説明

植物の細胞壁合成に関与する遺伝子とその利用

【課題】植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子またはタンパク質を単離・同定し、その利用法を提供する。
【解決手段】植物細胞壁のセルロース合成能が低下した変異体を用いて、植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子をイネから取得した。この遺伝子および/または該遺伝子によりコードされるタンパク質を用いることにより、他の植物に細胞壁成分の改変などによる木材の品質向上、細胞壁合成の制御による植物の茎等の強度の制御ができる可能性がある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子、ならびに該遺伝子および該遺伝子によりコードされるタンパク質の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞壁はほぼ全ての原核生物と大部分の真核生物が保持しており、植物においては例外なく存在している。植物の細胞壁の機能は、細胞の大きさや形状の決定および植物体の構造的強度を高めるといったほかにも、細胞間の認識・細胞内外の物質交換・病虫害抵抗性などさまざまな役割を持つことが明らかとなっている。伸展成長中の細胞は一次細胞壁という薄い細胞壁からなり、成熟に伴い多くの細胞は数層の厚い二次細胞壁を形成する。植物体の構造的強度を付与するのは主に二次細胞壁である。
【0003】
植物細胞壁の主成分であるセルロースは地球上に最も多量に存在するバイオマス資源であり、古くから木材等建築や家具等の材料として直接利用されてきたほか、紙・パルプ・衣料用繊維などとしても広く利用されている。また豊富に存在することから家畜の飼料やエネルギー源としての利用の可能性など幅広い応用研究が現在進められてきている。植物細胞壁のセルロース合成および構築過程の多くは未解明であり、メカニズムの解明により細胞壁合成過程の制御が可能となれば材木や衣料繊維の品質改良などの工業的利用に有用であるだけでなく、農業面においても、植物の茎の強度を強化することにより穂の種子の数や重量の増加に耐えうる植物体の作出などが可能となる。このことから植物の細胞壁の合成は、多くの研究者に注目されている。
【0004】
セルロース合成に関与する遺伝子の単離は近年、モデル植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を中心に精力的に行われてきている(例えば、綿・シロイヌナズナ由来のセルロース合成酵素についてはそれぞれ特許文献1、非特許文献1参照)。セルロース合成酵素そのものはその構造類似性から今までに多数単離されているが(例えば非特許文献2参照)、セルロースの配向が整ったきちんとしたセルロース繊維の合成だけでもこの他に多数の因子が必要であり、さらには強度を持った細胞壁として機能するためにはさらに多くの因子群が必要とされる。しかし、セルロース合成酵素以外の細胞壁の合成因子群の単離についてはようやく緒についたばかりである。
【0005】
特に、植物の骨格としてその形態の維持や組織の強度の確保等に必要とされる硬膜組織などで発達が著しい二次細胞壁についてはこれまで、二つの報告(非特許文献3,4)を除きその形成の機構はほとんど知られてこなかった。
【0006】
上述したように、細胞壁合成の全容解明は工業的・農業的に非常に重要であるにもかかわらず、セルロース合成酵素をコードする遺伝子以外については未だ十分に特定されていない。すなわち、植物細胞壁合成に関与する因子をコードする遺伝子は、未だ十分に明らかになっておらず、特に二次細胞壁の形成に関する遺伝子については形態の形成・維持におけるその重要性からその同定が強く望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特表2002−510961号公報
【非特許文献1】Arioli T et al. Science. 1998 Jan 30;279(5351):717-20
【非特許文献2】Tanaka K et al. Plant Physiol. 133: 73-83. (2003)
【非特許文献3】Li Y. et al. The Plant Cell 16:2020-2031(2003)
【非特許文献4】Zhong R. et al. Plant Cell. (2004) 16(12):3242-59.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みなされたものであり、その目的は、植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子を同定するとともに、得られた該遺伝子または該遺伝子によりコードされるタンパク質を用いて、植物細胞壁が改変された植物などを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、イネの細胞壁、特に二次細胞壁に異常をきたした変異体(カマイラズ3:brittle culm3、通称bc3)の分子遺伝学的解析を行い、該変異体から植物細胞壁に関与する新規な遺伝子を単離することができ、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、下記(1)〜(12)の発明を含むものである。
(1)以下の(a)または(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質。
【0011】
(2)配列番号1に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(3)配列番号1に示される塩基配列、もしくは配列番号2に示されたアミノ酸配列をコードする塩基配列、またはそれら塩基配列の一部分に対して相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
上記遺伝子は、例えばイネ科植物に由来するものが好ましいが、植物界全体に広く分布しているものと考えられ、これに限定されるものではない。
(4)上記遺伝子によりコードされるタンパク質。
【0012】
(5)以下の(a)または(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質。
【0013】
(6)上記タンパク質を認識する抗体。
(7)上記遺伝子を含有する組換え発現ベクター。
(8)上記遺伝子、または上記組換え発現ベクターを含む形質転換体。
(9)上記遺伝子または上記タンパク質の発現または活性が増強または低減されていることを特徴とする、植物細胞壁のセルロース合成能が改変された形質転換植物体。
上記形質転換植物体は、例えばイネ科植物に属するものがあるが、これに限るものではなく、広く一般の植物に適用可能である。
【0014】
(10)上記遺伝子または上記タンパク質の発現または活性を増強または低減する工程を含む、植物細胞壁のセルロース合成能が改変された形質転換植物体の作出方法。
(11)上記遺伝子の少なくとも連続した10塩基からなる塩基配列またはその相補配列を含むことを特徴とするプライマーまたはプローブ。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る遺伝子またはタンパク質は、植物細胞壁のセルロース合成に関与するものであるため、これらを利用することにより、例えば、イネおよびその他の植物に対して細胞壁成分の修飾・改変を行い、または細胞壁合成を制御することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の実施の形態について以下に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではない。
1.本発明に係る遺伝子
(1)植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子
本発明に係る遺伝子は、植物細胞壁、特に二次細胞壁のセルロース合成に関与する因子をコードする遺伝子であり、またこの因子はセルロース合成そのものには必ずしも必須とは限らないが、二次細胞壁のようにある程度以上の強度を要する細胞壁の合成のためには必須の遺伝子である。ここでいう「植物細胞壁のセルロース合成に関与する」とは、植物の細胞壁成分であるセルロースなどの合成において、その合成酵素の機能の補助・促進などを行い、細胞壁の合成に寄与することを意味する。また、「植物細胞壁」とは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主要構成成分としており(セルロースがおよそ30〜50%を占める)、細胞膜の外側にあり細胞表層を強化している構造を指す。本発明に係る遺伝子として、イネ由来の細胞壁のセルロース合成に関与する新規タンパク質をコードする遺伝子BC3(配列番号1に示す塩基配列を有する)を挙げて説明する。
【0017】
まず、植物細胞壁のセルロース合成は他の細胞壁成分と異なり細胞膜上で行われる。合成はセルロース合成酵素単独では機能せず複数の因子からなるセルロース合成酵素複合体がその役割を担う。複合体の構成因子は小胞体で形成された後、ゴルジ体で各種の修飾を受け小胞の形で細胞膜まで運ばれてくると考えられている。
【0018】
現在までに植物細胞壁のセルロース合成に関与する因子としてはセルロース合成酵素が多数単離されている。しかしながら植物細胞壁の高度に組織化されたセルロース繊維の効率的な合成には多数の他の因子の協調的な機能が必要であると考えられる。本発明者らは、後述の実施例に示すように、既に単離されているセルロース酵素群とは異なる植物組織や繊維の強度の向上に関与する因子を同定すべく、組織の強度に強く関与している二次細胞壁での細胞壁のセルロース含量が減少している変異体を用いた。この変異体は、イネの桿の折り曲げ強度が著しく低下しており、図1Cに示したように成熟したイネにおいてその強度低下が顕著に認められるため、特に二次細胞壁合成に異常をきたした変異体であると考えられる。さらに図1AおよびBに示すように変異体は野生型に比べ矮性・短根の表現形を示す。出穂時期も野生型と異なる。
【0019】
さらに、図2に示すように変異体のセルロース含量をイネの第一節間で計測したところ、野生型と比べ約3/4程度まで減少していた。他の細胞壁成分やセルロースの結晶構造には変異体と野生型との違いは認められず、植物体の強度の低下はセルロース量の違いによるものと考えられる。図4に示すように節間での細胞壁の厚さも顕著に減少していることが分かる。
【0020】
なお、生育初期で植物体の強度低下がそれほど顕著に現れないことから植物が成熟するまでの間に形成される二次細胞壁に異常をきたした変異体であることは明白であるが、幼苗期から細胞壁の異常が原因と思われる矮性・短根の形質は認められるため一次細胞壁にも異常をきたしている変異体である可能性が考えられる。
【0021】
以上のような表現型を示す変異体から、植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子として、物質輸送に機能すると思われる新規なダイナミンをコードする遺伝子、BC3を単離した。この遺伝子は、植物細胞壁、特に二次細胞壁等でのセルロース合成において植物にとって十分な強度を細胞壁に持たせるためには必要不可欠なものであると思われる。
【0022】
このBC3遺伝子は、ポジショナルクローニングによって単離された。イネのRFLP(制限酵素断片長多型)マーカーを用いて解析したところ、BC3遺伝子は染色体2の長腕の末端近くに位置していることが明らかとなった。その後、公開されているイネゲノムの塩基配列を参考にして作製したマーカーにより、BC3遺伝子候補領域を94kb程度までに狭めた(図5)。最終的には相補性検定によりBC3遺伝子単独で変異体の細胞壁を野生型に復帰させることを確認した。なお、BC3遺伝子は配列番号1に示す塩基配列(2754bp)をORFとして有する遺伝子(ORFは開始コドンから終止コドンまでを含む)であり、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質をコードしている。なお、BC3遺伝子の全長配列(エキソン・イントロンを含む)は、配列番号3に示す。
【0023】
(2)遺伝子のクローニング
本発明の植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子は、例えば、cDNAライブラリーまたはゲノムライブラリーのスクリーニング等を行うことにより取得することができる。
【0024】
植物(例えばイネ科植物)からのmRNAの抽出およびcDNAライブラリーの作製は常法に従って行うことができる。BC3を多く含むmRNAの供給源としては、例えばイネの維管束部、若い根等が挙げられるが、これに限定されるものではない。mRNAの調製は、通常行われる手法により行うことができる。例えば、上記供給源から、グアニジウムチオシアネート-トリフルオロ酢酸セシウム法などによりトータルRNAを抽出した後、オリゴdT-セルロースやポリU-セファロース等を用いたアフィニティーカラム法により、あるいはバッチ法によりポリ(A)+RNA(mRNA)を得ることができる。
【0025】
次いで、得られたmRNAを鋳型として、オリゴdTプライマーおよび逆転写酵素を用いて一本鎖cDNAを合成した後、該一本鎖cDNAからDNA合成酵素I、DNAリガーゼおよびRNaseH等を用いて二本鎖cDNAを合成する。合成した二本鎖cDNAをT4 DNA合成酵素によって平滑化後、アダプター(例えば、EcoRIアダプター)の連結、リン酸化等を経て、λgt11等のベクターに組み込んでin vitroパッケージングすることによってcDNAライブラリーを作製することができる。また、λファージ以外にもプラスミドを用いてcDNAライブラリーを作製することもできる。また、必ずしもライブラリーとしてパッケージしなくても一本鎖ないしは二本鎖DNAのプールから、下記のようにPCRにより直接目的のcDNAを増幅することも可能である。
【0026】
また、ゲノムDNAライブラリーを作製するには、調製したゲノムDNAを適当な制限酵素(EcoRIなど)により消化し、市販のパッケージングキットを用いてλファージにパッケージングする方法を利用することができるが、この方法に限定されない。ゲノムDNAの調製は公知の方法、例えばフェノール・クロロホルム法等により調製することができる。この場合も調製されたゲノムDNAから直接PCRにより目的の遺伝子を増幅することも可能である。
【0027】
上記のようにして得られるcDNAまたはゲノムライブラリーから目的のDNAを有するクローンを選択するには、例えば、目的の遺伝子を増幅するためのプライマー(例えば、配列番号1に示される塩基配列に基づいて設計されたプライマー)を用いてPCRを行って作製したプローブを用い、ハイブリダイゼーション等で目的のクローンを拾うことが可能である。
【0028】
上記で得られたcDNAまたはゲノムDNAのPCR産物ないしはクローンについて、cDNAまたはDNAの塩基配列を決定する。塩基配列の決定はマキサム-ギルバートの化学修飾法、またはM13ファージを用いるジデオキシヌクレオチド鎖終結法等の公知手法により行うことができるが、通常は自動塩基配列決定装置(例えばApplied Biosystems社製ABI373シークエンサー、同社310 DNAシークエンサー等)を用いて配列決定が行われる。得られた塩基配列を、DNASIS(日立ソフトウエアエンジニアリング社)等のDNA解析ソフトによって解析し、得られたDNA鎖中にコードされているタンパク質コード部分を見出すことができる。
【0029】
また、本発明に係る遺伝子を取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、本発明に係る遺伝子のcDNA配列のうち、5'側および3'側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に係る遺伝子を含むDNA断片を大量に取得できる。
【0030】
また遺伝子配列情報をもとにして、該配列を持つポリヌクレオチドを、公知の化学合成を用いて合成してもよい。
【0031】
(3)遺伝子およびタンパク質の構造および機能
本発明の遺伝子としては、例えば配列番号2に示されるアミノ酸配列をコードするものが挙げられる。しかしながら、複数個のアミノ酸の付加、欠失および/または他のアミノ酸との置換によって修飾されたアミノ酸配列を有するタンパク質も、もとのタンパク質と同様の機能を維持することが知られている。すなわち本発明には、植物細胞壁のセルロース合成へ関与する機能を保ったタンパク質をコードする遺伝子である限り、(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加された、あるいは元の機能を失わずに他のタンパク質と融合されたアミノ酸配列からなり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。このような遺伝子として、例えば、配列番号1に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム(ORF)として有する遺伝子が挙げられる。なお本明細書において、オープンリーディングフレーム領域とは、開始コドンから終止コドンまでの領域とする。
【0032】
ここで、「1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加された」あるいは「元の機能を失わずに他のタンパク質と融合された」とは、部位特異的突然変異誘発法(Hashimoto-Gotoh,Gene 152,271-275(1995)他)等の公知の変異ないしは融合タンパク質の作製法により元のタンパク質の機能を損なわずに置換、欠失、挿入、および/または付加できる程度の数(例えば1〜30個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されるか、あるいは元の機能を失わずに他のタンパク質と融合されたことを意味する。したがって、上記(b)のタンパク質をコードする遺伝子は、上記(a)のタンパク質の変異ないしは融合タンパク質をコードする遺伝子である。ここで、「変異」は、主として公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然から単離精製された同様の変異タンパク質をコードする遺伝子であってもよい。また、かかる変異ないしは融合タンパク質は、植物細胞壁のセルロース合成に関与するものである必要があるが、得られた変異タンパク質がこの機能を有するか否かは、変異タンパク質を植物細胞に導入し、細胞から植物個体に成長させ、その植物個体の茎の強度を確認し、または植物におけるセルロース含量を測定することなどにより確認することができる。
【0033】
修飾されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAについては、生来の塩基配列を有するDNAを基礎として、常用の部位特定変異誘発やPCR法を用いて合成することができる。例えば、修飾を導入したいDNA断片を生来のcDNAまたはゲノムDNAの制限酵素処理ないしはPCRによる増幅によって得て、これを鋳型にして、所望の変異を導入したプライマーを用いて部位特異的変異誘発またはPCR法を実施し、所望の修飾を導入したDNA断片を得る。その後、この変異を導入したDNA断片を目的の遺伝子(植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子)の他の部分をコードするDNA断片と連結すればよい。あるいはまた、短縮されたアミノ酸配列からなる酵素をコードするDNAを得るには、例えば目的とするアミノ酸配列より長いアミノ酸配列、例えば全長アミノ酸配列をコードするDNAを鋳型にして必要な部分だけを増幅するためのプライマーを設計してPCR反応をすればよい。
【0034】
なお、本発明に係る遺伝子は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAを包含する。アンチセンス鎖は、プローブとしてまたはアンチセンスオリゴヌクレオチドとして利用できる。DNAには、例えばクローニングや化学合成技術、またはそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、本発明に係る遺伝子は、上記(a)または(b)のアミノ酸をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0035】
また本発明に係る遺伝子には、配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%または95%以上の相同性を有するタンパク質であって、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子も含まれ、かかる遺伝子も細胞壁成分の改変・修飾や細胞壁合成の制御などにより植物体の強度・形態を改変した植物の作製・育種へ利用することができる。なおここで「相同性」とは、アミノ酸配列中に占める同じ配列の割合であり、この値が高いほど両者は近縁であるといえる。なお、タンパク質の活性に重要な部分を含み、それ以外の部分のアミノ酸を改変した結果、全体的な相同性は85%未満となるが、依然として植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードするものは、本発明の遺伝子に含まれるものとする。
【0036】
また、本発明に係る遺伝子には、配列番号1に記載の塩基配列もしくは配列番号2に示されたアミノ酸配列をコードする塩基配列、またはそれらの塩基配列の一部分、例えばコンセンサス領域の6個以上のアミノ酸をコードする塩基配列からなるDNAに対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高いDNA、すなわち配列番号1で表わされる塩基配列と約70%以上、好ましくは約75%以上、より好ましくは約85%以上、最も好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、5×SSCを用いて、50℃での反応を行う条件が挙げられる。
【0037】
上記ハイブリダイゼーションは、J.Sambrook et al. Molecular Cloning,A Laboratory
Manual,2d Ed.,Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。なお、適切なハイブリダイゼーション温度は塩基配列やその塩基配列の長さによって異なり、例えばアミノ酸6個をコードする18塩基からなるDNAフラグメントをプローブとした場合には50℃以下の温度が好ましい。
【0038】
このようなハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子としては、天然由来のもの、例えば植物由来のもの、例えば、イネ科植物由来の遺伝子が挙げられるが、植物以外の由来であってもよい。また、ハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子はcDNAであってもよく、ゲノムDNAであってもよい。
【0039】
いったん本発明の遺伝子の塩基配列が確定されると、その後は化学合成によって、またはクローニングされたcDNAを鋳型としたPCRによって、あるいはその塩基配列を有するDNA断片をプローブとしてゲノムライブラリーまたはcDNAライブラリーを展開したメンブレンにハイブリダイズさせることによって目的の遺伝子断片を含んだクローンを取得することができる。さらに部位特異的誘発等によって前記遺伝子をコードする修飾されたDNAを合成することができる。また元の遺伝子の機能の一部を保った状態で他の遺伝子やヌクレオチドなどと融合させることも可能である。
【0040】
本発明に係るタンパク質は、上記遺伝子によりコードされるタンパク質である。このようなタンパク質であれば、植物細胞壁のセルロース合成に関与する機能を有する。なお、本発明には、かかるタンパク質として、例えば、上述の(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するタンパク質、または(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、あるいは他の酵素やタンパク質ペプチドと融合させたタンパク質であり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与する機能ないしはその一部を維持したタンパク質を挙げることができる。
【0041】
例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列の1〜30個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2で表わされるアミノ酸配列に1〜30個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2で表されるアミノ酸配列の1〜30個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換してもよい。
【0042】
また、配列番号2に記載のアミノ酸配列またはその一部と85%以上の相同性を有するタンパク質をコードする遺伝子であって、植物細胞壁のセルロース合成に関与する機能ないしはその一部を維持したタンパク質もまた本発明の範囲に含まれる。なお、アミノ酸相同性は85%以上であることが好ましいが、タンパク質の活性に重要な部分を含み、それ以外の部分のアミノ酸を改変した結果、全体的な相同性は85%未満となるが、依然として植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質は、本発明のタンパク質に含まれるものとする。
【0043】
上記アミノ酸の欠失、付加、および置換は、上記タンパク質をコードする遺伝子を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法または Gapped duplex法等の公知手法またはこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0044】
ここで、「植物細胞壁のセルロース合成に関与する」とは、植物の細胞壁におけるセルロース成分の合成において、その合成酵素の機能を補助・促進・制御などすることを意味する。あるタンパク質(例えば、変異タンパク質)が「植物細胞壁のセルロース合成に関与」するか否かは、そのタンパク質を植物細胞に導入し、細胞から植物個体に成長させ、その植物個体の茎の強度を確認し、または植物におけるセルロース含量を測定することなどにより確認することができる。
【0045】
ここで、本発明に係るタンパク質として、配列番号1に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質(以下、BC3タンパク質と称する場合もある)について説明する。
【0046】
BC3タンパク質は、配列番号2に示すアミノ酸配列を有する918アミノ酸残基からなる、99kDaのタンパク質である。このタンパク質は明確なシグナルペプチドを持たないことから細胞質内に局在すると予想される。
【0047】
また、BC3と相同性のあるタンパク質をデータベースにより検索したところ、イネにおいてアミノ酸レベルで83.7%および66.9%という相同性を有する機能未知の推定タンパク質が存在した (DDBJ Accession No. AK102187. clone name J033086P03および DDBJ Accession No. AK069134. clone name J023007E19.)。シロイヌナズナにおいてBC3と最も高い相同性を示すタンパク質はゴルジ体から液胞への輸送に関与するADL6タンパク質(GenBank Accession No. AF180732)である。またBC3タンパク質は、機能ドメインとしてGTPaseドメイン、中間ドメイン(Middle domain)、PH(プレクストリン相同)ドメイン、GED(GTPaseエフェクタードメイン)、プロリンリッチドメインを持ち、ショウジョウバエのShibireに代表される典型的なダイナミンファミリーに属するタンパク質であることが判明した。しかし、細胞壁合成への関与が示されたのは本発明が初めてであり、ダイナミンファミリーに属するタンパク質であっても極めて多様な機能をそれぞれの細胞で担っていることが明らかとなった。
【0048】
現在までに知られているダイナミンファミリーの機能としては細胞膜系からの小胞の遊離、葉緑体やミトコンドリアの分裂、細胞板の形成過程における関与など一般的には脂質膜を切断する作用を持つと考えられている。その中でも上述のBC3タンパク質の機能ドメインを全て有する典型的なダイナミンファミリーの多くは小胞出芽時に小胞を膜から遊離させることにより物質輸送に関与していることが知られている。
【0049】
また植物細胞壁のセルロース合成は他の細胞壁成分と異なり細胞膜上で合成される。合成には複数のセルロース合成酵素を含む合成酵素複合体がその役割を担う。このセルロース合成酵素複合体自体は細胞膜に運ばれる以前から既に形成されており、ゴルジ体から小胞として輸送されてくると考えられている。
【0050】
さらに本明細書に記載の実験より、BC3と緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質は細胞膜と細胞質に局在することがイネの根およびタバコ培養細胞(BY-2)を用いて示された。発達した太い根における細胞では細胞膜にのみ局在し、若い分裂中の根では細胞膜および細胞質の両方に局在する傾向が認められた。BC3タンパク質が小胞出芽時に機能する典型的なダイナミンファミリーに属することから分裂の盛んな細胞においては細胞質内で盛んに物質輸送に関与している可能性が考えられる。
【0051】
M11が細胞壁のセルロース合成に異常をきたした変異体であることおよび上述の結果を併せて考えると、BC3タンパク質はセルロース合成の場である細胞膜へのセルロース合成複合体などの輸送、あるいは逆に必要としなくなった物質を細胞膜から排出することに関与していることが推察される。
【0052】
またBC3遺伝子の発現の組織特異性を検討したところ、第一節間では厚膜組織や導管で発現が認められ、それ以外では分裂の盛んな若い組織で発現していることが明らかとなった。厚膜細胞や導管など二次壁が肥大する細胞での発現が認められることから二次細胞壁合成への関与が、また若い未分化な組織でのBC3遺伝子の発現から一次細胞壁への関与が推察され、BC3タンパク質が一次・二次細胞壁合成の両者に機能していることが示唆された。このことはM11変異体が幼苗から細胞壁合成の異常が原因と思われる矮性・短根の性質を示すこと、また逆に桿の折れやすさが二次細胞壁の発達した桿で最も顕著であるという事実からも推察される。
【0053】
また、本発明に係るタンパク質は、上記遺伝子を宿主細胞に導入して、そのタンパク質を細胞内発現させた状態であってもよいし、細胞、組織などから単離・精製された状態であってもよい。また、上記宿主細胞での発現条件によっては、本発明に係るタンパク質は、他のタンパク質とつながった融合タンパク質であってもよい。さらに本発明に係るタンパク質は、化学合成されたものであってもよい。
【0054】
なお、本発明に係るタンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含む複合タンパク質であってもよく、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。ポリペプチドが付加される場合としては、例えば、HisやMyc、Flag等によって本発明に係るタンパク質がエピトープ標識されるような場合が挙げられる。
【0055】
本発明に係るタンパク質を取得する方法(タンパク質の生産方法)は、特に限定されるものではないが、例えば、まず本発明に係るタンパク質を発現する細胞、組織などから単純精製する方法を挙げることができる。なお、本発明に係るタンパク質を発現する細胞、組織は、自然発生型のものでもかまわないし、例えば、組み換えバキュロウイルスに感染した細胞、組織であってもかまわない。精製方法も特に限定されるものではなく、上述したように本発明に係る遺伝子を含む発現ベクターによって形質転換された宿主を培養、栽培または飼育し、培養物から常法に従って、例えば濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等により目的とするタンパク質を回収、精製すればよい。
【0056】
また、本発明に係るタンパク質を取得する方法として、遺伝子組み換え技術等を用いる方法も挙げられる。この場合、例えば、本発明に係る遺伝子をベクターなどに組み込んだ後、公知の方法により、発現可能に宿主細胞に導入し、細胞内で翻訳されて得られる上記タンパク質を精製するという方法などを採用することができる。遺伝子の導入(形質転換)や遺伝子の発現等の具体的な方法については後述する。
【0057】
あるいは、該遺伝子cDNA等からDNA依存RNA合成酵素を用いて転写させて合成したmRNAを元に、コムギ胚芽やウサギ網状赤血球等の抽出物を用いた細胞外翻訳系を用いてタンパク質に翻訳させて大量に合成させることもできる。
【0058】
あるいはまた、配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質の一部または全部を認識する抗体を用いても、植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質を得ることができる。さらに抗体を用いて、他の生物のセルロース合成に関与する遺伝子をクローニングすることもできる。
【0059】
なお、このように宿主に外来遺伝子を導入する場合、外来遺伝子の発現のため宿主内で機能するプロモーターを組み入れた発現ベクターおよび宿主には様々なものが存在するので、目的に応じたものを選択すればよい。産生されたタンパク質を精製する方法は、用いた宿主、タンパク質の性質によって異なるが、タグの利用等によって比較的容易に目的のタンパク質を精製することが可能である。
【0060】
変異タンパク質を作製する方法についても、特に限定されるものではない。例えば、部位特異的突然変異誘発法(Hashimoto-Gotoh,Gene 152,271-275(1995)他)、PCR法を利用して塩基配列に点変異を導入し変異タンパク質を作製する方法、あるいはトランスポゾンの挿入による突然変異株作製法などの周知の変異タンパク質作製法を用いることができる。これら方法を用いることによって、上記(a)のタンパク質をコードするcDNAの塩基配列において、1もしくは複数個の塩基が置換、欠失、挿入、および/または付加されるように改変を加えることによって作製することができる。また、変異タンパク質の作製には、市販のキットを利用してもよい。
【0061】
また、本発明に係るタンパク質の取得方法は、上述に限定されることなく、例えば、市販されているペプチド合成器等を用いて化学合成されたものであってもよい。またその他の例としては、無細胞系のタンパク質合成液(Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 78, 5598―5602(1981)、J.Biol.Chem.、253, 3753―3756 (1978)など)を利用して、本発明に係る遺伝子から本発明に係るタンパク質を合成してもよい。
【0062】
2.組換えベクターおよび形質転換体の作製
(1)組換えベクターの作製
本発明の組換えベクターは、本発明の上記遺伝子を適当なベクターに挿入することによって作成できる。本発明の遺伝子を宿主細胞へ導入し、発現させるためのベクターとしては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いることができるが特に限定されるものではない。例えば、pBI系のベクター、pUC系のベクター、pTRA系のベクターが好適に用いられる。pBI系およびpTRA系のベクターは、アグロバクテリウムを介して植物に目的遺伝子を導入することができる。pBI系のバイナリーベクターまたは中間ベクター系が好適に用いられ、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3等が挙げられる。pUC系のベクターは、植物に遺伝子を直接導入することができ、例えば、pUC18、pUC19、pUC9等が挙げられる。また、カルフラワーモザイクウイルス(CaMV)、インゲンマメモザイクウイルス(BGMV)、タバコモザイクウイルス(TMV)等を利用した植物ウイルスベクターも用いることができる。
【0063】
ベクターに本発明の遺伝子を挿入するには、まず、PCRでcDNAやゲノムDNAを鋳型に必要な部分を適当な末端アダプターと共に増幅し、適当なベクター DNAの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入してベクターに連結する方法などが採用される。
【0064】
本発明の遺伝子は、その遺伝子の機能が発揮されるようにベクターに組み込まれることが必要である。そこで、ベクターには、プロモーター、本発明の遺伝子のほか、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、5'-UTR配列、選択マーカー遺伝子などを連結することができる。
【0065】
本発明に係る遺伝子が宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認するために、各種マーカーを用いてもよい。例えば、宿主細胞中には存在しない遺伝子をマーカーとして用い、このマーカーと本発明に係る遺伝子とを含むプラスミド等を発現ベクターとして宿主細胞に導入する。これによってマーカー遺伝子の発現から本発明に係る遺伝子の導入を確認することができる。あるいは、本発明に係るタンパク質を融合タンパク質として発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)をマーカーとして用い、本発明に係るタンパク質をGFP融合タンパク質として発現させてもよい。
【0066】
上記宿主細胞は、特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、原核生物としては細菌、例えばエシェリヒア(Escherichia)属に属する細菌、例えば大腸菌(Escherichia coli)、バシルス(Bacillus)属微生物、例えばバシルス.スブシルス(Bacillus subtilis)など常用の宿主を用いることができる。真核性宿主としては、下等真核生物、例えば真核性微生物、例えば真菌である酵母または糸状菌が使用できる。酵母としては例えばサッカロミセス(Saccharomyces)属微生物、例えばサッカロミセス.セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)等が挙げられ、また糸状菌としてはアスペルギルス(Aspergillus)属微生物、例えばアスペルギルス.オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス.ニガー(Aspergillus niger)、ペニシリウム(Penicillium)属微生物が挙げられる。さらに動物細胞または植物細胞が使用でき、植物細胞としては、イネ科植物、マメ科植物など種々の植物細胞が利用可能であり、また動物細胞としては、マウス、ハムスター、サル、ヒト等の細胞系が使用される。さらに昆虫細胞、例えばカイコ細胞、またはカイコの成虫それ自体も使用される。
【0067】
本発明の組換え発現ベクターは、それらを導入すべき宿主の種類に依存して発現制御領域、例えばプロモーターおよびターミネーター、複製起点等を含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、常用のプロモーター、例えばtrcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーター等が使用され、酵母用プロモーターとしては、例えばグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーター、PH05プロモーター等が使用され、糸状菌用プロモーターとしては例えばアミラーゼ、trpC等が使用される。また動物細胞宿主用プロモーターとしてはウイルス性プロモーター、例えばSV40アーリープロモーター、SV40レートプロモーター等が使用される。植物宿主用のプロモーター・ターミネーターとしては、例えば35Sプロモーター、NOSターミネーター等が使用される。発現ベクターの作製は制限酵素、リガーゼ等を用いて常用に従って行うことができる。また、発現ベクターによる宿主の形質転換も常法に従って行うことができる。
【0068】
上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換方法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0069】
(2)形質転換体
本発明に係る形質転換体は、上述した本発明に係る遺伝子、または上述した本発明に係る組換えベクターを含むものである。ここで、「遺伝子または組換えベクターを含む」とは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、遺伝子または組換えベクターが対象細胞(宿主細胞)内に発現可能に導入されることを意味する。また、上記「形質転換体」とは、細胞・組織・器官のみならず、生物個体を含む意味である。
【0070】
本発明に係る形質転換体の作製方法(生産方法)は、上述した遺伝子または組換え発現ベクターを用いて宿主細胞を形質転換する方法を挙げることができる。すなわち、本発明に係る遺伝子または組換え発現ベクターを調製する工程と、該遺伝子または組換え発現ベクターを宿主に導入する工程とを有する方法により、形質転換体を生産することができる。また、形質転換の対象となる生物も特に限定されるものではなく、上記宿主細胞で例示した各種微生物や植物を挙げることができる。また、プロモーターやベクターを選択すれば、動物、昆虫も形質転換の対象とすることが可能である。
【0071】
(3)形質転換植物体の作製
本発明の形質転換植物体は、本発明の遺伝子(植物細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子、BC3遺伝子)、組換えベクター、またはアンチセンスオリゴヌクレオチドを、それが宿主生物中に組み込まれ、発現し得るように植物中に導入することにより得ることができる。
【0072】
上記の細胞壁のセルロース合成に関与する遺伝子または該遺伝子のアンチセンスオリゴヌクレオチドを植物宿主に導入し、該遺伝子または該遺伝子によりコードされるタンパク質の発現を増強または抑制することにより、細胞壁のセルロース合成を改変することができる。例えば、植物宿主のBC3遺伝子の発現を増強することによって、細胞壁のセルロース合成が高められた、すなわち茎などの強度が高められた形質転換植物を作出することができる。一方、BC3遺伝子の発現を低減することによって、細胞壁のセルロース合成が低減した、すなわち茎などが軟弱な形質転換植物を作出することができる。
【0073】
本発明において形質転換に用いられる植物としては単子葉植物または双子葉植物、例えばイネ科(イネ、オオムギ、コムギ、トウモロコシ、サトウキビ、シバ、ソルガム、アワ、ヒエ等)、ユリ科(アスパラガス、ユリ、タマネギ、ニラ、カタクリ、チューリップ等)、ナス科(ナス、ジャガイモ、トマト、タバコ、ペチュニア等)、アブラナ科(シロイヌナズナ、ナタネ、カリフラワー等)、マメ科(ダイズ、アルファルファ、ミヤコグサ、ルーピン等)、ヒルガオ科(サツマイモ等)、バラ科(バラ等)、キク科(キク、ガーベラ等)、ナデシコ科(カーネーション、カスミソウ等)、サクラソウ科(シクラメン等)、ラン科(ラン等)、アヤメ科(グラジオラス、フリージア等)、ヤナギ科(ポプラ等)、ゴマ科(ゴマ等)、フクロソウ科(ゼラニウム、ペラルゴニウム等)、モクセイ科(レンギョウ等)、バショウ科(バナナ等)、フトモモ科(ユーカリ等)、ゴマノハグサ科(金魚草、トレニア等)、リンドウ科(トルコギキョウ等)、ベンケイソウ科(カランコエ等)に属する植物が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0074】
本発明において形質転換の対象となる植物は、植物体全体、植物器官(例えば葉、花弁、茎、根、種子等)、植物組織(例えば表皮、篩部、柔組織、木部、維管束、柵状組織、海綿状組織等)または植物培養細胞のいずれをも意味するものである。植物培養細胞を対象とする場合において、得られた形質転換細胞から形質転換体を再生させるためには既知の組織培養法により器官または個体を再生させればよい。
【0075】
本発明の遺伝子または組換えベクターを植物中に導入する方法としては、アグロバクテリウム法、PEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等が挙げられる。例えばアグロバクテリウム法を用いる場合は、プロトプラストを用いる場合と組織片を用いる場合がある。プロトプラストを用いる場合は、Tiプラスミドをもつアグロバクテリウムと共存培養する方法、スフェロプラスト化したアグロバクテリウムと融合する方法(スフェロプラスト法)、組織片を用いる場合は、リーフディスクにより対象植物の無菌培養葉片に感染させる方法(リーフディスク法)やカルス(未分化培養細胞)に感染させる等により行うことができる。
【0076】
遺伝子が植物に組み込まれたか否かの確認は、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等により行うことができる。例えば、形質転換植物からDNAを調製し、DNA特異的プライマーを設計してPCRを行う。PCRを行った後は、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動等を行い、臭化エチジウム、SYBR Green液等により染色し、そして増幅産物を1本のバンドとして検出することにより、形質転換されたことを確認することができる。また、予め蛍光色素等により標識したプライマーを用いてPCRを行い、増幅産物を検出することもできる。さらに、マイクロプレート等の固相に増幅産物を結合させ、蛍光または酵素反応等により増幅産物を確認する方法でもよい。
【0077】
こうして得られた増幅産物の塩基配列をシークエンサー等で読みとることにより、増幅されたものが該遺伝子ないしはその修飾・改変・融合したものであるかなど詳しく確認することが出来る。
【0078】
さらに、上記の細胞または組織からの植物体の分化/誘導の手順を用いて、形質転換された植物体の組織(例えば、根、茎、葉)または器官(例えば、生長点、花粉)の組織培養によって、生殖過程(種子)を介することなく、さらなる形質転換植物を得ることができる。このような技術および手順は当業者には公知であり、組織培養の一般的な方法は、種々の実験マニュアルに記載されている。
【0079】
また、本発明の形質転換植物体は、形質転換処理を施した再分化当代である「T1世代」のほか、その植物の種子から得られた後代である「T2世代」、薬剤選抜あるいはサザン法等による解析によりトランスジェニックであることが判明した「T2世代」植物の花を自家受粉して得られる次世代(T3世代)などの後代植物をも含む。このようにして作出される形質転換植物から得られる後代植物もまた正常に発芽および成長し、そして細胞壁のセルロース合成能が改変されたものである。
【0080】
上記のようにして得られる形質転換植物は、植物細胞壁のセルロース合成能が改変されている。すなわち、本発明の遺伝子またはタンパク質の発現または活性を増強または低減することにより、植物のセルロース合成能を改変することができる。
【0081】
3.本発明に係る抗体
本発明に係る抗体は、上記タンパク質、例えば、上記(a)もしくは(b)のタンパク質、またはその部分タンパク質、あるいはその部分ペプチドを抗原として、公知の方法によりポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体として得られる抗体であればよい。公知の方法としては、例えば、文献(Harlowらの「Antibodies : A laboratory manual(Cold Spring Harbor Laboratory, New York(1988))、岩崎らの「単クローン抗体 ハイブリドーマとELISA、講談社(1991)」」に記載の方法が挙げられる。このようにして得られる抗体は、本発明に係るタンパク質の検出・測定、本発明に係るタンパク質の活性の抑制などに利用できる。
【0082】
4.プライマーまたはプローブ
本発明に係るプライマーまたはプローブは、本発明に係る遺伝子の少なくとも連続した10塩基からなる塩基配列またはその相補配列を含むものである。プライマーまたはプローブは種々の条件下において、本発明に係る遺伝子の発現パターンの検出・測定などに利用することができる。
【0083】
また、本発明に係るプライマーまたはプローブは、プライマーまたはプローブとして実質的な機能を有するように設計される。本発明において「プライマーまたはプローブとして実質的な機能を有する」とは、特異的なアニーリングまたはハイブリダイズが可能な条件を満たす、例えば特異的なアニーリングまたはハイブリダイズが可能な長さおよび塩基組成(融解温度)を有する、という意味である。すなわち、本発明に係るプライマーまたはプローブは、本発明に係る遺伝子(例えば、配列番号1に示される塩基配列からなるDNA)と特異的にアニーリングまたはハイブリダイズする配列を含む必要があり、その配列の長さが短いためにまたはその塩基組成が適切ではないために非特異的なアニーリングまたはハイブリダイゼーションを頻繁に起こし、特異的な検出に使用できない核酸断片を排除することを意図するものである。
【0084】
例えば、プライマーまたはプローブとして使用する場合、プライマーまたはプローブとして実質的な機能を有する長さとしては、15塩基以上が好ましく、さらに好ましくは16〜50塩基であり、さらに好ましくは20〜30塩基であるが、10塩基程度からなるオリゴヌクレオチドもプライマーまたはプローブとして使用しうる。
【0085】
また設計の際には、プライマーまたはプローブの融解温度(Tm)を確認することが好ましい。Tmとは、任意の核酸鎖の50%がその相補鎖とハイブリッドを形成する温度を意味し、鋳型DNAまたはRNAとプライマーまたはプローブとが二本鎖を形成してアニーリングまたはハイブリダイズするためには、アニーリングまたはハイブリダイゼーションの温度を最適化する必要がある。一方、この温度を下げすぎると非特異的な反応が起こるため、温度は可能な限り高いことが望ましい。従って、設計しようとする核酸断片のTmは、増幅反応またはハイブリダイゼーションを行う上で重要な因子である。Tmの確認には、公知のプライマーまたはプローブ設計用ソフトウエアを利用することができる。
また本発明においてプライマーまたはプローブは、DNAまたはRNAのいずれであってもよいし、DNAおよびRNAのハイブリッド核酸であってもよい。
【0086】
5.本発明に係る遺伝子およびタンパク質等の利用方法(有用性)
ここまでは主にイネ由来の植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質および該タンパク質をコードする遺伝子について述べてきたが、本発明はイネ由来の遺伝子等のみに限定されるものではなく、植物細胞壁のセルロース合成に関与する他の遺伝子・タンパク質も含まれる。以下に、本発明に係る遺伝子およびタンパク質等の利用法について説明する。
【0087】
本発明に係る遺伝子またはタンパク質等は、植物細胞壁のセルロース合成それも特に二次壁等細胞壁の強度の向上に関与する。細胞壁、特に組織の強度を決定する二次壁合成の過程を制御できれば、イネに限らず植物の茎等の強度制御が可能となる。例えばイネの花穂の種子重量増加に対応して桿の強度を向上させることも可能であり、また材木等の品質を制御することも可能になると考えられる。実際、本遺伝子単離のもとになったカマイラズ変異体では桿組織のセルロース含量が3割低下しただけで、その強度は著しく低下している。さらには、野菜等の繊維質の中でも歯ごたえ等の食感に関連した部分の制御も可能になると考えられる。
【0088】
いうまでもなく、植物細胞壁のセルロース合成の制御は上述の例からしてみても非常に重要なものであり、本利用法は、工業・農業・植物育種の面で非常に価値が高いと考えられる。
【0089】
なお、上記いずれかの方法を実施する場合は、本発明に係る遺伝子、またはタンパク質、あるいは組換えベクターなどを用いる工程を含んでいればよく、その他の具体的な構成や条件、材料等は特に限定されるものではない。例えば、本発明に係る組換えベクターを、宿主植物体にて発現可能な状態で形質転換する工程が含まれていればよい。
【0090】
また、上述の本発明に係る遺伝子等を用いて、イネ以外に細胞壁のセルロース合成を調節する方法を実施した場合に得られる植物体も本発明に含まれる。
【0091】
また、「遺伝子またはタンパク質を用いて」とは、in vivo、in vitro、ex vivoなど種々の条件で遺伝子またはタンパク質を用いる場合が含まれる。
【0092】
以下添付した図面に沿って実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0093】
本実施例では、野生型と変異体との表現型の比較を行った。カマイラズ変異体は、ジャポニカ品種である農林8号のγ線照射によるbc3(brittle culm 3)変異系統M11(台中65号による連続戻し交配によりbackground変異が除かれている)を用いた。
【0094】
図1A〜Cは、野生型台中65号とγ線照射により得られたbc3変異体M11とを比較した写真である。図1Aに示されるように、M11は第4葉期の幼苗ですでに矮性・短根の形質を示す。図1Bに示される出穂したイネにおいてもM11は野生型に比べ矮化している。なお矮性の表現形は生育条件によってその程度が異なる。また出穂時期も変異体と野生型では異なるがこれも生育条件により野生型に比べ早い場合と遅い場合がみられる。図1Cでは出穂したイネの節間を手で折り曲げた際の写真を示す。野生型に比べ変異体は容易に折れ、いかに脆いかが見て取れる。この表現形は幼苗ではまだ判別が難しく二次壁が充分形成された組織で顕著に現れる。
【実施例2】
【0095】
本実施例では、出穂2週間後の第一節間からセルロース画分を抽出し、セルロース含量を測定した。セルロースの抽出法は以下の通りである。(1)第1節間を液体窒素下で乳棒・乳鉢で粉末状になるまで粉砕後、水を加え完全に磨砕した。(2)遠心後細胞壁を50 mM MOPS-KOH (pH 6.5)に懸濁し、ブタ膵臓由来のアミラーゼでアミロースを消化した。(3)遠心により上清を除いた後、水を加え100℃で5分処理し、遠心後熱水抽出画分として上清を回収した。この操作は計2回行った。(4)沈殿(細胞壁)に50 mM EDTA (pH 6.5)を加え、懸濁後、水を加え100℃で5分処理した。遠心後キレート抽出画分(ペクチン画分)として上清を回収した。この操作は計3回行った。(5)沈殿(細胞壁)に17.5% NaOH, 0.02% NaBH4を加え、懸濁後、水を加え100℃で10分処理した。遠心後アルカリ抽出画分(ヘミセルロース画分)として上清を回収した。この操作は計3回行った。(6)残った沈殿(セルロース画分)を水で洗浄後、100% EtOH、50% EtOH 50%ジエチルエーテル、100%ジエチルエーテルで各2回ずつ洗浄し、風乾した。この2と6の段階の産物の全糖量をフェノール硫酸法で測定して、セルロース含量を算出した。
【0096】
図2は、第1節間(穂に最も近い節間を第1節間とした)における生重量あたりのセルロース含量を変異体(M11)と野生型とで測定した結果である。出穂2週間後の第1節間を用いている。M11変異体ではセルロースが野生型の7割程度にまで減少している。
【実施例3】
【0097】
本実施例においては、出穂直後の第一節間の切片を作製して偏光顕微鏡下でM11変異体および野生型台中65号の節間を観察した。実際には5%寒天にイネ組織断片を包埋したのち、マイクロスライサーDTK-1000型(堂阪イーエム、京都)を用いて20〜100μm厚の切片を作製した。
【0098】
図3Aは、第1節間での細胞壁のセルロース含量の違いによって生じる複屈折率の違いを偏光顕微鏡下、野生型と変異体とで比較した写真である。変異体で明らかにセルロースの減少が認められる。図3Bにおいては細胞壁の厚さを比較した。第1節間をセルロース染色剤であるカルコフローで染色し、染色部位の厚さを顕微鏡下で測定し細胞壁の厚さとした。変異体では厚さが2/3程度に減少しているのが示された。
【実施例4】
【0099】
本実施例では、下記に述べるような手法で電子顕微鏡観察を行った。
約1〜2 mmに切断した試料を2%グルタルアルデヒド/0.05 M リン酸カリウム緩衝液(pH 7.0)、ついで2%オスミウム酸/0.05 M リン酸カリウム緩衝液(pH 6.8)で二重固定した。その後アセトン/水の混合液で、アセトンの濃度を10%〜100%まで高めていくシリーズで徐々に脱水を行った。脱水後、アセトン/スパー樹脂(日新EM)混合溶液(1:1>1:3>0:1)に順次浸透後70〜80℃のオーブンで一晩かけて重合させ樹脂包埋試料とした。樹脂包埋試料からダイアモンドナイフとウルトラミクロトームを用いて、厚さが約90〜100 nmの超薄切片を作製し、酢酸ウラニウム溶液で15分間、クエン酸鉛染色液で5分間電子染色し、加速電圧100 kVで透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。
【0100】
図4に示されるように、実施例3の結果と同様に、電子顕微鏡写真でもやはり特に硬膜組織と考えられる部分で細胞壁(二次壁)の厚さが減少していることが確認できる。また、一般の柔組織の細胞壁も薄くなっているようである。
【実施例5】
【0101】
ポジショナルクローニングにはM11と野生型のインディカ品種Kasalathとの交配によるF2ヘテロ個体からF3の劣性ホモを圃場で作出し、解析に用いた。
【0102】
このF3の劣勢ホモ697個体を用いてマッピングした。用いたマーカーとしては既存のRFLPマーカー、農業生物資源研究所川崎上席研究室で作製された高能率ゲノム走査法(特許登録第3573130号)を利用したAFLPマーカーあるいは公開されているジャポニカとインディカのイネゲノム塩基配列を参考にして作製したマーカーを用いておこなった(図5)。マッピングによりBC3領域を94 kbにまで絞り込んだ後、この領域を大容量バイナリーベクターpBIGRZに約20-30kbごとに断片化したものをM11変異体に導入して相補性検定を行った。最終的にはBC3のみを含む領域を導入し相補されることを確認した。相補の有無は出穂したイネの茎を折ることにより容易に判別できる。また第一節間でのセルロース含量についても上述の細胞壁成分の測定と同様の手法により計測した。
【0103】
図5はBC3遺伝子のポジショナルクローニングを模式的に示す図であり、(a)は、BC3遺伝子座の近傍の遺伝子地図を示す図である。線上のマーカーの数字は、マップ上の距離(組換え率:マップ集団における組換え植物の数/検定に用いた植物数)を示す。用いたマーカーはRFLP、AFLP、およびSBMマーカーである。SBMとは公開されているジャポニカ(http://rgp.dna.affrc.go.jp/cgi-bin/statusdb/statassign.pl?chr=2&lab=RGP&sort=date)およびインディカ(http://btn.genomics.org.cn:8080/rice/download.php)のゲノム塩基配列を参考にして作製したマーカー(sequence based marker)の略称である。また、(b)には、BC3遺伝子座の物理地図を示す。整列化したBACクローンは我々の研究室で作製したライブラリーから得られたもの(Mol Gen Genet. 1997 254(6):611-20)で、ジャポニカ品種シモキタ由来である。(c)ではマッピングによって特定できたBC3領域の遺伝子予測結果を図示した。そして(d)に示すように、細かく刻んだゲノム断片を変異体M11に個別に導入することによって形質の相補の有無を確認し、候補遺伝子を同定した。
【実施例6】
【0104】
本実施例では、実施例5で同定した候補遺伝子の配列解析を行った。配列は、BLAST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いて解析した。遺伝子予測はRiceGAAS (http://ricegaas.dna.affrc.go.jp/)によって行った。マルチアライメントおよび進化系統樹は、Clustal W (http://clustalw.genome.jp/)を用いた。
【0105】
図6aは、BC3遺伝子のエクソン−イントロン構造を示す図である。BC3は21のエキソンからなる。完全長のcDNAはKOME(http://cdna01.dna.affrc.go.jp/cDNA/CDNA_main_front.html)にて公開されている塩基配列情報を基にしてPCR法により取得した。その際、1種類の選択的スプライシングのバリアントが得られた。cDNA配列の開始コドンから180番目の塩基から310番目の塩基が欠失しており、わずか85アミノ酸からなるタンパク質が生産されると予想される。M11変異体では第3エキソンから第3イントロンにかけて156bpの欠失が認められ、その結果フレームシフトを起こし停止コドンが途中で出現するため不完全な長さのタンパク質のみ生産されると考えられる。
【0106】
こうして得られた遺伝子構造からBC3タンパク質は古典的なダイナミンファミリーに属するタンパク質である事が示されたが、このファミリーのタンパク質が細胞壁(特に組織の強度に必須の役割を果たす二次細胞壁)の合成に関与することが示されたのは初めてであり、ダイナミンファミリータンパク質の新しい機能が明らかにされたことになる。 図6bでは古典的なダイナミンファミリーの構造から推測されたBC3遺伝子の機能ドメインを示した。図中の記号は以下のドメインを示す。GTPase(GTPaseドメイン)、PH(プレクストリン相同)ドメイン、GED(GTPaseエフェクタードメイン)、PRD(プロリッチドメイン)。
【0107】
図7は、典型的なダイナミンおよびダイナミン様タンパク質を用いてCLUSTAL Wにより系統樹を作製した結果である。イネ以外でBC3と最も類似するタンパク質はシロイヌナズナにおいてゴルジ体から液胞への輸送に関与するADL6タンパク質であるが、この変異体では細胞壁の変異は知られていない。またドメイン構造から、BC3遺伝子は典型的なダイナミンファミリーに属することが判明した。さらにイネにはBC3と非常に高い相同性を示す配列が2つ存在する(DDBJ Accession No. AK102187. clone name J033086P03. DDBJ Accession No. AK069134. clone name J023007E19.)がこれらの機能は知られていない。
【実施例7】
【0108】
本実施例においては、組織発現解析を行った。遺伝子の発現の時期や部位は遺伝子の上流に存在するプロモーター配列により通常決定される。BC3の上流プロモーター配列1721bpを大腸菌のβ-グルクロニダーゼ(GUS)の構造遺伝子の上流に連結した融合遺伝子を構築し、野生型イネ台中65号に導入してBC3の各組織での発現を観察した。方法は実施例3と同様に切片を作成した後、GUSの基質である5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルグルクロニド(X-GlcU)中で反応させ生じた青色の沈着物質を観察した。
【0109】
図8A〜Fは様々な組織でのBC3遺伝子の発現を観察した結果である。図8A〜Cに示すようにBC3遺伝子は若い葉の維管束部と伸長生長中の根の中心柱、発達中の分岐根の基部など主に分裂の盛んな若い組織で発現が強く認められた。しかしながら桿では図8D〜Fで示されるように、柔らかい発達中の桿では導管に強い発現を示すのに対して、発達した硬い桿では厚膜組織において特異的な発現が認められた。M11の折れやすい性質は発達した桿で最も顕著に認められるため厚膜組織での発現と桿の強度が関係している可能性が考えられる。
【実施例8】
【0110】
イネおよびタバコ培養細胞Bright Yellow-2(BY-2)株を用いて細胞内のどの部位にBC3タンパク質が局在しているかを観察した。BC3遺伝子の下流あるいは上流にオワンクラゲ由来のGreen Fluorescent Protein(GFP)遺伝子を連結させた融合遺伝子を作製して台中65号およびBY-2に導入した。イネ・タバコ細胞内でBC3-GFP(あるいはGFP-BC3)融合タンパク質として発現させ、GFPが発する緑色蛍光を目印にして細胞内での局在を観察した。イネに関しては根を観察している。観察には共焦点レーザー走査蛍光顕微鏡Radiance 2000(Bio-Rad)を用いた。
【0111】
図9A〜DはBC3タンパク質の細胞内での局在を示した写真である。図9AおよびBはイネの根での発現、図9CはBY-2での発現である。イネの根では観察する細胞の状態により、細胞膜にのみ局在が見られる場合と細胞膜と細胞質内に局在が認められる場合があった。発達した太い根の表層部では細胞膜のみに、細く若い根では細胞質内にも局在する傾向があった。なお示したイネの細胞は液胞がほとんどを占めているため、細胞質は細胞膜付近に小さく押しやられている。図9CおよびDに示すようにBY-2細胞では細胞膜・細胞質の両方に局在することが観察された。
【0112】
1.BC3タンパク質が若くて分裂の盛んな細胞では細胞膜だけでなく細胞質にも局在するということ、2.典型的なダイナミンファミリーが物質輸送に関与しているタンパク質であるということ、3.セルロース合成が細胞膜上で行われ、セルロース合成酵素複合体はゴルジ体から細胞膜へ運ばれてくること、4.BC3変異体のセルロース量が減少しているということから、BC3の機能は細胞壁構築に必要な物質を細胞膜に供給あるいは逆にセルロース合成後不要となった物質の細胞膜からの排出に関与しているのではないかと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0113】
以上のように、本発明に係る遺伝子等は、植物細胞壁のセルロース合成に必須の因子であるため、かかる遺伝子等を用いることにより、細胞壁成分の改変や細胞壁合成を制御し、高品質の材木の開発や茎などの強度を高めたより有用な植物体を作製することができる等の利点がある。したがって、本発明は、工業、農業や植物育種の分野およびこれらの関連産業に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】野生型台中65号とカマイラズ変異体M11の植物体写真を示す。Aは第4葉期のイネ、Bは出穂後のイネ、Cは出穂後の節間を手で曲げた際の折れ易さの違いを示す。
【図2】台中65号とM11の第1節間でのセルロース含量を示す図である。
【図3A】偏光顕微鏡観察により比較した台中65号とM11の第一節間でのセルロース含量を示す。
【図3B】カルコフロアー染色した細胞壁の厚さを顕微鏡下で測定した結果である。
【図4】台中65号とM11の第一節間における電子顕微鏡写真を示す。
【図5】BC3遺伝子のポジショナルクローニングを模式的に示す図であり、(a)はBC3遺伝子座の近傍の遺伝子地図を示す図であり、(b)はBC3遺伝子座の物理地図を示し、(c)は候補遺伝子の周辺を示す図であり、(d)は相補性検定に用いたクローンを図示している。
【図6】(a)はBC3遺伝子のエクソン−イントロン構造を示す図であり、(b)は予想されるタンパク質構造を機能ドメインごとに示した。
【図7】BC3タンパク質といくつかの代表的な典型的なダイナミン、ダイナミン様タンパク質を用いてCLUSTAL Wにて作製した系統樹を示す。
【図8】BC3のプロモーターの下流にGUS遺伝子を連結させた遺伝子をイネで発現させ、BC3の組織特異的発現を検討した図。(A)若い葉、(B)根、(C)根端、(D)〜(F)は第一節間の異なる部位での発現を示す。
【図9】BC3遺伝子とGFP遺伝子を連結し発現させた融合タンパク質の細胞内局在を示す。(A)および(B)はイネの根、(C)はタバコ培養細胞(BY-2)での局在を示す。(D)は(C)のノマルスキー画像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)または(b)のタンパク質をコードする遺伝子。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質。
【請求項2】
配列番号1に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
【請求項3】
配列番号1に示される塩基配列、もしくは配列番号2に示されたアミノ酸配列をコードする塩基配列、またはそれら塩基配列の一部分に対して相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
イネ科に属する植物由来である請求項1〜3のいずれか1項に記載の遺伝子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子によりコードされるタンパク質。
【請求項6】
以下の(a)または(b)のタンパク質。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)上記アミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ植物細胞壁のセルロース合成に関与するタンパク質。
【請求項7】
請求項5または6に記載のタンパク質を認識する抗体。
【請求項8】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子を含有する組換え発現ベクター。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子、または請求項8に記載の組換え発現ベクターを含む形質転換体。
【請求項10】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子または請求項5もしくは6に記載のタンパク質の発現または活性が増強または低減されていることを特徴とする、植物細胞壁のセルロース合成能が改変された形質転換植物体。
【請求項11】
イネ科に属する植物である、請求項10に記載の形質転換植物体。
【請求項12】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子または請求項5もしくは6に記載のタンパク質の発現または活性を増強または低減する工程を含む、植物細胞壁のセルロース合成能が改変された形質転換植物体の作出方法。
【請求項13】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の遺伝子の少なくとも連続した15塩基からなる塩基配列またはその相補配列を含むことを特徴とするプライマーまたはプローブ。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−246852(P2006−246852A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−71788(P2005−71788)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(501167644)独立行政法人農業生物資源研究所 (200)
【Fターム(参考)】