説明

棒状中空編織品または棒状中空編織品様成型加工品を用いた等電点電気泳動用ゲル

【課題】従来の二次元電気泳動システムにおいて、等電点電気泳動操作が長時間で、さらに高分子量タンパク質への適用が困難であるという課題を克服する。さらに、技術的に熟練が必要である従来の二次元電気泳動システムにかわり、取扱いが容易で、試料の損失や失敗の少ない二次元電気泳動システムを構築する。
【解決手段】等電点電気泳動操作において、ゲルの支持体としてメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品を用いることで、ゲルの低濃度化を可能にし、泳動時間の短縮と、高分子量タンパク質への適用を実現する。また、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品はゲルの低濃度化による崩壊を防ぎ、取扱いも容易になる。さらにメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品を使用することによって、棒状ゲルを外側から包み込む形になるので、タンパク質の移動を阻害することなく、高い再現性を確保することも可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質分離に用いられる二次元電気泳動システムの中で、特に等電点電気泳動用ゲルの改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオインダストリーは今後十年で20倍の成長が見込まれているが、その鍵を握るのはポストゲノム研究とされ、その中心となるタンパク質の網羅的解析、いわゆるプロテオーム研究の重要性が広く認識されている。この研究を行うためにはタンパク質の分離技術が大変重要であり、特に、一度に数千にもおよぶタンパク質の分離が可能な二次元ゲル電気泳動法が用いられる。
【0003】
しかし、現行の方法では分離に二日間以上を要することや、高分子量タンパク質への適用が困難であるといった問題点がある。特に一次元目の等電点電気泳動においては、長い場合には16時間程度かかり、この操作が長時間を要する原因となっている。
【0004】
また、等電点電気泳動操作は、技術的に熟練が必要で、取扱いが難しいといった問題点も残されている。
【0005】
これらの問題点を解決するために開発された従来技術としては、等電点電気泳動で用いられる棒状のゲルを糸で補強し、細くかつ濃度の薄いポリアクリルアミドゲルを用いることにより、短時間で等電点電気泳動操作を行うことができ、なおかつ濃度の薄いアクリルアミドゲルを用いることで高分子量タンパク質の分離を行うことができるといったものがある(特許文献1)。
【0006】
【特許文献1】特許公開2005−84047
【0007】
また、この他にも、ポリエステル不織布にアクリルアミドゲルを含浸させることによって、ゲルの機械的強度を増大させ、なおかつ寸法安定性に優れたシート状ゲル(非特許文献1)や、中空糸内部にアクリルアミドゲルを流入させることによって、ゲルの機械的強度を向上させたもの(非特許文献2)、親水性フィルターを用いてゲルを含浸させることによって、アクリルアミドゲルが2%T以下の低濃度になっても形状を維持することを容易にしたものなどがある(特許文献2)。
【0008】
【非特許文献1】Hideyuki Nishizawa, Ayako Murakami, Naoko Hayashi, Mami Ida and Yoshihiro Abe : Fabric reinforced polyacrylamide gels for electroblotting ; Electrophoresis, 1985, 6, 349-350
【非特許文献2】Jon Klein, George Harding, and Elias Klein : A New Focusing Gel for Two-Dimentional Electrophoresis Constructed in Microporous Hollow Fiber Membranes ; Journal of Proteome Reserch, 2002, 1, 41-45
【特許文献2】特願2006−79986
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、2%T以下の濃度のアクリルアミドゲルにおいては、糸がゲルから脱離しやすくなるので、糸を支持体とした棒状ゲルの作製が困難になるばかりではなく、等電点電気泳動操作も困難になるといった課題が残されている。
【0010】
また、等電点電気泳動操作後にSDSポリアクリルアミド電気泳動(SDS-poly acrylamide gel electrophoresis、以下SDS-PAGEと記述する)へ移行する際の平衡化処理やSDS-PAGEシステムに棒状ゲルを設置する際の取扱いが難しく、もともと低濃度アクリルアミドゲルで構成されているゲルが崩壊しやすいという問題点もあった。
【0011】
さらには、糸を支持体とした棒状ゲルを作製する時、特許文献1の図1にあるようなゲル作製用の装置に糸を設置するが、この際に糸状体に水分を含ませなければ安定的に上記装置に糸状体を設置できないという課題がある。この水分を除去できなければ、目的の濃度のアクリルアミドゲルを作製する際にその濃度の誤差が大きくなる。
【0012】
この場合、窒素ガスを注入口より流し、窒素置換を行うことにより、糸状体が吸収している酸素ガスを除去すると共に糸状体が含有している水分をも除去する役割を持つが、それでも窒素置換のみでは完全に水分を除去することは困難である。従って、完全に水分を除去するためには装置に糸を設置した状態で乾燥機中で静置する必要がある。
【0013】
上記に挙げられた以外の課題としては、特許文献1に記されている糸状体を用いた等電点電気泳動用ゲルの場合は、一度に等電点電気泳動に供することのできる試料容量が5ml以下と限られているという問題点もある。
【0014】
非特許文献1に記載のポリエステル不織布についても、糸状体を支持体とした場合と同様に、自重のために不織布が垂れ下がり、取扱いが困難であるという問題点がある。
【0015】
また、不織布は隙間間隔が不均一である。従って、タンパク質の移動が不織布の隙間間隔が小さいところでは著しく阻害され、逆に隙間間隔が大きいところでは比較的移動しやすくなるので、タンパク質の移動速度が安定せず、再現性にも疑問が残る。
【0016】
さらには、非特許文献1に記載のポリエステル不織布はシート状であるため、等電点電気泳動操作が終了した後にSDS−PAGEへと移行する際、ポリエステル不織布をSDS−PAGE用ゲルに接着させるのが熟練を必要とし、困難である。
【0017】
非特許文献2に記載の中空糸についても、糸やポリエステル不織布を支持体としたアクリルアミドゲル同様、自重でゲルが垂れ下がるので、取扱いが困難であるばかりではなく、ゲルが崩れて中空糸内部からこぼれ落ちるという問題点がある。
【0018】
さらに、非特許文献2に記載の中空糸のポアサイズは0.64mmと小さいので、SDS−PAGEに非特許文献2に記載のゲルを適用する場合、中空糸の隙間をタンパク質試料が通過する際に試料の損失が大きいという課題がある。また、市販の中空糸のポアサイズは、親水性フィルターと比較するとその種類と量が少ないので、一定以上のポアサイズを有する中空糸を入手するのは困難である。
【0019】
一方、特許文献2に記載の親水性フィルターを用いた場合は、現在市販されている乾燥ゲルや、特許文献1にあるような糸を支持体とした棒状ゲルでは作製するのが困難であった2.0%T未満の低濃度アクリルアミドゲルでも、容易に作製することが可能となり、なおかつ形状を安定的に保つことができる。
【0020】
さらに、特許文献1にあるような糸状体よりも、親水性フィルターの方が、重量も大きいため、糸状体支持体として用いる際に必要であった、水分の含浸をさせなくても安定的にゲル作製装置に設置することができるので、目的のゲル濃度を作製する際に濃度誤差が小さくて済む。
【0021】
一方で、特許文献1、非特許文献1、非特許文献2にあるような糸やポリエステル不織布、中空糸を支持体としたアクリルアミドゲルよりも全体的な物理的強度が向上し、自重で垂れ下がることが無いため、二次元電気泳動操作のうちの一次元目である等電点電気泳動操作、および等電点電気泳操作が終了した後の平衡化処理や、二次元目であるSDS-PAGEへ棒状ゲルを移行させる操作が従来の糸を支持体とした棒状ゲルと比較して、格段に取扱いが容易となる。
【0022】
次に、データの信頼性の点から述べると親水性フィルターは、ポリエステル不織布と異なり、間隔の隙間がある程度一定となっているため、ポリエステル不織布と比較すれば、タンパク質の移動速度も安定し、再現性も高い。
【0023】
しかしながら、ゲルの担持体としての機能を持つ親水性フィルターそのものがタンパク質の電気泳動による移動を阻害する可能性は否定できず、事実、特許文献1に記載されているような糸ゲルと同程度の長さ、径の親水性フィルターを用いたフィルターゲルは電気泳動パターンの再現性に若干の低下がみられ、なおかつ電気泳動に要する時間も多くの場合長くなるといった現象が観察される。
【0024】
これは、ポリエステル不織布の目よりは間隔の隙間に均一性があるものの、完全に同じではないために間隔の隙間が小さい箇所においてタンパク質の泳動速度低下が引き起こされているためであると思われる。
【0025】
また、経済性や、素材の入手しやすさの点から親水性フィルターを見ても、中空糸と比較して親水性フィルターの場合には、ポアサイズの調節が可能で、材質も多岐にわたっているため、多種類のフィルターを入手することが可能である。従って、中空糸よりも大きいポアサイズの親水性フィルターを用いれば、タンパク質の移動を阻害することは少なくなり、泳動操作による試料の損失も抑制できる。
【0026】
ただし、親水性フィルターの素材のうち、セルロース系のものは、タンパク質を吸着する性質をもつため、試料を若干ロスするという欠点がある。
【0027】
また、プラスチック素材のフィルターは基本的に疎水性であるため、親水化するために界面活性剤を使用する。従って、界面活性剤とタンパク質との組み合わせによっては、タンパク質の分解や変性を引き起こし、泳動結果に重大な影響を及ぼす可能性も否定できない。
【課題を解決するための手段】
【0028】
二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系において、ゲルの支持体として請求項1に記載の棒状中空編織品(以下、メッシュチューブ)を用い、その中にアクリルアミドゲルもしくはアガロースゲルを充填させたことによって上記課題を解決した。
【0029】
また、請求項2では、二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系において、ゲルの支持体としてメッシュチューブ状に成型した成型加工品(以下、メッシュチューブ様成型加工品)を用い、その中にアクリルアミドゲルもしくはアガロースゲルを充填させたことを特徴とする。
【0030】
請求項3では、請求項1または2のいずれかに記載の二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品の形状が円柱状であることを特徴とする。
【0031】
請求項4では、請求項1または2にいずれかに記載の等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品の素材が、ポリエステル、6-ナイロン、6,6-ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、ポリエチレン、エチレンビニルアセテート、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネートのいずれかを少なくとも一部分含む素材であることを特徴とする。
【0032】
請求項5では、請求項1または2にいずれかに記載の等等電点分離系で用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品に充填させるアクリルアミドゲルの濃度が1.8%Tまでの低濃度範囲にあることを特徴とする。
【0033】
請求項6では、請求項1または2にいずれかに記載の等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品のメッシュ(目の細かさ)が、3メッシュから300メッシュの範囲内にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0034】
本発明のメッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品を用いた棒状ゲルは、これまでに述べた課題を解決するために考案されたものである。
【0035】
図1に、本発明において最適であると考えられるメッシュチューブの形態を示す。この図に示されている通り、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品は、網目状の組織で円筒状の形状をしている。
【0036】
また、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品のメッシュ(網目)の大きさも多くの種類が製造可能であり、その大きさも用途に応じて調節可能である。
【0037】
従って、二次元電気泳動において、主な取扱いの対象となるタンパク質の大きさと比較して、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品の網目の方がはるかに大きいので、二次元電気泳動における二次元目であるSDS-PAGEにおいて、等電点電気泳動用ゲルからSDS-PAGE用ゲルへのタンパク質が移行する際にも、非特許文献2に記載の中空糸の場合で懸念されているようなタンパク質の移動阻害の可能性は大きく低下する。
【0038】
二次元電気泳動における一次元目である等電点電気泳動においても、非特許文献1に記載のポリエステル不織布や、特許文献2に記載の親水性フィルターとは異なり、図2に示すとおり、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品内側にはアクリルアミドゲルが充填されているのみであるので、タンパク質の移動が阻害されることはなく、泳動時間は、毎回一定となり、親水性フィルターの場合において見られたような、時折泳動時間が長くかかるようなことは無い。
【0039】
さらに、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品の物理的強度についても、素材に依存するものの、プラスチック系のものを使用する場合においては、自重で糸が垂れ下がるようなことはなく、特許文献2に記載の親水性フィルターを利用した棒状ゲル同様に、二次元電気泳動操作のうちの一次元目である等電点電気泳動操作、および等電点電気泳操作が終了した後の平衡化処理や、二次元目であるSDS-PAGEへ棒状ゲルを移行させる操作が、特許文献1に記載の、糸を支持体とした棒状ゲルと比較して、格段に取扱いが容易となる。
【0040】
一方、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品に用いる素材については、原価や融点、用途等によって、適宜変えることも可能である。
【0041】
なお、本発明のメッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品を用いた棒状ゲルは、ゲルを流入させる型と原材料さえあれば、容易に製作が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
本発明は、上記の通りの特徴を持つものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0043】
本発明では、二次元電気泳動システムにおける等電点電気泳動において、ゲルの支持体として棒状のメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品をゲルと一体化している。
【0044】
この場合のゲルの支持体として、メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品の素材は安価なナイロンモノフィラメントが望ましいが、その他の素材、例えばポリエステルやアクリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレンビニルアセテート、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネートもゲルの支持体として使用されうる。
【0045】
一方、現在金属製メッシュチューブも市販されている。金属製メッシュチューブは上記素材よりも耐久性に優れているが、電気泳動操作を行う際に、電流が導電性である金属製メッシュチューブの方へ流れてしまい、タンパク質の分離が困難になるばかりではなく、発熱等により、装置の故障原因となる恐れがある。このことから、金属製メッシュチューブは、ゲルの支持体として用いるのは困難である。
【0046】
メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品の網目の大きさについては、大きい方が、それだけタンパク質の移動を阻害しないと考えられるが、操作性や物理的強度の観点から決定するべき項目である。
【0047】
メッシュチューブ及びメッシュチューブ様成型加工品の太さについては、これもまた、適宜調整可能である。従って、等電点泳動に供する試料量、操作性の観点から見た場合に、直径が1ミリメートル〜1センチメートルの範囲内で用いるのが望ましい。
【0048】
ゲルとしては、アクリルアミドゲルやアガロースゲルが代表的なものとして例示される。これらのゲルは上記メッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品の存在下での重合ゲル化によって、上記素材と一体化されることになる。このような一体化ゲルは、例えばアクリル板等の板状体に成型した溝内に上記メッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品を装入し、次いでゲル化用の溶液を注入して重合ゲル化させることで形成することが可能となる。
【0049】
本発明によって、特許文献1の糸を支持体として用いた場合では、2%T未満のアクリルアミドゲルは一体化することは困難であったが、アクリルアミドゲルが重合する最低濃度付近である1.8%T程度の低濃度アクリルアミドゲルでも一体化することができる。
【0050】
以下に実施例を示し、さらに詳しく本発明について説明する。もちろん、以下の例によって発明が限定されることはない。
【0051】
実施例(1)
メッシュチューブを用いた棒状ゲルの作製
メッシュチューブとアクリルアミドゲルとを一体化させるために、特許文献2の図2、図3に示したゲル作製用の装置を組み立てた。具体的には、ゲルを一度流入させれば様々な太さの棒状ゲルの作製が可能となるように、溝の幅および深さが一定距離ごとに変化するようになっているものである。
【0052】
用いたメッシュチューブの素材は75デニールのナイロンモノフィラメントを使用した。また、メッシュチューブの断面直径は1.2ミリメートルとした。その後、適当な長さに切り出して、特許文献2の図2のゲル作製用の装置にある溝(3)のうち、溝の幅が1.5ミリメートルの箇所にはめ合わせた後、同じく特許文献2の図3の上板(1)を乗せた。また、その際、上板(1)と下板(2)の密着性を向上させるために、シリコン製スポンジパッキンをパッキン設置部(4)に設置し、位置決めピンを位置決めピン設置部(5)に設置することで、上板(1)と下板(2)の関係位置を決定した。さらにローレットノブおよびクランプを用いて特許文献2の図3の上板(1)と特許文献2の図2の下板(2)を固定した。
【0053】
アクリルアミドゲル溶液は蒸留水で適当な濃度に調製し、真空脱気した。ゲル溶液中に含まれる溶存酸素は、アクリルアミドの重合を阻害するので、真空脱気により、溶存酸素をできるだけ除去する必要があるからである。また、この時点では、ゲル溶液にはアクリルアミドとN,N'-メチレンビスアクリルアミド以外の試薬は含まれていない。
【0054】
過硫酸アンモニウムとN,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミド(以下、TEMED)を適量ずつ脱気したゲル溶液に加えた後に、ゲル溶液をシリンジでゆっくりと溝に注入し、
1時間静置させ、重合させた。
【0055】
ついで、特許文献2の図2の下板(2)から特許文献2の図3の上板(1)を外した。重合し、固まったゲルをピンセットで蒸留水中に移し、ゲル中の遊離イオンを除去するために2時間以上蒸留水に浸した。このようにして、メッシュチューブを用いた低濃度等電点電気泳動用ゲルの作成に成功した。
【0056】
実際に等電点電気泳動操作を行う際には、上記の低濃度等電点電気泳動用ゲルを少なくとも2時間以上は両性担体であるアンフォライン溶液に浸した。等電点電気泳動操作を行う前に、棒状ゲルを適当な長さに切って分割した。
【0057】
上記棒状ゲルを等電点電気泳動操作に用いるために、図3、図4に記載されている電気泳動板を使用した。この電気泳動板は、特許文献1の図3に記されている装置の改良型で、より短い長さの棒状ゲルについて等電点電気泳動操作が行えるように調節を行ったものである。
【0058】
また、今回用いたタンパク質としては、C-phycocyanin(分子量264kDa, pI4.3)、Hemoglobin(分子量67kDa, pI7.2)、そして、Cytochrome C(分子量13kDa, pI9.6)の3種類のタンパク質を用いた。これらのタンパク質は、泳動分離後、染色することなく検出が可能である色素タンパク質であり、なおかつ、幅広い分子量(13kDa〜264kDa)とpI(4.3〜9.6)を網羅している。
【0059】
このようにして定電流の条件下で等電点電気泳動操作を行った結果を図5に示す。結果としては、高分子量タンパク質であるC-phycocyaninを含む3種類の色素タンパク質全てにおいて、特許文献1に記載の糸状体を支持体とした等電点電気泳動用ゲルと同様の位置にバンドが検出され、また、再現性も良好であった。
【0060】
また、泳動操作に要した時間は、30分前後であった。また、その後少なくとも120分までは、両性担体によるpH勾配も安定しており、タンパク質の分散は見られなかった。
【0061】
通常、両性担体(キャリアアンフォライト)をゲルに添加して電場をかけてpH勾配を形成するIEF (Isoelectric focusing electrophoresis) 手法では、電気泳動操作に要する時間は、いくつかのパラメーター、例えばゲルの性質、ゲルマトリックスの編み目構造の度合い、pH勾配の様態、印加電圧そして試料サンプルなどに依存する。一般的に、試料のロード操作にかかる時間を含めて、現在のIEF手法において、タンパク質の分離にかかる時間は10時間以上必要であるとされている。
【0062】
特許文献1に記載されている糸状体を支持体とした棒状ゲルでは、従来、長時間を要していた等電点電気泳動操作時間を格段に短縮させる手法であるが、本発明においても、泳動時間の短縮が可能となった。
【0063】
上記実施例の結果をまとめると、本発明は、既存のIEF手法による等電点電気泳動操作と比較して、以下の点で優れていることがわかる。
【0064】
糸状体を支持体とした棒状ゲルではアクリルアミドゲル濃度の低濃度化は2%Tが限界であったが、メッシュチューブを用いた棒状ゲルでは、アクリルアミドゲルが重合して硬化する下限濃度に近い1.8%Tの濃度でも、作製が可能となった。
【0065】
また、メッシュチューブを用いた棒状ゲルは低濃度であるにも関わらず、メッシュチューブの物理的強度が大きく、自重で垂れ下がることがないので、等電点電気泳動操作の後にSDS−PAGEに移行する際の平衡化処理や、SDS−PAGE用ガラス板へのセット等取扱いが容易である。
【0066】
さらに、メッシュチューブは中空状であるために、親水性フィルターや糸状体のような異物がゲル内部に存在しないため、実験データの再現性も良好であり、なおかつ泳動時間の変動も小さい。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明によって、さらなる高分子量タンパク質への適用が可能で、操作性、再現性が良好な高速二次元電気泳動システムが実現され、プロテオーム解析のための革新技術として、医療や生命科学研究の発展のみならず、食品検査の迅速化にも大きく貢献できる。また、本発明で用いるゲルは、アクリルアミドやアガロースの種類を問わず適用可能であるので、将来的には、二次元電気泳動のみならず、DNA等の核酸の分離精製といった、幅広い研究分野において本研究技術を取り入れることができると予想される。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明において最適であると考えられるメッシュチューブの形態を例示した図である。
【図2】アクリルアミドゲルと一体化したメッシュチューブの断面図である。
【図3】メッシュチューブを用いた棒状ゲルの等電点電気泳動操作を行うための泳動板上板を例示した図である。
【図4】メッシュチューブを用いた棒状ゲルの等電点電気泳動操作を行うための泳動板下板を例示した図である。
【図5】メッシュチューブを用いた棒状ゲル上で3種類の色素タンパク質を用いて等電点電気泳動操作を行ったものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系において、ゲルの支持体として棒状中空編織品(以下、メッシュチューブ)を用い、その中にアクリルアミドゲルもしくはアガロースゲルを充填させたことを特徴とするタンパク質分離用高速二次元電気泳動システム。
【請求項2】
二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系において、ゲルの支持体としてメッシュチューブ状に成型した成型加工品(以下、メッシュチューブ様成型加工品)を用い、その中にアクリルアミドゲルもしくはアガロースゲルを充填させたことを特徴とするタンパク質分離用高速二次元電気泳動システム。
【請求項3】
請求項1または2のいずれかに記載の二次元ゲル電気泳動システムにおける等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品の形状が円柱状であることを特徴とするタンパク質分離用高速二次元電気泳動システム。
【請求項4】
等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品の素材が、ポリエステル、6-ナイロン、6,6-ナイロン、アクリル、ポリプロピレン、ポリエチレン、エチレンビニルアセテート、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネートのいずれかを少なくとも一部分含む素材である請求項1または2のいずれかに記載のタンパク質分離用高速二次元電気泳動システム。
【請求項5】
等電点分離系で用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品に充填させるアクリルアミドゲルの濃度が1.8%Tまでの低濃度範囲にあることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の等電点電気泳動用ゲル。
【請求項6】
等電点分離系に用いるメッシュチューブまたはメッシュチューブ様成型加工品のメッシュ(目の細かさ)が、3メッシュから300メッシュの範囲内にある請求項1または2のいずれかに記載のタンパク質分離用高速二次元電気泳動システム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−14582(P2009−14582A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−177997(P2007−177997)
【出願日】平成19年7月6日(2007.7.6)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【出願人】(598025050)三立応用化工株式会社 (2)
【出願人】(598164991)有限会社櫻井医科器研究所 (1)