説明

植物栽培システム

【課題】親水性フィルムを培地として供え、植物体に供給する養液成分を個別に管理できる植物栽培システムを提供する。
【解決手段】植物体3に供給する各種養液成分を別個の親水性フィルムを備える三次元構造体2中に含めて備える、植物栽培システム1の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性フィルムを培地として備える植物栽培システムであって、詳細には植物体に供給する養液中の肥料成分を個別に管理および/または追肥することができる植物栽培システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化による異常気象や水不足の影響により、降雨依存型の従来の露地栽培が難しくなり、安定して農作物の計画生産が可能な施設栽培農業が注目されている。施設栽培農業は水耕栽培と養液土耕栽培に大きく分類される。しかしながら、水耕栽培は設備コストが高い、得られる農作物の味がおいしくない、細菌やウイルスに感染しやすいなどの問題を有している。また養液土耕栽培は、線虫や病害細菌および化学肥料などによる土壌汚染がもたらす植物汚染、また植物体への養液供給量の制御が困難であることなどの問題を有している。
【0003】
そこでこれらの問題点を解決すべく、植物体を栽培するための新たな植物栽培システムが開発されている。
【0004】
特許文献1および2には、親水性フィルムを培地として用いる植物栽培システムが記載される。当該植物栽培システムにおいては親水性フィルム上面にて直接植物体を栽培することによって、水耕栽培のように水または養液を収容する水槽を設置することなく、また養液土耕栽培のように土壌と植物体が直接的に接することなく植物体を生育することができるために、低コストで安全な農作物を生産することができる。
【0005】
また特許文献3には、給水用チューブを用いて植物体に対して潅水を行う植物栽培装置が記載される。当該植物栽培装置においては、給水用チューブに設けられた栽培穴にて植物体を栽培することによって、水や土壌資源の使用を最小限にとどめて効率的に植物体を栽培することができる。
【0006】
しかしながら、従来の植物栽培システムや植物栽培装置などにおいては、養液を画一的に植物体に供給する手段しか設けられておらず、養液中の肥料成分の過不足が生じていた。
【0007】
養液中に含まれる肥料成分は全て同様に(すなわち、同じ速度で)植物体に摂取されるわけではない(非特許文献1)。したがって、養液に複合肥料を用いる場合、植物体による各種肥料成分の摂取速度が異なるために、養液中の肥料成分の構成は経時的に変化し、これにより肥料成分の過不足が生じ植物体の生育不良を招いていた。
【0008】
従来技術においては、養液中の追肥すべき成分を検出し、個別に追肥することは困難であり、当該成分も含めた複合肥料をさらに追肥するしかなく、一部成分による肥料過多をさらに招いていた。そこで当該分野においては、効率的な養液供給手段が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4142725号公報
【特許文献2】特開2006-180837号公報
【特許文献3】特開2002-223648号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】加藤俊博、「養分吸収特性を活かした施肥管理の実際」、農業技術体系、野菜編、第12巻、共通技術・先端技術、追録第27号、2002年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、親水性フィルムを培地として備える植物栽培システムであって、当該フィルム上の植物体に供給する養液中の肥料成分を個別に管理および/または追肥可能な植物栽培システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、植物体に必要とされる各種肥料成分をそれぞれ別個の親水性フィルムを備える三次元構造体に含めることによって、植物体に供給する各種肥料成分を三次元構造体ごとに個別に管理および/または追肥可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 親水性フィルムを備える三次元構造体を少なくとも2つ以上備える植物栽培システムであって、組成の異なる少なくとも2種以上の養液を、それぞれ別個の該三次元構造体の内部に含む、上記植物栽培システム。
[2] 三次元構造体が親水性フィルムからなるチューブ構造を有し、その内腔に養液を含む、[1]の植物栽培システム。
[3] 三次元構造体に養液を供給する貯水部を備える、[1]または[2]の植物栽培システム。
[4] 養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサーを備える、[1]〜[3]のいずれかの植物栽培システム。
[5] 養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサーがECセンサーである、[4]の植物栽培システム。
[6] 養液の少なくとも1種が、単一肥料を主成分とする養液である、[1]〜[5]のいずれかの植物栽培システム。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、植物体に供給する養液中の肥料成分を個別に管理および/または追肥可能な、親水性フィルムを培地として供える植物栽培システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、複数の三次元構造体2を備える植物栽培システム1の模式図を示す。
【図2】図2は、含有する養液の組成がそれぞれ異なる複数の三次元構造体2を備える植物栽培システム1の模式図を示す。(A)各種単一肥料を主成分として含有する養液および水を含む複数の三次元構造体2を備える植物栽培システム1。(B)植物体3の成長に伴い、植物体が摂取する肥料成分が増加するように、各種肥料成分を含有する養液を含む複数の三次元構造体2を備える植物栽培システム1。
【図3】図3は、貯水部4を備える植物栽培システム1の模式図を示す。
【図4】図4は、養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5を備える植物栽培システム1の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を図面を参照して詳細に説明する。ただし、図に示された発明は本発明の一実施形態を示すものであり、本発明をこれらの発明に限定することを意図しない。
【0017】
図1に示すように、本発明の植物栽培システム1は親水性フィルムを備える三次元構造体2を少なくとも2つ以上備え、当該親水性フィルムの表面にて植物体3を栽培することができる。
【0018】
親水性フィルムは親水性材料からなり、その親水性材料自体に大量の水分(養液)を保持することが可能であり、植物体3はその根(特に根毛)を親水性フィルムの表面へ密着させ実質的に一体化させて、当該親水性フィルムより養液を摂取し成長することができる。
【0019】
「実質的に一体化」とは、植物体3の根毛細胞が親水性フィルムの表面に接着した状態を指し、「接着」とは公知の手法に従って以下のように定義することができる(特許第4142725号公報)。当該フィルムの表面上に植物体3を定植し、35日間後、植物体3の根元で茎葉を切断する。植物体3の茎がほぼ中心になるように、植物体3の下の当該フィルムを巾5cm(長さ:約20cm)に切断して試験片とする。クリップを付けたばね式手秤に、上記試験片の一端を固定して、試験片の自重を計測した後、試験片の中心にある茎を手で持ち、下方に緩やかに引き下げて、当該フィルムが離れる(または切断される)際の重量を計測する。この値から試験片の自重の値を差し引き、得られた値を剥離強度とする。「接着」とはこのようにして測定された剥離強度が10g以上、好ましくは30g以上、特に好ましくは100g以上である状態を指す。この方法により植物体3と当該フィルムとが「一体化」しているか否か試験することができる。
【0020】
親水性フィルムは当該フィルムを介した植物体3の養液の摂取および植物体3の根の当該フィルムとの一体化を促進すべく、以下の物理的特性を有するものが好ましい。
【0021】
親水性フィルムは、当該フィルムを介して水と塩水(0.5質量%)とを対向して接触させた際に、測定開始4日後の栽培温度において測定した水側および塩水側の電気伝導度(以下、ECと記載)の差が4.5dS/m以下であることが好ましい。このECの差は、さらに3.5dS/m以下であることが好ましい。特に好ましくは、2.0dS/m以下である。このECの差は、当業者に公知の手法(特許第4142725号公報)にしたがって、以下のように測定することができる。「ざるボウルセット」を使い、ざる上に試験すべき親水性フィルム(サイズ:200〜260×200〜260mm)を乗せ、当該フィルム上に水150gを加える。他方、ボウル側に0.5%塩水(EC:約9dS/m)150gを加え、得られた系全体を食品用ラップで包んで、水分の蒸発を防ぐ。この状態で、常温で放置して、24時間毎に水側、塩水側のECを測定する。
【0022】
親水性フィルムは、当該フィルムを水とグルコース溶液とを対向して接触させた際に、測定開始後3日目(72時間)の栽培温度において測定した水側およびグルコース溶液側の糖度(Brix%)の差が4以下であることが好ましい。この糖度(Brix%)の差は、より好ましくは3以下である。さらに好ましくは2以下、特に好ましくは1.5以下である。この糖度(Brix%)の差は、当業者に公知の手法(特許第4142725号公報)にしたがって、以下のように測定することができる。上記塩水試験と同様の「ざるボウルセット」を使い、ざる上に試験すべき親水性フィルム(サイズ:200〜260×200〜260mm)を乗せ、当該フィルム上に水150gを加える。他方、ボウル側に5%グルコース溶液150gを加え、得られた系全体を食品用ラップで包んで、水分の蒸発を防ぐ。この状態で、常温で放置して、24時間毎に水側、グルコース溶液側の糖度(Brix%)を糖度計で測定する。
【0023】
親水性フィルムは、耐水圧として10cm以上の水不透性を有することが好ましい。この耐水圧はより好ましくは20cm以上、さらに好ましくは30cm以上である。耐水圧は当業者に公知の手法に基づいてJIS L1092(B法)に準じた方法によって測定することができる。
【0024】
このような親水性フィルムは、各種イオン、アミノ酸、糖などの栄養素は吸収および維持することができるが、細菌やウイルスなどは排除することが可能である。そのため親水性フィルムが保持する水または養液は汚染されることはなく、当該フィルム上の植物体を安全に栽培することができる。
【0025】
親水性フィルムには必要に応じて、水酸基(OH基)を導入しても良い。これにより根毛細胞の親水性フィルム表面への密着性が向上し、親水性フィルム中に保持される水または養液の摂取がより容易になり、植物体の成長の促進や栄養価の向上が可能となる。
【0026】
上述の性質を具備する限り、親水性フィルムはいかなる材料から形成されていても良く、公知の親水性材料から適宜選択して使用することが可能である。特に限定されないが、親水性フィルムを形成する材料としては、ポリビニルアルコール(PVA)、セロファン、酢酸セルロース、硝酸セルロース、エチルセルロース、ポリエステル等の親水性材料を用いることができる。好ましくはハイメックフィルム(メビオール株式会社)を用いる。また、親水性フィルムは上記親水性材料により皮膜された材料(好ましくはプレート状、例えば、特に限定されないが繊維、木材、金属、ガラス、セラミック、石材および樹脂など)であっても良い。
【0027】
親水性フィルムの厚さは、特に限定されることなく適宜選択することが可能である。好ましくは、親水性フィルムの厚さは、300μm以下程度である。
【0028】
植物栽培システム1にて栽培し得る植物体3の種類は特に限定されない。好ましくは、潅水量の厳密な管理を必要とする種類、例えば、果樹やトマトなどが挙げられる。果樹やトマトなどの果実は潅水量を減らすことによって甘みを増すことが知られている。
【0029】
「植物体」とは、本発明において植物の苗、種子、葉、茎、根、花、球根もしくはその一部またはそれらの組み合わせを指す。親水性フィルムに植物体3を定植する際に、当該親水性フィルムの上面に土や発泡スチロールなど適当な支持体を適宜配置しても良い。
【0030】
三次元構造体2は、少なくとも植物体の定植面に上記親水性フィルムを備えていれば良く、その全体が親水性材料より構成されていても良いし、あるいは下記にて詳述するように疎水性材料を備えていても良い。好ましくは、三次元構造体2は親水性フィルムからなり、親水性フィルムを折りたたむことによって、または熱融着や接着剤または物理的手段(紐、クリップ、ホッチキスなど)を用いて固定することによって、または成形物(例えば、チューブ状成形物)をカットしてその端を接着することによって、またはその他公知の成形法を利用することによって、所望の三次元形状を形成する。
【0031】
三次元構造体2は内部に養液を含むことができる。三次元構造体2の「内部」とは、内腔および適当な材料(例えば、下記保水部材など)によって完全にまたは一部充填されている状態の当該内腔を含む。
【0032】
三次元構造体2は内腔を有するように形成され、その形状は特に限定されず、球状、多角形状、バッグ(袋)状、柱状、箱状、チューブ状またはこれらの組み合わせを含む形状等が挙げられる。好ましくは、三次元構造体2はチューブ状の形状を有し、その端は閉じられていても良いし、下記に詳述する貯水部4に連結されていても良い。三次元構造体2の形状をチューブ状にすることによって、内腔に含まれる養液が親水性フィルムと効率的に接することができ、親水性フィルムに対して養液を効率的に供給することができる。また、複数の三次元構造体2を配置した際に、三次元構造体2の形状がチューブ状であれば植物体3の根が伸長し得る範囲を縦横に広く確保することができ、根が安定して伸長することができる。
【0033】
三次元構造体2のサイズは特に限定されないが、所定の数の三次元構造体2より複数種の養液が摂取できるように、定植される植物体3の根域に応じて適宜決定することができる。三次元構造体2の形状がチューブ状であれば、特に限定されないが直径1〜300mm、長さ3m〜30mが好ましい。直径は、植物が通常生育する団粒構造を構成する土の塊より大きく、設置後の単位面積当たりの生産性から一般的な畝の長さ内に複数の3次元構造体を設置できる大きさより小さいほうが望ましい。長さは、一般的な作物の根長より長い方が望ましく、また持ち運びや日常の清掃や破損確認作業を考えるとビニールハウスの長さより短いほうが望ましい。
【0034】
三次元構造体2は、植物栽培システム1において少なくとも2つ以上備えられ、その個数は植物体3に供給される養液の種類、植物体3の品種、定植時期および生育状況、栽培計画などに基づいて適宜決定することができる。
【0035】
三次元構造体2は内腔に、親水性フィルムに密着して保水部材が配置されていても良い。保水部材は供給された養液を保持し、密接した親水性フィルムへの養液の供給を補助する。保水部材は養液を吸収して保持することができればいずれの材料も用いることが可能であるが、例えば架橋ポリアクリル酸ソーダゲル、PVA、不織布、多孔質材などが挙げられるがこれらに限定されない。保水部材は三次元構造体2の内腔を充填するように配置されてもよい。
【0036】
三次元構造体2は必要に応じて構造支持体を備えていても良い。「構造支持体」は三次元構造体2の骨組みとして機能して三次元構造体2に物理的安定性を付与することができ、自重および植物体3や養液による加重による変形を防ぎ、三次元構造体2の操作を容易にする。構造支持体は疎水性材料より形成することができる。疎水性材料は特に限定されることなく、木材、金属、ガラス、セラミック、石材および樹脂などより形成することができる。疎水性材料からなる構造支持体は、親水性フィルムと共に三次元構造体2の形状を構成するように三次元構造体2の一部に配置されても良いし、または三次元構造体2を形成する親水性フィルムの内側に配置されても良い。あるいは、親水性フィルムに物理的安定性を付与することによって、当該親水性フィルムを構造支持体として利用することができる。親水性フィルムを構成する親水性材料の分子間を架橋(架橋構造化)することにより、当該親水性材料の結晶度を高め、親水性フィルムに物理的安定性を付与することができる。これにより、三次元構造体2において親水性フィルムが構造支持体として機能し得る。親水性材料を構成する分子の架橋化は、親水性材料に架橋剤を加えることによって行うことができる。架橋剤は当業者に公知の一般的なものを使用することができ、用いる親水性材料や目的の架橋度に応じて適宜選択することができる。公知の架橋剤として例えば、グリオキザール、グルタールアルデヒド、ジアルデヒドデンプン、水溶性エポキシ化合物、メチロール化合物等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0037】
本発明の植物栽培システム1は、組成の異なる少なくとも2種以上の養液を、それぞれ別個の三次元構造体2の内部に含む。ただし、植物栽培システム1に含まれる全ての三次元構造体2がそれぞれ別個の組成を有する養液を含んでいる必要はなく、同一組成を有する養液を含む三次元構造体2が存在しても良い。
【0038】
本明細書において「養液」とは、水および植物の肥料成分として有用であることが公知の成分を単独でまたは組み合わせて含む液肥を意味する。植物の肥料成分として有用であることが公知の成分としては、例えば、窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、酸素(O)、水素(H)、炭素(C)、マグネシウム(Mg)、イオウ(S)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、ホウ素(B)、亜鉛(Zn)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)、塩素(Cl)、ナトリウム(Na)、ケイ素(Si)、コバルト(Co)、アルミニウム(Al)等の元素が挙げられる。養液中、これらの元素はイオン形態、分子形態、塩形態など種々の形態で存在しても良い。
【0039】
含有する養液の組成が異なる少なくとも2つ以上の三次元構造体2の表面(詳細には親水性フィルム)に植物体3の根が密着するように定植することによって、一植物体に対して少なくとも2種以上の養液を供給することができる(図2(A))。
【0040】
また、養液中の成分によっては、植物体3によく摂取されるもの、逆にあまり摂取されないものが存在するが、各種養液をそれぞれ別個の三次元構造体2に含めることによって、植物体3によく摂取される成分だけを検出して、当該成分だけを効率的に追加・追肥することができる。
【0041】
さらに、植物体3の定植位置に対して、三次元構造体2に含める養液を変えることによって、植物体3の成長に合わせた計画的な養液の供給・管理が可能となる。例えば、図2(B)に示すように、植物体3の定植位置またはその近位の位置に主要肥料成分(窒素(N)、リン(P)、カリウム(K))を含有する養液を含む三次元構造体2および微量肥料成分(マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、鉄(Fe)、亜鉛(Zn))を含有する養液を含む三次元構造体2を配置し、植物体3の定植位置より遠位の位置に窒素(N)を主成分とする養液を含む三次元構造体2を配置することによって、定植されたばかりの植物体3はその根域が狭いために主要肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2および微量肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2から養液を摂取することしかできないが、植物体3が成長するに伴い根域が広がると、定植位置より遠位に配置された窒素を主成分とする養液を含む三次元構造体2からも養液を摂取することが可能となる。他にも、植物体3の定植位置またはその近位の位置に水や濃度の低い肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2を配置し、定植位置より遠位の位置に濃度の高い肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2を配置することによって、植物体3が成長するに伴い、遠位に配置された三次元構造体2まで根域が広がり、濃度の高い肥料成分を含有する養液を吸収することが可能となり植物体3の成長後期に肥料成分を多く供給することができる。逆に、植物体3の定植位置またはその近位の位置に濃度の高い肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2を配置し、定植位置より遠位の位置に水や濃度の低い肥料成分を含有する養液を含む三次元構造体2を配置することによって、植物体の成長初期に肥料を多く供給することができる。このように植物体3の品種、定植時期、生育状況に応じて、養液の組成および当該養液を含む三次元構造体2の配置位置は適宜決定することができる。
【0042】
組成の異なる養液を含む三次元構造体2は、各養液の混合を防ぐためにそれぞれ接することなく、間隔をあけて配置される。三次元構造体2は、一平面上に配置されても良いし、三次元的に配置されても良い。例えば、三次元構造体2の長軸が平行になるように一平面上に配置することができる。
【0043】
三次元構造体2は、内部に含有する養分の成分に応じてその全体または一部分が別個の色で着色されていても良い。三次元構造体2を別個の色で着色することによって、含有する成分を明確に判別でき混同を避けることができ便利である。
【0044】
三次元構造体2の着色は公知の着色顔料や着色染料を用いて行うことができる。着色染料としては、天然染料や合成染料を利用できる。着色顔料については、無機顔料として天然無機顔料や合成無機顔料、有機顔料としてアゾ系顔料や多環式顔料などを利用できる。用い得る着色顔料や着色染料としては、水に非溶解性または難溶解性のものが好ましい。水に非溶解性または難溶解性の着色顔料や着色染料を用いることによって、三次元構造体2に含まれる養液にこれら着色顔料や着色染料が溶解せず、植物体3への影響を抑えることができる。
【0045】
三次元構造体2の着色は、上記着色顔料や着色染料を三次元構造体2の表面に塗布しても良いし、三次元構造体2を構成する材料、すなわち親水性フィルムを構成する親水性材料および疎水性材料に混合することによって行っても良い。
【0046】
養液は三次元構造体2の内部に、固体、液体またはゲルの状態で充填することによって含ませることができる。あるいは、三次元構造体2に連通して設けられた貯水部4に養液を含め、そこから三次元構造体2の内部に養液を供給しても良い(図3)。貯水部4を用いた場合、養液残量の把握や養液の追加が容易に行え、養液供給が滞ることを防ぐことができる。
【0047】
貯水部4は、養液を収容し得る適当な材料から形成され、例えば木材、金属、ガラス、セラミック、石材、樹脂およびそれらの組み合わせ(特にこれらに限定されない)より形成され得る。貯水部4は、三次元構造体2の内部に養液を供給し得る限りどのような形状であっても良く、三次元構造体2に養液を効率的に供給するために貯水部4の底面または底面付近にて三次元構造体2と連通していることが好ましい。また、貯水部4は貯水部4の底面または底面付近に、三次元構造体2に養液を効率的に供給するための傾斜面、傾斜部、溝などの構造を有していても良い。好ましくはポンプなどの外部動力を利用することなく重力や毛細現象などを利用して供給できる形態が好ましい。
【0048】
貯水部4は、三次元構造体2と直接的に連通していても良いし、あるいは疎水性チューブやホースなどを介して、間接的に連通していても良い。
【0049】
貯水部4は、三次元構造体2の任意の部位、好ましくは三次元構造体2の端に設置することができる。一つの三次元構造体2に対して複数個(例えば、2個、3個、4個、5個またはそれ以上)の貯水部4を設置しても良い。
【0050】
本発明の植物栽培システム1はさらに、養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5を備えることができる。植物の肥料成分として有用であることが公知の上記元素は、その種類によって植物体に摂取される速度が異なり、養液が複数種の元素を含む場合、経時的に養液中の元素比が変化し得る。養液の肥料成分濃度を計測するためのセンサー5を備えることによって、養液中の元素比の変化を検出し得、所定の元素比を維持するよう追肥して、所定の肥料成分を所定の元素比で含有する養液の供給を確保することができる。例えば、図2(A)に示すような各単一肥料を主成分として含有する養液を対象とする場合には、肥料成分ごとの濃度を各々に計測可能なセンサーを備えることで主成分が減少したことを検出し追肥し濃度を高めることができる。また、図2(B)に示すような複数成分を含有する養液を対象とする場合には、肥料成分ごとの濃度を各々に計測可能なセンサーを備えることで、各々の成分毎に追肥を行ったり、養液全体を希釈または入れ替えしたりすることができる。
【0051】
養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5は、養液中に含まれる成分(元素)に応じて適宜選択することができ、特に限定されないが例えばpHセンサー、ECセンサー、イオンセンサー(例えば、硝酸イオンセンサー、カリウムイオンセンサー、ナトリウムイオンセンサー)等が挙げられる。必要に応じて、複数種のセンサーを組み合わせて設置しても良い。
【0052】
好ましくは、養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5は、ECセンサーである。ECセンサーは今日様々な農業分野において、土壌または培養液中のEC(電気伝導度)の変化から無機態窒素含量等の肥料成分を測定することができるため、施肥量の管理に利用されている。ただし、ECセンサーは電気伝導度の変化を計測するセンサーであり、各々の肥料成分の含有量を個別に測定することはできない。本発明においてもECセンサーを利用して、養液中の無機態窒素の他、各種イオンの含有量の変化を検出し、肥料成分の減少を検出することができる。ECセンサーのように肥料成分ごとの濃度を各々に計測できない濃度センサーを利用する場合でも、図2(A)に示すような単一肥料を主成分として含有する養液を利用することで、主成分の重量%が高ければ高いほど主成分以外の肥料成分の影響は限定的となり、濃度低下に応じて複数肥料成分を追加せずに主成分のみを追肥することができる。肥料成分ごとの吸収速度が大きく異なる作物を栽培する場合に、不足肥料のみを追肥できると効果的である。また、図2(B)に示すような複数肥料成分からなる養液を利用する場合でも、主要肥料(NPK)と微量肥料(Mg、Ca、Fe、Zn)を分けた養液を利用すれば、ECセンサーのように肥料成分ごとの濃度を各々に計測できない濃度センサーを利用する場合でも、少なくとも肥料成分の濃度低下が主要肥料(NPK)の吸収によるものであるか微量肥料(Mg、Ca、Fe、Zn)の吸収によるものであるかを分けることはできるため微量肥料の不足に対して主要肥料を追肥するような無駄を省くことができる。
【0053】
養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5は、植物栽培システム1において養液と接し得る任意の部位に設置することができ、三次元構造体2の表面、内面および内腔ならびに貯水部4内など(特にこれらに限定されない)に一または複数個(例えば、2個、3個、4個、5個またはそれ以上)のセンサーを設置することができる(図4)。
【0054】
本発明の一実施形態において、三次元構造体2に含まれる養液の少なくとも1種は、単一肥料を主成分として含有する養液である。単一肥料とは、乾燥重量物内の肥料成分として単一成分のみを含む肥料であり単肥とも称される。単一成分として、硫酸カリウム(カリ)、硫酸アンモニア(窒素)、過リン酸石灰(燐酸)または塩化カリウム(カリ)等を含めることができる。好ましくは、単一肥料は乾燥重量物内の肥料成分として硫酸カリウムのみを含む。「主成分」とは、養液中に含有される肥料成分中の合計乾燥重量において、50重量%以上、好ましくは80重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上を占める成分を指す。「主成分」とは、肥料成分と非肥料成分から構成される肥料を対象とした場合、肥料成分のみの重量(すなわち、肥料の全重量から非肥料成分の重量を引いた重量と同値)において、50%重量以上を占める成分のことである。例えば、10kgの肥料であって、非肥料成分が6kg、硫酸カリウム(カリ)が3kg、硫酸アンモニア(窒素)が1kgからなる肥料の場合は、肥料成分の全重量は4kgであり、3kgを占める硫酸カリウム(カリ)は3/4(75%)となり主成分となる。単一肥料を主成分として含有する養液を三次元構造体2に含めることによって、植物体3が必要とする成分を的確に供給することができ、他の成分の過剰な供給を回避することができる。また、単一肥料を主成分とする養液を利用することによって、上記養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5により、養液中の主成分の濃度変化を明確に検出することができ、また追加に際しては、当該主成分を追加すれば良く、他の成分を追加する無駄を回避することができる。それぞれ別個の単一肥料を主成分として含有する養液を含む三次元構造体2を複数種組み合わせて備える植物栽培システム1を用いることによって、定植された植物体3に対して生育に必要とされる複数種の成分を供給することも可能である。
【0055】
本発明の植物栽培システム1はさらに、少なくとも三次元構造体2を収容する収容部を備えても良い。一の収容部に対して、一または複数の三次元構造体2を収容することができる。収容部はさらに貯水部4や養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー5を収容しても良い。植物栽培システム1において三次元構造体2などを収容部に収容することによって、植物栽培システム1の操作が容易になる。
【0056】
収容部の形状は、シート状、プレート状、フィルム状、トレー状、容器状等(これらに限定されない)いずれの形状であっても良く、植物栽培システム1の用途や規模に応じて適宜選択することができる。収容部はいずれの材料で形成されていても良く、植物栽培システム1の用途や規模に応じて適宜選択することができ、例えば、不織布、多孔質材、木材、金属、ガラス、セラミック、石材、樹脂およびそれらの組み合わせ(特にこれらに限定されない)より形成され得る。また、収容部は防水性を備えていても良い。収容部が防水性を備えることによって、植物栽培システム1内の水分が外部環境へと漏出することを防ぎ、かつ外部環境の水分が植物栽培システム1内に侵入してくるのを防ぐことができる。これにより当該システム1からの排水(特に肥料成分などの化学物質を含有する養液を含む)が外部環境に流出しないために、当該外部環境の汚染を防ぐことができ、また逆に当該外部環境の汚染(例えば、土壌汚染およびウイルスや細菌などの感染)から当該システム1を保護することができる。防水性は収容部が疎水性材料(例えば金属、ガラス、セラミック、石材、樹脂およびそれらの組み合わせ等)から構成されるか、または覆われることによって付与することができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の植物栽培システムは親水性フィルムを備える三次元構造体を少なくとも2つ以上備え、植物体をその親水性フィルム表面に密着させて栽培することができ、かつ当該植物体を栽培するために必要とされる養液を当該三次元構造体の内部に保持することができる。これにより、本発明の植物栽培システムは植物体に対して親水性フィルムを介して少なくとも2種以上の養液を供給することができ、また養液中の肥料成分の濃度変化を個別に計測・管理でき必要に応じて各肥料成分を個別に追肥することができる植物栽培システムである。これらの特徴から、本発明の植物栽培システムは植物体を効率的かつ安定して生育させることができ、植物栽培の新たなシステムとして期待される。
【符号の説明】
【0058】
1植物栽培システム
2三次元構造体
3植物体
4貯水部
5養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性フィルムを備える三次元構造体を少なくとも2つ以上備える植物栽培システムであって、組成の異なる少なくとも2種以上の養液を、それぞれ別個の該三次元構造体の内部に含む、上記植物栽培システム。
【請求項2】
三次元構造体が親水性フィルムからなるチューブ構造を有し、その内腔に養液を含む、請求項1記載の植物栽培システム。
【請求項3】
三次元構造体に養液を供給する貯水部を備える、請求項1または2記載の植物栽培システム。
【請求項4】
養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサーを備える、請求項1〜3のいずれか1項記載の植物栽培システム。
【請求項5】
養液中の肥料成分の濃度変化を検出するためのセンサーがECセンサーである、請求項4記載の植物栽培システム。
【請求項6】
養液の少なくとも1種が、単一肥料を主成分とする養液である、請求項1〜5のいずれか1項記載の植物栽培システム。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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