説明

柔軟剤及び/又は保湿剤含有生体埋込用医療材料、該医療材料中の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を調整する方法及び、該生体内埋込用医療材料の製造方法

【課題】周囲に浸出液貯留を生じさせず、それでいて柔軟性のある柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッド型の生体内埋込用医療材料の製造方法を提供する。
【解決手段】柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッド型の生体埋込用医療材料において、該柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満である事を特徴とする生体埋込用医療材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管、気管、血管壁、心臓壁、心膜、胸壁、腹壁などの外科手術の際に使用される生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッド型の生体埋込用医療材料に関し、特にこれら生体埋込用医療材料に柔軟剤及び/又は保湿剤(単に柔軟剤という場合がある)が多量に含まれている場合、医療材料周囲への浸出液貯留という現象が生じていることから、その原因が柔軟剤及び/又は保湿剤の副作用であることを示し、その副作用を抑えるため、その含有量を可能な限り少なくした生体埋込用医療材料、該生体埋込用医療材料の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を調整する方法、及び該生体内埋込用医療材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血管、気管、血管壁、心臓壁、心膜、胸壁、腹壁などの外科手術の際に使用される医療材料には、布や管等の生体内非吸収性多孔質物質製の基材と生体内吸収性物質との組み合わせからなるハイブリッド型の生体内埋め込み用医療材料がある。例えば人工血管や心臓壁パッチ材料等を例に取ると、生体内非吸収性物質であるポリエステル繊維製の多孔質構造基材に繊維間隙からの血液や体液などの漏れを防止する目的で生体内吸収性物質が被覆された所謂被覆人工血管や被覆パッチ等があり、生体内吸収性物質が被覆材として使用されたハイブリッド型の生体埋込用医療材料となっている。先行技術ではコラーゲンやゼラチンが生体由来物質で細胞に良好な足場を提供し、細胞親和性が高いことから生体内吸収性物質として採用されている。
【0003】
コラーゲンやゼラチンを生体内吸収性物質の被覆材として用いた人工血管に関する先行技術としては特許文献1〜9などが紹介されている。
牛由来のコラーゲンではBSEいわゆる狂牛病のおそれがあるため、被覆物質としてコラーゲンやゼラチンに代えて特許文献10〜19に示されているように、ポリL-乳酸、ポリD,L-乳酸、 ポリε-カプロラクトン、ポリグリコール酸、それらの重合体、混合物等の疎水性の合成高分子材料が注目されている。以下の文献(特許文献10〜19)では、被覆物質材料として疎水性の合成高分子材料が採用されている。
【0004】
これらの疎水性材料においては乾燥状態のことを配慮しなくても良いが、コラーゲンなどの親水性材料が被覆された多孔質生体埋込用医療材料では乾燥状態になれば親水性材料が硬化し取り扱い性が悪くなり割れやすくなることから、柔軟剤や保湿剤を含有させることによって柔軟性が賦与されている。上記特許文献1〜7にはグリセリン、ソルビトール、マンニトールなどが柔軟剤でもあり保湿剤としても作用し、それらの使用に関して記載がある。これらの柔軟剤や保湿剤は生体にとって無毒であることから長年に亘って問題視されることなく日常的に使用されてきた。今日臨床で使用されるほとんど全ての製品では、柔軟剤と保湿剤との両方の性質を持つグリセリンが含有されている。
【0005】
まず、柔軟剤及び/又は保湿剤の代表であるグリセリンを含有する生体埋込用医療材料に関して現状を説明する。
グリセリンは液状であるが自然蒸発しないことから、保存中に乾燥環境下におかれてもグリセリンが含有されていると柔軟性を維持することが可能であること、グリセリンには細胞毒性がないこと、等から、生体内吸収性物質を生体内非吸収性基材に絡ませた市販の全ての埋込用医療材料にはグリセリンが含有されており、そのまま臨床使用可能な状態でパックに包装され滅菌されている。この状況を考えると、従来技術ではグリセリン含有量に関しての問題提起がなされていなかったと推測される。なぜならば、もしも含有量を減らすために洗浄が必須であれば、臨床使用前に洗浄するように取扱説明書もしくはカタログに記載しているはずである。あるいは臨床医の手を煩わせないよう、滅菌前に予め洗浄処置が施され、パックに詰められているはずである。しかし現実には取扱説明書には洗浄に関する記載はなく、医師は滅菌パックから取り出したまま生体埋込用医療材料を臨床使用する。すなわち従来技術で製造されている生体内非吸収性多孔質基材と生体内吸収性物質からなる生体埋込用医療材料は、グリセリンを含有させたまま使用することを前提としてパック詰めされ滅菌され、最終的にはグリセリンが含有されたまま臨床使用、つまり身体に植え込まれている。この現実から従来技術ではグリセリンの副作用、特に大量に含有されることによって生じる副作用は問題視されていないと考えられる。
【0006】
しかし、グリセリンには柔軟性維持という特性の他に強い吸水性もあって、それが副作用を惹起することを本発明者が見出した。具体的に説明すると以下の通りである。グリセリンを大量に含有していると、医療材料が体内植え込み後に体液の水分をグリセリンが吸着して高含水状態となり、その状態が副作用として働く可能性がある。具体的に言えばグリセリンは周囲から次々と水を呼び込む性質があるので、多量のグリセリンが含有されている場合は過剰の水を呼び込んでしまう可能性の有ること、それに引き続き呼び込んだ水にグリセリンが溶け出て医療材料周囲にしみ出ること、しみ出たグリセリンが医療材料の周囲で更に周囲から水を呼び込んでその場に浸出液貯留状態を作り上げてしまうこと、しみ出たグリセリンが医療材料周囲の組織内に入れば、その部位で周囲から水を呼び込んで組織内浮腫状態を生じさせてしまうこと、このような状況になれば、組織治癒に最も活躍する線維芽細胞が「高含水状態で活動を停止する」という特性から医用材料周囲での組織治癒が遅延し、更には細菌感染にも無防備となって感染を起こしやすい危険な状況になりうること、等を本発明者が見出したことから、本発明における問題として提起した。
【0007】
先行技術で作成された生体埋込用医療材料では柔軟剤の代表としてグリセリンが含有されており、その含有量を正確に知ることは重要である。グリセリン含有量を正確に測定するには、まずグリセリンを完全に抜き出すため下記の「48時間洗浄法」を採用する。
市販のコラーゲンやゼラチンを被覆した人工血管を例に取ると、まず適当な長さ、具体的には10cm程度、の人工血管の乾燥状態における重量(a)を測定する。乾燥状態にするには、凍結乾燥装置を用いると簡便である。この重量が生体内非吸収性多孔質物質からなる基材と親水性の生体内吸収性物質及びグリセリンとの総重量となる。生体内吸収性物質は架橋されているので、(a)には架橋剤重量も含まれる。次にその人工血管を約1リットルの蒸留水の中で48時間浸漬浸透させる。蒸留水は8時間毎に交換する。交換時には人工血管を乾燥ガーゼで包み、軽く押すことによって、人工血管壁内に含まれる水分も切り、再度、蒸留水に入れることによって、人工血管壁内の水をも入れ替える。48時間後には、これらの操作によってグリセリンは人工血管から蒸留水の中にほぼ完全に溶出する。その後完全に乾燥させ重量(b)を測定する。この人工血管はグリセリンが抜けているので柔軟性を失い硬化しているが、その重量(b)と洗浄前重量(a)との差がグリセリンの重量(c)である。これらの値から(a)に含まれる(c)の重量%が算出される。
【0008】
先行技術におけるグリセリンなどの柔軟剤の使用量に関しては、特許文献1〜3では0.5−5%のコラーゲンを含む溶液に4−12%のグリセリンを含ませるとの記載があるので、グリセリン含有量はコラーゲン量の8−24倍に相当する。特許文献4にはグリセリン量の記載はなく、特許文献5及び特許文献6では、1−3%コラーゲンを含有した液に8−30%の範囲でグリセリンの使用が記載されている。すなわち、コラーゲン量の8−24倍の大量使用である。特許文献7では、人工血管布1gに対して0.3−0.5gのグリセリンを使用するとの記載がある。それは総重量の23%から33%の量に相当する。いずれにしてもグリセリン量が多いことから、従来技術では大量含有グリセリンの副作用に関する危険性を危惧していないと考えられる。
【0009】
先行技術に基づく市販製品を例に取ると、ゼラチン被覆人工血管の代表であるバスクテック社(スコットランド)製のゼルウイーブ人工血管では、実測定の結果、人工血管全体の重量に対するグリセリン含有重量は約29%であり、コラーゲンを被覆した市販の人工血管の代表であるボストン・サイエンティフィック社(アメリカ、ニュージャージー州)のヘマシールド人工血管では約41.8%であり、インターバスキュラー社(アメリカ、フロリダ州)のインターガード人工血管では約22.1%であった。すなわち、含有量は厳密な考え方によって決められているとは考えられない。また先行文献にもグリセリンの含有量を可能な限り少なくする考え方は見られず、その考え方に基づく先行技術製品は見出せない。
【0010】
一方、被覆人工血管には身体の中に植え込んだ後に、その周囲に浸出液の貯留が生じる、という不都合が臨床現場では指摘されてきた。胸部外科1993;46:1093-98(非特許文献20)に示されている通り、その原因が被覆物質に対する抗原抗体反応ではないか、或いはエンドトキシンが含まれているのではないか、と指摘されているが、真の原因は明らかにされていない。しかし人工血管周囲に滲出液が貯留すると、人工血管壁への細胞侵入が阻止され新生血管壁形成が遅延し人工血管は感染しやすくなる。更には細胞侵入が阻止された状態で被覆物質が分解されると血液が漏れる恐れがあり、予期せぬ合併症を招く可能性もある。この様な現象を本発明者が見出していたことから、浸出液貯留の原因を追及し、その現象を抑える必要があると本発明者は考えた。しかし臨床の現場では浸出液貯留を最小限に抑えた製品が切望されているにもかかわらず、その原因が不明であったこともあり、従来技術の製品が使い続けられ、克服出来ないまま今日に至っている。
【0011】
本発明者は、この問題に関して乾燥コラーゲンなどに柔軟性を賦与する目的で使用される多価アルコール、具体的には先行技術で使用されているグリセリンが強い吸水性を併せ持つ点に注目し、特にグリセリンが体内に埋め込まれた後に周囲組織から過剰の水を呼び込んだ場合、結果として人工血管周囲などの生体埋込用医療材料周囲に周囲組織へは吸収しきれない浸出液貯留が生じるのではないかという危惧から、大量グリセリンの含水性が引き起こす副作用を検討し、問題解決に取り組んだ。
【0012】
そこで本発明では、まずグリセリン量を徐々に減らし、最終的にはグリセリンを含まない材料まで検討した。その結果、グリセリン濃度を下げることで浸出液貯留を減少させうること、一定量以下では浸出液貯留が生じなくなること、グリセリンが含有されないと浸出液貯留が全く生じないこと、等を確認したことから、従来問題視されていなかったグリセリン量において、その使用量を制御することが課題解決となる、という糸口をつかんだ。
【0013】
これと同時に、グリセリンのような柔軟剤及び保湿剤の両者の性質を持つ多価アルコールのソルビトールやマンニトールに関しても同様の検討を行った結果、それらも吸水性が強くて周囲組織から多量の水を呼び込み、グリセリンと同様に副作用を惹起させることを明らかにし、それらの柔軟剤及び又は保湿剤の使用量も制限すべきである事を示した。
【0014】
しかしながら、柔軟剤及び/又は保湿剤は乾燥状態に置かれる可能性のある医療材料では柔軟性維持のために必要であって、それなりの量が使用されている。もしも使用量を下げると、柔軟性不足で医療材料は硬く取り扱い性が悪くなって、臨床で使用しづらくなる。硬くてパリパリとなった状態で使用すると材料を破壊してしまうことすら生じ得る。従ってグリセリン量を減らすのであれば、柔軟性賦与のため、同時に次善の対策をとる必要がある。
【0015】
まず、柔軟剤等の添加剤の使用量、必要最小量はどの程度か、もしも減らすなら如何にして臨床使用時に柔軟性を得るか、柔軟剤等の添加剤が減らされた場合、生体内吸収性物質には、別にどのような特性を賦与しておくべきか、その時に生体内非吸収性基材にはどのような性質を持たせておくか、生体内吸収性物質を生体内非吸収性基材に絡ませるときにはどのような条件にしなければならないか、といった多くの課題を解決せねば、柔軟剤を単純に減らすことが出来ない。
【0016】
本発明では、生体埋込用医療材料に含有される柔軟剤の総量を減らすこと、及び柔軟剤の使用を減らすことによって生じる問題点を解決すること、等に鋭意努力した結果、改良点を見出した。
【0017】
また同時にグリセリンを過剰に含有した生体埋込用医療材料であっても、製造工程、或いは、臨床使用時にグリセリンの溶媒、具体的には生理的食塩水の如き電解質液、等張液、蒸留水等、にて洗浄することでグリセリン含有濃度を下げることが可能であること、グリセリン濃度が下がれば浸出液貯留が生じなくなること、一方、グリセリンを洗い流しても溶媒が生体内吸収性物質を含水状態にすることで柔軟性が引き継がれ、臨床使用時には取り扱い性は悪くならないこと、等も合わせて明らかにした。すなわち良好な取り扱い性を確保するためにグリセリン含有による柔軟性が必要であるにしても、大量のグリセリン含有のまま臨床使用すると術後浸出液貯留問題を誘発するので、その解消には溶媒による洗浄でグリセリンを一定量以下にすることで、問題解決を図り得る事を本発明では見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】米国特許4,842,575号公報、
【特許文献2】米国特許5,108,424号公報、
【特許文献3】米国特許5,197,977号公報、
【特許文献4】米国特許5,851,229号公報、
【特許文献5】米国特許6,177,609号公報、
【特許文献6】米国特許6,299,639号公報、
【特許文献7】米国特許5,584,875号公報、
【特許文献8】米国特許6,368,347号公報、
【特許文献9】米国特許6,670,096号公報、
【特許文献10】米国特許4,990,158号公報、
【非特許文献1】ASAIO Trans. 1988 Jul-Sep;34:789-93
【非特許文献2】J Surg Res. 2001 Feb;95:152-60
【非特許文献3】J Biomater. 1996 Apr;10:309-29
【非特許文献4】ASAIO Trans. 1988 Jul-Sep;34:789-93
【非特許文献5】J Surg Res 2001 Feb;95:152-60
【非特許文献6】J Biomater Sci Polym Ed. 2003;14:1057-75
【非特許文献7】Int J Artif Organs 2002 Aug;25:777-82
【非特許文献8】Int J Artif Organs 1999 Dec;22:843-53
【特許文献11】特開2004-313310号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
グリセリン、ソルビトール、マンニトールなどの多価アルコールの如き柔軟剤及び/又は保湿剤の副作用を抑えること、及び、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を抑える代わりに、如何にして柔軟性を得るか、が課題である。本発明では、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を抑え、それでいて柔軟性があり、周囲に浸出液貯留を生じさせない生体埋込用医療材料の提供、医療材料中の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を調整する方法、含水によって柔軟性を得る生体埋込用医療材料の製造方法、を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的は、柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、前記柔軟剤及び/又は保湿剤の最適含有量として20重量%未満にすることにより達成されることを見出したことから、これに関連する創意工夫を本願発明の要旨とする。
課題を解決するための第1の手段は、柔軟剤等を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、前記柔軟剤等の含有量を20重量%未満とした医療材料を提供することである。その「含有量20重量%未満」の条件は臨床使用時である。
課題を解決するための第2の手段は、柔軟剤等を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、臨床使用時までに含有量を20重量%未満にするため、生理的食塩水などによる洗浄で含有量を20重量%未満に下げる事が可能な医療材料を提供することである。
課題を解決するための第3の手段は、柔軟剤等の含有量を20重量%未満にした場合、医療材料に当然要求される柔軟性が低下するため、生体内吸収性物質に含水によって柔軟性を賦与するための工夫を施すことである。具体的には生体内吸収性物質に荷電基を持たせる、或いは水酸基価が50KOHmg/g以上という条件に合致した生体内吸収性物質を提供することである。
課題を解決するための第4の手段は、生体内吸収性物質の架橋方法における工夫である。具体的には、従来技術であるグルタールアルデヒドやフォルムアルデヒドなどの架橋から、ポリエポキシ架橋へ変更する事である。これによって架橋後であっても柔軟性を維持可能となる。
課題を解決するための第5の手段は、医療材料に必要な柔軟性が低下するため、柔軟剤の使用量を最低量に抑えながらも柔軟性を持つ生体内非吸収性基材を提供する事である。繊維製素材を用いた場合、従来技術では繊維密度を上げると、どうしても基材が硬くなる。そこで本発明では細密充填的状態にすることなく極細繊維を繊維間隙に配することによって極細繊維の滑り現象を引き出し、基材を柔軟にする工夫を採用した。
課題を解決するための第6の手段は、柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料を生理的食塩水の如き電解質液、等張液、蒸留水等の溶媒で洗浄もしくは含浸させることによって該柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満に調整する事を特徴とする生体埋込用医療材料の調整方法を提供する事である。
課題を解決するための第7の手段は、柔軟剤及び/又は保湿剤を20重量%未満含有の生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料の製造工程において、生体内吸収性物質に少量といえども柔軟剤及び/又は保湿剤が含有されていると、生体内非吸収性多孔質基材の多孔質構造内部に生体内吸収性物質を含浸交絡させる際に、該生体内吸収性物質が含水膨潤のために多孔質構造内部に入りにくくなるので、該生体内吸収性物質等を電点付近で溶解するか、或いはその溶解液又は浮遊液に塩及び/又はアルコールを含有させることで過剰な膨潤を制御させておいた状態で多孔質構造内に注入し多量の生体内吸収性物質を交絡させる事を特徴とする生体埋込用医療材料の製造方法を提供する事である。
【発明の効果】
【0021】
生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるとは、生体内非吸収性多孔質基材に生体内吸収性物質を被覆したり、多孔質基材の間隙に吸収性物質を押し込めたり、或いは多孔質基材に吸収性物質を絡ませる等によって生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッドタイプの生体埋込用医療材料を意味する。本願発明では生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にすることによって、生体内に埋込み後に該医療材料の周囲に生じる浸出液貯留を抑える事が可能となり、浸出液貯留によってもたらされる悪影響・合併症などを最小限に抑え得る。そして柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を補う工夫として、該生体埋込用医療材料を生理的食塩水の如き電解質液、等張液、蒸留水などの溶媒による洗浄もしくは含浸するによって柔軟性を保持し得る。
この様な工夫を凝らすことによって本願発明の生体埋込用医療材料は人工血管や人工気管などとして生体内の管腔臓器や管腔組織の代替えもしくはその一部に使用され、又は、人工心膜、人工心臓壁、人工腹壁、人工血管壁、人工気管壁、人工胸壁、人工硬膜、人工膀胱壁などとして生体内の臓器や組織にパッチ状に使用される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
次に本発明を実施するための最良の形態について、7つの要旨に分けて詳細に説明する。
まず、本願の第1の発明の要旨は、生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にすることである。従来技術では以下の柔軟剤及び/又は保湿剤が使用されてきた。すなわちスクワランやスクワレンなどの疎水性の炭化水素化合物や、親水性の多価アルコールであるグリセリン、キシリット(キシリトール)、ジグリセリン、ジプロピレングリコール、ソルビトール(ソルビット)、マンニトール(マンニット)、マルチトール、ラクチトール、オパラチニット、エリスリトール、DL-ビロリドンカルボン酸ナトリウム、1,3−ブチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール(カーボワックス)、ポリグリセリン、U-ジェリー、及びそれらの誘導体、等が使用可能である。更にはトレハロース、NMF(自然保湿因子)、アクアライザーEJ、プロヂュウ、混合異性化糖(ベンタバイテン)、アミノ酸、L−アスパラギン酸、L−アスパラギン酸ナトリウム、DL−アラニン、L−アルギニン、L−イソロイシン、塩酸リジン(L−リジン塩酸塩)、グリシン(アミノ酢酸)、L−グルタミン、L−グルタミン酸、L−グルタミン酸ナトリウム、ガンマーアミノ絡酸(ピペリジン)、L−スレオニン(L−トレオニン)、セリシン、セリン、L−チロシン(L−チロジン)、L−トリプトファン、L−バリン、L−ヒスチジン塩酸塩、L−ヒドロキシプロリン(L−オキシプロリン)、フェニルアラニン、L−プロリン、L−ロイシン、DL−ビロリドンカルボン酸(PCA)、DL-ビロリドンカルボン酸ナトリウム、乳酸、乳酸ナトリウム、尿素、尿酸、酸性ムコ多糖類、臍帯抽出液、鶏冠抽出液、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸ナトリウム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、グルクロン酸、グルクロン、エラスチン、水溶性エラスチン、細胞間脂質、スフィンゴ脂質(セラミド)、HSオイル、ケラチン、加水分解ケラチン、ケラチンアミノ酸、シスチン、L−メチオニン、シスチン、核酸、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、グアノシン、グアニン、リン酸、ATP(アデノシン3リン酸、(ATP)トリプトファンアデノシン、リン酸リボフラビンナトリウム、燐脂質、レシチン、大豆リン脂質(大豆レシチン)、大豆リゾリン脂質(リゾレシチン)、卵黄レシチン(卵黄リン脂質)、酵素、植物性複合酵素、蛋白分解酵素、脂肪分解酵素(リパーゼ)、等である。
【0023】
これらの使用量を下げる事に本発明では最大限の工夫を行った。柔軟剤及び/又は保湿剤を使用せざるを得ない場合、必要最小限に留め、決して20重量%以上にしない。動物実験の結果、20重量%未満であれば埋め込み後の医療材料周囲に浸出液貯留抑制に成功した。その20重量%未満は当然の事ながら臨床使用時においてその状態に有ることを意味する。そのためには、医療材料を製造し、すぐに臨床使用可能なようにパックして滅菌した状態において含有量が20重量%未満であれば十分である。
【0024】
本願発明の「含有量重量%未満」の基準は動物実験の結果、導き出された。しかしながら動物実験結果からヒトの臨床における状況を外挿することは如何なる研究においても常に問題となる。動物実験では健康な動物を使用するのが一般的であり、臨床においては高齢者で代謝状態の低下した病人が対象となるので、同等に考えること自体無理が生じる。そこで本発明においても、浸出液貯留の基本的原理現象を考慮して「柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量20重量%未満」を再考する必要がある。
【0025】
グリセリンの如き柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料では、生体内への植え込み後、グリセリン含有量の多寡にかかわらずグリセリンは周囲から水を吸い込む。そしてその水は医療材料内部のグリセリンを希釈することとなるが、医療材料が含みうる水分量には限界があるのでグリセリンは希釈されて水に混入し医療材料からしみ出てくる。そうなるとグリセリンは水と共に周囲組織の組織間隙へ流れ込み、周囲組織の電解質なども混入して組織液となって代謝されて行く。この時に、患者の栄養状態が良くて血液内のアルブミンなどのタンパク質濃度が高ければ、浸透圧作用も手伝って組織液は毛細血管内に吸い取られ、血液によって遠くに運ばれるので、医用材料周囲の組織液は次から次へと運び去られる。そして腎機能が良ければグリセリンを含む組織液もフィルターを通して腎臓から排泄される。すなわち患者自身の栄養状態が良くて代謝活性度が高く、腎機能が正常であれば組織間隙の水の流れ、すなわち組織液の流れが活発であり、有る程度の量の組織液は処理する。しかしながら処理限度を超えると、組織内に流しきれなかった組織液が医療材料周囲に残り、組織が水浸しになる状態、すなわち浮腫状態に陥る。栄養状態の悪い、或いは腎機能が悪い患者では普段から組織内に水がたまり、むくみがちな状況にあるので、このような患者ではグリセリンを含む医療材料が植え込まれると、容易に浮腫状態を惹起し周囲に組織液の貯留を招く状態に陥る危惧がある。
【0026】
実験動物は健康であり代謝も活発であるので、「柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量20重量%未満」であれば実験結果で示すとおり確実に医療材料周囲への浸出液貯留を防止出来るが、臨床においては前述したとおり高齢者、栄養状態の悪く代謝活性度が低下した患者も含まれることから、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を定めるには有る程度の安全域を持たせる必要がある。そこでパイロットスタディー的に病的状態の動物でもテストしてみた結果、「柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量20重量%未満」であっても完全に浮腫状態から離脱出来ない例が有ったことから、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量は慎重に判断すべきと考えられる。
【0027】
このような事から「柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量20重量%未満」が望ましい量であるが、安全性を考えると、15重量%未満が好ましく、更に安全性を考えると10重量%未満が好ましく、状況の悪い患者でも適応可能な極めて高い安全性を考えると5重量%未満が好ましい。
【0028】
次に本願の第2発明の要旨に関して説明する。グリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を含む医療材料においては、その含有量が少なければ少ないほど、その副作用である浸出液貯留を抑制出来ることが判った。しかし現実的には医用材料が製品としてパックされ滅菌された状態以上に、その臨床使用時において含有量が少ないことが必須となる。さもなくば臨床使用時において何らかの方法で生理的食塩水の如き溶媒によって洗浄することによって含有量を20重量%未満にし得る様な医療材料であれば、それは本願発明の範疇に入る。つまり臨床使用時に生理的食塩水などの溶媒によって洗浄することで含有量を安全域まで下げることが出来れば、それでも浸出液貯留抑制という目的を達成し得る。
【0029】
洗浄方法としては、ほぼ完全にグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を洗い流すには前述した「48時間洗浄法」を採択すればよい。しかしながら、実際に臨床の場、手術室において「48時間洗浄法」を採択することは不可能であろうから、現実的に安全域までグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を手術中に洗い流すには、30分間以内、出来れば10分間以内の洗浄で含有量を減らさねばならない。臨床医が手術中に処置等で待たされる時間の限界を最大限30分間、出来れば10分間以内と見た場合、この間にグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にする必要がある。本発明ではこの洗浄法を「30分間洗浄法」と呼ぶ。すなわち、30分間以内の生理的食塩水による洗浄である。実際に40重量%以上グリセリンを含有している製品を10分間程度の洗浄を行うことによって20重量%未満に減らせる事を確認した。そして当然のことながら20重量%未満になれば本発明の第1の要旨の通り、グリセリンの副作用である浸出液貯留問題を防ぐことが可能となる。本願発明では、このような洗浄法によって含有量を安全域まで、少なくとも20重量%未満に下げる事の可能な医療材料を、本発明の範疇に入れる。これが本願の第2発明の要旨である。
【0030】
次に本願の第3の発明の要旨に関して説明する。前述したとおり、従来技術では生体内吸収性物質に柔軟性を賦与させる必要があるからこそ柔軟剤及び/又は保湿剤が含有されてきた。しかして、柔軟剤の含有量を20重量%未満に留めることによって生体埋込用医療材料は堅く、割れやすくなり、取り扱い性が低下する等の弊害が生じる。そこで生体内吸収性物質自体に改良を施す必要がある。その工夫として、含水によって柔軟性を確保する方針を採択し、そのために使用する生体内吸収性物質に荷電基を導入する、或いは水酸基価が50KOHmg/g以上になるよう設定することが、本願の第3の発明の要旨である。
【0031】
本発明で使用できる生体内吸収性物質を列挙すると、コラーゲン、アテロコラーゲン、線維性コラーゲン、ゼラチン、アルブミン、フィブリン、キトサン、キチン、カルボキシメチルキチン、カルボキシメチルキトサン、アセチル化キトサン、アセチル化キチン、琥珀化キチン、琥珀化キトサン、ケラチン、フィブロイン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デキストラン、デキストリン、コレステロール、セルロース、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸、アガロース、ペクチン、マンナン、デキストラン、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、グルコース、アミロース、アミロペクチン、ポリマルトトリオース、トレハロース、ポリアミノ酸、ポリリジン、ポリペプタイド、合成ポリペプタイド、合成コラーゲン、プルラン、合成多糖類、及びそれらの誘導体等であり、これらの物質から選ばれるいずれの物質であってもかまわない。
【0032】
本発明では、多孔質基材の構造内間隙に出来るだけ多量の生体内吸収性物質を押し込めた状態で、しかも最小量の柔軟剤や保湿剤の含有であったにしても、取り扱い上問題ない柔軟性を持たせるために、生体内吸収性物質自体に含水性を持たせることに創意工夫を凝らした。そのため上述の生体内吸収性物質には、荷電基を持たせる事が本願の第3の発明の要旨の一つである。分子内にアミノ基やカルボキシル基、グアジニール基、スルフォン基、などの荷電基を持てば等電点が酸性側、あるいは塩基性側に振れる。そこで、これらを等電点付近で溶液にしておき、多孔質基材の繊維間隙に押し込んだ後に中性の生理的条件下付近に戻せば、生体内吸収性物質の膨潤の少ない状態で繊維間隙に入れることとなる。
なお、米国特許6,177,609号公報又は米国特許6,299,639号公報にはコラーゲンを溶解するためにpH3.5-3.9に調整する方法が記載されている。ところがこれらの米国特許には溶解条件が記載されているが、それは溶解条件の記載のみであって等電点から生理的条件下に戻す際に生じる膨潤する、という現象を活用する考えは記載されていない。
【0033】
荷電基を導入する方法は数多く報告されていて、スルフォン化やサクシニール化(琥珀化)等が例として考えられる。しかしながら本発明では基材のポリエステル繊維が強酸によって傷がつく事のないように、スルフォン化よりもサクシニール化を推奨する。サクシニール化技術を人工血管などの生体埋込用医療材料に用いる先行技術の一例を示すと、生体内吸収性物質を生体内非吸収性多孔質基材の、具体的にはポリエステル繊維布の繊維間隙に押し込み架橋不溶化した後に、無水マレイン酸を用いてサクシニール化を行う。このことで生体内吸収性物質は多量のカルボキシル基を持ち含水膨潤が可能となる。
またスルフォン化については特公平09-510493に記載されており、それが使用可能である。あるいは注射薬として多用されている硫酸プロタミンの如き荷電基を持つ生体内吸収性物質を混在させて架橋することでも荷電基の導入が可能である。
本発明は特開昭55-028947号公報に記載されている方法に準じてサクシニール化を行い、荷電基を導入する。本発明では生体内吸収性物質を繊維間隙に押し込み架橋不溶化した後にサクシニール化を行うのではなく、予めサクシニール化した生体内吸収性物質を繊維間隙に押し込むことも可能である。
【0034】
本発明で推奨する荷電基を持つ生体内吸収性物質では、等電点付近で溶解した後に生理的条件のpH7.2程度に戻す手法も取り入れる。これは等電点付近で最も含水率が下がり生理的条件であるpH7.2付近では含水性が増す、という現象の活用である。等電点で溶解した生体内吸収性物質を多孔質基材の繊維間隙に押し込み架橋処理を終えた後に生理的条件のpH7.2程度に戻せば、生体内吸収性物はその時点で膨潤状態が、全体的に柔軟性が発揮され、更には被覆物質のボリュームが増加するので被覆による血液などの漏れ防止効果が向上する。
本発明では生体埋込用医療材料を溶媒に浸す、もしくは洗浄する事を推奨しているので、その操作によって生体内吸収性物質は生理的なpH7.2付近になり、更に生体内に植え込めば安定した生理的条件となって適度な膨潤が維持され、被覆物質の目的である血液などの漏れを防止可能とする。
【0035】
更に、本願の第3の発明の要旨のもう一つの工夫として、生体内吸収性物質の含水性を向上させるため、生体内吸収性物質が持つ水酸基の量を増やす工夫がある。従来技術では架橋後の水酸基量に関しての記載がない。しかし有効的な含水性を発揮させるには一定量以上の水酸基量が必要であることを本発明では見出した。水酸基では水素原子はややプラスに荷電し、逆に酸素原子は負に荷電するので、この間に静電的な引力が働き、水酸基に水分子が結合する。いわゆる電気化学的反応によって水酸基を多く含むと分子内で電気的に反発が生じて含水性が増す。前述の荷電基を持つ物質であれば当然のことながら水分子を呼び込んで含水性が増す。更には等電点がpH6.0より酸性側、又は、pH9.0より塩基性側に等電点を持たない物質であっても水酸基を多く賦与することで、例えばポリエポキシ化合物による架橋を行うことで水酸基量が高まり、含水性を高め得る事を本発明では活用した。
【0036】
本発明では、有効的な含水量を得るための水酸基価を、コラーゲンを基準に考えた。コラーゲンと同等であれば有る程度の含水性を得ることが明らであるが、臨床医が常温である手術室で生体埋込用医療材料をパックから取り出して溶媒に浸して含水するまで待つ時間の限界を30分間以内、せいぜい10分間程度なので、コラーゲンより更に高い含水性が必要となればコラーゲンの水酸基価が約28KOHmg/gである事を参考にすれば、生体内吸収性物質には水酸基価が50KOHmg/g以上になるよう設定することで、多量の水酸基が吸水速度を増し、短時間に吸水し、医療材料は柔軟性を得る。
【0037】
容易に水酸基価を上げるには、後述するエポキシ化合物による架橋方法を採用すれば良い。例えばコラーゲン製品を繊維間隙に含浸された後にポリエポキシ化合物による化学的架橋を行えば、水酸基価が50KOHmg/g、すなわちコラーゲンの2倍近い水酸基価となり、有効的な含水状況、そして柔軟性を得る。ポリエポキシ架橋を採用すると、水酸基価が上昇し、生体埋込用医療材料を柔軟にするだけの水を取り込む含水性が確保出来る。従って、本発明においてはこれらの生体内吸収性物質のうち架橋後の水酸基値が50KOHmg/g以上である生体内吸収性物質を使用することによって生体内吸収性物質に含水性、そして含水による柔軟性を付与し得る。
【0038】
本願の第4の発明の要旨に関して説明する。それは架橋剤の選択における工夫である。本発明において、生体内吸収性物質に含水性を付与または向上させる手段の1つとして生体内吸収性物質を前述したポリエポキシ化合物によって架橋する事を採用した。ポリエポキシ化合物による架橋は、グルタールアルデヒドやホルムアルデヒドと同様に既に知られている手法である。しかしながらグルタールアルデヒド架橋のような架橋強度がエポキシ化合物による架橋では得られないことから医療分野では一般的には使用されていない。本発明では力学的強度を生体内非吸収性多孔質材料に任せ、強度が要求されない生体内吸収性物質の架橋にのみポリエポキシ化合物を使用することで強度的弱点を克服した。そして更にポリエポキシ化合物の架橋反応で生じる水酸基価上昇によってもたらされる含水特性に注目し、生体内吸収性物質が架橋後に柔軟性を獲得出来る点が活用可能で有ることを見出したことから、柔軟性賦与手段として採用し、グリセリンの使用量を減少させることに成功した。従来技術であるグルタールアルデヒドやフォルムアルデヒドによる架橋では生体内吸収性物質内のアミノ基が反応毎に消費され、生体内吸収性物質の親水性度が低下していたが、ポリエポキシ化合物によって架橋すれば、反応毎に水酸基が増えるので、生体内吸収性物質の親水性度が向上する、もしくはアミノ基による親水性が水酸基による親水性にとってかわる。この手法は生体内吸収性物質に柔軟性を賦与もしくは維持する意味から考えると、新しい手法である。
【0039】
ポリエポキシ架橋剤にはいくつもの種類があるが、Ethylene Polyethylene Glycol Diglycidyl Ether、Polypylene Polypropylene Glycol Diglycidyl Ether、Neopentyl Glycol Diglycidyl Ether、1,6-Hexanediol Diglycidyl Ether、Glycerol Polyglycidyl Ether、Dibromo Neopentyl Glycol Diglycidyl Ether, O-Phtalic Acid Diglycidyl Ester, Trimethylolpropane polyglycidyl Ether、Diglycerol polyglycidyl Ether、Polyglycerol Polyglycidyl Ether、Sorbitol polyglycidyl Etherのグループから選ばれるポリエポキシ化合物が好ましい。
【0040】
しかしながら、従来技術であるグルタールアルデヒド、ホルムアルデヒド、ヘキサメチレンジイソシアナート等の化学架橋や、熱、ガンマー線、電子線などの物理的エネルギィによる架橋を利用しても、生体内吸収性物質が等電点や水酸基、荷電基などの他の手段の効果によって総合的に含水性を得るのであれば、ポリエポキシ化合物による架橋にこだわる必要はない。しかし、エポキシ化合物による架橋法を採択すると確実に含水性が向上して医療材料は柔軟性を容易に獲得することが可能となる。
【0041】
次に本願の第5の発明の要旨に関して説明する。それは生体内非吸収性多孔質基材における工夫である。まず使用する生体内非吸収性多孔質基材の改良を行ったのが以下に説明する。生体内非吸収性多孔質基材には繊維製材料が多用されてきた。その素材としては例えばポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル、ポリアミド、ポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリテトラフルオロエチレン等の繊維製基材が使用されてきた。本発明では、それらを使用すること、そしてその織り方、編み方等にはとらわれることなく使用することを推奨する。しかしながら繊維の太さと繊維間隙に関しては、柔軟性を維持するため、以下の通り工夫した。
【0042】
先行技術の繊維製基材は1.2デシデックス程度の通常の太さの繊維で構成されている。この太さの繊維で作られた基材では繊維間隙が狭くなれば基材の硬化という問題が生じる。本発明では、柔軟剤の使用量を少なくするため生体内非吸収性多孔質基材自体にも柔軟性を持たせておく必要があると考え、細密充填状態にない極細繊維を基材間に導入することによって極細繊維同士の滑り効果を発生させ、生体内非吸収性多孔質基材自体にも柔軟性を賦与することで、問題解決を図った。
【0043】
超極細繊維の導入に関しては、本発明者が先に出願した特開2005-124959号公報に記載した技術がある。この技術は、0.5デシデックス(dtex)以下の細さで、且つ、4g/dtex以上の強度を有する前記極細繊維で医用材料を構成しようとするものであって、この0.5デシデックス(dtex)以下の細い極細繊維を総繊維本数の5%以上持つ状態が好ましいと記載されている。しかしながら、極細繊維をただ単に使用するだけでは繊維が細密充填的な状況になって柔軟性を発揮することが出来ない。そこで本発明ではその状態を一歩踏み込んで検討した結果、極細繊維に十分な起毛を行って繊維間隙に空隙が生じさせ、繊維間滑り効果を発揮させて基材を柔らかくさせる現象を発見した。そこでこの手法を積極的に活用した。極細繊維の本数は特開2005-124959号公報と同様に総繊維本数の5%以上が好ましく、それ以上であっても良く、100%、すなわち全てが極細繊維になっても、医療材料の力学的強度が保証されればかまわない。しかしながら個々の繊維が細密充填的な状況になっていない事が必須である。力学的強度は医療材料が使用される場によって異なるので、十分な力学的強度を必要とする場であれば、通常の太さの繊維の混合率を増やせばよい。しかし、本発明の使用する生体内非吸収性多孔質基材として繊維を使用する場合は、細密充填状態でない極細繊維を併用することで繊維間の滑り効果が発揮でき、これによって基材が柔軟になることから、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満となることで硬化しがちな医療材料の基材では、0.5デシデックス以下の極細繊維を総繊維本数の5%以上、起毛状態、すなわち、ばらけた状態で混在させる事が必須であり、基材に柔軟性を賦与する目的にかなう事を明らかにした。
【0044】
そして、極細繊維の併用は、更に生体内吸収性物質の繊維間隙保持にも効果的である。繊維が細密充填状態でないことは、すなわち繊維間に空隙が確保されるので、含水性が高まり脆くなって崩れやすい生体内吸収性物質でもしっかりと留めておくことが可能となる。
【0045】
極細繊維の数及び太さ、繊維間隙の状況の計測に関しては以下の手法を採用する。すなわち、生体内非吸収性繊維製基材を組織切片作成用樹脂(Technovit 7,100, Kulzer & Co. GmbH, Friedrichsdorf, Germany)で包埋し、ガラスナイフのミクロトームにて厚さ3〜5ミクロンに切った切片を光学顕微鏡で写真撮影し、繊維の本数と太さを5カ所で平均を出す。0.5デシデックス以下の極細繊維であれば、繊維の断面直径が6ミクロン以下である。一方、通常繊維の太さは約16ミクロン以上であるので、光学顕微鏡によって200倍以上の倍率で観察すれば、その識別と計測は容易である。この時に同時に、極細繊維が細密充填的な状況になるかどうかの検討も行うことが可能である。光学顕微鏡による観察で、少なくとも極細繊維の束の一部がばらけた状態にあって、繊維繊維の太さと同程度以上のスペースが繊維間隙に認められた場合、極細繊維は細密充填的な状況にはないと判断する。このような状態になることで、繊維間の滑り現象が発揮され基材の柔軟性が発揮される。
【0046】
次に本願の第6の発明の要旨を説明する。柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、前記柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%以上であった場合、本発明の20重量%未満にする調整方法である。この調整方法を採用することによって、浸出液貯留防止を可能とする。
【0047】
前述したとおり従来技術の製品ではグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料において、その含有量に関しては定まった考え方が示されていない。従って生体埋込用医療材料が適度な柔軟性を持ち、取り扱い性が良くなるあたりのグリセリン含有量を採用していたと考えられる。本発明では、使用する生体埋込用医療材料が過剰なグリセリンを含んでいると思われる場合にも浸出液貯留を予防するため、医療材料を臨床使用直前もしくは臨床使用時においてグリセリン量を減らす調整方法を示す。この調整方法ではグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にすることが肝要である。
【0048】
グリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を多量に含有していると判明した場合は、前述した「48時間洗浄法」を採択することでほぼ完全にグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を流し去ることが可能である。本発明では、グリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料のうちで現在市販されていて入手可能な製品に関して全て「48時間洗浄法」を用いて洗浄した結果、グリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤を取り除くことが可能であると確認した。従って「48時間洗浄法」を採択するのが一つの方法である。
【0049】
しかしながら「48時間洗浄法」を用いるには時間もかかりすぎるし、洗浄中に医療材料の清潔性を維持するのも多大の努力が必要であることから、本発明では手術室で簡便に実施可能な洗浄法を推奨する。それは、前述したとおり、手術中の処置等で臨床医が待たされる時間の限界を最大限30分間、出来れば10分間以内と見た場合、この間にグリセリン等の柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にする調整方法である。本発明ではこの洗浄法を「30分間洗浄法」と呼ぶ。具体的には医療材料の生理的食塩水などの溶媒による30分間以内の洗浄である。40重量%以上グリセリンを含有している人工血管において「30分間洗浄法」、現実には10分間程度の洗浄による調整でグリセリン含有量を20重量%未満に減らせる事を確認した。そして当然のことながら20重量%未満になれば本願の第1の発明の要旨の通り、グリセリンの副作用である浸出液貯留問題を防ぐことが可能となる。
【0050】
次に、本願の第7の発明の要旨に関して説明する。前述したとおり柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満にしなければ本発明の論点である浸出液貯留問題を防ぐことが出来ない。そこで様々な工夫が必要となってくる。しかしながらこのような工夫の元で作成した含水性の高い生体内吸収性物質を、極細繊維を用いた繊維間隙の狭い生体内非吸収性基材の多孔質構造内に押し入れるのは極めて難しい。特に膨潤しきった親水性物質が溶解している液をポリエステル繊維などの疎水性繊維間隙に押し入れるのは、繊維間隙が狭くなればなるほど困難を伴う。
【0051】
本発明では、効率よく、無理なく押し込める工夫を凝らした医療材料の製造方法を示す。具体的に説明すると以下の通りである。本発明で推奨する生体内吸収性物質では、荷電基を持たせたり、或いは水酸基価が50KOHmg/g以上であったり、エポキシ化合物で架橋させたりしているので、グリセリンを含まなくとも極めて高い含水性状態となっている。このような生体内吸収性物質が膨潤状態のまま疎水性の繊維からなる生体内非吸収性基材の狭い疎水性繊維の繊維間隙に押し込もうとしても、ごく僅かしか入り得ない。そこで本発明では膨潤状態にある生体内吸収性物質を塩もしくはアルコールを混在させることによって一時的に生体内吸収性物質の含水状態を締めた後に繊維間隙に押し込み、その後に塩もしくはアルコールを取り除くことで、効率よく必要量の生体内吸収性物質を保持させる事に成功した。これが第7の発明の要旨である。この工夫によって効率よく必要とする量の生体内吸収性物質を繊維間隙に押し込むことが可能となると同時に、繊維間隙で塩もしくはアルコールが除去されることによって、その場で膨潤することとなるので、繊維間隙から生体内吸収性物質は硬く捕捉され、出てくることが難しくなる。すなわち、生体内吸収性物質の固定に寄与するという利点も明らかとなった。
【0052】
使用するアルコールの種類では脱水性を有するアルコールであって生体内に入り込んでも害のないアルコールが望ましいが、製造過程において容易に除去することが可能であれば、それも使用可能である。例えばイソプロピルアルコールやメタノールを使用することが可能となる。一般的にはメタノールが無難なところである。そしてその濃度は1〜50%程度の範囲で目的を達する。
【0053】
使用する塩の種類でも同様に生体内に入り込んでも害のない塩を選ぶことが望ましい。そして製造工程において容易に除去可能な塩が好ましい。一般的には単純な食塩の使用が推奨される。その濃度に関しては0.1〜50%程度の範囲、特に5〜30%の範囲、更には20〜30%の範囲が使用しやすい。
【0054】
塩濃度が有る程度高まれば、親水性物質が高濃度に溶解し粘度が高いゲル化している溶液でも、粘度が低下してくる現象を本願発明者は見出している。具体例を説明しよう。ゼラチンは加熱し溶解すれば容易にゲル状態となる。そこに徐々に食塩を加えていくと、食塩濃度が20%を越したあたりから粘度が下がってさらさら状態となる。そこでこの状態において生体内非吸収性多孔質基材の三次元構造の内部に圧注入すれば、ゼラチンは高濃度に三次元構造の内部に押し込むことが可能となる。その後、蒸留水の中に浸す事で塩濃度を下げ、塩を抜くことでゼラチンは三次元構造の内部で膨潤し、構造外に出てこなくなる。この状態で架橋をかけることで、生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材とからなる医療材料を容易に作ることが可能となる。
【0055】
含水性の高まった生体内吸収性物質を効率よく生体内非吸収性多孔質基材の三次元構造の内部に押し入れる方法として生体内吸収性物質の等電点を利用する方法も本願発明者は見出している。すなわち、荷電基を有する生体内吸収性物質を溶解した場合、その等電点付近が最も溶けにくく、沈殿しやすい傾向がある。そこでこの現象を本願発明者は活用した。具体例を挙げると、サクシニール化アテロコラーゲンの場合、等電点がおおよそpH3.5付近である。そこでサクシニール化アテロコラーゲンの溶液を作り、徐々に等電点付近に水素イオン濃度を調整して行くと、サクシニール化アテロコラーゲンは沈殿し、溶液は白濁する。この状態で生体内非吸収性多孔質基材の三次元構造の内部に圧注入すれば、必要量のサクシニール化アテロコラーゲンを高濃度に三次元構造の内部に押し込むことが可能となる。その後に水素イオン濃度を中性付近に戻した場合、サクシニール化アテロコラーゲンは三次元構造の内部で膨潤し、構造外に出てこなくなる。この状態で架橋をかけることで、生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材とからなる医療材料を容易に作ることが可能となる。
【0056】
含水し膨潤した生体内吸収性物質を生体内非吸収性基材の多孔質構造内に絡ませるときに、過剰に膨潤すると効率よく必要量を絡ませることが難しいが、前述した方法で絡ませることが可能となれば、利点も出てくる。生体内吸収性物質が含水性を持つことは生体内非吸収性多孔質基材の三次元構造の内部にあって生体内吸収性物質が含水によって膨潤することを意味する。そのことは本願発明の目的の一つである柔軟性の獲得のみならず、新たな利点をも、もたらす。すなわち、少量の生体内吸収性物質を使用しただけであっても含水膨潤によってボリュームが増加し生体内非吸収性多孔質基材の三次元立体構造の内部を占めることで、緻密なシールが完成される。そして医療材料が血液に触れる人工血管や心臓壁パッチなどに使用される場合には血液の漏れを防ぐ効果が出る。すなわち膨潤水によるシール状態を得る。
【0057】
以上示した本発明の要旨が発揮される状況に有れば、医療材料周囲の浸出液貯留問題が解決可能となる。このようにして作成した生体埋込用医療材料は、人工血管や人工気管などとして生体内の管腔臓器や管腔組織の代替え、もしくはその一部に使用され、又は、人工心膜、人工心臓壁、人工腹壁、人工血管壁、人工気管壁、人工胸壁、人工硬膜、人工膀胱壁などとして生体内の臓器や組織にパッチ状に使用されるものであり、生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材とからなるハイブリッド型医療材料となる。
【実施例】
【0058】
次に実施例をもって、更に本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1
基材としてはIntervascular社(U.S.A.)製のポリエステル繊維製人工血管Micron、透水率1200ml、内径8mm長さ約6cm、を用い、架橋剤としてナガセ化成株式会社のポリエポキシ化合物EX810 Ethylene Polyethylene Glycol Diglycidyl Etherを使用した。架橋剤は3%になるようにエタノール内に溶解し、生体内吸収性物質としてアテロコラーゲンを用い、それを基材に被覆した試料を凍結乾燥させ、作成した架橋剤を含むエタノール液の中で室温にて24時間反応させた。(なお、生体内吸収性物質を単に被覆物質、生体内吸収性物質によって被覆された人工血管を被覆人工血管、と称する場合がある。)
被覆前のポリエステル繊維だけで構成される人工血管重量の平均は0.3905gであり、アテロコラーゲンを被覆し架橋した後の完全乾燥状態で平均0.6287gであった。すなわち架橋剤を含む被覆物質重量は0.2382gである。この乾燥状態では人工血管は硬化し壊れやすい状況であった。
作成したアテロコラーゲンを被覆した人工血管に柔軟剤及び/又は保湿剤として両者の性質を併せ持つグリセリンを選択し、予め定めた量のグリセリンを含浸させた。なお、基礎実験ではキシリトールやソルビトール、マンニトールなどの他の多価アルコールにも両者の作用があり、それらを大量に医療材料に含浸させると周囲に浸出液貯留という合併症を来すことが明らかになっているが、その中でも臨床的に最も多用されているグリセリンを選んだ。
具体的方法としては、エタノールで希釈した1%グリセリン液、5%グリセリン液、10%グリセリン液、20%グリセリン液、30%グリセリン液、40%グリセリン液、50%グリセリン液を準備し、それらを人工血管に染み込ませては乾燥させる、という繰り返し手法を採用した。
内径8mm長さ約6cmの人工血管が一度のグリセリン含有アルコール溶液を含むことの出来る量は平均で約0.30gであったので、1%グリセリンの場合は0.003gのグリセリンを人工血管が一度の染み込みで含有することとなる。5%グリセリンではその5倍、10%グリセリンではその10倍、20%グリセリンではその20倍、30%グリセリンではその30倍、40%グリセリンではその40倍,50%グリセリンではその50倍のグリセリンを人工血管に含ませることができる。この方法を用いることで、濃度の異なるグリセリン液の使い分けと人工血管に染み込ます回数でグリセリン含有量が制御可能となった。
このようにして含浸させるグリセリン量を以下の通りに設定した。すなわち、人工血管の重さと被覆物質と架橋剤の重さの総重量が0.6287gであるので、20%グリセリン含有の状態を得るには、0.1572gのグリセリンを含有させればよい。そのためには、50%グリセリンアルコール液を1回染み込ますと0.15gグリセリンを含有するようになり、1%グリセリンアルコール液を3回染み込ますことで更に0.009g含有出来ることから、この操作で20%グリセリン濃度の人工血管を作成することが可能である。実施してみると0.1578g増加し、約20%グリセリン含有状態となった。この方法で30%グリセリン含有人工血管、25%グリセリン含有人工血管、20%グリセリン含有人工血管、15%グリセリン人工血管、10%グリセリン含有人工血管、5%含有人工血管、0%グリセリン含有人工血管(すなわち、グリセリンを含まない人工血管)を作成した。これらは3本ずつ作成し、それらをガス(エチレンオキサイドガス)滅菌した。作成した人工血管はグリセリン含有量が20重量%以上であれば臨床で使用している人工血管と同程度の柔軟性を持っていたが、それ以下は硬くなり、0%では硬くなって、ピンセットでつまむと容易に壊れてしまう状態であった。
次にビーグル犬を全身麻酔下に清潔状態で胸部下降大動脈を約5cm切除し、その部分に作成した人工血管を長さ5cmに切って植え込み、2週間後に観察した。その結果、グリセリン含有量が30%と25%の人工血管では全ての人工血管周囲に浸出液貯留を認め、その周囲に液を取り囲むカプセルが形成されていた。20%、15%、10%、5%、0%の人工血管では浸出液貯留は見られなかった。この結果は3本ずつの植え込み例で、全てに共通して認められた現象であった。この実験よりグリセリン量が人工血管総重量の20重量%未満では人工血管周囲に浸出液貯留が生じない事が明かとなった。
臨床報告では人工血管植え込み一ヶ月経過しても人工血管周囲に浸出液の貯留が認められるとされているが、一度貯留した浸出液が次第に吸収され始める事を考慮し、動物実験では観察期間を2週間とした。結果で見られるようにグリセリン含有量の違いで周囲組織の状況と浸出液貯留が異なっていた。
【0059】
実施例2
前述した実施例1でグリセリン量の多寡によって生体埋込用医療材料周囲への浸出液貯留が影響を受けることが判明したが、グリセリン含量が25%と20%との間に境界が有ることから、厳密なグリセリン量を判断するために、その間で再評価を行った。
使用した人工血管は実施例1と全く同じ方法で作成した。つまり、Intervascular社(U.S.A.)製のポリエステル繊維製人工血管Micron、透水率1200ml、内径8mm長さ約6cm、をアテロコラーゲンにて被覆しナガセ化成株式会社のポリエポキシ化合物EX810 Ethylene Polyethylene Glycol Diglycidyl Etherで架橋した。架橋剤は3%になるようにエタノール内に溶解し、アテロコラーゲンを被覆した試料を凍結乾燥させ、作成した架橋剤を含むエタノール液の中に室温で24時間反応させた。アテロコラーゲン被覆後の完全乾燥状態の重量は平均で0.6287gであった。この状態で異なる量のグリセリンを含浸させた。グリセリン含有方法としては、実施例1と同様に、エタノールで希釈した1%グリセリン液、5%グリセリン液、10%グリセリン液、20%グリセリン液、30%グリセリン液、40%グリセリン液、50%グリセリン液を準備し、それらを人工血管に染み込ませては乾燥させる、という繰り返し手法を採用した。この方法で24%グリセリン含有人工血管、23%グリセリン含有人工血管、22%グリセリン人工血管、21%グリセリン含有人工血管、を3本ずつ作成し、それらをガス滅菌した。
次にビーグル犬を全身麻酔下に清潔状態で胸部下降大動脈を約5cm切除し、その部分に作成した人工血管を長さ5cmに切って植え込み、2週間後に観察した。その結果、グリセリン含有量が24%、23%、22%の人工血管では全てに浸出液貯留を認め、グリセリン含有量が21%では人工血管周囲の組織が浮腫状となっていた。浮腫状態とは浸出液が組織内に浸透している状態と考えると、この実験及び前の実験より、グリセリン量が20重量%未満であれば、滲出液貯留を防ぐことが可能であると、結論づけられた。
【0060】
実施例3
前述の実施例1及び2と同様の方法で、Intervascular社(U.S.A.)製のポリエステル繊維製の人工血管Micron、内径8mm長さ約6cm、を用いて試料を作成した。生体内吸収性物質としてカルボキシメチルキトサンを用いた。架橋はナガセ化成株式会社のポリエポキシ化合物EX313 Glycerol Polyglycidyl Etherを使用した。
被覆前のポリエステル繊維製人工血管重量の平均は0.3099gであり、カルボキシメチルキトサン被覆後は完全乾燥状態で平均0.7564gであった。すなわち架橋剤を含む被覆物質重量は平均で0.4465gであり、この乾燥状態では人工血管は硬化し壊れやすい状況であった。そこでこの状態でグリセリンを含浸させた。方法としては実施例1と同様の方法を採用した。一度で人工血管が含むことの出来るアルコール溶液はこの人工血管の場合、平均で約0.40gであったので、1%グリセリンの場合は一度で0.004gのグリセリンを人工血管が含有することとなる。このようにして含浸させるグリセリンを実施例1や2と同様にして量的に定め、総重量の23%、22%、21%、20%、19%のグリセリンを含有する5種類の人工血管を3本ずつ作成し、ガス滅菌した。
次にビーグル犬の胸部下降大動脈を約5cm切除し、その部分に作成した人工血管を長さ5cmに切って植え込み、2週間後に観察したところ、グリセリン含有量が23%と22%の人工血管では周囲に滲出液貯留を認めたが、21%の人工血管では浮腫状の組織で取り囲まれており、20%、19%の人工血管では浸出液の貯留は見られなかった。この結果は3本ずつの植え込み例で全てに共通して認められた現象であった。この実験よりグリセリン量を人工血管全重量の20重量%未満に減らすことで、人工血管周囲に生じる浸出液貯留を防ぎ得ることが明らかとなった。この結果は実施例1や2と同等であることから、生体内吸収性物質である被覆物質を変えても、周囲への浸出液貯留の状況は変わらず、貯留の程度はグリセリン含有量の違いによって生じることが明らかとなった。
【0061】
実施例4
前述の実施例3と同じく23%、22%、21%、20%、19%のグリセリンを含有する5種類の人工血管を作成し、それぞれから長さ5mmを輪状に切り取り、リング状の試料とした。
これらをガス滅菌し、清潔操作の元でラットの背部皮下組織内にリング状のまま挿入した。試料は1匹のラットにつき、一つずつ挿入し、一つの試料に関して3匹のラットを使用したことから、合計15匹のラットを使用することとなった。それぞれのラットは挿入1週間後に再度、麻酔をかけて背部を切開して検討したところ、グリセリン含有量が23%と22%の人工血管リング試料では全てのリング内側及び外側には浸出液貯留を認め、試料全体が貯留した滲出液に浮いているような状況であり、浸出液周囲に薄いカプセルが形成されていて、線維芽細胞などの組織を再生する細胞の侵入は認められなかった。グリセリン含有量21%の人工血管では人工血管のリングの内側に幼弱な結合組織が侵入し、それが浮腫状となっていたが、浸出液の貯留とそれを取り囲むカプセルは見られなかった。人工血管外側の周囲には幼弱な結合組織が付着しており、その組織も浮腫状であった。しかしグリセリン含有量20%、19%の人工血管では人工血管サンプルのリングの外側も内側共に、浮腫状組織も浸出液も見られず、結合組織が付着しているのみであった。この結果は3つずつの植え込み試料例で、全てに共通して認められた現象であった。
この結果、人工血管を実際にイヌの胸部大動脈に植え込むテストをしなくとも、含有グリセリンの影響である浸出液貯留を観察するには、ラットの背部皮下組織を利用することで、イヌを用いた人工血管植え込み実験の代替えが可能であること、観察期間の短縮も可能であること等が判明した。更にグリセリン量が20重量%以下であれば周囲に滲出液を貯留させないことも確認された。
【0062】
実施例5
前述の実施例1と同様に被覆人工血管を作成した。この時、生体内吸収性の被覆物質としてはアテロコラーゲンを使用せずに、繊維性コラーゲンを使用した。そしてグリセリン含有量を変化させた。すなわち人工血管の重さと被覆物質と架橋剤の重さの総重量に対してグリセリン量はその23%、22%、21%、20%、19%、18%、17%、16%、15%、14%、13%、12%、11%、10%、9%、の15種類である。この処置を行った人工血管はそれぞれに3本ずつ作成した。
次に、作成したこれらの人工血管を実施例4と同様に長さ5mmに切り出してリング状として、それぞれラットの背部皮下組織内に挿入し、1週間後に観察したところ、実施例4と同様に、グリセリン量が20%以下の試料では浸出液貯留が見られないという結果が得られた。そのことから、被覆物質には関係なく、周囲組織への滲出液貯留はグリセリン含有量に影響を受けることがラットの皮下組織内挿入実験でも判明した。そしてグリセリン量が試料の総重量の20重量%未満になれば、グリセリンの副作用である浸出液貯留現象が生じないことが明らかとなった。
【0063】
実施例6
生体内吸収性の被覆物質としてアテロコラーゲンの代わりにゼラチンを使用し、前述の実施例5と同様のテストを行ったところ、実施例5と同様の結果を得た。そのことから、生体内吸収の被覆物質を変えても影響なく、周囲組織への滲出液貯留はグリセリン含有量に影響を受けることが判明した。
【0064】
実施例7
生体内吸収性の被覆物質としてカルボキシメチルセルロースを使用し、前述の実施例5と同様のテストを行った。この時はポリエポキシ化合物による架橋を行わずに、熱架橋を行った。条件としては、乾燥状態に人工血管試料を置き、真空下で摂氏120度、12時間加熱した。この処置でカルボキシメチルセルロースは熱架橋により不溶化した。この処置によって人工血管は臨床では使用出来ないほど硬くなった。次にこの人工血管を用いて実施例5と同様のラットを用いた皮下組織内挿入テストを行ったところ、実施例5と同様の結果を得た。そのことから、被覆物質の架橋方法を変えて硬くなったにしても、グリセリン含有量に従って周囲組織への滲出液貯留は影響を受けることが判明し、グリセリン量が試料の総重量の20重量%未満になれば、グリセリンの副作用である浸出液貯留現象が生じないことが明らかとなった。また同時にこの実験によって、実施例1〜6の結果と対比することによって、逆にポリエポキシ化合物による架橋を行えば、従来技術である熱架橋では得られない柔軟性が得られていた事が浮き彫りとなった。
【0065】
実施例8
前述の実施例7でエポキシ化合物による架橋の代わりに熱架橋を行ったが、ここでは、それに代えて電子線架橋を行った。試料としては一般的な生体内吸収性物質であるゼラチンを用いた。グルタールアルデヒドは3%溶液を使用して5時間架橋した。この結果、人工血管は硬化した。その後、ガス滅菌を行なって実施例7と同様のラットの皮下組織内でテストしたところ、実施例7と同じ結果を得た。従って、架橋方法を変えても、医療材料が硬くなったにしても、また、生体内吸収性の被覆物質を変えても、試料周囲に生じる滲出液貯留はグリセリン量によって決まることが明らかとなった。また同時にこの実験によって、実施例1〜6の結果と対比することによって、逆にポリエポキシ化合物による架橋を行えば、従来技術であるグルタールアルデヒド架橋では得られない柔軟性が得られていた事が浮き彫りとなった。
【0066】
実施例9
前述の実施例7でエポキシ化合物による架橋の代わりに熱架橋を行ったが、ここでは、それに代えてグルタールアルデヒド架橋を行った。試料としてはキトサンを用いた。キチンからキトサンへの脱アセチル化度は87%であった。このキトサンを酢酸溶液に溶解した後に人工血管へ塗布し、乾燥させた後に蒸留水で洗浄し、それを電子線25Gの強さで架橋した。この結果、人工血管は硬化した。電子線照射によって滅菌も同時に行えたことから、ガス滅菌は行わなかった。このようにして準備した試料を実施例7と同様のラットの皮下組織内でテストしたところ、実施例7と同じ結果を得た。従って、架橋方法を変えても、医療材料が硬くなったにしても、また、生体内吸収性の被覆物質を変えても、試料周囲に生じる滲出液貯留はグリセリン量によって決まることが明らかとなった。また同時にこの実験によって、実施例1〜6の結果と対比することによって、ポリエポキシ化合物による架橋を行えば、従来技術である電子線架橋では得られない柔軟性が得られていた事が浮き彫りとなった。
【0067】
実施例10
心臓血管系以外の部位における実施例として、腹壁の修復に使用した人工腹壁の例を示す。まず実施例2で作成した人工血管と同じ様な試料を作成した。すなわち、Intervascular社(U.S.A.)製のポリエステル繊維製人工血管Micron、透水率1200ml、内径8mm長さ約6cm、をアテロコラーゲンにて被覆しナガセ化成株式会社のポリエポキシ化合物EX810 Ethylene Polyethylene Glycol Diglycidyl Etherで実施例1と同じ方法で架橋した。このようにして作成した人工血管にグリセリンを含むエタノールを染み込ませて、24%グリセリン含有人工血管、23%グリセリン含有人工血管、22%グリセリン人工血管、21%グリセリン含有人工血管、20%グリセリン含有人工血管、19%グリセリン人工血管、を3本ずつ作成し、それらをガス滅菌した。
次に家兎を全身麻酔下に清潔状態で開腹し、腹壁の筋肉層、筋膜、腹膜を一体として2.5cm X 3.5cmの範囲に切除し、その部位に作成した人工血管を長軸方向に切り開いた布状にして、それを人工腹壁として植え込んだ。この人工腹壁の外側は皮膚で覆い、人工腹壁の内面は腸管に接する状態にした。このような処置をした家兎を2週間後に再度開腹して観察した。その結果、グリセリン含有量が24%、23%、22%の人工腹壁では全てに皮膚と人工腹壁との間に浸出液貯留を認めた。グリセリン含有量が21%では人工腹壁周囲の組織が浮腫状態となっていた。そして20%、19%のグリセリン含有の人工腹壁では、滲出液貯留も浮腫状態も見られなかった。この現象は3匹の家兎全例で等しく認められた。浮腫状態とは浸出液が組織内に浸透貯留している状態と考えると、この実験より、グリセリン量が20重量%未満であれば、人工腹壁においても滲出液貯留を防ぐことが可能であると考えられた。
【0068】
実施例11
最終的な臨床使用時における柔軟剤及び/又は保湿剤の重量%が重要である例を示す。
前述の実施例10と同様の家兎の実験を忠実に再現して行った。ただ一つの違いは、手術中に開腹している家兎の腹腔を生理的食塩水にて洗浄した事である。腹腔の洗浄は腹部手術に於いて日常的に行われている操作である。この時に腹壁に縫いつけてある人工腹壁も当然生理的食塩水に触れ、同時に洗浄される事となる。そこで洗浄後の傷を閉じる直前に人工腹壁端の一部を切り取ってグリセリン含有量の測定に用いた。実験に用いた家兎はこの手術を実施した2週間後に再度開腹し、人工腹壁部分を観察した。その結果、グリセリン含有量が24%の人工腹壁では全てに皮膚と人工腹壁との間に少量の浸出液貯留を認めた。しかしグリセリン含有量が23%、22%、21%、20%、19%では滲出液貯留もしくは浮腫状態が見られなかった。この現象は3匹の家兎全例で等しく認められた。そこで手術中に採取した人工腹壁断端部のグリセリン量測定を改めて行ったところ、24%の人工腹壁ではグリセリン量が平均して21%に減少していた。グリセリン含有量が23%、22%、21%、20%、19%の人工腹壁では17%、15%、16%、12%、7%へと、いずれも減少していた。この結果、臨床使用時に創部内洗浄などによってでもグリセリン含有量が最終的に20重量%未満となる、或いは20重量%未満であることが合併症防止には重要であることが判明した。
【0069】
対照例1
グリセリンを柔軟剤及び/又は保湿剤として使用している市販のコラーゲン被覆人工血管の代表としてボストン・サイエンティフィック社(アメリカ、ニュージャージー州)のヘマシールド人工血管を使用した。この人工血管はコラーゲンが被覆されており、それをホルムアルデヒドで架橋不溶化させている。まず、その人工血管のグリセリン含有量を測定した。長さ約6cm、内径8mmの人工血管3本を用意し、それらを凍結乾燥装置にて乾燥状態とした。その重量は平均で0.7564gであった。次に「48時間洗浄法」によってグリセリンの除去を行った。具体的には、それらを約1リットルの蒸留水の中で48時間浸漬震盪させた。蒸留水は8時間毎に交換した。この交換時には人工血管を乾燥ガーゼで包み、軽く押して人工血管内に含まれる水を切り、再度、蒸留水に入れることによって、人工血管壁内に含まれる水をも入れ替えた。48時間後には、これらの操作によってグリセリンは人工血管から蒸留水の中にほぼ完全に溶出したと考え、完全に乾燥させて重量を測定したところ、平均で0.4402gとなった。この結果、グリセリンの総量はそれらの計測値の差違から、平均で0.3162gであると推定された。すなわち、全重量0.7564gの41.8%である。
【0070】
対照例2
3頭のイヌを用いて、対照例1に使用したグリセリンを柔軟剤及び/又は保湿剤として使用している市販のコラーゲン被覆人工血管の代表としてボストン・サイエンティフィック社(アメリカ、ニュージャージー州)のヘマシールド人工血管を胸部下降大動脈に植え込んだ。人工血管のサイズは長さ6cm、内径8mmである。人工血管には柔軟性があり、取り扱い性は優れていた。植え込み後2週間で人工血管周囲を見たところ、人工血管周囲はカプセルに覆われていて、カプセル内では人工血管周囲に浸出液が貯留し、人工血管を圧迫していた。人工血管内面には血栓が厚く付着していた。この結果は3頭のイヌに共通して認められたことから、グリセリン量の多い生体埋込用医療材料では、周囲に浸出液貯を生じることが判った。
【0071】
実施例12
前述の対照例1で使用したヘマシールド人工血管、長さ約6cm、内径8mmの人工血管6本を用意し、「30分間洗浄法」を用い、植え込み前にグリセリン量を減少させると周囲に浸出液貯留が防ぐことが可能かどうかのテストを行った。本実施例での「30分間洗浄法」は室温にて、500ml程度の溶媒、具体的には生理的食塩水もしくは蒸留水等に人工血管を浸し、軽く震盪した後に取り上げて乾燥したガーゼで包んで水を切る方法を採用である。本方法を用いてヘマシールド人工血管の洗浄を行った。実際の洗浄時間は約10分間であった。洗浄前の長さ約6cm、内径8mmの人工血管6本の乾燥時の平均重量は0.7725gであった。「洗浄」実施後の平均は0.4877gであった。次に6本の中の3本については、更に蒸留水によって「48時間洗浄法」、つまり1リットルの蒸留水に浸漬し、8時間毎に液を交換して完全にグリセリンを取り除き、乾燥状態にして重量を測定したところ、平均で0.4541gであった。これらの計算値より本人工血管には平均で41,2%のグリセリンを含有していたこととなるので、「30分間洗浄法」でグリセリン含量は4.3%にまで減少している計算となる。
そこで「30分間洗浄法」のみを行った3本についてガス滅菌を行い、イヌの胸部下降大動脈に植え込んだ。植え込み時の人工血管は硬く、取り扱い性が悪かったが、生理的食塩水に浸すとグリセリンを含有していた時の柔軟性に比べて遜色のない柔軟性に戻り、取り扱い性に優れた状態となった。このようにして植え込み後2週間目に検討したところ、人工血管周囲は幼弱な結合組織で覆われていて、周囲には滲出液の貯留は全く認められず、浸出液を取り囲むカプセルの形成も見られなかった。この結果は3頭のイヌに共通して認められた。このことから、たとえ大量のグリセリンを含有する生体埋込用医療材料であっても、使用直前に洗浄によってグリセリン含有量を減らし、最終的には20重量%未満に調整すれば、グリセリン使用の副作用から免れることを示しており、生理的食塩水による含水状態での柔軟性を得ておれば、取り扱い性が低下することもない、と言うことが明らかとなった。
【0072】
対照例3
グリセリンを柔軟剤及び/又は保湿剤として使用している市販のコラーゲン被覆人工血管の代表としてインターバスクラー社(アメリカ、ニュージャージー州)のインターガード人工血管を使用し、対照例1と同様の検討を行った。この人工血管はコラーゲンが被覆されていて、グルタールアルデヒドで架橋不溶化されている。まず、その人工血管のグリセリン含有量を測定した。長さ約6cm、内径8mmの人工血管9本を用意し、それらを凍結乾燥装置及び除湿乾燥機を用いて乾燥状態とした。その重量は平均で0.4877gであった。次に、9本の中の3本を前述の「洗浄」の手法に則って洗浄し、再度乾燥状態にして重量を測定したところ、平均で0.3949gであった。すなわち0.0928gの可溶性成分、すなわちグリセリンが抜け出たことが判明した。次に、9本の中の他の3本を「48時間洗浄法」に則って洗浄した。すなわち約1リットルの蒸留水の中で48時間浸漬震盪させた。蒸留水は8時間毎に交換し、グリセリンを人工血管から蒸留水の中に完全に溶出させた。次にそれらの乾燥重量を測定したところ、平均で0.3799gとなった。つまり、この過程でグリセリンが平均で0.1078g流れ出たこととなり、これがグリセリンの総量となる。すなわち、全重量0.4877gの22.1%である。
【0073】
対照例4
3頭のイヌを用いて、対照例3に使用したグリセリンを柔軟剤及び/又は保湿剤として使用している市販のコラーゲン被覆人工血管の代表としてのインターバスクラー社(アメリカ、ニュージャージー州)のインターガード人工血管の、9本の中で、洗浄しなかった3本を胸部下降大動脈に植え込んだ。人工血管には柔軟性があり、取り扱い性は優れていた。植え込み後2週間で人工血管周囲を見たところ、人工血管周囲はカプセルに覆われており、カプセル内には人工血管周囲に浸出液が微量に貯留すると同時に、浮腫状となった幼弱な結合組織も存在した。この結果は3頭のイヌに共通して認められた。このことから、22.1%のグリセリンを含有する生体埋込用医療材料、具体的には人工血管では、周囲に浸出液が残り、一部は組織を浮腫状態としてしまうことが判った。
【0074】
実施例13
前述の対照例3で使用したインターガード人工血管を用い、植え込み前に洗浄することでグリセリン量を減少させることで周囲に浸出液貯留が防ぐことが可能かどうかのテストを行った。前述の対照例3で示したとおり、洗浄前の人工血管重量が平均で0.4877gであり、9本の中の3本を前述の方法に則って「洗浄」し、再度完全な乾燥状態にして重量を測定したところ、平均で0.3949gであった。すなわち0.0928g、つまり19.0%のグリセリンが抜け出たことであり、全体で22.1%であったことから、「洗浄」後はグリセリンの含量は3.1%となっていると計算される。
次に、この洗浄を行った人工血管をガス滅菌し、イヌの胸部下降大動脈に植え込んだ。植え込み時の人工血管は硬かったが、生理的食塩水の中に浸す事で柔軟性が出てきて、グリセリンを含有していた時に比べて遜色のない柔軟性となり、取り扱い性は良好であった。植え込み後2週間目に検討したところ、人工血管周囲は幼弱な結合組織で覆われていて、周囲には滲出液の貯留は全く認められなかった。結合組織にも浮腫状態は認められなかった。この結果は3頭のイヌに共通して認められた。このことから、たとえ大量のグリセリンを含有する生体埋込用医療材料であっても、使用直前に洗浄によってグリセリン含有量を20重量%未満に調整すればグリセリン使用の副作用から免れることを示しており、それによって周囲への滲出液貯留を防ぐことが出来ること、及び、生理的食塩水による含水状態での柔軟性を得ていれば、取り扱い性が低下することがない、等が明らかとなった。
【0075】
対照例5
グリセリンを柔軟剤及び/又は保湿剤として使用している市販のゼラチン被覆人工血管の代表としてバスクテック社(スコットランド)のゼルウイーブ人工血管を使用し、対照例3と同様の検討を行った。この人工血管はゼラチンが被覆されていて、ホルムアルデヒドで架橋不溶化されている。まず、その人工血管のグリセリン含有量を測定した。長さ約6cm、内径8mmの人工血管9本を用意し、凍結乾燥装置を用いて乾燥状態とした。その重量は平均で0.5680gであった。次に9本の中の3本を前述の「洗浄」の方法に則って洗浄し、再度乾燥状態にして重量を測定したところ、平均で0.4049gであった。すなわち0.1586gの可溶性成分、すなわちグリセリンが抜け出たことが判明した。次に、9本の中の他の3本を前述の「48時間洗浄法」で洗浄した。すなわち約1リットルの蒸留水の中で48時間浸漬震盪させた。蒸留水は8時間毎に交換し、グリセリンを人工血管から蒸留水の中に完全に溶出さ、乾燥重量を測定したところ、平均で0.3995gとなった。つまり、この過程で0.1685gのグリセリンが溶出したと考え、これでグリセリンは流れきったと考えると、グリセリンの総量は平均で0.1685gであって、全重量0.5680gの29.7%である。
【0076】
対照例6
3頭のイヌを用いて、対照例3に使用したゼルウイーブ人工血管の、9本の中の洗浄しなかった3本を胸部下降大動脈に植え込んだ。人工血管には柔軟性があり、取り扱い性は優れていた。植え込み後2週間で人工血管周囲を見たところ、人工血管周囲はカプセルに覆われていて、カプセル内は浸出液が貯留していた。この結果は3頭のイヌに共通して認められた。このことから、29.7%のグリセリンを含有する生体埋込用医療材料、具体的には人工血管では、周囲に浸出液が貯留することが判った。
【0077】
実施例14
前述の対照例5で使用したゼルウイーブ人工血管を用い、植え込み前に洗浄することでグリセリン量を減少させると、周囲に浸出液貯留が防ぐことが可能となるかどうかのテストを行った。前述の対照例5で示したとおり、洗浄前の人工血管重量が平均で0.5680gであり、9本の中の3本を前述の方法に則って「洗浄」し、再度完全な乾燥状態にして重量を測定したところ、平均で0.4049gであった。すなわち0.1586g、つまり27.9%のグリセリンが抜け出たことであり、全体で29.7%であったことから、洗浄後はグリセリンの含量は1.8%となっていると計算される。
次に、洗浄を行った人工血管をガス滅菌し、イヌの胸部下降大動脈に植え込んだ。植え込み時の人工血管は硬かったが、生理的食塩水の中に浸す事で柔軟性が出て取り扱い性に優れていた。植え込み後2週間目に検討したところ、人工血管周囲は幼弱な結合組織で覆われていて、周囲には滲出液の貯留は全く認められなかった。結合組織にも浮腫状態は認められなかった。この結果は3頭のイヌに共通して認められた。このことから、たとえ大量のグリセリンを含有しグリセリンの副作用である滲出液貯留を引き起こす生体埋込用医療材料であっても、使用直前の洗浄によってグリセリン含有量を最終的に20重量%未満に調整すればグリセリン使用の副作用から免れることを示しており、それによって周囲への滲出液貯留を防ぐことが出来ること、及び、生理的食塩水による含水状態での柔軟性を得ていれば、取り扱い性が低下することもない、等が明らかとなった。
【0078】
実施例15
前述の実施例1において、グリセリンの値がゼロである場合、つまり柔軟剤及び/又は保湿剤を含まない場合の評価の詳細を説明する。すなわち、グリセリンを含まないコントロールと記載した例である。前述したとおり、アテロコラーゲンを被覆した実施例1もカルボキシルメチルキトサンを被覆した実施例2においても、グリセリンをアルコール液に混ぜて染み込ませると、試料は次第に柔軟性を得る。しかしながらグリセリンを染み込ませていないコントロールでは、試料は硬くて割れやすく、取り扱い性が極めて悪い状況であった。そのために、そのままピンセットでつまむとつまんだ部位が壊れる可能性があった。そこで試料を滅菌パックから取り出すときに、生理的食塩水を振りかけて約3分間待った。その結果、試料は生理的食塩水を吸い上げて柔軟となり、ピンセットでつまんでも壊たり割れるような事が無くなった。そして術者の指でつまんでも手術操作が困難と考えられるような硬さは無く、グリセリンを20重量%以上含有させた試料と同等の柔軟性であった。その結果としてイヌの胸部下降大動脈への安全な植え込みが可能となった。手術中における取り扱い性は良好であった。以上の結果、グリセリンの含有量がゼロである試料においては、それを触る前に生理的食塩水等の溶媒を染み込ませることで柔軟性を賦与することが可能であることが判明した。
なお、実施例1で説明したとおり、20重量%未満であっても可能な限りグリセリン含有量を低くして、最終的にはゼロにした試料においても、人工血管周囲に浸出液の貯留を認めることが無かったことから、柔軟剤及び/又は保湿剤を含まなくとも含水によって柔軟となるので取り扱い性には問題が無く、本発明の課題である滲出液貯留を防ぎうることが判明した。
【0079】
実施例16
含水によって柔軟性を得る事を証明する実施例を示す。実施例1と同様の手法でアテロコラーゲンを被覆した人工血管、及び実施例2と同様の手法でカルボキシメチルキトサンを被覆した人工血管を作成し、エポキシ化合物EX-810によって架橋した。この時にアテロコラーゲン及びカルボキシメチルキトサン内に1%の割合で含水性を賦与するための保湿剤の代表としてトレハロースを含有させた。これによって物性的には変わることは無かった。そして架橋後の乾燥状態では、トレハロースを含有させていない実施例1のコントロールと同等であった。このようにして作成した人工血管をガス滅菌にした後に、触ったところ、同じく硬くて壊れやすい状況であったので、それらに生理的食塩水を振りかけた。すると人工血管試料は急速に生理的食塩水を吸い込み、約1分間で柔軟な状態となり、手術に使用出来る取り扱い性を獲得した。以上の結果、含水性を賦与することによって、グリセリンのような柔軟剤及び/又は保湿剤を多量に使用するのではなく、トレハロースのような保湿剤を20重量%未満含ませておけば、生理的食塩水に触れさせると使用に耐えるだけの柔軟性を確保することが可能であることが判明した。
【0080】
実施例17
前述の実施例13で作成した試料を長さ5mmに切り出しリング状のテスト試料としてガス滅菌をおこなった。次にそれらを実施例3に示したと同じく、ラットの背部皮下組織内に挿入し、1週間の経過を観察した。その結果、いずれの試料においても周囲に滲出液の貯留を認めなかった。以上の結果は、グリセリンのような柔軟剤及び/又は保湿剤ではなく、トレハロースのような保湿剤を1%程度、すなわち20重量%未満含ませておけば、生理的食塩水に触れさせると使用に耐えるだけの柔軟性を得ることで取り扱い性に問題を来さないことのみならず、生体内に植え込んでも周囲に滲出液の貯留を来たさないことが判明した。
【0081】
実施例18
含水によって柔軟性を得る事を証明する実施例を、保湿剤の種類を変えて実施した結果を示す。実施例16では保湿剤の代表としてトレハロースを使用したが、ここではキシリトールを使用した。使用量はトレハロースと同様に1%である。そして実施例16と同様の試料を作成した結果、トレハロースよりも少し吸水速度が遅いが、生理的食塩水を振りかけて30秒後には試料は全て柔軟となっていた。このことから、保湿剤を使用することで、柔軟剤及び/又は保湿剤であるグリセリンを大量に用いることなく柔軟性を得て、手術に際しての取り扱い性には問題を来さないことが判明した。
【0082】
実施例19
含水によって柔軟性を得る事を証明する実施例を、保湿剤の種類を変えて実施した結果を示す。実施例16では保湿剤の代表としてトレハロースを使用したが、ここではソルビトールを使用した。使用量はトレハロースと同様に1%である。そして実施例16と同様の試料を作成した結果、キシリトールを保湿剤として使用した結果と同等の結果を得た。このことは、保湿剤の種類を変更しても、適当な保湿剤を使用すれば柔軟剤及び/又は保湿剤であるグリセリンを大量に用いることなく柔軟性を得て、手術に際しての取り扱い性には問題を来さないことが判った。すなわち、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20%未満であっても、このような異なる手段で柔軟性を得ることが可能であることを示した。
【0083】
実施例20
生体内吸収性物質が荷電基を持ち等電点がpH6.0より酸性側、又はpH9.0より塩基性側になれば含水性を得やすい状況となる実施例を示す。実施例1と同様の手法でアテロコラーゲンを被覆した人工血管を作成し、エポキシ化合物EX-810で架橋した。その後で無水マレイン酸を用いて試料をサクシニール化した。その手法は特開昭55-028947に記載の方法に従った。この様にして作成したサクシニール化アテロコラーゲンの等電点を測定すると、pH4.0であった。このようにして作成した試料を凍結乾燥させ、ガス滅菌を行ったところ、試料は硬化し、割れやすい状況であった。そこで試料に生理的食塩水を振りかけたところ、約40秒で試料は生理的食塩水を吸収し膨潤して柔軟となった。その柔軟さはグリセリンを使用した試料と同等もしくはそれ以上の柔軟さであった。この結果から、柔軟剤及び/又は保湿剤であるグリセリンを使用しなくとも、生体内吸収性物質に荷電基を持たせておけば、試料は含水によって柔軟性を得て、取り扱い性における問題を生じない事が判った。つまり柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20%未満であっても、このような異なる手段で柔軟性を得ることが可能であった。
【0084】
実施例21
前述の実施例20で示した試料を実施例5で示した方法に則りラットの背部皮下で評価した。すなわち、長さ5mmに切り出しリング状のテスト試料としてガス滅菌をおこなった。次にそれらをラットの背部皮下組織内に挿入し、1週間の経過を観察した。その結果、いずれの試料においても周囲に滲出液の貯留を認めなかった。以上の結果から、グリセリンを使用しなくても他の手段で含水性を賦与しておくことで医療材料は生理的食塩水を含み、それによって柔軟性を得ることで取り扱い性に問題を来さないことのみならず、生体内に植え込んでも周囲に滲出液の貯留を来たさないことが判明した。
【0085】
実施例22
前述の実施例20ではアテロコラーゲンをサクシニール化したが、ここでは部分的にスルフォン化を行ったキトサンを用いて、生体内吸収性物質が荷電基を持つことで等電点がpH6.0より酸性側に振った例を示す。キトサンを硫酸化することでヘパリン様の作用が出ることが知られていて、多くのスルフォン化の手法があるが、特公平09-510493に記載の硫酸化多糖類製造方法に則って作成した。このようにして通常のキトサンと硫酸化キトサンとを混ぜて被覆した。作成した人工血管の等電点はpH3.5であった。そこで、このようにして作成した試料を用いて、実施例19及び実施例20に示したと同様の評価を行ったところ、同様の結果を得た。そのことから、荷電基の賦与方法を変更しても、含水性は高まり、含水によって柔軟性を獲得出来て、多量の柔軟剤及び/又は保湿剤を使用する事の副作用である滲出液貯留問題から解放されることが明らかとなった。
【0086】
実施例23
生体内吸収性物質が荷電基を持つことで等電点がpH9.0より塩基性側になっていることで、含水性を得やすい状況である実施例を示す。実施例20ではアテロコラーゲンを被覆物質として使用したが、ここでは使用するアテロコラーゲン溶液に1%の割合で粉末の硫酸プロタミンを溶解させて混在させた後に被覆を行った。そして実施例20と同様にエポキシ化合物で架橋した。その結果、アテロコラーゲンを主とした被覆物の等電点はpH9.9となった。このようにして作成した試料を凍結乾燥させ、ガス滅菌を行ったところ、実施例20で示したと同じく試料は硬化し、割れやすい状況であった。そこで試料に生理的食塩水を振りかけたところ、試料は徐々に生理的食塩水を吸収し柔軟となった。その間約1分40秒であった。しかし含水後の柔軟さはグリセリンを使用した試料と同等の柔軟さであった。この結果、グリセリンを使用しなくとも、生体内吸収性物質に荷電基を持たせ、等電点をpH9.0より塩基性側に設定しておけば、試料は含水によって柔軟性を得て、取り扱い性における問題を生じないと判明した。そして、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20%未満であっても、このような異なる手段で柔軟性を得ることが可能であることも示した。
【0087】
実施例24
前述の実施例23で示した試料を実施例5で示した方法に則りラットの背部皮下で評価した。すなわち、長さ5mmに切り出しリング状のテスト試料としてガス滅菌をおこなった。次にそれらをラットの背部皮下組織内に挿入し、1週間の経過を観察した。その結果、いずれの試料においても周囲に滲出液の貯留を認めなかった。以上の結果は、グリセリンの様な柔軟剤及び/又は保湿剤を使用しなくても含水性を賦与しておくことで生理的食塩水を含み、それによって柔軟性を得ることで取り扱い性に問題を来さないことのみならず、生体内に植え込んでも周囲に滲出液の貯留を来たさないことが判明した。
【0088】
対照例7
従来技術の代表的架橋材であるグルタールアルデヒドを用いた場合を対照として、本発明のエポキシ化合物による架橋の状況と対比した結果を示す。カルボキシメチルキトサンを用いて実施例1で作成したと同様の試料作成を行った。しかし架橋剤としてはエポキシ化合物を使用せず、グルタールアルデヒドを使用した。この時グルタールアルデヒドはエポキシ化合物の場合と同様にエタノールに溶解させた。濃度と時間はエポキシ化合物と同じく3%溶液、架橋時間は5時間とした。このようにして作成した試料を凍結乾燥した結果、試料は極めて強く硬化し、柔軟性を失って割れやすい状況となった。次にこれを蒸留水に浸漬させたが、試料は水を吸い込まず、水の上に浮いたままであった。そこで無理矢理水の中に沈めて3時間待ったが、柔軟性を示すことが無かった。この状態は実施例1〜5で架橋にエポキシ化合物を用いて、含水による柔軟性が得られた状況と比較すると、従来技術のグルタールアルデヒド架橋では含水による柔軟性が得にくい事を示した。
【0089】
実施例25
生体内吸収性物質が架橋後に水酸基価が変化し、それによって含水性が変わる実施例を示す。実施例1の方法に則ってアテロコラーゲンを被覆した人工血管を作成した。架橋前の状態で電気化学システムズ株式会社製自動水酸基価測定装置を用いて水酸基価を測定したところ、25KOHmg/gであった。次にそれを実施例1で示した方法でポリエポキシ化合物による架橋を行った。その結果、水酸基価は67KOHmg/gとなった。この状態で含水性を調べたところ、生理的食塩水を吸い込み、3分以内に柔軟な状態となった。そして、柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20%未満であっても、このような異なる手段で柔軟性を得ることが可能であることも示した。
【0090】
対照例8
生体内吸収性物質が架橋後に水酸基価が変化し、それによって含水性が変わる対照例を示す。実施例1の方法に則ってアテロコラーゲンを被覆した人工血管を作成した。架橋前の状態で水酸基価を測定したところ、25KOHmg/gであった。次にそれを対照例7で示したグルタールアルデヒドによる架橋を行った。その結果、水酸基価は13KOHmg/gとなった。この状態で含水性を調べたところ、生理的食塩水を僅かしか吸い込まず、柔軟な状態にはならなかった。
【0091】
実施例26
生体内非吸収性多孔質基材の例として種々の程度の多孔質状態を創りうるに容易な繊維製材料を選択した。まず従来技術で多用される1.2デシデックスのポリエステル繊維を主構造に用いた平織り組織の布を準備した。その透水率は約500mlであった。次に、それを幅2cm、長さ15cmに、ウエール方向とコース方向に5枚ずつ切り出して、「45度カンチレバー剛軟度測定法」によって測定した。具体的手法としては、単純な装置であるが、平らな面の端に45度の角度を持った傾斜がある検査台を用いて、試験布を平らな面から傾斜面上に押し出して行き、布が重力によってカーブしてゆくことで、ある時点で布の尖端が傾斜面に接することとなるようにする。その時点での試料片の移動した距離(mm)で布の剛軟度を判定することが出来る。硬い布は移動距離が長くなり、柔軟性を持つ布は距離が短い。
測定した試料片の作成方法としては、準備した1.2デシデックスのポリエステル繊維を主構造に用いた平織り組織の基本となる布の上に、0.15デシデックスのポリエステル極細繊維からなる不織布を重ね合わせた状態で高圧水流を吹き付けることによって両者を一体化させる手法を採用した。この手法によって極細繊維は細密充填的な状態になることなく繊維間に間隙を持った状態で絡み合うことが出来た。そしてこの時に不織布の量を選ぶことによって、極細繊維の絡まり量を任意に設定する事が可能となった。この際、不織布の量が多くなれば、重量の変化が生じるので測定が不正確になるが、量が少ない段階では誤差範囲内として不織布重量は無視しうる。この手法で作成した布の透水率を測定したところ、480mlであった。
まず、基本となる布をカンチレバーで測定した結果、基材のカンチレバー価は平均で15mmであった。
次に極細繊維を絡ませた布の測定をおこなった。その結果、極細繊維の量を増やして行くと、カンチレバー価が12mmに変化するところがあった。そしてその後は極細繊維量が増えるに従って、カンチレバー価は少なくなった。その結果、カンチレバー価が変化したところで、極細繊維が含まれることによる繊維滑りによる柔軟性向上効果が出たと判断された。そこでカンチレバー価が12mmに変化した試料を樹脂に包埋し、ガラスナイフで3ミクロンの厚みに切り出して切片を作り、光学顕微鏡で200倍の倍率で観察し、基材に絡まった極細繊維の本数を測定したところ、平均で5%を占めていた。また、極細繊維は適度にばらけていて、個々の繊維間隙には3ミクロン以上の間隙があった。すなわち、細密充填状態ではなかった。この結果、極細繊維を5%以上、細密充填ではない状態で含有させることで、繊維製の多孔質基材の柔軟性を向上させうることが判明した。
なお、極細繊維を5%含む試料の透水率は約480mlであって、基材のそれと変化は見られなかった。すなわち、透水率も重量も変化させることなく、極細繊維を僅かに絡ませることで極細繊維が細密充填的な状態になることなく絡まり合い、極細繊維滑り現象を引き出すことが可能となって、布に柔軟性を賦与させうることが判明した。
【0092】
実施例27
実施例26で作成した「極細繊維を5%以上含有する繊維製の生体内非吸収性多孔質基材」を用いて内径8mmの管を作成し、それに生体内吸収性物質を絡ませたハイブリッド型の生体内植え込み用材料を作成した。生体内吸収性物質の天然由来材料の代表としてはカルボキシメチルキトサンを用いた。その等電点はpH5付近であることから、それをpH5.0塩酸酸性水に5%重量比で溶解させた。次にそれを作成した管の内腔に注射器で注入し、2分間かけて約3気圧で加圧し続け、揉み操作を続けた。このようにして人工血管壁内の繊維間隙にカルボキシメチルキトサンを含浸させ、次にそれを自然乾燥させた。次に、ポリエポキシ化合物(ナガセ化成株式会社・大阪)EX313 Glycerol Polyglycidyl Etherをイソプロピルアルコールに3%の体積比で溶解し、カルボキシメチルキトサンが含浸された人工血管を投入して室温で24時間架橋処理した。次に流水で洗浄し、凍結乾燥させ、オートクレーブ滅菌を行った。次いでこのようにして作成した人工血管の断面を光学顕微鏡で観察した。その手法としては、人工血管を親水性樹脂Technovit7100(Heraeus Kulzer GmbH & Co. KG)に包埋し、ガラスナイフで厚さ約3ミクロンの切片を作り、断面を光学顕微鏡で40〜400倍の倍率で観察した。その結果、極細繊維と通常の太さの繊維間隙にカルボキシメチルキトサンが散在的に含浸された状態が認められた。この方法で作成した人工血管のカルボキシメチルキトサン部分を電気化学システムズ株式会社製自動水酸基価測定装置で解析したところ水酸基価は78KOHmg/gであった。
この人工血管を生理的食塩水に触れさせると瞬時に柔らかくなり、人工血管としての操作性に問題が無いことが明らかとなった。また、人工血管をもみほぐして見たところ、カルボキシメチルキトサンが剥がれる現象は見られなかった。
【0093】
実施例28
0.5デシデックスの太さの極細繊維を5%以上含む合成繊維性の基材として、極細繊維と通常の太さを持つ繊維とを折り合わせた人工血管基材を作成した。その作成方法は従来技術であるToray Graftトレグラフト (東レ社製、透水率100ml)と同じ手法である。トレグラフトは現在臨床には使用されていないが、1.2デシデックスのポリエステル繊維を主構造に用いた織り組織であり、0.15デシデックスのポリエステル極細繊維を5%以上、絡まるように組み込まれていることから、低有孔性で極細繊維を持つ人工血管の実例として参考になる。しかしながら従来技術のトレグラフトでは極細繊維がともすると細密充填的な状況になりやすく、基材が硬くなる危険性がある。そこで本実施例で用いる人工血管は起毛操作と高圧水流を吹き付ける操作を入念に行い、繊維間に間隙を持たせ、細密充填的な状況にならないようにして作成した。その結果、極細繊維の繊維間滑り現象によって、緻密に織られていても組織としての柔軟性をもつ人工血管を作成することが可能となった。その人工血管を「極細繊維人工血管」と呼ぶ。
生体内吸収性物質の天然由来材料の代表としては先に述べた実施例と同じく、カルボキシメチルキトサンを用いた。その等電点はpH5付近であることから、それをpH5.0塩酸酸性水に5%重量比で溶解させた。次にそれを極細繊維人工血管内腔に注射器で注入し、2分間かけて約3気圧で加圧し続け、揉み操作を続けた。このようにして人工血管壁内の繊維間隙にカルボキシメチルキトサンを含浸させ、次にそれを自然乾燥させた。次に、ポリエポキシ化合物(ナガセ化成株式会社・大阪)EX313 Glycerol Polyglycidyl Etherをイソプロピルアルコールに3%の体積比で溶解し、カルボキシメチルキトサンが含浸された人工血管を投入して室温で24時間架橋処理した。次に流水で洗浄し、凍結乾燥させ、オートクレーブ滅菌を行った。次いでこのようにして作成した人工血管の断面を光学顕微鏡で観察した。その手法としては、人工血管を親水性樹脂Technovit7100(Heraeus Kulzer GmbH & Co. KG)に包埋し、ガラスナイフで厚さ約3ミクロンの切片を作り、断面を光学顕微鏡で40〜400倍の倍率で観察した。その結果、極細繊維と通常の太さの繊維間隙にカルボキシメチルキトサンが散在的に含浸された状態が認められた。この方法で作成した人工血管のカルボキシメチルキトサン部分を電気化学システムズ株式会社製自動水酸基価測定装置で解析したところ水酸基価は72KOHmg/gであった。
この人工血管を生理的食塩水に触れさせると瞬時に柔らかくなった。また、人工血管をもみほぐして見たところ、カルボキシメチルキトサンが剥がれる現象は見られなかった。
次に、この実施例ではポリエポキシ化合物を実施例1で用いたEX-810の代わりに、EX313を使用したが、同等の結果が得られたことから、エポキシ化合物の種類を変えても影響が無く、含水性が良好であり、含水によって柔軟となることが判明した。
【0094】
対照例9
0.5デシデックスの太さの極細繊維を含まない合成繊維製人工血管の対照例として、宇部興産製の人工血管(透水率50ml)を用いた。この人工血管は実施例24に示した極細繊維人工血管に比べて硬く、取り扱い性が悪かった。次に、実施例27と同様の操作でカルボキシメチルキトサンを被覆させた。架橋剤としては同様にポリエポキシ化合物を用いた。このようにして作成した試料にグリセリンを含ませずに凍結乾燥させてガス滅菌をおこなったところ、試料は極めて硬くなり、変形させると割れる恐れが有るほどであった。次にそれを生理的食塩水の中に浸漬したところ、試料内部に生理的食塩水は染み込み、柔軟性を回復した。しかしながら、アテロコラーゲン被覆前の段階までは柔軟になるが、それ以上の柔軟性は得られなかった。すなわち、実施例26で示した極細繊維を用いた人工血管の柔軟性には及ばない事が判明した。この結果と実施例27とを合せて考慮した結果、本発明で示すグリセリンの使用量を減らしても柔軟性を失わず、周囲に滲出液貯留を防ぐには、使用する生体内吸収性物質の処理に工夫を凝らすのみならず、基材の側も工夫を要することで柔軟性向上に効果が有ることが判明した。
【0095】
実施例29
前述の実施例1で人工血管としての管状態の実施例を示してきたが、これらとは異なり、心臓壁の一部に膜状態、すなわちパッチ状として使用した例を示す。実施例2で示したカルボキシメチルキトサンを用いて作成した人工血管を縦割りにして、長さ4cm、幅2.5cmのパッチを作成した。これにはグリセリンを全重量の10%になるように含有させ、ガス滅菌を行った。この状態では試料はすこし硬かったが、ピンセットでつまんでも被覆物質が剥がれたり壊れたりする様な危惧はなかった。そこでそれを生理的食塩水に浸漬したところ、生理的食塩水の中に直ちに沈んでしまい、グリセリンを20重量%以上含有していると同程度に柔軟となった。そしてピンセットでつまんでも被覆物質が剥がれたり壊れたりすることは無くなった。
次に、イヌに全身麻酔をかけて清潔環境下で左開胸し、心膜を切開して肺動脈基始部を露出し、その部位に部分遮断鉗子をかけて切開し、そこに準備したパッチを右心室壁パッチとして植え込んだ。植え込みに当たってはその取り扱い性は良好であり、柔軟性は従来技術で作成されているグリセリンを多量に含んだパッチ材料と比べ、全く遜色は無かった。術後2週間後にイヌに再度麻酔をかけて植え込み部分を観察した結果、パッチ材周囲には幼弱な結合組織が心膜と共に付着しており、滲出液の貯留は見られなかった。
【0096】
実施例30
前述の実施例29と同様の膜状のパッチとして心膜の一部に使用した例を示す。実施例28で使用した膜を使用した。この膜にはグリセリンが全重量の20重量%未満、具体的には約10%に調整されていた。イヌに全身麻酔をかけて清潔環境下で左開胸し、心膜を2cmX4cmの広さに切除し、その部位に準備したパッチを植え込んだ。植え込みに当たってはその取り扱い性は良好であり、柔軟性は従来技術で作成されているグリセリンを多量に含んだパッチ材料と比べ、全く遜色は無かった。術後2週間目にイヌに再度麻酔をかけて植え込み部分を観察した結果、パッチ材周囲には幼弱な結合組織が付着しており、滲出液の貯留は見られなかった。
【0097】
対照例10
従来技術で作成されているグリセリンを多量に含む人工血管を切り開いてパッチ状にして、実施例28と同様の実験を行った結果を示す。対照例1で示したヘマシールド人工血管を対照に選んだ。この人工血管はコラーゲンが被覆され、ホルムアルデヒドで架橋されていて、グリセリンが含浸されていて柔軟で取り扱い性に優れているので、臨床で多用されている。この人工血管内径10mm、長さ4cmを縦軸方向に切り開いて一枚のパッチを作成した。この試料のグリセリン含有量は対照例1に示したとおりであり本発明の、総重量(a)に対するグリセリン含有量は41.8%で、柔軟性に優れ、取り扱い性が良いのが特徴である。このパッチを実施例25で示したと同じ方法でイヌの右心室壁パッチとして植え込みを行った。手術中の取り扱い性は良好であり、何の問題もなかった。2週間後にイヌを再び麻酔かけて植え込んだパッチ部分を観察したところ、その部分には厚い組織が盛り上がって覆っており、それを破ると、中から滲出液が出てきた。パッチの外側には組織の癒着は見られず、細胞侵入を推察出来る所見は得られなかった。その結果、従来技術のグリセリンが多く含まれている試料では、パッチ状の部分に使用しても周囲に浸出液が貯留することが判明した。
【0098】
実施例31
生理的食塩水を染み込ますことで試料に柔軟性を与え、それでもってグリセリンを大量に使用せずとも取り扱い性に優れ、そして生体内に植え込んだ後には周囲に浸出液貯留を来さないような生体埋込用医療材料の調整方法を示す。実施例1で用いたグリセリン量が全体の重さに対して20重量%未満であれば、先に示したとおり、生体内に植え込んでも周囲に浸出液貯留を来さない。しかしながら、乾燥状態にあっては硬くて取り扱い性が悪い。特にグリセリン量が少ない例やグリセリンを含まない例等では硬くて、そのままでは手術時の植え込み操作に支障を来す程である。しかしながら、それらを使用直前に生理的食塩水に触れさせてしばらく待つと、含水によって柔軟性が得られ、グリセリンを20重量%以上含有させた時の柔軟性に比べて遜色のない柔軟性となっていた。特に、実施例14〜20等で示した試料では、含水による柔軟性獲得は有効であった。この際、生理的食塩水を振りかけても、生理的食塩水の中に浸漬させても同じ程度に柔軟となり、取り扱い性が良好となった。
【0099】
対照例11
グリセリン含有の従来技術品の代表として対照例1に示したヘマシールド人工血管を持いて、それを生体内に植え込むときに生理的食塩水に浸漬させたが、既に柔軟であったことから、浸漬、含水による柔軟性獲得、と言う点では効果の確認は出来なかった。
【0100】
実施例32
グリセリンを多く含む生体埋込用医療材料であっても、それを生体内に植え込む時に、溶媒、具体的には生理的食塩水で洗浄すれば、グリセリン量を減らすことが可能であり、総重量の20重量%未満に調整すれば、グリセリンの副作用が消える事を示す。従来技術で作成され、グリセリンを大量に含む実例として、対照例1に示すヘマシールドグラフトを用いる。これは対照例1で示すとおり、植え込み後に周囲に浸出液の貯留を見る。そこで、ヘマシールドグラフトを植え込み直前に生理的食塩水に浸漬する「30分間洗浄法」を行った。具体的には500mlの生理的食塩水にヘマシールドグラフトを浸漬させた。一回の浸漬で、しかも10分間未満であったが、その結果、含有グリセリンは97%流出し、3%しか残存していなかった。すなわち本発明で主張する総重量の20重量%未満の範囲に入っていることを示した。そして生体内への植え込み結果では、2週間の後に調べたところ、周囲に滲出液の貯留は認められなかった。このことは、植え込み直前に生理的食塩水によって洗浄する生体埋込用医療材料の調整方法を採用することで、グリセリンを洗い流し、その結果としてグリセリンの副作用を回避させたことを示していた。
【0101】
実施例33
前述の実施例32に準じてグリセリンを多く含む生体埋込用医療材料であっても、それを生体内に植え込む直前に溶媒、具体的には生理的食塩水で洗浄すれば、グリセリン量を減らすことが可能であり、総重量の0〜20%の範囲内になれば、グリセリンの副作用が消える事を示す。従来技術で作成され、グリセリンを大量に含む実例として、対照例3に示すインターガード人工血管を用いた。これは対照例3で示すとおり、植え込み後に周囲に浸出液の貯留を見る。そこで実施例31に示したと同様の方法の「洗浄」に則って洗浄という調整法を実施した。その結果、約98.6%のグリセリンは流出し、1.4%しか残存していなかった。そして生体内への植え込み結果では、2週間の後に調べたところ、周囲に滲出液の貯留は認められなかった。このことは、植え込み直前に生理的食塩水によって洗浄する生体埋込用医療材料の調整方法を採用することで、グリセリンを洗い流し、その結果としてグリセリンの副作用を回避させたことを示していた。
【0102】
実施例34
生理的食塩水の中で、どの程度の洗浄時間が必要か、のテストを行った。対照例1に示したヘマシールドグラフトを用いて、3本の小片の浸漬を500mlの生理的食塩水の中に1回、2回、と言う具合に10回浸漬まで行った結果、1回浸漬でも3本とも90%以上のグリセリンが流出することが判明した。しかし、3本の人工血管に残るグリセリン量の間にばらつきがあった。これは浸漬の程度、揺らす程度、揉む程度などの影響を受けやすいことを示していた。しかしながら、たとえばらつきがあるにしても、一度の浸漬、すなわち洗浄でグリセリン量を20重量%未満に調整することが可能であることが判明し、本発明の調整法が有効であることが明らかとなった。
【0103】
実施例35
臨床使用時におけるグリセリン量を減らす洗浄方法としては、人工血管が長い場合もあるので、具体的には人工血管を1000ml程度の生理的食塩水に浸し、軽く揺すった後に乾燥したガーゼで包んで水を切る「30分間洗浄法」の調整法を推奨する。実際にこの洗浄に要する時間は10分間未満である。これらの方法で前述のヘマシールドグラフトを洗浄したところ、一度の浸漬でグリセリン含有量がいずれも5%以下に減少した。動物実験では、この操作を3回も繰り返せば十分であった。
【0104】
実施例36
前述の実施例35の手法でグリセリン量を20重量%未満にまで減少させたヘマシールド人工血管、具体的にはこの手法でグリセリン含有量を4%以下まで下げた人工血管をビーグル犬の胸部下降大動脈に植え込んで2週間後に検討したところ、人工血管周囲には滲出液貯留が認められなかったことから、実施例34に示す調整方法がグリセリンの副作用である浸出液貯留問題の軽減に有効であることが判明した。
【0105】
実施例37
臨床使用時において、既に血管吻合を行った人工血管でのグリセリン量を減少させる調整法を示す。この手法も基本的には前述した「30分間洗浄法」の採用である。グリセリンを多量に含む医療材料の一例として対照例1に示したヘマシールド人工血管を使用した。人工血管はパックから取り出したのちに、生理的食塩水などに触れることなく注意して、ビーグル犬3頭の胸部下降大動脈に植え込みを行った。人工血管は柔軟性を有し、取り扱い性は優れていた。本人工血管は対照例1に示すとおり、全重量の41.8%のグリセリンを含有している。本人工血管をそのまま植え込むと、対照例2に示したとおり、人工血管周囲に浸出液貯留の合併症が生じるはずである。そこで本実施例では、洗浄することなく血管吻合を行った人工血管に対して、手術創を閉じる前で血液が人工血管内を流れている状態に於いて、生理的食塩水300mlを人工血管の外側から注射器を用いたジェット水流として繰り返し振りかけた。この間、約10分間であった。この処置を行った後に、手術創を閉じて手術を終了した。そして2週間後に観察したところ、人工血管周囲には結合組織が付着しており、滲出液貯留は認められなかった。この結果、たとえ体内に植え込まれている段階における医療材料であっても、本発明が示す洗浄の調整法を用いると、合併症を予防することが可能であることが判明し、本発明の調整法の効果が明らかとなった。
【0106】
実施例38
臨床使用時において、既に植え込まれた人工血管でのグリセリン量を減少させる調整法の効果を、グリセリン含有量の変化として模擬実験で検証した。具体的には対照例10で使用したヘマシールド人工血管を用いた。動物に植え込む代わりの模擬実験として、人工心肺装置に用いるポンプを使用して閉鎖系回路を作成し、回路内に疑似血液として低分子デキストラン溶液を流して、平均内圧120mmHgになるように設定した。この状態に於いてヘマシールド人工血管をパックから取り出したのちに、生理的食塩水などに触れることなく注意して回路の一部に繋ぎ、人工血管内に疑似血液を流した。この人工血管の長さは5cmであり、重量は0.7852gであった。この状態で疑似血液を流し始めた後に、人工血管に対して実施例36で示した要領で周囲から注射器を用いたジェット水流で洗浄した。この洗浄には生理的食塩水300mlを使用した。次に、この洗浄を行った後に人工血管を取り出し、グリセリン量の測定を行ったところ、5cmの長さの人工血管に含まれるグリセリン量は0.2911gであった。対照例1に示すとおり、本人工血管には約41.8重量%のグリセリンが含有されているので、約0.3571gのグリセリンが含まれていたはずである。それが0.2911gに減少したことから0.0660gのグリセリンしか残存していない事を示している。従って8.4重量%にグリセリンが減量したこと、すなわち、安全域である20重量%未満の段階まで、血液が通っている状態であっても洗浄という調整方法を適応すればグリセリン量を調整し得ることを示し、本発明の調整法の有効性が明らかとなった。
【0107】
実施例39
次に、製造過程において、生体内吸収性物質の過剰な膨潤を押さえて、生体内非吸収性多孔質基材の多孔質構造内に生体内吸収性物質を効率よく押し込み、絡める製造方法に関しての実施例を示す。実例として生体内吸収性物質にサクシニール化コラーゲンを選定した。サクシニール化コラーゲンはカルボキシル基が多量にあることから負に荷電し、そのために分子内に水を含みやすい状況となっているので、過剰に膨潤する。そこでまず、1%サクシニール化コラーゲンの水溶液を実施例24で使用した極細繊維人工血管、内径8mm、長さ6cmに300mmHgに相当する圧をかけて注入した。そして絡まったサクシニール化コラーゲンのみを残して、人工血管に付着した余剰のサクシニール化コラーゲンを取り除いて凍結乾燥させ、絡まったサクシニール化コラーゲンの量を測定した。この時に用いた極細繊維人工血管の重量は0.4213gであり、サクシニール化アテロコラーゲンが絡まった状態では0.5124gであった事から、絡まったサクシニール化アテロコラーゲン量はその差違である0.0911gであった。次に、同じ人工血管を用いて同じくサクシニール化コラーゲンを圧注入する際に、食塩をサクシニール化コラーゲン溶液に20%となるように混在させて、同じ条件で圧注入したところ、凍結乾燥後の重量が0.9454gとなった。すなわち、塩が含まれているものの、0.5332gのサクシニール化アテロコラーゲンが絡まったことが判明した。この結果、製造工程で食塩のような塩を含ませることで、膨潤しやすい生体内吸収性物質を締めて、狭い多孔質間隙にも入りやすくなっていることを示した。
【0108】
実施例40
前述の実施例38で使用したと同じ極細繊維人工血管を用い、製造方法における工夫を行った。使用した人工血管の重量は0.4846gであった。膨潤しやすい生体内吸収性物質の代表としてゼラチンの10%水溶液を加熱して作成した。まず、内径8mm、長さ6cmの人工血管に300mmHgに相当する圧をかけて作成したゼラチン溶液を注入した。そして繊維間隙に絡まったゼラチンのみを残して、人工血管周囲に付着した余剰のゼラチンを取り除いて凍結乾燥させ、絡まったゼラチンの量を測定した。その結果、人工血管は0.5837gとなっていたことから、0.0991gのゼラチンが絡まったことが判った。次に同じ条件で再度試みたが、その時はゼラチン溶液に20%となるように食塩を加えておいた。次に冷却した蒸留水の中に浸して食塩を抜いた後に凍結乾燥し、重量を測定した。その結果、圧注入後は人工血管の重量が0.9881gとなった。ことから、0.4145gのゼラチンが絡まったことが判明した。このことから、先の食塩を混ぜなかった場合と比較すれば、効率よく大量のゼラチンが絡まったことが判った。この結果は、製造工程に於いて食塩の様な塩を含ませることで、膨潤しやすい生体内吸収性物質を締めて、狭い多孔質間隙にも入りやすくなっていることを示した。
【0109】
実施例41
前述の実施例38で使用したと同じ極細繊維人工血管を用い、製造方法における工夫を行った。使用した人工血管の重量は0.4928gであった。膨潤しやすい生体内吸収性物質の代表として実施例7で使用したカルボキシメチルセルロースの2%水溶液を使用した。まず、内径8mm、長さ6cmの人工血管に300mmHgに相当する圧をかけてカルボキシメチルセルロース水溶液を注入した。そして絡まったカルボキシメチルセルロースのみを残して、人工血管に付着した余剰のカルボキシメチルセルロースを取り除いて凍結乾燥させ、絡まったカルボキシメチルセルロースの量を測定した。その結果、人工血管は0.5851gとなっていたことから、0.0923gのカルボキシメチルセルロースが絡まったことが判った。次に同じ条件で再度試みたが、その時はカルボキシメチルセルロース溶液に20%となるようにエタノールを加えておいた。その結果、圧注入後は人工血管の重量が0.9112gとなったことから、0.4184gのカルボキシメチルセルロースが絡まったことが判明した。エタノールは凍結乾燥時に人工血管から抜け出ているはずであるので、純粋にこの量のカルボキシメチルセルロースが絡まった事となり、先のエタノールを混ぜなかった場合と比較すれば、効率よく大量のカルボキシメチルセルロースが絡まったことが判った。この結果は、製造工程に於いてエタノールの様なアルコールを含ませることで、膨潤しやすい生体内吸収性物質を締めて、狭い多孔質間隙にも入りやすくなっていることを示した。
【0110】
実施例42
次に、製造過程において、荷電基をもつ生体内吸収性物質の場合、その過剰な膨潤を押さえて、生体内非吸収性多孔質基材の多孔質構造内に生体内吸収性物質を効率よく押し込み、絡める製造方法に関しての実施例を示す。
実例として生体内吸収性物質にサクシニール化コラーゲンを選定した。サクシニール化コラーゲンはカルボキシル基が多量にあることから負に荷電し、そのために分子内に水を含みやすい状況となっているので、過剰に膨潤する。その等電点はpH3.3であった。そこでその1%サクシニール化コラーゲンの水溶液を実施例24で使用した極細繊維人工血管、内径8mm、長さ6cmに300mmHgに相当する圧をかけて注入した。そして絡まったサクシニール化コラーゲンのみを残して、人工血管に付着した余剰のサクシニール化コラーゲンを取り除いて凍結乾燥させ、絡まったサクシニール化コラーゲンの量を測定した。この時に用いた極細繊維人工血管の重量は0.4213gであり、サクシニール化アテロコラーゲンが絡まった状態では0.5124gであった事から、絡まったサクシニール化アテロコラーゲン量はその差違である0.0911gであった。次に、同じ人工血管を用いて同じくサクシニール化コラーゲンを圧注入する際に、サクシニール化コラーゲン溶液をpH3.3の等電点付近に調整、同じ条件で圧注入したところ、凍結乾燥後の重量が0.9234gとなった。すなわち0.5112gのサクシニール化アテロコラーゲンが絡まったことが判明した。この結果、製造工程で溶液を等電点付近に合わすことで、膨潤しやすい生体内吸収性物質でも効率よく狭い多孔質間隙にも入りやすくさせることを示した。
【産業上の利用可能性】
【0111】
以上述べたように本発明においては、柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッド型の生体埋込用医療材料において、該柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満であることにより生体内に埋込み後に該医療材料の周囲に生じる浸出液貯留を最小限に抑え、その結果、浸出液貯留によってもたらされる悪影響を抑えることができ、更に、該生体埋込用医療材料を生理的食塩水の如き電解質液、等張液、蒸留水などの溶媒による洗浄もしくは含浸するによって柔軟性を保持することが出来た。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
柔軟剤及び/又は保湿剤を含有した生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなるハイブリッド型の生体埋込用医療材料において、該柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満である事を特徴とする生体埋込用医療材料。
【請求項2】
上記柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満は臨床使用時である事を特徴とする請求項1に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項3】
室温における30分間以内の溶媒による洗浄で上記柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量が20重量%未満となる事を特徴とする請求項1または請求項2に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項4】
前記生体内吸収性物質が荷電基を持つ事を特徴とする請求項1ないし請求項3のずれかの項に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項5】
前記生体内吸収性物質の水酸基価が50KOHmg/g以上である事を特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかの項に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項6】
前記生体内吸収性物質がポリエポキシ化合物によって架橋されている事を特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかの項に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項7】
前記生体内非吸収性多孔質基材が繊維製であり、0.5デシデックス(dtex)以下の極細繊維を細密充填状態になることなく総繊維本数の5%以上含有していることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかの項に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項8】
生体埋込用医療材料が人工血管や人工気管などとして生体内の管腔臓器や管腔組織の代替えもしくはその一部に使用され、又は、人工心膜、人工心臓壁、人工腹壁、人工血管壁、人工気管壁、人工胸壁、人工硬膜、人工膀胱壁などとして生体内の臓器や組織にパッチ状に使用される事を特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれかの項に記載の生体埋込用医療材料。
【請求項9】
柔軟剤及び/又は保湿剤を含有する生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料を、該柔軟剤及び/又は保湿剤の溶媒で洗浄、もしくは溶媒に含浸することによって、該柔軟剤及び/又は保湿剤の含有量を20重量%未満に調整する事を特徴とする生体埋込用医療材料の調整方法。
【請求項10】
生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料の製造工程において、該生体内吸収性物質の含水による膨潤を制御するため、該生体内吸収性物質の溶解液又は浮遊液に塩及び/又はアルコールを含有させ、該生体内非吸収性多孔質基材に含浸交絡させ、その後に塩及び/又はアルコールを抜き取る工程を持つ事を特徴とする生体埋込用医療材料の製造方法。
【請求項11】
生体内吸収性物質と生体内非吸収性多孔質基材からなる生体埋込用医療材料の製造工程において、該生体内吸収性物質が荷電基を持つ場合、含水による膨潤を制御するため、該生体内吸収性物質をその等電点付近で溶解させ、該生体内非吸収性多孔質基材に含浸交絡させ、その後に生理的中性領域に水素イオン濃度を調整する工程を持つことを特徴とする生体埋込用医療材料の製造方法。