説明

有機炭素含有酸化カルシウム、その製造方法、PCB分解処理剤およびPCB分解処理方法

【課題】特別な装置を要することなく、低エネルギーで安価かつ簡易にPCBを分解処理することができる分解処理剤及びそのような分解処理方法を提供することを課題とする。
【解決手段】酸化カルシウム(CaO)をアルコールによりアルコキシド化させた後、無酸素もしくは貧酸素状態下で加熱することによって孔内に有機炭素を含有する有機炭素含有酸化カルシウムを製造し、この有機炭素含有酸化カルシウムを有効成分として含むPCB分解処理剤をPCBが含まれる液体に添加混合することにより、PCBを分解する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PCBで汚染した油や汚染物中のPCBなどを分解処理するPCBの分解処理剤及びこのような分解処理剤を用いるPCBの分解処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
PCB(ポリ塩化ビフェニール)は残留性有機汚染物質の一つである。これらは環境中に残留しやすく、脂溶性で生物濃縮率が高く、半揮発性で大気経由の移動があり、人の健康・環境への有害性が確認され、水や底質及び生物など広範囲に環境中に残留している。PCBには209種類の異性体があり、その塩素数と位置によって毒性が異なる。コプラナPCBはダイオキシン類と同様の毒性がある。
【0003】
かつて有用な物質として生産・使用されていたPCBは、日本ではカネミ油症事件をきっかけに生体・環境への影響があることが明らかとなって以来、生産が中止され、開放系用途での使用や新規使用が禁じられている。閉鎖系用途についてはその後熱媒体用のPCBは回収されたが、PCBが使用された電気機器は現在も継続して使用されているか、保管されている。また、最近ではPCBを使用していないとする電気機器の中にも、微量のPCBが混入したものが判明しており、その処理が望まれ、これまでいくつかの燃焼技術や分解・洗浄技術が実施もしくは提案されている。たとえば、特許文献1にはPCBを高温加熱により熱分解処理する技術が記載されている。
【特許文献1】特開2008−49208号公開特許公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された発明をはじめ、従来のPCB処理技術はいずれも、取り扱いが大掛かりでしかも困難であったり、あるいはエネルギー的にコストがかかりすぎるという問題点がある。従って、特別な装置を要することなく、PCBで汚染された油と混合するだけでPCBを分解できる薬剤の開発が望まれている。本発明は、これらの社会的な要請に鑑みてなされたものであり、安価かつ簡易にPCBを分解処理することができる分解処理剤及びそのような分解処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、有機炭素を含有する酸化カルシウムをPCBで汚染された油に添加混合することにより、PCBが効率よく分解されることを見出して本発明に至った。
【0006】
上記の課題を解決するため、この発明の有機炭素含有酸化カルシウムは、多孔質の酸化カルシウムと、孔内に含まれる有機炭素を有する。
【0007】
この発明の有機炭素含有酸化カルシウムは、酸化カルシウムの粉末をアルコール中に浸漬させてアルコキシド化させ、無酸素もしくは貧酸素状態下で加熱することにより製造することができる。この場合、加熱温度が700℃以上900℃以下であることが好ましい。
【0008】
この発明のPCB分解処理剤は、上述の有機炭素含有酸化カルシウムを含むものである。
【0009】
さらに、この発明のPCB分解処理方法は、上述のPCB分解処理剤をPCBが含まれる液体に添加混合することによりPCBを分解するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のPCB分解処理剤およびPCB分解処理方法によれば、PCBを効率よく分解する。特に高温加熱する必要はなく、簡易な装置により低いエネルギーコストでPCB分解処理を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
この発明を実施するための最良の形態について説明する。本発明に用いられる有機炭素埋蔵酸化カルシウムは、酸化カルシウム(CaO)をアルコールによりアルコキシド化させた後、無酸素もしくは貧酸素状態下で加熱して得られる。
【0012】
本発明に用いられる有機炭素埋蔵酸化カルシウムは粉末状のものが好ましい。粉末状有機炭素埋蔵酸化カルシウムの粒径は60〜600メッシュが好ましく、より好ましくは100〜200メッシュである。また、この物質を粉末状にする方法やその条件は特に限定されないが、通常は無水蒸気下で粉末化した酸化カルシウムを作成した後、アルコールを反応させてアルコキシド化後、その化合物を加熱して粉末状の有機炭素埋蔵酸化カルシウムを製造する。
【0013】
本発明の好ましい分解処理方法は、有機炭素埋蔵酸化カルシウムを液状PCB廃棄物と混合することによって実施することができる。この混合方法は特に限定されていないが、液状PCB廃棄物油の粘性が高い場合は、n−ヘキサンや灯油のような炭化水素系化合物の溶剤によって汚染油を希釈した後に混合攪拌することが望ましい。またPCBで汚染された容器類等の洗浄と分解を行う場合は、n−ヘキサンや灯油のような炭化水素系化合物の溶剤により、容器に付着したPCBを洗浄し、その洗浄溶液に有機炭素埋蔵酸化カルシウムを含む分解処理剤を入れて混合攪拌することが望ましい。
【0014】
本発明のPCB分解処理剤は、液状PCB廃棄物に添加され、PCBを分解する。添加量は液状PCB汚染物中のPCB含有量によって調整する。通常PCB濃度をあらかじめ求め、塩素量を計算した後、PCB廃液に含まれる塩素量と同モル数もしくは若干多くの有機炭素埋蔵酸化カルシウム量を添加する。なお,大過剰の分解処理剤を添加しても分解率に影響しないが、分解処理後の廃棄物量が増加するため好ましくない。
【0015】
添加方法は特に限定されない。通常はPCB分解処理剤に被処理PCB汚染油を添加し、攪拌する。
【実施例1】
【0016】
市販の酸化カルシウム(CaO 100〜200メッシュ)100gにメタノール100mlを入れ攪拌し、約1時間室温にて放置した。その後過剰のメタノールをロータリーエバポレーターで吸引除去した後、メトキシ化した酸化カルシウムのほぼ全量を電気炉に入れてN2を流しながら約700℃で1時間加熱し、粉末状の有機炭素埋蔵酸化カルシウムを得た。顕微鏡でこの有機炭素埋蔵酸化カルシウムを観察したところ、多孔質の酸化カルシウムの孔内に有機炭素が埋蔵された構造が見られた。この有機炭素埋蔵酸化カルシウムは新規な物質である。この有機炭素埋蔵酸化カルシウムは実施例2以下に示すように、反応活性が高く、PCB分解処理剤として有効なものである。特にこの実施例に示すように、約700℃で加熱した場合が、反応活性が高く、優れている。加熱温度が800℃を超えると、生成された有機炭素埋蔵酸化カルシウムの反応活性が低下し始め、900℃以上では反応活性がさらに低くなる。したがって、加熱温度が700℃以上900℃以下であることが好ましく、さらに、700℃程度であることがより好ましい。また、この加熱処理は0.1%以下の貧酸素状態で行うことが好ましい。酸素が多いと炭素が失われる量が増加し、生成効率が低下する。
【実施例2】
【0017】
実施例1に示す有機炭素埋蔵酸化カルシウムをPCB分解処理剤として使用する。この有機炭素埋蔵酸化カルシウム約1gをPCB(カネクロールKC−Mix)標準物質50μgを含むn−ヘキサン100mlに添加し、25℃で12時間攪拌した後にn−ヘキサン中PCB濃度を測定した。図1は電子捕獲方検出器付きガスクロマトグラフィー(GC−ECD)におけるPCBのガスクロマトグラムの時間的変化を示すグラフであり、PCBの相対濃度を示す。この図1において、クロマトグラフの高さによってPCBの相対濃度が示されている。図1より、PCBの同族体、異性体を問わず、12時間後にはすべてのPCB化合物がほぼ100%分解消失したことがわかる。
【実施例3】
【0018】
実施例2と同様に、実施例1に示す有機炭素埋蔵酸化カルシウムをPCB分解処理剤として使用する。有機炭素埋蔵酸化カルシウムの約1gをPCBを1.6μg含む絶縁油1g(1.6ppm)に添加し、それに約10mlのn−ヘキサンを加え、25℃でよく攪拌した。攪拌開始から24時間まで上澄液を1mlづつ採取し、公定法によりPCB量を測定した。図2はPCB濃度の時間変化を示すグラフである。図2で「ヘキサン」と表示された線が、この実施例のデータを示す。これより時間の経過と共にPCB量が減少し、24時間後にはPCBのほぼ全量が消失したことが分かる。
【実施例4】
【0019】
上述のPCB分解処理剤(有機炭素埋蔵酸化カルシウム)の約1gをPCBを1.6μg含む絶縁油1g(1.6ppm)に添加し、それに約10mlの灯油を加え25℃でよく攪拌した。攪拌開始から時間ごとに24時間後まで上澄液中PCB量を測定した。ついで、PCB分解処理剤1gを再び付加混合し、その後24時間後までのPCB量を測定した。図2で「灯油」と表示された線が、この実施例のデータを示す。分解処理剤添加1回目では、初期のPCB量の約50%が分解消失し、ついで2回目添加ではPCB量の95%以上が分解消失した。実施例3におけるn−ヘキサンにより希釈したものに比べて、実施例4の灯油により希釈したものの方が分解速度が遅いのは、n−ヘキサンに比べて灯油の方がPCBの溶解度が高いことに加えて、粘度が高いため、分解処理剤へのPCB吸着速度が遅いためである。従って、希釈溶剤としては溶解度が比較的低く、かつ粘度の低いn−ヘキサンが優れているといえるが、一方、灯油はn−ヘキサンは揮発性が低く、かつ引火性も低いため、安全性がより高く、取り扱いやすいという利点がある。
【0020】
以上、実施例に示すとおり、このPCB分解処理剤およびPCB分解処理方法によれば、特別に高温加熱しなくても効果的にPCBを分解処理することができ、室温であっても実施可能である。したがって、PCB分解処理のための装置を小型に構成することもできる。さらに、PCB分解処理剤自体も、酸化カルシウムやメタノールなど、安価な原料より製造される。したがって、低コストで実施できるものである。
【0021】
PCBで汚染された廃油に対しては、直接又はn−ヘキサンもしくは灯油などの有機溶媒により希釈したものにPCB分解処理剤を添加混合されることにより、PCBを効率よく分解する。PCB汚染物(容器類例えばトランス・コンデンサ、プラスチックくず、鉄くず、紙くずなど)に含まれるPCB処理については、n−ヘキサン又は灯油によりPCBを洗浄溶解した後、その溶液にPCB分解処理剤を添加混合することにより、PCBを効率よく分解する。従って、本発明のPCB分解処理剤を用いるPCBの処理方法により絶縁油に含まれるPCBやPCBにより汚染された容器や鉄・紙くず等のPCBを効率よく分解処理することができ、環境汚染をおこさないでPCB廃棄物の処理を行うことができる。また、このPCB分解処理によって得られたPCB処理済の油や容器類及び使用済分解処理剤はそれぞれ燃料、金属材料、セメント材料などに再利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】GC−ECDにおけるPCBのガスクロマトグラムの時間的変化を示すグラフである。
【図2】PCB濃度の時間変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質の酸化カルシウムと、孔内に含まれる有機炭素を有する有機炭素含有酸化カルシウム。
【請求項2】
請求項1に記載の有機炭素含有酸化カルシウムを含むPCB分解処理剤。
【請求項3】
酸化カルシウムの粉末をアルコール中に浸漬させてアルコキシド化させ、無酸素もしくは貧酸素状態下で加熱することにより請求項1に有機炭素含有酸化カルシウムを製造する有機炭素含有酸化カルシウム製造方法。
【請求項4】
加熱温度が700℃以上900℃以下である請求項3に記載の有機炭素含有酸化カルシウム製造方法。
【請求項5】
請求項2に記載のPCB分解処理剤をPCBが含まれる液体に添加混合することによりPCBを分解するPCB分解処理方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−256144(P2009−256144A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−108527(P2008−108527)
【出願日】平成20年4月18日(2008.4.18)
【出願人】(504147254)国立大学法人愛媛大学 (214)
【Fターム(参考)】