説明

有機イソシアネートの製造方法

【課題】 ホスゲンを使用せずに有機イソシアネートを高収率に製造する方法を提供する。
【解決手段】 2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物とを反応させて得られるホスホニウムベタインの存在下、非プロトン性有機溶媒中で四級アンモニウムシアネートとアルコールとを反応させる工程を有することを特徴とする有機イソシアネートの製造方法。
ホスフィン化合物としては、水素化リンの全ての水素原子が炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基及び/又は炭素数7〜10のアラルキル基で置換されたものが好ましく、四級アンモニウムシアネートとしては、その四級窒素原子に炭素数1〜15のアルキル基のみが結合するものが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機イソシアネートの製造方法に関する。更に詳しくは、アルコールと四級アンモニウムシアネートとを用いて有機イソシアネートを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機イソシアネート、特に有機ジイソシアネートはウレタンフォーム、エラストマー、塗料及び接着剤等の用途に使用するための重要な原料の一つである。
【0003】
工業化されている有機イソシアネートの製造方法では、ホスゲン法といわれるアミン化合物とホスゲンとの反応が最も広く使用されている。しかしながら、原料として毒性が極めて高く、従業者への暴露を防ぐために特別な取り扱いを要するホスゲンを大量に使用すること及び腐食性の高い塩化水素が大量に副生すること等の問題点を有する。
【0004】
このような背景から、ホスゲンを使用しない有機イソシアネートの製造方法が望まれている。
非ホスゲン法による有機イソシアネートの製造方法として、アミン化合物、二酸化炭素、及びコバルト化合物又はマンガン化合物との金属カルバメート錯体を生成させた後、アシルハライドと反応を行う方法が開示されている(例えば非特許文献1参照)。しかし、この方法では有機イソシアネートの収率が低く実用化困難である。
【0005】
また、第一級アミンを塩基触媒(例えばトリエチルアミン)の存在下で二酸化炭素と反応させてカルバミン酸アンモニウム塩を得た後、求電子性又は親オキソ性の脱水剤(例えば塩化ホスホリル)と反応させる方法が開示されている(例えば特許文献1参照)。しかし、この方法も収率が低いと言う問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−9537号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A.Belforte等、Chem.Ber.、121巻、1988年、1891〜1897頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記問題点に鑑みなされたものであり、本発明の目的はホスゲンを使用せずに有機イソシアネートを高収率に製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、本発明に到達した。即ち、本発明は、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物とを反応させて得られるホスホニウムベタインの存在下、非プロトン性有機溶媒中で四級アンモニウムシアネートとアルコールとを反応させる工程を有することを特徴とする有機イソシアネートの製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の有機イソシアネートの製造方法は、ホスゲンを使用せず、アルコールから有機イソシアネートを高収率で製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物とを反応させて得られるホスホニウムベタインの存在下、非プロトン性有機溶媒中で四級アンモニウムシアネートとアルコールとを反応させることにより、有機イソシアネートを高収率で製造することができる。
【0012】
本発明におけるホスフィン化合物としては、一般式(1)で表されるホスフィンが好ましい。ホスフィン化合物は、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0013】
【化1】

【0014】
一般式(1)におけるR1〜R3は、それぞれ独立に炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基又は炭素数7〜10のアラルキル基を表す。
【0015】
炭素数1〜10のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−又はイソプロピル基、n−、tert−又はイソブチル基、n−又はイソアミル基、n−、sec−又はイソヘキシル基、n−、sec−又はイソヘプチル基、n−、sec−又はイソオクチル基、n−、sec−又はイソノニル基及びn−、sec−又はイソデシル基等が挙げられる。
【0016】
炭素数6〜10のアリール基としては、フェニル基、トリル基、キシリル基、メトキシフェニル基及びナフチル基等が挙げられる。
【0017】
炭素数7〜10のアラルキル基としては、ベンジル基及びフェニルエチル基等が挙げられる。
【0018】
これらの内、反応性の観点からR1〜R3として好ましいのはフェニル基である。
【0019】
本発明における四級アンモニウムシアネートとしては、一般式(2)で表される四級アンモニウムシアネート好ましい。四級アンモニウムシアネートは、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0020】
【化2】

【0021】
一般式(2)におけるR4〜R7は、それぞれ独立に炭素数1〜15のアルキル基を表す。
【0022】
炭素数1〜15のアルキル基としては、メチル基、エチル基、n−又はイソプロピル基、n−、tert−又はイソブチル基、n−又はイソアミル基、n−、sec−又はイソヘキシル基、n−、sec−又はイソヘプチル基、n−、sec−又はイソオクチル基、n−、sec−又はイソノニル基及びn−、sec−又はイソデシル基、n−又はイソウンデシル基、n−又はイソドデシル基、n−又はイソトリデシル基、n−又はイソテトラデシル基及びn−又はイソペンタデシル基等が挙げられる。
【0023】
これらの内、非プロトン性有機溶媒への溶解性及び反応性の観点から好ましいのは炭素数4〜10のアルキル基であり、更に好ましいのはn−ブチル基及びn−ヘキシル基である。
【0024】
本発明におけるアルコールは、特に限定されないが、反応性の観点から、一級又は二級アルコールが好ましい。また、アルコールは、一価アルコールであっても、多価アルコールであってもよいし、アルコールの炭素原子に結合した水素原子がハロゲン原子で置換されたものでもよい。
アルコールは、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0025】
一価アルコールとしては、例えば炭素数1〜20のもの(メタノール、エタノール、n−又はイソプロパノール、n−又はイソブタノール、n−ペンタノール、n−ヘキサノール、n−ヘプタノール、シクロヘキサノール及びベンジルアルコール等)が挙げられる。
【0026】
多価アルコールとしては、例えば炭素数2〜20のもの(エチレングリコール、1,2−又は1,3−プロピレングリコール、ブタンジオール、ペンタンジオール、ヘキサンジオール、1,3−又は1,4−ベンゼンジメタノール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、トリエチレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリエチレングリコール及びポリプロピレングリコール等の二価アルコール並びにグリセリン等の三価アルコール等)が挙げられる。
【0027】
アルコールの炭素原子に結合した水素原子がハロゲン原子で置換されたものとしては、前記炭素数1〜20の一価アルコール又は炭素数2〜20の多価アルコールにおける炭素原子に結合した水素原子がハロゲン原子で置換されたもの(1H,1H−トリフルオロエタノール、1H,1H−ペンタフルオロプロパノール、1H,1H−ヘプタフルオロブタノール、2−(パーフルオロブチル)エタノール、3−(パーフルオロブチル)プロパノール、2−(パーフルオロヘキシル)エタノール、3−(パーフルオロヘキシル)プロパノール、6−(パーフルオロヘキシル)ヘキサノール、2−(パーフルオロオクチル)エタノール、2−(パーフルオロオクチル)エタノール、6−(パーフルオロオクチル)ヘキサノール、1H,1H,3H−テトラフルオロプロパノール、1H,1H,5H−オクタフルオロペンタノール、1H,1H,7H−ドデカフルオロヘプタノール、1H,1H,9H−ヘキサデカフルオロノナノール、2H−ヘキサフルオロ−2−プロパノール、1H,1H,3H−ヘキサフルオロブタノール、2,2,3,3,4,4,5,5−オクタフルオロヘキサン−1,6−ジオール、2,2,3,3,4,4,5,5,6,6,7,7−ドデカフルオロ−1,8−オクタンジオール)等が挙げられる。
【0028】
本発明における非プロトン性有機溶媒としては、炭素数4〜12の鎖状エーテル(ジエチルエーテル、メチルイソプロピルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル及びトリエチレングリコールジメチルエーテル等);炭素数4〜12の環状エーテル(テトラヒドロフラン、1,3−ジオキソラン、1,4−ジオキサン及び4−ブチルジオキソラン等);炭素数3〜6の鎖状アミド(N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルプロピオンアミド及びヘキサメチルホスホリルアミド等);炭素数4〜8の環状アミド(N−メチル−2−ピロリドン等);炭素数3〜8の鎖状エステル(酢酸メチル、プロピオン酸メチル及びアジピン酸ジメチル等);炭素数4〜6の環状エステル(γ−ブチロラクトン、α−アセチル−γ−ブチロラクトン、β−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン及びδ−バレロラクトン等);炭素数2〜6のニトリル(アセトニトリル、グルタロニトリル、アジポニトリル、メトキシアセトニトリル、3−メトキシプロピオニトリル及び3−エトキシプロピオニトリル等);炭素数3〜6の鎖状カーボネート(ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート及びジエチルカーボネート等);炭素数3〜6の環状カーボネート(エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート及びブチレンカーボネート等);炭素数2〜6の鎖状スルホキシド(ジメチルスルホキシド及びジプロピルスルホキシド等);炭素数4〜6の環状スルホキシド(スルホラン、3−メチルスルホラン及び2,4−ジメチルスルホラン等);炭素数6〜12の芳香族炭化水素(トルエン、キシレン、エチルベンゼン及びテトラリン等);炭素数6〜20の脂肪族又は脂環式炭化水素(n−ヘキサン、n−ヘプタン、ミネラルスピリット及びシクロヘキサン等);ハロゲン原子で置換された炭素数1〜10の炭化水素(塩化メチル、臭化メチル、ヨウ化メチル、メチレンジクロライド、クロロホルム、四塩化炭素、トリクロロエチレン、パークロロエチレン及びo−ジクロロベンゼン等);等が挙げられる。
これらの内、反応性の観点から、炭素数2〜6のニトリル、特にアセトニトリルが好ましい。非プロトン性有機溶媒は、1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。
【0029】
2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物とからホスホニウムベタインを得る反応は、非プロトン性有機溶媒中で行われる。反応温度は0〜80℃が好ましく、更に好ましくは20〜60℃である。反応時間は、好ましくは1〜60分、更に好ましくは2〜10分である。
【0030】
2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物のモル比は、1:1〜1:2であることが好ましく、非プロトン性有機溶媒の使用量は、2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物の合計重量を基準として50〜1,000重量%であることが好ましい。
【0031】
前記ホスホニウムベタインの存在下、非プロトン性有機溶媒中で四級アンモニウムシアネートとアルコールとを反応させる温度は0〜80℃が好ましく、更に好ましくは20〜60℃である。反応時間は、好ましくは1分〜12時間、更に好ましくは10分〜10時間である。
【0032】
四級アンモニウムシアネートのシアネートアニオンとアルコールの水酸基の当量比は、1:1〜2:1であることが好ましい。また、前記ホスホニウムベタインの使用量は、ホスホニウムベタイン中のホスホニウムの当量がアルコールの水酸基の当量の1〜2倍当量となる量であることが好ましい。更に、非プロトン性有機溶媒の使用量は、ホスホニウムベタイン、四級アンモニウムシアネート及びアルコールの合計重量を基準として50〜500重量%であることが好ましい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例により本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下、特に定めない限り、部は重量部を示す。
【0034】
実施例1
反応容器に無水アセトニトリル2,000部を加え、25℃で撹拌下に2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノン340部(1.5モル部)とトリフェニルホスフィン393部(1.5モル部)を加えて10分間反応させた。その後、25℃で撹拌下にテトラブチルアンモニウムシアネート426部(1.5モル部)とn−ヘキサノール102部(1.0モル部)を加えて6時間反応させた。
反応終了後、溶媒を除去しシリカカラムクロマトグラフィー(展開液:n−ヘキサン)を行った後、溶媒を除去してn−ヘキシルイソシアネート117部(収率92%)を得た。
【0035】
実施例2
n−ヘキサノール102部(1.0モル部)をシクロヘキサノール100部(1.0モル部)に代え、反応時間6時間を8時間とした以外は実施例1と同様にして、シクロヘキシルイソシアネート117部(収率93%)を得た。
【0036】
実施例3
n−ヘキサノール102部(1.0モル部)をベンジルアルコール108部(1.0モル部)に代え、反応時間6時間を30分とした以外は実施例1と同様にして、ベンジルイソシアネート130部(収率98%)を得た。
【0037】
実施例4
反応容器に無水アセトニトリル3,000部を加え、25℃で撹拌下に2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノン548部(2.4モル部)とトリフェニルホスフィン629部(2.4モル部)を加えて10分間反応させた。その後、25℃で撹拌下にテトラブチルアンモニウムシアネート682部(2.4モル部)と1,3−ベンゼンジメタノール138部(1.0モル部)を加えて30分反応させた。
反応終了後、溶媒を除去しシリカカラムクロマトグラフィー(展開液:n−ヘキサン)を行った後、溶媒を除去してm−キシリレンジイソシアネート179部(収率95%)を得た。
【0038】
比較例1
反応容器にシクロヘキシルアミン99部(1.0モル部)、トリエチルアミン303部(3.0モル部)及びジクロロメタン100部を加えて均一に溶解した後、−10℃、大気圧下において二酸化炭素を1時間反応させた。この反応物を配管経由で、あらかじめ冷却された塩化ホスホリル169部(1.1モル部)とジクロロメタン100部の混合溶液が入った容器に移した。−10℃で1時間撹拌すると白色沈殿が生成した。この白色沈殿をろ別し、そのろ液を減圧下で濃縮した。その残分をジエチルエーテル100部を用いて3回抽出し、そのエーテル層を濃縮し、その残分を減圧下(約13〜40Pa)で蒸留してシクロヘキシルイソシアネート(31〜33℃の留分)73部(収率58%)を得た。
【0039】
実施例1〜4及び比較例1から、本発明の有機イソシアネートの製造方法は、比較例1の製造方法と比較して、簡易な操作でかつ高い収率で有機イソシアネートを得ることができることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の有機イソシアネートの製造方法は、簡易な操作で高い収率が得られるため、有機イソシアネートの製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2,3−ジクロロ−5,6−ジシアノ−p−ベンゾキノンとホスフィン化合物とを反応させて得られるホスホニウムベタインの存在下、非プロトン性有機溶媒中で四級アンモニウムシアネートとアルコールとを反応させる工程を有することを特徴とする有機イソシアネートの製造方法。
【請求項2】
前記ホスフィン化合物が一般式(1)で表されるホスフィンである請求項1記載の有機イソシアネートの製造方法。
【化1】

[式中、R1〜R3はそれぞれ独立に炭素数1〜10のアルキル基、炭素数6〜10のアリール基又は炭素数7〜10のアラルキル基を表す。]
【請求項3】
前記四級アンモニウムシアネートが、一般式(2)で表される四級アンモニウムシアネートである請求項1又は2記載の有機イソシアネート製造方法。
【化2】

[式中、R4〜R7はそれぞれ独立に炭素数1〜15のアルキル基を表す。]
【請求項4】
前記非プロトン性有機溶媒が、炭素数4〜12の鎖状エーテル、炭素数4〜12の環状エーテル、炭素数3〜6の鎖状アミド、炭素数4〜8の環状アミド、炭素数3〜8の鎖状エステル、炭素数4〜6の環状エステル、炭素数2〜6のニトリル、炭素数3〜6の鎖状カーボネート、炭素数3〜6の環状カーボネート、炭素数2〜6の鎖状スルホキシド、炭素数4〜6の環状スルホキシド、炭素数6〜12の芳香族炭化水素、炭素数6〜20の脂肪族又は脂環式炭化水素及びハロゲン原子で置換された炭素数1〜10の炭化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種の有機溶媒である請求項1〜3のいずれか記載の有機イソシアネートの製造方法。

【公開番号】特開2013−87107(P2013−87107A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−231321(P2011−231321)
【出願日】平成23年10月21日(2011.10.21)
【出願人】(000002288)三洋化成工業株式会社 (1,719)
【Fターム(参考)】