説明

標的指向性リガンドとしての5−アミノレブリン酸の使用

【課題】製造コストも安く、加工工程も簡便でありエンジニアリングが行いやすい小分子化合物をリガンドとして用いる、標識もしくは抗腫瘍剤の提供。
【解決手段】5−アミノレブリン酸を有効性成分とする標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーに腫瘍細胞に対する標的指向性を付与するための調製物またはコンジュゲート。標識としては、腫瘍の診断に用いられることが知られている標識化合物であって、5−アミノレブリン酸のカルボキシル基を介して共有結合を形成して当該標識能を維持したままコンジュゲートを形成できる化合物を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、5−アミノレブリン酸(以下、「5ALA」と略称する場合あり)の腫瘍細胞に対する標的指向性リガンドとしての使用、または5−アミノレブリン酸と標識または抗腫瘍剤のコンジュゲートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性腫瘍(がん)は、現在、日本の死亡率の第一位となっており、死因全体の約30%を占めている。がん治療には、外科療法、放射線療法、化学療法が三大療法として上げられる。その中の一つである化学療法は抗がん剤を投与することによる全身的な悪性腫瘍、白血病、悪性リンパ腫、転移癌等の治療法であり、抗がん剤を静脈注射、もしくは経口投与により血液を通り全身に運び、がん細胞を攻撃する。しかし同時に、正常細胞にも作用し、嘔気、嘔吐、脱毛、疲労感や心臓、膀胱、肺、神経系の細胞にも障害を与えるといった重篤な有害事象がもたらされる結果、治療が中断される事になる。
【0003】
有害事象を軽減させる一方法として、ドラッグデリバリーシステムによる腫瘍選択的な薬剤の送達が提案されてきた。具体的には抗体医薬やアプタマー・ペプチドといったバイオ製剤及び糖や葉酸といった小分子化合物を腫瘍指向性リガンドとして用いたドラッグデリバリーシステムの開発が行われている。
【0004】
このような抗体・アプタマー及びペプチドといったバイオ製剤を用いる場合、製造コストが高いことや構造が複雑及び不安定であるため上記のシステム開発に応用する際の加工過程における活性の失活、及び加工工程が煩雑であるといった問題点も多い。これらのバイオ製剤に対し、小分子化合物をリガンドとして用いた場合、製造コストも安く、加工工程も簡便でありエンジニアリングが行いやすいという利点がある。しかしながらこれら小分子化合物のリガンドとしてこれまで報告されているのはガラクトースやグルコースといった糖及び葉酸等であり、数少ない。標的指向性または選択性の高いドラッグデリバリーシステムの開発に応用できるリガンドに求められる条件に効率と選択性がある。効率(efficiency)は標的に対し多くの量の薬剤を導入する能力であり、選択性(specificity)は標的に対し選択的に薬剤を導入する能力である。例えば、正常細胞と比較した場合、標的としている癌細胞に優先的に導入する能力がこれにあたる。
【0005】
したがって、上記の糖または葉酸等と同等な腫瘍指向性及び腫瘍細胞への取り込み効率を示す小分子化合物リガンドに対するニーズは依然として存在する。
【発明の概要】
【0006】
5ALAから合成されたプロトポルフィリン(PpIX)は種々の腫瘍細胞内で蓄積することが分かっており、PpIXはその蛍光発光を利用した癌の切除手術に用いられている。このPpIXの集積は癌特有の代謝障害により起こっていると報告されているが、本発明者等は腫瘍細胞内でPpIXの高度な蓄積が代謝障害だけでなく5ALAの癌細胞への優先的な取り込みが生じているのではないかと考えた。こうして、本発明者等は腫瘍を優先的に認識する分子としてヘモグロビンの前駆体である5ALAに着目し、癌細胞における5ALAの取り込み促進の可能性について検討を行った。その結果、5ALAが腫瘍細胞に対し高い指向性または選択性を有し、かつ、効率よく導入されることが確認できた。
【0007】
したがって、本発明はこうした知見に基づいて完成されたものであって、5−アミノレブリン酸を有効性成分とする標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーに腫瘍細胞
に対する標的指向性を付与するための調製物またはコンジュゲートが提供される。
【0008】
または別の態様の本発明として、5−アミノレブリン酸と標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーとを共有結合せしめることを特徴する腫瘍細胞に対する標的指向性のコンジュゲートの製造方法が提供される。
【発明の詳細な説明】
【0009】
本発明にいう、標識としては、腫瘍の診断に用いられることが知られている標識化合物であって、5ALAのカルボキシル基を介して共有結合を形成して当該標識能を維持したままコンジュゲートを形成できる有機または有機金属化合物を挙げることができる。かような化合物の具体的なものとしては、限定されるものでないが、例えば、非環式リガンドに由来するもの、例えば、ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DTPA)、エチレングリコール−0,0’−ビス(2−アミノエチル)−N,N,N’,N’−テトラ酢酸(EGTA)、N,N’−ビス(ヒドロキシベンジル)エチレンジアミン−N,N’−ジ酢酸(HBED)およびトリエチレンテトラアミンヘキサ酢酸(TTHA)、置換DTPAに由来するもの、例えば、p−イソチオシアネート−ベンジル−DTPAに由来するもの、巨大環式リガンドに由来するもの、例えば、1,4,7,10−テトラ−アザシクロドデカン−N,N’,N”,N'”−テトラ酢酸(DOTA)および1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカン−N,N’,N”,N'”−テトラ酢酸(TETA)、または1,4,7,10−テトラアザシクロトリデカン−N,N’,N”,N'”−テトラ−酢酸(TITRA)に由来するものを挙げることができる。
【0010】
また、抗腫瘍剤としては、アクチノマイシンD、アクラルビシン、アザシチジン、アミノグルテチミド、アムサクリン、アロプリノール、アントラサイクリン、アンドロゲン、アンドロゲン ビカルタミド、アンドロゲン抗アンドロゲン、イダルビシン、イホスファミド、イマチニブ、イリノテカン、インターフェロン、インターフェロンアルファ、インターロイキン−2、ウベニメクス、エストロゲン、エトポシド、エノシタビン、エピルビシン、オキサリプラチン、カペシタビン、カルボコン、カルボプラチン、カルムスチン、クラドリビン、クラリスロマイシン、クロラムブシル、ゲフィチニブ、ゲムシタビン、ゴセレリン、サリドマイド、シクロホスファミド、シスプラチン、シタラビン、シプロヘプタジン、ジノスタチンスチマラマー、ストレプトゾシン、ダウノルビシン、ダカルバジン、チオグアニン、テガフール、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム、テニポシド、デキサメタゾン、トポテカン、トリプトレリン、ドキシフルリジン、ドキソルビシン、ニムスチン、ネオカルチノスタチン、ネダプラチン、バルルビシン、パクリタキセル、ビカルタミド、ビンクリスチン、ビンデシン、ビンブラスチン、ピラルビシン、フルオロウラシル、フルタミド、フルダラビン、フルベストラント、フロクスウリジン、ブレオマイシン、プリカマイシン、プレドニゾン、プロカルバジン、プロゲスチン、ペプロマイシン、ペメトレキセド、ペントスタチン、ポルフィマーナトリウム、マイトマイシン、ミトキサントロン、メスナ、メチセルジド、メトトレキサート、メラシン、メルカプトプリン、メルファラン、ラニムスチン、リュープロライド、レンチナン、ロイコボリン、ロムスチンを挙げることができる。
【0011】
さらに、キャリアーとしては、上記標識化合物または抗腫瘍剤を腫瘍細胞に対してデリバリーする際に使用することができるそれ自体公知のキャリア−分子、例えば、ミセル、リポソーム、デキストラン、CMCなどの多糖、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドンなどの水溶性高分子、ナノゲル、金コロイドを挙げることができる。
【0012】
本願発明にしたがう、標的指向性を付与するための調製物には、5ALAそれ自体が有効成分として含まれていてもよいが、5ALAのアミノ基がペプチド合成の際に常用され
ているようなアミノ保護基、例えば、C1−4低級アルカノイル基、ベンジルオキシカルボニル、t−ブトキシカルボニル基等により保護され、及び/またはカルボキシル基が酸無水物、N−ヒドロキシスクシンイミジルエステル等の活性型に転化されている化合物として含まれていてもよい。また、腫瘍細胞に対する標的指向性を付与するためのコンジュゲートは、これらの標識化合物もしくは抗腫瘍剤またはそのキャリアーと5ALAとが、5ALAのカルボキシル基を介して、前者に当該カルボキシル基と共有結合を形成し得る官能基、例えばアミノ基、ヒドロキシル基、チオール基等が存在する場合には、そのような官能基をそのまま、また必要により、そのような官能基またはそのような官能基を担持するスペーサー(例えば、グリシン、2−アミノエタノール、メルカプトエタノール、3−メルカプトプロピオン酸、2−アミノエタンチオール)を導入した誘導体の当該官能基との共有結合を形成するのとにより形成することができる。
【0013】
したがって、本発明によれば、5ALAと、標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーとの共有結合の形成は、5ALAのカルボキシル基またはその活性化された化合物と標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーの、例えばアミノ基、ヒドロキシル基、チオール基等、また別に、当該標識等に例えばアミノ基、ヒドロキシル基、等またはかような官能基を担持するスペーサーを導入した官能基とをそれ自体公知の縮合または付加反応により実施できる。このような共有結合は、例えば,必要により、N,N’−ジシクロヘキシルカルボジイミド、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸等の縮合剤を用いて、反応に不活性な溶媒、例えば、塩化メチレン、N,N−ジメチルホルムアミド中で、必要により加熱下に当該共有結合が形成される時間反応させることにより形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例による、5ALAと蛍光試薬とのコンジュゲート(ALA−FL)と、5−アミノ吉草酸(以下、「5AVA」と略記する場合あり)と蛍光試薬とのコンジュゲート(AVA−FL)の癌細胞(RGK−1)に対する取り込み効率を比較するグラフ表示である。
【図2】実施例による、ALA−FL及びAVA−FLの正常細胞に対する癌細胞への取り込み選択性を示すグラフ表示である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、具体例を用いて本発明をより具体的に説明するが、本発明を当該説明に限定することを意図するものでない。
【実施例】
【0016】
(1)5ALAの腫瘍細胞に対する導入効率と選択性を評価するため、ALAに蛍光試薬を縮合反応し標識した。また比較実験を行うため、類似物質である5−アミノ吉草酸(AVA)にも蛍光試薬の標識を行った。
【0017】
標識する際に用いた、5ALA、5AVA及び蛍光試薬は、それぞれ順に下記の式で表される。
【0018】
【化1】

【0019】
また、標識は、下記の合成スキームに従って行った。
【0020】
【化2】

【0021】
5アミノレブリン酸(化合物1)(コスモ石油株式会社)を1.0g(7.62mmol)、1N水酸化ナトリウム水溶液(Wako)を30ml、1,4−Dioxane(Wako)を50ml、Di−ter−butyl Pyrocarbonate(東京化成株式会社)を1.95g(11.4mmol)入れ、60℃で8時間攪拌する。1,4−Dioxane(Wako)を2−プロパノール(関東化学株式会社)を加え共沸させ、エバポレーターにより揮発させる。その後アセトンを加え、塩をろ紙によりろ過し、エバポレーターにより濃縮を行う。その後シリカカラム(Wako)により展開溶媒であるクロロホルム(Wako)、メタノール(Wako)を加え(クロロホルム:メタノール=100:2)、化合物2を精製した。次に、化合物2を500mg(2.16mmol)、N,N−ジメチルホルムアミド(関東化学株式会社)を50ml、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸(東京化成株式会社)を414mg(2.16mmol)、4−Aminofluorescein(東京化成株式会社)を500mg(1.44mmol)、4−ジメチルアミノピリジン(Wako)を17mg(0.14mmol)加え、40℃、48時間攪拌する。攪拌後、クロロホルムを塩化ア
ンモニウム(Wako)、炭酸水素ナトリウム(Wako)、塩化ナトリウム水溶液(Wako)の順に分液を行い、クロロホルム層を回収した。回収したクロロホルムに硫酸ナトリウム(関東化学株式会社)を加え、水を除去した後、エバポレーターにより濃縮を行った。分液後、シリカカラム(Wako)により展開溶媒(クロロホルム−メタノール=100:2)を用いて精製を行い化合物3が得られた。化合物3を300mgにHydrogen Chloride(東京化成工業株式会社)を10ml加え3時間攪拌し、脱保護を行い、化合物4を得た。
【0022】
(2)5ALAの腫瘍細胞に対する取り込み効率の評価
上記の5ALAおよび5AVAの蛍光標識ラベル体を用いて、ALAの腫瘍細胞に対する導入効率と選択性を評価した。
【0023】
細胞としては正常細胞としてRGM−1(ラット正常胃粘膜上皮細胞、理研セルバンクRCB0876)を用い、癌細胞としてはRGK−1(RGM−1癌化細胞:この細胞は、筑波大学大学院人間総合科学研究科臨床医学系疾患制御医学専攻消化器病態医学分野講師の松井裕史博士より、試験研究に使用することを目的とすることを条件として入手できる)を用いた。
【0024】
まず、5ALAが癌細胞に対してどの程度効率よく取り込まれるか評価を行った。癌細胞であるRGK−1に対し、5ALAの蛍光ラベル体(ALA−FLと略す)およびコントロール化合物である5AVAの蛍光ラベル体(AVA−FLと略す)を添加し、取り込み効率をフローサイトメーターにより評価した(ALA−FL、AVA−FLをそれぞれ、PBSに溶かし、62.1μMの溶液を作製する。RGK−1細胞を24 well細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON)に1×10 cell/wellの濃度で細胞を播く。培地は450μl入れる。それぞれのサンプルを50μl滴下し、1分ごとに測定を行う。測定にはフローサイトメーター(Guava EasyCyto mini)を使用した。Count数を5000カウントとし、全体の蛍光強度の算術平均値を基に細胞に導入された各サンプルの量を解析した。)。結果を図1に示す。
【0025】
図1に示されるとおり、5ALAをリガンドとして使用すると、コントロール化合物である5AVAをリガンドとして使用した場合に比べて、効率よく癌細胞に相当するコンジュゲーテが取り込まれていることがわかった。特筆すべきことは、5ALAと5AVAの構造の違いはカルボニル基の有無だけであるが、そのわずかな違いによってこの様な取り込み効率の違いが見えたことである。このことは5ALAの構造が癌細胞に効率よく蛍光物質を導入している要因であることを示している。
【0026】
(3)5ALAの腫瘍細胞への取り込み選択性評価
5ALAの細胞取り込みの選択性を評価した。正常細胞(RGM1)及び腫瘍細胞(RGK1)にALA−FL及びAVA−FLを添加し、3分後に各細胞を回収し、各物質のRGM1及びRGK1における取り込み量をフローサイトメーターを用いて評価した(ALA−FL、AVA−FLをそれぞれ、PBSに溶かし、62.1μMの溶液を作製する。RGM−1、RGK−1細胞を24 well細胞培養用マルチウェルプレート(FALCON)にそれぞれ1×10 cell/wellの濃度で細胞を播く。培地は450μl入れる。それぞれのサンプルを50μl滴下し、1分ごとに測定を行う。測定にはフローサイトメータ(Guava EasyCyto mini)を使用した。Count数を5000カウントとし、全体の蛍光強度の算術平均値を算出した。)。結果を図2に示す。
【0027】
図2より5AVAを蛍光ラベルした化合物(AVA−FL)は正常細胞と比較した場合、癌細胞に約3倍多く取り込まれていたが、5ALAを蛍光ラベルした化合物(ALA−
FL)は癌細胞に約10倍多く取り込まれていた。このことからALA−FLは癌細胞への選択性がAVA−FLと比較して有意に高いことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、例えば、癌細胞への標識化合物や抗腫瘍剤の効率のよいデリバリーの手段を提供できるので、医薬製造業等で利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5−アミノレブリン酸を有効性成分とする標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーに腫瘍細胞に対する標的指向性を付与するための調製物またはコンジュゲート。
【請求項2】
5−アミノレブリン酸と標識もしくは抗腫瘍剤またはこれらのキャリアーとを共有結合せしめることを特徴する腫瘍細胞に対する標的指向性のコンジュゲートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−144125(P2011−144125A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5160(P2010−5160)
【出願日】平成22年1月13日(2010.1.13)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】