説明

樹脂潤滑用グリース組成物及び減速装置

【課題】 室温のみならず高温雰囲気下の中でも低い摩擦係数を示し、かつ樹脂ギア等の寿命を大幅に延命させることができる樹脂潤滑用グリース組成物、このグリース組成物を封入した減速装置を提供すること。
【解決手段】 増ちょう剤と基油を含み、添加剤として粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有する樹脂潤滑用グリース組成物及びこれを封入した減速装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂潤滑用グリース組成物に関し、特に、摩擦力の低減を目的とした樹脂潤滑用グリース組成物であって、例えば自動車用の電動パワーステアリング(EPS)に使用するのに好適なグリース組成物、並びに該グリース組成物を封入した減速装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電動パワーステアリングの減速機構は鋼製のウォームギアと樹脂製のホイールから構成される。ホイールの樹脂としては通常は、ポリアミド(ナイロン)が使用され、潤滑形態は鋼と樹脂との滑りである。このような潤滑機構部品としては他にワイパーモーター用減速機やドアロック用アクチュエーター、パワーウィンドモーター等があり樹脂材にはエンジニアリングプラスチックが使用されている。
潤滑剤にはBa複合石けんを増ちょう剤とし、ポリαオレフィンを基油としたグリースが使用されているが潤滑性および耐久寿命で必ずしも満足されていない。今後、自動車、電化製品、精密機器などでエンジニアリングプラスチックの使用量増加が見込まれ、これに伴い、鋼−樹脂の組み合わせによる滑り潤滑および転がり滑り潤滑が増えると予想される。
【0003】
樹脂ギアの破損は、その殆どが摩擦熱により樹脂材が軟化して摩耗が進行し寿命に至る。特に高温雰囲気では雰囲気温度も加わるため摩擦熱による影響は非常に大きい。鋼−樹脂の組み合わせによる潤滑のメカニズムは現在のところあまり解明されておらず、鋼−鋼で代表される反応型添加剤では摩擦係数の低減効果が見られないことからPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などの軟らかい樹脂系添加剤や油性剤などにより摩擦抵抗を緩和する方法が多く取られている。
特許文献1には、脂肪酸金属石けんを増ちょう剤として摩擦係数を低減させたグリース組成物の例が記載されているが、充分な低摩擦係数効果は得られていない。また、特許文献1には、OH基を含まない脂肪酸金属石けんの実施例はなく、OH基を含まない脂肪酸金属石けんを、粉末状でグリースの添加剤として使用された例は今までに報告されていない。
また特許文献2には、増ちょう剤としてLiステアレートとLiヒドロキシステアレートを併用した潤滑グリース組成物が記載されているが、両者は増ちょう剤として使用されており、粉末状の脂肪酸金属石けんを添加するという技術思想は開示されていない。
【0004】
【特許文献1】特開2004−250481
【特許文献2】特開2002−363590
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、樹脂潤滑用グリースを提供することであり、特に、室温のみならず高温雰囲気下の中でも低い摩擦係数を示し、かつ樹脂ギア寿命を大幅に延命させることができる樹脂潤滑用グリース組成物を提供することである。
本発明の他の目的は上記グリース組成物を封入した減速装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の樹脂潤滑用グリース組成物を提供するものである。
1.増ちょう剤と基油を含み、添加剤として、粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有する樹脂潤滑用グリース組成物。
2.基油が合成炭化水素油である上記1記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
3.鋼と樹脂との滑り潤滑用である上記1又は2記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
4.樹脂がエンジニアリングプラスチックである上記1〜3のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
5.グリース組成物中のOH基を含まない脂肪酸金属石けんの含有量が、0.1〜20質量%である上記1〜4のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
6.上記1〜5のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物を封入した減速装置。
7.自動車用の電動パワーステアリング用である上記6記載の減速装置。
【発明の効果】
【0007】
本発明の樹脂潤滑用グリース組成物は、添加剤として粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有しているため、室温のみならず高温雰囲気下の中でも低い摩擦係数を示し、樹脂ギア等の寿命を大幅に延命させることができる。添加剤として粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを添加したことにより摩擦係数が低減する理由は明らかではないが、次のように推察される。
粉末状の脂肪酸金属石けん自身が表面の凝集エネルギーの小さい層状の構造となっており、このような構造の結晶に沿ってせん断を加えた場合、層間に沿って結晶が割れて滑りやすい。このため摩擦の起こっている二つの物体間に介在させることで摩擦力が低減され、潤滑効果が得られる。脂肪酸金属石けんが極性部分と無極性部分よりなる界面活性物質であることから、グリースに分散させることで金属表面に分子の吸着膜を形成する。また、脂肪酸金属石けんの粒子径が非常に小さいため潤滑部に入り込み易く、二つの物体間の直接接触による摩耗・摩擦を効果的に防止する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のグリース組成物に添加剤として使用するOH基を含まない脂肪酸金属石けん(以下単に「脂肪酸金属石けん」ともいう)としては、炭素原子数が好ましくは6〜24、さらに好ましくは12〜18の脂肪酸の金属石けんが挙げられる。脂肪酸の好ましい具体例としてはステアリン酸、パルミチン酸等が挙げられる。
金属石けんとしては、Na、K等のアルカリ金属石けん、Mg、Ca等のアルカリ土類金属石けん、Zn石けん、Al石けん、Li石けん、等が挙げられる。
好ましいものは、ステアリン酸金属石けんであり、特にステアリン酸のNa,Mg,Zn又はAl石けんが好ましい。
本発明に使用する脂肪酸金属石けんの粒径は、好ましくは1〜100μmであり、さらに好ましくは3〜20であり、最も好ましくは10μm前後である。
粒径が100μmを超えると潤滑部へ進入しにくくなり、良好な潤滑特性が得られにくく、また1μm未満にしても、効果の増大は見られない。
脂肪酸金属石けんは、グリース組成物中に分散された状態でも元の粒径、例えば、約10μmの粒径を維持する。また粒子径が小さいほど表面積が大きくなるため少量でも優れた効果が期待される。
本発明のグリース組成物中、脂肪酸金属石けんの添加量は、好ましくは0.1〜20質量%、より好ましくは、1〜10質量%である。0.1質量%未満では目的とする効果の発現が不十分であり、20質量%を超えて添加しても効果が飽和してしまう。
【0009】
脂肪酸金属石けんの特性はその潤滑性の他に、離形性、ゲル化性や撥水性、界面活性性などがある。脂肪酸金属石けんは各々の分野で広く使用され、プラスチック用滑剤、顔料分散剤、ゴム加硫促進剤、粉末冶金、鋳物、塗料、医薬品などの用途があげられる。
グリースの増ちょう剤としては既にステアリン酸金属石けんが使用されているが、これはグリース基油中でステアリン酸と金属化合物を反応させて製造するものであり、あらかじめ製造した粉末状の脂肪酸金属石けんをグリースの添加剤として更に添加して使用した例は今まで報告されていない。また、樹脂潤滑用として使用された例もなく、低い摩擦係数を示したという報告は皆無である。
【0010】
本発明のグリース組成物に使用される増ちょう剤は、特に限定されず、全ての増ちょう剤が使用可能である。例えば、Li石けんや複合Li石けんに代表される石けん系増ちょう剤、ジウレアに代表されるウレア系増ちょう剤、有機化クレイやシリカに代表される無機系増ちょう剤、PTFEに代表される有機系増ちょう剤などが挙げられる。ウレア化合物は高温に耐え得る増ちょう剤であり、高温・高負荷条件で要求される用途にはウレア系グリースの使用が好ましく、本発明においても、特に好ましいのはウレア系増ちょう剤である。
本発明のグリース組成物中の増ちょう剤の含有量は、増ちょう剤の種類により異なる。本発明のグリース組成物のちょう度は、235〜415が好適であり、増ちょう剤の含有量はこのちょう度を得るのに必要な量となる。本発明のグリース組成物中、増ちょう剤の含有量は、通常1〜30質量%、好ましくは3〜20質量%である。
【0011】
本発明のグリース組成物に使用される基油も特に限定されず、鉱油を始めとした全ての基油が使用可能である。その他、ジエステル,ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油、ポリαオレフィン,ポリブテンに代表される合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油、シリコーン油、フッ素化油など各種合成油が使用可能である。特に好ましいものは合成炭化水素油(ポリαオレフィン)である。
【0012】
本発明のグリース組成物には、必要に応じて通常のグリース組成物に汎用されている全ての添加剤が使用可能であり、例えば、酸化防止剤、錆止め剤、金属腐食防止剤、油性剤耐摩耗剤、極圧剤、固体潤滑剤などを添加することができる。
本発明のグリース組成物は、上記各成分及びその他の添加剤を所望の配合割合で混合することにより容易に製造することができる。
【0013】
実施例1〜6及び比較例1〜6
下記の表1及び表2に示す処方のグリース組成物を以下に示すように調製し、ちょう度及び摩擦係数を測定した。比較例6は市販グリースである。
使用した増ちょう剤は以下のとおりである。
【0014】
ジウレア
イソシアネート(MDI)57.5gを基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させた。別容器にアミン92.5g(オクチルアミンとオクタデシルアミンをモル比5:5で混合)を基油(PAO)425gに混合して80℃で完全溶解させたのち、イソシアネート/基油溶解物と80℃で1時間攪拌し、反応させた。その後165℃まで昇温した後、攪拌しながら冷却したものをベースグリースとした。
Liヒドロキシステアレート
プレフォームされたLiヒドロキシステアレート150gに基油(PAO)850gを混合して230℃まで昇温して完全溶解させた。その後、攪拌しながら冷却したものをベースグリースとした。
各ベースグリースに実施例、比較例に示す配合で添加剤および基油を加えて三本ロールミルでちょう度No.2グレードに調整した。
基油(PAO) :ポリαオレフィン油(8.0mm2/s @100℃)
酸化防止剤 :ジフェニールアミン
防錆剤 :Caスルフォネート
添加剤
A:Mgステアレート(粒径15μm)
B:Naステアレート(粒径20μm)
C:Liステアレート(粒径3μm)
D:Mgヒドロキシステアレート(粒径15μm)
E:Liヒドロキシステアレート(粒径3μm)
F:PTFE(粒径0.2μm)
G:ZnDTP(液体)
【0015】
評価試験方法
バウデン試験
水平に配置したプレート(S45C)上に試料グリース(1g)を塗布し、プレートに対してピン(MCナイロン製φ5.0の円柱)を垂直に接触させ、ピンに荷重をかけてプレートを水平方向に摺動させたときにピンにかかる抵抗力(摩擦力)を測定する。
試験条件
摺動速度 :1mm/s
摺動距離 :15mm
荷重 :10N(※面圧 0.5MPa)
測定温度 :60℃
繰り返し数:n=2
【0016】
【表1】

【0017】
【表2】

【0018】
粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有する本発明の実施例1〜6の樹脂潤滑用グリース組成物は摩擦係数が0.03〜0.04と低い。これに対して粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有しない比較例1のグリース組成物の摩擦係数は0.18と高い。また、OH基を含む脂肪酸金属石けんを含有する比較例2及び3のグリース組成物の摩擦係数は0.09であり、PTFEを含有する比較例4、ZnDTPを含有する比較例5及び市販品である比較例6のグリース組成物の摩擦係数は0.14〜0.16と高い。
上記結果は、粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有させることにより、樹脂潤滑用グリース組成物の摩擦係数を顕著に低減しうることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
増ちょう剤と基油を含み、添加剤として、粉末状のOH基を含まない脂肪酸金属石けんを含有する樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項2】
基油が合成炭化水素油である請求項1記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項3】
鋼と樹脂との滑り潤滑用である請求項1又は2記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項4】
樹脂がエンジニアリングプラスチックである請求項1〜3のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項5】
グリース組成物中のOH基を含まない脂肪酸金属石けんの含有量が、0.1〜20質量%である請求項1〜4のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項記載の樹脂潤滑用グリース組成物を封入した減速装置。
【請求項7】
自動車用の電動パワーステアリング用である請求項6記載の減速装置。

【公開番号】特開2007−16168(P2007−16168A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−200500(P2005−200500)
【出願日】平成17年7月8日(2005.7.8)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】