説明

有機EL素子

【課題】正孔注入層の働きを安定的に行わせ、素子の劣化を防止して寿命の長い有機EL素子を提供する。
【解決手段】ガラス基板1上に陽極2、CuPc膜3、正孔輸送層4、発光層5、電子輸送層6、陰極7が積層されている。正孔注入層として用いられているCuPc膜3は、ポルフィリン系化合物の一種であり、その結晶構造がβ型をとるように形成されている。従来のCuPc膜はα型結晶であったが、これをβ型結晶とすることで安定性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定性が向上し、寿命が改善された有機EL素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機EL素子(有機エレクトロルミネセンス素子)は、発光層を挟むように電子や正孔のキャリアを発光層に注入しやすくするための有機層が設けられ、さらにその外側に電極が形成されている。
【0003】
図5は、有機EL素子構造の一例を示すもので、ガラス基板21上に、陽極22、正孔注入層23、正孔輸送層24、発光層25、電子輸送層26、陰極27が順に形成されている。陽極22は、透明電極で構成されており、発光層25で発生した光は図5の矢印方向に取り出される。
【0004】
電子輸送層26は、電子を円滑に発光層25に移動させ、発光層25に入った正孔を電子輸送層26に移動してくることを阻止するために用いられる。逆に、正孔輸送層24は、正孔を円滑に発光層25に移動させ、発光層25に入った電子を正孔輸送層24に移動してくることを阻止するために用いられる。
【0005】
また、正孔注入層23は、陽極22との電位障壁を大きくして正孔を発光層25側へ注入しやすくするために設けられており、正孔注入層23に用いる材料としては、CuPc(銅フタロシアニン)が良く知られている。図5に示された有機EL素子の各層は、真空蒸着法によって形成される。
【特許文献1】特許第3728309号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来の有機EL素子では、正孔注入層23に用いられているCuPc膜が最も安定な構造にはなっていないので、図5の有機EL素子を駆動した場合にも不安定となって、有機EL素子の寿命にも影響を与える。
【0007】
これは、真空蒸着法により形成されたCuPc膜がα型結晶(α型構造)になることに起因すると考えられる。α型構造は、CuPc膜においては最も安定な構造ではないので、電圧駆動時に正孔注入層23から発光層25に安定的にキャリア(正孔)が供給されずに、発光層25の発光作用が安定せず、そのために発光層25が劣化して素子の寿命が短くなる。
【0008】
本発明は、上述した課題を解決するために創案されたものであり、正孔注入層の働きを安定的に行わせ、素子の劣化を防止して寿命の長い有機EL素子を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、請求項1記載の発明は、少なくとも、陰極、発光層、正孔注入層、陽極とを順に備えた有機EL素子において、前記正孔注入層はβ型構造のポルフィリン系化合物で構成されていること特徴とする有機EL素子である。
【0010】
また、請求項2記載の発明は、前記ポルフィリン系化合物は、金属フタロシアニンであることを特徴とする請求項1記載の有機EL素子である。
【0011】
また、請求項3記載の発明は、前記金属フタロシアニンは、銅フタロシアニンであることを特徴とする請求項1記載の有機EL素子である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、正孔注入層をポルフィリン系化合物で構成し、このポルフィリン系化合物はβ型結晶(β型構造)で形成されているので、α型構造のものよりも安定して動作し、正孔注入層からは安定的に正孔が発光層の方へ供給されるので、発光層の劣化を防止し、素子の寿命を長くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。図1は本発明による有機EL素子の断面構造を示す。
【0014】
ガラス基板1上に陽極2、正孔注入層としてのCuPc膜3、正孔輸送層4、発光層5、電子輸送層6、陰極7が積層されている。発光層5は例えば発光材料(ホスト材料)に蛍光色素をドーピングする等により可視光領域(400nm〜750nm)において特定の色を発光するように構成されている。例えば、青色を発光させるためには、発光層5としてDPVBi に、BCzVBi をドープした発光材料等が用いられる。また、緑色を発光させるためには、発光層5としてアルミニウム錯体に、クマリンC545Tまたはキナクリドンをドープした発光材料等が用いられる。
【0015】
電子輸送層6にはアルミニウム錯体やオキサジアゾール類等が用いられ、陰極7は、アルミニウム等の金属で構成される。正孔輸送層4はナフテル・フェニル・ベンチジン(NPB)、TPD(トリフェルアミン誘導体)やNPD等により構成される。
【0016】
また、陽極2は、図の矢印方向に光を取り出す場合には、ITO等の透明電極に構成される。さらに、必要であれば、電子輸送層6と陰極7との間に電子注入層を挿入することもできる。
【0017】
図1では、正孔注入層はCuPc膜3で構成されており、このCuPcは結晶の構造がβ型構造(β型結晶)をとるものを用いる。一般に、正孔注入層には、フタロシアニン化合物が用いられることが多いが、このフタロシアニン化合物は、図2に示すポルフィリン骨格構造有するポルフィリン系化合物の一種である。図2に示すポルフィリン骨格構造の真ん中に金属イオンが入っている化合物が金属ポルフィリンとなる。
【0018】
フタロシアニン化合物の構造式を図3に示す。R〜R24は、それぞれ独立に水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、ニトロ基、カルボキシル基、スルホン基、置換基を有していても良い脂肪族炭化水素基や、置換基を有していても良い芳香族炭化水素基、置換基を有していても良い芳香族複素環基等を表すものである。
【0019】
Mはハロゲン原子、酸素原子、金属原子、水素原子等を表す。本発明では、Mに金属原子を配したものを用い、金属原子としては銅(Cu)、Ti(チタン)、鉛(Pb)、白金(Pt)等を用いる。Mに銅原子が用いられるとCuPcとなり、チタン原子が用いられるとTiOPc(チタニルフタロシアニン)となる。
【0020】
図4は、文献「フタロシアニン−化学と機能」(株式会社アイピーシー発行)等の記載を引用したものであり、金属フタロシアニンのα型及びβ型結晶の分子の詰まり方と分子の重なり具合を示す。(a)がα型構造を示し、(b)がβ型構造を示す。α型、β型いずれの結晶においても、分子はいずれも分子カラムを形成しており、カラム軸と分子面のなす角度がα型の方が大きく、β型では小さい。
【0021】
図4に示すように、b軸方向の分子間距離を比較すると、分子同士の重なりがα型の方が大きく(3.78Å)、β型が小さい(4.85Å)ことがわかる。上記文献にも記載されているように、分子間の関係から考えるとα型の方が分子同士の接触面積(重なり)が大きく、分子間に働く凝集力が大きくなって、α型の方が安定であるように思えるが、分子カラムの凝集力も考慮に入れるとβ型の方が凝集エネルギーが大きく、より安定であることがエネルギー計算の結果から明らかにされている(Journal of Physical Chemistry Vol.92 1678(1988) 「Size effects on the α−β transformation of phthalocyanine crystals」参照)。
【0022】
したがって、β型構造を有するポルフィリン系化合物の方が安定し、正孔注入層に用いた場合には、従来のα型構造のものよりは安定した動作を行うものである。
【0023】
図1に示される構成の有機EL素子は、通常、ガラス基板1上の陽極2をパターニング、エッチング、絶縁膜形成等の前処理を経て、真空蒸着装置で、正孔注入層としてのCuPc膜3、正孔輸送層4、発光層5、電子輸送層6、陰極7を順に成膜するという既知の工程により製造されるが、本発明ではCuPc膜3をβ型構造とするために、以下のように形成する。
【0024】
ガラス基板1に陽極2を蒸着した後、基板温度を200℃以上、例えば250℃に加熱した状態でCuPc膜3を陽極2上に蒸着する。このように蒸着処理することで、結晶がα型構造からβ型構造に転移する。また、加熱せずに常温でCuPc膜3を陽極2上に蒸着した後、基板温度を200℃以上、例えば250℃まで加熱しても、上記同様結晶がα型構造からβ型構造に転移する。その後の成膜は、従来技術の方法で、正孔輸送層4、発光層5、電子輸送層6、陰極7を蒸着していく。
【0025】
上記のように形成されたCuPc膜がβ型構造になっているのかどうかは、吸光スペクトルを測定すれば、確認することができる。吸光スペクトルは、良く知られた赤外反射吸光法(RAS)等を用いることができる。
【0026】
図5は、α型構造のCuPcとβ型構造のCuPcの各吸光スペクトルを示す。図ではα型構造のCuPcをα−CuPc(実線の曲線)で表し、β型構造のCuPcをβ−CuPc(破線の曲線)で表している。α−CuPcでは620nm〜630nmのあたりに吸光のピークが存在し、β−CuPcでは、720nm〜730nmのあたりに吸光のピークが存在する。また、吸光度のスペクトル分布も、α−CuPcとβ−CuPcでは、異なるものとなっている。上記の方法で、β型構造のCuPc膜を形成した後、吸光スペクトルを測定すると、図5の破線のグラフのようになっていることが確認できた。
【0027】
次に、α型構造の銅フタロシアニンとβ型構造の銅フタロシアニンを用いた場合とで、素子の発光輝度の劣化具合等を比較した。図6は、縦軸に相対輝度、横軸に素子の連続駆動時間(発光時間)を示す。相対輝度は、発光直後の輝度を1として、連続発光させて時間が経過した時点での発光輝度が、発光直後の輝度に対してどの程度の割合になっているかを示すものである。実線が正孔注入層としてα−CuPcを用いた場合の発光輝度変化、破線が正孔注入層としてβ−CuPcを用いた場合の発光輝度変化を示す。
【0028】
図6に示すように、発光時間が長くなってくると、α−CuPcを用いた場合の方が輝度の劣化が著しくなる。130時間も経過した時点では、α−CuPcとβ−CuPcとでは輝度に相当の開きがあることがよくわかる。
【0029】
以上のように、正孔注入層に用いるポルフィリン系化合物においては、α型結晶よりもβ型結晶の方が安定しており、β型結晶を用いることにより、正孔注入層から正孔が安定的に発光層側に注入され、発光輝度の劣化を防止することができ、素子の寿命を長くすることができる。

【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の有機EL素子の断面構造を示す図である。
【図2】ポルフィリン骨格構造の構造式を示す図である。
【図3】フタロシアニン化合物の構造式を示す図である。
【図4】金属フタロシアニンのα型及びβ型結晶を示す図である。
【図5】α型構造のCuPcとβ型構造のCuPcの各吸光スペクトルを示す図である。
【図6】α型構造のCuPcとβ型構造のCuPcを用いた場合の各輝度変化を示す図である。
【図7】従来の有機EL素子の断面構造を示す図である。
【符号の説明】
【0031】
1 ガラス基板
2 陽極
3 CuPc膜
4 正孔輸送層
5 発光層
6 電子輸送層
7 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、陰極、発光層、正孔注入層、陽極とを順に備えた有機EL素子において、
前記正孔注入層はβ型構造のポルフィリン系化合物で構成されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記ポルフィリン系化合物は、金属フタロシアニンであることを特徴とする請求項1記載の有機EL素子。
【請求項3】
前記金属フタロシアニンは、銅フタロシアニンであることを特徴とする請求項2記載の有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−188966(P2007−188966A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−3943(P2006−3943)
【出願日】平成18年1月11日(2006.1.11)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【Fターム(参考)】