説明

木質材用フナクイムシ防除剤及び木質材のフナクイムシ防除方法

【課題】 フナクイムシの防除効果が高く、また木材への固着性と海中での安定性が高いことにより環境汚染の危険性が少なく、さらに毒性が低いことにより環境生物への安全性が高い木質材用フナクイムシ防除剤を提供する。
【解決手段】 キトサンの銅金属錯塩と、この錯塩をアルカリで処理して得られる弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の、少なくとも一方を主体とする。キトサンの銅金属錯塩はフナクイムシの成長を抑制し、あるいはフナクイムシを死滅させる作用を有する。またキトサンの銅金属錯塩は強いカチオン性を有しており、強いアニオン性を有する木質材料の木質繊維と電気的に強固に固着し、しかもキトサンの銅金属錯塩は水不溶性であって海中での安定性が高い。さらにキトサンの銅金属錯塩は毒性が低い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海中に設置された木質材料に対するフナクイムシの食害被害を防ぐことができる木質材用フナクイムシ防除剤及び、木質材のフナクイムシ防除方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在漁業では、近海における漁獲高の著しい減少を受けて、人口的漁礁を用いて魚類を定住化させる試みが各地で精力的に行われている。これは、比較的浅い海底あるいは海中に構築物を設置することで、これら魚類に対して隠れ家、繁殖場所あるいは採餌場所を提供し、結果として比較的操業が容易な近海に魚類の大捕獲場所を作るものであり、一般に栽培漁業と呼ばれている。この漁礁にはいろいろな材料が用いられている。その中でもっとも多いのがコンクリート製であるが、耐用年数あるいは使用期間を過ぎた後に廃棄する場合、容易に廃棄することができず、産業廃棄物として埋め立てなどで処理するしかない。また廃船などを沈めて漁礁にするようなことも一時行われていたが、結果としてはゴミを海に投棄することにつながり、問題が多いことから最近はほとんど行われていない。
【0003】
そこで最近では、木材を漁礁に使用するという動きがある。木材は再生可能材料であり、使用期限を過ぎたものは焼却あるいは生分解などにより容易に処分ができるものであり、しかも木材の漁礁への利用により、木材の供給元としての林業の活性化にもつながるなどの利点を有している。
【0004】
また、上記のような漁礁に限らず、港護岸、ヨットハーバー、桟橋などは、横付けする船の接触時における衝撃緩衝の目的から、木材を使用して構築することが望ましい。すなわち、木材は弾性を持ち、また船舶などに比べ柔らかい素材であり、横付けによる衝撃を吸収することができるうえ、船舶の損傷を最低限に食い止めることができるものである。また、使用時に破損したとしても木材は取替えが容易であり、メンテナンスをスムーズに行なうことができる材料でもある。
【0005】
しかし木材は、軟体動物で二枚貝の仲間であるフナクイムシによる食害が無視できない。フナクイムシは海中に浸漬された木材を食害することから、一般に穿孔海虫類と呼ばれている。穿孔内径は5〜10mm程度であるが、穿孔長さが200〜500mm、時には1mを越えることもあり、外観以上に内部で相当大きな被害を及ぼしていることがしばしばある。
【0006】
そしてフナクイムシに食害された木製漁礁は、海中で崩壊して海面に浮き上がってくるおそれがあり、これが行きかう船舶の本体やスクリューにぶつかって損傷を与える危険がある。また、潮流に流された食害木材が海岸に打ち上げられ、周辺の美観を損ねることも予想される。さらに港護岸、ヨットハーバー、桟橋などを木材で構築する場合、フナクイムシに食害された木材は強度が著しく低下し、船舶の横付けによる衝撃を吸収できなくなるばかりか、ヨットハーバーや桟橋などそのものが崩壊する危険性から利用ができなくなるおそれがある。
【0007】
そこで、漁礁に用いられる木材や、港護岸、ヨットハーバー、桟橋などに用いられる木材など、海面下や海面付近など海水に浸漬した状態で使用される木材を薬剤にて予め処理しておくことが行なわれている(例えば、特許文献1等参照)。
【特許文献1】特開2004−216843号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
フナクイムシ防除用に使用される薬剤は、有機合成系と無機系とに大別することができる。有機合成系薬剤は安価で、しかも処理が容易であるという利点を有している。しかし有機合成系薬剤は木材への固着性が弱く、海中に浸漬されている間に徐々に海水に溶出されてしまうおそれがあり、これは効力持続期間の短縮だけでなく、溶出した薬剤による海洋汚染にもつながりかねない。また、海中ではこれら有機合成系薬剤が容易に加水分解を受け、効果が消失するおそれがあることも無視できない。
【0009】
一方、無機系薬剤については加水分解のおそれは少ないものの、木材への固着性が殆どないか著しく弱いという欠点がある。そこで、樹脂などを用いて無機系薬剤を木材に固着させるなどの策がとられているが、木材が水分を吸収して膨潤すると、木材の表面に対する樹脂の接着性が低下して剥離することがしばしばある。また過去においてはCCAと呼ばれるクロム、銅およびヒ素化合物の混合からなる薬剤(JISK1570)がこれに使用されていたが、CCAは木材への固着性に富んだ薬剤ではあるものの、クロムやヒ素の溶出が無視できず、しかも使用期限を過ぎた木材を廃棄処分する際にはクロムやヒ素が環境中に放出される問題があるので、この薬剤の使用は現在自主規制の対象となっている。
【0010】
本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、フナクイムシの防除効果が高く、また木材への固着性と海中での安定性が高いことにより環境汚染の危険性が少なく、さらに毒性が低いことにより環境生物への安全性が高い木質材用フナクイムシ防除剤及び木質材のフナクイムシ防除方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の請求項1に係る木質材用フナクイムシ防除剤は、キトサンの銅金属錯塩と、この錯塩をアルカリで処理して得られる弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の、少なくとも一方を主体とするものである。
【0012】
キトサンの銅金属錯塩はフナクイムシの成長を抑制し、あるいはフナクイムシを死滅させる作用を有するものであり、海中に浸漬して使用される木質材をフナクイムシの被害から守ることができるものである。またキトサンの銅金属錯塩は強いカチオン性を有しており、強いアニオン性を有する木質材の木質繊維と電気的に強固に固着し、しかもキトサンの銅金属錯塩は水不溶性であって海中での安定性が高いと共に、キトサンの銅金属錯塩は毒性が低いものである。
【0013】
また本発明の請求項2に係る木質材のフナクイムシ防除方法は、請求項1に記載のフナクイムシ防除剤を弱酸の存在下で水溶性に調製し、木質材をこの水溶液で処理することを特徴とするものである。
【0014】
キトサンの銅金属錯塩からなるフナクイムシ防除剤を水溶性に調製することによって、水溶液の状態で木質材に塗布や含浸させるなどして、木資材をフナクイムシ防除剤で均一に処理することが容易になり、フナクイムシの防除効果を高く得ることができるものである。
【0015】
さらに請求項3に係る木質材のフナクイムシ防除方法は、請求項1に記載のフナクイムシ防除剤をコーティング剤に混合し、木質材の表面にこのコーティング剤を塗布することを特徴とするものである。
【0016】
フナクイムシ防除剤をコーティング剤に混合して、木質材の表面にコーティングすることによって、木質材の表面をフナクイムシから有効に保護することができるものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、キトサンの銅金属錯塩によってフナクイムシの防除効果を高く得ることができるものであり、またキトサンの銅金属錯塩は木材への固着性や海中での安定性が高く、環境汚染の危険性が少ないと共に、さらにキトサンの銅金属錯塩は毒性が低く、環境生物への安全性が高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための最良の形態を説明する。
【0019】
本発明に使用されるキトサンの銅金属錯塩の主原料の一つとなるキトサンは、カニ、エビ等の甲殻類や、昆虫などの節足動物あるいは微生物による発酵等、自然界に豊富に存在する天然多糖類のキチンを脱アセチル化することによって得られるものである。本発明においてキトサンは、脱アセチル化度70〜90、分子量2000以上のものであれば特に制限することなく使用することができるが、脱アセチル化度75〜87、分子量20000〜100000のものが好ましく、特に分子量については30000〜50000のものが好ましい。
【0020】
またキトサンの銅金属錯塩の主原料の他の成分となる、キトサンと錯塩を形成する銅金属塩には、水溶性の銅金属塩が使用される。銅金属は、フナクイムシ防除に最も効果があり、また実績が多くしかも人畜への悪影響が少ないと考えられているものである。キトサンと銅との金属錯塩は、キトサンに水溶性の銅金属塩を反応させることによって得ることができるものであり、水溶性の銅金属塩としては通常、塩化物、硫酸塩を使用することができる。
【0021】
キトサンの銅金属錯塩を調製するにあたっては、例えば銅金属塩を塩濃度として5〜15質量%になるよう水に溶解させ、次にこれとほぼ同量のキトサンを添加して、45〜60℃に水温を保ちながら攪拌を続けて反応させることによって行なうことができる。この反応に要する時間は2〜4時間であるが、より望ましくは3〜4時間である。このようにして得られたキトサンの銅金属錯塩の金属濃度は5〜25質量%で、同時に5〜10質量%の塩素イオン、硫酸イオンあるいは硝酸イオンなどの酸性イオンを含有している。
【0022】
通常の木質材においてはこの状態のキトサンの銅金属錯塩で使用が可能である。しかし、低密度な木材、軟質な一部の木材、あるいは特殊な一部の木質材を処理する場合、水中に浸漬することでキトサンの銅金属錯塩内に含まれる非揮発性の強酸性イオンが遊離し、この強酸性イオンにより木質材の表面の木繊維が切断され、強度を低下させることになる。そこでこれらの木質材に対しては、上記のようにして得られたキトサンの銅金属錯塩をアルカリにより処理し、キトサンの銅金属錯塩内に存在する酸性イオンを中和除去させた後に使用する必要がある。
【0023】
このようにキトサンの銅金属錯塩内の酸性イオンを中和除去するためには、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどに代表される強アルカリを用いて行なうことができる。すなわち、上記のようにキトサンと金属塩を反応させた終了時点で、この強アルカリを反応水溶液のpHが7.0〜8.0になるように、より好ましくはpHが7.0〜7.2になるまで攪拌を続けながら添加し、さらに1時間程度の攪拌を続けた後、十分に水洗することによって、酸性イオンが中和除去され、pHがこの範囲の弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩が生成されるものである。
【0024】
上記のようにして得られたキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩は、有機酸あるいは無機酸を用いて容易に水溶液にすることができる。従って、有機酸あるいは無機酸の存在下で、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を水に溶解した水溶液の状態で、木質材のフナクムシ防除剤として使用することができる。但し、このように水溶性化のために使用できる酸は、前述のように木繊維は酸性イオンで切断されるので、使用に耐え得る強度を保ち得ない低密度な木材、軟質な木材あるいは特殊な一部の木質材に配慮して、酢酸等に代表される揮発性の弱酸に限られる。揮発性でも塩酸または硝酸のような無機強酸を使用すると、酸性イオンが再び金属イオンと結合して、弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩が通常のキトサンの銅金属錯塩に戻り、木繊維を切断するおそれがある。また、リン酸、シュウ酸、クエン酸などの非揮発性の有機酸を使用すると、水中に浸漬した場合にこれらの酸が水に溶解し、キトサンの銅金属錯塩を水に再溶解させることで木質材の内部あるいは表面から溶出させるおそれがある。酢酸等の揮発性を有する弱酸を使用する場合でも、当初は木質材中で酸性を呈するが、速やかに揮散するため、木繊維を切断することがないものである。また、海中に浸漬使用する以前に、十分揮散させることで、キトサンの銅金属錯塩を木質材中で強固に固着させることができるため、水中に浸漬使用しても再溶出する心配がないものである。酢酸等の揮発性酸は、通常1.0〜5.0質量%濃度の水溶液、より好ましくは1.0〜3.0質量%濃度の水溶液として用いられるものであり、この酢酸等の弱酸水溶液にキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩を混合することによって、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩の水溶液を得ることができるものであり、このキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩の水溶液の濃度は1.0〜6.0質量%の範囲に設定するのが望ましい。
【0025】
上記のようにして得られたキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を、微細な粉に粉砕した状態で、あるいは上記のように水溶性に調製した状態で、木材や木質加工材などの木質材を対象とするフナクイムシ防除剤として用いることができるものである。例えば、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の微細な粉や、水溶液を、木材チップなどの木質原材料に混合し、これを成形して木質材に加工することによって、フナクイムシ防除の処理をした木質材を得ることができるものである。キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を呈するキトサンの銅金属錯塩の粉砕には、乾式あるいは湿式ボールミル、ロッドミルあるいはハンマーミルを用いた粉砕や、凍結粉砕等がある。このように粉砕した後の粒径は、50μm以下、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは3μm以下が望ましい。
【0026】
また、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を上記のように水溶性にして、フナクイムシ防除剤を水溶液に調製した場合には、木質材にこの水溶液を塗布したり、含浸させたりして、木資材をフナクイムシ防除剤で均一に処理することができるものである。木質材にフナクイムシ防除剤の水溶液を含浸させる場合、含浸の方法は加圧注入処理方法が望ましいが、塗布、吹き付け、あるいは浸漬などの簡易的な処理でも可能である。
【0027】
ここにいう加圧注入処理方法とは、例えば次のような処理方法である。まず処理しようとする木質材を耐圧性のシリンダーに入れて密閉する。次に−50〜−95kPaの減圧度で30〜180分間減圧し、木質材中の空気を抜き取った後、シリンダー内に空気を入れることなくフナクイムシ防除剤の水溶液を投入し、シリンダー内がフナクイムシ防除剤水溶液で充満されるのを待って、直ちにシリンダー内の圧力が常に0.8〜1.5MPaになるように、さらにフナクイムシ防除剤水溶液をシリンダー内に送り込むことで、木質材料中にフナクイムシ防除剤を圧入する。この操作は通常60〜300分程度行われる。最後に−50〜−95kPaの減圧度で30〜180分間減圧し、余分なフナクイムシ防除剤水溶液を木質材中から搾り出すことによって処理が完了する。この加圧注入処理で木質材中にはフナクイムシ防除剤水溶液が少なくとも表面から10mm以上浸透するものである。木質材の樹種によってフナクイムシ防除剤水溶液が浸透しにくい場合は、木質材にインサイジング加工を行なうのがよい。ここにいうインサイジング加工とは、木質材表面に鋭利な刃物を用いて、一定間隔で幅10mm、厚み1mm、深さ10mm程度の傷をつけることで、木質材中へのフナクイムシ防除剤水溶液の浸透を補助するために行うものである。インサイジング密度としては樹種により異なるが、概ね3500個〜7000個/mが一般的である。このようにしてフナクイムシ防除剤水溶液で処理された木質材は、内部にまでフナクイムシ防除剤水溶液が浸透しているので、長期間にわたってフナクイムシによる被害を阻止することができる。
【0028】
また塗布処理あるいは吹き付け処理とは、300ml/m程度を標準に、刷毛やスプレーなどによりフナクイムシ防除剤水溶液を木質材表面に付着させる方法であり、数回に分けて処理することが望ましい。このようにフナクイムシ防除剤水溶液を塗布あるいは吹き付け処理された木質材は短期間のフナクイムシ防除に効果がある。
【0029】
浸漬処理は、塗布処理あるいは吹き付け処理よりも長い期間、フナクイムシの被害から木質材を保護する場合に行われる処理方法であり、フナクイムシ防除剤水溶液を満たしたタンクあるいは水槽に木質材を一定時間浸漬することによって、フナクイムシ防除剤水溶液を木質材中に浸透させる方法である。浸漬時間には短時間、中時間あるいは長時間の3段階があるが、概ね1時間〜8時間である。このように処理した木質材は、塗布処理あるいは吹き付け処理の場合よりも長い期間フナクイムシによる被害を阻止できるが、加圧注入処理方法には及ばない。
【0030】
また、上記のようにして得られたキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を微細な粉に粉砕した状態で、あるいは水溶性に調製した状態で、合成あるいは天然樹脂の油性あるいは水性塗料など、各種のコーティング材に混合することによって、フナクイムシ防除性能を有するコーティング材を得ることができる。そしてこのコーティング材を木質材の表面に塗布することによって、木質材の表面にフナクイムシ防除剤をコーティング材で固着させることができ、木質材をフナクイムシの被害から保護することができるものである。

フナクイムシは住処の確保の為と同時に成長のための食料とするため、海水に浸漬されたの木質材に穿孔し、木質繊維を体内に取り込んで消化吸収する。その成長速度は大きく、しかも一箇所に大量の数が生息するため、食害の被害にあった木質材は短期間に蜂の巣状に侵食され、使用に耐えることができなくなる。しかし上記のように、木質材をキトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩からなるフナクイムシ防除剤で処理することによって、キトサンの銅金属錯塩の作用で、フナクイムシの成長を抑制あるいは死滅させることができるものであり、海中に浸漬して使用する例えば漁礁、港護岸、ヨットハーバーあるいは桟橋などの木質材を、フナクイムシの被害から守り、長い期間の使用を可能にすることができるものである。
【0031】
ここで、もともと銅金属はフナクイムシの成長阻害に有効とされてきたが、銅金属を恒久的に木材に強固に固着させることが困難であった。すなわち、銅金属は通常、水溶性の塩であることが多く、この水溶液を化学的あるいは物理的に木質材に固着させるようにしているが、予め乾燥した木質材に銅金属をこのように固着する処理をしても、この処理をした木質材を海中に浸漬して使用すると、木質材が吸水あるいは膨潤することによって内部の銅金属成分が溶出し、また木質材の吸水膨潤に耐えることができず、銅金属成分が木質材の表面から剥離離脱し、フナクイムシを防除する効果を継続させることができないものであった。
【0032】
これに対して、本発明で用いるキトサンの銅金属錯塩は強いカチオン性を有するものであり、強いアニオン性を有する木質材の木質繊維と電気的に強固に固着し、この固着能力は海中においても低下することがなく、しかも木質材が吸水したとしても溶脱したり、木質材の膨潤によって離脱するおそれも全くない。またキトサンの銅金属錯塩は水不溶性であることから、海中でも高い安定性を有している。従って、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩からなる本発明に係るフナクイムシ防除剤で木質材を処理することによって、長期に亘って木質材をフナクイムシの食害から保護し、長期に亘って使用可能にすることができるものである。しかも、キトサンの銅金属錯塩は人畜への毒性が少なく、環境生物への安全性が高いものである。
【実施例】
【0033】
次に、本発明を実施例によって具体的に説明する。
【0034】
(実施例1)
精製水1000gに塩化第二銅(キシダ化学(株)製、純度95.5質量%)を25g投入し、攪拌しながら常温で完全に溶解した。これを40〜45℃に加熱しながらキトサン(甲陽ケミカル(株)製「キトサンSK−10」、脱アセチル化度86.9、平均分子量50000、灰分0.27質量%)を25g投入して、4時間反応させた。次に日本薬局方ガーゼ(白十字(株)製、「タイプ1」)を2枚重ねにしたものを用いてろ別し、精製水で十分に洗浄することで、未反応の塩化第二銅を除去し、キトサンの銅金属錯塩を得た。
【0035】
(実施例2)
実施例1と同様にして塩化第二銅とキトサンを4時間反応させた後、0.1N(0.1モル/L)に調製した水酸化ナトリウム水溶液を、反応溶液のpHが7.1になるまで攪拌しながら少しずつ滴下した。その後、日本薬局方ガーゼ(白十字(株)製、「タイプ1」)を2枚重ねにしたものを用いてろ別し、精製水で十分に洗浄することで、キトサンの銅金属錯塩内に含有する塩素イオンならびに未反応の塩化第二銅を中和除去し、弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を得た。
【0036】
上記のようにして実施例1で得られたキトサンの銅金属錯塩、ならびに実施例2で得られた弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を55±5℃に調整された循環式乾燥機によって約48時間乾燥させた。この操作を繰り返し、適当量のキトサンの銅金属錯塩、ならびに弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を相当量準備した。
【0037】
そしてこれらをそれぞれ1.5kg取り、精製水47kgに氷酢酸1.5kgを溶解させたものに投入し、攪拌溶解することによって、フナクイムシ防除剤50kgを得た。
【0038】
次に、木口形状が3cm×3cm、長さが30cmに調製されたスギおよびアカマツの二方柾辺材を準備し、これを直径20cm、長さ50cmの耐圧式シリンダーに入れ、密閉した状況で真空ポンプにより−93kPaの減圧度で60分間減圧し、次に真空ポンプの運転を停止し、外気を流入させることなく、薬液注入バルブを開放して実施例1あるいは実施例2で得たフナクイムシ防除剤をシリンダー内の陰圧により注入した。シリンダー内がフナクイムシ防除剤で充満された後、5分程度放置し、プランジャーポンプを用いて180分間、シリンダー内圧力が常に1.0MPaになるようフナクイムシ防除剤の注入時間圧入した。圧入終了後、フナクイムシ防除剤を薬液タンクに回収し、最後に真空ポンプにより−93kPaの減圧度で30分間減圧することで処理木材中の余分なフナクイムシ防除剤を搾り出した。
【0039】
このように加圧注入処理して得られた、実施例1および実施例2のフナクイムシ防除材で処理されたスギおよびアカマツの二方柾辺材を、風通しの良い日陰で3週間風乾した。そしてそれぞれ5本を一組として、鹿児島県日置郡吹上町、鳥取県東伯郡泊村、和歌山県日高郡日高町の海岸付近より得られた海水5リットルの入ったプラスティック製容器に完全に沈めたまま、60日間、25℃の室内に放置した。このように放置した後、そこから一定量の海水を取り出し、ICP(島津製作所、「ICPS−1000W」)により、海水中に溶出した銅量を測定し、銅成分の溶脱率を求めた。結果を表1に示す。
【0040】
(比較例1)
実施例1や実施例2のようなフナクムシ防除剤ではなく、キトサンの銅金属錯塩あるいは弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の生成に用いた塩化第二銅を使用し、この塩化第二銅をスギおよびアカマツの辺材二方柾辺材に上記と同様に加圧注入処理した。そしてこのように加圧注入処理したスギおよびアカマツの辺材二方柾辺材について、上記と同様に試験を行ない、銅成分の溶脱率を求めた。結果を表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1にみられるように、塩化第二銅で処理した比較例1では、海水浸漬60日間で25%以上の溶脱が見られた。一方、キトサンの銅金属錯塩で処理した実施例1や弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩で処理した実施例2ではほとんど溶脱が見られず、これらが木材に強固に固着し、海水に溶脱することなく残存することが判明した。このことから、キトサンの銅金属錯塩や弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩で処理することによって、長期間の実用に耐え得ることが分かった。
【0043】
(実施例3)
実施例1と同様にしてキトサンの銅金属錯塩を調製し、さらに同様に乾燥した。このキトサンの銅金属錯塩を0.3kg取り、精製水9.5kgに氷酢酸0.2kgを溶解させたものに投入し、攪拌溶解させることによって、フナクイムシ防除剤10kgを得た。
【0044】
(実施例4)
実施例2と同様にして弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を調製し、さらに同様に乾燥した。この弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩を0.3kg取り、精製水9.5kgに氷酢酸0.2kgを溶解させたものに投入し、攪拌溶解させることによって、フナクイムシ防除剤10kgを得た。
【0045】
次に、木口形状が3cm×3cm、長さが100cmに調製されたスギおよびアカマツの二方柾辺材を準備し、これを縦10cm、横1100cm、高さ10cmのステンレス製容器に並べ、重しを置いたのち、実施例3あるいは実施例4で得られたフナクイムシ防除剤を注入した。これを直径50cm、長さ120cmの耐圧式シリンダーに入れ、密閉した状況で真空ポンプにより−80kPaの減圧度で60分間減圧し、次に真空ポンプの運転を停止し、外気を流入させ30分間常圧で放置した。さらに、エアコンプレッサーを用いて180分間、シリンダー内が常に1.0MPaの圧力になるように空気をシリンダー内に導入し、フナクイムシ防除剤をスギおよびアカマツの二方柾辺材中に圧入した。
【0046】
このようにフナクイムシ防除剤を加圧注入処理したスギおよびアカマツの二方柾辺材を、風通しの良い日陰で3週間風乾した、次に60℃に調整された循環式オーブンで5日間乾燥し、重量を測定した。この後、このスギおよびアカマツの二方柾辺材を鳥取県東伯郡泊村の海中に60日間、完全に海中に沈めたままで放置した。試験終了後、スギおよびアカマツの二方柾辺材を海中より引き上げ、表面の状況を観察し、表面の付着物を除去したものを、5日間風通しの良い日陰で風乾、次に60℃に調整された循環式オーブンで5日間乾燥し、重量を測定した。また、このスギおよびアカマツの二方柾辺材の両木口部分におけるフナクイムシの侵入個数を測定し、また中央部を切断して中央部におけるフナクイムシの侵入個数を測定した。結果を表2に示す。
【0047】
(比較例2)
比較例2として、フナクイムシ防除剤で処理しないスギおよびアカマツ二方柾辺材をそのまま用い、上記と同様に海中に沈める試験を行なった。結果を表2に示す。
【0048】
【表2】

【0049】
表2にみられるように、フナクイムシ防除剤で処理をしていない比較例2では、フナクイムシによる被害が甚大であり、特にアカマツではほとんど木材が残存していない状況であった。一方、キトサンの銅金属錯塩の水溶液からなるフナクイムシ防除剤で処理した実施例3や、弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の水溶液からなるフナクイムシ防除剤で処理した実施例4では、被害は殆どみられず、優れたフナクイムシ防除効果が確認できた。
【0050】
(実施例5)
実施例1と同様にしてキトサンの銅金属錯塩を調製し、さらに同様に乾燥した。このキトサンの銅金属錯塩を10.8kg取り、水道水348.4kgに氷酢酸10.8kgを溶解させたものに投入し、攪拌溶解させることによって、フナクイムシ防除剤370kgを得た。
【0051】
次に、木口直径が約8cm、長さが100cmに調製されたスギ間伐材を準備し、このスギ間伐材を直径50cm、長さ120cmの耐圧式シリンダーに入れ、密閉した状況で真空ポンプにより−80kPaの減圧度で60分間減圧し、次に真空ポンプの運転を停止し、空気を流入させることなく、薬液注入バルブを開放して実施例5で得たフナクイムシ防除剤をシリンダー内の陰圧により注入した。シリンダー内がフナクイムジ防除剤で充満された後、5分程度放置し、プランジャーポンプを用いて180分間、シリンダー内の圧力が常に1.0MPaになるようフナクイムシ防除剤をシリンダー内に圧入した。圧入終了後、フナクイムシ防除剤を薬液タンクに回収し、最後に真空ポンプにより−80kPaの減圧度で30分間減圧することで処理木材中の余分なフナクイムシ防除剤を搾り出した。
【0052】
このようにフナクイムシ防除剤を加圧注入処理したスギ間伐材を、風通しの良い日陰で3週間風乾した。この後、このスギ間伐材を鳥取県東伯郡泊村海岸付近において、干潮時上部の10cmが海面に出るように沈めた。そして6ケ月間放置後、スギ間伐材を海中より引き上げ、フナクイムシによって空けられた穴の個数を表面の被害数として測定し、さらに外観から被害状況を観察した。結果を表3に示す。尚、フナクイムシ防除剤で処理したスギ間伐材として試験材番号を付した5本を用い、各試験材番号のスギ間伐材ごとに穴の個数を測定した。
【0053】
(比較例3)
比較例3として、フナクイムシ防除剤で処理しないスギ間伐材をそのまま用い、上記と同様に試験を行なった。結果を表3に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
表3にみられるように、フナクイムシ防除剤で処理をしていない比較例3では、フナクイムシによる被害が甚大であり、使用に耐えない状況にあった。一方、キトサンの銅金属錯塩からなるフナクイムシ防除剤で処理した実施例5では、被害は殆どみられず、優れたフナクイムシ防除効果が確認できた。
【0056】
(実施例6)
実施例1と同様にしてキトサンの銅金属錯塩を調製し、さらに同様に乾燥した。このキトサンの銅金属錯塩をボールミルにて3μm以下の粒径にすり潰した。これを50g取り、木材用水性アクリル系樹脂塗料950gに混合し、十分攪拌分散させてフナクイムシ防除剤入りのコーティング材1000gを得た。
【0057】
次に、木口形状が3cm×3cm、長さが30cmに調製されたアカマツの二方柾辺材に数回に分けて、1m当りの塗布量が300gとなるようにこのコーティング材を塗布し、風通しの良い日陰にて3週間風乾した。このように実施例6のコーティング材で処理したアカマツ二方柾辺材を、鳥取県東伯郡泊村海岸付近の海中に60日間沈めた。そしてその後にアカマツの二方柾辺材を引き上げ、フナクイムシによって空けられた穴の個数を表面の被害数として測定し、さらに外観から被害状況を観察した。結果を表4に示す。尚、フナクイムシ防除剤で処理したアカマツの二方柾辺材として試験材番号を付した5本を用い、各試験材番号のアカマツの二方柾辺材ごとに穴の個数を測定した。
【0058】
(比較例4)
比較例4として、キトサンの銅金属錯塩微粉末を混合していない木材用水性アクリル系樹脂塗料で塗装したアカマツ二方柾辺材を用い、上記と同様に試験を行なった。結果を表4に示す。
【0059】
【表4】

【0060】
フナクイムシ防除剤を含有しないコーティング材を塗布した比較例4では、フナクイムシによる被害が甚大であり、使用に耐えない状況であった。一方、キトサンの銅金属錯塩の微粉末からなるフナクイムシ防除剤を混合分散させたコーティング材を塗布した実施例6では、被害は殆ど見られず、優れたフナクイムシ防除効果が確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンの銅金属錯塩と、この錯塩をアルカリで処理して得られる弱アルカリ性を有するキトサンの銅金属錯塩の、少なくとも一方を主体とする、木質材用フナクイムシ防除剤。
【請求項2】
請求項1に記載のフナクイムシ防除剤を弱酸の存在下で水溶性に調製し、木質材をこの水溶液で処理することを特徴とする木資材のフナクイムシ防除方法。
【請求項3】
請求項1に記載のフナクイムシ防除剤をコーティング剤に混合し、木質材の表面にこのコーティング剤を塗布することを特徴とする木質材のフナクイムシ防除方法。

【公開番号】特開2006−168060(P2006−168060A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−361579(P2004−361579)
【出願日】平成16年12月14日(2004.12.14)
【出願人】(394013644)ケミプロ化成株式会社 (63)
【Fターム(参考)】