説明

柔軟型ガス拡散電極基材および膜−電極接合体

【課題】 導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極、およびこれを備えたMEAを提供する。
【解決手段】 ガス拡散電極18,20は、その基材であるガラスクロス22等が高い柔軟性を有すると共に、これに炭素繊維24および炭素微粒子26がスラリーの含浸により内部まで十分に入った状態で樹脂で被着させられていることから、多数の炭素繊維24がその相互間に多数の炭素微粒子26が介在した状態で相互に樹脂で接合された構造を厚み方向の全体に亘って備えるので、導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極18,20が得られる。また、含浸処理によって製造することができ、且つ柔軟性に優れていることからロール化が可能であるので、量産性に優れ製造コストも抑えることが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池を構成するためのガス拡散電極およびこれを備えた膜−電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料として水素、メタノール、化石燃料からの改質水素等の還元剤を用い、空気や酸素を酸化剤として、電池内で燃料を電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換して取り出すものである。そのため、内燃機関に比較して効率が高く、静粛性に優れると共に、大気汚染の原因となるNOx、SOx、粒子状物質(PM)等の排出量が少ないことから、近年、クリーンな電気エネルギー供給源として注目されている。例えば、自動車用エンジンの代替、住宅用等の分散型電源や熱電供給システムとしての利用が期待されている。
【0003】
このような燃料電池は、用いる電解質の種類によって、アルカリ形、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形等に分類される。これらのうちプロトン伝導性の電解質を用いるリン酸形および固体高分子形は、熱力学におけるカルノーサイクルの制限を受けることなく高い効率で運転できるものであり、その理論効率は、25(℃)において83(%)にも達する。特に、固体高分子形燃料電池は、近年電解質膜や触媒技術の発展により性能の向上が著しくなり、低公害自動車用電源や高効率発電方法として注目を集めている。
【0004】
ところで、固体高分子形燃料電池は、例えば薄板状の高分子電解質層の両面に一対の触媒層を介してガス拡散電極を設けた構造を備えるものであり、通常は、このような膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly:以下、MEA)をセパレータを介して積層したスタック構造で用いられる。上記高分子電解質層は水素イオン(プロトン)を選択的に透過させるもので、上記触媒層は白金等から成る貴金属系触媒を担持した炭素微粒子を主成分とするものである。上記ガス拡散電極には、これら触媒層および電解質層表面に燃料ガスや空気を導き且つ生成ガスおよび過剰ガスを排出すると共に、発生した電流を取り出すために、高いガス拡散性能と高い導電性とが共に要求される。
【0005】
従来、このようなガス拡散電極としては、炭素繊維等を樹脂炭化物で結着した炭素繊維紙(すなわちカーボンペーパー)と称されるものが一般的に用いられている(例えば特許文献1,2を参照。)。また、膨張黒鉛等の導電性粉末、炭素繊維、有機繊維、および樹脂を含むスラリーを抄紙し、乾燥処理を施すことにより、例えば300(℃)以下の比較的低温で製膜するものも知られている(例えば特許文献3を参照。)。また、金属メッシュに貴金属コートを施した電極基材が提案されている(例えば特許文献4を参照。)。また、ガラス繊維不織布にアクリル樹脂や酢酸ビニル樹脂を付着させ、これに炭素粒子とPVDF(ポリ弗化ビニリデン)やPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)とを溶媒に分散させた導電性ペーストを被着して乾燥するガス拡散電極の製造方法が提案されている(例えば特許文献6を参照。)。
【特許文献1】特開2007−080742号公報
【特許文献2】特開2008−204824号公報
【特許文献3】特開2004−079406号公報
【特許文献4】特開2008−103142号公報
【特許文献5】特開2008−176971号公報
【特許文献6】特開2008−204945号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、燃料電池の量産性を考慮すると、ガス拡散電極基材には、前述したガス拡散性や導電性に加えて、生産時にロール化できる程度の柔軟性を有して連続製膜可能であることが望まれる。また、量産するためには安価に製造できることも必要である。しかしながら、前記特許文献1,2に記載されているような炭素繊維紙は、炭素繊維や炭素質粉末を樹脂炭化物で結着していることから、1700(℃)以上の高温で不活性或いは還元雰囲気で焼成する必要があるため、製造コストが高くなると共に、高温焼結させるので硬く且つ脆くなる問題があった。また、前記特許文献3に記載されているガス拡散電極基材は、300(℃)以下の低温で安価に製造できると共に高い柔軟性を有する利点があるが、炭素繊維相互間の導電性を付与するために混合される導電性粉末が比較的粗大であるため、ガス透過性が阻害されると共に、導電性も低い問題がある。しかも、混合されている有機繊維は柔軟性に寄与する反面で導電性を阻害するので、導電性の確保が一層困難になる。
【0007】
また、前記特許文献4に記載されているガス拡散電極用基材も十分な柔軟性を有するものであるが、金属メッシュの反応活性を低下させ或いは耐酸性を高めるための貴金属コートは高価であることから、燃料電池の量産時には適用が困難である。なお、耐酸コートのない金属メッシュでは、腐食すると共に溶出した金属イオンで電解質が劣化させられるため、金属メッシュを用いる場合には何らかの耐酸処理が必須である。また、前記特許文献6に記載されているガス拡散電極用基材は、導電成分としてカーボンブラックを用いるものであるが、カーボンブラックの体積固有抵抗は100(mΩ・cm)程度であって、炭素繊維紙等の主成分であるピッチ系炭素繊維の体積固有抵抗0.15(mΩ・cm)程度に比較すると桁違いに大きいので、導電性が不十分である。
【0008】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極、およびこれを備えたMEAを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
斯かる目的を達成するため、第1発明の要旨とするところは、固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極であって、(a)直径3(cm)の円筒に巻き付け得る柔軟性を有する多孔性薄膜にスラリーを含浸して炭素繊維、炭素微粒子、および樹脂を被着させて成ることにある。
【0010】
また、前記目的を達成するための第2発明の要旨とするところは、固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極であって、(a)有機繊維或いは無機繊維から成る織布或いは不織布、金属メッシュ、または孔空き金属薄板から成る柔軟性を有する多孔性薄膜にスラリーを含浸して炭素繊維、炭素微粒子、および樹脂を被着させて成ることにある。
【0011】
また、前記目的を達成するための第3発明の要旨とするところは、固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた第1発明または第2発明の柔軟型ガス拡散電極とを、含むことにある。
【発明の効果】
【0012】
前記第1発明によれば、ガス拡散電極は、その基材である多孔性薄膜が直径3(cm)の円筒に巻き付け得る程度に高い柔軟性を有すると共に、これに炭素繊維および炭素微粒子がスラリーの含浸により内部まで十分に入った状態で樹脂で被着させられていることから、多数の炭素繊維がその相互間に多数の炭素微粒子が介在した状態で相互に樹脂で接合された構造を厚み方向の全体に亘って備えるので、導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極が得られる。すなわち、炭素繊維相互が相互に絡み合った構造を備えるので、それらの接触部に炭素微粒子が存在しても繊維相互間に十分に大きな隙間が生ずるため、ガス透過性を確保しつつ高い導電性が得られる。そして、この構造が柔軟性の高い基材で支持されることになるので、柔軟性、ガス透過性、および導電性を併せ持つガス拡散電極が得られるのである。なお、「直径3(cm)の円筒に巻き付け得る」とは、巻き付けた場合に破損やひび割れ等が生じないことを意味する。基材がこのような柔軟性を有していれば、これに炭素繊維等を被着したガス拡散電極を直径4(cm)程度の軸棒に巻き取って連続製膜可能となるため、量産性が高められる。
【0013】
しかも、上記構造によれば、導電性を得る目的で樹脂を炭化させる必要が無いことから、不活性或いは還元雰囲気中における高温の焼成処理が無用であるため、高温の焼成処理を施していた炭素繊維紙に比較して、製造コストが低くなる利点もある。
【0014】
また、上記のように樹脂を炭化させる必要がないため、高い機械的強度が得られることから、ガス拡散電極の薄膜化が容易になり、延いてはMEAの薄膜化が容易になるので、使用材料を削減できて一層の低コスト化が可能である。なお、上記第1発明の構造によれば、含浸するスラリー量を調節することで膜厚を容易に制御できるので、要求特性や必要な強度等に応じた膜厚のガス拡散電極が得られる。
【0015】
また、前記第2発明によれば、ガス拡散電極は、その基材である多孔性薄膜が有機繊維或いは無機繊維から成る織布或いは不織布、金属メッシュ、または孔空き金属薄板から成ることから高い柔軟性を有すると共に、これに炭素繊維および炭素微粒子がスラリーの含浸により内部まで十分に入った状態で樹脂で被着させられていることから、前記第1発明と同様に、導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極が低コストで得られる。
【0016】
因みに、前述したように、ガス拡散電極に金属を用いる場合には何らかの耐酸処理が必須であり、前記特許文献4には貴金属コートを施すことがが示されているが、第1発明および第2発明によれば、スラリー中の樹脂成分が耐酸コートとして機能するので、高価な貴金属コートは無用である。また、前記特許文献5には、燃料電池の発電時の生成水を排出する目的で導入されるメッシュシートではあるが、柔軟性の高い多孔性薄膜が示されている。しかしながら、このメッシュシートはその目的上導電性が全く考慮されていないもので、これを電極用基材として用いると、導電面積が不足すると共に、材料自体の導電性不足に起因してガス拡散電極全体の導電性が不十分になる問題がある。
【0017】
なお、第1発明および第2発明において、「電解質上に」とは、固体高分子電解質の上にガス拡散電極が直接設けられている場合の他、触媒層等の他の層を介してガス拡散電極が設けられている場合が含まれる。
【0018】
また、前記第3発明によれば、固体高分子電解質層の一面および他面に触媒層を介して前記第1発明または第2発明のガス拡散電極が設けられることによってMEAが構成されることから、柔軟性の高いガス拡散電極は取扱性に優れるため、高い導電性および高いガス透過性を有するガス拡散電極を備えたMEAを低コストで容易に製造できる。
【0019】
ここで、好適には、前記第2発明において、前記多孔性薄膜は直径3(cm)の円筒に巻き付け得るものである。多孔性薄膜としては、この程度の柔軟性を有するものが好ましい。
【0020】
また、好適には、前記樹脂は分解温度が200(℃)以上の熱可塑性樹脂または硬化温度が40乃至200(℃)の範囲内の熱硬化性樹脂である。このようにすれば、何れの樹脂を用いる場合にも、200(℃)以下の温度で加熱処理を施すことで柔軟性や機械的強度の高いガス拡散電極を得ることができ、しかも、200(℃)以下の使用温度に耐え得るので、固体高分子形燃料電池のガス拡散電極として特に好ましい。因みに、固体高分子形燃料電池の運転時の最高温度は200(℃)までであるため、200(℃)程度の温度で使用可能であることが望まれる一方、安価に製造するためには、積層タイプのMEAに構成可能なように200(℃)以下でガス拡散電極を形成できることが望ましい。そのため、上記のような温度特性を有する熱可塑性樹脂および熱硬化性樹脂が好ましいのである。
【0021】
また、好適には、前記炭素繊維は繊維長が500(μm)以下である。このようにすれば、導電性の一層高いガス拡散電極が得られる。炭素繊維の繊維長は特に限定されるものでは無いが、長くなるほどガス拡散電極の断面加圧抵抗が増大する傾向があり、500(μm)を超えると増大傾向が著しくなるので500(μm)以下が好ましい。炭素繊維の繊維長は、10(μm)以上であることが一層好ましく、50(μm)以上であることが更に好ましい。
【0022】
また、好適には、前記スラリーは、前記炭素繊維に対する割合で、前記炭素微粒子を10乃至20(wt%)の範囲内、および前記樹脂を3.3乃至16.7(wt%)の範囲内で含むものである。このようにすれば、ガス透過性が一層高く且つ断面加圧抵抗が一層低いガス拡散電極が得られる。
【0023】
また、前記炭素繊維は特に限定されず、ポリアクリロニトリル系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維、レーヨン系炭素繊維等の適宜のものを用い得る。ポリアクリロニトリル系炭素繊維を用いた場合には、炭素繊維の強度が高いため機械的強度の特に高いガス拡散電極が得られる。また、ピッチ系炭素繊維を用いた場合には、電気伝導性の特に高いガス拡散電極が得られる。
【0024】
また、前記熱硬化性樹脂は特に限定されず、フェノール系樹脂、アクリル樹脂、エポキシ系樹脂、メラミン系樹脂、シリコーン系樹脂、ポリエステル系樹脂等の適宜のものを用い得る。これらの樹脂は、何れも十分な耐酸性および耐熱性を有し且つ安価であるため好ましく、所望する特性等を考慮して用途に応じて選択されるが、例えば、機械的強度および耐熱性の点では特にフェノール樹脂、中でもレゾール系フェノール樹脂が好ましい。
【0025】
また、前記熱可塑性樹脂は特に限定されず、ポリエステル樹脂やポリアミド樹脂等の適宜のものを用い得る。
【0026】
また、固体高分子形燃料電池には、燃料極側および空気極側のそれぞれにガス拡散電極が備えられるが、本発明は、それら燃料極側および空気極側の何れの電極にも適用され得る。但し、両極で同一構成の電極が設けられることが必須ではなく、所望する特性や製造上の都合等に応じて、適宜の電極構成を採用することができ、本発明を適用されるのが両極のうちの一方のみであってもよい。
【0027】
また、本発明は、種々の固体高分子電解質が用いられた固体高分子形燃料電池に適用され、固体高分子電解質の材質は特に限定されない。例えば、イオン交換基(-SO3H基等)を有するモノマーの単独重合体または共重合体、イオン交換基を有するモノマーとそのモノマーと共重合可能な他のモノマーとの共重合体、加水分解等の後処理によりイオン交換基に転換し得る官能基(すなわちイオン交換基の前駆的官能基)を有するモノマーの単独重合体、または共重合体(プロトン伝導性高分子前駆体)に同様な後処理を施したもの等が挙げられる。
【0028】
上記高分子電解質の具体例としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂等のパーフルオロ型のプロトン伝導性高分子、パーフルオロカーボンカルボン酸樹脂膜、スルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)共重合体膜、スルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFE共重合体膜、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)スルホン酸膜、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(ATBS)膜、炭化水素系膜等が例示される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【0030】
図1は、本発明の一実施例である平板型のMEA10の断面構造を示す図である。図1において、MEA10は、薄い平板層状の電解質膜12と、その両面に備えられた触媒層14,16と、触媒層14,16の各々の表面に設けられたガス拡散電極18,20とから構成されている。
【0031】
上記の電解質膜12は、例えばNafion(デュポン社の登録商標) DE520等のプロトン導電性電解質から成るもので、例えば200(μm)程度の厚さ寸法を備えている。
【0032】
また、上記の触媒層14,16は、例えば球状の炭素粉末に白金等の触媒を担持させたPt担持カーボンブラックから成るものである。これは、例えば田中貴金属工業(株)から市販されているもの(例えばTEC10E70TPM等)を用い得る。触媒層14,16の厚さ寸法は、例えば50(μm)程度である。
【0033】
また、上記のガス拡散電極18,20は、例えばそれぞれ200(μm)程度の厚さ寸法を備え、その表面と裏面(すなわち触媒層14,16側の一面)との間で容易に気体が流通し得るように構成された多孔質層である。
【0034】
上記のガス拡散電極18,20は、例えば、図2に断面構造を模式的に示すように、ガラスクロス22と、これに付着させられた炭素繊維24および炭素微粒子26等から成るものである。ガラスクロス22は、例えばEガラス繊維を縦横共70本/25mm程度の密度で平織りしたもので、21(μm)程度の厚さ寸法を備えている。本実施例においては、このガラスクロス22が多孔質薄膜に相当する。また、上記炭素繊維24は、例えば、ピッチ系ファイバーと称されるもので、繊維径が10(μm)程度、繊維長が50(μm)程度のものである。また、上記炭素微粒子26は、例えば、平均粒径が19(nm)程度のケッチェンブラックである。
【0035】
図3に、上記ガス拡散電極18,20における炭素繊維24と炭素微粒子26との結合状態の一例を模式的に示す。多数の炭素繊維24は、各繊維が相互に絡み合い、それらの接触点或いはその近傍などに多数の炭素微粒子26が相互間に介在した状態で樹脂28によって互いに結合させられている。樹脂28は、例えばレゾール系フェノール樹脂で、炭素繊維24相互或いは炭素繊維24と炭素微粒子26との結合剤として機能すると共に、これらを前記ガラスクロス22に付けるための接合剤としても機能するものである。ガス拡散電極18,20は、ガラスクロス22に上記のような炭素繊維24および炭素微粒子26が樹脂28で被着させられることによって構成されているため、高い導電性と、高いガス拡散性と、高い柔軟性および機械的強度と備えている。
【0036】
上記平板型のガス拡散電極18,20は、例えば以下のようにして製造される。以下、図4を参照して製造方法を説明する。まず、炭素繊維と、炭素微粒子と、樹脂と、溶剤とを用意する。溶剤は例えば2-プロパノールである。これらの調合割合は適宜定められるが、一例を挙げると、例えば、炭素繊維を3(g)、樹脂(固形分20wt%)を1.5(g)、炭素微粒子を0.5(g)、溶剤を20(g)である。この調合例では、炭素繊維に対して、炭素微粒子が16.7(wt%)、樹脂が固形分で10(wt%)含まれることになる。
【0037】
次いで、上記の材料を全て混合容器に投入し、混合工程1において、例えばスターラーによって300(rpm)程度の回転数で1日程度の混合を行う。次いで、含浸工程2において、別途用意した前記ガラスクロスすなわち基材を上記混合工程1で得られたスラリーに浸し、これを含浸させる。
【0038】
次いで、乾燥工程3において、スラリーを含浸させたガラスクロスに例えば室温で6時間程度の乾燥処理を施し、更に、熱処理工程4において、これを乾燥機に入れて例えば150(℃)で3時間程度の熱処理を施す。これにより、スラリーから溶剤が除去され、ガラスクロスの表面や隙間などにおいて、炭素繊維が相互に絡み合い且つ炭素微粒子を介して樹脂で結着させられたシート状物が得られる。すなわち、前記MEA10のガス拡散電極18,20を構成するためのガス拡散電極用基材が得られる。
【0039】
このようにして製造したガス拡散電極18,20の特性を評価した結果を図5、図6に示す。図5は断面加圧抵抗の測定結果で、図6はガス拡散性能の測定結果である。これら図5、図6において、横軸には評価したガス拡散電極の基材材料を示している。金属メッシュは、165メッシュ、膜厚67(μm)の304Nステンレスメッシュで、不織布は膜厚140(μm)のBEMCOT S-2(旭化成せんい(株)の登録商標、製品番号)で、炭素繊維紙は市販品(東レ(株)製TGP-H-060)である。金属メッシュおよび不織布は実施例のガラスクロスと同様にスラリーを含浸してガス拡散電極基材を製造し、炭素繊維紙は上記の市販品をそのまま用いた。
【0040】
また、上記評価結果において、断面加圧抵抗は、電極面積を25(mm)×35(mm)とし、小型熱プレス機(アズワン製AH-2003)を用いて25(℃)にて2(MPa)で加圧した状態で50(mA)の電流を印加し、そのときの電圧値から抵抗値を計算した。また、ガス透過性は、25(mm)×25(mm)のサンプルを切り出し、パームポロメータ(PMI社製Capillary Flow Porometer 1200AEL)でサンプル厚を入力してガス透過測定を行った。
【0041】
断面加圧抵抗の測定結果を表す図5において、サンプルの膜厚が著しく異なるものがあることから、膜厚を考慮しないサンプル自体の抵抗値(mΩ・cm2)で比較した。抵抗値は一般に使用されている炭素繊維紙と同程度か、それよりも十分に低い値であることが確かめられた。
【0042】
また、ガス透過性の測定結果を表す図6においても、全てのサンプルにおいて、炭素繊維紙よりも僅かに或いは十分に高い値であることが確かめられた。なお、ガス透過性は、装置の測定可能な上限近傍で測定しているため、この測定結果から何れのサンプルも炭素繊維紙よりも良い結果が得られていることは明らかであるが、値自体の信頼性は低く、何れのサンプルも更に良い特性を有している可能性がある。
【0043】
なお、これらの測定結果において、ガラスクロスを基材とするものは、評価には膜厚が21(μm)のものを用いているが、機械的強度や柔軟性が十分に高いことから、実機では膜厚を更に薄くすることが可能である。したがって、ガラスクロスを用いた場合の断面加圧抵抗およびガス透過性は、上記測定結果よりも更に良い特性を期待できる。
【0044】
また、上記測定と併せて、ガス拡散電極基材の柔軟性の評価を行った。柔軟性の評価は、φ4(cm)のガラス製円筒に巻き付け、破損やひび割れ等の有無を確認することで行った。ガラスクロス、金属メッシュ、不織布を基材として用いたものは、何れも破損やひび割れが認められなかった。これに対して、市販の炭素繊維紙は、破損やひび割れが生じ、柔軟性が不足することが確かめられた。なお、前記スラリーをガラスクロス等の基材に含浸することなく硬化させたサンプルも同様に評価したが、炭素繊維紙と同様に破損やひび割れが生ずる結果となった。
【0045】
上述した評価結果によれば、ガラスクロス、金属メッシュ、或いは不織布等の柔軟な多孔性薄膜から成る基材に、炭素繊維、炭素微粒子、樹脂を含むスラリーを含浸して複合化することにより、従来から用いられている炭素繊維紙と同等以上の特性を有し、且つロール化できる程度に高い柔軟性を有するガス拡散電極基材が得られる。
【0046】
すなわち、本実施例によれば、ガス拡散電極18,20は、その基材であるガラスクロス22等が高い柔軟性を有すると共に、これに炭素繊維24および炭素微粒子26がスラリーの含浸により内部まで十分に入った状態で樹脂28で被着させられていることから、多数の炭素繊維24がその相互間に多数の炭素微粒子26が介在した状態で相互に樹脂28で接合された構造を厚み方向の全体に亘って備えるので、導電性およびガス透過性が共に高く、しかも柔軟性に優れたガス拡散電極18,20が得られる。また、含浸処理によって製造することができ、且つ柔軟性に優れていることからロール化が可能であるので、量産性に優れ製造コストも抑えることが可能である。
【0047】
しかも、本実施例によれば、導電性を得る目的で樹脂を炭化させる必要が無いことから、不活性或いは還元雰囲気中における高温の焼成処理が無用で、前述したように例えば150(℃)程度の乾燥処理を施せば足りる。そのため、高温の焼成処理を施していた炭素繊維紙に比較して、製造コストが低くなる利点もある。
【0048】
また、ガラスクロス22の他にも、前記評価結果にて説明したように、多孔性薄膜を基材とすれば、ガラスクロス22を用いた場合と同様に柔軟性の高いガス拡散電極基材が得られる。したがって、柔軟で、200(℃)程度までの耐熱性を有し、耐酸性を有する多孔質材料であれば、種々の材料を基材として用いて、同様な或いは同等以上の特性のガス拡散電極を得ることができる。
【0049】
次に、基材および樹脂材料を種々変更すると共に、炭素繊維に対するそれらの添加割合を種々変更してガス拡散電極基材を製造し、特性を評価した結果を説明する。
【0050】
下記の表1は、前記実施例と同一の基材、樹脂を用いて、炭素微粒子および樹脂の添加量を変更した実験結果を示したものである。これらの添加量の他は、前述した調合仕様でスラリーを調製し、基材に含浸処理を行った。表において、「×」はスラリー成分と多孔質薄膜との結合が弱く、剥離、破損が著しく、測定不能であったサンプルである。これは樹脂量が不十分であったものと考えられる。また、空欄はサンプル作製或いは測定を実施していない。
【0051】
【表1】

【0052】
ガス透過性は、3000(ml・mm/cm2/min)以上であることが好ましく、10000(ml・mm/cm2/min)以上が一層好ましい。また、加圧抵抗は、10(mΩ・cm2)未満であることが好ましく、7(mΩ・cm2)未満が一層好ましい。ガス透過性が3000(ml・mm/cm2/min)以上且つ加圧抵抗が10(mΩ・cm2)未満の範囲を一点鎖線で、ガス透過性が10000(ml・mm/cm2/min)以上且つ加圧抵抗が7(mΩ・cm2)未満の範囲を破線で、それぞれ表1に示した。測定データが欠けている部分は、隣接データから適否を推定した。上記表1に示す評価結果によれば、一点鎖線で囲まれた範囲、特に炭素繊維に対する割合で炭素微粒子が10〜20(wt%)、樹脂が3.3〜16.7(wt%)の範囲で、ガス透過性、加圧抵抗共に好ましい値が得られ、破線で囲まれた範囲、特に炭素繊維に対する割合で炭素微粒子13.3〜16.7(wt%)、樹脂3.3〜10(wt%)(好ましくは6.7〜10(wt%))の範囲で、ガス透過性、加圧抵抗共に一層好ましい値が得られる。
【0053】
下記の表2は、基材として前記の金属メッシュを用いた場合について、同様に実験した結果をまとめたものである。この実験は、前記表1に示した実験結果に基づいて好ましいと判断した添加量の上下限のみについて行った。表2に示される通り、ガラスクロスを用いた場合に比較して、金属メッシュを用いた場合には、ガス透過性が若干高く、加圧抵抗が若干高い傾向が認められたが、何れの特性も好ましい範囲内にある。
【0054】
【表2】

【0055】
下記の表3は、基材として前記不織布を用いた場合について、同様に実験結果をまとめたものである。この実験も、前記表1に示した実験結果に基づいて好ましいと判断した添加量の上下限のみについて行った。表3に示される通り、ガラスクロスを用いた場合に比較して、不織布を用いた場合には、ガス透過性は同程度で、加圧抵抗が若干高い傾向が認められたが、何れの特性も好ましい範囲内にある。
【0056】
【表3】

【0057】
また、同様にして、基材としてガラスクロスを用い、樹脂として熱可塑性を有するポリエステル樹脂を用いて、炭素微粒子の添加量を16.7(wt%)、樹脂の添加量を10.0(wt%)として、その他は前記調合仕様に従ってガス拡散電極用基材を製造して特性を評価した。ガス透過性が5000(ml・mm/cm2/min)、加圧抵抗が9.6(mΩ・cm2)であり、何れも実用的な値を得ることができた。
【0058】
また、添加する樹脂をポリエステル樹脂に代えて熱可塑性を有するポリアミド樹脂とした他は、上記実験と同様にしてガス拡散電極用基材を製造し、特性を評価した。ガス透過性が5800(ml・mm/cm2/min)、加圧抵抗が17.2(mΩ・cm2)であった。ガス透過性は満足できる値であるが、加圧抵抗が高い結果となった。樹脂の溶媒への溶解性が高く、樹脂によって導電経路が小さくなっている可能性が考えられる。しかしながら、ポリアミド樹脂を用いたものは柔軟性が高いので、燃料電池を構成する際にMEAを加圧締め付けして接触面積を増すことができる。そのため、使用時の加圧抵抗を上記測定値よりも十分に低くできるので、これもガス拡散電極として好適に用い得る。
【0059】
また、下記の表4は、ガス拡散電極の特性の炭素繊維の繊維長依存性について評価した結果である。この実験では、炭素繊維として繊維長が10〜6000(μm)の範囲内のものを用い、その他は前述した実施例の調合仕様に従ってガス拡散電極基材を製造して評価した。下記の評価結果に示す通り、繊維長が10〜500(μm)の範囲のものを用いると、断面加圧抵抗が十分に小さく且つガス透過性も十分に大きい特性が得られる。また、繊維長が50(μm)以上のものを用いれば、10000(ml・mm/cm2/min)以上の高いガス透過性が得られ、加圧抵抗も一層小さくなるので一層好ましい。
【0060】
【表4】

【0061】
以上、本発明を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の一実施例である平板型のMEAの断面を模式的に示す図である。
【図2】図1のMEAを構成するガス拡散電極の断面を模式的に示す図である。
【図3】図2のガス拡散電極を構成する炭素繊維の接合部を拡大して示す模式図である。
【図4】図2のガス拡散電極の製造方法を説明するための工程図である。
【図5】ガス拡散電極の基材種類と断面加圧抵抗との関係を示す図である。
【図6】ガス拡散電極の基材種類とガス透過性との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
10:MEA、12:電解質膜、14,16:触媒層、18,20:ガス拡散電極、22:ガラスクロス、24:炭素繊維、26:炭素微粒子、28:樹脂

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極であって、
直径3(cm)の円筒に巻き付け得る柔軟性を有する多孔性薄膜にスラリーを含浸して炭素繊維、炭素微粒子、および樹脂を被着させて成ることを特徴とする柔軟型ガス拡散電極。
【請求項2】
固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質のガス拡散電極であって、
有機繊維或いは無機繊維から成る織布或いは不織布、金属メッシュ、または孔空き金属薄板から成る柔軟性を有する多孔性薄膜にスラリーを含浸して炭素繊維、炭素微粒子、および樹脂を被着させて成ることを特徴とする柔軟型ガス拡散電極。
【請求項3】
前記多孔性薄膜は直径3(cm)の円筒に巻き付け得るものである請求項2の柔軟型ガス拡散電極。
【請求項4】
前記樹脂は分解温度が200(℃)以上の熱可塑性樹脂または硬化温度が40乃至200(℃)の範囲内の熱硬化性樹脂である請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の柔軟型ガス拡散電極。
【請求項5】
前記炭素繊維は繊維長が500(μm)以下である請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の柔軟型ガス拡散電極。
【請求項6】
前記スラリーは、前記炭素微粒子を10乃至20(wt%)の範囲内、および前記樹脂を3.3乃至16.7(wt%)の範囲内で含むものである請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の柔軟型ガス拡散電極。
【請求項7】
固体高分子電解質層と、その一面および他面にそれぞれ設けられた触媒層と、それら触媒層の各々の表面に設けられた請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の柔軟型ガス拡散電極とを、含むことを特徴とする膜−電極接合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−153222(P2010−153222A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−330626(P2008−330626)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】