試験計測溶液のVTP2値を示すグラフである。
【0094】
図23のグラフ(a)で示されるように、VCP1値は、「アトラジン」では106.4、「DCMU」で125.6、「アトラジン+DCMU」では、132.2となっており、アトラジンとDCMUを同時に含む場合にはVCP1が相加的に増加していることがわかる。また、図23のグラフ(b)で示されるように、VCP2値は、「アトラジン」では90.0、「DCMU」で84.6、「アトラジン+DCMU」では、86.0となっており、大きな変化が見られないことがわかる。また、図23のグラフ(c)で示されるように、VTP2値は、「アトラジン」では100.0、「DCMU」で101.5、「アトラジン+DCMU」では、100.0となっており、大きな変化が見られないことがわかる。
【0095】
以上の結果から、アトラジンとDCMUを含む「アトラジン+DCMU」では、ともに主な変化の現れる比較値であるVCP1値において相加的に値が増加している。このように、同種の生物生育阻害要因は遅延蛍光の計測結果に相加的に影響を与えるので、同種の生物生育阻害要因となる化学物質に対する生物生育阻害要因の総合的な評価結果が得られる。
【0096】
(生物生育阻害要因の評価用キット)
続いて、本発明による生物生育阻害要因の評価用キットについて詳細に説明する。上述した生物生育阻害要因の評価方法を簡便に実施するために、生物生育阻害要因の評価用キットを用いることができる。生物生育阻害要因の評価用キットは、水溶液サンプル又は標準サンプルに混合される濃縮化光合成サンプルと、光合成サンプルが混合された水溶液サンプル又は標準サンプルの塩濃度及びpHを調整するための濃縮された混合塩類、栄養塩類を含む調整溶液と、光合成サンプルと調整溶液とを水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、を含むものである。
【0097】
ここで、上記した濃縮化光合成サンプル、調整溶液のいずれか、又はその両方には、光合成サンプルの空間的な安定化に必要な安定化剤を含むことが好ましい。なお、濃縮化光合成サンプルに安定化剤を含ませる場合には、濃縮状態で光合成サンプルに悪影響を与えないような安定化剤が用いられる。また、水溶液サンプル中の生育阻害要因に対して吸着や分解など、光合成サンプルへの作用を阻害しない安定化剤が好適に用いられる。安定化剤としては、例えば、アガロース等の多糖類や、高分子ポリマーが挙げられる。
【0098】
また、混合手段としては、採液容器中において光合成サンプルと調整溶液とを水溶液サンプルに分離して混合することができるものであれば任意の形状の採液容器を用いることができる。
【0099】
図24は、このような生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。同図に示されるように、所定の採液容器50に所定量の水溶液サンプル52が採取され、その後、塩濃度及びpHが所定の範囲になるように調整溶液54が混合される。さらに、採液容器50に濃縮化光合成サンプル56が混ぜ合わされる。その後、採液容器50内で調製された試験計測溶液58を放置後、採液容器50を遅延蛍光計測装置1に収納させて遅延蛍光の光量の計測を行う。
【0100】
また、採液容器としては、吸引などにより所定量の水溶液サンプルが採取可能な注射筒やスポイトのような容器を採液容器として用いることも好ましい。この採液容器内に、どちらかまたは双方に安定化剤を含む調整溶液及び濃縮化光合成サンプルを分離した状態で収容させておくことも好ましい。この場合、水溶液サンプル採取の際の一挙動で調整溶液、光合成サンプル、安定化剤の混合が可能であるため計測をより簡便に行うことができる。
【0101】
また、水溶液サンプルが吸引された場合に、先に調整溶液と混合され、次に濃縮化光合成サンプルと混合されるような位置に、調整溶液及び濃縮化光合成サンプルが保持されていることがより好ましい。これにより、水溶液サンプルの塩濃度、pHが光合成サンプルに影響を与えうる範囲であっても、調整溶液で調整後に光合成サンプルを混合することにより光合成サンプルに対する影響を低減することができる。
【0102】
図25は、スポイト型の生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。同図に示されるように、スポイト型の採液容器60内には、調整溶液54と濃縮化光合成サンプル56とが上下に分離して収容されている。採液容器60中で、調整溶液と濃縮化光合成サンプルを分離して保持するために、採液容器60自体に壁や溶液ポケット等の分離手段が備えられていても良い。また、採液容器60の構造の単純化、コストの低減化の観点からは、調整溶液と濃縮化光合成サンプルそれぞれに濃縮されたゲル化剤などの安定化剤が含まれていることにより、それぞれもしくは片方の溶液が高粘性を持っていても良い。
【0103】
このような採液容器60において、調整溶液54が収容されている位置まで水溶液サンプル52が吸引採取され、水溶液サンプルと調整溶液54とが一旦混合される。その後、採液容器60に水溶液サンプル52が所定量に達するまで吸引採取され、濃縮化光合成サンプル56と混ぜ合わされる。このようにして採液容器60内で調製された試験計測溶液を放置後、採液容器60を遅延蛍光計測装置1に収納させて遅延蛍光の光量の計測を行う。
【0104】
以上説明した生物生育阻害要因の評価用キットを用いることにより、水溶液サンプルに対して高濃度の塩類を含む調整溶液と光合成サンプルとが別々に混合されるので、塩類の光合成サンプルに対する影響を最小限化して、浸透圧差などによる光合成サンプルの死亡・破損を防止することができる。
【0105】
以下、本発明の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の作用効果について説明する。
【0106】
生物生育阻害要因の評価方法によれば、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の減衰カーブと、生物生育阻害要件の存在しない溶液中の光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の減衰カーブとが計測される。そして、それぞれの減衰カーブから、ピークや変曲点等の特徴点を評価し、両者を比較することにより生物生育阻害要因の光合成サンプルに対する影響が評価される。そのような評価を行うことにより、複数の化学物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。
【0107】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、例えば、本実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法では、計測溶液の放置時の光条件は所定の条件に制御されていたが、これは、計測溶液の計測毎に光条件を様々変化させて比較値を評価するようにしても良い。
【0108】
図26は、この場合の生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。図3における手順との相違点を中心に説明すると、まず、ステップS01、ステップS02及びステップS05、ステップS06と同様にして、試験計測溶液及び標準計測溶液が調製される(ステップS21〜ステップS22,ステップS26〜ステップS27)。そして、初回の放置時の光条件が設定される(ステップS23、ステップS28)。その後、設定された光条件のもとで試験計測溶液及び標準計測溶液を所定の放置時間放置する(ステップS24、ステップS29)。その後、図3におけるステップS04、ステップS08〜S12と同様にして計測された遅延蛍光の光量から比較値が算出され、その比較値が評価される(ステップS25、ステップS30〜ステップS34)。そして評価が終了すると、ステップS23及びステップS28に戻って、前回設定した光条件を変化させた後、再度比較値を算出し、光条件に応じた比較値の変化の評価を繰り返し行う。なお、計測溶液は、各光条件毎に新しく調製してもよい。
【0109】
また、放置時における光条件としては、生物生育阻害要因の変化をより細かく計測するために、可視光領域の単色光またはその組み合わせ、赤外光や紫外光などの光を単独又は組み合せて用いることが可能である。
【0110】
図27は、放置時の光条件を様々変えて算出された比較値の一例を示すグラフである。図27において、グラフ(a)は、様々な光条件に対するTPNに関する比較値、グラフ(b)は、様々な光条件に対する無機水銀に関する比較値を示すグラフである。ここで、放置時の光条件は、計測溶液に対する照射光を、白色蛍光灯、緑色単色光(波長530nm)、及び赤色単色光(波長665nm)の3種類に変化させ、各照射光の光量を1.5μmol/m2/sに設定した。比較値としてはVCP1値、VCP2値、VTP2値を算出した。
【0111】
図27のグラフ(a)に示されるように、TPNの場合、VTP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合122、「緑色光」の場合89、「赤色光」の場合118、となる。VCP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合47、「緑色光」の場合78、「赤色光」の場合44、となる。VCP1値は、放置時の光条件が「白色光」の場合144、「緑色光」の場合112、「赤色光」の場合、171となる。この結果から、TPNの場合、放置時の光条件が「緑色光」の場合はVCP1、VCP2、VTP2の全ての評価値の変化率が低下し、生物生育阻害要因の検出感度が低下することがわかる。
【0112】
また、図27のグラフ(b)に示されるように、無機水銀の場合、VTP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合117、「緑色光」の場合113、「赤色光」の場合114、となる。VCP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合77、「緑色光」の場合78、「赤色光」の場合77、となる。VCP1値は、放置時の光条件が「白色光」の場合103、「緑色光」の場合96、「赤色光」の場合98、となる。このため無機水銀の場合、放置時の光条件による、CP1、CP2、TP2の評価値の変化率に大きな差がないことがわかる。
【0113】
上記結果より、水溶液サンプル中の生物生育阻害要因の作用は、放置条件での光条件により変化するが、この変化は生物生育阻害要因毎に異なり、特定の光波長条件で影響が増大するものや、光条件による影響を受けない生物生育阻害要因などがあることが理解できる。
【0114】
従って、光条件を様々変化させて比較値を評価することにより、同一の水溶液サンプルから得られる試験計測溶液を異なる光条件に置いて、それらの計測結果を比較して、生物生育阻害要因の定性に関する情報を得ることができる。例えば、図27(a)において示されるように、TPNの場合、白色光および赤色光における場合と比較して、緑色光においてVCP1、VCP2、及びVTP2の変化が減少する。このことに着目して、他の生物生育阻害要因との判別が可能である。
【0115】
以下、本発明の好適な実施例についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0116】
(実施例1)
評価対象の水溶液サンプルとして井戸水、湖沼水から得た水溶液、標準サンプルとして蒸留水を用い、上述した標準的な測定条件のもとでの、比較値を算出した。図28には、本実施例における比較値の算出結果を示す。図28において、グラフ(a)は、井戸水及び湖沼水を対象に算出されたVCP1値、グラフ(b)は、同様に算出されたVCP2値、グラフ(c)は、同様に算出されたVTP2値を示すグラフである。
【0117】
図28に示されるように、「井戸水」において、VCP1値が137.1%と増加したが、「湖沼水」では顕著な変化が認められなかった。また、VCP2値及びVTP2値に顕著な変化は認められなかった。さらに、同一地点の井戸水について12日間に4回採水し計測を行った結果、ほぼ同様に120〜140%程度のVCP1値が得られた。
【0118】
本実施例の結果において、VCP1値のみが120〜140%程度となる生物生育阻害要因として考えられる既知の化学物質は、0.5ppb以下の極低濃度レベルのDCMU、アトラジンなどの疎水性除草剤である。従って、試験に用いた井戸水には、DCMUまたはアトラジンに類する疎水性化学物質系の農薬が含まれていると推測された。
【0119】
(実施例2)
評価対象の水溶液サンプルとして、実施例1における井戸水及び蒸留水、0.1ppb濃度のDCMUを含む水溶液について、標準的な測定条件のもとで、実施例1と同様にして比較値を算出した。DCMUは、既知の疎水性有機物系除草剤の一つであり、実施例1における井戸水と評価値の変化の特徴が似ているものである。
【0120】
また、井戸水、蒸留水、及びDCMUの各水溶液を吸着処理し、吸着処理された水溶液を対象にVCP1値を算出することも行った。吸着には、高密度フィルタ濾過水(Millipore社mili-Qにより濾過された水)により洗浄した後に乾燥させた活性炭を用いた。そして、蒸留水、井戸水、0.1ppb濃度DCMUのそれぞれの水溶液5mlに対し0.8gの活性炭を加えた後、1時間緩やかに浸透した。この3種の溶液をそれぞれ、0.45μmのフィルタに濾過させて得られたものを対象に遅延蛍光量の測定を行った。
【0121】
図29には、本実施例におけるVCP1値の算出結果を示す。図29においては、蒸留水、井戸水、DCMUの各水溶液サンプルについて算出されたVCP1値と、吸着処理されたそれぞれの各水溶液サンプルについて算出されたVCP1値を示す。図29に示されるように、VCP1値は、蒸留水から得られた結果に対し、「井戸水」で117.1、「DCMU」で120.9となり、井戸水から得られたCP1の変化は、0.1ppb濃度のDCMUにおける変化とほぼ同一の結果となった。
【0122】
また、吸着前の蒸留水「蒸留水」のVCP1値100に対する、活性炭吸着処理の後の蒸留水「蒸留水(吸着後)」のVCP1値は、99.7となり、活性炭吸着処理のVCP1の変化に対する影響はほとんど無いと評価された。活性炭吸着処理前にVCP1の増加が見られた「井戸水」と「DCMU」では、活性炭吸着処理後のそれぞれのVCP1値が、「井戸水(吸着後)」で95.5、「DCMU(吸着後)」で96.3となり、「蒸留水」および「蒸留水(吸着後)」と同等の値となった。この結果より、この井戸水にはDCMUなど疎水性有機物に類する物質が含まれているということが評価された。
【0123】
本発明による有害物質の評価方法及び有害物質の評価用キットは、上記した実施形態及び実施例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルについては、一般には、上述したように、光合成機能を有するものであって、遅延蛍光を発光可能なものを用いれば良い。
【0124】
また、このような光合成サンプルとしては、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなる光合成サンプルを用いることが好ましい。ここで、耐塩性藻類とは、塩水や海水などの高塩性の環境で生育可能な藻類を指す。また、耐アルカリ性藻類、耐酸性藻類とは、極端なpH環境で生育可能な藻類を指す。このような光合成サンプルとしては、例えばスピルリナ(Spirulina)が挙げられる。
【0125】
すなわち、光合成サンプルとして、耐塩性藻類として知られるスピルリナ(Spirulina)、ドナリエラ(Dunaliella)、耐アルカリ性を有するスピルリナ(Spirulina)、耐酸性を有するユーグレナ(Euglena)や、その他の海洋や塩水湖に生息する藻類など、高塩環境やアルカリ性(高pH)または酸性(低pH)環境に耐えられる藻類を使用した場合、それらの藻類に適した環境よりも塩濃度が低い淡水試料などを計測する際に、淡水性藻類等を用いた場合に比べて以下の利点が生じる。
【0126】
ここでは、一例として、高塩性、アルカリ性の環境に耐えられる藻類であるスピルリナを用いる場合について説明する。スピルリナは、高塩性の環境である塩水湖と、低塩性の環境である淡水湖のどちらにも生息する藍藻類である。このため、スピルリナを用いれば、塩水湖の環境に相当する高塩性培地(SOT培地)と、淡水湖の環境に相当する低塩性培地(MA培地)の両方の環境で、遅延蛍光を計測することができる。
【0127】
一般に、試料となる水溶液サンプルは、河川や湖沼水、地下水、土壌抽出水など様々な環境から採取される。このため、サンプルの塩濃度は均一ではなく、その結果、pHなど藻類の生育環境として重要な要素が均一ではない場合がある。これに対して、試験対象となる水溶液サンプルに調整溶液を混合して塩濃度、pHを調整し、その後に光合成サンプルと混合する方法が可能である。この場合、水溶液サンプルを高塩性培地として調整することにより、低塩性培地の場合に比べてpHなどをより容易に調整することができる。
【0128】
図30は、高塩性培地及び低塩性培地を用いて水溶液サンプルを調整した場合の調整例を示す表である。ここでは、水溶液サンプルとして、湖水、井戸水、水道水、及び蒸留水を用いている。これらの調整例では、原水そのもののpHは、湖水で7.44、井戸水で6.03、水道水で7.07、蒸留水で5.46であり、そのサンプル間の標準偏差は0.91であった。
【0129】
これに対し、5倍濃度の高塩性培地を調整溶液として調整を行った場合のpHは、湖水で9.68、井戸水で9.71、水道水で9.72、蒸留水で9.69となった。このときの標準偏差は0.02であり、原水に比べて水溶液サンプルの違いによるpHの差が改善した。一方、5倍濃度の低塩性培地を調整溶液として調整を行った場合のpHは、湖水で8.13、井戸水で7.77、水道水で8.14、蒸留水で8.29となった。このときの標準偏差は0.22であり、原水に比べて改善はしたものの、高塩性培地に比べて劣る結果となった。
【0130】
一般的な塩濃度に関しても、淡水環境に対して高塩濃度で調整する高塩性培地の方が、低塩性培地に比べて原水における塩濃度の変動を改善しやすい。このように、光合成サンプルとして、例えば海洋や塩水湖に生息する藻類など、高塩濃度やアルカリ性または酸性環境に耐えられる藻類を使用した場合、それらの藻類に適した環境よりも塩濃度が低い淡水サンプルなどを計測する際において、淡水性藻類を用いた場合に比べて、原水のpH、塩濃度などの変動を改善する上で利点がある。
【0131】
また、遅延蛍光の計測対象となる溶液については、遅延蛍光の光量を計測する前に均一化させることが好ましい。時間経過にしたがって計測溶液中の光合成サンプルが沈殿、浮上すると、光検出器の視野内における光合成サンプルの密度が変化し、発光量の計測値が変化する。その結果、所定時間の放置や計測中の時間経過により、その計測精度が低下する場合がある。これに対して、溶液を均一化することにより、誤差の少ない有害物質の評価が可能となる。このような溶液の均一化については、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を用いることが好ましい。また、有害物質の評価に用いられる評価用キットについては、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることが好ましい。このような安定化剤としては、例えば、上述したように比重調整剤や増粘剤(ゲル化剤など)などを用いることができる。
【0132】
図31は、溶液の均一化なし、及び増粘剤添加の条件での放置時間に対する遅延蛍光量の変化を示すグラフである。ここでは、光合成サンプルとして藍藻スピルリナ(Spirulina platensis)を用い、図5に関して上述した標準的測定条件と同様の条件下で、放置時間を変えて遅延蛍光の光量の計測を行った。
【0133】
増粘剤の添加に関しては、「均一化なし」では、増粘剤に相当するゲル化剤としての寒天を添加せずに調整された計測溶液を用い、「増粘剤添加」では、増粘剤としての寒天を全体に対して0.1重量%となるように添加した計測溶液を用いた場合の計測結果を示している。また、計測は、溶液の調整直後(0分)から15分後まで放置時間の経過にしたがって実施し、遅延蛍光量として光照射終了後0.1秒から0.5秒までの遅延蛍光量積算量であるCP1を求めた。
【0134】
図31に示すように、増粘剤を含まない「均一化なし」のグラフでは、放置時間の経過に伴ってCP1が低下している。これは、時間経過にしたがって光合成サンプルが沈殿、浮上していくためである。これに対し、「増粘剤添加」のグラフでは、時間経過後においてもCP1の計測値に大きな変化はみられない。以上のことから、計測溶液については、光合成サンプルを均一化する手段を講じた上で計測に用いることが、計測精度を向上するために有効であることがわかる。
【0135】
このような増粘剤は、光合成サンプルからの発光の計測を阻害、かく乱せず、微弱な発光を計測可能な条件で添加することが好ましい。具体的には、増粘剤としては、光合成サンプルの均一化が可能な濃度において、蛍光や燐光を持たず、透明で光合成サンプルの発光を吸収しないものを用いることが好ましい。このような増粘剤の例としては、低濃度の寒天やアガロース、メチルセルロース溶液などを用いることができる。また、計測前に光合成サンプルを均一化させる手段としては、増粘剤の添加の他に、微細な網や格子構造により計測溶液中での光合成サンプルの沈降、浮上を抑制したり、あるいは、外部からの攪拌によって均一性を保持することも可能である。
【0136】
また、遅延蛍光の光量等については、計測溶液中の光合成サンプルの濃度差により生じる測定誤差に対して、必要に応じて補正等を行うことが好ましい。すなわち、計測に用いる光合成サンプルは、生物細胞または細胞内小器官、膜タンパク複合体などを用いる性質上、その操作中や保存中に細胞生長・分裂による増加や死亡・分解による減少により、量的変化を生じる場合がある。また、量的変化がない場合でも、遅延蛍光の発光能力の変化や光量の時間的変化上の特徴などの質的変化が生じる場合もある。
【0137】
このような変化は、計測評価での誤差となるため、計測に先立って、使用する光合成サンプルに変化が生じていないかを評価する評価方法を用いることが有効である。光合成サンプルの量的変化、質的変化を検出することにより、計測結果の精度が管理される。このような評価方法により、光合成サンプルの異常が検出された場合には、それが許容範囲にあるかどうかを判断し、必要に応じて計測者に対して何らかの警告を示すなどの方法を用いることができる。
【0138】
上記した光合成サンプルの評価方法としては、例えば以下の(1)〜(3)の方法がある。(1)光合成サンプルの密度が、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であるかどうかを評価する。このような評価は、例えば、光合成サンプルの密度と遅延蛍光の光量とにより作成される検量線を用いて行うことができる。(2)光合成サンプルの密度に対する遅延蛍光の光量が、評価基準となる模範データと比較して変化していないかを評価する。例えば、光合成サンプルの密度と遅延蛍光の光量とにより作成される検量線において、その検量線に示される光合成サンプルの密度当たりの発光量の関係式に、一定の誤差範囲で相関が得られるかについて評価を行う。(3)遅延蛍光の光量の時間的変化が評価基準となる模範データと比較して変化していないかを評価する。例えば、模範データの光量の時間的変化に対する差や、遅延蛍光の光量の時間的変化における特徴点の光量及び特徴点の現れる時間、あるいは、2箇所の特徴点の間の光量変化の傾き、特定の時間範囲での光量変化の傾きなどを用いて評価を行うことができる。
【0139】
上記した光合成サンプルの評価において、模範データとしては、例えば、光合成サンプルの吸光度や光散乱量、遅延蛍光光量、及びその時間的変化などのデータが用いられる。また、このような模範データや許容範囲を示すデータについては、あらかじめ計測装置または解析装置に記憶されているデータ、または光合成サンプルの調整時に記録されたデータなどを用いることができる。また、同様の評価を水溶液サンプルと混合前の光合成サンプルについて実施すれば、その結果から標準計測溶液などでの計測結果を推測することができる。このような場合にも、使用するデータについては上記と同様である。
【0140】
また、光合成サンプルを評価することにより、その変化が検出された場合、必要に応じて計測に対して補正を行うことが好ましい。そのような補正方法の例としては、光合成サンプルに生じている変化が量的変化の場合、上記した(1)の評価方法により、光合成サンプルの密度が、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であるならば、密度が異なる光合成サンプルを用いた各計測結果において、遅延蛍光の光量を光合成サンプルの密度によって規格化し、比較することができる。このような場合の規格化方法としては、例えば、遅延蛍光の光量を光合成サンプルの密度によって除算する方法などがある。
【0141】
本発明による有害物質の評価方法について、さらに説明する。
【0142】
上記した実施形態では、主として、(1)水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)有害物質が存在しない標準サンプルに、光合成サンプルを混合して標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ計測された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備える有害物質の評価方法について説明している。
【0143】
このような有害物質の評価方法は、一般には、(1)水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとによって構成することができる。
【0144】
また、上述したように、このような評価方法において、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることが好ましい。あるいは、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることが好ましい。
【0145】
ここで、第2のステップで用いられる比較サンプル、及び比較計測結果については、様々なものを用いて良い。例えば、第2のステップにおいて、比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、標準サンプルに光合成サンプルを混合して比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、比較計測結果を取得する方法を用いることができる。この場合、標準サンプルとしては、図3に関して上述したように、有害物質が実質的に存在しないサンプルを用いることが好ましい。
【0146】
あるいは、第2のステップにおいて、比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いることができる。この場合、比較計測結果としては、例えば、前回の計測結果を用いることができる。
【0147】
また、第2のステップでの比較計測結果の取得については、第1のステップと同様に、比較計測溶液に対して遅延蛍光の光量の計測を行うことによって比較計測結果を用意する方法を用いることができる。あるいは、第2のステップにおいて、比較計測結果として、比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いても良い。このような場合、あらかじめ取得した比較計測結果をメモリ等に記憶しておき、必要に応じてデータを読み出して用いることが好ましい。このように、第2のステップにおいて用いられる比較サンプル、比較計測溶液、及び比較計測結果の取得方法等については、様々な変形が可能である。
【0148】
(有害物質の連続的な評価方法)
本発明による方法を用いた有害物質の連続的な評価方法(モニタリング方法)について説明する。このような評価方法を用いれば、河川や地下水などの水溶液サンプルを連続的に計測して、その有害性の変化を監視することができる。
【0149】
図32は、有害物質の連続的な評価方法の一例を示す模式図である。この評価方法では、まず1回目計測として、通常の手順にしたがって、標準計測溶液の計測と、河川などから採取した水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測とを行う。そして、それらの結果を比較して、河川水に含まれる有害物質の評価を行う。この際、標準計測溶液の計測結果C1、試験計測溶液の計測結果S1、及びそれらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果D1を記録しておく。
【0150】
その後、計測時間間隔として設定された所定の時間経過後に、2回目計測として、再び、標準計測溶液の計測と、新たに採取した河川水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測と、それらの結果の比較とを行い、標準計測溶液の計測結果C2、試験計測溶液の計測結果S2、及び有害性の評価結果D2を記録する。
【0151】
その後同様に、所定の時間経過毎に計測を実施し、例えば、n回目計測において、標準計測溶液の計測結果Cn、試験計測溶液の計測結果Sn、及び有害性の評価結果Dnを記録する。これらの記録された水溶液サンプルの有害性の評価結果D1、D2、…、Dnを連続的に比較することにより、河川水などにおける有害物質による汚染の変化を監視することができる。
【0152】
図33は、有害物質の連続的な評価方法の他の例を示す模式図である。この評価方法では、まず上記と同様の手順で1回目計測を実施し、標準計測溶液の計測結果C1、及び試験計測溶液の計測結果S1を記録する。また、この際、それらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果D1についても、必要に応じて記録しておく。
【0153】
その後、所定の時間経過後に、2回目計測として、新たに採取した河川水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測のみを行い、その計測結果S2を記録する。また、ここでは、この2回目計測における試験計測溶液の計測結果S2と、1回目計測における試験計測溶液の計測結果S1との比較を行い、それらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果E2を記録する。この評価結果E2は、1回目計測から2回目計測までの間に、水溶液サンプルとなる河川水などの有害性がどのくらい変化したかを簡易に示している。
【0154】
その後同様に、所定の時間経過毎に計測を実施し、例えば、n回目計測において、試験計測溶液の計測結果Sn、及びn−1回目計測の計測結果Sn−1との比較結果に対応する有害性の評価結果Enを記録する。これらの記録された水溶液サンプルの有害性の評価結果E2、E3、…、Enを連続的に比較することにより、河川水などにおける有害物質による汚染の変化を簡便に監視することができる。
【0155】
図32及び図33に示した評価方法のように、計測時期を変えて連続的に有害物質の評価を行う場合、1回目計測と2回目以降の計測との間での時間経過により、光合成サンプルに変化が生じる場合がある。光合成サンプルの変化とは、例えば、光合成サンプルの劣化、分解、死亡、増殖などによる光合成サンプルの密度の変化のような量的変化、あるいは遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間や遅延蛍光の光量の変化のような質的変化などである。このような光合成サンプルの変化については、遅延蛍光の光量の計測、及び光合成サンプルの細胞密度の計測の実施後に、以下のような補正を行うことが可能である。
【0156】
まず、光合成サンプルの密度の量的変化が生じた場合、計測に用いる光合成サンプルについて細胞密度と遅延蛍光の光量とが比例関係にある範囲にあることがあらかじめ調べられていれば、吸光度または光散乱量などにより計測された光合成サンプルの細胞密度を元に補正を行うことができる。
【0157】
具体的な補正方法としては、例えば、1回目計測において、計測溶液からの遅延蛍光の光量とともにサンプルの細胞密度を計測する。また、2回目計測においても、計測溶液からの遅延蛍光の光量とともにサンプルの細胞密度を計測する。ここで、1回目計測及び2回目計測のそれぞれの計測結果について、遅延蛍光の光量を細胞密度で除算する補正を行えば、1回目計測と2回目計測との間で光合成サンプルの細胞密度が変化した場合であっても、それらを比較することが可能となる。
【0158】
また、遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点での経過時間や遅延蛍光の光量などの質的変化が生じた場合、計測に用いる光合成サンプルについて遅延蛍光の光量の時間的変化が模範データと比較して許容範囲内にあることがあらかじめ調べられていれば、それらの特徴点同士の位置関係などを元に補正を行うことができる。
【0159】
具体的な補正方法の例について、図34を参照して説明する。図34は、遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図であり、グラフ(a)は1回目計測で取得された遅延蛍光量の時間的変化を示し、グラフ(b)は2回目計測で取得された遅延蛍光量の時間的変化を示している。
【0160】
これらの遅延蛍光量の時間的変化について、例えば、グラフ(a)に示す1回目計測での特徴点A、Bについて、その経過時間a1、b1を求める。同様に、グラフ(b)に示す2回目計測での特徴点A、Bについて、その経過時間a2、b2を求める。また、これらの計測結果に対し、1回目計測の結果から経過時間a1に対するb1の比率(b1/a1)を求める。同様に、2回目計測の結果から経過時間a2に対するb2の比率(b2/a2)を求める。そして、これらの比率(b1/a1)及び(b2/a2)の比較を行うことにより、特徴点の位置関係を元にした補正を行うことができる。
【0161】
(Curve値の解析方法)
有害物質の評価に用いられる評価値及び比較値については、上記したように、その一例として、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化を評価値とし、その時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。このような比較値としては、上記した実施形態では、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られた遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとって得られたCurve値を挙げている。このCurve値の解析方法については、試験計測溶液及び標準計測溶液に対して取得された具体的な計測結果に応じて、様々な解析方法を用いることができる。
【0162】
遅延蛍光の光量の時間的変化の差に相当するCurve値については、計測結果である遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点が存在する場合と、特徴点が存在しない場合とに分けて考えることができる。
【0163】
遅延蛍光の光量の時間的変化を示す遅延蛍光減衰カーブ(図5参照)に特徴点が存在する場合、上記したように、その特徴点における発光量や経過時間等に着目して評価を行うことが可能である。また、Curve値を用いる場合には、2つの特徴点間、または計測始点と特徴点との間に着目してCurve値を求め、それを比較値として評価を行うことが好ましい。あるいは、特徴点を考慮せずにその全体または所定範囲についてCurve値を求めても良い。
【0164】
一方、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合、その全体または所定範囲についてCurve値を求め、それを比較値として評価を行うことができる。ここで、遅延蛍光の光量の時間的変化において、その各計測点nにおけるCurve値は、(計測点nにおける試験計測溶液の発光量)−(計測点nにおける標準計測溶液の発光量)によって求められる。
【0165】
また、光合成サンプルから発する遅延蛍光は、一般的には、図5に例示したように、励起後時間が早い時間域では発光量が多く、遅い時間域では減衰によって発光量が少ない。このため、Curve値を算出する時間域が異なると、発光量の差の大きさが異なることとなり、異なる時間域での変化を評価することが難しい場合がある。
【0166】
このような場合には、試験計測溶液及び標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値であるCurve値について、さらに試験計測溶液または標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量(好ましくは、標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量)との比をとって標準化したVCurve値を比較値として用いることが有効である。これにより、異なる時間域での変化を評価することが容易化される。ここで、遅延蛍光の光量の時間的変化において、その各計測点nにおけるVCurve値は、(計測点nにおけるCurve値)/(計測点nにおける標準計測溶液の発光量)×100によって求められる。
【0167】
なお、上記したVCurve値を特徴点が存在する遅延蛍光減衰カーブに適用する場合には、特徴点間、または計測始点と特徴点との間に着目してVCurve値を求めても良く、あるいは、特徴点を考慮せずにその全体または所定範囲についてVCurve値を求めても良い。
【0168】
また、遅延蛍光減衰カーブにおける特徴点の有無に関しては、一般には、第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。また、遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点がない場合には、その全体または所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。
【0169】
図35は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在する場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。標準計測溶液での遅延蛍光減衰カーブと、試験計測溶液での遅延蛍光減衰カーブとを比較する場合、それらの減衰カーブで特徴点の位置が異なる場合がある。このような場合において、特徴点の影響を排して有害物質の評価を行うためには、Curve値の算出範囲として特徴点が含まれない時間域を設定することが好ましい。
【0170】
図35のグラフ(a)〜(c)は、注目する2つの特徴点を励起後時間0秒の最大値の点(計測始点)、及びその直後に現れる極小値の点として、標準計測溶液と試験計測溶液とで遅延蛍光減衰カーブの特徴点の位置が異なる場合のCurve値算出の時間域の設定の例を示している。図35のグラフ(a)は、標準計測溶液及び試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブのうちで標準計測溶液の減衰カーブのみに特徴点が存在する場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「a」を選択することが好ましい。
【0171】
また、図35のグラフ(b)は、試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブでの極小点が、標準計測溶液での極小点よりも早い時間に現れた場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「b」と、計測始点から試験計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「c」とを比較し、双方に共通する時間域である時間範囲「c」を選択することが好ましい。
【0172】
また、図35のグラフ(c)は、試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブでの極小点が、標準計測溶液での極小点よりも遅い時間に現れた場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「d」と、計測始点から試験計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「e」とを比較し、双方に共通する時間域である時間範囲「d」を選択することが好ましい。
【0173】
図36は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。ここでは、光合成サンプルとして、光強度50μmol/m2/s、白色蛍光灯下で一般的な方法で育成された緑藻類であるSelenastrum capricornutumを用いた標準計測溶液の遅延蛍光減衰カーブを示している。サンプルの調整については、Spirulina platensisの場合と同様の手順で行っている。図36のグラフでは、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が現れていない。このような場合、特徴点に着目した評価ができないため、Curve値を用いた評価が有効である。
【0174】
図37は、(a)シマジン濃度及び(b)ジクロロフェノール濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。具体的には、図37のグラフ(a)は、除草剤の一種であるシマジンを濃度25、50、100ppbで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたCurve値を示している。また、グラフ(b)は、ジクロロフェノールを濃度1、5、10ppmで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたCurve値を示している。
【0175】
これらのうち、シマジンに関するグラフ(a)では、シマジン曝露濃度に応じてCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.1秒付近でプラス側に変化した。また、励起後時間0.5秒以降にも、わずかにマイナス側への変化が認められた。また、ジクロロフェノールに関するグラフ(b)では、ジクロロフェノール曝露濃度に応じてCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.2〜10秒付近でマイナス側への変化が認められた。
【0176】
以上の結果から、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が存在しない場合でも、Curve値を算出することにより、有害物質の影響を評価できることがわかる。また、このようなCurve値では、変化が現れる時間域、及びそのプラス・マイナスの変化の方向が有害物質によって異なるため、検出された有害物質の種類及び作用等を特定する上で有用である。
【0177】
図38は、(a)シマジン濃度及び(b)ジクロロフェノール濃度を変化させた場合のVCurve値を示すグラフである。具体的には、図38のグラフ(a)は、シマジンを濃度25、50、100ppbで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたVCurve値を示している。また、グラフ(b)は、ジクロロフェノールを濃度1、5、10ppmで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたVCurve値を示している。また、VCurve値については、具体的には、上記したように、時間的変化の差に相当するCurve値を、標準計測試料での発光量との比率として標準化した例を示している。
【0178】
これらのうち、シマジンに関するグラフ(a)では、シマジン曝露濃度に応じてVCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.1〜0.3秒付近でプラス側に変化した。また、励起後時間15秒付近を中心に、0.4秒〜50秒の幅広い範囲でマイナス側への変化が認められた。また、ジクロロフェノールに関するグラフ(b)では、ジクロロフェノール曝露濃度に応じてVCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間の全域(0.1〜50秒付近)で幅広くマイナス側への変化が認められた。
【0179】
以上の結果から、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が存在しない場合でも、VCurve値を算出することにより、有害物質の影響を評価できることがわかる。また、このようなVCurve値では、変化が現れる時間域、及びそのプラス・マイナスの変化の方向が有害物質によって異なるため、検出された有害物質の種類及び作用等を特定する上で有用である。また、VCurve値では、Curve値に比べて異なる時間域の変化を比較することが容易である。
【0180】
(試験計測溶液の順化処理)
次に、試験計測溶液に対して計測前に行われる順化処理について説明する。図5における標準的測定条件に関して上述したように、光合成サンプルを計測光条件に順応させるための予備的な光照射、及び所定時間の暗黒下での待機(暗中待機)による順化処理(順化ステップ)が行われる場合がある。
【0181】
一般には、このような順化ステップを含む有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(a)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、(b)試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、(c)試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、(d)計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、(e)計測ステップの前に、試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップとを備えることが好ましい。
【0182】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化において得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。また、計測ステップの前に試験計測溶液に対して順化ステップを行うことにより、遅延蛍光の計測、及びその計測結果による有害物質の評価の精度を向上することができる。
【0183】
このように、計測ステップの前に順化ステップを実施する場合、暗中待機ステップにおいて、所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることが好ましい。また、予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことが好ましい。以下、このような順化ステップについて具体的に説明する。
【0184】
有害物質の評価に用いられる遅延蛍光は、光合成サンプルに吸収された光エネルギーが、様々な化学反応に分配された後に再び放出される現象である。このため、遅延蛍光の計測(計測ステップ)にいたるまでの光合成サンプルの光や温度などに関する種々の環境の履歴が、遅延蛍光の計測結果に重大な影響を及ぼす場合がある(例えば、非特許文献2参照)。したがって、遅延蛍光の計測結果を水質検査等の有害物質の評価に利用するためには、光合成サンプルの環境履歴を制御して再現性の良い条件で遅延蛍光の計測を行うことが好ましい。
【0185】
図39は、遅延蛍光の計測回数によるCP1の変化を示すグラフである。ここでは、光合成有効放射に換算して5μmol/m2/sの白色蛍光灯下で15分間放置した標準計測溶液について、計測条件として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、暗中で60秒間、遅延蛍光の光量を計測することとし、この計測を5回連続で実施してそれぞれについてCP1値を求めている。
【0186】
この計測結果では、1回目計測で15217、2回目計測で11693、3回目計測で10098、4回目計測で9690、5回目計測で9627のCP1値が得られている。これらのCP1値に示すように、CP1値は特に1回目から3回目の計測結果でばらつきがある。また、遅延蛍光の計測を繰り返すことにより、ある値(例えば3回目から5回目での値)で計測結果が安定し、再現性が向上していくことがわかる。これは、光合成サンプル内の光エネルギーの分配が、放置条件から計測条件に順応していくことを示している。
【0187】
以上の結果からわかるように、計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップの後に、続けて遅延蛍光の計測ステップを行った場合には、遅延蛍光の計測の再現性が充分に得られず、その計測結果にばらつきを生じる場合がある。図39に示した例では、計測回数が1回目から3回目の計測結果では、水質検査の精度は充分には得られない。また、何回目の計測結果から充分な再現性が得られているかの判断は煩雑であり、また、その計測結果に計測者の個人差が反映されてしまうことも考えられる。
【0188】
このような場合について、光合成サンプルに対する環境履歴の制御方法を検討した結果、放置ステップと計測ステップとの間に、光合成サンプルの環境履歴を制御するための順化ステップを付加することによって、再現性の良い計測結果が得られることがわかった。このような順化ステップを行うことにより、例えば図39の計測結果において、3回目以降の計測結果を1回目から得ることが可能となる。
【0189】
計測溶液を計測条件に順化させる順化ステップは、(1)計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または(2)試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか、または両ステップを放置ステップと計測ステップとの間に付加することによって達成される。
【0190】
図40は、様々な順化条件において遅延蛍光の計測を3回行った結果における計測精度を示す表である。具体的には、様々な順化条件において3回連続の計測を行い、その標準偏差を3回計測の平均で除算して100倍したものを計測精度(%)として算出している。すなわち、図40に示す計測精度は、3回の計測において得られたCP1値が、それらの平均に対してどの程度の誤差を持っているかを表している。
【0191】
また、ここでは、光合成有効放射に換算して5μmol/m2/sの白色蛍光灯下で15分間放置した標準計測溶液について、計測条件として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、暗中で60秒間、遅延蛍光の光量を計測することとし、この計測を3回実施して本計測としている。そして、その本計測の実施前に様々な順化条件(予備照射条件)で順化処理を行って、それぞれについて3回計測結果での計測精度を求めている。
【0192】
順化条件としては、本計測の直前に計測条件と同じ手順で665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に暗中で60秒間待機させたものを「計測条件1回」、同様の手順を2回繰り返したものを「計測条件2回」とした。また、光照射をせずに計測条件と同じ時間暗中で待機させたものを「暗中1回」、暗中待機を2回繰り返したものを「暗中2回」とした。また、計測条件と同じ時間光を照射したものを「光1回」、光を30秒照射後に暗中で30秒間待機させたものを「光30暗30」、光を1秒照射後に暗中で30秒間待機させたものを「光1暗30」、順化処理を行わないものを「順化条件なし」とした。
【0193】
その結果、計測溶液に対する順化条件としては、計測条件と同じ光照射−暗中待機を1〜2回繰り返すか、または、光照射をせずに計測条件と同じ時間暗中で待機を1〜2回繰り返すことが、順化処理として適していることがわかった。図40に示す例では、順化条件の時間が同じ「計測条件2回」と「暗中2回」での計測精度はそれぞれ3.6と4.8、「計測条件1回」と「暗中1回」での計測精度はそれぞれ10.6と14.2である。また、暗中待機のみで順化処理を行う場合に比べて、計測条件と同じ光照射−暗中待機を実施する方が、より効果的に計測溶液を計測環境に順化できることがわかった。
【0194】
以上の結果より、上記した暗中待機ステップ、または予備照射ステップのいずれか、または両ステップを放置ステップと計測ステップとの間に付加することにより、その後に実施する遅延蛍光の計測精度を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0195】
本発明は、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことが可能な有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットとして利用可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、環境中に存在する未知化学物質の生物に対する影響を評価する方法として、細菌、藻類、ミジンコ、魚類等の生物個体に対する生育阻害を検査する生物学的な毒性検査「バイオアッセイ」が用いられている。バイオアッセイは、未知物質や想定外の物質による影響、化学物質の相互作用、及び環境による影響等の生物学的な影響を総合的に検出可能な点で、既存の物理化学的方法である、液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、原子吸光計測法、エンザイムイムノアッセイ等と相補関係にある。
【0003】
このバイオアッセイにおいては、多量の個体を統計的に処理可能な、かつライフサイクルの短い細菌、藻類などの単細胞生物、また小形甲殻類(ミジンコ)、及び小形魚類などの、比較的に高等な生物機能を有しつつ化学物質等の影響を受けやすい小形水生生物等が用いられている。バイオアッセイの具体的手法としては、日本国環境省の指針において規定されている藻類増殖阻害試験による生体影響評価が挙げられる。藻類増殖阻害試験は、藻類に対する被験物質の様々な毒性を評価する方法である。
【0004】
また、その他の手法として、発光バクテリアの発光計測により呼吸阻害を計測する方法が考案されている。また、非特許文献1には、藻類からのクロロフィル蛍光を用いた光合成阻害性の計測方法が記載されている。また、非特許文献2、3にも、遅延蛍光を用いた計測方法についての記載がある。
【非特許文献1】Ulrich Schreiber et al., "New type of dual-channel PAM chlorophyll fluorometer for highly sensitive water toxicity biotests", Photosynthesis Research 74, p.317-330 (2002)
【非特許文献2】Werner Schmidt and Horst Senger, "Long-term delayed luminescence in Scenedesmus obliquus. II. Influence of exogeneous factors", Biochimica et Biophysica Acta 891, p.22-27 (1987)
【非特許文献3】Joachim Burger and Werner Schmidt, "Long term delayed luminescence: A possible fast and convenient assay for nutrition deficiencies and environmental pollution damages in plants", Plant and Soil 109, p.79-83 (1988)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した藻類増殖阻害試験による生体影響評価方法においては、生物の増殖能を試験対象とするため操作が煩雑となるとともに、試験結果を得るまで24時間〜72時間という長時間を要する。これに対して、上記非特許文献1等に記載の計測方法においては、試験時間の短縮化は一部実現されているが未だ充分ではない。加えて、いずれの評価方法においても未知化学物質等の幅広い有害物質の定性的及び定量的な分析を実現するには至っていない。また、非特許文献2、3に記載の計測方法においても、有害物質の定性的及び定量的な分析の具体的な方法についての検討は充分にはなされていない。
【0006】
そこで、本発明はかかる課題に鑑みて為されたものであり、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことが可能な有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
このような目的を達成するために、本発明による有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質(a toxic substance)を評価する有害物質の評価方法であって、(1)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、(4)評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることを特徴とする。
【0008】
あるいは、本発明による有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(1)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、(4)評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることを特徴とする。
【0009】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化と、水溶液サンプルに対する比較対象として用意された比較サンプルを含む比較計測溶液中の光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化とを比較して得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。
【0010】
また、上記した評価方法のうちで第1の評価方法では、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることとしている。この場合、遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点は有害物質となる化学物質種などに応じて変化するため、その特徴点における経過時間を評価することで、より的確に各種有害物質を定性及び定量することができる。
【0011】
また、第2の評価方法では、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることとしている。こうすれば、遅延蛍光量の時間的変化における変化の集中する時間や、変曲点といった特徴を得ることができ、有害物質となる化学物質種などの特定が容易に為される。
【0012】
また、上記した第2の評価方法では、第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。また、遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点がない場合には、その全体または所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。
【0013】
あるいは、第3のステップにおいて、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値について、さらに第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化との比をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。
【0014】
ここで、第2のステップで用いられる比較サンプル、及び比較計測結果については、様々なものを用いて良い。例えば、第2のステップにおいて、比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、標準サンプルに光合成サンプルを混合して比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、比較計測結果を取得する方法を用いることができる。この場合、標準サンプルとしては、有害物質が実質的に存在しないサンプルを用いることが好ましい。
【0015】
あるいは、第2のステップにおいて、比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、他の水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いることができる。この場合、比較計測結果としては、例えば、前回の計測結果を用いることができる。
【0016】
また、第2のステップでの比較計測結果の取得については、第1のステップと同様に、比較計測溶液に対して遅延蛍光の光量の計測を行うことによって比較計測結果を用意する方法を用いることができる。あるいは、第2のステップにおいて、比較計測結果として、比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いても良い。このような場合、あらかじめ取得した比較計測結果をメモリ等に記憶しておき、必要に応じてデータを読み出して用いることが好ましい。
【0017】
またさらに、第1のステップ及び第2のステップにおいては、計測毎に光条件を変化させて、試験計測溶液及び比較計測溶液を所定の放置時間放置し、第3のステップにおいては、光条件に応じた比較値の変化を評価することも好ましい。かかる方法とすれば、光条件の遅延蛍光特性に対する影響が有害物質毎に異なるので、放置時の光条件の変化に応じた比較値を評価することにより、水溶液サンプル中の有害物質の判別が更に容易となる。
【0018】
さらにまた、試験計測溶液中及び比較計測溶液中における光合成サンプルの密度は、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることも好ましい。この場合、例えば、吸光度等を測定して光合成サンプルの密度を計測した後、この密度に基づいて遅延蛍光の光量を補正することにより、より精度の高い有害物質の評価が実現される。
【0019】
加えて、第1のステップ及び第2のステップにおいては、遅延蛍光の光量を計測する前に、試験計測溶液及び比較計測溶液を均一化させることも好ましい。このようにすれば、計測中において計測溶液中の光合成サンプルが均一に分布されるので、さらに誤差の少ない有害物質の評価が可能となる。
【0020】
また、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルについては、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなる光合成サンプルを用いることが好ましい。このような光合成サンプルとしては、例えばスピルリナ(Spirulina)が挙げられる。
【0021】
本発明による他の有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(a)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、(b)試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、(c)試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、(d)計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、(e)計測ステップの前に、試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップとを備えることを特徴とする。
【0022】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化において得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。また、計測ステップの前に試験計測溶液に対して順化ステップを行うことにより、遅延蛍光の計測、及びその計測結果による有害物質の評価の精度を向上することができる。
【0023】
このように、計測ステップの前に順化ステップを実施する場合、暗中待機ステップにおいて、所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることが好ましい。また、予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことが好ましい。
【0024】
そして、このような評価のために、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価するための有害物質の評価用キットであって、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルと、水溶液サンプルの塩濃度及びpHを調整するための混合塩類と、光合成サンプルと混合塩類とを、水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、を備える有害物質の評価用キットが提供される。また、評価用キットは、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることが好ましい。このような安定化剤としては、例えば、比重調整剤、増粘剤が挙げられる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の有害物質の評価方法によれば、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】図1は、遅延蛍光計測装置の一実施形態を示す図である。
【図2】図2は、図1の遅延蛍光計測装置を部分的に示すブロック図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図4】図4は、遅延蛍光の光量を測定する際の遅延蛍光計測装置1の動作を示すフローチャートである。
【図5】図5は、遅延蛍光の光量の時間的変化の一例を示す図である。
【図6】図6の(a)は、波長665nmの吸光度と遅延蛍光量との関係の一例を示すグラフ、(b)は、波長750nmの吸光度と遅延蛍光量との関係の一例を示すグラフである。
【図7】図7は、吸光度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフである。
【図8】図8の(a)は、光強度を変化させた場合の評価値CP1を示すグラフ、(b)は、光強度を変化させた場合の評価値CP2を示すグラフ、(c)は、光強度を変化させた場合の評価値TP2を示すグラフである。
【図9】図9の(a)は、光波長を変化させた場合の評価値CP1を示すグラフ、(b)は、光波長を変化させた場合の評価値CP2を示すグラフ、(c)は、光波長を変化させた場合の評価値TP2を示すグラフである。
【図10】図10の(a)は、アトラジン濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、アトラジン濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、アトラジン濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図11】図11は、アトラジン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図12】図12の(a)は、DCMU濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、DCMU濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、DCMU濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図13】図13は、DCMU濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図14】図14の(a)は、パラコート濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、パラコート濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、パラコート濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図15】図15は、パラコート濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図16】図16の(a)は、無機水銀濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、無機水銀濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、無機水銀濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図17】図17は、無機水銀濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図18】図18の(a)は、遊離シアン濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、遊離シアン濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、遊離シアン濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図19】図19は、遊離シアン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図20】図20の(a)は、TPN濃度に対する比較値VCP1の変化を示すグラフ、(b)は、TPN濃度に対する比較値VCP2の変化を示すグラフ、(c)は、TPN濃度に対する比較値VTP2の変化を示すグラフである。
【図21】図21は、TPN濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図22】図22の(a)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、異種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VTP2を示すグラフである。
【図23】図23の(a)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、同種の生物生育阻害要因を含む各試験計測溶液の比較値VTP2を示すグラフである。
【図24】図24は、本発明の一実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。
【図25】図25は、本発明の他の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。
【図26】図26は、本発明の他の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。
【図27】図27の(a)は、放置時の様々な光条件に対するTPNに関する比較値を示すグラフ、(b)は、放置時の様々な光条件に対する無機水銀に関する比較値を示すグラフである。
【図28】図28の(a)は、実施例1において算出された比較値VCP1を示すグラフ、(b)は、実施例1において算出された比較値VCP2を示すグラフ、(c)は、実施例1において算出された比較値VTP2を示すグラフである。
【図29】図29は、実施例2において算出された比較値VCP1を示すグラフである。
【図30】図30は、高塩性培地及び低塩性培地を用いて水溶液サンプルを調整した場合の調整例を示す表である。
【図31】図31は、溶液の均一化なし、及び増粘剤添加の条件での放置時間に対する遅延蛍光量の変化を示すグラフである。
【図32】図32は、有害物質の連続的な評価方法の一例を示す模式図である。
【図33】図33は、有害物質の連続的な評価方法の他の例を示す模式図である。
【図34】図34は、遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図である。
【図35】図35は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在する場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。
【図36】図36は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。
【図37】図37は、シマジン濃度及びジクロロフェノール濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。
【図38】図38は、シマジン濃度及びジクロロフェノール濃度を変化させた場合のVCurve値を示すグラフである。
【図39】図39は、遅延蛍光の計測回数による評価値CP1の変化を示すグラフである。
【図40】図40は、遅延蛍光の計測を3回行った結果における計測精度を示す表である。
【符号の説明】
【0027】
1…遅延蛍光計測装置、10…光源、12…第1測定部、12a…第1光センサ、12b…散乱光量算出部、14…測定部、14a…第2光センサ、14b…遅延蛍光量算出部、16…解析部、18…制御部、20…筐体、22…本体部、24…蓋部、26…導入口、28…設置部、30…フィルタ、32…集光光学系、34…シャッタ、36,44…ケーブル、38…算出部、40…記憶部、42…表示部、50…採液容器、52…水溶液サンプル、54…調整溶液、56…濃縮化光合成サンプル、58…試験計測溶液、60…採液容器。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の実施形態について図面を参照して説明する。なお、各図において、同一要素には同一符号を付して重複する説明を省略する。
【0029】
(遅延蛍光計測装置)
まず、本発明による有害物質の評価方法を実施するための遅延蛍光計測装置について説明する。図1は、遅延蛍光計測装置の一実施形態を示す図であり、図2は、遅延蛍光計測装置を部分的に示すブロック図である。
【0030】
遅延蛍光計測装置1は、光源10、第1測定部12、第2測定部14、解析部16および制御部18を備えている。光源10は、測定対象の溶液に所定波長の測定光を照射するものであって、その波長は、280nm〜800nmである。ここで、光源10は、単色光源であっても、複数の光源を組み合せた光源であってもよい。光源10の発光は、所定時間連続してもよいし、任意のパターンでパルス点灯させてもよい。また、同一または異なる波長特性を有する複数の光源を順番に発光させたり、複数の光源を同時に発光させたりしてもよい。
【0031】
第1測定部12は、測定光に対する溶液の吸光度または散乱光の光量を測定するものであり、溶液に照射された測定光の透過光または散乱光を検知する第1光センサ12aと、第1光センサ12aが検知して出力する信号に基づいて吸光度または散乱光の光量を算出する吸光度または散乱光量算出部12bとを有している。
【0032】
第2測定部14は、測定光が照射されたことによって光合成サンプル(詳細は、後述する。)から生じる遅延蛍光の光量を測定するものであり、遅延蛍光を検知する第2光センサ14aと、第2光センサ14aが検知して出力する信号に基づいて遅延蛍光の光量を算出する遅延蛍光量算出部14bとを有している。ここで、遅延蛍光は以下のようにして生じる。つまり、光合成機能を有する生物反応において、同化色素(光合成色素)に吸収された光エネルギーが、電子伝達経路により化学的エネルギーとして生物反応中に伝達される。その伝達過程で、化学エネルギーの一部が逆反応を起こし、光合成色素がその化学エネルギーにより再励起される。このようにして再励起された光合成色素から蛍光発光が生じる。なお、遅延蛍光は遅延発光と呼ばれることもあり、以下総称して遅延蛍光とする。
【0033】
光源10、第1測定部12および第2測定部14は、遮光性を有する筐体20に収容されている。筐体20は、それ自体が光を遮断する遮光部材で形成されてもよく、光を遮断する塗料等を塗布した部材で形成されてもよい。
【0034】
筐体20は、本体部22と蓋部24とを有している。本体部22は、その一端側に導入口26が形成されている。導入口26は、筐体20内に光合成サンプルを含む溶液を入れるために形成されており、蓋部24により閉塞されるようになっている。
【0035】
また、筐体20内には、溶液を入れた容器(図示せず)を設置可能な設置部28が光源10と第1測定部12との中間付近に設けられている。設置部28は、例えば、容器固定用の固定爪を有し、この固定爪で容器を固定するようになっている。
【0036】
筐体20内の設置部28と第2測定部14との間には、フィルタ30、集光光学系32およびシャッタ34が設けられている。フィルタ30は、筐体20の内壁面に接するように設けられ遅延蛍光を透過するものである。集光光学系32は、微弱な遅延蛍光を集光するものである。シャッタ34は、開閉自在にされており、閉じているときは遅延蛍光を遮断するようになっている。
【0037】
解析部16は、第1ケーブル36を介して第1測定部12と第2測定部14とに接続されており、算出部38、記憶部40および表示部42を有している。算出部38は、第1測定部12により測定された吸光度または散乱光の光量、および第2測定部14により測定された遅延蛍光の光量に基づいて、後述する演算方法に従って、溶液中に存在する有害物質に相関する比較値を求める。記憶部40は、算出部38により求められた比較値を順次記憶するものである。表示部42は、記憶部40に順次記憶された複数の比較値を表示又は図示するものである。
【0038】
制御部18は、第2ケーブル44を介して解析部16に接続されている。すなわち、制御部18は、第2ケーブル44および第1ケーブル36を介して、第1測定部12および第2測定部14に接続されていることとなる。また、制御部18は、蓋部24の開閉、光源10の発光や発光の停止およびシャッタ34の開閉を制御する制御信号を送信する。
【0039】
(有害物質の評価方法)
次いで、本発明による有害物質の評価方法について詳細に説明する。図3は、有害物質としての生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。この評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する生物生育阻害要因を評価するためのものである。ここで、生物生育阻害要因とは、細菌、藻類、ミジンコ、魚類等の生物個体に対して生育阻害作用や毒性等の悪影響を与える要因のことである。
【0040】
まず、キュベット等の容器内において試験対象となる水溶液サンプルと調整溶液とを混合する(ステップS01)。
【0041】
水溶液サンプルとしては、湖沼河川や井戸水など天然の水源から直接採取した水、土壌や汚泥など固形物から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液、野菜等農薬が散布された物体の表面を洗い流した水溶液、ガス成分を液体に吸収させることにより得られる水溶液、植物や動物など(野菜や食肉など)から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液、及び植物や動物から採取された組織液、血液、乳汁、糞尿などの排泄物から一般的な抽出手法によって得られる抽出成分を含む水溶液などが利用できる。また、上記水溶液サンプルは、予め溶媒抽出や固相抽出などによる分画処理により、水溶性物質、疎水性物質等の特性の異なる成分に分離または濃縮したものを用いることができる。
【0042】
調整溶液は、水溶液サンプルの塩濃度、pHを調整するための各種塩類を含む溶液である。光合成サンプルを用いた遅延蛍光計測に用いる計測溶液を調製する場合、水溶液サンプルは未知の水溶液であり、その塩濃度、pHなどが多様である場合が多い。なお、塩濃度、pHが適切な範囲に無い場合は光合成サンプルの光合成機能に影響を与えることが知られている。そこで、調整溶液は、計測溶液の塩濃度、pHを調整するために用いられる。さらに、高感度な計測を行うためには、キュベット中の計測溶液における光合成サンプルの分布密度が均一で偏りがないこと、計測中に沈殿物や浮上物が生じないことが好ましい。このために、調整溶液は、計測溶液における光合成サンプルの分布密度に偏りが発生しないよう均一化するための安定化剤を含有することが好ましい。例えば、計測溶液にある程度の粘性を持たせたり、比重を光合成サンプルと一致させたりすることにより均一化が可能である。
【0043】
調整溶液の溶質としては、例えば、水溶液サンプルの塩濃度、pHを光合成サンプルに適した条件に調整する混合塩類、光合成サンプルの計測溶液における分布密度を均一化する安定化剤、及び光合成反応に最低限必要な栄養塩類などが挙げられる。また、調整溶液に含まれる安定化剤としては、計測中の光合成サンプルの空間的安定化に必要な比重調整剤や、ゲル化剤(増粘剤)などを用いることが可能である。このような比重調整剤を用いることにより、計測溶液の比重が光合成サンプルとほぼ一致するように調整される。また、この安定化剤は、調整溶液に代えて、後述する光合成サンプルに含ませておいても良い。
【0044】
次に、キュベット等の容器内において、調整溶液によって調整された水溶液サンプルに光合成サンプルが混入され、試験計測溶液として調製される(ステップS02、調製ステップ)。この場合、試験計測溶液中の光合成サンプルが均一の濃度となるように混合される。
【0045】
光合成サンプルとは、光合成機能を有するものであって、遅延蛍光を発光可能なものであればよく、例えば藻類又は植物性プランクトン、シアノバクテリア、光合成細菌、植物体や葉や又はその細片、カルスなどの植物性培養細胞、植物から抽出された光合成小器官やチラコイド膜、さらには人工的に合成された光合成様機能を持つ膜・タンパク複合体などが挙げられる。好適には、例えば、藍藻類であるSpirulina、緑藻類であるSelenastrumや、黄色藻類であるIsochrysis 、また、ホウレンソウなどから抽出されたチラコイド膜などが利用できる。
【0046】
上記のようにして調製された試験計測溶液を所定の光条件のもとで所定の放置時間放置する(ステップS03、放置ステップ)。光条件とは、放置時において試験計測溶液に照射される光の波長、光量、合成光である場合の各成分の波長及び光量というような環境条件のことをいうものとする。
【0047】
そして、以下のようにして、試験計測溶液から発せられる遅延蛍光の光量を計測して、遅延蛍光の光量の時間的変化を測定する(ステップS04、計測ステップ)。
【0048】
図4は、遅延蛍光の光量を測定する際の遅延蛍光計測装置1の動作を示すフローチャートである。なお、筐体20内の設置部28には、試験計測溶液を入れた容器が設置されているものとする。
【0049】
まず、制御部18は、光源10を発光させる制御信号を送信する。これにより、光源10は発光する(ステップS401)。この発光は、光合成サンプルを計測光に順応させるための予備的な光照射を試験計測溶液に対して行った後、遅延蛍光を生じさせるための光照射を所定の照射時間行う。光源10が発光すると、第1測定部12は試験計測溶液の吸光度または散乱光の光量を測定する(ステップS402)。測定後、第1測定部12は、吸光度または散乱光の光量に関する情報を算出部38に送信する。その後、制御部18は光源10の発光を停止させる制御信号を送信する。これにより、光源10は発光を停止する(ステップS403)。なお、上記した吸光度または散乱光の光量の測定は、予備的な光照射の際に行っても良い。
【0050】
発光停止後、制御部18はシャッタ34を開動作させる制御信号を送信する。これにより、シャッタ34は開動作する(ステップS404)。シャッタ34が開動作すると、第2測定部14は遅延蛍光の光量を測定する(ステップS405)。測定後、第2測定部14は、所定の計測時間における遅延蛍光の光量の時間的変化に関する情報を算出部38に送信する。その後、制御部18は、シャッタ34を閉動作させる制御信号を送信する。これにより、シャッタ34は閉動作する(ステップS406)。
【0051】
ここまでの処理で試験計測溶液に関する遅延蛍光量の計測(第1のステップ)が完了する。
【0052】
次に、図3に戻って、ステップS01と同一の条件で、キュベット等の別の容器内において標準サンプルと調整溶液とを混合する(ステップS05)。ここで、標準サンプルは、生物生育阻害要因といった有害物質が存在しないことが既知の溶液であり、例えば、滅菌蒸留水や純水等の不純物、菌類が取り除かれた水が用いられる。
【0053】
そして、ステップS02と同一の条件で、キュベット等の容器内において調整溶液によって調整された標準サンプルに光合成サンプルが混入され、標準計測溶液として調製される(ステップS06)。以下、ステップS03〜S04と同様にして、標準計測溶液の遅延蛍光量の計測が行われる(ステップS07〜ステップS08、以上、第2のステップ)。
【0054】
なお、上述した遅延蛍光量の計測(ステップS401〜S406)は、計測精度を上げるために、試験計測溶液又は標準計測溶液について複数回繰り返し行って、その平均値を算出するようにしても良い。
【0055】
試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光量の時間的変化、及びそれぞれの測定時の吸光度(又は散乱光の光量)が計測されると、算出部38は、それらの遅延蛍光量の時間的変化に基づいて、生物生育阻害要因に相関する比較値を求める(ステップS09)。
【0056】
図5は、標準的測定条件下の遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図である。ここで標準的測定条件とは、以下の通りである。まず、光合成サンプルとして、光強度50μmol/m2/s、波長665nmの赤色単色光下で一般的な方法で育成された藍藻類であるSpirulina platensis、標準サンプルとして、1.8mlの滅菌蒸留水を用意する。次に、4倍濃度の標準的な藍藻培養用混合塩類と、pH及び塩濃度を調整するための混合塩類とを含む0.6mlの調整溶液を標準サンプルに添加する。次いで、665nmの吸光度に換算して、OD=0.1程度で均一であるSpirulina platensisと、ゲル化剤として0.5重量%の寒天とを含む0.6mlの光合成サンプルを混合して、3mlの計測溶液を調製する。
【0057】
その後、光強度1.5μmol/ m2/sの白色蛍光灯下で15分程度放置する。そして、遅延蛍光計測装置1を用いて、光合成サンプルを計測光条件に順応させるための予備的な光照射として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、60秒間暗黒下で待機させる。その後、再度665nm、0.8mW/cm2の励起光を2秒照射後に、時間分解能0.1秒で60秒間の遅延蛍光の光量を計測する。上記60秒間の計測を3回実行して、その平均値から遅延蛍光の光量の時間的変化が得られる。なお、水溶液サンプルについても同様である。
【0058】
図5に示されるように、得られる遅延蛍光減衰カーブ(遅延蛍光の光量の時間的変化)は、光照射終了後から続く減衰カーブの頂点である第1ピーク(P1)と、光照射終了後25〜35秒近辺に現れる第二ピーク(P2)を有する。また、第1ピーク(P1)と第2ピーク(P2)の間におけるP1の近傍には、変曲点(C1)が現れる。これらP1、P2、及びC1(特徴点)は生物生育阻害要因の種類により特徴的な変化を示す。この特徴点の変化は、光合成サンプルの生物生育阻害要因に対する感受性の変化からもたらされる。また、この特徴点としては、上記3つの点には限られず、P1とP2の間の極小点や、遅延蛍光減衰カーブにおけるその他の変曲点を用いることもできる。
【0059】
ここで、算出部38は、試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光減衰カーブ中の特徴点を検出し、その特徴点を評価する評価値を算出する。この評価値としては、P1における遅延蛍光量CP1、P2における遅延蛍光量CP2、及びP2における光照射終了後の経過時間TP2が用いられる。また、変曲点C1を評価するための評価値としては、試験計測溶液及び標準計測溶液の遅延蛍光の光量の時間的変化の値を用いる。
【0060】
そして、算出部38は、それぞれの計測溶液の測定時の吸光度(又は散乱光の光量)に基づいて遅延蛍光の光量又は評価値を補正することも行う。この補正は、計測溶液中の光合成サンプルの濃度差により生ずる測定誤差を補正するためのものである。この測定誤差は、特に光合成サンプルの極微量変化領域を評価する場合に、設置部28での光合成サンプルの配置、あるいは設置部28自身の配置などで光照射量、光路が変化することにより生ずる。この補正には、吸光度(又は散乱光の光量)を基にして計測された細胞密度を用いることが有効である。
【0061】
上記補正を精度良く行うためには、試験計測溶液中及び標準計測溶液中における光合成サンプルの密度は、それぞれに関する遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることが好ましい。つまり、計測溶液中の光合成サンプル密度がある値以下では、吸光度(又は散乱光の光量)と、遅延蛍光の光量とは、光合成サンプル密度と高い相関を示す。この密度の上限値は、光合成サンプルの特性毎に適宜設定される。
【0062】
図6において、グラフ(a)は、波長665nmの吸光度(OD665)と遅延蛍光量CP1との関係の一例、グラフ(b)は、波長750nmの吸光度(OD750)と遅延蛍光量CP1との関係の一例を示す。図6の例によれば、吸光度と遅延蛍光量CP1は、吸光度(OD)=0.5付近まで高い相関がある。しかし、OD=0.5以上では、光合成サンプル自体の自己吸収により遅延蛍光量が見かけ上減少している事がわかる。従って、この場合、吸光度がOD=0.5以下の範囲内であれば、それを元に遅延蛍光量の補正が高精度に為され得る。
【0063】
次いで、算出部38は、評価値から水溶液サンプル中の生物生育阻害要因による影響を顕在化させるための比較値を算出する。比較値の例としては、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られたCP1、CP2、TP2の比をとって得られたVCP1値、VCP2値、VTP2値、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られた遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとって得られたCurve値が用いられる。これら比較値を評価することで光合成サンプルの生物生育阻害要因に対する感受性が適切に評価される。
【0064】
なお、以下本明細書において、CP1は、光照射終了後0.1秒から0.5秒までの遅延蛍光量積算量[counts]、TP2は、第2ピーク(又は類似の変曲点)の現れる光照射終了後経過時間[sec]、CP2は、第2ピーク(又は類似の変曲点)の現れる時刻±0.5秒の遅延蛍光量積算量[counts]、Curve値は、C1を含む第1ピークと第二ピークとの間の遅延蛍光減衰カーブの、試験計測溶液と標準計測溶液との差[counts]、VCP1値、VCP2値、VTP2値は、それぞれCP1、CP2、TP2の、標準計測溶液に対する試験計測溶液の比として算出されるものとする。これらの評価値及び比較値の具体的な算出方法については、必要に応じて適宜選択して良い。
【0065】
また、このように算出された比較値により高感度で生物生育阻害要因を検出するためには、上述した遅延蛍光の光量と比例関係を有する光合成サンプル密度の範囲内であっても、光合成サンプルは十分に低密度であることが好ましい。
【0066】
図7には、波長665nmの吸光度に対するVCP1値の変化を示す。このVCP1値は、濃度0.1ppbのDCMUを含む水溶液サンプル、及び光合成サンプルSpirulina platensisを混合した計測溶液を対象に計測を行った結果得られたものである。また、標準計測溶液を計測対象にした場合、吸光度0.5以下において吸光度と遅延蛍光の光量とが高い相関を示した。
【0067】
図7により示されるように、光合成サンプル密度がOD=0.1より高くなるに従い、VCP1値(%)が低下する。一方では遅延蛍光の光量と光合成サンプル密度の相関は、吸光度0.5付近まで保たれている。このことから、遅延蛍光の光量が自己吸収により減衰しない光合成サンプル密度の範囲においても、光合成サンプル密度が比較的高い場合、生物生育阻害要因の検出感度が低下することがわかる。光合成サンプルへの生物生育阻害性は、水溶液サンプル中の化学物質が光合成サンプル中に浸透吸収されて、特定の標的生体分子と直接もしくは間接的に相互作用することにより発生する。このため、極低濃度の化学物質に対して、過剰の光合成サンプル(=標的生体分子)が存在する場合には影響が低下する結果となる。
【0068】
図3に戻って、比較値が求められると、記憶部40は比較値を記憶し(ステップS10)、表示部42は記憶された比較値を表示する(ステップS11)。ここでの表示は、例えば、記憶された比較値をグラフ表示等することによって行われる。また、以前記憶された他の水溶液サンプルに関する比較値と対比できるように並べて表示等することも好ましい。最後に、表示された比較値を既知物質の比較値と対比して解析することにより、水溶液サンプルにおける生物生育阻害要因の定性・定量が行われる(ステップS12、以上、第3のステップ、評価ステップ)。ステップS12における解析・評価方法の詳細については後に詳述する。
【0069】
なお、ステップS03における計測溶液の放置時の光条件は、安定して高感度計測を行うために所定の条件に制御することが好ましい。また、光合成サンプルを明所から暗所に移動した場合などには、光合成サンプルが経時的に徐々にその環境に適応していくために、測定前から光合成サンプルを一定の光条件で保存しておいたり、光合成サンプルを置く光環境を変化させた後、所定時間経過後に遅延蛍光の計測を行うとより好適である。
【0070】
図8には、光合成サンプルとしてSpirulina platensisを使用した場合に、計測溶液放置時の光強度を様々変化させた場合の評価値の一例を示す。図8において、グラフ(a)は、光強度を変化させた場合のCP1、グラフ(b)は、光強度を変化させた場合のCP2、グラフ(c)は、光強度を変化させた場合のTP2を示す。図8に示すように、測定前に強光下での明所においた計測溶液では、CP1が他の光強度に比して大きく、弱光においた計測溶液では、CP2が他の光強度に比して大きく、暗黒においた計測溶液では、TP2が他の光強度に比して大きくなっている。このように、光合成サンプルから発せられる遅延蛍光は、放置状態での光強度により変化し、その結果、遅延蛍光減衰カーブの計測・評価結果に影響する事がわかる。このような理由から、計測溶液の放置時の光条件を所定の条件に制御することは、遅延蛍光減衰カーブ中の極大点、極小点、変曲点などの特徴点を再現性良く安定して測定・評価するために重要である。
【0071】
また、計測溶液に混合される光合成サンプルは、再現性の良い計測結果を得るために所定の培養条件で育成したものを用いることが好ましい。このような所定の培養条件としては、一定の光環境下(例えば、照射波長、照射強度)であることが好ましい。また、単色光源で育成したものを低温下にて暗黒もしくは所定の光照射強度(例えば、光強度1μmol/m2/s)で保存して、増殖が抑制された培養条件であることがより好ましい。
【0072】
図9には、異なる光環境で育成された光合成サンプルSpirulina platensisを使用した場合の評価値を示す。図9において、グラフ(a)は、培養条件(光波長)を変化させた場合のCP1、グラフ(b)は、光波長を変化させた場合のCP2、グラフ(c)は、光波長を変化させた場合のTP2を示す。図9に示すように、遅延蛍光減衰カーブは光環境により変化することから、得られる評価値も変動する。このような理由から、所定の培養条件で光合成サンプルを育成することは、規格化された高感度計測を行うために重要である。
【0073】
(既存物質の計測)
以下、上述した標準的測定条件下において、生物生育阻害要因となる既存化学物質を含む水溶液サンプルについての遅延蛍光計測の解析結果を示す。
【0074】
図10及び図11は、アトラジンを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図10において、グラフ(a)は、アトラジン濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、アトラジン濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、アトラジン濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図11は、アトラジン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。アトラジンは光合成を阻害する疎水性除草剤として利用されていたが、20μg/l程度の低濃度でカエル等に催奇形作用をしめす内分泌撹乱作用が認められ、規制の対象になっている化学物質である。なお、図中に表記されているアトラジン濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0075】
図10に示すように、アトラジン濃度の増加に応じて、VCP1値が増大する一方、VCP2値が減少することがわかる。また、アトラジン濃度の増加に応じて、VTP2値は若干減少する。また、図11により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に、励起後時間3〜4秒付近ではマイナス側に変化していくことが判明した。
【0076】
また、図12及び図13は、DCMU(ジウロン)を様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図12において、グラフ(a)は、DCMU濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、DCMU濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、DCMU濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図13は、DCMU濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。DCMU(ジウロン)はアトラジンと同様に、光合成を阻害する除草剤として幅広く利用されてきたが、生物への悪影響が指摘されており、規制の対象となっている。なお、図中に表記されているDCMU濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0077】
図12に示すように、DCMU濃度の増加に応じて、VCP1値が増大する一方、VCP2値が減少することがわかる。また、DCMU濃度の増加に応じて、VTP2値はほとんど変化しない。また、図13により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に、励起後時間3〜5秒付近ではマイナス側に変化していくことが判明した。
【0078】
また、図14及び図15は、パラコートを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図14において、グラフ(a)は、パラコート濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、パラコート濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、パラコート濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図15は、パラコート濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。パラコートは細胞中に取り込まれた後に、生体反応の電子伝達を撹乱したり、活性酸素を発生することにより細胞に障害を起こすとされており、除草剤として利用されている。なお、図中に表記されているパラコート濃度は、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での濃度である。
【0079】
図14に示すように、パラコート濃度の増加に応じて、VCP2値及びVTP2値が減少するが、高濃度でその減少が鈍くなる。また、パラコート濃度の増加に応じて、VCP1値は低濃度において若干減少する。また、図15により、Curve値は、高濃度になるにつれて励起後時間1〜4秒付近でマイナス側に変化することが判明した。
【0080】
また、図16及び図17は、無機水銀を様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図16において、グラフ(a)は、無機水銀濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、無機水銀濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、無機水銀濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図17は、無機水銀濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。無機水銀は、光合成サンプルだけでなく一般的な細胞にも毒性を示す物質である。なお、図中に表記されている無機水銀濃度は、塩化水銀溶液として調製し、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中での水銀イオン濃度換算での濃度である。
【0081】
図16に示すように、無機水銀濃度の増加に応じて、VTP2値が増加する一方、VCP2値は減少する。また、無機水銀濃度の増加に応じて、VCP1値は、低濃度においてはあまり変化しないが、高濃度においては増加する。また、図17により、Curve値は、高濃度になるにつれて経過時間1〜2秒付近で時間分布がプラス側に変化することが判明した。
【0082】
また、図18及び図19は、遊離シアンを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図18において、グラフ(a)は、遊離シアン濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、遊離シアン濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、遊離シアン濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図19は、遊離シアン濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。遊離シアンは、光合成サンプルだけでなく一般的な細胞にも毒性を示す。なお図中に表記されている遊離シアン濃度は、シアン化カリウム溶液として調整し、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中でのシアン化イオン換算の濃度である。
【0083】
図18に示すように、遊離シアン濃度の増加に応じて、VTP2値及びVCP2値は、低濃度においてはほとんど変化しないが、高濃度において減少する。また、有機シアン濃度の増加に応じて、VCP1値は、ほとんど変化しない。また、図19により、Curve値は、高濃度になるにつれてプラス側に変化し、その変化は、励起後時間2〜4秒付近に集中することが判明した。
【0084】
また、図20及び図21は、TPNを様々な濃度で含む水溶液サンプルを対象に算出された比較値を示すグラフである。図20において、グラフ(a)は、TPN濃度に対するVCP1値の変化を示すグラフ、グラフ(b)は、TPN濃度に対するVCP2値の変化を示すグラフ、グラフ(c)は、TPN濃度に対するVTP2値の変化を示すグラフである。また、図21は、TPN濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。TPNは殺菌作用を示す農薬等に含まれる成分で、細胞のエネルギーであるATP生産に関わる酵素を失活させる、光合成ではなく呼吸代謝に作用する化学物質である。なお、図中に表記されているTPN濃度は、TPNのみを主剤として含む殺菌剤を希釈して用い、最終的に合計3mlに調整された試験計測溶液中でのTPN濃度換算の濃度である。
【0085】
図20に示すように、TPN濃度の増加に応じて、VCP1値及びVTP2値は増加する一方、VCP2値は減少する。また、図21により、Curve値は高濃度になるにつれて、励起後時間1秒付近でプラス側に変化し、励起後時間3〜5秒付近でマイナス側に変化することが判明した。
【0086】
TPNは野菜における残留農薬の規制対象になっている殺菌剤の主要なもので、法定の規制濃度は1ppmとなっている。また、TPNを主剤とする主要な市販殺菌剤における散布濃度は400ppmである。本法における検出感度は、散布濃度の10000分の1程度の濃度で検出可能であり、野菜の表面から水溶液サンプルを得ることにより規制基準以下のTPNも十分に検出できることを示している。
【0087】
(生物生育阻害要因の解析・評価)
実際の水溶液サンプルの計測においては、その中に複数の生物生育阻害要因が同時に存在することがあり得る。生物生育阻害要因の評価方法により得られた遅延蛍光減衰カーブは、各種生育阻害要因による影響が時間的に分離されており、生物生育阻害要因に対して相加的に現れる。そのため、複数の生物生育阻害要因が存在した場合には、それぞれを別個に推定することが可能であると同時に、それら変化を積算して評価することも可能である。このように、生物生育阻害要因の定性的な評価と定量的な評価とが同時に行われる。
【0088】
水溶液サンプル中に異種の生物生育阻害要因が存在している場合、例えば、DCMUと無機水銀が存在している場合、本実施形態において用いている比較値の中での主たる変化の現れる比較値は、例えば、DCMUではVCP1値、無機水銀ではVCP2値及びVTP2値となっている。このように、遅延蛍光減衰カーブ中に変化が現れる比較値が異なる生物生育阻害要因を同時に含む場合、全体の比較値の変化は相加的に現れる。
【0089】
図22は、生物生育阻害要因としてのDCMUを濃度0.1ppbで含有する試験計測溶液「DCMU」と、生物生育阻害要因としての水銀イオンを濃度20ppbで含有する試験計測溶液「Hg2+」と、DCMUを濃度0.1ppb及び水銀イオンを濃度20ppbで含有する試験計測溶液「DCMU+Hg」とのそれぞれから得られた比較値VCP1値、VCP2値、及びVTP2値を示している。図22において、グラフ(a)は、各試験計測溶液のVCP1値を示すグラフ、グラフ(b)は、各試験計測溶液のVCP2値を示すグラフ、グラフ(c)は、各試験計測溶液のVTP2値を示すグラフである。
【0090】
図22のグラフ(a)で示されるように、VCP1値では、主な変化の現れる評価値がVCP1値である「DCMU」では116.0、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、129.6、水銀イオンのみを含む「Hg2+」では、104.1となっており、DCMUを含む場合にはVCP1値の変化が大きいことがわかる。また、図22のグラフ(b)で示されるように、VCP2値では、主な変化の現れる比較値がVCP2値である「Hg2+」では59.9、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、44.9、DCMUのみを含む「DCMU」では、88.0となっており、水銀イオンを含む場合には、CP2の変化が大きいことがわかる。また、図22のグラフ(c)で示されるように、VTP2値では、主な変化の現れる比較値がVTP2値である「Hg2+」では144.9、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、149.9、DCMUのみを含む「DCMU」では、100.0となっており、水銀イオンを含む場合には、TP2の変化が大きいことがわかる。
【0091】
以上の結果から、DCMUと水銀イオンを含む「DCMU+Hg」では、DCMUでの主な変化の現れるVCP1値と水銀イオンでの主な変化の現れる比較値VCP2値及びVTP2値に変化が現れており、DCMUと水銀イオンとを同時に含有している事が同時に計測可能であることがわかる。
【0092】
一方、水溶液サンプル中に同種の生物生育阻害要因が存在している場合、例えば、アトラジンとDCMUとが存在している場合、本実施形態において用いている比較値の中での主たる変化の現れる比較値は、ともにVCP1値となっている。このように、遅延蛍光減衰カーブ中に変化が現れる比較値が同じ生物生育阻害要因を同時に含む場合、全体の比較値の変化は相加的に現れる。
【0093】
図23は、生物生育阻害要因としてのアトラジンを濃度0.2ppbで含有する試験計測溶液「アトラジン」と、生物生育阻害要因としてのDCMUを濃度0.1ppbで含有する試験計測溶液「DCMU」と、DCMUを濃度0.1ppb及びアトラジンを濃度0.2ppbで含有する試験計測溶液「アトラジン+DCMU」とのそれぞれから得られた比較値VCP1値、VCP2値、及びVTP2値を示している。図23において、グラフ(a)は、各試験計測溶液のVCP1値を示すグラフ、グラフ(b)は、各試験計測溶液のVCP2値を示すグラフ、グラフ(c)は、各試験計測溶液のVTP2値を示すグラフである。
【0094】
図23のグラフ(a)で示されるように、VCP1値は、「アトラジン」では106.4、「DCMU」で125.6、「アトラジン+DCMU」では、132.2となっており、アトラジンとDCMUを同時に含む場合にはVCP1が相加的に増加していることがわかる。また、図23のグラフ(b)で示されるように、VCP2値は、「アトラジン」では90.0、「DCMU」で84.6、「アトラジン+DCMU」では、86.0となっており、大きな変化が見られないことがわかる。また、図23のグラフ(c)で示されるように、VTP2値は、「アトラジン」では100.0、「DCMU」で101.5、「アトラジン+DCMU」では、100.0となっており、大きな変化が見られないことがわかる。
【0095】
以上の結果から、アトラジンとDCMUを含む「アトラジン+DCMU」では、ともに主な変化の現れる比較値であるVCP1値において相加的に値が増加している。このように、同種の生物生育阻害要因は遅延蛍光の計測結果に相加的に影響を与えるので、同種の生物生育阻害要因となる化学物質に対する生物生育阻害要因の総合的な評価結果が得られる。
【0096】
(生物生育阻害要因の評価用キット)
続いて、本発明による生物生育阻害要因の評価用キットについて詳細に説明する。上述した生物生育阻害要因の評価方法を簡便に実施するために、生物生育阻害要因の評価用キットを用いることができる。生物生育阻害要因の評価用キットは、水溶液サンプル又は標準サンプルに混合される濃縮化光合成サンプルと、光合成サンプルが混合された水溶液サンプル又は標準サンプルの塩濃度及びpHを調整するための濃縮された混合塩類、栄養塩類を含む調整溶液と、光合成サンプルと調整溶液とを水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、を含むものである。
【0097】
ここで、上記した濃縮化光合成サンプル、調整溶液のいずれか、又はその両方には、光合成サンプルの空間的な安定化に必要な安定化剤を含むことが好ましい。なお、濃縮化光合成サンプルに安定化剤を含ませる場合には、濃縮状態で光合成サンプルに悪影響を与えないような安定化剤が用いられる。また、水溶液サンプル中の生育阻害要因に対して吸着や分解など、光合成サンプルへの作用を阻害しない安定化剤が好適に用いられる。安定化剤としては、例えば、アガロース等の多糖類や、高分子ポリマーが挙げられる。
【0098】
また、混合手段としては、採液容器中において光合成サンプルと調整溶液とを水溶液サンプルに分離して混合することができるものであれば任意の形状の採液容器を用いることができる。
【0099】
図24は、このような生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。同図に示されるように、所定の採液容器50に所定量の水溶液サンプル52が採取され、その後、塩濃度及びpHが所定の範囲になるように調整溶液54が混合される。さらに、採液容器50に濃縮化光合成サンプル56が混ぜ合わされる。その後、採液容器50内で調製された試験計測溶液58を放置後、採液容器50を遅延蛍光計測装置1に収納させて遅延蛍光の光量の計測を行う。
【0100】
また、採液容器としては、吸引などにより所定量の水溶液サンプルが採取可能な注射筒やスポイトのような容器を採液容器として用いることも好ましい。この採液容器内に、どちらかまたは双方に安定化剤を含む調整溶液及び濃縮化光合成サンプルを分離した状態で収容させておくことも好ましい。この場合、水溶液サンプル採取の際の一挙動で調整溶液、光合成サンプル、安定化剤の混合が可能であるため計測をより簡便に行うことができる。
【0101】
また、水溶液サンプルが吸引された場合に、先に調整溶液と混合され、次に濃縮化光合成サンプルと混合されるような位置に、調整溶液及び濃縮化光合成サンプルが保持されていることがより好ましい。これにより、水溶液サンプルの塩濃度、pHが光合成サンプルに影響を与えうる範囲であっても、調整溶液で調整後に光合成サンプルを混合することにより光合成サンプルに対する影響を低減することができる。
【0102】
図25は、スポイト型の生物生育阻害要因の評価用キットを用いて遅延蛍光の計測を行う際の手順を示す図である。同図に示されるように、スポイト型の採液容器60内には、調整溶液54と濃縮化光合成サンプル56とが上下に分離して収容されている。採液容器60中で、調整溶液と濃縮化光合成サンプルを分離して保持するために、採液容器60自体に壁や溶液ポケット等の分離手段が備えられていても良い。また、採液容器60の構造の単純化、コストの低減化の観点からは、調整溶液と濃縮化光合成サンプルそれぞれに濃縮されたゲル化剤などの安定化剤が含まれていることにより、それぞれもしくは片方の溶液が高粘性を持っていても良い。
【0103】
このような採液容器60において、調整溶液54が収容されている位置まで水溶液サンプル52が吸引採取され、水溶液サンプルと調整溶液54とが一旦混合される。その後、採液容器60に水溶液サンプル52が所定量に達するまで吸引採取され、濃縮化光合成サンプル56と混ぜ合わされる。このようにして採液容器60内で調製された試験計測溶液を放置後、採液容器60を遅延蛍光計測装置1に収納させて遅延蛍光の光量の計測を行う。
【0104】
以上説明した生物生育阻害要因の評価用キットを用いることにより、水溶液サンプルに対して高濃度の塩類を含む調整溶液と光合成サンプルとが別々に混合されるので、塩類の光合成サンプルに対する影響を最小限化して、浸透圧差などによる光合成サンプルの死亡・破損を防止することができる。
【0105】
以下、本発明の実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法の作用効果について説明する。
【0106】
生物生育阻害要因の評価方法によれば、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の減衰カーブと、生物生育阻害要件の存在しない溶液中の光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の減衰カーブとが計測される。そして、それぞれの減衰カーブから、ピークや変曲点等の特徴点を評価し、両者を比較することにより生物生育阻害要因の光合成サンプルに対する影響が評価される。そのような評価を行うことにより、複数の化学物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。
【0107】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、例えば、本実施形態にかかる生物生育阻害要因の評価方法では、計測溶液の放置時の光条件は所定の条件に制御されていたが、これは、計測溶液の計測毎に光条件を様々変化させて比較値を評価するようにしても良い。
【0108】
図26は、この場合の生物生育阻害要因の評価方法の手順を示すフローチャートである。図3における手順との相違点を中心に説明すると、まず、ステップS01、ステップS02及びステップS05、ステップS06と同様にして、試験計測溶液及び標準計測溶液が調製される(ステップS21〜ステップS22,ステップS26〜ステップS27)。そして、初回の放置時の光条件が設定される(ステップS23、ステップS28)。その後、設定された光条件のもとで試験計測溶液及び標準計測溶液を所定の放置時間放置する(ステップS24、ステップS29)。その後、図3におけるステップS04、ステップS08〜S12と同様にして計測された遅延蛍光の光量から比較値が算出され、その比較値が評価される(ステップS25、ステップS30〜ステップS34)。そして評価が終了すると、ステップS23及びステップS28に戻って、前回設定した光条件を変化させた後、再度比較値を算出し、光条件に応じた比較値の変化の評価を繰り返し行う。なお、計測溶液は、各光条件毎に新しく調製してもよい。
【0109】
また、放置時における光条件としては、生物生育阻害要因の変化をより細かく計測するために、可視光領域の単色光またはその組み合わせ、赤外光や紫外光などの光を単独又は組み合せて用いることが可能である。
【0110】
図27は、放置時の光条件を様々変えて算出された比較値の一例を示すグラフである。図27において、グラフ(a)は、様々な光条件に対するTPNに関する比較値、グラフ(b)は、様々な光条件に対する無機水銀に関する比較値を示すグラフである。ここで、放置時の光条件は、計測溶液に対する照射光を、白色蛍光灯、緑色単色光(波長530nm)、及び赤色単色光(波長665nm)の3種類に変化させ、各照射光の光量を1.5μmol/m2/sに設定した。比較値としてはVCP1値、VCP2値、VTP2値を算出した。
【0111】
図27のグラフ(a)に示されるように、TPNの場合、VTP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合122、「緑色光」の場合89、「赤色光」の場合118、となる。VCP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合47、「緑色光」の場合78、「赤色光」の場合44、となる。VCP1値は、放置時の光条件が「白色光」の場合144、「緑色光」の場合112、「赤色光」の場合、171となる。この結果から、TPNの場合、放置時の光条件が「緑色光」の場合はVCP1、VCP2、VTP2の全ての評価値の変化率が低下し、生物生育阻害要因の検出感度が低下することがわかる。
【0112】
また、図27のグラフ(b)に示されるように、無機水銀の場合、VTP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合117、「緑色光」の場合113、「赤色光」の場合114、となる。VCP2値は、放置時の光条件が「白色光」の場合77、「緑色光」の場合78、「赤色光」の場合77、となる。VCP1値は、放置時の光条件が「白色光」の場合103、「緑色光」の場合96、「赤色光」の場合98、となる。このため無機水銀の場合、放置時の光条件による、CP1、CP2、TP2の評価値の変化率に大きな差がないことがわかる。
【0113】
上記結果より、水溶液サンプル中の生物生育阻害要因の作用は、放置条件での光条件により変化するが、この変化は生物生育阻害要因毎に異なり、特定の光波長条件で影響が増大するものや、光条件による影響を受けない生物生育阻害要因などがあることが理解できる。
【0114】
従って、光条件を様々変化させて比較値を評価することにより、同一の水溶液サンプルから得られる試験計測溶液を異なる光条件に置いて、それらの計測結果を比較して、生物生育阻害要因の定性に関する情報を得ることができる。例えば、図27(a)において示されるように、TPNの場合、白色光および赤色光における場合と比較して、緑色光においてVCP1、VCP2、及びVTP2の変化が減少する。このことに着目して、他の生物生育阻害要因との判別が可能である。
【0115】
以下、本発明の好適な実施例についてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0116】
(実施例1)
評価対象の水溶液サンプルとして井戸水、湖沼水から得た水溶液、標準サンプルとして蒸留水を用い、上述した標準的な測定条件のもとでの、比較値を算出した。図28には、本実施例における比較値の算出結果を示す。図28において、グラフ(a)は、井戸水及び湖沼水を対象に算出されたVCP1値、グラフ(b)は、同様に算出されたVCP2値、グラフ(c)は、同様に算出されたVTP2値を示すグラフである。
【0117】
図28に示されるように、「井戸水」において、VCP1値が137.1%と増加したが、「湖沼水」では顕著な変化が認められなかった。また、VCP2値及びVTP2値に顕著な変化は認められなかった。さらに、同一地点の井戸水について12日間に4回採水し計測を行った結果、ほぼ同様に120〜140%程度のVCP1値が得られた。
【0118】
本実施例の結果において、VCP1値のみが120〜140%程度となる生物生育阻害要因として考えられる既知の化学物質は、0.5ppb以下の極低濃度レベルのDCMU、アトラジンなどの疎水性除草剤である。従って、試験に用いた井戸水には、DCMUまたはアトラジンに類する疎水性化学物質系の農薬が含まれていると推測された。
【0119】
(実施例2)
評価対象の水溶液サンプルとして、実施例1における井戸水及び蒸留水、0.1ppb濃度のDCMUを含む水溶液について、標準的な測定条件のもとで、実施例1と同様にして比較値を算出した。DCMUは、既知の疎水性有機物系除草剤の一つであり、実施例1における井戸水と評価値の変化の特徴が似ているものである。
【0120】
また、井戸水、蒸留水、及びDCMUの各水溶液を吸着処理し、吸着処理された水溶液を対象にVCP1値を算出することも行った。吸着には、高密度フィルタ濾過水(Millipore社mili-Qにより濾過された水)により洗浄した後に乾燥させた活性炭を用いた。そして、蒸留水、井戸水、0.1ppb濃度DCMUのそれぞれの水溶液5mlに対し0.8gの活性炭を加えた後、1時間緩やかに浸透した。この3種の溶液をそれぞれ、0.45μmのフィルタに濾過させて得られたものを対象に遅延蛍光量の測定を行った。
【0121】
図29には、本実施例におけるVCP1値の算出結果を示す。図29においては、蒸留水、井戸水、DCMUの各水溶液サンプルについて算出されたVCP1値と、吸着処理されたそれぞれの各水溶液サンプルについて算出されたVCP1値を示す。図29に示されるように、VCP1値は、蒸留水から得られた結果に対し、「井戸水」で117.1、「DCMU」で120.9となり、井戸水から得られたCP1の変化は、0.1ppb濃度のDCMUにおける変化とほぼ同一の結果となった。
【0122】
また、吸着前の蒸留水「蒸留水」のVCP1値100に対する、活性炭吸着処理の後の蒸留水「蒸留水(吸着後)」のVCP1値は、99.7となり、活性炭吸着処理のVCP1の変化に対する影響はほとんど無いと評価された。活性炭吸着処理前にVCP1の増加が見られた「井戸水」と「DCMU」では、活性炭吸着処理後のそれぞれのVCP1値が、「井戸水(吸着後)」で95.5、「DCMU(吸着後)」で96.3となり、「蒸留水」および「蒸留水(吸着後)」と同等の値となった。この結果より、この井戸水にはDCMUなど疎水性有機物に類する物質が含まれているということが評価された。
【0123】
本発明による有害物質の評価方法及び有害物質の評価用キットは、上記した実施形態及び実施例に限られるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、水溶液サンプルに混合される光合成サンプルについては、一般には、上述したように、光合成機能を有するものであって、遅延蛍光を発光可能なものを用いれば良い。
【0124】
また、このような光合成サンプルとしては、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなる光合成サンプルを用いることが好ましい。ここで、耐塩性藻類とは、塩水や海水などの高塩性の環境で生育可能な藻類を指す。また、耐アルカリ性藻類、耐酸性藻類とは、極端なpH環境で生育可能な藻類を指す。このような光合成サンプルとしては、例えばスピルリナ(Spirulina)が挙げられる。
【0125】
すなわち、光合成サンプルとして、耐塩性藻類として知られるスピルリナ(Spirulina)、ドナリエラ(Dunaliella)、耐アルカリ性を有するスピルリナ(Spirulina)、耐酸性を有するユーグレナ(Euglena)や、その他の海洋や塩水湖に生息する藻類など、高塩環境やアルカリ性(高pH)または酸性(低pH)環境に耐えられる藻類を使用した場合、それらの藻類に適した環境よりも塩濃度が低い淡水試料などを計測する際に、淡水性藻類等を用いた場合に比べて以下の利点が生じる。
【0126】
ここでは、一例として、高塩性、アルカリ性の環境に耐えられる藻類であるスピルリナを用いる場合について説明する。スピルリナは、高塩性の環境である塩水湖と、低塩性の環境である淡水湖のどちらにも生息する藍藻類である。このため、スピルリナを用いれば、塩水湖の環境に相当する高塩性培地(SOT培地)と、淡水湖の環境に相当する低塩性培地(MA培地)の両方の環境で、遅延蛍光を計測することができる。
【0127】
一般に、試料となる水溶液サンプルは、河川や湖沼水、地下水、土壌抽出水など様々な環境から採取される。このため、サンプルの塩濃度は均一ではなく、その結果、pHなど藻類の生育環境として重要な要素が均一ではない場合がある。これに対して、試験対象となる水溶液サンプルに調整溶液を混合して塩濃度、pHを調整し、その後に光合成サンプルと混合する方法が可能である。この場合、水溶液サンプルを高塩性培地として調整することにより、低塩性培地の場合に比べてpHなどをより容易に調整することができる。
【0128】
図30は、高塩性培地及び低塩性培地を用いて水溶液サンプルを調整した場合の調整例を示す表である。ここでは、水溶液サンプルとして、湖水、井戸水、水道水、及び蒸留水を用いている。これらの調整例では、原水そのもののpHは、湖水で7.44、井戸水で6.03、水道水で7.07、蒸留水で5.46であり、そのサンプル間の標準偏差は0.91であった。
【0129】
これに対し、5倍濃度の高塩性培地を調整溶液として調整を行った場合のpHは、湖水で9.68、井戸水で9.71、水道水で9.72、蒸留水で9.69となった。このときの標準偏差は0.02であり、原水に比べて水溶液サンプルの違いによるpHの差が改善した。一方、5倍濃度の低塩性培地を調整溶液として調整を行った場合のpHは、湖水で8.13、井戸水で7.77、水道水で8.14、蒸留水で8.29となった。このときの標準偏差は0.22であり、原水に比べて改善はしたものの、高塩性培地に比べて劣る結果となった。
【0130】
一般的な塩濃度に関しても、淡水環境に対して高塩濃度で調整する高塩性培地の方が、低塩性培地に比べて原水における塩濃度の変動を改善しやすい。このように、光合成サンプルとして、例えば海洋や塩水湖に生息する藻類など、高塩濃度やアルカリ性または酸性環境に耐えられる藻類を使用した場合、それらの藻類に適した環境よりも塩濃度が低い淡水サンプルなどを計測する際において、淡水性藻類を用いた場合に比べて、原水のpH、塩濃度などの変動を改善する上で利点がある。
【0131】
また、遅延蛍光の計測対象となる溶液については、遅延蛍光の光量を計測する前に均一化させることが好ましい。時間経過にしたがって計測溶液中の光合成サンプルが沈殿、浮上すると、光検出器の視野内における光合成サンプルの密度が変化し、発光量の計測値が変化する。その結果、所定時間の放置や計測中の時間経過により、その計測精度が低下する場合がある。これに対して、溶液を均一化することにより、誤差の少ない有害物質の評価が可能となる。このような溶液の均一化については、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を用いることが好ましい。また、有害物質の評価に用いられる評価用キットについては、光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることが好ましい。このような安定化剤としては、例えば、上述したように比重調整剤や増粘剤(ゲル化剤など)などを用いることができる。
【0132】
図31は、溶液の均一化なし、及び増粘剤添加の条件での放置時間に対する遅延蛍光量の変化を示すグラフである。ここでは、光合成サンプルとして藍藻スピルリナ(Spirulina platensis)を用い、図5に関して上述した標準的測定条件と同様の条件下で、放置時間を変えて遅延蛍光の光量の計測を行った。
【0133】
増粘剤の添加に関しては、「均一化なし」では、増粘剤に相当するゲル化剤としての寒天を添加せずに調整された計測溶液を用い、「増粘剤添加」では、増粘剤としての寒天を全体に対して0.1重量%となるように添加した計測溶液を用いた場合の計測結果を示している。また、計測は、溶液の調整直後(0分)から15分後まで放置時間の経過にしたがって実施し、遅延蛍光量として光照射終了後0.1秒から0.5秒までの遅延蛍光量積算量であるCP1を求めた。
【0134】
図31に示すように、増粘剤を含まない「均一化なし」のグラフでは、放置時間の経過に伴ってCP1が低下している。これは、時間経過にしたがって光合成サンプルが沈殿、浮上していくためである。これに対し、「増粘剤添加」のグラフでは、時間経過後においてもCP1の計測値に大きな変化はみられない。以上のことから、計測溶液については、光合成サンプルを均一化する手段を講じた上で計測に用いることが、計測精度を向上するために有効であることがわかる。
【0135】
このような増粘剤は、光合成サンプルからの発光の計測を阻害、かく乱せず、微弱な発光を計測可能な条件で添加することが好ましい。具体的には、増粘剤としては、光合成サンプルの均一化が可能な濃度において、蛍光や燐光を持たず、透明で光合成サンプルの発光を吸収しないものを用いることが好ましい。このような増粘剤の例としては、低濃度の寒天やアガロース、メチルセルロース溶液などを用いることができる。また、計測前に光合成サンプルを均一化させる手段としては、増粘剤の添加の他に、微細な網や格子構造により計測溶液中での光合成サンプルの沈降、浮上を抑制したり、あるいは、外部からの攪拌によって均一性を保持することも可能である。
【0136】
また、遅延蛍光の光量等については、計測溶液中の光合成サンプルの濃度差により生じる測定誤差に対して、必要に応じて補正等を行うことが好ましい。すなわち、計測に用いる光合成サンプルは、生物細胞または細胞内小器官、膜タンパク複合体などを用いる性質上、その操作中や保存中に細胞生長・分裂による増加や死亡・分解による減少により、量的変化を生じる場合がある。また、量的変化がない場合でも、遅延蛍光の発光能力の変化や光量の時間的変化上の特徴などの質的変化が生じる場合もある。
【0137】
このような変化は、計測評価での誤差となるため、計測に先立って、使用する光合成サンプルに変化が生じていないかを評価する評価方法を用いることが有効である。光合成サンプルの量的変化、質的変化を検出することにより、計測結果の精度が管理される。このような評価方法により、光合成サンプルの異常が検出された場合には、それが許容範囲にあるかどうかを判断し、必要に応じて計測者に対して何らかの警告を示すなどの方法を用いることができる。
【0138】
上記した光合成サンプルの評価方法としては、例えば以下の(1)〜(3)の方法がある。(1)光合成サンプルの密度が、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であるかどうかを評価する。このような評価は、例えば、光合成サンプルの密度と遅延蛍光の光量とにより作成される検量線を用いて行うことができる。(2)光合成サンプルの密度に対する遅延蛍光の光量が、評価基準となる模範データと比較して変化していないかを評価する。例えば、光合成サンプルの密度と遅延蛍光の光量とにより作成される検量線において、その検量線に示される光合成サンプルの密度当たりの発光量の関係式に、一定の誤差範囲で相関が得られるかについて評価を行う。(3)遅延蛍光の光量の時間的変化が評価基準となる模範データと比較して変化していないかを評価する。例えば、模範データの光量の時間的変化に対する差や、遅延蛍光の光量の時間的変化における特徴点の光量及び特徴点の現れる時間、あるいは、2箇所の特徴点の間の光量変化の傾き、特定の時間範囲での光量変化の傾きなどを用いて評価を行うことができる。
【0139】
上記した光合成サンプルの評価において、模範データとしては、例えば、光合成サンプルの吸光度や光散乱量、遅延蛍光光量、及びその時間的変化などのデータが用いられる。また、このような模範データや許容範囲を示すデータについては、あらかじめ計測装置または解析装置に記憶されているデータ、または光合成サンプルの調整時に記録されたデータなどを用いることができる。また、同様の評価を水溶液サンプルと混合前の光合成サンプルについて実施すれば、その結果から標準計測溶液などでの計測結果を推測することができる。このような場合にも、使用するデータについては上記と同様である。
【0140】
また、光合成サンプルを評価することにより、その変化が検出された場合、必要に応じて計測に対して補正を行うことが好ましい。そのような補正方法の例としては、光合成サンプルに生じている変化が量的変化の場合、上記した(1)の評価方法により、光合成サンプルの密度が、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であるならば、密度が異なる光合成サンプルを用いた各計測結果において、遅延蛍光の光量を光合成サンプルの密度によって規格化し、比較することができる。このような場合の規格化方法としては、例えば、遅延蛍光の光量を光合成サンプルの密度によって除算する方法などがある。
【0141】
本発明による有害物質の評価方法について、さらに説明する。
【0142】
上記した実施形態では、主として、(1)水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)有害物質が存在しない標準サンプルに、光合成サンプルを混合して標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ計測された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備える有害物質の評価方法について説明している。
【0143】
このような有害物質の評価方法は、一般には、(1)水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、試験計測溶液を所定の放置時間放置し、試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、(2)比較サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を所定の放置時間放置し、比較計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、(3)第1のステップ及び第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、評価値の比較値を求めることにより、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとによって構成することができる。
【0144】
また、上述したように、このような評価方法において、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることが好ましい。あるいは、評価値は、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、比較値は、時間的変化の差をとった値であることが好ましい。
【0145】
ここで、第2のステップで用いられる比較サンプル、及び比較計測結果については、様々なものを用いて良い。例えば、第2のステップにおいて、比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、標準サンプルに光合成サンプルを混合して比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、標準計測溶液を所定の放置時間放置し、標準計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、比較計測結果を取得する方法を用いることができる。この場合、標準サンプルとしては、図3に関して上述したように、有害物質が実質的に存在しないサンプルを用いることが好ましい。
【0146】
あるいは、第2のステップにおいて、比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、水溶液サンプルに光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いることができる。この場合、比較計測結果としては、例えば、前回の計測結果を用いることができる。
【0147】
また、第2のステップでの比較計測結果の取得については、第1のステップと同様に、比較計測溶液に対して遅延蛍光の光量の計測を行うことによって比較計測結果を用意する方法を用いることができる。あるいは、第2のステップにおいて、比較計測結果として、比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を比較計測結果として用意する方法を用いても良い。このような場合、あらかじめ取得した比較計測結果をメモリ等に記憶しておき、必要に応じてデータを読み出して用いることが好ましい。このように、第2のステップにおいて用いられる比較サンプル、比較計測溶液、及び比較計測結果の取得方法等については、様々な変形が可能である。
【0148】
(有害物質の連続的な評価方法)
本発明による方法を用いた有害物質の連続的な評価方法(モニタリング方法)について説明する。このような評価方法を用いれば、河川や地下水などの水溶液サンプルを連続的に計測して、その有害性の変化を監視することができる。
【0149】
図32は、有害物質の連続的な評価方法の一例を示す模式図である。この評価方法では、まず1回目計測として、通常の手順にしたがって、標準計測溶液の計測と、河川などから採取した水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測とを行う。そして、それらの結果を比較して、河川水に含まれる有害物質の評価を行う。この際、標準計測溶液の計測結果C1、試験計測溶液の計測結果S1、及びそれらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果D1を記録しておく。
【0150】
その後、計測時間間隔として設定された所定の時間経過後に、2回目計測として、再び、標準計測溶液の計測と、新たに採取した河川水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測と、それらの結果の比較とを行い、標準計測溶液の計測結果C2、試験計測溶液の計測結果S2、及び有害性の評価結果D2を記録する。
【0151】
その後同様に、所定の時間経過毎に計測を実施し、例えば、n回目計測において、標準計測溶液の計測結果Cn、試験計測溶液の計測結果Sn、及び有害性の評価結果Dnを記録する。これらの記録された水溶液サンプルの有害性の評価結果D1、D2、…、Dnを連続的に比較することにより、河川水などにおける有害物質による汚染の変化を監視することができる。
【0152】
図33は、有害物質の連続的な評価方法の他の例を示す模式図である。この評価方法では、まず上記と同様の手順で1回目計測を実施し、標準計測溶液の計測結果C1、及び試験計測溶液の計測結果S1を記録する。また、この際、それらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果D1についても、必要に応じて記録しておく。
【0153】
その後、所定の時間経過後に、2回目計測として、新たに採取した河川水を水溶液サンプルとした試験計測溶液の計測のみを行い、その計測結果S2を記録する。また、ここでは、この2回目計測における試験計測溶液の計測結果S2と、1回目計測における試験計測溶液の計測結果S1との比較を行い、それらの比較結果に対応する水溶液サンプルの有害性の評価結果E2を記録する。この評価結果E2は、1回目計測から2回目計測までの間に、水溶液サンプルとなる河川水などの有害性がどのくらい変化したかを簡易に示している。
【0154】
その後同様に、所定の時間経過毎に計測を実施し、例えば、n回目計測において、試験計測溶液の計測結果Sn、及びn−1回目計測の計測結果Sn−1との比較結果に対応する有害性の評価結果Enを記録する。これらの記録された水溶液サンプルの有害性の評価結果E2、E3、…、Enを連続的に比較することにより、河川水などにおける有害物質による汚染の変化を簡便に監視することができる。
【0155】
図32及び図33に示した評価方法のように、計測時期を変えて連続的に有害物質の評価を行う場合、1回目計測と2回目以降の計測との間での時間経過により、光合成サンプルに変化が生じる場合がある。光合成サンプルの変化とは、例えば、光合成サンプルの劣化、分解、死亡、増殖などによる光合成サンプルの密度の変化のような量的変化、あるいは遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間や遅延蛍光の光量の変化のような質的変化などである。このような光合成サンプルの変化については、遅延蛍光の光量の計測、及び光合成サンプルの細胞密度の計測の実施後に、以下のような補正を行うことが可能である。
【0156】
まず、光合成サンプルの密度の量的変化が生じた場合、計測に用いる光合成サンプルについて細胞密度と遅延蛍光の光量とが比例関係にある範囲にあることがあらかじめ調べられていれば、吸光度または光散乱量などにより計測された光合成サンプルの細胞密度を元に補正を行うことができる。
【0157】
具体的な補正方法としては、例えば、1回目計測において、計測溶液からの遅延蛍光の光量とともにサンプルの細胞密度を計測する。また、2回目計測においても、計測溶液からの遅延蛍光の光量とともにサンプルの細胞密度を計測する。ここで、1回目計測及び2回目計測のそれぞれの計測結果について、遅延蛍光の光量を細胞密度で除算する補正を行えば、1回目計測と2回目計測との間で光合成サンプルの細胞密度が変化した場合であっても、それらを比較することが可能となる。
【0158】
また、遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点での経過時間や遅延蛍光の光量などの質的変化が生じた場合、計測に用いる光合成サンプルについて遅延蛍光の光量の時間的変化が模範データと比較して許容範囲内にあることがあらかじめ調べられていれば、それらの特徴点同士の位置関係などを元に補正を行うことができる。
【0159】
具体的な補正方法の例について、図34を参照して説明する。図34は、遅延蛍光の光量の時間的変化の例を示す図であり、グラフ(a)は1回目計測で取得された遅延蛍光量の時間的変化を示し、グラフ(b)は2回目計測で取得された遅延蛍光量の時間的変化を示している。
【0160】
これらの遅延蛍光量の時間的変化について、例えば、グラフ(a)に示す1回目計測での特徴点A、Bについて、その経過時間a1、b1を求める。同様に、グラフ(b)に示す2回目計測での特徴点A、Bについて、その経過時間a2、b2を求める。また、これらの計測結果に対し、1回目計測の結果から経過時間a1に対するb1の比率(b1/a1)を求める。同様に、2回目計測の結果から経過時間a2に対するb2の比率(b2/a2)を求める。そして、これらの比率(b1/a1)及び(b2/a2)の比較を行うことにより、特徴点の位置関係を元にした補正を行うことができる。
【0161】
(Curve値の解析方法)
有害物質の評価に用いられる評価値及び比較値については、上記したように、その一例として、第1のステップ及び第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化を評価値とし、その時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。このような比較値としては、上記した実施形態では、試験計測溶液及び標準計測溶液から得られた遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとって得られたCurve値を挙げている。このCurve値の解析方法については、試験計測溶液及び標準計測溶液に対して取得された具体的な計測結果に応じて、様々な解析方法を用いることができる。
【0162】
遅延蛍光の光量の時間的変化の差に相当するCurve値については、計測結果である遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点が存在する場合と、特徴点が存在しない場合とに分けて考えることができる。
【0163】
遅延蛍光の光量の時間的変化を示す遅延蛍光減衰カーブ(図5参照)に特徴点が存在する場合、上記したように、その特徴点における発光量や経過時間等に着目して評価を行うことが可能である。また、Curve値を用いる場合には、2つの特徴点間、または計測始点と特徴点との間に着目してCurve値を求め、それを比較値として評価を行うことが好ましい。あるいは、特徴点を考慮せずにその全体または所定範囲についてCurve値を求めても良い。
【0164】
一方、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合、その全体または所定範囲についてCurve値を求め、それを比較値として評価を行うことができる。ここで、遅延蛍光の光量の時間的変化において、その各計測点nにおけるCurve値は、(計測点nにおける試験計測溶液の発光量)−(計測点nにおける標準計測溶液の発光量)によって求められる。
【0165】
また、光合成サンプルから発する遅延蛍光は、一般的には、図5に例示したように、励起後時間が早い時間域では発光量が多く、遅い時間域では減衰によって発光量が少ない。このため、Curve値を算出する時間域が異なると、発光量の差の大きさが異なることとなり、異なる時間域での変化を評価することが難しい場合がある。
【0166】
このような場合には、試験計測溶液及び標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値であるCurve値について、さらに試験計測溶液または標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量(好ましくは、標準計測溶液に対して取得された遅延蛍光の光量)との比をとって標準化したVCurve値を比較値として用いることが有効である。これにより、異なる時間域での変化を評価することが容易化される。ここで、遅延蛍光の光量の時間的変化において、その各計測点nにおけるVCurve値は、(計測点nにおけるCurve値)/(計測点nにおける標準計測溶液の発光量)×100によって求められる。
【0167】
なお、上記したVCurve値を特徴点が存在する遅延蛍光減衰カーブに適用する場合には、特徴点間、または計測始点と特徴点との間に着目してVCurve値を求めても良く、あるいは、特徴点を考慮せずにその全体または所定範囲についてVCurve値を求めても良い。
【0168】
また、遅延蛍光減衰カーブにおける特徴点の有無に関しては、一般には、第1のステップまたは第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値として有害物質を評価する方法を用いることができる。また、遅延蛍光の光量の時間的変化に特徴点がない場合には、その全体または所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を比較値とすることができる。
【0169】
図35は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在する場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。標準計測溶液での遅延蛍光減衰カーブと、試験計測溶液での遅延蛍光減衰カーブとを比較する場合、それらの減衰カーブで特徴点の位置が異なる場合がある。このような場合において、特徴点の影響を排して有害物質の評価を行うためには、Curve値の算出範囲として特徴点が含まれない時間域を設定することが好ましい。
【0170】
図35のグラフ(a)〜(c)は、注目する2つの特徴点を励起後時間0秒の最大値の点(計測始点)、及びその直後に現れる極小値の点として、標準計測溶液と試験計測溶液とで遅延蛍光減衰カーブの特徴点の位置が異なる場合のCurve値算出の時間域の設定の例を示している。図35のグラフ(a)は、標準計測溶液及び試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブのうちで標準計測溶液の減衰カーブのみに特徴点が存在する場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「a」を選択することが好ましい。
【0171】
また、図35のグラフ(b)は、試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブでの極小点が、標準計測溶液での極小点よりも早い時間に現れた場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「b」と、計測始点から試験計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「c」とを比較し、双方に共通する時間域である時間範囲「c」を選択することが好ましい。
【0172】
また、図35のグラフ(c)は、試験計測溶液の遅延蛍光減衰カーブでの極小点が、標準計測溶液での極小点よりも遅い時間に現れた場合を示している。この場合、Curve値の算出範囲は、計測始点から標準計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「d」と、計測始点から試験計測溶液での極小値の出現点までの時間範囲「e」とを比較し、双方に共通する時間域である時間範囲「d」を選択することが好ましい。
【0173】
図36は、遅延蛍光減衰カーブに特徴点が存在しない場合のCurve値の算出方法の例について示す図である。ここでは、光合成サンプルとして、光強度50μmol/m2/s、白色蛍光灯下で一般的な方法で育成された緑藻類であるSelenastrum capricornutumを用いた標準計測溶液の遅延蛍光減衰カーブを示している。サンプルの調整については、Spirulina platensisの場合と同様の手順で行っている。図36のグラフでは、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が現れていない。このような場合、特徴点に着目した評価ができないため、Curve値を用いた評価が有効である。
【0174】
図37は、(a)シマジン濃度及び(b)ジクロロフェノール濃度を変化させた場合のCurve値を示すグラフである。具体的には、図37のグラフ(a)は、除草剤の一種であるシマジンを濃度25、50、100ppbで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたCurve値を示している。また、グラフ(b)は、ジクロロフェノールを濃度1、5、10ppmで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたCurve値を示している。
【0175】
これらのうち、シマジンに関するグラフ(a)では、シマジン曝露濃度に応じてCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.1秒付近でプラス側に変化した。また、励起後時間0.5秒以降にも、わずかにマイナス側への変化が認められた。また、ジクロロフェノールに関するグラフ(b)では、ジクロロフェノール曝露濃度に応じてCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.2〜10秒付近でマイナス側への変化が認められた。
【0176】
以上の結果から、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が存在しない場合でも、Curve値を算出することにより、有害物質の影響を評価できることがわかる。また、このようなCurve値では、変化が現れる時間域、及びそのプラス・マイナスの変化の方向が有害物質によって異なるため、検出された有害物質の種類及び作用等を特定する上で有用である。
【0177】
図38は、(a)シマジン濃度及び(b)ジクロロフェノール濃度を変化させた場合のVCurve値を示すグラフである。具体的には、図38のグラフ(a)は、シマジンを濃度25、50、100ppbで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたVCurve値を示している。また、グラフ(b)は、ジクロロフェノールを濃度1、5、10ppmで曝露した試験計測溶液の計測結果と、標準計測溶液の計測結果とから、励起後時間0.1秒〜50秒の時間域について算出されたVCurve値を示している。また、VCurve値については、具体的には、上記したように、時間的変化の差に相当するCurve値を、標準計測試料での発光量との比率として標準化した例を示している。
【0178】
これらのうち、シマジンに関するグラフ(a)では、シマジン曝露濃度に応じてVCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間0.1〜0.3秒付近でプラス側に変化した。また、励起後時間15秒付近を中心に、0.4秒〜50秒の幅広い範囲でマイナス側への変化が認められた。また、ジクロロフェノールに関するグラフ(b)では、ジクロロフェノール曝露濃度に応じてVCurve値が変化し、濃度の増加に伴って励起後時間の全域(0.1〜50秒付近)で幅広くマイナス側への変化が認められた。
【0179】
以上の結果から、遅延蛍光減衰カーブに明確な特徴点が存在しない場合でも、VCurve値を算出することにより、有害物質の影響を評価できることがわかる。また、このようなVCurve値では、変化が現れる時間域、及びそのプラス・マイナスの変化の方向が有害物質によって異なるため、検出された有害物質の種類及び作用等を特定する上で有用である。また、VCurve値では、Curve値に比べて異なる時間域の変化を比較することが容易である。
【0180】
(試験計測溶液の順化処理)
次に、試験計測溶液に対して計測前に行われる順化処理について説明する。図5における標準的測定条件に関して上述したように、光合成サンプルを計測光条件に順応させるための予備的な光照射、及び所定時間の暗黒下での待機(暗中待機)による順化処理(順化ステップ)が行われる場合がある。
【0181】
一般には、このような順化ステップを含む有害物質の評価方法は、試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、(a)水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、(b)試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、(c)試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、(d)計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、(e)計測ステップの前に、試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップとを備えることが好ましい。
【0182】
このような有害物質の評価方法では、評価対象の水溶液サンプルに混合された光合成サンプルから発せられる遅延蛍光の光量の時間的変化において得られる特徴から、複数の有害物質を同時に、かつ精度良く定性、定量することができる。また、遅延蛍光の光量を計測して評価することにより、計測時間を全体的に短縮化することができる。また、計測ステップの前に試験計測溶液に対して順化ステップを行うことにより、遅延蛍光の計測、及びその計測結果による有害物質の評価の精度を向上することができる。
【0183】
このように、計測ステップの前に順化ステップを実施する場合、暗中待機ステップにおいて、所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることが好ましい。また、予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことが好ましい。以下、このような順化ステップについて具体的に説明する。
【0184】
有害物質の評価に用いられる遅延蛍光は、光合成サンプルに吸収された光エネルギーが、様々な化学反応に分配された後に再び放出される現象である。このため、遅延蛍光の計測(計測ステップ)にいたるまでの光合成サンプルの光や温度などに関する種々の環境の履歴が、遅延蛍光の計測結果に重大な影響を及ぼす場合がある(例えば、非特許文献2参照)。したがって、遅延蛍光の計測結果を水質検査等の有害物質の評価に利用するためには、光合成サンプルの環境履歴を制御して再現性の良い条件で遅延蛍光の計測を行うことが好ましい。
【0185】
図39は、遅延蛍光の計測回数によるCP1の変化を示すグラフである。ここでは、光合成有効放射に換算して5μmol/m2/sの白色蛍光灯下で15分間放置した標準計測溶液について、計測条件として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、暗中で60秒間、遅延蛍光の光量を計測することとし、この計測を5回連続で実施してそれぞれについてCP1値を求めている。
【0186】
この計測結果では、1回目計測で15217、2回目計測で11693、3回目計測で10098、4回目計測で9690、5回目計測で9627のCP1値が得られている。これらのCP1値に示すように、CP1値は特に1回目から3回目の計測結果でばらつきがある。また、遅延蛍光の計測を繰り返すことにより、ある値(例えば3回目から5回目での値)で計測結果が安定し、再現性が向上していくことがわかる。これは、光合成サンプル内の光エネルギーの分配が、放置条件から計測条件に順応していくことを示している。
【0187】
以上の結果からわかるように、計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップの後に、続けて遅延蛍光の計測ステップを行った場合には、遅延蛍光の計測の再現性が充分に得られず、その計測結果にばらつきを生じる場合がある。図39に示した例では、計測回数が1回目から3回目の計測結果では、水質検査の精度は充分には得られない。また、何回目の計測結果から充分な再現性が得られているかの判断は煩雑であり、また、その計測結果に計測者の個人差が反映されてしまうことも考えられる。
【0188】
このような場合について、光合成サンプルに対する環境履歴の制御方法を検討した結果、放置ステップと計測ステップとの間に、光合成サンプルの環境履歴を制御するための順化ステップを付加することによって、再現性の良い計測結果が得られることがわかった。このような順化ステップを行うことにより、例えば図39の計測結果において、3回目以降の計測結果を1回目から得ることが可能となる。
【0189】
計測溶液を計測条件に順化させる順化ステップは、(1)計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または(2)試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか、または両ステップを放置ステップと計測ステップとの間に付加することによって達成される。
【0190】
図40は、様々な順化条件において遅延蛍光の計測を3回行った結果における計測精度を示す表である。具体的には、様々な順化条件において3回連続の計測を行い、その標準偏差を3回計測の平均で除算して100倍したものを計測精度(%)として算出している。すなわち、図40に示す計測精度は、3回の計測において得られたCP1値が、それらの平均に対してどの程度の誤差を持っているかを表している。
【0191】
また、ここでは、光合成有効放射に換算して5μmol/m2/sの白色蛍光灯下で15分間放置した標準計測溶液について、計測条件として665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に、暗中で60秒間、遅延蛍光の光量を計測することとし、この計測を3回実施して本計測としている。そして、その本計測の実施前に様々な順化条件(予備照射条件)で順化処理を行って、それぞれについて3回計測結果での計測精度を求めている。
【0192】
順化条件としては、本計測の直前に計測条件と同じ手順で665nm、0.8mW/cm2の光を2秒照射後に暗中で60秒間待機させたものを「計測条件1回」、同様の手順を2回繰り返したものを「計測条件2回」とした。また、光照射をせずに計測条件と同じ時間暗中で待機させたものを「暗中1回」、暗中待機を2回繰り返したものを「暗中2回」とした。また、計測条件と同じ時間光を照射したものを「光1回」、光を30秒照射後に暗中で30秒間待機させたものを「光30暗30」、光を1秒照射後に暗中で30秒間待機させたものを「光1暗30」、順化処理を行わないものを「順化条件なし」とした。
【0193】
その結果、計測溶液に対する順化条件としては、計測条件と同じ光照射−暗中待機を1〜2回繰り返すか、または、光照射をせずに計測条件と同じ時間暗中で待機を1〜2回繰り返すことが、順化処理として適していることがわかった。図40に示す例では、順化条件の時間が同じ「計測条件2回」と「暗中2回」での計測精度はそれぞれ3.6と4.8、「計測条件1回」と「暗中1回」での計測精度はそれぞれ10.6と14.2である。また、暗中待機のみで順化処理を行う場合に比べて、計測条件と同じ光照射−暗中待機を実施する方が、より効果的に計測溶液を計測環境に順化できることがわかった。
【0194】
以上の結果より、上記した暗中待機ステップ、または予備照射ステップのいずれか、または両ステップを放置ステップと計測ステップとの間に付加することにより、その後に実施する遅延蛍光の計測精度を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0195】
本発明は、短時間でかつ幅広い有害物質の分析を行うことが可能な有害物質の評価方法、及び有害物質の評価用キットとして利用可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、前記試験計測溶液を所定の放置時間放置し、前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、
比較サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記比較計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、
前記第1のステップ及び前記第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、前記評価値の比較値を求めることにより、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、
前記評価値は、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項2】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、前記試験計測溶液を所定の放置時間放置し、前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、
比較サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記比較計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、
前記第1のステップ及び前記第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、前記評価値の比較値を求めることにより、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、
前記評価値は、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、前記比較値は、前記時間的変化の差をとった値であることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項3】
前記第1のステップまたは前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、前記第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を前記比較値として有害物質を評価することを特徴とする請求項2記載の有害物質の評価方法。
【請求項4】
前記第3のステップにおいて、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値について、さらに前記第1のステップまたは前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化との比をとった値を前記比較値として有害物質を評価することを特徴とする請求項2または3記載の有害物質の評価方法。
【請求項5】
前記第2のステップにおいて、前記比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、前記標準サンプルに前記光合成サンプルを混合して前記比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、前記標準計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記標準計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、前記比較計測結果を取得することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項6】
前記第2のステップにおいて、前記比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、前記他の水溶液サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された前記比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を前記比較計測結果として用意することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項7】
前記第2のステップにおいて、前記比較計測結果として、前記比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を前記比較計測結果として用意することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項8】
前記第1のステップ及び前記第2のステップにおいては、計測毎に光条件を変化させて、前記試験計測溶液及び前記比較計測溶液を所定の放置時間放置し、
前記第3のステップにおいては、前記光条件に応じた前記比較値の変化を評価することを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項9】
前記試験計測溶液中及び前記比較計測溶液中における前記光合成サンプルの密度は、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項10】
前記第1のステップ及び前記第2のステップにおいては、遅延蛍光の光量を計測する前に、前記試験計測溶液及び前記比較計測溶液を均一化させることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項11】
前記光合成サンプルは、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項12】
前記光合成サンプルは、スピルリナであることを特徴とする請求項11記載の有害物質の評価方法。
【請求項13】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、
前記試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、
前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、
前記計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、
前記計測ステップの前に、前記試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または前記試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップと
を備えることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項14】
前記暗中待機ステップにおいて、前記所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることを特徴とする請求項13記載の有害物質の評価方法。
【請求項15】
前記予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、前記計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことを特徴とする請求項13または14記載の有害物質の評価方法。
【請求項16】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価するための有害物質の評価用キットであって、
前記水溶液サンプルに混合される光合成サンプルと、
前記水溶液サンプルの塩濃度及びpHを調整するための混合塩類と、
前記光合成サンプルと前記混合塩類とを、前記水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、
を備えることを特徴とする有害物質の評価用キット。
【請求項17】
前記光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることを特徴とする請求項16記載の有害物質の評価用キット。
【請求項1】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、前記試験計測溶液を所定の放置時間放置し、前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、
比較サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記比較計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、
前記第1のステップ及び前記第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、前記評価値の比較値を求めることにより、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、
前記評価値は、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の特徴点における経過時間であることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項2】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製し、前記試験計測溶液を所定の放置時間放置し、前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する第1のステップと、
比較サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された比較計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記比較計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測した比較計測結果を用意する第2のステップと、
前記第1のステップ及び前記第2のステップでそれぞれ取得された遅延蛍光の光量に基づいて評価値を算出し、前記評価値の比較値を求めることにより、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する第3のステップとを備え、
前記評価値は、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化であり、前記比較値は、前記時間的変化の差をとった値であることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項3】
前記第1のステップまたは前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化が特徴点を有し、前記第3のステップにおいて、一の特徴点と、計測始点または他の特徴点との間の所定範囲について遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値を前記比較値として有害物質を評価することを特徴とする請求項2記載の有害物質の評価方法。
【請求項4】
前記第3のステップにおいて、前記第1のステップ及び前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化の差をとった値について、さらに前記第1のステップまたは前記第2のステップで取得された遅延蛍光の光量の時間的変化との比をとった値を前記比較値として有害物質を評価することを特徴とする請求項2または3記載の有害物質の評価方法。
【請求項5】
前記第2のステップにおいて、前記比較サンプルとして比較対象となる標準サンプルを用い、前記標準サンプルに前記光合成サンプルを混合して前記比較計測溶液である標準計測溶液を調製し、前記標準計測溶液を前記所定の放置時間放置し、前記標準計測溶液に前記所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測して、前記比較計測結果を取得することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項6】
前記第2のステップにおいて、前記比較サンプルとして他の水溶液サンプルを用い、前記他の水溶液サンプルに前記光合成サンプルを混合して調製された前記比較計測溶液である他の試験計測溶液について取得された計測結果を前記比較計測結果として用意することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項7】
前記第2のステップにおいて、前記比較計測結果として、前記比較計測溶液についてあらかじめ取得された計測結果を前記比較計測結果として用意することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項8】
前記第1のステップ及び前記第2のステップにおいては、計測毎に光条件を変化させて、前記試験計測溶液及び前記比較計測溶液を所定の放置時間放置し、
前記第3のステップにおいては、前記光条件に応じた前記比較値の変化を評価することを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項9】
前記試験計測溶液中及び前記比較計測溶液中における前記光合成サンプルの密度は、遅延蛍光の光量と比例関係を有する密度の範囲であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項10】
前記第1のステップ及び前記第2のステップにおいては、遅延蛍光の光量を計測する前に、前記試験計測溶液及び前記比較計測溶液を均一化させることを特徴とする請求項1〜9のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項11】
前記光合成サンプルは、耐塩性藻類、耐アルカリ性藻類、及び耐酸性藻類からなる群から選択される少なくとも一種からなることを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項記載の有害物質の評価方法。
【請求項12】
前記光合成サンプルは、スピルリナであることを特徴とする請求項11記載の有害物質の評価方法。
【請求項13】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する有害物質の評価方法であって、
前記水溶液サンプルに光合成機能を有する光合成サンプルを混合して試験計測溶液を調製する調製ステップと、
前記試験計測溶液を所定の放置時間放置する放置ステップと、
前記試験計測溶液に所定の照射時間光を照射した後に、発生する遅延蛍光の光量を計測する計測ステップと、
前記計測ステップで取得された遅延蛍光の光量に基づいて、前記水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価する評価ステップと、
前記計測ステップの前に、前記試験計測溶液に対して所定の待機時間での暗中待機を行う暗中待機ステップ、または前記試験計測溶液に対して予備的な光照射及び所定の待機時間での暗中待機を行う予備照射ステップのいずれか一方を含む順化ステップと
を備えることを特徴とする有害物質の評価方法。
【請求項14】
前記暗中待機ステップにおいて、前記所定の待機時間は30秒以上1時間以下の時間であることを特徴とする請求項13記載の有害物質の評価方法。
【請求項15】
前記予備照射ステップにおける予備的な光照射の時間及び暗中待機の時間の比が、前記計測ステップにおける光の照射の時間及び暗中待機の時間の比と等しいことを特徴とする請求項13または14記載の有害物質の評価方法。
【請求項16】
試験対象の水溶液サンプル中に存在する有害物質を評価するための有害物質の評価用キットであって、
前記水溶液サンプルに混合される光合成サンプルと、
前記水溶液サンプルの塩濃度及びpHを調整するための混合塩類と、
前記光合成サンプルと前記混合塩類とを、前記水溶液サンプルに分離して混合させる混合手段と、
を備えることを特徴とする有害物質の評価用キット。
【請求項17】
前記光合成サンプルの分布密度を均一化するための安定化剤を備えることを特徴とする請求項16記載の有害物質の評価用キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図30】
【図31】
【図32】
【図33】
【図34】
【図35】
【図36】
【図37】
【図38】
【図39】
【図40】
【国際公開番号】WO2005/062027
【国際公開日】平成17年7月7日(2005.7.7)
【発行日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516473(P2005−516473)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018844
【国際出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
【国際公開日】平成17年7月7日(2005.7.7)
【発行日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【国際出願番号】PCT/JP2004/018844
【国際出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
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