説明

植物ウイルスの接種方法

【課題】従来法のローラーによって、植物苗に弱毒ウイルスの接種を行うと、多くの接種苗の茎が折れたり、その葉茎がひどく損傷していた。よって、接種苗の茎の折れや葉茎の損傷の少ない、弱毒ウイルスの接種方法を開発する。
【解決手段】植物体の表面に植物ウイルスと研磨材とを介在させて、柔らかいローラー表面を有するローラーを圧接回転し、当該植物体を被傷すると共に当該植物ウイルスを接種することを特徴とする植物ウイルスの接種方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の苗に植物ウイルスを接種する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、これまでウイルスによる農作物や花卉への病害を防除するため、これら植物ウイルスの弱毒ウイルスや当該弱毒ウイルスを用いたウイルスによる病害を防除する方法を開発し開示した。
【0003】
また、本発明者らは、弱毒ウイルスを農作物や花卉に、高い感染率で簡便に接種する方法として、これら植物体の表面に植物ウイルスと研磨剤を介在させて、ローラーを圧接回転させ、当該植物体を被傷すると共に植物ウイルスの接種を行う植物ウイルスの接種方法(特許文献1参照)や、セルトレイを用いて苗生産を行うトレイ育苗法において、植物体表面にブラシを当接して、当該植物体表面を被傷させる共に植物ウイルスの接種を行う、リンドウ等のロゼッタ状態で生育し、比較的外力等に対して丈夫な苗に適した、植物ウイルスの接種方法(特許文献2参照)を開発し開示した。
【0004】
また、一方、セル成型育苗トレイにて育苗された植物苗の葉の表皮に、弱毒ウイルスを含有する処理剤を噴霧する際に、当該植物苗の葉の下方位置において該植物苗を支持する支持手段を備えることを特徴とする植物苗の処理装置が開示されている(特許文献3参照)。
【0005】
また、植物ウイルスを分散した植物ウイルス液を植物体に接触させて行う植物ウイルスの接種方法において、接木を行う際に、穂木の胚軸の切断面又は台木の茎の切断面に植物ウイルスを接触させてから、これら切断面同士を密着させることを特徴とする植物ウイルスの接種方法、又は挿木を行う際に、挿し穂の胚軸の切断面に植物ウイルスを接触させてから、苗床又は培地に差し込むことを特徴とする植物ウイルスの接種方法が開示されている(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2908594号公報
【特許文献2】特許第3759560号公報
【特許文献3】特開2005−130712号公報
【特許文献4】特開2005−237345号公報
【特許文献5】特許第3728381号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
弱毒ウイルス接種苗を大量生産する際に、本発明者らが開発した特許文献1の植物ウイルスの接種方法によって、セルトレイ上の苗に弱毒ウイルスと研磨剤を介在させてローラーを圧接回転し、これら苗を被傷すると共に弱毒ウイルスを接種すると、接種した苗の茎が折れ、さらに茎や葉の損傷も甚だしく、弱毒ウイルス接種苗生産の歩留まりを下げてしまうという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで本発明者らは、上記課題を解決するため、弱毒ウイルスを接種する際に苗を圧接回転するローラー部分について、種々検討を重ねた結果、このローラー表面が柔らかい性状であると、接種によって苗の茎が折れることが激減し、その葉茎の損傷も大きく緩和されることを見出して本発明を完成した。
【0009】
即ち本発明は、植物体の表面に植物ウイルスと研磨材とを介在させて、柔らかい表面のローラーを圧接回転し、当該植物体を被傷すると共に当該植物ウイルスを接種することを特徴とする植物ウイルスの接種方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、茎が折れたり葉茎が損傷することの少ない弱毒ウイルス接種苗を生産でき、そして、このような茎の折れや葉茎の損傷等の接種苗へのダメージが少ないため、当該接種苗の生育速度が速くなり、所定期間内での弱毒ウイルスの感染率も高い。したがって、簡便な方法で高品質の弱毒ウイルス接種苗を、短期間に高歩留まりで大量生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は従来法のローラーによる弱毒ウイルス接種器の簡略図である。
【図2】図2は本発明における弱毒ウイルス接種器の簡略図である。
【図3】図3は本発明における弱毒ウイルス接種器の簡略図である。
【図4】図4は回転軸方向に長くしたローラーの簡略図である。
【図5】図5は本発明の弱毒ウイルスの接種方法の簡略図である。
【図6】図6は弱毒ウイルス接種後の無償苗の写真である。
【図7】図7は弱毒ウイルス接種後に弱い損傷を受けた苗の写真である。
【図8】図8は弱毒ウイルス接種後に強い損傷を受けた苗の写真である。
【図9】図9は本発明と従来法によって接種した苗の比較写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の植物ウイルスの接種法は、植物体に植物ウイルスを接種する方法であり、植物苗の表面に植物ウイルスと研磨材とを介在させて、表面の柔らかいローラーを圧接回転し、当該植物体を被傷すると共に植物ウイルスを接種する方法である。
【0013】
本発明において、植物体上に弱毒ウイルスと研磨材を介在させる方法は、如何なる方法でもよく、例えば、植物ウイルス液と研磨材の混合液をスプレーで植物体に噴霧したり、植物ウイルス液を植物体にスプレーした後に研磨材を振り掛けたり、研磨材を植物体に振り掛けた後に植物ウイルス液をスプレーしたり、又は接着剤等で研磨材を表面に固定したローラーを、植物ウイルス液を植物体にスプレーする前、若しくはスプレーした後に用いること等が挙げられる。
【0014】
また、上記植物ウイルス液は、植物ウイルスの感染葉の搾汁液を滅菌水若しくは中性付近の0.1Mリン酸緩衝液等で、当該感染葉の重量の5〜50倍希釈して調製するか、又は通常の方法によって得られた純化ウイルス液を滅菌水若しくは適当な緩衝液で希釈して調製する。当該植物ウイルス液の濃度は、当該植物ウイルスによる病徴等の接種植物への作用が発現するものであるならば、如何なる濃度でもよいが、経済上の理由から、より低い濃度のものが好ましい。例えば、弱毒ウイルスの接種における接種液のウイルス濃度は25〜500μg/mlである。
【0015】
また、使用する研磨材は、植物を被傷して、その傷口からウイルスを侵入させて、当該ウイルスを感染するために用い、例えば、カーボランダム、セライト、ベントナイト、石英砂、海砂、セラミックパウダー、金剛砂及びガラス粉末等が挙げられ、電動スプレーを使用して弱毒ウイルス接種液を噴霧する場合は、そのノズルが詰まらない粒度5〜35μのものを1〜3重量%添加する。
【0016】
また、植物ウイルスを接種する植物の種類には、なんら制限はなく、如何なる種類の植物に接種することができるが、好ましくは育苗過程における植物に適し、さらに好ましくはトマトやピーマン、パプリカ等の傷付き易く折れ易い、外力等に非常に弱い苗に最適である。
【0017】
また、接種する植物ウイルスの種類にも、なんら制限はなく、如何なる種類の植物ウイルスを植物に接種することが可能であり、例えば、ウイルスによる植物の病徴や植物の耐病性等の試験研究にウイルスを植物に接種したり、また、ウイルス耐病性を有する植物苗の生産するため、作物及び花卉等に病徴をもたらす植物ウイルスの弱毒ウイルスを、野菜苗又は花卉苗等に接種したりすることができる。
【0018】
また、植物ウイルスを接種する接種器は、表面の柔らかいローラーを有するものであり、例えば、通常の表面の硬いローラー(図1)の表面に、エアーキャップ(登録商標)若しくはプチプチ(登録商標)又は飲料用紙パック、クラフト紙若しくはスポンジ等をシュレットしたものを袋詰めしたもの等の梱包用緩衝材やスポンジシート又は発泡ポリエチレンシート等のクッション性のあるものを貼り付けたローラーや、ポリエステル(繊維)、アクリル(繊維)若しくは発泡ウレタン等の柔らかい素材からなるローラーを有するものを使用することができる。図2にローラー表面にエアーキャップ(登録商標)を貼り付けたものを示す。
【0019】
そして、当該植物ウイルス接種器は、回転軸方向を長くしたローラー(図3)の表面にエアーキャップ(登録商標)を貼り付けたもの(図4)によって、セルトレイに育苗した大量の苗に植物ウイルスを短時間で接種することができ、弱毒ウイルス接種苗を大量生産する際には、植物苗を育苗した複数枚のセルトレイを密着させて矩形に並べ、当該矩形の短辺に等しい長さのローラーを作成して、各セルトレイ上の大量の苗に弱毒ウイルスを大量接種することができる(図5)。
【実施例】
【0020】
(弱毒ウイルス接種器の作成)
片手で支持しながら転がして用いるローラーを(図1)を利用して、当該ローラー部分を4つ連結した、両手で支持しながら用いる従来法による弱毒ウイルス接種器を作成した(図3)。そして、当該接種器のローラー表面に気泡入り合成樹脂製包装用緩衝材のエアーキャップ(登録商標、宇部フィルム(株)製)を貼付して、本発明で用いるウイルス接種器を作成した(図4)。
【0021】
(トマト苗の育苗)
128穴セルトレイ(トレイサイズ:590mm×300mm、セルの配列:8×16、セルサイズ:30mm角×高さ40mm)3枚にトマト用培養土(日本デルモンテ(株)製)を充填して、トマト種子(品種:サマーキッス、日本デルモンテ(株)製)を1セルに1粒ずつ播種し、慣行の方法で育苗を行った。
【0022】
(弱毒ウイルスの接種)
キュウリモザイクウイルスの弱毒ウイルスNDM−3(特許文献5参照)の純化液を50mMリン酸緩衝液(pH7.0)に135μg/mlの濃度で希釈して、これに食紅を0.2%となるように、また、セライトを2%となるように添加して均一に混合し、弱毒ウイルス接種液を作成した。そして、育苗したトマト苗のセルトレイ3枚を密着して並べ、簡易ハンドスプレーでセルトレイ上のトマト苗に当該弱毒ウイルス接種液を、食紅による着色度合いを確認ながら少量均一に噴霧した。次いでウイルス接種器(図4)をトマト苗に押し付けるようにセルトレイの縦方向に転がして(図5)、トマト苗表面を被傷した後、さらに7日間育苗した。
【比較例】
【0023】
(従来法による弱毒ウイルスの接種)
実施例と同様にセルトレイ3枚にトマト苗を育苗して、上記弱毒ウイルス接種液を均一に噴霧し、従来法による弱毒ウイルス接種器(図3)をトマト苗に押し付けるように転がしてトマト苗表面を被傷した後、さらに7日間育苗した。
【0024】
(接種方法によるトマト苗の品質)
実施例と比較例とで弱毒ウイルスを接種したトマト苗の品質について調査した。調査項目としては、それぞれの接種法による苗への弱毒ウイルスの感染率をELISA法で調べた結果を表1に示し、茎が途中で折れた苗を茎折れ率として表2に示した。また、それぞれの接種法によるトマト苗が受けた損傷の程度を、その葉が無傷の苗(図6)、弱い損傷を受けた苗(図7)及び強い損傷を受けた苗(図8)に分類して表3に示した。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
表1の結果より、本発明の弱毒ウイルスの接種方法で接種したトマト苗群は、従来法で接種したものに比べ、弱毒ウイルスの感染率が非常に高く、また、表2の結果より、本発明によるトマト苗群は、接種による茎の折れが少ないものであった。
【0029】
また、表3の結果より、本発明によって接種したトマト苗群は、従来法で接種したものに比べ、無傷のトマト苗が大変多く、そして、強い損傷を受けた苗が大変少ないものであった。
【0030】
さらに本発明によって接種したトマト苗群は、従来法で接種したものに比べ、胚軸が太く子葉がしっかりした充実したものであり、生育も1日ほど早かった(図9)。
【符号の説明】
【0031】
1 ウイルス接種器
2 植物苗
3 セルトレイ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物体の表面に植物ウイルスと研磨材とを介在させて、柔らかいローラー表面を有するローラーを圧接回転し、当該植物体を被傷すると共に当該植物ウイルスを接種することを特徴とする植物ウイルスの接種方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2010−259410(P2010−259410A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−114776(P2009−114776)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(000104559)日本デルモンテ株式会社 (44)
【Fターム(参考)】