説明

有機ラジカル化合物、蓄電デバイス用電極及び蓄電デバイス

【課題】初期の放電容量が理論容量と略同等であるうえ充放電を繰り返したあとの放電容量も十分高い値を維持することができる。
【解決手段】本発明の蓄電デバイス用電極は、多環式芳香環がラジカル骨格に連結した構造を有する有機ラジカル化合物が導電材としてのカーボンに担持されたものである。こうした蓄電デバイス用電極としては、有機ラジカル化合物であるN−(3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジル)ピレン−1−カルボキシアミドをカーボンに担持させたものが挙げられる。この蓄電デバイス用電極を正極、リチウム金属を負極とする二次電池を作製したところ、有機ラジカルの担持量あたりの放電容量は理論容量に対して100%であった。また、30回繰り返し充放電を行った後にも、放電容量は充放電開始時の80%を維持していた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な有機ラジカル化合物、それを利用した蓄電デバイス用電極及びそのカーボン電極を利用した蓄電デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
正極にリチウム含有遷移金属酸化物、負極に炭素材料を用いたリチウムイオン二次電池は、充放電特性に優れた高エネルギー密度の蓄電デバイスとして種々の携帯機器に使われている。一方で、リチウムイオン二次電池は電極反応の反応速度が大きいとはいえず、大きな電流を流すと容量が著しく低下する場合があった。例えば、通常のリチウムイオン二次電池の放電レートは1C程度である。これに対して、正極に有機ラジカル化合物であるポリ(テトラメチルピペリジニルオキシメタクリレート)、負極に金属リチウムや黒鉛を用いた二次電池は、大電流を1〜2分の短時間で放電しても、ゆっくり放電したときの容量をほぼ維持することが報告されている(非特許文献1)。これは、正極に用いた有機ラジカル化合物が大きな電子移動速度を示すことに起因すると考えられる。また、エネルギー密度が高く高容量で安定性に優れた二次電池を提供することを目的として、正極に各種の有機ラジカル化合物を含有させた例も報告されている(特許文献1,2)。
【非特許文献1】西出宏之、「有機ラジカル電池」、04−4ポリマーフロンティア21講演要旨集、(社)高分子学会、2004年11月26日、p17〜20
【特許文献1】特開2002−151084号公報
【特許文献2】特開2004−259618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、有機ラジカル化合物は高分子、低分子によらず絶縁体である。このため、有機ラジカル化合物を含有する電極は、インピーダンスを低下させるために導電材であるカーボンを含んでいることが多い。この場合、有機ラジカル化合物とカーボンとを接着するために、更にバインダとしてフッ素系高分子化合物を加えることが多い。
【0004】
しかしながら、低分子の有機ラジカル化合物を含有する電極は、導電材やバインダと強い相互作用を持たないため、活物質である有機ラジカル化合物が充放電時に電解液に溶出し、充放電を繰り返したあとの容量劣化が著しくなるという問題があった。これに対し、高分子の有機ラジカル化合物を含有する電極は、分子の絡み合いがあるため電解液への溶出は起こりにくいが、導電材中に均一に分散せず有機ラジカル化合物と導電材との間で速やかな電子移動が起こらず、それによる容量低下が発生するという問題があった。
【0005】
本発明は、上述した課題に鑑みなされたものであり、新規な有機ラジカル化合物を提供することを目的の一つとする。また、初期の放電容量が理論容量と略同等であるうえ充放電を繰り返したあとの放電容量も十分高い値を維持可能な蓄電デバイス用電極を提供することを目的の一つとする。更に、こうした電極を利用した蓄電デバイスを提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、多環式芳香環であるピレンがラジカル骨格である3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジルに連結した構造を有する有機ラジカル化合物を合成し、これを導電材であるカーボンに担持した電極を用いて二次電池を作製したところ、初期の放電容量が理論容量に対して100%で30回充放電を繰り返したあとの放電容量も初期の80%と高率であることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の有機ラジカル化合物は、多環式芳香環がラジカル骨格に連結した構造を有することを特徴とする。また、本発明の蓄電デバイス用電極は、その有機ラジカル化合物が導電材としてのカーボンに担持されたことを特徴とする。更に、本発明の蓄電デバイスは、正極及び負極の少なくとも一方がその蓄電デバイス用電極であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の蓄電デバイス用電極によれば、初期の放電容量が理論容量と略同等であるうえ充放電を繰り返したあとの放電容量も十分高い値を維持することができる。こうした効果が得られる理由は定かではないが、本発明の有機ラジカル化合物は電極中においてバルクに存在するのではなく導電材の表面に単分子層を形成すると考えられ、そのため有機ラジカル化合物を高充填化しても、有機ラジカル化合物と導電材との間の高速な電子移動が妨げられず、初期の放電容量が理論容量と略同等になったと考えられる。また、本発明の有機ラジカル化合物は、多環式芳香環部位とカーボンとが相互作用により容易に離れにくくなっていると考えられ、そのため有機ラジカル化合物が充放電時に電解液に溶出しにくくなり、充放電を繰り返したあとの放電容量も十分高い値を維持できるようになったと考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の有機ラジカル化合物は、多環式芳香環がラジカル骨格に連結した構造を有するものである。
【0010】
ここで、多環式芳香環は、芳香環の数が多いほど導電材であるカーボンとの相互作用が強くなり電解液への溶出を防止しやすくなると考えられるが、反面、芳香環の数が多すぎると理論容量が低下してしまう。このため、多環式芳香環としては、芳香環の数を適度に備えたもの、例えばナフタレン、フェナレン、トリフェニレン、アントラセン、ペリレン、フェナントレン及びピレンからなる群より選ばれたものが好ましく、特にピレンが好ましい。
【0011】
また、ラジカル骨格は、蓄電デバイスの安定性を考慮すると、安定なラジカル骨格であることが好ましい。安定なラジカル骨格とは、ラジカルとして存在している時間の長いものをいい、例えば電子スピン共鳴分析で測定されたスピン密度が1019〜1023spins/gの範囲内にあるものとしてもよい。こうした安定なラジカル骨格としては、例えば、ニトロキシルラジカルを有する骨格、オキシラジカルを有する骨格、窒素ラジカルを有する骨格、硫黄ラジカルを有する骨格、炭素ラジカルを有する骨格及びホウ素ラジカルを有する骨格からなる群より選ばれたものが好ましい。具体的には、式(1)〜(9)に示すようなニトロキシルラジカルを有する骨格、式(10)に示すようなフェノキシラジカル(オキシラジカル)を有する骨格、式(11)〜(13)に示すようなヒドラジルラジカル(窒素ラジカル)を有する骨格、式(14),(15)に示すような炭素ラジカルを有する骨格などが挙げられる。このうち、特にニトロキシルラジカルを有する骨格が好ましく、例えば、2,2,6,6−テトラアルキル−1−オキシルピペリジニル骨格(式(1)参照)、2,2,5,5−テトラアルキル−1−オキシルピロリニル骨格(式(2)参照)及び2,2,5,5−テトラアルキル−1−オキシルピロリジニル骨格(式(3)参照)からなる群より選ばれたものが好ましい。
【化1】

【0012】
また、多環式芳香環は、アミド結合、エステル結合、ウレア結合、ウレタン結合、カルバミド結合、エーテル結合及びスルフィド結合からなる群より選ばれたものをスペーサとし該スペーサを介してラジカル骨格に連結していてもよい。多環式芳香環は、このようなスペーサを介さずに直接ラジカル骨格に連結していてもよいが、このようなスペーサを介してラジカル骨格に連結していた方が比較的容易に本発明の有機ラジカル化合物を合成できるため好ましい。また、多環式芳香環とスペーサとの間にアルキル鎖が存在していてもよいし、ラジカル骨格とスペーサとの間にアルキル鎖が存在していてもよい。多環式芳香環は、一つのラジカル骨格に対して一つだけ連結していてもよいが、複数連結していてもよい。その場合、複数の多環式芳香環はすべて同種であってもよいしすべて異種であってもよいし一部は同種で他は異種であってもよい。あるいは、一つの多環式芳香環が複数のラジカル骨格に連結していてもよい。その場合、複数のラジカル骨格はすべて同種であってもよいしすべて異種であってもよいし一部は同種で他は異種であってもよい。ラジカル骨格は、骨格内に一つのラジカルを有していてもよいし、複数のラジカルを有していてもよい。
【0013】
本発明の有機ラジカル化合物は、例えば以下のようにして合成することができる。すなわち、ヒドロキシカルボニル基を持つ多環式芳香環化合物とアミノ基を持つラジカル化合物とを脱水縮合するか又はアミノ基を持つ多環式芳香環化合物とヒドロキシカルボニル基を持つラジカル化合物とを脱水縮合することにより、アミド結合を介して多環式芳香環がラジカル骨格に連結した化合物を得ることができる。また、アミノ基の代わりにヒドロキシ基を持つものを用いて脱水縮合すれば、エステル結合を介して多環式芳香環がラジカル骨格に連結した化合物を得ることができるし、ヒドロキシカルボニル基の代わりにイソシアネート基を持つものを用いて反応すれば、ウレア結合を介して多環式芳香環がラジカル骨格に連結した化合物を得ることができるし、ヒドロキシカルボニル基の代わりにイソシアネート基を持つものを用いると共にアミノ基の代わりにヒドロキシ基を持つものを用いて反応すれば、ウレタン結合を介して多環式芳香環がラジカル骨格に連結した化合物を得ることができる。
【0014】
本発明の蓄電デバイス用電極は、上述した本発明の有機ラジカル化合物が導電材としてのカーボンに担持されたものである。カーボンとしては、特に限定されるものではないが、例えば、ケッチェンブラックやアセチレンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック、サーマルブラック等のカーボンブラック類でもよいし、鱗片状黒鉛のような天然黒鉛や人造黒鉛、膨張黒鉛などのグラファイト類でもよいし、カーボンナノチューブやフラーレンなどのナノカーボン類でもよいし、ヘキサベンゾコロネンなどのグラフェン構造を持つ化合物でもよいし、炭素繊維などでもよい。また、これらを単体で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。
【0015】
本発明の蓄電デバイス用電極は、バインダを含んでいてもよい。バインダとしては、特に限定されるものではないが、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂などが挙げられる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、スチレンブタジエンゴム、フッ素ゴム、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロエチレン共重合体、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン−クロロトリフルオロエチレン共重合体、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE樹脂)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、フッ化ビニリデン−ペンタフルオロプロピレン共重合体、プロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、フッ化ビニリデン−ヘキサフルオロプロピレン−テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン−パーフルオロメチルビニルエーテル−テトラフルオロエチレン共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体などが挙げられる。これらの材料は単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。
【0016】
本発明の蓄電デバイス用電極は、上述した本発明の有機ラジカル化合物とカーボンとバインダとを所定の配合比で混合した後、集電体にプレス成形して形成してもよい。ここで、有機ラジカル化合物の充填量は、特に限定されるものではないが、例えばカーボン100重量部に対して3〜200重量部としてもよい。また、混合方法としては、メタノールなどの溶媒存在下で湿式混合してもよいし、乳鉢などを使って乾式混合してもよい。なお、集電体としては、特に限定するものではないが、例えば、InSnO2,SnO2,ZnO,In22などの透明導電材、フッ素ドープ酸化錫(SnO2:F)、アンチモンドープ酸化錫(SnO2:Sb)、錫ドープ酸化インジウム(In23:Sn)、ZnO,Alドープ酸化亜鉛(ZnO:Al)、Gaドープ酸化亜鉛(ZnO:Ga)などの不純物がドープされた材料等の単層又は複層を、ガラスや高分子状に形成させたものを用いてもよい。また、ステンレス鋼やアルミニウム、銅、ニッケルなどの金属板や金属メッシュを用いてもよい。
【0017】
本発明の蓄電デバイスは、正極及び負極の少なくとも一方が上述した本発明の蓄電デバイス用電極である。こうした蓄電デバイスとしては、例えば二次電池や電気二重層キャパシタなどが挙げられるが、このうち二次電池が好ましい。二次電池の場合、正極として本発明の蓄電デバイス用電極を用い、負極として金属リチウムやリチウムを吸蔵・放出可能な炭素材料などを用い、電解液として有機溶媒にリチウム塩を含有させた非水系電解液を用いることが好ましい。ここで、有機溶媒としては、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート、ビニルカーボネート等の環状カーボネート;ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、メチルエチルカーボネート等の鎖状カーボネート;ガンマブチロラクトン、ガンマバレロラクトン等の環状エステルカーボネート;テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン等の環状エーテル;ジメトキシエタン、エチレングリコールジメチルエーテル等の鎖状エーテルなどが挙げられ、これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。また、リチウム塩としては、例えば、LiPF6,LiClO4,LiBF4,Li(CF3SO3)、LiAsF6、LiN(CF3SO22、LiN(C25SO2)などの公知の支持塩を用いることができる。こうした二次電池は、負極と正極との間にセパレータを備えていてもよい。セパレータとしては、二次電池の使用範囲に耐えうる組成であれば特に限定されないが、例えば、ポリプロピレン製不織布やポリフェニレンスルフィド製不織布などの高分子不織布、ポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂の薄い微多孔膜が挙げられる。二次電池の形状は、特に限定されないが、例えばコイン型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。また、こうした二次電池を複数直列に接続して電気自動車用電源としてもよい。電気自動車としては、例えば、電池のみで駆動する電池電気自動車や内燃機関とモータ駆動とを組み合わせたハイブリッド電気自動車、燃料電池で発電する燃料電池自動車等が挙げられる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明の具体例を実施例を用いて説明する。
【0019】
[実施例1]
(1)有機ラジカル化合物の合成
有機ラジカル化合物として、ピレンと2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシルピペリジニル基をアミド結合で連結したN−(3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジル)ピレン−1−カルボキシアミド(化合物A)を合成した。この化合物Aの合成は、以下のように行った。すなわち、アルゴン雰囲気下、100mLの2口ナスフラスコに1−ヒドロキシカルボニルピレン(アルドリッチ製)246mgを入れ、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)6mLを加えて溶解した。続いて4−(4,6−ジメトキシ−1,3,5−トリアジン−2−イル)−4−メチルモルフォニウムクロリド(DMT−MM、和光純薬工業製)304mg、4−アミノ−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシルピペリジン(東京化成工業製)188mgをそれぞれ15mLのメタノールに溶解して加え、室温で24時間撹拌して反応させた。反応終了後、溶媒を脱気、除去し、得られた反応生成物をクロロホルム50mLに溶解した。クロロホルム溶液を水(10mL×2)、1N塩酸水溶液(10mL)、飽和食塩水(10mL)で抽出した後、有機相に無水硫酸マグネシウムを加えて脱水操作を行うことにより、粗生成物を得た。得られた粗生成物はシリカゲルクロマトグラフィーによって精製を行い、オレンジ色の固体260mgを得た。
【化2】

【0020】
得られた固体のIRスペクトルを測定したところ、3265,1634,1548cm-1にアミド構造に由来するピークが観察された。また、電解脱離質量分析法によりM+のイオンに相当する399.2のピークが観察された。さらに、化合物Aを還元してN−(3,3,5,5−テトラメチル−4−ヒドロキシルピペリジル)ピレン−1−カルボキシアミド(化合物B)とし、1HNMR測定により構造を確認した。化合物Aの還元は以下のように行った。すなわち、化合物A36mgをエタノールとクロロホルムをそれぞれ0.4mLずつ混合した溶媒に溶解した後、水40μLに溶解した(D)−イソアスコルビン酸23mg(和光純薬工業製)を加え、室温で30分反応させた。反応溶液の有機相をクロロホルムで抽出し、抽出した有機相に硫酸マグネシウムを加えて脱水・乾燥させた。その後、溶媒を脱気、除去し、オレンジ色の固体29mgを得た。得られた固体の1HNMRスペクトルデータから、生成物が化合物Bであることを確認した。化合物Bのスペクトルデータを以下に示す。
【0021】
1HNMR(CDCl3,500MHz):δ1.15-2.35(m, 4CH3+2CH2, 16H), 4.55-4.75(br, CH, 1H), 7.91-8.37(m, aromatic, 8H), 8.48-8.72(m, aromatic+NH+OH, 3H).
【0022】
以下の結果から、目的とする有機ラジカル化合物である化合物Aが得られたと判断した。また、電子スピン共鳴スペクトル測定から化合物のスピン密度を算出すると1.41×1021spins/gで、化合物中の94%のニトロキシル基が安定ラジカルとして存在していることを確認した。なお、化合物Aのスピン密度は以下のようにして算出した。すなわち、スピン密度の測定は、ESP350E型ESRスペクトロメーター(BRUKER社製)を用い、マイクロ波出力0.25mW、周波数9.79GHz、中心磁場3487G、掃引幅300Gの条件下で掃引時間83.886sで測定した。吸収面積強度は上記の方法で得られた一次微分型のESRスペクトルを4回積分して求め、同一条件で測定した既知試料の吸収面積強度と比較してスピン密度を測定した。
【0023】
(2)二次電池の作製
正極は次のようにして作製した。すなわち、ケッチェンブラック(三菱化学製ECP−600JD)16mg、N−(3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジル)ピレン−1−カルボキシアミド6.3mgにメタノール1mLを加えて懸濁液とし、乳鉢を用いて練り合わせた。メタノールを脱気、除去した後、テフロンパウダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)4mgを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシートにし、正極を得た。負極には、直径10mm、厚さ0.5mmの金属リチウム(田中貴金属製)を用いた。そして、加圧式電気化学セルにアルゴン雰囲気下のグローブボックス内で正極と負極とをセットし、1mol/Lのリチウムヘキサフルオロホスフェートのエチレンカーボネート・ジエチルカーボネート溶液(富山薬品製)を電解液として注入した。
【0024】
具体的には、図1に示す加圧式電気化学セルを作製した。図1は加圧式電気化学セルの説明図であり、図1(a)は加圧式電気化学セル10の組立前の断面図、図1(b)は加圧式電気化学セル10の組立後の断面図である。加圧式電気化学セル10を組み立てるにあたり、まず、外周面にねじ溝が刻まれたステンレス製の円筒基体12の上面中央に設けられたキャビティ14に、負極16(上述した金属リチウム)と、ポリエチレン製セパレータ18(微多孔性ポリエチレン膜、東燃化学(株)製)と、正極20(上述したシート)とをこの順に積層した。そして、上述した電解液をキャビティ14に注入したあと、ポリプロピレン製の絶縁リング29を入れ、次いでポリプロピレン製のリング22の穴に液密に固定されたステンレス製の円柱24を正極20の上に配置し、ステンレス製のコップ状の蓋26を円筒基体12にねじ込んだ。更に、円柱24の上にPTFE製の絶縁用樹脂リング27を配置し、蓋26の上面中央に設けられた開口26aの内周面に刻まれたねじ溝に貫通孔25aを持つ加圧ボルト25をねじ込み、負極16とセパレータ18と正極20とを加圧密着させた。このようにして、加圧式電気化学セル10を組み立てた。なお、蓋26の上面中央に設けられた開口26aの径は円柱24の径よりも大きいことから、蓋26と円柱24とは非接触な状態となっている。また、キャビティ14の周辺にはパッキン28が配置されているため、キャビティ14内に注入された電解液が外部に漏れることはない。この加圧式電気化学セル10では、蓋26と加圧ボルト25と円筒基体12とが負極16と一体化されて全体が負極側となり、円柱24が正極20と一体化されると共に負極16と絶縁されているため正極側となる。
【0025】
(3)二次電池の評価
作製した加圧式電気化学セルにつき、北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)を使って、電位3.8Vまで0.1mAの定電流で充電したあと電位3.0Vまで0.1mAの定電流で放電することができることを確認した。こうした充放電を2サイクル行ったときの容量と電位との関係を図2に示す。上述した有機ラジカルの担持量あたりの放電容量は分子量から計算すると63mAh/gであり、理論容量に対して100%の放電容量を得た。これは、従来知られている有機ラジカル化合物に比べて格段に高い値である。また、実施例1の有機ラジカル化合物は、多環式芳香環とカーボン表面との相互作用により担持されているため、電解液への溶出を抑制することができ、30回繰り返し充放電を行った後にも、放電容量は充放電開始時の80%を維持していた。
【0026】
[実施例2]
(1)有機ラジカル化合物の合成
有機ラジカル化合物として、ピレンと2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシルピペリジニル基をアミド結合で連結したN−(ピレン−1−イル)−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシルピペリジン−4−カルボキシアミド(化合物C)を合成した。この化合物Cの合成は、以下のように行った。すなわち、アルゴン雰囲気下、100mLの2口ナスフラスコに1−アミノピレン(アルドリッチ製)287mgを入れ、メタノール20mLを加えて溶解した。続いてDMT−MM365mg、4−ヒドロキシカルボニル−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシルピペリジン(東京化成工業製)241mgをそれぞれ50mLのメタノールに溶解して加え、室温で24時間撹拌して反応させた。反応終了後、溶媒を脱気、除去し、得られた反応生成物をクロロホルム50mLに溶解した。クロロホルム溶液を水(10mL×2)、1N塩酸水溶液(10mL)、飽和食塩水(10mL)で抽出した後、有機相に無水硫酸マグネシウムを加えて脱水操作を行うことにより、粗生成物を得た。得られた粗生成物は、シリカゲルクロマトグラフィーによって精製を行い、褐色の固体186mgを得た。
【化3】

【0027】
得られた固体のIRスペクトルを測定したところ、3242,1648,1517cm-1にアミド構造に由来するピークが観察された。また、電解脱離質量分析法によりM+のイオンに相当する399.2のピークが観察された。さらに、化合物Cを還元してN−(ピレン−1−イル)−2,2,6,6−テトラメチル−1−ヒドロキシルピペリジン−4−カルボキシアミド(化合物D)とし、1HNMR測定により構造を確認した。化合物Cの還元は以下のように行った。すなわち、化合物C30mgをエタノールとクロロホルムをそれぞれ0.4mLずつ混合した溶媒に溶解した後、水20μLに溶解した(D)−イソアスコルビン酸19mg(和光純薬工業製)を加え、室温で30分反応させた。反応溶液の有機相をクロロホルムで抽出し、抽出した有機相に硫酸マグネシウムを加えて脱水・乾燥させた。その後、溶媒を脱気、除去し、オレンジ色の固体21mgを得た。得られた固体の1HNMRスペクトルデータから、生成物が化合物Dであることを確認した。化合物Dのスペクトルデータを以下に示す。
【0028】
1HNMR(CDCl3,500MHz):δ1.10-2.42(m, 4CH3+2CH2, 16H), 2.95-3.20(br, CH, 1H), 7.52-8.62(m, aromatic+NH+OH, 11H).
【0029】
以上の結果から、目的とする有機ラジカル化合物である化合物Cが得られたと判断した。また、電子スピン共鳴スペクトル測定から化合物のスピン密度を算出すると1.34×1021spins/gで、化合物中の89%のニトロキシル基が安定ラジカルとして存在していることを確認した。
【0030】
(2)二次電池の作製及び評価
実施例1の化合物Aの代わりに化合物Cを用いた以外は、実施例1と同様にして加圧式電気化学セルを作製し充放電を行った。その結果、化合物Cあたりの放電容量は58mAh/gであり、理論容量に対して97%であった。また、30回繰り返し充放電を行った後にも、放電容量は充放電開始時の80%を維持していた。
【0031】
[比較例1]
実施例1の化合物Aの代わりに、1−ヒドロキシカルボニル−3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジン(東京化成工業製)を用いた以外は、実施例1と同様にして加圧式電気化学セルを作製して充放電を行った。その結果、ラジカル化合物あたりの放電容量は51mAh/gであり、理論容量に対して47%であった。比較例1のラジカル化合物は、多環式芳香環を持たないため導電材であるカーボンに担持せず、カーボン表面にラジカル分子の単分子層を形成できないと考えられる。このため、ラジカル化合物と導電材との間で効率よく電子が移動することができず、ラジカル化合物あたりの放電容量が低下したものと考えられる。また、30回繰り返し充放電を行ったところ、放電容量は充放電開始時の20%にまで低下した。このように放電容量が低下したのは、ラジカル化合物が電解液中に徐々に溶出したことによると考えられる。
【0032】
[比較例2]
実施例1の化合物Aの代わりに、1−アミノ−3,3,5,5−テトラメチル−4−オキシルピペリジン(東京化成工業製)を用いた以外は、実施例1と同様にして加圧式電気化学セルを作製して充放電を行った。その結果、ラジカル化合物あたりの放電容量は28mAh/gであり、理論容量に対して23%であった。比較例2のラジカル化合物は、多環式芳香環を持たないため導電材であるカーボンに担持せず、カーボン表面にラジカル分子の単分子層を形成できないと考えられる。このため、ラジカル化合物と導電材との間で効率よく電子が移動することができず、ラジカル化合物あたりの放電容量が低下したものと考えられる。また、30回繰り返し充放電を行ったところ、放電容量は充放電開始時の20%にまで低下した。このように放電容量が低下したのは、ラジカル化合物が電解液中に徐々に溶出したことによると考えられる。
【0033】
[比較例3]
実施例1の化合物Aの代わりに、ポリ(2,2,6,6−テトラメチルピペリジニルオキシメタクリレート)ラジカルを用いた以外は、実施例1と同様にして加圧式電気化学セルを作製して充放電を行った。このポリマーはChem. Phys. Lett., vol.359, p351-354(2002)に従って合成し、その数平均分子量は9.2万、重量平均分子量は22.9万であった。充放電を行った結果、ラジカル化合物あたりの放電容量は48mAh/gであり、理論容量に対して43%であった。比較例3の有機ラジカル化合物は、高分子であるため導電材であるカーボン中に均一に分散せず、有機ラジカルと導電材との間で速やかな電子移動が起こりにくいことから、容量低下を招いたものと考えられる。また、30回繰り返し充放電を行ったところ、放電容量は充放電開始時の75%にまで低下した。このように放電容量が低下しにくいのは、高分子の有機ラジカル化合物は分子の絡み合いがあるため、ラジカル化合物が電解液中に溶出しにくいことによると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】加圧式電気化学セルの説明図である。
【図2】実施例1の二次電池の充放電を2サイクル行ったときの容量と電位との関係を表すグラフである。
【符号の説明】
【0035】
10 加圧式電気化学セル、12 円筒基体、14 キャビティ、16 負極、18 セパレータ、20 正極、22 リング、24 円柱、25 加圧ボルト、25a 貫通孔、26 蓋、26a 開口、27 絶縁用樹脂リング、28 パッキン、29 絶縁リング。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多環式芳香環がラジカル骨格に連結した構造を有する有機ラジカル化合物。
【請求項2】
前記多環式芳香環は、ナフタレン、フェナレン、トリフェニレン、アントラセン、ペリレン、フェナントレン及びピレンからなる群より選ばれたものである、
請求項1に記載の有機ラジカル化合物。
【請求項3】
前記ラジカル骨格は、ニトロキシルラジカルを有する骨格、オキシラジカルを有する骨格、窒素ラジカルを有する骨格、硫黄ラジカルを有する骨格、炭素ラジカルを有する骨格及びホウ素ラジカルを有する骨格からなる群より選ばれたものである、
請求項1又は2に記載の有機ラジカル化合物。
【請求項4】
前記ラジカル骨格は、2,2,6,6−テトラアルキル−1−オキシルピペリジニル骨格、2,2,5,5−テトラアルキル−1−オキシルピロリニル骨格及び2,2,5,5−テトラアルキル−1−オキシルピペリジニル骨格からなる群より選ばれたものである、
請求項1又は2に記載の有機ラジカル化合物。
【請求項5】
前記多環式芳香環は、アミド結合、エステル結合、ウレア結合、ウレタン結合、カルバミド結合、エーテル結合及びスルフィド結合からなる群より選ばれたものをスペーサとし該スペーサを介して前記ラジカル骨格に連結している、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物が導電材としてのカーボンに担持された蓄電デバイス用電極。
【請求項7】
正極及び負極の少なくとも一方が請求項6に記載の蓄電デバイス用電極である蓄電デバイス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−143855(P2009−143855A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323352(P2007−323352)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】