説明

核移植卵子の作製方法

【課題】体細胞核移植技術や精子細胞を用いた人工授精技術における、発生率を向上させる方法の提供。
【解決手段】ドナー細胞の核を卵子に移植する工程と、核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程を包含する、核移植卵子の作製方法、および核移植した卵子を動物に移植してクローン動物を作製する方法。脱メチル化剤はヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であり、ドナー細胞は卵丘細胞、繊維芽細胞、ES細胞から選択される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は核移植卵子の作製方法に関する。詳細には、本発明は体細胞核移植技術や精子細胞を用いた人工授精技術における発生率を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々な種(ヒツジ、マウス、ウシなど)について体細胞の核移植技術を用いてクローン動物の作製に成功した例が報告されている。また、体細胞核移植によって得られたクローン胚を培養することによってヒトやマウス由来のntES細胞(nuclear transfer embryonic stem cell)、すなわち体細胞由来のES細胞を樹立することが可能になった。
【0003】
従来の体細胞核移植技術の最も大きな問題点は核移植後の胚の低い発生率であった。その後の研究から、クローン胚においてはDNAやヒストンのメチル化修飾が通常の受精卵と比べて異常に高いことが報告され、これが低い発生率の原因であるとされてきた。
【0004】
この過剰なメチル化に起因する核移植胚(クローン胚)の低い発生率を向上させるために、現在までに以下のような試みがなされている。例えば、ドナー細胞としての繊維芽細胞を、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤であるトリコスタチンAやDNAメチル化酵素の阻害剤である5’−アザ−2’−デオキシシチジン等の薬剤の存在下で核移植前に培養することによって胚盤胞発生率が向上することが報告されている(非特許文献1)。また、不死化ウシ乳上皮細胞株(MECL)、ウシ胎児繊維芽細胞(BFF)をヒストン脱アセチル化酵素阻害剤である酪酸ナトリウムで処理した後に核移植に供することによって胚盤胞発生率が向上することも報告されている(非特許文献2)。これらの研究は、ドナー細胞の核を核移植前に受精卵の核に近づけた上で核を再プログラムすることによって発生率を向上させようとするものであった。しかしながら、その効果は小さく実用レベルまでの改善には至っていなかった。
【0005】
一方、近年、生殖補助技術が発展し、ROSI(round spermatid injection)と呼ばれる核移植技術が開発された。この技術によって精子の前駆体であり本来受精能力のない精子細胞を用いて人工的受精をし、個体を作製できることが、ヒトやマウスについて報告されている。しかし、精子細胞を用いて得られた胚の発生率は低く、その原因はこれまで不明であった。
【0006】
高い経済形質を有する特定のウシの増産や、医薬品などの生産に有用な遺伝子導入ウシを効率的に生産するために、体細胞クローン技術は極めて有用である。しかし、ウシのクローン胚の発生率は極めて低い(非特許文献16、非特許文献17)。ウシクローン胚の発生率を改善できれば、移植に用いる受胚雌を大幅に節約でき、その生産効率は著しく向上する。発生率を改善する方法として、ドナーとなる体細胞の細胞周期をG1期に調整する方法(非特許文献18、非特許文献19、特許文献1)や、作製したクローン胚での遺伝子発現を調べることで発生効率の高い胚を選別する方法(特許文献2)などがある。しかし、これらの方法は、細胞周期を調整するために熟練した技術を必要としたり、遺伝子の発現を調べるのに特殊な機器を要する。従って、容易な方法および技術によりウシのクローン胚の発生率を向上させることが求められていた。
【0007】
【特許文献1】特開2003−052369号公報
【特許文献2】特開2006−166828号公報
【非特許文献1】Enright, B.P. et al., Biol. Reprod., 69:896-901 (2003)
【非特許文献2】Shi, W. et al., Biol. Reprod., 69:301-309 (2003)
【非特許文献3】Ma, J. et al., Biol. Reprod., 64:1713-1721 (2001)
【非特許文献4】Chen, Y. et al., Cell Research, 13:251-263 (2003)
【非特許文献5】Wakayama, T. et al., Nature, 394:369-374 (1998)
【非特許文献6】Kishigami, S. et al., Biol. Reprode., 70:1863-1869 (2004))
【非特許文献7】Christman, J.K., Oncogene, 21:5483-5495 (2002)
【非特許文献8】De Ruijter, A.J.M. et al., Biochem. J., 370:737-749 (2003)
【非特許文献9】Santos, F. et al., Curr. Biol., 13:1116-1121 (2003)
【非特許文献10】Wakayama, T. et al., J. Reprod. Fertil., 112:11-17 (1998)
【非特許文献11】Wakayama, T. et al., Nat. Genet., 22:127-128 (1999)
【非特許文献12】Hooper, M. et al., Nature, 326:292-295 (1987)
【非特許文献13】Kishigami, S. et al., Biol. Reprod., 70:1863-1869 (2004)
【非特許文献14】Kishigami et al., Zygote, 12:321-327 (2004)
【非特許文献15】Dean, W. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98:13734-13738 (2001)
【非特許文献16】Hill, J.R. et al., Biol. Reprod., 63:1787-1794 (2000)
【非特許文献17】Heyman, Y., et al., Biol. Reprod., 66:6-13 (2002)
【非特許文献18】Kasinathan, P. et al., Nat. Biotechnol., 12:1176-1178 (2001)
【非特許文献19】Urakawa, M. et al., Theriogenology, 62:714-728 (2004)
【非特許文献20】Robl, J.M. et al., J. Anim. Sci., 64:642-647 (1987)
【非特許文献21】Tervit, H.R. et al., J. Reprod. Fertil., 30:493-497 (1972)
【非特許文献22】Takahashi, Y. et al., Theriogenology, 37:963-978 (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した。本発明者らは、マウスをモデル動物として精子細胞を用いた研究から過剰なメチル化が卵子内で核移植後に起こること、核移植後に抗メチル化剤で核移植卵子を処理することにより過剰なメチル化を抑制できること、この処理によりクローン胚の試験管内の発生やクローン動物の出産率が改善されること、精子細胞を用いて得られた胚についても同様の処理が発生改善に有効であることを見出し、本発明を完成した。すなわち、従来技術のように核移植前のドナー細胞を抗メチル化剤で処理するのではなく、卵子へ核移植した後に抗メチル化剤での処理を実施して過剰なDNAのメチル化を抑制することにより、核移植胚の低い発生率を大きく改善することができる。
【0009】
なお、受精後の卵子を抗メチル化剤の一種であるヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤、トリコスタチンAで処理すると発生率が低下することが知られていたので(非特許文献3)、本発明者らによるこのような知見は予想外であった。
【0010】
本発明の主な目的は体細胞核移植技術や精子細胞を用いた人工授精技術における発生率を向上させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
[1]以下の工程を包含する核移植卵子の作製方法:
(a)ドナー細胞の核を卵子に移植する工程;および
(b)核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程、
[2]工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚移植前までの期間に行われる[1]の方法。
[3]工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚盤胞期終了以前の期間に行われる[1]の方法。
[4]工程(b)の処理が核の移植以降かつ32細胞期終了以前の期間に行われる[1]の方法。
[5]工程(b)の処理が核の移植以降かつ4細胞期終了以前の期間に行われる[1]の方法。
[6]工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚性遺伝子の活性化以前の期間に行われる[1]の方法。
[7]工程(b)の処理が核の移植以降かつ再メチル化終了以前の期間に行われる[1]の方法。
[8]抗メチル化剤がヒストン脱アセチル化酵素阻害剤である[1]の方法、
[9]ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がトリコスタチンAまたはApicidinである[8]の方法、
[10]卵子が除核卵子である[1]の方法、
[11]ドナー細胞が卵丘細胞、繊維芽細胞およびES細胞からなる群より選択される[10]の方法、
[12]ドナー細胞が精子細胞である[1]の方法、
[13]以下の工程を包含するクローン動物作製方法:
(a)ドナー細胞の核を卵子に移植する工程;
(b)核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程;および
(c)抗メチル化剤で処理した核を移植した卵子を動物に移植する工程、
[14][1]の方法で作製された核移植卵子、
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法は、クローン動物の作製、クローン胚からのES細胞(ntES細胞)の樹立、精子細胞を用いた不妊治療などの幅広い目的に使用される核移植技術の改善に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の核移植卵子の作製方法は以下の工程を包含する:
(a)ドナー細胞の核を卵子に移植する工程;および
(b)核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程。
【0014】
本発明によれば、さらに上記方法で得られた抗メチル化剤で処理した核を移植した卵子を動物に移植することによりクローン動物が作製される。また、上記方法で作製された核移植卵子も本発明により提供される。
【0015】
本発明において、卵子としては発生能力を有している任意の卵子を使用することができる。採卵は通常の方法に従って実施することができる。例えば、卵子は過排卵処理した動物から採取することができる。ドナー細胞として体細胞などを使用する場合は卵子の核を予め取り除いておく(除核する)ことが好ましく、一方、ドナー細胞として精子細胞を使用するROSIのような場合は除核の必要はない。卵子は通常精子との受精で活性化され発生を開始するが、精子を使用しない場合は人為的に活性化させる必要がある。例えば、ドナー細胞の核を移植(注入)する前、移植と同時または移植の後に卵子を活性化する。卵子の活性化は卵子を塩化ストロンチウム(SrCl)の存在下で培養することによって行うことができる。さらに、ドナー核の細胞周期によっては細胞骨格を壊し、極体の放出を防ぐためにサイトカラシンBなどの薬剤を添加してもよい。卵子の活性化は、通常の受精卵の場合は第2極体の放出と雌雄2つの前核の形成によって確認されるが、クローン胚の場合は上記のように極体の放出を薬剤で抑えているので前核形成のみで判断する。
【0016】
本発明において、ドナー細胞としては核を有する任意の細胞を使用することができる。ドナー細胞の例としては、卵丘細胞、繊維芽細胞、神経細胞、血球細胞(T細胞など)などの体細胞、精子細胞などの生殖細胞、ES細胞が挙げられる。本発明による核移植においては、例えば体細胞から得られた核を卵子へ注入してもよく、また精子細胞の核領域を卵子へ注入してもよい。
【0017】
ドナー細胞と卵子とは同種の生物に由来してもよく、異種の生物に由来してもよい。例えば、同種の哺乳動物に由来するドナー細胞と卵子の組合せを本発明に好ましく使用することができる。あるいは、ウサギやウシの卵子は異種の体細胞核を受け入れる能力を有していることが知られており、ウサギの卵子にヒトドナー細胞の核を注入してntES細胞を樹立した例が報告されていることから(非特許文献4)、卵子とは異なる種の生物由来の核を注入することも可能である。このような異種間の核移植により、例えばヒトntES細胞を作製するためのヒト卵子の不足を補うために他の種の卵子で代用することが可能になる。
【0018】
ドナー細胞由来の核の卵子への注入は公知の方法に従って実施することができる。体細胞核の除核卵子への注入は例えば非特許文献5記載の方法に従って実施することができる。精子細胞の核領域の卵子への注入は非特許文献6記載の方法に従って実施することができる。あるいは、特許文献2に記載されるようにドナー細胞と除核卵子との細胞融合によってドナー細胞由来の核を卵子へ注入することもできる。また、上記文献に記載されているような公知の方法に従って核移植胚を動物の卵管に移植してクローン動物を作製することもできる。
【0019】
本発明において任意の抗メチル化剤を使用することができる。抗メチル化剤は直接的または間接的にDNAのメチル化を阻害する薬剤である。例えば、メチル化酵素阻害剤またはヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を抗メチル化剤として使用することができる。特に、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を使用することが好ましい。メチル化酵素阻害剤としては5’−アザシチジン、5’−アザ−2’−デオキシシチジンなどを使用することができる。5−アザシチジンはメチル化酵素であるDNAメチルトランスフェラーゼの強力な阻害剤であることが知られている(非特許文献7)。ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としてはトリコスタチンA、Apicidin(アピシジン)などを使用することができる。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤として使用可能な種々の薬剤が知られている(非特許文献8)。本発明によれば、これらを単独でまたは任意の組合せで用いることができる。
【0020】
抗メチル化剤の培地中の濃度は、本発明の効果、すなわち発生率の向上を指標として適切に設定することができる。例えば、トリコスタチンAの場合、濃度は例えば0.5〜500nM、好ましくは5〜50nMである。ただし適切な濃度は使用する動物種や体細胞の種類などによって変動し得る。当業者は本明細書の記載に基づいて適切な濃度を決定することができる。
【0021】
抗メチル化剤での処理期間を、通常の発生過程において重要な遺伝子の抑制を阻害しないように設定することが好ましい。詳細には、抗メチル化剤での処理を、ゲノムの「再プログラミング」(体細胞などの核を受精卵様の核にもどす過程、「初期化」ともいう)に際してヒストンのメチル化またはDNAのメチル化を抑制するように行い、かつ再プログラミングに続く胚性遺伝子の活性化が始まる前に終了させることが好ましい。抗メチル化剤での処理は、例えば核の移植以降かつ再メチル化終了以前の期間に行われる。再メチル化の終了時期は発生中の胚におけるメチル化レベルを抗5−メチルシチジン抗体を用いた蛍光抗体法により経時的に5−メチルシトシンを測定することによって調べることができる。ただし、この方法により定量性が困難なため正確な終了時間の決定が難しい場合は、胚盤胞までの任意の時間において処理を終了し(拡張)胚盤胞への発生率が最も高かった処理時間を採用することが望ましい。発生の時期との関係でいえば、処理を核の移植後に開始し、胚盤胞までの任意の時点で終了することができる。マウスの場合、抗メチル化剤での処理は、例えば核の移植以降かつ1細胞期終了以前の期間に、1細胞期のゲノムの再プログラムに際してヒストンまたはDNAのメチル化を抑制するように行われる。具体的な処理時間も適切に設定することができる。マウスの場合、抗メチル化剤での処理は、核の移植以降かつ卵子活性化の20時間後までの期間、より好ましくは核移植以降かつ卵子活性化の10時間後までの期間行われる。抗メチル化剤での処理が長すぎると通常の発生に重要な遺伝子抑制(再メチル化またはヒストン脱アセチル化による)が適切に行われず、むしろ発生が阻害される可能性がある。抗メチル化剤での適切な処理期間は使用する動物種などによって変動し得る。当業者は本明細書の記載に基づいて適切な処理期間を決定することができる。
【0022】
核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程(b)を行うタイミングは、当該卵子を胚移植する前までであれば特に限定されるものではなく、対象となる動物種などに応じて適宜設定すればよい。但し、処理時間の過不足により胚発生の効率が充分には向上しなくなる虞を排除するために、好ましくは胚盤胞期終了以前の期間に、より好ましくは32細胞期終了以前の期間に、さらに好ましくは16細胞期、8細胞期、4細胞期、2細胞期、1細胞期終了以前の期間に処理を行うことが望まれる。
【0023】
なお、抗メチル化剤での処理効率は、胚性遺伝子の活性化(zygotic gene activation)以前に処理を行うことで特に著しく向上する傾向があるようである。その理由は必ずしも定かではないが、例えばトリコスタチンAは胚性遺伝子の活性化後に続いて起こる遺伝子発現の抑制状態(transcriptionally repressive state)を妨げ、その後の胚発生を阻害することが知られている(非特許文献3)。これと同様の機構が核移植胚においても働いていると推察される。この観点から考えると、マウスの場合には1細胞期終了以前に、ウシの場合には4細胞期終了以前に行うことが極めて好ましいと言える。
【0024】
本発明の方法による発生率の向上を、クローン動物の出産率(移植胚数に対する出産クローン動物胎児数の比率)に基づいて確認することができる。あるいは、核移植した卵子を培養した際の拡張胚盤胞の形成率(核移植卵子数に対する胚盤胞発生の比率)を指標として本発明の方法の効果を調べることができる。これらの方法は下記実施例に詳細に記載されている。例えば、拡張胚盤胞への発生の確認は、活性化後96時間培養後、胞胚腔のある胚盤胞のうち胚の容積が増大して膨大化し、透明帯が薄くなったものを顕微鏡下で観察することによって行われる。本発明の方法によれば、例えば少なくとも30%、好ましく40%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上の胚盤胞形成率を達成することができる。また、本発明によれば、例えば少なくとも3%、好ましくは4%以上、より好ましくは10%以上、さらに好ましくは20%以上の出産率を達成することができる。胚盤胞形成率、出産率は、抗メチル化剤での処理をしない場合と比較して、例えば少なくとも1.5倍、好ましくは2倍以上、より好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上向上する。
【0025】
本発明の方法で作製された精子細胞核移植卵子においては、父性(すなわちドナー細胞由来)ゲノムのメチル化の程度が低くなる。父性ゲノムのメチル化の程度は母性(すなわち卵子由来)ゲノムに対する父性ゲノムのメチル化レベルの百分率(%)として表すことができる。メチル化レベルは上記の抗5−メチルシチジン抗体を使用した測定によって決定ことができる。例えば、精子細胞の核領域を注入した卵子において、本発明の方法で作製された核移植卵子における上記値は例えば30〜60%、好ましくは40〜55%である。母性ゲノムに対する父性ゲノムのメチル化レベルの百分率(%)は、抗メチル化剤での処理をしない場合に比較して、例えば少なくとも20%、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上低下する。
【0026】
抗メチル化剤での処理を行わない場合、精子細胞核移植卵子においてはゲノムDNA全体の高メチル化が観察される。これに対して、抗メチル化剤での処理を含む本発明の方法で作製された精子細胞核移植卵子においては動原体周囲以外の染色体部分にDNAの低メチル化が観察される。一方、体細胞クローンについては、抗メチル化剤での処理を行わない場合にゲノムDNA全体の高メチル化およびヒストンH3 Lys9の高メチル化が観察され、これらの両方が抗メチル化剤での処理によって低下する。従って、本発明の方法で作製された核移植卵子を、ゲノムDNAの低メチル化(特に、動原体周囲以外の部分における)によって、さらにはヒストンH3 Lys9の低メチル化によって特徴付けることができる。
【0027】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
核移植胚の作製を含むクローンマウスの作製は、非特許文献5記載の方法に従った。詳細には、まず、過排卵処理のために8週齢のB6D2F1(C57BL/6xDBA/2)系統の雌マウス(日本エスエルシー社製)に妊娠ウマ血清性腺刺激ホルモン(PMSG)を投与し、48時間後にヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)を投与し、16時間後に採卵を行った。採取した未受精卵から、5μg/mlのサイトカラシンB存在下でマイクロマピュレーターを用いて核を除いた(除核)。
【0029】
次いで、1.2%ポリビニルピロリドン(PVP)溶液中に浮遊させたドナー体細胞としてのB6D2F1マウス由来の卵丘細胞の細胞膜を注入用のピペッティングにより破壊し、核をマイクロマニピュレーターを用いて除核卵子に注入した(核移植)。なお、核の注入のために必要な透明帯や細胞膜の穿孔のためのピエゾパルスの発生にはピエゾドライブ装置(プリマハム社製)を用いた。
【0030】
得られた核移植卵子をCOインキュベーター内で37℃で30分〜1時間培養し、0.5、5、50または500nMのトリコスタチンA(以下、TSA)を含む卵子活性化溶液(5mM 塩化ストロンチウム(SrCl)及び5μg/mlのサイトカラシンBを補充したCa2+不含CZB培地(非特許文献10))に移し、人工的に卵子の活性化を行って発生を開始させた。活性化開始から6時間後に前核形成を指標として卵子が活性化されたことを確認し、活性化核移植卵子を上記と同濃度のTSAを含むKSOM培地(Specialty Media社製)に移した。この培地中でさらに14時間(活性化から20時間)培養した。なお、コントロールとしてTSAの代わりにTSAの溶解に使用したジメチルスルホキシド(DMSO)を同濃度になるように用いた。
【0031】
その後、2細胞期の核移植胚をTSA不含KSOM培地中で活性化後96時間まで培養し、拡張胚盤胞への発生を観察した。拡張胚盤胞への発生の確認は、活性化後96時間培養後、胞胚腔のある胚盤胞のうち胚の容積が増大して膨大化し、透明帯が薄くなったものを顕微鏡下で観察することによって行った。各濃度の実験区につき胚を80個以上調べた。使用した核移植卵子数に対する胚盤胞発生の比率(胚盤胞形成率(%))を求めた。再構築した核移植卵子のうち卵割を開始した(すなわち2細胞期へ発生した)卵子数に対する拡張胚盤胞へと発生した比率(胚盤胞形成率(%))を求めた。
【0032】
結果を図1および図2に示す。図2に示すように、TSA処理をしなかった場合に比較して、5、50、500nMの濃度のTSAで処理した場合に胚盤胞発生率が増加した。
【実施例2】
【0033】
実施例1と同様の方法により卵丘細胞の核を除核卵子に注入して作製した核移植卵子を5nMのTSAを含有するKSOM培地中で種々の時間(活性化から0、24、48または72時間)培養した後TSA不含KSOM培地中で活性化後96時間まで培養し、拡張胚盤胞への発生を観察し、胚盤胞形成率を求めた。
【0034】
結果を図3および図4に示す。図4に示すように、TSA処理をしなかった場合に比較して、活性化後24時間または48時間TSAで処理した場合には胚盤胞発生率が増加し、特に24時間の処理では約4倍の増加が見られたが、活性化後72時間処理した場合は、むしろ発生率は低下した。なお、活性化後24時間目は2細胞期に相当し、48時間目は4〜16細胞期に相当し、72時間目は胚盤胞の形成時期に相当する(図4参照)。
【実施例3】
【0035】
実施例1と同様の方法により卵丘細胞の核を除核卵子に注入して作製した核移植卵子を5nMのTSAを含有するKSOM培地中で種々の時間(0時間、活性化から6時間、活性化から10時間、活性化後10時間目から24時間目、または活性化から24時間)培養した後TSA不含KSOM培地中で活性化後96時間まで培養し、拡張胚盤胞への発生を観察し、胚盤胞形成率を求めた。
【0036】
結果を図5に示す。図5に示すように、TSA処理をしなかった場合に比較して、活性化後10時間TSAで処理した場合に最も高い胚盤胞発生率が見られた。
【実施例4】
【0037】
上記実施例3の結果に基づきTSA処理の胎児出産率に対する効果を調べた。5nMまたは50nM TSAで活性化後10時間または20時間処理した核移植卵子をTSA不含KSOM培地に移した後、核移植胚をTSA不含KSOM培地に移し、移植までこの培地中で培養した。クローンマウスを作製するために、核移植の翌日に2細胞期の胚を偽妊娠マウス(仮親、0.5日目)の卵管に移植した。偽妊娠処理は、発情前期のICR系雌マウスを精管結紮雄およびICR系雄マウスと1体1で交配させることにより行い、交配の成立はプラグ形成の有無により確認した。胚の移植後19日目に帝王切開によりクローンマウスを出産させ、移植胚数に対する出産クローンマウス胎児数の比率(出産率)を求めた。図6に出産直後のクローンマウス胎児と胎盤(左)、および3週間後のクローンマウス(黒)と仮親(白)(右)を示す。結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示すように、10時間または20時間のTSA処理により出産率は増加した。特に、10時間TSAで処理した場合に5nMおよび50nMのいずれの濃度でも高い出産率(コントロールの6倍以上)が得られた。なお、活性化後10時間目は1細胞期に相当する。
【実施例5】
【0040】
卵丘細胞に加え、繊維芽細胞および胚性幹細胞(ES細胞)をドナー細胞として用いて実施例1と同様の操作を行った。繊維芽細胞を、マウスの尻尾の断片を培養して得た(非特許文献11)。ES細胞としてはE14細胞を使用した(非特許文献12)。
それぞれのドナー細胞由来の核を移植した卵子をTSAで20時間処理した後、TSA不含KSOM培地で活性化後96時間まで培養し、拡張胚盤胞への発生を観察し、胚盤胞形成率を求めた。各細胞の実験区につき胚を30個以上調べた。
【0041】
結果を図7および8に示す。図8に示すように、いずれのドナー細胞由来の核を移植した場合も、TSA処理をしなかった場合に比較して高い胚盤胞発生率が見られた。
【実施例6】
【0042】
TSAの代わりに5μMのApicidin(Sigma)を用いて実施例1と同様に核移植卵子の拡張胚盤胞への発生を観察したところ、コントロールの胚盤胞形成率29.7%に対してApcidin処理した場合は69.0%であり、Apicidin処理した場合に胚盤胞発生率が約2倍増加した。
【実施例7】
【0043】
本発明によるTSA処理の円形精子細胞注入法(ROSI)に対する効果を調べた。ROSIは非特許文献13記載の方法に従った。
詳細には、まず、B6D2F1系統の雌マウス(日本エスエルシー社製)にヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(hCG)を投与し、16時間後に採取した卵子をCZB培地中に入れた。次いで卵子をKSOM培地に移し、37℃で5%CO存在下でインキュベートした。
【0044】
卵子を5mM塩化ストロンチウム(SrCl)を補充したCa2+不含CZB培地中で20分間インキュベートすることによって活性化した。40〜80分後に、C57BL/6系統の雄マウス(日本エスエルシー社製)から採取した円形精子細胞の核領域(約10μmの直径および中央に位置する明確な核によって特徴付けられる;非特許文献14参照)を卵子に注入した。
【0045】
核を注入した卵子を、5nM TSAを含むKSOM培地に移し、活性化の10時間後にTSA不含KSOM培地に移した。
【0046】
精子細胞注入の翌日に2細胞期の胚を偽妊娠マウス(仮親、0.5日目)の卵管に移植した。胚の移植後19日目に帝王切開により胎児を得、移植胚数に対する出産胎児数の比率(出産率)を求めた。結果を表2に示す。
【0047】
【表2】

【0048】
その結果、TSA処理をしないコントロールに比較してTSA処理した場合に出産率が約4倍増加した。
【実施例8】
【0049】
ROSIによって得られた円形精子細胞の核領域を注入した卵子を20ng/mlデメコルチンの存在下で、10μM 5−アザシチジン(5−aza)、または500nM TSAを抗メチル化剤として含有する培地中で20時間培養した。同様に、成熟精子の注入を実施した(ICSI(intracytoplasmic sperm injection))。詳細には、頭部−尾部連結部にピエゾドライブピペット(PrimeTech)によってパルスをかけることによって尾部から分離した精子の頭部を卵子に注入した。この際、卵子の活性化は行わなかった。
【0050】
培養した核注入卵子を4%パラホルムアルデヒドを含有するPBS中4℃で一晩固定化した後、0.1%ポリビニルアルコール(PVA)を含有するPBSで洗浄し、3%ウシ血清アルブミン(BSA)および0.2%Triton X−100を含有するPBS中4℃で一晩ブロッキングした。以下の工程は室温で実施した。固定化した核注入卵子をPBS中0.2%Triton X−100で室温で処理することによって透過処理した。次いでこれを2N HClで室温で50分間処理し、100mM Tris−HCl緩衝液(pH 8.0)で中和し(非特許文献15)、1%BSAを含有するPBSで十分に洗浄した。
【0051】
次いで0.1%PVA含有PBS中、抗5−メチルシチジン抗体(Eurogentec)と共に2〜3時間インキュベートした。十分に洗浄した後、Alexa Fluor−488二次抗体(Molecular Probes)で染色した卵子を、5μg/ml 4’,6’−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI)で30分間染色し、Vectashield(Vector Laboratories)を用いて封入した。標本をOlympus BX51顕微鏡(オリンパス)を用いて観察した。全ての画像をOlympus Analysisソフトウェアを使用してDP70 Olympusデジタルカメラでとらえ、DAPI染色DNAおよび結合画像に彩色を施した。
【0052】
前核DNAメチル化レベルの定量分析のために、蛍光画像をアメリカ国立衛生研究所(National Institute of Health)のプログラムImage−J(http://rsb.info.nih.gov/ij/)を使用した濃度分析に供した。各々の前核について、父性ゲノムの相対的メチル化強度を、母性ゲノムの蛍光強度の百分率として算出した。結果を表3に示す。なお表3において(a)抗メチル化剤無添加の場合対(b)抗メチル化剤を添加した場合について、データを統計プログラムSPSS version 12.0(SPSS Inc.)を使用した多重平均比較のためのシェフェ検定によって解析した。全ての百分位数データを統計解析前に逆正弦変換に供した。
【0053】
【表3】

【0054】
表3に示すように成熟精子を注入した場合(ICSI、抗メチル化剤なし)に比較して精子細胞を注入した場合(ROSI、抗メチル化剤なし)、父性ゲノムのメチル化レベルが高いことが確認された。精子細胞を導入した場合に見られる過剰なメチル化について経時的に調べたところ、注入6時間目までは精子細胞および成熟精子のいずれの場合も脱メチルがおこり、高度にメチル化されたままの母性ゲノムに比較して低いメチル化を示した。しかし、10時間目では精子細胞を注入した場合に成熟精子に比較して高いメチル化が観察された。すなわち、精子細胞を注入した場合には父性ゲノムは一旦脱メチル化された後に過剰にメチル化されることが示された。
【0055】
表3に示すように、上記の精子細胞を注入した場合に観察された父性ゲノムの過剰なメチル化はいずれの抗メチル化剤を使用した場合も低下した。
【0056】
なお、TSAで処理した場合、父性ゲノムに見られるDNAメチル化は主に各染色体のヒストンH3のLys9の高メチル化によって示される動原体周囲領域に限られていた。すなわち、母性ゲノムのメチル化はTSA処理に耐性であるのに対し、父性ゲノムのメチル化の大部分はTSA処理に感受性であるが、ヒストンH3のLys9の高メチル化によって示される動原体周囲領域におけるDNAのメチル化はTSAに対して耐性であった。
【実施例9】
【0057】
実施例1に記載の方法で作製したB6D2F1系統マウス由来の卵子を用いて卵丘細胞由来のクローン胚を作製し、500nM TSA存在下または非存在下で15時間(活性化時間を含む)培養した。その後、核移植胚を固定し、DNAのメチル化(DNA metC)及びヒストンH3 Lys9のメチル化(H3K9 trimet)を各抗体を用いて調べた。さらにDNAをDAPI染色した。各々15個のクローン胚を使用した。結果を結合画像(Merge)とともに図9に示す。
【0058】
TSA未処理の実験区(図9左、「無」)では、これまで報告されているように(非特許文献9)DNA及びヒストンH3 Lys9の両方の高いメチル化が染色体全体に認められた。一方、TSA処理した実験区(図9右、「有」)では、実施例8に記載の精子細胞を用いた場合と同様に、動原体周囲ではいずれのメチル化も顕著な低下はみられなかったものの、それ以外の染色体部分では両方のメチル化の低下が観察された。
【実施例10】
【0059】
ウシ再構築胚の作製とトリコスタチンAによる処理
(1)ウシ卵子の採取と体外成熟
食肉処理場にてウシ屠体より採取したウシ卵巣を25℃の生理食塩水に保存し、屠殺後6〜8時間以内に研究室まで輸送した。ウシ卵巣表面の直径2〜5mmの卵胞から21Gの注射針(テルモ、東京、日本)と10mlシリンジ(テルモ)を用いてウシ卵子を卵胞液と共に吸引し回収した。回収した卵胞液から、2〜4層の卵丘細胞が付着した卵子卵丘細胞複合体のみを選別し回収した。回収した卵子卵丘細胞複合体は、ミネラルオイル(Sigma、USA)下の50μlの5%(v/v)新生子ウシ血清(New Born Calf Serum、NBCS、Gibco、NY、USA)、25μg/ml gentamicin solution(Sigma)添加の25mM HEPES緩衝TCM−199(Earle’s salts、Gibco、m−TCM199E)に、0.02AU/ml卵胞刺激ホルモン(FSH、アントリン、川崎製薬、神奈川、日本)および1μg/mlエストラディオール17−β(Sigma)を添加した成熟用培養液の小滴に導入し、39℃、5%CO、95%空気、飽和湿度下で21時間成熟培養した。
【0060】
(2)核移植
(a)ウシ卵子の裸化と除核
21時間成熟培養した卵子卵丘細胞複合体を5%NBCS、25μg/ml gentamicin solution(Sigma)添加の25mM HEPES緩衝TCM−199(Hank’s salts、Gibco、m−TCM199H)に0.25%(w/v)ヒアルロニダーゼ(Sigma)を添加した溶液内で5分間静置した。その後、卵子の周囲に付着した卵丘細胞をピペティング操作により完全に除去した。
【0061】
卵丘細胞を除去した卵子をm−TCM199H内に移し、倒立顕微鏡下で第一極体が放出された卵子のみを選別した。卵子の核を除去するため、第一極体付近の透明帯を微細なガラスニードルで切開し、これら卵子を5μg/mlサイトカラシンB(Sigma)添加m−TCM199Hに移し15分間静置した。その後、透明帯を切開したガラスニードルで卵子を上から押さえ、第一極体およびその周辺の卵細胞質を透明帯切開部位から卵子細胞質の容量の約10〜20%を除去することで除核した。除核の確認は、除去した卵細胞質を20μg/ml Hoechst 33342(Sigma)含有m−TCM199Eに移し、39℃、5%CO、95%空気、飽和湿度下で30分間染色し、UV照射下で除核した卵細胞質内に核の有無を判定した。なお、以後の実験では、レシピエント除核卵子として除核した卵細胞質において核が確認できた除核卵子のみを供した。
【0062】
(b)ドナー細胞の調製と除核卵子への導入
核移植に用いるドナー細胞には、黒毛和種子ウシ耳介由来の繊維芽細胞を使用した。ドナー細胞を、10%(v/v)胎児ウシ血清(Fetal bovine serum、FBS、フナコシ、東京、日本)添加ダルベッコ変法イーグル培地(Dullbecco’s modified Eagle medium、DMEM、ニッスイ、東京、日本)で80%コンフルエント状態まで培養した後、0.4%FBS添加DMEMに培養液を交換し、7日間血清飢餓培養を行った。これら血清飢餓培養細胞を、0.04%(w/v)エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム(EDTA、ナカライテスク、京都、日本)添加の0.25%(w/v)トリプシン(Sigma)溶液により培養皿から単離し、遠沈管で遠心処理により遠沈し細胞を回収した後、10%(w/v)ポリビニルピロリドン(polyvinylpyrrolidone、PVP、ナカライテスク)を添加したリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline、PBS、Gibco)(−)溶液中に懸濁した。単離した細胞を細胞導入用の微小ガラスピペットに吸引して、レシピエント除核卵子の透明帯切開部位から囲卵腔内に導入した。
【0063】
(c)電気融合処理
マイクロマニュピレーターに微小電極(ユニークメディカル イマダ、宮城、日本)をセットし、BTX細胞融合装置(ECM200、BTX、Holliston、MA、USA)に接続した。細胞を導入したレシピエント除核卵子をZimmermann細胞融合液(非特許文献20、表4にZimmermann細胞融合液の組成を示す)内に静かに移した。微小電極、卵子細胞質およびドナー細胞が一直線になるように両極から挟み、直流2.7kV/cm、11μsecを2回印加することで除核卵子とドナー細胞とを融合して再構築胚を作製した。融合処理を行った後、再構築胚を50μlのm−TCM199Eの小滴内へ移し、39℃、5%CO、5%O、90%N、飽和湿度下で30分間培養した。培養後、実体顕微鏡下でドナー細胞と卵子細胞質との融合を確認した。なお、細胞融合の確認は、囲卵腔内のドナー細胞の有無により判定し、細胞を確認できない卵子を再構築胚とした。
【0064】
【表4】

【0065】
(d)活性化処理
再構築胚は、0.1%(w/v)ポリビニルアルコール(Polyvinyl alcohol、PVA、Sigma)添加ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(Dulbecco’s phosphate buffered saline、D−PBS、Gibco)に添加した5μMイオノマイシン(Sigma)溶液へ移し、5分間静置した。胚を直ちに、合成卵管液培養液(synthetic oviduct fluid medium、SOFM、非特許文献21)に20種類の必須および非必須アミノ酸を添加して修正した培養液(非特許文献22)からさらに無機リン酸塩を除いた培養液(modified SOFM、mSOFM、表5に修正合成卵管液培養液(mSOFM)の組成を示す)に10μg/mlシクロヘキシミド(Sigma)を添加した培養液50μlの小滴内に移し、39℃、5%CO、5%O、90%N、飽和湿度下で6時間処理し、活性化処理を行った。
【0066】
【表5】

【0067】
(e)体外培養
活性化処理を行った再構築胚をmSOFMに移し、2回洗浄した。その後、胚を同培養液50μlの小滴内に20〜30個ずつ移し、39℃、5%CO、5%O、90%N、飽和湿度下で168時間(7日間)培養した。
【0068】
(f)トリコスタチンA処理
再構築胚のトリコスタチンA(TSA、Sigma)処理は、活性化処理から48時間行った。TSAはジメチルスルフォキシド(DMSO、Sigma)で溶解し、活性化処理の溶液およびmSOFMにそれぞれ添加した(DMSOの最終濃度は0.05%とした)。対照区として0.05%のDMSOのみを活性化処理の溶液およびmSOFMに添加した。TSAは5nM、50nMおよび500nMの濃度で処理した。活性化後48時間にTSA処理した再構築胚をmSOFMで2回洗浄した後、胚を同培養液50μlの小滴に20〜30個ずつ移し、39℃、5%CO、5%O、90%N、飽和湿度下で培養した。
【0069】
(g)胚発生の評価
卵割率は、活性化後48時間において培養した胚に占める卵割胚数の割合、胚盤胞への発生率は、活性化後168時間(7日)における卵割胚に占める胚盤胞数の割合とした。また、胚盤胞は、Hoechst 33342で30分間染色し、核数を数えることで細胞数を測定した。
【0070】
(h)統計処理
実験は3回反復した。卵割率、胚盤胞への発生率および胚盤胞の細胞数は、分散分析(ANOVA)後、FisherのPLSDテスト(Stat View ver5.0、SAS Institute Ltd.、Cary、NC、USA)により比較した。
【0071】
(3)結果
培養液へのTSAの添加がウシ再構築胚の初期発生に及ぼす影響について調べた。その結果、表6に示すように、培養液中のTSAは卵割率(培養胚あたりの卵割胚数の割合(%))および胚盤胞の細胞数には影響を及ぼさなかった。しかし、胚盤胞への発生率(卵割胚あたりの胚盤胞期胚数の割合(%))は、50nM TSA区では40%とTSA無添加区の19%に比べ高かった(P<0.05)。一方、500nM TSA区では胚盤胞への発生率は7%であり、5nMおよび50nM TSA区に比べて低下した(それぞれ33%および40%)。
【0072】
【表6】

【0073】
以上のように、ウシクローン胚にある適当な時間、一定濃度のTSAに暴露させることで、胚盤胞期への発生率が2倍程度向上することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明により体細胞核移植技術や精子細胞を用いた人工授精技術における発生率を向上させる方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】種々の濃度のトリコスタチンAで処理した場合の胚盤胞形成を示す図である。左上:0nM、右上:0.5nM、左下:5nM、右下:50nM。
【図2】種々の濃度のトリコスタチンAで処理した場合の胚盤胞形成率を示す図である。
【図3】種々の時間トリコスタチンAで処理した場合の胚盤胞形成を示す図である。左上:0時間、右上:24時間、左下:48時間、右下:72時間。
【図4】種々の時間トリコスタチンAで処理した場合の胚盤胞形成率を示す図である。
【図5】種々の時間トリコスタチンAで処理した場合の胚盤胞形成率を示す図である。
【図6】出産直後のクローンマウス胎児と胎盤(左)および3週間後のクローンマウス(黒)と仮親(白)(右)を示す図である。
【図7】種々のドナー細胞の核を移植した卵子の胚盤胞形成を示す図である。左:TSA処理なし、右:50nM TSA処理。
【図8】種々のドナー細胞の核を移植した卵子の胚盤胞形成率を示す図である。斜線棒:卵丘細胞、黒棒:繊維芽細胞、白棒:ES細胞。
【図9】TSA処理によるDNAおよびヒストンにおけるメチル化の影響を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を包含する核移植卵子の作製方法:
(a)ドナー細胞の核を卵子に移植する工程;および
(b)核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程。
【請求項2】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚移植前までの期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項3】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚盤胞期終了以前の期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項4】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ32細胞期終了以前の期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項5】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ4細胞期終了以前の期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項6】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ胚性遺伝子の活性化以前の期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項7】
工程(b)の処理が核の移植以降かつ再メチル化終了以前の期間に行われる請求項1記載の方法。
【請求項8】
抗メチル化剤がヒストン脱アセチル化酵素阻害剤である請求項1記載の方法。
【請求項9】
ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤がトリコスタチンAまたはApicidinである請求項8記載の方法。
【請求項10】
卵子が除核卵子である請求項1記載の方法。
【請求項11】
ドナー細胞が卵丘細胞、繊維芽細胞およびES細胞からなる群より選択される請求項10記載の方法。
【請求項12】
ドナー細胞が精子細胞である請求項1記載の方法。
【請求項13】
以下の工程を包含するクローン動物の作製方法:
(a)ドナー細胞の核を卵子に移植する工程;
(b)核を移植した卵子を抗メチル化剤で処理する工程;および
(c)抗メチル化剤で処理した核を移植した卵子を動物に移植する工程。
【請求項14】
請求項1記載の方法で作製された核移植卵子。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−117081(P2007−117081A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−208565(P2006−208565)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】