説明

植物の病害防除資材とその使用方法

【課題】
化学農薬を使用せず、有効利用があまり図られなかった物質を用いた病害防除資材及び該資材を用いた病害防除方法を提供する。
【解決手段】
醤油油を有効成分としてなる植物の病害防除資材、及び該病害防除資材を植物に散布又は培土に灌水する植物の病害防除方法が提供される。病害防除資材は、醤油油を0.01〜100容量%含むものであって、更に界面活性物質その他を含むことができる。これら資材及び方法によって、糸状菌又は細菌よりもたらされる植物の病害を防除することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、醤油油を用いた植物病害の防除技術に関し、更に詳細には、醤油油を有効成分としてなる植物の病害防除資材及び該資材を用いた植物の病害防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、植物病害の防除は、化学物質を用いた農薬を主に使用して行われていた。農薬の散布には中毒などの危険が伴い、又、同種の農薬を継続して散布した場合は、薬剤に対する耐性菌の出現の問題が生じ、使用する農薬をローテーションする必要にも迫られていた。このように、化学農薬を用いる場合、環境面での規制も強く、人体への影響も充分考慮されなければならない。一方、醤油を製造するにあたっては、醤油油が副生するが、現在のところ、醤油油の有効利用は十分行われておらず、その多くを廃棄しているのみである。また、新しい試みとして、醤油油の酸化物についての抗菌性が検討されている(下記非特許文献1)が、未だ実用化には至っていない。そこでは、大腸菌等の一般細菌に対して検討しているのみで、植物病害防除の目的に適用できないことはもちろん、他の分野へ応用されることはなかった。
【非特許文献1】醸協、第92巻、第10号、719−724(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明が解決すべき課題は、化学農薬を用いることなく、植物病害の防除の安全化を図り、「安全・安心」な植物栽培・農業生産を行えるとともに、資源の有効利用を図る手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題の解決を企図して鋭意検討を重ねた結果、廃棄物として未だ十分な有効利用がされていない醤油油に注目して、醤油油を用いることにより安全に植物病害を防除できることを見出して本発明を完成した。すなわち、請求項1の発明によれば、醤油油を有効成分としてなる植物の病害防除資材が提供される。該病害防除資材は、醤油油を0.01容量%〜100容量%含んでなるものであって、更に界面活性物質を含んでもよい。界面活性物質としては、レシチンが好ましい。また、請求項5の発明によれば、醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材を植物に散布することを特徴とする植物の病害防除方法が提供され、請求項6の発明によれば、醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材を培土に灌水することを特徴とする植物の病害防除方法が提供される。該病害防除資材は、醤油油を0.01%〜100%含んでなるものであって、さらに界面活性物質を含んでもよく、該界面活性物質がレシチンであることが好ましい。また、これら方法は、糸状菌又は細菌よりもたらされる植物の病害を防除する。
【0005】
本発明の植物の病害防除資材は、上述のように醤油油を有効成分としており、醤油油に含まれる成分が病害菌に対して殺菌性又は拮抗作用を有するか或いは植物に対して耐病性、免疫性又は抵抗性を付与するものと思われる。
【発明の効果】
【0006】
請求項1〜11の発明によれば、醤油油を有効成分としてなる植物の病害防除資材とし、またはかかる病害防除資材を用いて植物の病害防除を行うこととしたので、化学農薬を使わないでも醤油油によって安全かつ安心して病害防除が図られることとなり、しかも、今まで有効利用の図られなかった醤油油を有効利用することによって資源の無駄をも無くすことができる。更に請求項3、4、8、9の発明によれば、界面活性剤物質を含むことによって、病害防除の効果が更に高い病害防除資材を得、または病害防除方法を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明について詳細に説明する。醤油油とは、醤油の製造工程において、大豆、小麦、塩を原料とした諸味を発酵熟成後に圧搾すると液面に分離してくる油状のもののことである。すなわち、醤油油は醤油の製造工程において、熟成した諸味を圧搾し、得られた生醤油をタンクに入れ、放置して上面に溜まった油をポンプで回収し、油タンクに入れ、混在する醤油などを除去して得られるものであって、高級脂肪酸あるいはそれらのエチルエステル類などを含むものである。醤油油は、このように副産物として得られたものであって、これまでほとんど廃棄物として処理されてきたが、本発明はこれを有効に利用することを可能とするものである。本発明に用いる醤油油はいずれの醤油に由来するものであっても使用することができ、その種類は特に限定されない。
【0008】
醤油油は、そのままの形態(即ち100容量%)で液状の病害防除剤として用いることができる。また希釈してもよく、水等の水系溶媒、マシン油、ダーク油、キシレンなどの油系溶剤に溶解又は懸濁させることができるが、取扱の利便性を考慮すると、水が好ましい。更に、醤油油を担体に含ませ、固体の病害防除剤とした形態も可能であり、この場合、用時調製して溶剤に溶解又は懸濁して使用することが出来る。
【0009】
本発明の植物の病害防除資材中に含まれる醤油油の量は、0.01容量%〜100容量%とすることができるが、好ましくは0.05容量%〜10容量%、特に好ましくは1容量%〜10容量%(v/v)である。0.01容量%未満だと、病害防除の効果が低くなってしまう。
【0010】
本発明の醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材には、さらに界面活性剤を加えることができる。界面活性物質を加えることにより、醤油油の水系又は油系溶剤への醤油油の溶解度はさらに高まる。更に、界面活性物質を加えることにより、醤油油が植物によりなじむこととなるので、資材の植物の病害防除効果もさらに高まる。この時、界面活性物質の量は植物の病害防除資材中0.01容量%〜10容量%含むことができるが、好ましくは0.03容量〜3容量%、特に好ましくは0.05容量%〜1容量%である。界面活性物質の種類は特に限定されるものではないが、レシチン、リグニンスルホン酸塩、カゼインカルシウム、ゼラチン等が好ましい。
【0011】
また、本発明の醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材には、展着剤を加えることが好ましい。展着剤としては公知のものを用いることができる。この他、本発明の醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材には、肥料,農薬,植物生長調節剤等を加えることができる。本発明の植物の病害防除資材にこれらを加えた場合、醤油油の効果とともに、これらのもつ効果との相乗効果により、更に生長促進,増収を期待できるものである。更には、農薬を加える場合、農薬量を低減させる効果を持つ。
【0012】
本発明の植物の病害防除資材を用いて、植物の病害を有効に防除できる。この場合、上述の病害防除資材であって液体の形態としたものを植物に散布する。ここにいう散布には、植物に直接病害防除資材(液体)を塗布することも含まれる。更に、上述の病害防除資材を灌水してもよい。尚、病害防除資材が固体の形態であるならば、使用時に、溶剤に溶解又は懸濁する。供給頻度は、下記実施例に記載した如く1度でも効果があり、複数回でもよい。植物の病害の程度により適宜選択することができる。散布は、植物の株全体に行ってもよく、病害の認められる部分のみでもよい。散布又は灌水の時期は、病害発生前でもよく、下記実施例に記載した如く病害発生後に行っても有効である。
【0013】
本発明の醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材を用いることにより、防除可能な植物病害は、糸状菌、細菌などによりもたらされる植物の病害を指し、例えば、ウリ科、バラ科、ナス科植物などのウドンコ病,灰色かび病,べと病、ナス科植物などの疫病,輪紋病,カツモン病,クロガレ病,褐色マルホシ病,キンカク病,ススハン病,ススカビ病、イネ科植物のイモチ病,白葉枯病、疫病、葉枯病、アブラナ科植物などのウドンコ病、ベト病、軟腐病、ラン科植物などのタンソ病、ミカン科、バラ科植物などのコクテン病、キク科、ウリ科植物などのコクハン病,カッパン病が挙げられる。
【0014】
以下、本発明を実施例を用いて説明するが、当該実施例により本発明の技術的範囲が限定されて解釈されるものではない。
【0015】
参考例1:
醤油の製造工程において、熟成した諸味を圧搾して得られた生醤油をタンクに入れ、放置して上面に溜まった油をポンプで回収し、油タンクに入れ、混在する醤油などを除去して、醤油油を得た。
【実施例1】
【0016】
キュウリのウドンコ病防除試験(1):
ガラス温室で1/5000aワグネルポットを用いてキュウリ品種「四葉」を育苗し、ウドンコ病を罹病させ、散布試験の供試品とした。上述のようにして得られた醤油油1容量部に対し、展着剤(商品名「ミックスパワー」株式会社トモノアグリカ製造、成分名:ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル)を0.1容量部添加し、水を99容量部加え、攪拌して植物の病害防除資材を調製した。本資材をウドンコ病の病徴の有無に関係なく、株全体に散布した。対照区には、イオン交換水100容量部に対し、同じ展着剤を0.1容量部加えた溶液を株全体に散布した。
【0017】
散布処理して、6日後と12日後に葉面の様子を観察し、病斑の評価を葉ごとに同じ生育ステージの第5葉から第15葉の11枚の葉について、「病斑認められず」を0、「微少」を1、「軽度」を2、「中度」を3、「重度」を4、「激発」を5として、6段階の評価を行い、その評価値の積算値を病斑程度とした。この結果を表1に示す。
【0018】
【表1】

【0019】
散布処理して12日後の観察では、対照区の株の病斑の数は多くなりウドンコ病が蔓延していたが、試験区の株では、病斑の数が減少している様子が見られた。この結果より、試験区に散布した醤油油は充分なウドンコ病防除効果を有していることが判明した。また、この結果から、ウドンコ病の蔓延を阻害する醤油油の効果が長期間維持されることがわかった。
【実施例2】
【0020】
キュウリのウドンコ病防除試験(2):
上述のようにして得られた醤油油1リットルにレシチン100gを溶解した。この醤油油1容量部に対し、展着剤(商品名「ミックスパワー」株式会社トモノアグリカ製造、成分名:ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル)を0.1容量部加えた後、水98.9容量部を加え、攪拌して植物の病害防除資材を調製した。対照として、レシチン100gを溶解した醤油油1容量部に対し、イオン交換水99.9容量部と同じ展着剤を0.1容量部と加えた溶液を調製した。
【0021】
ガラス温室で1/5000aワグネルポットを用いてキュウリ品種「四葉」を育苗し、ウドンコ病を罹病させ、同じ生育ステージの第3葉から第7葉の5枚の葉に本資材の散布処理を行った。散布して7日後に散布処理した5枚の葉ごとの病斑の評価を「病斑認められず」を0、「微少」を1、「軽度」を2、「中度」を3、「重度」を4、「激発」を5として、6段階の評価を行い、その評価値の積算値を病斑程度とした。その結果を表2に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
この結果より、試験区に散布した1000ppmレシチンを含む1%醤油油は優れたウド評価値の積算値を病斑程度とした。試験結果を表3に示す。
【実施例3】
【0024】
醤油油資材のウドンコ病防除試験表3に示すように、醤油油に展着剤(品名「ミックスパワー」株式会社トモノアグリカ製、成分名:ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル ポリオキシエチレンアルキルエーテル)を加えた資材に、レシチンや液状複合肥料(品名「パワフルグリーン」片倉チッカリン株式会社製)を混合し、水で溶解した溶液を各種調製した。
【0025】
【表3】

【0026】
散布試験には、ガラス温室で1/5000aワグネルポットを用いて育苗したキュウリ品種「あきみどり 株式会社トーホク」に、ウドンコ病を罹病させ、各区に2株供試した。散布は、株の全葉に対して行った。散布処理して11日後に1株あたり同じ生育ステージの第2葉から第4葉の3枚,2株合わせて各区とも6枚の葉ごとに病斑の評価を「病斑認められず」を0、「微少」を1、「軽度」を2、「中度」を3、「重度」を4、「激発」を5として、6段階の評価を行い、その評価値の積算値を病斑程度とした。試験結果を表3に示す。
【0027】
この結果より、醤油油に通常使用される葉面散布用の液状複合肥料を添加して散布処理した場合にもウドンコ病防除効果を有することが示された。また、レシチンを含まない試験区1とレシチンを含む試験区2とを比較すると、界面活性物質たるレシチンを含有することによって、病害防除効果が更に高められることがわかった。また、液状複合肥料を含まない試験区1と液状複合肥料を含む試験区2とを比較すると、液状混合肥料を含めると病害防除効果が幾分高まり、更に液状複合肥料と界面活性物質との双方を含むと双方の効果によって病害防除効果が非常に高まることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
醤油油を有効成分としてなる植物の病害防除資材。
【請求項2】
醤油油を0.01%〜100容量%含んでなる、請求項1記載の植物の病害防除資材。
【請求項3】
さらに、界面活性物質を含んでなる、請求項1又は2記載の植物の病害防除資材。
【請求項4】
前記界面活性物質がレシチンである、請求項3記載の植物の病害防除資材。
【請求項5】
醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材を植物に散布することを特徴とする、植物の病害防除方法。
【請求項6】
醤油油を有効成分とする植物の病害防除資材を培土に灌水することを特徴とする、植物の病害防除方法。
【請求項7】
醤油油を0.01%〜100容量%含んでなる病害防除資材を用いる、請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
さらに界面活性物質を含んだ病害防除資材を用いる、請求項5又は6記載の方法。
【請求項9】
前記界面活性物質がレシチンである、請求項8記載の方法。
【請求項10】
糸状菌又は細菌よりもたらされる植物の病害を防除する、請求項5乃至10のいずれか1項に記載の植物の病害防除方法。

【公開番号】特開2006−328084(P2006−328084A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−221234(P2006−221234)
【出願日】平成18年8月14日(2006.8.14)
【分割の表示】特願2001−136703(P2001−136703)の分割
【原出願日】平成13年3月29日(2001.3.29)
【出願人】(000240950)片倉チッカリン株式会社 (24)
【出願人】(000006770)ヤマサ醤油株式会社 (56)
【Fターム(参考)】