説明

有機EL素子

【課題】正孔注入・輸送層と発光層との間の界面の状態を電気的に安定にし、正孔の輸送性を良好にすることでその発光寿命を長くし、長期信頼性を確保した有機EL素子を提供する。
【解決手段】一対の電極間に正孔注入・輸送層60と発光層70とを配設してなる有機EL装置3である。正孔注入・輸送層60と発光層70との間の界面に、金属元素または金属イオンが存在してなる金属領域65が設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機蛍光材料等の発光材料を電極間に挟持してなる有機EL素子が注目されている。このような有機EL素子としては、発光材料からなる発光層の発光効率を高めるため、この発光層の陽極側に正孔注入層を配置しておくのが一般的である。また、正孔注入層としては、3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン−ポリスチレンスルフォン酸[PEDOT(Polyethylene Dioxythiophene)−PSS(Polystyrene Sulphonate)]がよく用いられている。
【0003】
ところで、有機EL素子は電流駆動型のデバイスであるため、定電流での発光の低下が早く、発光寿命が短くなってしまうことで長期信頼性が十分に確保できないといった課題がある。
このような発光低下の要因としては、その一つとして、積層した各有機膜界面、例えば前記の正孔注入層と発光層との間の界面の状態が不安定であることが挙げられている。
そこで、この有機膜界面の不安定さを改善する目的で、従来、発光層と陽極(正孔注入電極)との間の正孔輸送層に、該正孔輸送層より低い伝導帯最低準位を有する有機物質をドーピングする技術が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平7−65958号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記の技術では、正孔輸送層と発光層との間の界面において、正孔輸送層中にドーピングされた有機物質と発光層の形成材料とによって励起錯体が形成され、これが発光層による本来の発光とは異なる波長の発光を生じ、有機EL素子の発光特性を変化させてしまうおそれがある。また、正孔輸送層中にドーピングされた、正孔輸送層よりも低い伝導帯最低準位を有する有機物質が正孔(ホール)のトラップとして機能してしまい、正孔の輸送性を低下させてしまう懸念もある。
【0005】
本発明は前記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、特に前記の正孔注入・輸送層と発光層との間の界面の状態を電気的に安定にし、正孔の輸送性を良好にすることでその発光寿命を長くし、長期信頼性を確保した有機EL素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため本発明の有機EL素子は、一対の電極間に正孔注入・輸送層と発光層とを配設してなる有機EL素子において、前記正孔注入・輸送層と発光層との間の界面に、金属元素または金属イオンが存在してなる金属領域が設けられていることを特徴としている。
また、金属領域は、島状や網状等の全体が連続しない不完全な領域であるのが好ましい。
【0007】
この有機EL素子によれば、正孔注入・輸送層と発光層との間の界面に金属領域が設けられているので、前記界面の状態が安定化し、該界面での正孔の輸送性が良好になる。すなわち、該界面に金属元素が存在することにより、この金属元素の導電性等によって界面での正孔輸送性が増し、結果的に該界面での正孔の輸送性が良好になる。つまり、正孔注入・輸送層と発光層とはその材質に違いによって機械的な密着性が低く、したがって電気的にも接続性が低く導通性が低いものの、金属元素はその導電性や電気的活性によって正孔注入・輸送層と発光層との間のかけ橋的な機能を発揮し、前記したように界面での正孔の輸送性を良好にするものとなる。
【0008】
また、前記界面に金属イオンが存在することによっても、該界面での正孔輸送性が増すことで該界面での正孔の輸送性が良好になる。つまり、この界面には、発光層において正孔と再結合することなく、発光層を通過した漏れ電子が蓄積され、これが正孔注入・輸送層から注入・輸送される正孔のトラップとして機能してしまうおそれがある。しかし、前記界面に金属イオンが存在すれば、該金属イオンが電子と結合して金属イオンが金属元素となり、前記界面に漏れ電子が蓄積されるといったことが抑えられ、正孔がトラップされてしまうことも抑えられるからである。
【0009】
ここで、電子と結合することで生じた金属元素は、前記したように界面での正孔の輸送性を良好にするように作用する。その際、一部の金属元素に正孔が留まってこれが金属イオンとなることも考えられるが、この金属イオンも前記したように漏れ電子の蓄積を抑え、ここに正孔がトラップされるのを防止して前記界面での正孔の輸送性を良好にするように作用する。したがって、このようなメカニズムによって金属元素と金属イオンとが相互に作用することにより、前記界面の状態が安定化し、該界面での正孔の良好な輸送性が連続的に保持されるようになる。よって、有機EL素子の発光寿命を長くして長期信頼性を確保することが可能になる。
なお、金属または金属イオンはそれ自身が発光する機能を有していないため、発光層の形成材料と結合して励起錯体を形成し、発光層による本来の発光とは異なる波長の発光を生じるといったことも回避される。
【0010】
また、前記有機EL素子においては、前記金属元素または金属イオンが、Al、Mg、Cu、Ag、Ni、In、Znのうちの少なくとも一種、またはそのイオンであるのが好ましい。
このような金属元素または金属イオンが、前記正孔注入・輸送層と発光層との間の界面に存在していれば、該界面での正孔注入・輸送性がより良好に安定化し、これによって発光寿命の長期化が一層顕著になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を詳しく説明する。
図1は、本発明の有機EL素子を多数備えてなる有機EL装置の配線構造を示す説明図、図2は、図1に示した有機EL装置の平面模式図、図3は、図1に示した有機EL装置の要部の断面模式図である。
【0012】
図1に示すように有機EL装置1は、複数の走査線101と、走査線101に対して交差する方向に延びる複数の信号線102と、信号線102に並列に延びる複数の電源線103とがそれぞれ配線された構成を有するとともに、走査線101及び信号線102の各交点付近に、画素領域Aを形成したものである。
【0013】
信号線102には、シフトレジスタ、レベルシフタ、ビデオライン及びアナログスイッチを備えるデータ側駆動回路104が接続されている。走査線101には、シフトレジスタ及びレベルシフタを備える走査側駆動回路105が接続されている。また、画素領域Aの各々には、走査線101を介して走査信号がゲート電極に供給されるスイッチング用の薄膜トランジスタ112と、このスイッチング用の薄膜トランジスタ112を介して信号線102から供給される画素信号を保持する保持容量capと、該保持容量capによって保持された画素信号がゲート電極に供給される駆動用の薄膜トランジスタ113と、この駆動用薄膜トランジスタ113を介して電源線103に電気的に接続したときに該電源線103から駆動電流が流れ込む陽極(画素電極)111と、この画素電極111と陰極(対向電極)12との間に挟み込まれた発光機能層110とが設けられている。
なお、陽極(画素電極)111と陰極(対向電極)12と発光機能層110とを備えてなることにより、有機EL素子が構成されている。
【0014】
このような構成によれば、走査線101が駆動されてスイッチング用の薄膜トランジスタ112がオンになると、そのときの信号線102の電位が保持容量capに保持され、該保持容量capの状態に応じて、駆動用の薄膜トランジスタ113のオン・オフ状態が決まる。そして、駆動用の薄膜トランジスタ113のチャネルを介して、電源線103から画素電極111に電流が流れ、さらに発光機能層110を介して陰極12に電流が流れる。すると、発光機能層110はこれを流れる電流量に応じて発光する。
【0015】
また、図2及び図3に示すようにこの有機EL装置1は、ガラス等からなる透明な基板2と、マトリックス状に配置された有機EL素子とを具備して構成されている。図3に示すように本発明の一実施形態となる有機EL素子3は、基板2上に形成されたもので、画素電極111と、発光機能層110と、陰極12とを備えて構成されている。発光機能層110は、画素電極111側に正孔注入・輸送層60を有し、その陰極12側に発光層70を有するとともに、これら正孔注入・輸送層60と発光層70との間の界面に、金属元素または金属イオンが存在してなる金属領域65を有したものである。
【0016】
また、基板2の厚さ方向において、前記有機EL素子3を含むEL素子部10と基板2との間には、回路素子部14が形成されている。この回路素子部14には、前述の走査線、信号線、保持容量、スイッチング用の薄膜トランジスタ、駆動用の薄膜トランジスタ123等が形成されている。
また、陰極12は、その一端が基板2上に形成された陰極用配線(図示略)に接続されており、図2に示すように、この配線の一端部12aがフレキシブル基板5上の配線5aに接続されている。なお、この配線5aは、フレキシブル基板5上に備えられた駆動IC6(駆動回路)に接続されている。
【0017】
また、有機EL装置1は、発光機能層110から基板2側に発した光が、回路素子部14及び基板2を透過して基板2の外側(観測者側)に出射されるとともに、発光機能層110から基板2と反対の側に発した光も、陰極12に反射されて回路素子部14及び基板2を透過し、基板2の外側(観測者側)に出射される、いわゆるボトムエミッション型となっている。
【0018】
図3に示すように回路素子部14には、基板2上にSiOを主体とする下地保護層281が下地として形成され、その上にはシリコン層241が形成されている。このシリコン層241の表面には、SiO及び/又はSiNを主体とするゲート絶縁層282が形成されている。
また、前記シリコン層241のうち、ゲート絶縁層282を挟んでゲート電極242と重なる領域が、チャネル領域241aとされている。なお、このゲート電極242は、図示しない走査線の一部である。一方、シリコン層241を覆い、ゲート電極242を形成したゲート絶縁層282の表面には、SiOを主体とする第1層間絶縁層283が形成されている。
【0019】
また、シリコン層241のうち、チャネル領域241aのソース側には、低濃度ソース領域241bおよび高濃度ソース領域241Sが設けられる一方、チャネル領域241aのドレイン側には低濃度ドレイン領域241cおよび高濃度ドレイン領域241Dが設けられて、いわゆるLDD(Light Doped Drain )構造となっている。これらのうち、高濃度ソース領域241Sは、ゲート絶縁層282と第1層間絶縁層283とにわたって開孔するコンタクトホール243aを介して、ソース電極243に接続されている。このソース電極243は、電源線(図示せず)の一部として構成されている。一方、高濃度ドレイン領域241Dは、ゲート絶縁層282と第1層間絶縁層283とにわたって開孔するコンタクトホール244aを介して、ソース電極243と同一層からなるドレイン電極244に接続されている。
【0020】
ソース電極243およびドレイン電極244が形成された第1層間絶縁層283の上層には、平坦化膜284が形成されている。この平坦化膜284は、アクリル系やポリイミド系等の、耐熱性絶縁性樹脂などによって形成されたもので、駆動用TFT123やソース電極243、ドレイン電極244などによる表面の凹凸をなくすために形成された公知のものである。
【0021】
そして、この平坦化膜284の表面上には画素電極(陽極)111が形成されており、この画素電極111は、前記平坦化膜284に設けられたコンタクトホール111aを介してドレイン電極244に接続されている。すなわち、画素電極111は、ドレイン電極244を介して、シリコン層241の高濃度ドレイン領域241Dに接続されている。なお、画素電極111は、ボトムエミッション型である本実施形態では、透明導電材料によって形成され、具体的にはITOが好適に用いられている。
【0022】
画素電極111が形成された平坦化膜284の表面上には、画素電極111と、これの周縁部を覆う無機隔壁25とが形成されており、さらにこの無機隔壁25上には、有機隔壁221が形成されている。ここで、無機隔壁25はSiOからなっており、有機隔壁221はアクリル系やポリイミド系等の耐熱性絶縁性樹脂からなっている。
そして、画素電極111上には、無機隔壁25に形成された開口25aと、有機隔壁221に形成された開口221aとの内部、すなわち画素領域に、前記した正孔注入・輸送層60と金属領域65と発光層70とが、画素電極(陽極)111側からこの順に形成され、これによって発光機能層110が形成されている。
【0023】
正孔注入・輸送層60は、その形成材料として、特に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェン−ポリスチレンスルフォン酸(PEDOT−PSS)の分散液、すなわち、分散媒としてのポリスチレンスルフォン酸に3,4−ポリエチレンジオキシチオフェンを分散させ、さらにこれを水に分散させた分散液が好適に用いられている。ただし、これ以外にも、従来公知の正孔注入・輸送性材料を用いることができるのはもちろんである。
【0024】
金属領域65は、前記正孔注入・輸送層60と発光層70との間の界面に設けられたもので、金属元素または金属イオンが存在してなる領域である。この金属領域65は、例えば正孔注入・輸送層60上に金属元素が島状、網状あるいは単分子膜状に形成配置され、または金属化合物(金属イオン)として島状あるいは網状に形成配置されて、全体が連続しない不完全な領域とされたもので、後述するように蒸着法等の気相で形成され、あるいは液相法で形成されたものである。
【0025】
このような金属領域65を構成する金属元素または金属イオンとしては、Al、Mg、Cu、Ag、Ni、In、Znのうちの少なくとも一種、またはそのイオンが好適とされるが、これら以外の金属元素または金属イオンを用いることももちろん可能である。また、金属イオンによって金属領域65を形成する場合、後述するように金属化合物(金属塩)を正孔注入・輸送層60上に設けることで金属領域65を形成するが、このような金属化合物としては、前記したような金属の硫酸塩や硝酸塩、塩酸塩、さらには酢酸塩等の有機酸塩が使用可能であり、中でも硫酸塩が好適に用いられる。
【0026】
下地である正孔注入・輸送層60は、前記したようにPEDOT−PSSによって形成されており、したがってこの正孔注入・輸送層60中には硫酸イオンが多く存在している。よって、金属領域65の形成材料中に硫酸イオンが存在していても、これが、正孔注入・輸送層60の特性を損なう不純物として作用することがないからである。
【0027】
正孔注入・輸送層60上には、前記金属領域65を介して発光層70が形成されている。この発光層70を形成するための材料としては、蛍光あるいは燐光を発光することが可能な公知の発光材料が用いられる。発光層70の形成材料として具体的には、(ポリ)フルオレン誘導体(PF)、(ポリ)パラフェニレンビニレン誘導体(PPV)、ポリフェニレン誘導体(PP)、ポリパラフェニレン誘導体(PPP)、ポリビニルカルバゾール(PVK)、ポリチオフェン誘導体、ポリメチルフェニルシラン(PMPS)などのポリシラン系などが好適に用いられる。また、これらの高分子材料に、ペリレン系色素、クマリン系色素、ローダミン系色素などの高分子系材料や、ルブレン、ペリレン、9,10−ジフェニルアントラセン、テトラフェニルブタジエン、ナイルレッド、クマリン6、キナクリドン等の低分子材料をドープして用いることもできる。
なお、このような発光層70を形成する材料としては、特にフルカラー表示をなす場合、赤色、緑色、青色の各波長域に対応する光を発光する材料が用いられ、それぞれが予め設定された状態に形成配置される。
【0028】
陰極12は、前記発光層70を覆って形成されたもので、例えばCaが厚さ5nm程度に形成され、その上にAlが厚さ300nm程度に形成されて構成されたものである。このような積層構造の電極とされたことにより、特にAlは反射層としても機能するものとなっている。なお、陰極12についても透明な材料を用いれば、発光した光を陰極側からも出射させることができる。透明な材料としては、ITO、Pt、Ir、Ni、もしくはPdを用いることができる。膜厚としては、透明性を確保するうえで、75nm程度とするのが好ましく、さらにこの膜厚より薄くするのがより好ましい。
また、この陰極12上には、接着層51を介して封止基板(図示せず)が貼着されている。
【0029】
なお、前記発光機能層110において正孔注入・輸送層60は、その内部において正孔を輸送する機能を有するとともに、正孔を発光層70側に注入・輸送する機能をも有している。このような正孔注入・輸送層60を画素電極111と発光層70との間に設けることにより、発光層70の発光効率、寿命等の素子特性を向上させることができる。
また、金属領域65は、正孔注入・輸送層60と発光層70との間の界面の状態を安定化し、該界面での正孔の輸送性を良好にするものとなっている。
発光層70は、正孔注入・輸送層60から注入された正孔と、陰極12から注入される電子とを再結合させ、発光をなすようになっている。
【0030】
このような構成の有機EL装置1を製造するには、従来と同様にして基板2上に回路素子部14を形成する。そして、基板2の全面を覆うように画素電極111となる透明導電膜を、ITOによって形成する。次いで、この導電膜をパターニングすることにより、図4(a)に示すように平坦化膜284のコンタクトホール111aを介してドレイン電極244と導通する画素電極111を形成する。
【0031】
次いで、画素電極111上および平坦化膜284上に、SiO等の無機絶縁材料をCVD法等で成膜して隔壁層(図示せず)を形成し、続いて、公知のホトリソグラフィー技術、エッチング技術を用いて隔壁層をパターニングする。これにより、図4(b)に示すように、形成する各有機EL素子3の画素領域毎に開口25a(図示略)を形成すると同時に、無機隔壁25を形成する。
【0032】
次いで、図4(c)に示すように、無機隔壁25の所定位置、詳しくは画素領域を囲む位置に樹脂等によって有機隔壁221を形成する。
次いで、このようにして画素電極111と無機隔壁25と有機隔壁221とを形成した側の面を酸素プラズマ処理し、その表面に付着した有機物等の汚染物を除去して濡れ性を向上させる。具体的には、基板2を所定温度、例えば70〜80℃程度に加熱し、続いて大気圧下で酸素を反応ガスとするプラズマ処理(Oプラズマ処理)を行う。
【0033】
次いで、撥液化処理を行うことにより、特に有機隔壁221の上面及び側面の濡れ性を低下させる。具体的には、大気圧下で4フッ化メタンを反応ガスとするプラズマ処理(CFプラズマ処理)を行い、その後、プラズマ処理のために加熱された基板2を室温まで冷却することで、有機隔壁221の上面及び側面を撥液化し、その濡れ性を低下させる。
なお、このCFプラズマ処理においては、画素電極111の露出面および無機隔壁25についても多少の影響を受けるが、画素電極111の材料であるITOおよび無機隔壁25の構成材料であるSiOなどはフッ素に対する親和性に乏しいため、酸素プラズマ処理で濡れ性が向上した面は濡れ性がそのままに保持される。
【0034】
次いで、前記有機隔壁221に囲まれた領域内に正孔注入・輸送層60を形成する。この正孔注入・輸送層60の形成工程では、スピンコート法や液滴吐出法が採用されるが、本実施形態では、有機隔壁221に囲まれた領域に正孔注入・輸送層60の形成材料を選択的に配する必要上、特に液滴吐出法であるインクジェット法が好適に採用される。このインクジェット法により、正孔注入・輸送層60の形成材料であるPEDOT−PSSの分散液を前記画素電極111の露出面上に配し、その後、熱処理(乾燥処理)を行うことにより、厚さ50nmの正孔注入・輸送層60を形成する。
【0035】
次いで、この正孔注入・輸送層60上に、図5(a)に示すように金属領域65を形成する。この金属領域65の形成方法としては、前記したように気相法と液相法とが採用可能である。気相法としては、例えば前記した金属のうち、Al、Mg、Cu、Ag、Niのいずれか一種または複数種を蒸着源とする蒸着法が好適に採用可能である。このような蒸着法で金属領域65を形成する場合、形成する蒸着膜としては、例えば単分子膜、あるいは島状、網状等の全体が連続しない不完全な薄膜を形成するものとする。形成する金属膜が厚くなってしまうと、光を遮断するように機能し、発光層70で発光した光が基板2側に良好に透過しなくなってしまうからである。なお、このように蒸着法を用いて金属領域65を形成する場合、この金属領域65を有機隔壁221に囲まれた正孔注入・輸送層60上に選択的に形成する必要があることから、例えばマスクを用いて行うマスク蒸着法が好適に採用される。
【0036】
また、液相法で形成する場合には、例えば前記した金属のうち、Al、Mg、Cu、Ag、In、Znのいずれかを含有する化合物を一種または複数種用い、これを水等の溶媒に溶解して例えば固形分濃度が0.1〜数重量%程度の低濃度溶液とし、前記正孔注入・輸送層60上に配する。その後、乾燥することで溶媒を除去し、金属イオンを含む金属化合物からなる金属領域65を形成する。このようにして金属領域65を形成する場合にも、形成する膜としては、島状や網状等の全体が連続しない不完全な薄膜を形成するものとする。
すなわち、気相法、液相法のいずれにおいても、正孔注入・輸送層60上に膜として金属領域65を形成するというより、正孔注入・輸送層60の表面上に金属または金属化合物をごく薄く付着させ、これを金属領域65とするのである。
【0037】
なお、前記溶液を正孔注入・輸送層60上に配する方法としては、正孔注入・輸送層60の形成工程と同様にインクジェット法やスピンコート法が採用され、特にインクジェット法が好適に採用される。このように溶液を配すると、特に該溶液の溶媒として水等の極性溶媒を用いた場合、正孔注入・輸送層60の表面を一部再溶解させてしまう可能性もあるが、そのように一部再溶解させ、その後乾燥することにより、溶液中の金属化合物を正孔注入・輸送層60の表層に取り込むことができる。
【0038】
また、特に液相法で金属領域65を形成した場合など、その後に加熱(乾燥)処理を行う際には、正孔注入・輸送層60表面に配した金属元素または金属イオンが正孔注入・輸送層60中に拡散しないよう、該溶液の溶媒の沸点以上のなるべく低い温度で短時間加熱するのが好ましい。このように正孔注入・輸送層60中に拡散するのを抑え、正孔注入・輸送層60表面上、すなわち該正孔注入・輸送層60と発光層70との界面のみに選択的に金属領域65を形成することにより、正孔注入・輸送層60の正孔輸送性を損なうことなく、該界面の状態を安定化させることができる。
なお、前記気相法による金属元素の付着と、液相法による金属イオン(金属化合物)の付着を共に行い、金属元素と金属イオンとが併存する金属領域65を形成してもよいのはもちろんである。
【0039】
このようにして金属領域65を形成したら、図5(b)に示すように、前記正孔注入・輸送層60上に前記金属領域65を介して発光層70を形成する。この発光層70の形成工程でも、前記の正孔注入・輸送層60の形成と同様に、液滴吐出法であるインクジェット法が好適に採用される。すなわち、インクジェット法により、発光層の形成材料を正孔注入・輸送層60上(金属領域65上)に吐出し、その後、窒素雰囲気中にて100℃で1時間程度熱処理を行い、有機隔壁221に形成された開口221a内、すなわち画素領域上に発光層70を形成する。なお、発光層70の形成材料中に用いる溶媒としては、前記正孔注入・輸送層60を再溶解させないもの、例えばキシレンなどが好適に用いられる。また、この発光層70の形成方法については、特に無機隔壁25や有機隔壁221によって画素領域を区画しない場合、正孔注入・輸送層60の形成や金属領域65の形成の場合と同様に、スピンコート法を採用することもできる。
【0040】
次いで、図5(c)に示すように、前記発光層70及び有機隔壁221を覆って例えばカルシウムを厚さ5nm程度、アルミニウムを厚さ300nm程度に積層し、陰極12を形成する。この陰極12の形成に際しては、有機EL素子3を効率よく発光させるため、例えば電子注入層としてフッ化リチウムを発光層70側に形成してもよい。また、この陰極12の形成では、前記正孔注入・輸送層60や発光層70の形成とは異なり、蒸着法やスパッタ法等で行うことにより、画素領域にのみ選択的に形成するのでなく、基板2のほぼ全面に陰極12を形成する。
その後、前記陰極12上に接着層51を形成し、さらにこの接着層51によって封止基板30を接着し、封止を行う。これにより、本実施形態の有機EL素子3を備える有機EL装置1を得る。
【0041】
このような有機EL装置1の有機EL素子3にあっては、前記金属領域65が正孔注入・輸送層60と発光層70との間の界面の状態を安定化させ、該界面での正孔の輸送性を良好にするものとなっているので、発光寿命が長くなり、長期信頼性が確保されたものとなる。
すなわち、該界面に例えば金属領域65を構成する金属元素が存在することにより、この金属元素の導電性等によって界面での正孔輸送性が増し、結果的に該界面での正孔の輸送性が良好になる。つまり、正孔注入・輸送層60と発光層70とはその材質に違いによって機械的な密着性が低く、したがって電気的にも接続性が低く導通性が低いものの、金属元素はその導電性や電気的活性によって正孔注入・輸送層と発光層との間のかけ橋的な機能を発揮し、前記したように界面での正孔の輸送性を良好にするものとなる。
【0042】
また、前記界面に金属イオンが存在することによっても、該界面での正孔輸送性が増すことで該界面での正孔の輸送性が良好になる。つまり、この界面には、陰極12から注入され、発光層70において正孔と再結合することなく、発光層70を通過した漏れ電子が蓄積され、これが正孔注入・輸送層60から注入・輸送される正孔のトラップとして機能してしまうおそれがある。しかし、前記界面に金属イオンが存在すれば、該金属イオンが電子と結合して金属イオンが金属元素となり、前記界面に漏れ電子が蓄積されるといったことが抑えられ、正孔がトラップされてしまうことも抑えられるからである。
【0043】
ここで、電子と結合することで生じた金属元素は、前記したように界面での正孔の輸送性を良好にするように作用する。その際、一部の金属元素に正孔が留まってこれが金属イオンとなることも考えられるが、この金属イオンも前記したように漏れ電子の蓄積を抑え、ここに正孔がトラップされるのを防止して前記界面での正孔の輸送性を良好にするように作用する。したがって、このようなメカニズムによって金属元素と金属イオンとが相互に作用することにより、前記界面の状態が安定化し、該界面での正孔の良好な輸送性が連続的に保持されるようになる。
よって、前記したように本実施形態の有機EL素子3は、その発光寿命を長くして長期信頼性を確保することができる。
【0044】
また、金属または金属イオンはそれ自身が発光する機能を有していないため、発光層70の形成材料と結合して励起錯体を形成し、発光層70による本来の発光とは異なる波長の発光を生じるといった不都合も回避することができる。
【0045】
次に、このような有機EL装置1の応用例として、該有機EL装置1を備えた電子機器の具体例について説明する。
図6(a)は、携帯電話の一例を示した斜視図である。図6(a)において、符号1000は携帯電話本体を示し、符号1001は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図6(b)は、腕時計型電子機器の一例を示した斜視図である。図6(b)において、符号1100は時計本体を示し、符号1101は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図6(c)は、ワープロ、パソコンなどの携帯型情報処理装置の一例を示した斜視図である。図6(c)において、符号1200は情報処理装置、符号1202はキーボードなどの入力部、符号1204は情報処理装置本体、符号1206は前記有機EL装置1からなる表示部を示している。
図6(d)は、薄型大画面テレビの一例を示した斜視図である。図6(d)において、薄型大画面テレビ1300は、薄型大画面テレビ本体(筐体)1302、スピーカーなどの音声出力部1304、前記有機EL装置1からなる表示部1306を備える。
【0046】
図6(a)〜(d)に示す電子機器1000,1100,1200,1300は、前記有機EL装置1を備えているので、この有機EL装置1からなる表示部1001,1101,1206,1306が長寿命化していることにより、これら電子機器1000,1100,1200,1300自体も、表示部1001,1101,1206,1306が長寿命化し、長期信頼性が確保されたものとなる。
【0047】
なお、本発明は前記実施形態に限られることなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、前記実施形態では、発光機能層110を正孔注入・輸送層60と金属領域65と発光層70とから構成したが、正孔注入・輸送層を従来公知の正孔注入層と正孔輸送層との二層構造としてもよく、さらに、発光層70と陰極12との間に、前記した電子注入層や、さらに公知の電子輸送層を形成してもよい。
また、前記実施形態では、発光層70で発光した光を基板2側から出射させる、いわゆるボトムエミッション型の有機EL装置に本発明の有機EL素子を適用した例を示したが、基板2と反対側の、封止基板側から光を出射させる、いわゆるトップエミッション型の有機EL装置にも本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の有機EL素子を備えた有機EL装置の配線構造説明図である。
【図2】図1の有機EL装置の平面模式図である。
【図3】図1の有機EL装置の要部断面模式図である。
【図4】(a)〜(c)は図1の有機EL装置の製造方法を説明する工程図である。
【図5】(a)〜(d)は図4に続く製造方法を説明する工程図である。
【図6】(a)〜(d)は本発明の電子機器の実施形態を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0049】
1…有機EL装置、2…基板、12…陰極、60…正孔注入・輸送層、65…金属領域、70…発光層、110…発光機能層、111…画素電極(陽極)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極間に正孔注入・輸送層と発光層とを配設してなる有機EL素子において、
前記正孔注入・輸送層と発光層との間の界面に、金属元素または金属イオンが存在してなる金属領域が設けられていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記正孔注入・輸送層と発光層との間の界面に、金属元素または金属イオンが存在してなる金属領域が、島状や網状等の全体が連続しない不完全な領域であることを特徴とする請求項1記載の有機EL素子。
【請求項3】
前記金属元素または金属イオンが、Al、Mg、Cu、Ag、Ni、In、Znのうちの少なくとも一種、またはそのイオンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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