説明

構造体、細胞測定方法および細胞測定装置

【課題】 細胞接着面における細胞の接着性を制御するとともに、細胞の観察や計測での悪影響を抑制する手段を提供する。
【解決手段】 構造体は、培養液に浸されて使用されるとともに、培養対象の細胞が付着可能な細胞接着面を有する。この細胞接着面は、細胞の接着性を制御するために複数の微細な突起が連続的に形成された凹凸部を有するとともに、凹凸部が光透過性を有する非晶質フッ素樹脂で形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の培養で用いられる構造体とその周辺技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、細胞の培養を行うときに、培養容器等の細胞接着面に微細加工を施して細胞との接着性を調整することで、例えば、三次元的な細胞組織(スフェロイドなど)や、細胞アレイや、神経細胞を用いた細胞回路などを形成することが検討されている。一例として、特許文献1には、微小なハニカム構造を有するフィルムを基材としてスフェロイドを培養する技術が開示されている。
【特許文献1】特開2002−335949号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上述の従来技術では、細胞接着面上の細胞を観察するときに、培養液の屈折率と培養容器等の屈折率との違いから細胞接着面の微細加工によって観察光に屈折が生じ、細胞の観察や計測の妨げとなる点で改善の余地があった。
【0004】
そこで、本発明は、細胞接着面における細胞の接着性を制御するとともに、細胞の観察や計測での悪影響を抑制する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一の態様の構造体は、培養液に浸されて使用されるとともに、培養対象の細胞が付着可能な細胞接着面を有する。この細胞接着面は、細胞の接着性を制御するために複数の微細な突起が連続的に形成された凹凸部を有するとともに、凹凸部が光透過性を有する非晶質フッ素樹脂で形成されている。
【0006】
上述した一の態様の構造体は、底面部に細胞接着面を含む培養容器であってもよく、あるいは一方の面に細胞接着面が形成された平面状の部材であってもよい。なお、上述した一の態様の構造体に関して、照明光が照射された細胞接着面上の細胞の画像を取得する細胞測定方法または細胞測定装置の構成も、本発明の具体的態様として有効である。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、細胞の接着性を制御するための凹凸部が光透過性を有する非晶質フッ素樹脂で形成され、細胞の観察や計測のときに凹凸部での光の屈折が大幅に抑制される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
<一の実施形態の説明>
図1は、一の実施形態での培養容器の構成例を示す図である。一の実施形態では、例えばスフェロイドなどの三次元的な細胞組織の培養に適した培養容器の例である。
【0009】
培養容器10の全体形状は、上面が開口された円筒形状となっている。この培養容器10は、例えば透明なガラスやプラスチックなどの材料で形成される。そして、培養容器10には、液体培地12とともに培養対象の細胞13(一例として幹細胞や株化細胞など)が収容される。
【0010】
培養容器10の底面部10aの中央部分は、光透過性を有する非晶質フッ素樹脂でコートされている。そして、この非晶質フッ素樹脂の層の上面には、細胞13が付着可能な細胞接着面11が形成されている。ここで、非晶質フッ素樹脂は、可視光線の透過率が95%を超えるとともに、水の屈折率(1.33)と非常に近似した屈折率(1.34)であるという光学特性を有している。なお、一の実施形態では、非晶質フッ素樹脂として旭硝子株式会社製のサイトップ(登録商標)を用いている。
【0011】
また、細胞接着面11には、細胞13の接着性を制御するための凹凸部が形成されている。図2、図3は、細胞接着面11の凹凸部の構成の一例を示す図である。一の実施形態での細胞接着面11には、針状の微細な突起14が一定のパターンで連続的に形成されており、各々の突起14とその隙間とが凹凸部をなしている。
【0012】
また、細胞接着面11の凹凸部のピッチは、培養対象の細胞13のサイズよりも十分に小さく設定される。例えば、細胞13のサイズが100μm程度の場合には、凹凸部のピッチは0.1μmから10μm程度に設定される(なお、図面では細胞13および突起14のサイズをディフォルメして示している)。
【0013】
また、細胞接着面11の凹凸部は、例えば、培養容器10に非晶質フッ素樹脂を塗布してから、ホットエンボス加工で型の形状を転写して形成することができる。また、プラズマエッチングにより、非晶質フッ素樹脂の層に凹凸部を形成してもよい。あるいは、射出成形やホットエンボス加工によって、上記の細胞接着面11を片面に有する非晶質フッ素樹脂の平面状のシート15を形成し、この非晶質フッ素樹脂のシート15を培養容器10の底面10aに固着してもよい(図4参照)。
【0014】
なお、図2、図3に示した細胞接着面11の凹凸部のパターンや形状はあくまで一例であり、その構成は適宜変更することが可能である。例えば、細胞接着面11の突起14が隔壁状に連続するとともに、隔壁で仕切られた凹部がハニカム状、格子状などのパターンで配列されるようにしてもよい。また、細胞接着面11の突起14のテーパーの大きさを適宜調整してもよい(これらの場合の図示はいずれも省略する)。
【0015】
一の実施形態では、細胞接着面11に凹凸部を形成することで、培養容器10の表面が平坦な場合と比べて細胞が付着しにくくなる。その結果、培養する細胞13が細胞接着面11の上方に凝集し易くなることから、スフェロイドなどの三次元的な細胞組織の培養が容易となる。
【0016】
また、細胞接着面11の凹凸部(14)は非晶質フッ素樹脂で形成されているため、液体培地12と凹凸部(14)との界面では光の屈折率がほぼ同一となる。したがって、細胞13を光学観察するときには、細胞接着面11の凹凸部での光の屈折が著しく少なくなることから、細胞接着面11の凹凸部はほとんど視認できなくなる。そのため、細胞13の観察や計測のときには、培養容器10の凹凸部が細胞の背景に写り込まなくなり、培養対象の細胞13の状態をより的確に把握することが可能となる。
【0017】
<一の実施形態の変形例>
図5、図6は、培養容器10における細胞接着面11の構成の別例を示す図である。この図5、図6の例は、細胞アレイの形成に適した細胞接着面11の例である。
【0018】
図5、図6の例では、培養容器10の細胞接着面11は、上述の例と同様に非晶質フッ素樹脂の層の上に形成されるとともに、各々で細胞の付着性が異なる第1領域21と第2領域22とが形成されている。細胞接着面11の第1領域21はその表面が平坦に形成されており、相対的に細胞13の付着性が高く設定されている。図5では、簡単のため、第1領域が4×4の配列をなしている例を図示する。また、各々の第1領域21には、表面処理を施すことで細胞13の付着性を一層向上させてもよい。例えば、第1領域21に電荷を持った高分子被膜(例えばポリリジンのコーティングなど)を形成し、第1領域21における蛋白質の吸着を高めることで細胞13の付着性を向上させてもよい。あるいは、第1領域21にプラズマ照射を行って、親水性を付与することで細胞13の付着性を向上させてもよい。
【0019】
一方、細胞接着面11の第2領域22には上述の凹凸部(14)が形成されており、第1領域21よりも細胞13の付着性が低くなるように設定されている(図6参照)。図5、図6の例での第2領域22は第1領域21を取り囲むように形成されている。この図5、図6の例では、アレイ状に配置された各々の第1領域21に細胞13が付着し易くなるため、培養容器10内に細胞アレイを形成することが容易となる。
【0020】
図7は、培養容器10における細胞接着面11の構成のさらなる別例を示す図である。この図7の例は、上述の図5、図6の変形例であって、細胞回路の形成に適した細胞接着面11の例である。
【0021】
図7の例では、培養容器10の細胞接着面11は、上述の例と同様に非晶質フッ素樹脂の層の上に形成されるとともに、細胞接着面11の第1領域は、所望の回路パターンをなすように形成されている。そして、第1領域の各ノード21a(端点や交点の部分)に神経細胞などを播種すると、神経細胞の軸索や樹状突起は各ノードを繋ぐ通路21bに沿って延びやすくなる。そのため、図7の例では、接着性の制御によって各ノード21aの神経細胞の接続を調整でき、培養容器10内に所望のパターンの細胞回路を形成することが容易となる。例えば、神経細胞と心筋拍動細胞とを通路21bで接続されたノード21a上にそれぞれ播種すれば、神経細胞と心筋拍動細胞とを含む細胞回路を形成できる。
【0022】
また、上述の図5から図7の例では、いずれも第2領域22の凹凸部が非晶質フッ素樹脂で形成されているため、図1から図4に示す一の実施形態の例と同様に、培養容器10の凹凸部が細胞の背景に写り込まなくなり、培養対象の細胞13の状態をより的確に把握できる。
【0023】
<他の実施形態の説明>
図8は、他の実施形態での顕微鏡の構成例を示す図である。この他の実施形態は、上述した各種の培養容器10で培養される細胞を顕微鏡で観察する例である。顕微鏡40は、光源41と、照明光学系42と、共焦点光学系43と、撮像装置44と、ステージ45と、ステージ駆動部46と、シフト機構47と、コントローラ48と、操作部49と、表示部50とを備えている。なお、図8では、顕微鏡と外部装置(コンピュータなど)との接続の有無については図示していないが、外部装置と接続可能な顕微鏡であってもよい。
【0024】
光源41は、例えばレーザー光を照射するレーザー光源で構成される。照明光学系42は、例えばコンデンサレンズからなる。光源41および照明光学系42は、共焦点光学系43の側方に位置し、後述するビームスプリッタ57から側方に延びる光軸L1上に配置される。
【0025】
共焦点光学系43は、被検物となる培養容器10から上方に延びる光軸L2上に、培養容器10側から、対物レンズ系55、ピンホールディスク56、ビームスプリッタ57、リレーレンズ系58の順で配置される。
【0026】
対物レンズ系55は、ピンホールディスク56の共焦点ピンホールを通過した光を、ステージ45に載置された培養容器10に共焦点ピンホールの像(点像)として集光照射する。培養容器10に集光照射された共焦点ピンホールの像は、培養容器10の底面部または細胞の表面で反射される。そして、対物レンズ系55は、上記の反射光を再び集光することで、ピンホールディスク56の下面に培養容器10の底面部または細胞の表面の像を生成する。
【0027】
ピンホールディスク56は、光を透過する共焦点ピンホール(図示省略)が多数螺旋状に配列された薄い円盤からなる。ピンホールディスク56は、ビームスプリッタ57で反射された光を遮るように、共焦点光学系43の光軸L2に対して直交して配置されている。ピンホールディスク56は、モータ60により所定の回転速度で回転され、共焦点ピンホールを透過した光のみが、対物レンズ系55に向けて照射される。
【0028】
ビームスプリッタ57は、照明光学系42からの照明光のうち、特定の偏光成分の光を透過させるとともに、残りの偏光成分を反射する。このビームスプリッタ57で反射された偏光成分の光は、ピンホールディスク56の上面に照射される。また、ビームスプリッタ57は、ピンホールディスク56の共焦点ピンホールを通過した反射光を透過させて、リレーレンズ系58に照射する。なお、図8の例では、ビームスプリッタ57を配置しているが、ビームスプリッタ57の代わりにハーフミラーを配置することも可能である。リレーレンズ系58は、ビームスプリッタ57を透過した反射光を集光し、撮像装置44の撮像面に共焦点ピンホールの像を結像させる。
【0029】
撮像装置44は、リレーレンズ系58の像面位置に設けられる。撮像装置44は、例えばCCDやCMOSなどの二次元の撮像素子から構成される。ステージ45は、培養容器10を所定位置に保持した状態で、共焦点光学系43の焦点近傍位置に配置される。
【0030】
ステージ駆動部46は、光軸L2方向にステージ45を移動させるとともに、光軸L2と直交する面上でステージ45を移動させる。シフト機構47は、対物レンズ系55を光軸L2方向に移動させる。コントローラ48は、顕微鏡40の各部を制御する。操作部49は、顕微鏡40における観察条件の入力操作等のときに操作される。表示部50は、例えばLCDからなり、撮像装置44によって撮像される画像や、観察条件の設定などを行う際の画像を表示する。
【0031】
顕微鏡40において、光源41からの照明光のうちで所定の偏光成分の光は、ビームスプリッタ57で反射された後に、所定の速度で高速回転しているピンホールディスク56上に照射される。これにより、ピンホールディスク56に形成された共焦点ピンホールを通過した光のみがスポット光として培養容器10をスキャンすることとなる。
【0032】
そして、共焦点ピンホールを通過した培養容器10の反射像(共焦点像)を撮像装置44で撮像することで、培養容器10の各部の高さ情報を含んだ共焦点画像を得ることができる。すなわち、共焦点光学系43では、培養容器10が対物レンズ系55の焦点面の高さ位置にあるときに、反射光がピンホールディスク56のピンホール形成面に結像し、反射光のほぼ全量が透過光となって共焦点ピンホールを通過する。一方、共焦点光学系43において、培養容器10が対物レンズ系55の焦点面の高さ位置からわずかでも外れると、反射光はピンホール形成面に結像せず、その一部しか共焦点ピンホールを通過することができない。このため、培養容器10および共焦点光学系43の少なくとも一方を光軸L2方向に変位させることで、培養容器10の表面に対する焦点面の高さを相対変位させるとともに、ピンホールディスク56を介して撮像装置44で検出された反射光の強度が最大となる高さ位置を求めることで、被検物各部の光軸方向の位置を高精度に検出できる。
【0033】
この他の実施形態の顕微鏡40では、上述した培養容器10の構成により、細胞接着面における凹凸部が細胞の背景に写り込まないので、観察時または測定時において培養対象の細胞の状態をより的確に把握できる。
【0034】
<実施形態の補足事項>
(1)上記の実施形態において、培養容器10全体を非晶質フッ素樹脂で形成し、培養容器10の底面に細胞接着面の凹凸部を直接形成するようにしてもよい。
【0035】
(2)また、本発明の構造体は培養容器に用いるものに限定されず、例えば、マイクロ総合分析システム(Micro Total Analysis Systems:μTAS)のマイクロ流路内で細胞を培養する場合などにも応用することが可能である。
【0036】
(3)図8では、共焦点光学系を有する顕微鏡の構成例を説明したが、例えば、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、蛍光顕微鏡などの他の顕微鏡を用いて観察を行うものでもよい。これらの他の顕微鏡の場合も上述の他の実施形態とほぼ同様の効果を得ることができる。なお、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡、蛍光顕微鏡の構成はいずれも周知であるため、その詳細な説明は省略する。
【0037】
以上の詳細な説明により、実施形態の特徴点および利点は明らかになるであろう。これは、特許請求の範囲が、その精神および権利範囲を逸脱しない範囲で前述のような実施形態の特徴点および利点にまで及ぶことを意図する。また、当該技術分野において通常の知識を有する者であれば、あらゆる改良および変更に容易に想到できるはずであり、発明性を有する実施形態の範囲を前述したものに限定する意図はなく、実施形態に開示された範囲に含まれる適当な改良物および均等物によることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】一の実施形態での培養容器の構成例を示す図
【図2】細胞接着面の凹凸部の構成の一例を示す平面図
【図3】細胞接着面の凹凸部の構成の一例を示す縦断面図
【図4】平面状のシートを用いて細胞接着面を形成する例を示す図
【図5】培養容器における細胞接着面の構成の別例を示す平面図
【図6】培養容器における細胞接着面の構成の別例を示す縦断面図
【図7】培養容器における細胞接着面の構成の別例を示す平面図
【図8】他の実施形態での顕微鏡の構成例を示す図
【符号の説明】
【0039】
10…培養容器、11…細胞接着面、12…液体培地、13…細胞、14…突起、15…シート、40…顕微鏡


【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養液に浸されて使用されるとともに、培養対象の細胞が付着可能な細胞接着面を有する構造体であって、
前記細胞接着面は、前記細胞の接着性を制御するために複数の微細な突起が連続的に形成された凹凸部を有するとともに、前記凹凸部が光透過性を有する非晶質フッ素樹脂で形成されていることを特徴とする構造体。
【請求項2】
前記構造体は、底面部に前記細胞接着面を含む培養容器であることを特徴とする請求項1に記載の構造体。
【請求項3】
前記構造体は、一方の面に前記細胞接着面が形成された平面状の部材であることを特徴とする請求項1に記載の構造体。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の構造体の細胞接着面に対して照明光を照射し、
前記照明光が照射された前記細胞接着面上の細胞の画像を取得することを特徴とする細胞測定方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の構造体と、
前記構造体の細胞接着面に対して照明光を照射する照明部と、
前記照明光が照射された前記細胞接着面上の細胞の画像を取得する画像取得部と、
を備えることを特徴とする細胞測定装置。
【請求項6】
培養液中に浸された培養対象の細胞を収容する培養容器であって、
前記培養容器の底面には相対的に前記細胞の接着性の高い第1領域と、前記第1領域に対して前記細胞の接着性の低い第2領域とが形成され、
前記細胞の接着性を制御するために複数の微細な突起が連続的に形成された凹凸部を有するとともに、光透過性を有する非晶質フッ素樹脂で前記凹凸部が形成された構造体を、前記第2領域に備えることを特徴とする培養容器。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−63429(P2010−63429A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−234886(P2008−234886)
【出願日】平成20年9月12日(2008.9.12)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】