説明

未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法

【課題】木材チップ及びその他繊維原料を水酸化ナトリウムを主成分とする蒸解薬液によって高温で蒸解するクラフト蒸解によって得られたクラフトパルプの廃液を洗い落とす未晒洗浄ろ液の発泡を抑制する方法を提供する。
【解決手段】クラフトパルプ未晒洗浄工程において多価金属塩を添加することにより脂肪族石鹸や樹脂酸石鹸と相互作用し未晒洗浄ろ液に不溶な塩を形成して発泡を抑制することができる。多価金属塩は水溶性で、少なくとも未晒洗浄ろ液に溶解する組み合わせの塩が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未晒洗浄ろ液の発泡を抑制する方法に関するものであり、詳しくは、クラフトパルプ未晒洗浄工程において、多価金属塩を添加することを特徴とする未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
木材チップ及びその他繊維原料を水酸化ナトリウム及び硫化ナトリウムを主成分とする蒸解薬液によって高温で蒸解することをクラフト蒸解と言い、クラフト蒸解によって得られたパルプをクラフトパルプと言う。
【0003】
クラフト蒸解薬液の廃液を黒液と言い、蒸解後のパルプから黒液を洗い落とす工程を未晒洗浄工程と言う。
【0004】
未晒洗浄工程では、真空式フィルタ洗浄機、加圧式フィルタ洗浄機、プレス洗浄機及びディフューザー洗浄機等の各種洗浄装置を用いた向流多段洗浄によって洗浄が行われる。このようにしてパルプから洗い落とした黒液は未晒洗浄ろ液として系内を循環し、最終的には回収ボイラーへと送られる。
【0005】
未晒洗浄ろ液中には蒸解薬液のアルカリ分、蒸解によってパルプ原料から流出した有機分が含まれる。有機分としては脂肪酸石鹸、樹脂酸石鹸、クラフトリグニン及び低分子化した炭水化物等が挙げられる。
【0006】
このうち脂肪酸石鹸や樹脂酸石鹸は高い界面活性能を有するため、未晒洗浄ろ液を発泡させ未晒洗浄工程の操業に悪影響を及ぼす。
【0007】
未晒洗浄工程において現在主流となっている発泡対策は消泡剤の添加である(例えば、特許文献1〜2参照)。量の多少に関わらず、未晒洗浄工程においてはほとんどの場合消泡剤が添加されている。
【0008】
未晒洗浄工程において用いられる消泡剤には大きく分けて二つの種類がある。ひとつは鉱物油系消泡剤で、これは脂肪酸アミドや疎水性シリカを活性分として鉱物油中に微細な状態に分散させたものである。パラフィン系もしくはナフテン系のオイルが鉱物油として一般に用いられている。もうひとつはシリコーン系消泡剤で、これはシリコーンオイルと疎水性シリカの複合物であり、一般に界面活性剤と水を加えて乳化したものが用いられる。
【0009】
消泡剤による効果には限界があり、ある添加量以上加えても効果が頭打ちとなる点が存在する。それでも発泡が収まらない場合は、未晒洗浄工程の処理量を下げる等の減産措置をとらざるを得ず、大きな損失が発生する。また、消泡剤の過剰添加がピッチトラブルを誘発することや、真空式フィルタ洗浄機の真空度を低下させ洗浄効率の低下を招くこともしばしば問題となる。
【0010】
消泡剤の作用機構には破泡、抑泡、脱泡の3種類がある。これらはいずれも界面活性物質ミセルによって形成される泡膜に対する作用である。このように消泡剤の添加はその作用機構から言って対症療法的な発泡対策であり、その効果には自ずと限界がある。
【0011】
未晒洗浄ろ液中に存在する脂肪酸石鹸や樹脂酸石鹸は、大部分がナトリウム石鹸の形で存在し、一部はカルシウム石鹸の形で存在する。ナトリウム石鹸はミセルを形成し、未晒洗浄ろ液中に溶解することによって未晒洗浄ろ液に発泡性を付与している。カルシウム石鹸は未晒洗浄ろ液に不溶であるため発泡の直接の原因とはならない。
【0012】
未晒洗浄系における樹脂酸と脂肪酸の挙動に着目したLindstroemらの研究(非特許文献1参照)によると、系内のナトリウム濃度が低くカルシウム濃度が高い場合は脂肪酸がカルシウム石鹸として沈殿する。しかしながら、カルシウム石鹸の形成と未晒洗浄ろ液の発泡性の関係に関しては、公知の文献における記載は見当たらない。
【0013】
特許文献3によるとクラフトパルプのアルカリ回収工程において水溶性カルシウム塩を添加しスケールを防止する方法が述べられているが、これはカルシウムイオンを生成する水溶性カルシウム塩の添加により炭酸カルシウムの結晶の核が生成し、その核が種晶となって溶液中のスケール成分が析出し、その結果溶存するスケール成分濃度が低下しスケールの付着を防止する機構を元にしている。従って、未晒洗浄系におけるカルシウム石鹸の形成及びカルシウム石鹸の形成による発泡の抑制を想定したものではない。
【特許文献1】特開平10−165711号公報
【特許文献2】特開平10−266084号公報
【非特許文献1】Nordic Pulp and Paper Research Journal、no.2/1988、p.100−106
【特許文献3】特開2001−81683号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、未晒洗浄ろ液の発泡を抑制する方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、未晒洗浄ろ液の発泡を抑制する方法について鋭意検討を重ねた結果、クラフトパルプ未晒洗浄工程において、多価金属塩を添加することによって、未晒洗浄ろ液の発泡を抑制できることを見出し、本発明に至った。
【0016】
本発明の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法において、多価金属塩が水溶性塩であることが好ましい。
【0017】
本発明の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法において、多価金属塩がカルシウム塩であることが好ましい。
【0018】
本発明の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法において、カルシウム塩が塩化カルシウムであることがより好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法によれば、クラフトパルプ未晒洗浄工程において、多価金属塩を添加することによって、発泡抑制効果を従来よりも高めることができる。特に、多価金属塩がカルシウム塩であれば、消泡効果も然ることながら、未晒洗浄液のろ別残渣を焼却処理した際に得られる酸化カルシウムを別工程で再利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に本発明の具体例を示すが、本発明は以下の具体例に限定されない。
【0021】
本発明は、クラフトパルプ未晒洗浄工程において、多価金属塩を添加することを特徴とする未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法である。
【0022】
クラフトパルプ未晒洗浄工程において、本発明に係る多価金属塩は、未晒洗浄ろ液中に存在する脂肪酸石鹸や樹脂酸石鹸の主成分であり、ミセルを形成して発泡の主原因となるナトリウム石鹸と相互作用し、未晒洗浄ろ液に不溶な塩を形成して発泡を抑制する。そこで、本発明に係る多価金属塩は、そのような脂肪酸石鹸や樹脂酸石鹸と相互作用するものであり、かつ多価金属塩は勿論相互作用後においても毒性や環境汚染性が低いものが望ましい。本発明に係る多価金属塩における金属源としては、マグネシウム、カルシウム、バリウム、亜鉛、鉄、ニッケル等が挙げられる。これら金属を含む多価金属塩におけるアニオン種としては、脂肪酸石鹸や樹脂酸石鹸との接触機会を増加させる観点から、塩として水溶性で、少なくとも未晒洗浄ろ液に溶解する組み合わせの塩が好ましい。未晒洗浄ろ液への添加は後述するようにごく少量で良いので、ここで言う水溶性塩とは未晒洗浄ろ液の温度及びpHにおける溶解度が0.5質量%以上であるものを言う。
【0023】
更に、本発明に係る多価金属塩がカルシウム塩、より好ましくは水溶性カルシウム塩であれば、消泡効果も然ることながら、クラフトパルプ回収系内における工程元素として利用可能なため好ましい。以上より、本発明に用いる水溶性カルシウム塩としては、塩化カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム、次亜塩素酸カルシウム、塩素酸カルシウム、過塩素酸カルシウム、ヨウ素酸カルシウム、チオ硫酸カルシウム、亜硝酸カルシウム、硝酸カルシウム、リン酸二水素カルシウム、アジ化カルシウム、ヘキサフルオロケイ酸カルシウム等の無機カルシウム塩、ギ酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウム、安息香酸カルシウム、乳酸カルシウム、グルコン酸カルシウム、グリセロリン酸カルシウムなどの有機カルシウム塩などを挙げることができる。これらの水溶性カルシウム塩は、1種を単独で用いることができ、あるいは、2種以上を組み合わせて用いることもできる。これらの中で、塩化カルシウムが特に好適に用いられる。
【0024】
本発明に用いられるクラフトパルプの未晒洗浄ろ液に特に制限はないが、針葉樹あるいは広葉樹をクラフト蒸解して得られた未晒洗浄ろ液が好ましい。
【0025】
本発明に用いられるクラフトパルプの未晒洗浄ろ液を得るために行われるクラフト蒸解の方法に特に制限はなく、クラフト蒸解後のパルプのカッパー価が針葉樹パルプの場合15〜35、広葉樹パルプの場合10〜25に収まるように蒸解温度、蒸解時間、液比、アルカリ添加率等の条件を適宜調整して構わない。蒸解装置についても特に制限はなく、連続式蒸解釜を用いても良いしバッチ式蒸解釜を用いても良い。蒸解薬液についても特に制限はなく、アントラキノン、水素化ホウ素ナトリウム等のパルプ収率向上剤を添加しても良いし、蒸解薬液中の硫化ナトリウムをポリサルファイドに酸化変換しても良い。
【0026】
本発明における未晒洗浄工程の洗浄装置とその段数に特に制限はないが、洗浄効率と回収ボイラーへの黒液送り濃度を適切な値に保つために、真空式フィルタ洗浄機、加圧式フィルタ洗浄機、プレス洗浄機及びディフューザー洗浄機を適宜組み合わせて3〜6段の向流多段洗浄を行うことが好ましい。
【0027】
本発明に係る多価金属塩の添加量は、発泡抑制能を見ながら適宜決定すれば良く、特に制限はないが、未晒洗浄ろ液質量に対して100〜10000ppm程度であり、1000〜5000ppm添加することが好ましい。
【0028】
本発明における未晒洗浄工程への消泡剤添加の有無に関して特に制限はないが、多価金属石鹸に変換しきれずに存在するナトリウム石鹸による発泡を抑制するために、シリコーン系消泡剤を未晒洗浄ろ液質量に対して10〜1000ppm程度添加することが好ましい。
【0029】
本発明に用いられる多価金属塩の添加方法に特に制限はないが、多価金属塩が未晒洗浄ろ液中に良好に分散するように、多価金属塩を水に溶解あるいは分散させ、濃度5〜50質量%の状態で添加することが好ましい。
【0030】
本発明に用いられる多価金属塩の添加場所に特に制限はないが、未晒洗浄ろ液中のナトリウム濃度が高いと多価金属石鹸の形成が阻害されるので、3段目以降の洗浄段のろ液に添加することが好ましい。また、洗浄ろ液のタンクから洗浄ろ液を送るポンプのサクションに添加することが更に好ましい。
【実施例】
【0031】
以下に実施例を挙げるが、本発明はこの実施例によりなんら限定されない。
【0032】
実施例1
アカマツ:スギ=7:3の混合チップをバッチ式蒸解釜を用いて、蒸解時間1時間35分、蒸解温度165℃、HF1200の条件でクラフト蒸解し、未晒洗浄工程へ投入した。未晒洗浄工程は6台の洗浄装置によって構成される向流多段洗浄である。前から5段目の洗浄装置が加圧式フィルタ洗浄機で、残りの5台は全て真空式フィルタ洗浄機である。前から4段目と5段目の間には酸素脱リグニン装置が設けられている。
洗浄1段目のパルプスラリー及び5段目の洗浄ろ液に洗浄ろ液質量に対して150ppmのシリコーン系消泡剤(サンノプコ社製、SN−551)を添加した。3段目の洗浄ろ液を1L採取し、洗浄ろ液質量に対して5000ppmの塩化カルシウムを添加した。流量5000mL/分の滝落とし式循環型発泡性測定装置を用いて、循環開始2分後の泡高さ増加分を測定し、未晒洗浄3段目における洗浄機の洗浄ろ液の発泡性を評価した。
【0033】
実施例2
塩化カルシウムを洗浄ろ液質量に対して1000ppm添加した他は実施例1と同様にして発泡性を評価した。
【0034】
比較例1
塩化カルシウムを添加しなかった他は実施例1と同様にして発泡性を評価した。
【0035】
比較例2
塩化カルシウムを添加せず、シリコーン系消泡剤を洗浄ろ液質量に対して300ppm添加した他は実施例1と同様にして発泡性を評価した。
【0036】
【表1】

【0037】
上記表1における実施例と比較例から明らかなように、多価金属塩であるカルシウム塩を添加した方が洗浄ろ液の発泡性は低い値を示した。
【0038】
カルシウム塩を添加することによって、未晒洗浄ろ液の発泡抑制効果を従来よりも高めることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラフトパルプ未晒洗浄工程において、多価金属塩を添加することを特徴とする未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法。
【請求項2】
上記多価金属塩が水溶性塩であることを特徴とする請求項1記載の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法。
【請求項3】
上記多価金属塩がカルシウム塩であることを特徴とする請求項1記載の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法。
【請求項4】
上記カルシウム塩が塩化カルシウムであることを特徴とする請求項3記載の未晒洗浄ろ液の発泡抑制方法。