説明

有用物質の製造方法

【課題】海洋深層水のみの新たな用途を提供すると共に、簡便に効率よく有用物質を生成する方法を提供する。
【解決手段】採取された海洋深層水に光を照射しながら、該海洋深層水中の微生物群集により有用物質を生成させる生成工程と、生成工程後の海洋深層水から有用物質を回収する回収工程とを含む方法により、有用物質を製造する。このとき、海洋深層水は、例えば一方向に、より好ましくは多方向に、回流させることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有用物質の製造方法に関し、特に海洋深層水を用いた有用物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海洋深層水は、一般に深度200m〜300m以深の海域にある海水を指し、温度が5〜15℃で安定しており、表層海水と比較して、窒素分、リン、ケイ素などの栄養塩類や微量元素を豊富に含むものであることが知られている。
この海洋深層水の高い栄養塩類濃度に着目して、微生物の培養に海洋深層水を用いる技術が知られている(例えば、特許文献1及び2)。これらの技術では、高栄養価の海洋深層水を、有用物質を生成可能な微生物の培養水として使用して微生物を効率よく培養し、生成された有用物質を回収する。
【特許文献1】特開2005−185164号公報
【特許文献2】特開2002−262858号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、海洋において光は水深と共に指数関数的に減衰するため、深度200m以深では光合成が行われなくなる。このことから、海洋深層水に光合成を行う微生物が存在することは期待されてなく、一般に存在しないとする認識が高い。また、上記技術では、選択された微生物の培養に海洋深層水を用いるとしても、微生物の培養条件に合わせて種々の特定の条件を設定する必要があった。このため、採取された海洋深層水のみをそのまま用いて有用物質の生成を行うことは行われていなかった。
本発明の目的は、海洋深層水のみの新たな用途を提供すると共に、簡便に効率よく有用物質を生成する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の有用物質の製造方法は、採取された海洋深層水に光を照射しながら、該海洋深層水中の微生物群集により有用物質を生成する生成工程と、生成工程後の海洋深層水から有用物質を回収する回収工程とを含むものである。
このとき、前記海洋深層水を回流させることを含んでもよい。
ここで、前記微生物群集が、スケルトネマ・コスタツムを含むことが好ましい。
また、前記海洋深層水が駿河湾深層水であることが好ましい。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば、海洋深層水のみの新たな用途を提供するものであり、簡便に効率よく有用物質を生成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明の有用物質の製造方法は、採取された海洋深層水に光を照射しながら回流させる処理に供して、該海洋深層水中の珪藻類とその共生細菌により有用物質を生成させる生成工程と、生成工程後の海洋深層水から有用物質を回収する回収工程とを含むものである。
高い栄養価を有するが光合成菌が存在しないとの認識された海洋深層水に微生物群集が天然の状態で存在し、この微生物群集が光の照射によって増殖して、これに伴い各種の有用物質を生成していることは、本発明において初めて見出されたことである。
【0007】
本発明に用いる海洋深層水は、深度200m以深の海域、海水に含まれる栄養塩濃度の観点から好ましくは300m以下、特に深度650m以下の海域から採取されたものをいう。このような海洋深層水は、いずれの海洋深層水由来のものであってもよいが、微生物群集の存在頻度の観点から、日本近海、特に駿河湾深層水由来のものであることが好ましい。駿河湾深層水は、例えば、石廊崎〜御前崎を結んだ線の内側の領海の海域のものから採取したものがよい。また、「採取された海洋深層水」とは、採取された組成の海洋深層水をそのまま用いたものをいい、滅菌処理が未実施であり、他の微生物を追加してしない状態をいう。このため、必ずしも採取直後の海洋深層水でなくてもよい。
【0008】
用いられる海洋深層水は、異なる場所から採取されたものを混合したものであってもよい。また培養に用いられる海洋深層水には、特に添加剤を必要とせずに培養に使用することができるが、栄養塩類(硝酸、リン酸、ケイ酸)、鉄、コバルト、銅、亜鉛等の添加剤を添加してもよい。
【0009】
本発明では、採取された海洋深層水中に存在する微生物群集により各種有用物質の生成が行われる。
本発明において利用される微生物群集は、後述するように光照射によって有用物質を生成可能な光合成微生物が含まれていれば特に制限されないが、生成される有用物質の量の観点から、珪藻類であるスケルトネマ・コスタツムを含むことが好ましい。この珪藻類を含む海洋深層水であれば、光の照射によって容易に微生物群集が増殖し、有用物質の生成が行われる。なお、本発明において生成工程は同時に、海洋深層水中の微生物群集の培養工程にも該当する。このため、本発明における「有用物質の生成」の工程を、微生物群集に着目して表現する際に「微生物群集の培養」と表現することもある。
【0010】
本発明における生成工程では、上記海洋深層水に対して光が照射される。
光照射条件としては、微生物群集の成育状態によって異なるが、一般に50μmol/m/秒〜2000μmol/m/秒の光照射で、一般に10〜14時間、微生物群集の増殖速度及び成育状態の観点から11〜12時間であることが更に好ましい。一例として、通常の太陽光(150μmol/m/秒〜2000μmol/m/秒)を半日周期で照射すればよい。
【0011】
生成工程では、海洋深層水を回流させることが、海洋深層水中の微生物群集の浮遊状態を維持することができるため好ましい。これにより、微生物群集が浮遊した状態で光合成を行うことができるため、より効率よく有用物質の生成を行うことができる。
海洋深層水の回流は、微生物群集が沈殿しない程度の速度で海洋深層水を系内で循環させればよく、海洋深層水中の微生物群集の種類及び密度によって適宜変更可能である。また海洋深層水の回流は、微生物群集の過度の集中や沈殿が生じない限り、一方向(層流)であっても多方向(乱流)であってもよいが、微生物群集の増殖速度の観点から多方向であることが好ましく、特に上昇流を含む循環形態であることが更に好ましい。このような回流は、ポンプ等を用いて実現することができる。
【0012】
本発明における微生物群集の培養条件(有用物質の生成条件)は、通常の微生物群集の培養条件に従ったものであればよい。具体的には、温度は、15〜30℃、微生物群集の増殖速度及び成育状態の観点から好ましくは20〜25℃であり、通常の好気的条件下で培養すればよい。このとき、海洋深層水中の微生物群集に対して適当な空気を供給するために、また上述したような海洋深層水の回流の発生にも利用可能なエアレーションを行うことが好ましい。
また総培養期間は、微生物群集類の量や生存状態によって異なるが、一般に4日〜20日とすることが好ましい。
【0013】
上記のような海洋深層水の回流を発生させながら微生物群集の培養を行うには、例えば、特開2005−261341号公報、特開2005−261342号公報、特開2005−261343号公報等に記載されているプランクトン培養装置を好ましく用いることができる。これらの装置を用いることによって、培養効率の向上を図り、微生物群集の生産性を高めることができる。
上記プランクトンの培養装置は、循環経路を備えた培養槽に、造流生成ユニット、旋回流生成ユニット、螺旋流生成ユニットが設けられている。この培養装置は、これらのユニットの駆動によって水流を生成する。またエア供給機構も備えており、気泡を連続的に供給することもできる。これにより、この培養装置では、エアレーションしながら、生成された水流により微生物群集を循環経路内で循環させ、微生物群集の生産性を向上させながら、微生物群集を効率よく培養することができる。
【0014】
本発明の回収工程では、生成工程後の海洋深層水から有用物質を回収する。生成工程後の海洋深層水には、光照射によって増殖した微生物群集とこの微生物群集が生成した有用物質が含まれているので、海洋深層水を回収し、回収された海洋深層水から、生成された有用物質に特性に応じた手段を用いて有用物質を回収することができる。
【0015】
有用物質の回収は、目的とする有用物質の種類に応じて適宜選択することができる。
例えば、微生物群集の個々の微生物内に蓄積している有用物質の場合には、微生物群集を回収し、破砕等を行って、回収すればよい。微生物群集の回収には、フィルター等の、通常、この目的のために用いられる手段であればいずれにものであってもよい。
微生物群集の破砕には、超音波やホモジナイザー等を用いることができる。
【0016】
一方、微生物群集の体外の放出される、所謂、菌体外物質の場合には、回収された海洋深層水から微生物群集をそのまま又は破砕等した後に、フィルター、遠心分離等で取り除き、得られた液体から、目的とする有用物質の種類に応じた既知の精製手段を用いて回収することができる。
精製手段としては、例えば、各種クロマトグラフィー法、適切な溶媒を用いた溶媒抽出方法、固相抽出法等を挙げることができる。
【0017】
本発明によって得られる有用物質としては、海洋深層水中に存在する微生物群集の種類によって異なるが、アミノ酸、炭水化物の他、カロテノイド、EPA及びDHAなどの脂肪酸といった生理活性物質を挙げることができる。これらの有用物質の海洋深層水からの精製には、有用物質の種類に応じてそれぞれ既知のものを用いればよい。
【実施例】
【0018】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。
(1)微生物群集の培養
駿河湾深層水水産利用施設沖に設置された取水管より、深度397m及び687mの海水をそれぞれ汲み上げ、培養用海水とした。500Lのポリカーボネイト製容器に海水を満たし、エアレーションによる通気条件下で培養を行った。培養装置は屋外に設置し、太陽光(150μmol/m/秒〜2000μmol/m/秒)を利用した培養を行った。培養温度は、ウォーターバスによりコントロールを行い、平均25℃であった。光照射時間は、おおよそ、5〜7時間であった。
【0019】
培養開始後4日目にかけて培養系内の海水の着色が進行し、茶褐色になった。培養系内には、円形で直径2〜22μmの蓋殻、2〜60μm殻高を示し、多数の細胞が周縁有基突起でしっかりと連結して長い群体を形成する形態の植物プランクトンが確認でき、この形態からスケルトネマ・コスタツムであることが確認された。
【0020】
(2)粒子状有機炭素(POC)粒子状有機窒素(PON)濃度の測定
次いで、駿河湾深層水の培養によって有機物が生成することを確認するため、上記と同様にして、駿河湾深層水の培養を行った。
培養開始後0日、2日、4日、7日、9日及び11日目に培養系の一部をサンプルとして採取した。海水はGF−75ガラス繊維フィルター(孔径0.3μm)上に捕集された粒子状有機物(Particulate organic matter:POM)と、通過したろ液側の溶存態有機物(Dissolved organic matter:DOM)に分けて採取された。培養系中の粒子状有機炭素(Particulate organic carbon:POC)、粒子状有機窒素(Particulate organic nitrogen:PON)量を測定した。
【0021】
フィルター上に捕集された粒子状有機物は、温度830℃において酸素(純度99.999%以上)をキャリアーガスとしてフィルターごと燃焼させ,炭素はCOとして,窒素はNOを還元してNとしてガスクロマトグラフ(高感度炭素窒素分析装置:スミグラフNC−90A、住化分析センター)により測定した。このようにして粒子状有機炭素(POC)と粒子状有機窒素(PON)を同時に分析した。結果を表1及び表2並びに、図1及び図2に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
表1及び表2並びに図1及び表2に示されるように、使用した海洋深層水の深度によらず、培養が進むにつれ粒子状有機炭素(POC)が増加し、培養11日目では粒子状有機炭素(POC)濃度が最大となった。
このことは実験初期海水に含まれた極僅かな植物プランクトンが、光を照射することで光合成を行い、海洋深層水中の豊富な栄養塩類を取り込むことで、効率的に増殖できたことを示している。また、深度687mから採取した海洋深層水の方が、より良好な増殖状態であり、培養系に有機化合物が効率よく増加することが示された。
【0025】
従って、海洋深層水を、培地調整や特定の条件を特に必要とせずに、採取されたままの状態で光照射処理を行うことによって、簡便に効率よく天然微生物群集、特に植物プランクトンを増殖させることができる。また、処理後の培養液を回収し、所定の精製手段を利用することによって、増殖した植物プランクトンにより生成された生理活性物質を回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例にかかる粒子状有機炭素(POC)濃度の変化を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例にかかる粒子状有機窒素(PON)濃度の変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取された海洋深層水に光を照射しながら、該海洋深層水中の微生物群集により有用物質を生成する生成工程と、生成工程後の海洋深層水から有用物質を回収する回収工程とを含む有用物質の製造方法。
【請求項2】
前記海洋深層水を回流させることを含む請求項1記載の有用物質の製造方法。
【請求項3】
前記微生物群集が、スケルトネマ・コスタツムを含む請求項1又は請求項2記載の有用物質の製造方法。
【請求項4】
前記海洋深層水が駿河湾深層水である請求項1〜3のいずれか1項記載の有用物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−193981(P2008−193981A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−34141(P2007−34141)
【出願日】平成19年2月14日(2007.2.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年8月15日、https://exponet.nikkeibp.co.jp/ij2006/matching/appoint/search.cgi?class=Appoint::Msg::Master&mode=add&c_id=364&action=newを通じて発表
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【出願人】(590002389)静岡県 (173)
【Fターム(参考)】