説明

植物の育苗方法

【課題】植物病原菌に感染していない健全な苗を育苗する植物の育苗方法を提供する。
【解決手段】栽培ベンチ5上に所定数の育苗ポット1を並べて置き、栽培ベンチ5内を流れる栽培液育苗ポット内への通水経路、もしくは育苗ポット1内から栽培ベンチ内への通水経路は、銀、銅の抗菌性金属を利用した無機系抗菌剤を含有した通水可能な抗菌シート4により覆った育苗ポット1の底部2開口3のみであり、この抗菌シート4を通してのみ給水される。従って、液体中の植物病原菌は、この抗菌シート4を通過する際に抗菌シート4内の気孔に物理的に捕捉され、捕捉された植物病原菌は、抗菌シート4に含有する無機系抗菌剤によって死滅する。或いは、抗菌シート4の表面の無機銀系抗菌剤と植物病原菌が一定時間接触する事で死滅する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物病原菌に感染していない健全な苗を育苗する植物の育苗方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水耕栽培の給水方式には、プールベンチ方式やNFT方式、湛液方式、吸水マット方式といった底面給水方式がある。プールベンチ方式とは、ポット栽培に主に利用されるもので、栽培ベッド上に植物を植えたポットが置かれており、栽培ベンチにプールのように培養液を溜める事により、溜められた培養液をポット底面の開口部から給水できる方式である。
【0003】
また、NFT方式とは、緩やかな傾斜を持った栽培ベンチ上に培養液を流下させる事により、栽培ベンチ上に置かれた植物が、根から給水する方式である。
【0004】
湛液方式とは、ベンチ内に一定の水深になるように培養液を貯留し、植物体の根がほぼ絶えず、培養液に浸かっている状態で栽培する方法である。
【0005】
給水マット方式とは、ベンチ上に敷かれた給水マット上に栽培ポットが置かれ、給水マットに染み込んだ培養液を、毛管現象によってポット内の培地または根が給水する方法である。
【0006】
いずれの方式も、ポット底面の開口部や植物体の根のほうから給水を行うものである。これら底面給水方式は、植物への潅水作業が、タイマー制御のみで一度に大量の植物に行う事ができ容易であり、また潅水ムラも起きにくい。また、これらの方式は、高設式のシステムで使用される事が一般的であり、作業姿勢にも負担がかかりにくいため作業効率が良い。このように底面給水方式といった栽培方法は、潅水などの栽培管理がしやすかったり、作業効率が良かったりといった特徴を持つため、比較的大面積での栽培に用いられる事が多い。
【0007】
底面給水方式を始とする水耕栽培では、潅水用の水や培養液といった液体を、栽培ベンチ内もしくは栽培ベンチ間を循環させて、同一の液体を繰り返し用いて植物を育てる「循環方式」と、液体を一度植物に潅水したら、再利用せずにそのまま系外に排水する「かけ流し方式」がある。
【0008】
循環方式は、肥料成分を含んだ富栄養の液体を極力系外に出さないため環境負荷が小さかったり、肥料にかかるコストを抑制できたりするといったメリットがある。その反面、同一液体を用いて栽培するため、液体中に植物病原菌が発生すると、液体を媒介として植物病原菌が伝染するため、ベンチ内全域や全ベンチに病気が拡大するリスクがあるなどのデメリットがある。
【0009】
一方、かけ流し方式は、液体中に植物病原菌が発生しても、病気の伝染のリスクが少なかったり、肥料成分の調整が容易であったりといったメリットがある反面、肥料成分を含んだ富栄養の液体を系外に出す事による環境汚染や、肥料コストがかかることや、地下水の大量消費といったデメリットがある。しかしながら、近年の環境問題に対する意識の高まりや、コスト削減の意識から、循環方式への関心が高まり循環方式による栽培方法が広まっている。
【0010】
水耕栽培における植物のポット栽培での育苗方法としては、底面から給水させる底面給水方式や、上部から潅水する上部潅水方式などがある。上部潅水方式は、比較的栽培面積の小さな栽培で用いられ、潅水に用いた液体はそのまま排水されるかけ流し方式で用いられる事が多い。また、この方法は上部から潅水するため、潅水システムが単純でシステム費があまりかからないメリットはあるが、上部から潅水した水がポット内の培土の上で飛散し、培土内に生息する植物病原菌をまきあげて、植物の葉や茎に感染してしまう飛沫感染を引き起こすデメリットがある。そのため、飛沫感染のリスクを抑える事や、栽培面積の広い栽培でも管理しやすいように、底面給水方式での育苗方法が主流となってきている。
【0011】
底面給水方式でのポット育苗の特徴としては、潅水管理が容易なため、潅水ムラが起き難かったり、飛沫感染による病気が起き難かったりといった事が挙げられる。しかし、栽培スペースの低減や、栽培管理のし易さといった事から、育苗ポットが密集して栽培される事が多く、育苗ポット間のスペースがほとんどない。そのため、植物病原菌が液体中に発生すると、液体を媒介として容易に隣接の植物に感染し、感染速度が早くなる。また、育苗段階で、植物病原菌に感染し、その時点で発病が見られれば除去するという対処も得られるが、その時点では発病しないケースもあり、植物病原菌を保菌したまま成長し、本圃に移植されてから発病し、本圃において病気の拡大に繋がってしまう事もある。そのため、育苗段階で健全な苗を生産する事が必要となる。
【0012】
水耕栽培で問題となる液体を媒介として広がる病気を防ぐための、液体中の植物病原菌に対する除菌方法として、液体中に次亜塩素酸イオンを遊離させて、次亜塩素酸イオンの酸化作用によって植物病原菌を死滅させる方法や、液体中にオゾンを発生させ、オゾンの酸化作用によって植物病原菌を死滅させる方法、フィルターなどにより植物病原菌を濾過、吸着させて液体中から病原菌を除去する方法、抗菌マットをベンチ上に敷設して、ベンチ上を流れる液体中の病原菌を死滅させる方法等が提案されている。
【0013】
次亜塩素酸による方法は、液体中に次亜塩素酸イオンを遊離させて、次亜塩素酸イオンの酸化作用によって植物病原菌を死滅させるものであるが、次亜塩素酸イオンは残留性が高く、植物への残留や、植物の成長に悪影響がある等といった欠点もある。オゾンによる方法では、オゾン発生装置等の設備が大掛かりになり、導入コストがかさむ等の欠点がある。吸着資材による方法では、病原菌を吸着しても、吸着資材の中で生存しているため、この中で繁殖する可能性があり、除菌性能面で問題が残る。抗菌マットを用いた方法としては、栽培ベンチ上に抗菌マットを敷設して、抗菌マット表面を流れる液体中の植物病原菌を死滅させるものであるが、栽培ベンチ上を流れる液体の水深が深いと、抗菌マットと植物病原菌の接触効率が悪く、十分に植物病原菌を死滅しきれないといった問題がある。
【0014】
また、育苗段階においては、育苗ポット間のスペースがほとんどないため、育苗ポット内で発生した植物病原菌は、ポット内から液体中に出ても、液体に次亜塩素酸やオゾンといった対処をしていても、それらの影響をほとんど受けないまま、隣接のポットに伝染して感染する恐れがある。また、紫外線や吸着資材といった対処では、このようなケースには効果がない。抗菌マットによる方法でも、育苗段階で十分な給水をするためにベンチ上の水深を深くする腰水潅水法では、抗菌マットと植物病原菌の接触効率が悪いため、発病のリスクは回避できない。また、育苗ポット底面が底上げされており、育苗ポット底面と栽培ベンチ上の抗菌マットとの距離が離れていると、これも抗菌マットと植物病原菌の接触効率が悪くなり、植物病原菌が入った液体が育苗ポット内に侵入して罹病する恐れがある。そのため、育苗ポット栽培での、液体を媒介とする植物病原菌の対処方法としては、特にポット内外を結ぶ液体の通水経路での対処が重要であり、ポットの外部からの植物病原菌の侵入の防除、ポット内部から外部への植物病原菌の流出の防除を行う必要がある。
【特許文献1】無
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、上記に鑑みてなされたもので、植物病原菌に感染していない健全な苗を育苗する植物の育苗方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための請求項1に記載の植物の育苗方法は、銀、銅の抗菌性金属を利用した無機系抗菌剤を含有させて通水可能な抗菌シートを形成し、該抗菌シートにより底面の開口部を覆う育苗ポットを使用し、底面給水方法により潅水する事を特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
上記の植物の育苗方法によれば、栽培ベンチ上に育苗ポットを置き、栽培ベンチ上を流れる液体の育苗ポット内への通水経路、もしくは育苗ポット内から栽培ベンチ上への通水経路は、銀、銅の抗菌性金属を利用した無機系抗菌剤を含有した通水可能な抗菌シートにより覆った育苗ポットの底部開口部のみであり、この抗菌シートを通してのみ給水される。
【0018】
従って、液体中の植物病原菌は、この抗菌シートを通過する際に抗菌シート内の気孔に物理的に捕捉され、捕捉された植物病原菌は、抗菌シートに含有している無機系抗菌剤によって抗菌シート内で死滅する。もしくは、抗菌シート表面の無機銀系抗菌剤と植物病原菌が一定時間接触する事で死滅する。従って、栽培ベンチ上を流れる液体の水深に関係なく、育苗ポット内外を通過する液体中の植物病原菌を死滅させる事ができる。
【0019】
そのため、抗菌シートの基材としては、液体と馴染みやすかったり、液体を通過させたりするような、親水性かつ吸水性のある素材、例えばパルプや樹脂を用いた繊維状のものが望ましい。
【0020】
根腐れ病を引き起こすPythium属菌やPhytophytra属菌といった、20μm程度の大きさの植物病原菌を、抗菌シートを通過する際に抗菌シート内の気孔によって捕捉させるため、抗菌シートの気孔径としては20μm以下が望ましい。
【実施例】
【0021】
植物の育苗方法の実施例について添付図面を参照して説明する。図1は、育苗ポット1の説明図である。育苗ポット1の底面2の中央に開口3が形成されている。開口3は、通水可能な抗菌シート4により覆われている。
【0022】
図2は、この育苗ポット1を使用した植物の育苗方法を示した説明図である。育苗すべき植物の苗を植えた各育苗ポット1は、栽培ベンチ5に所定間隔を置いて並べられる。栽培ベンチ5に栽培液6が充填されると、栽培液は順次育苗ポット1の開口3を覆う抗菌シート4を通過して育苗ポット1内へ給水される。
【0023】
この底面給水方法では、育苗ポット1の内外への通水は、育苗ポット1の底面2の開口3のみからであり、かつ育苗ポット1内の開口3を覆う抗菌シート4を通してのみ給水することができる。従って、この給水条件を備えるものであれば、栽培ベンチ5に充填する栽培液水深や育苗ポット1の形状には特に制限はない。
【0024】
使用した抗菌シート4は、パルプ60%、熱溶融繊維40%のスラリーに、無機銀系抗菌剤の含有量が3重量%になるように添加したものを原料とし、抄紙によってシート状に成形したパルプ基材シートである。
【0025】
上記抗菌シート4と比較するための抗菌シートとして、ポリプロピレン原料に無機銀系抗菌剤が3重%になるように混合し、マスターバッチ法にて製造し、シート状に成形して、フィルム基材シートを作成した。
【0026】
(実験1)
上記底面給水方法において、抗菌シート4であるパルプ基材シートとフィルム基材シートを育苗ポット1に用いた場合の抗菌効能を実験した。植物はイチゴのポット苗で、培地としては通常の培土を用いた。栽培保方法は、循環方式でのプールベンチ方式によった。接種病原菌は、Phytophytra
nicotianaeとし、病原菌の接種は、培養液タンク内で行った。
尚、追加シートとして、無機銀系抗菌剤が含有されないパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いた。
【0027】
実験方法は、上記した開口3を覆う各4種類のシート毎に12個の育苗ポットを用意してイチゴのポット苗を植え、栽培ベンチ5であるプールベンチに計48個並べた。植物病原菌を培養液タンク内に接種し、この培養液を栽培ベンチ5内で循環させて栽培を行い、培養液中の植物病原菌に起因する病気(育苗ポット1の外から侵入した植物病原菌による病気)の発病率を調査した。その結果を表1に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表1によれば、抗菌剤を含有したパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いたものは、抗菌剤を含有していないパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いたものに比べて当然ながら、防除率が高かった。特に吸水性素材であるパルプ基材を用いたシートは、防除率が100%であり、吸水性の無いフィルム基材シートに比べて防除効果は高かった。
【0030】
(実験2)
上記底面給水方法において、抗菌シート4であるパルプ基材シートとフィルム基材シートを育苗ポット1に用いた場合の抗菌効能を実験した。植物はイチゴのポット苗で、培地としては通常の培土を用いた。栽培保方法は、循環方式でのプールベンチ方式によった。接種病原菌は、Phytophytra
nicotianaeとし、病原金の接種は、育苗ポット1内の培地へ行った。
尚、追加シートとして、実験1の場合と同様無機銀系抗菌剤が含有されないパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いた。
【0031】
実験方法は、上記した開口3を覆う各4種類のシート毎に12個の育苗ポットを用意してイチゴのポット苗を植えるとともに、植物病原菌を培地に接種して、栽培ベンチ5であるプールベンチに計48個並べた。培養液を栽培ベンチ5上で循環させて栽培を行い、培地内の植物病原菌に起因する病気(育苗ポット1から流出した植物病原菌による病気)の発病率を調査した。その結果を表2に示す。
【0032】
【表2】

【0033】
表2によれば、抗菌剤を含有したパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いたものは、抗菌剤を含有していないパルプ基材シート及びフィルム基材シートを用いたものに比べて当然ながら、防除率が高かった。特に吸水性素材であるパルプ基材を用いたシートは、防除率が100%であり、吸水性の無いフィルム基材シートに比べて防除効果は高かいという、実験1と同様の傾向を呈した。
【0034】
上記に説明した植物の育苗方法は、栽培ベンチ5上に所定数の育苗ポット1を並べて置き、栽培ベンチ5内を流れる栽培液育苗ポット内への通水経路、もしくは育苗ポット1内から栽培ベンチ内への通水経路は、銀、銅の抗菌性金属を利用した無機系抗菌剤を含有した通水可能な抗菌シート4により覆った育苗ポット1の底部2開口3のみであり、この抗菌シート4を通してのみ給水される。
【0035】
従って、液体中の植物病原菌は、この抗菌シート4を通過する際に抗菌シート4内の気孔に物理的に捕捉され、捕捉された植物病原菌は、抗菌シート4に含有する無機系抗菌剤によって死滅する。或いは、抗菌シート4の表面の無機銀系抗菌剤と植物病原菌が一定時間接触する事で死滅する。
従って、上記栽培方法は、植物病原菌に感染していない健全な苗を育苗する植物の育苗方法として最適である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】育苗ポットの説明図である。
【図2】育苗ポットを使用した植物の育苗方法を示した説明図である。
【符号の説明】
【0037】
1 育苗ポット
2 底面
3 開口
4 抗菌シート
5 栽培ベンチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀、銅の抗菌性金属を利用した無機系抗菌剤を含有させて通水可能な抗菌シートを形成し、該抗菌シートにより底面の開口部を覆う育苗ポットを使用し、底面給水方法により潅水する事を特徴とする植物の育苗方法。

【図1】
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【図2】
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