説明

機器診断装置及び機器診断方法

【課題】電気機器を停止させることなく、湿度を考慮して、電気機器の絶縁劣化を診断する。
【解決手段】機器診断装置は、事前に絶縁材料の加速劣化試験のデータを取得し、試験データからマスターカーブ及び閾値曲線を作成し、グラフデータ76Cとして記憶する。その後、高電圧機器の湿度及びAEセンサ出力の測定データを取得し、機器測定データ76Dとして記憶する。続いて、グラフデータ76C上において、機器測定データ76Dの湿度76D1及びAEセンサ出力76D2の座標点を点Pとしてプロットし、点Pに対応する実使用時間を特定し、点Pを通り、Y軸に平行な直線と、閾値曲線との交点を点Qとする。点Pが点Qより下にあれば、高電圧機器を更新すべき時期が来ておらず、閾値曲線の実使用時間と、点Pの実使用時間との差が、高電圧機器の余寿命である。一方、点Pが点Qと一致し、又は、点Qより上にあれば、高電圧機器を更新すべきである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AEセンサを用いて高電圧機器の絶縁劣化に関する診断を行う装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、ビルやプラントの高圧受配電設備(例えば、キュービクル、スイッチギア等)においては、稼働期間が20〜30年に及ぶ経年使用機器の台数が増加し、現在稼動している機器を継続して使用する(延命させる)か、新しい機器に更新するかを判断しなければならないケースが増えている。
このようなケースに対応するために、受配電設備を構成する主回路部分に用いられている固体絶縁材料(支持がいし等)の、湿度に対する表面電気抵抗を事前に測定し、マスターカーブを作成しておき、実際に測定した表面電気抵抗から余寿命を算出する方法が開示されている(特許文献1参照)。しかしながら、固体絶縁材料の表面電気抵抗を測定する際には、停電が必要なので、頻繁に測定することはできない。
そこで、稼動中の機器を停止させることなく、現地で簡易かつ定量的に機器の絶縁異常を検出するための可搬式の診断装置が開示されている(特許文献2参照)。この診断装置は、AE(Acoustic Emission:音響放射)センサを使用して、機器の絶縁劣化や表面汚損で発生する部分放電音を検出し、その音の強度に応じてAEセンサが出力する電圧から放電電荷量を推定する。そして、その推定した放電電荷量が基準値を外れるか否かにより、絶縁異常か否かを判定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4045776号公報
【特許文献2】特許第4261041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、沿面放電等の部分放電は、周囲の環境(特に湿度)に影響を大きく受ける。例えば、6〜9月の湿度の高い時期には、絶縁物の表面電気抵抗が低下し、放電量が大きくなる。つまり、絶縁劣化の状態が同じ程度であっても、診断時期によって実際の放電量が上下するという問題がある。この場合、AEセンサの出力から推定した放電量が基準値を超えるときには、明確に機器更新の時期であると判断できるが、上記の放電量が基準値を下回るときには、残りどれくらいの期間以内に機器を更新したらよいのか(すなわち、機器の余寿命)を判断することが難しい。
このような問題を解決するために、診断装置を診断対象機器の近傍に設置し、機器を常時監視し、長期間のトレンドを把握することにより、機器の余寿命を把握する方法も考えられる。ただし、この方法では、診断対象機器が多くなると、それに合わせて診断装置も多数設置する必要があるため、多大なコストがかかってしまう。
【0005】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、電気機器を停止させることなく、湿度を考慮して、電気機器の絶縁劣化を診断することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、部分放電音を検出し、その音の強度に応じた電圧を出力するAEセンサを用いて、電気機器の絶縁劣化を診断する機器診断装置であって、前記機器の使用開始からの複数の経過時間ごとに、前記機器の表面付近の各湿度に対する、前記AEセンサの出力値を示すマスターデータと、劣化判断の基準となる、所定の経過時間における、前記湿度に対するAEセンサの出力値の閾値である第1閾値とを記憶する手段と、劣化判断の対象となる機器の表面付近の湿度及び前記AEセンサの出力値を取得する手段と、前記記憶したマスターデータ及び第1閾値に基づいて、前記取得した湿度に対する出力値の閾値である第2閾値を計算する手段と、前記取得した出力値と、前記計算した第2閾値とを比較して、前記出力値が前記第2閾値以上か否かを判定する手段と、前記判定した結果に応じて、前記機器を更新すべきか否かを判断する手段と、を備えることを特徴とする。
この構成によれば、電気機器の表面における絶縁状態を測定するために、部分放電音を検出するAEセンサを用いるので、機器を停止させることなく、絶縁劣化を診断することができる。次に、電気機器の実使用時間ごとに、各湿度に対するAEセンサの出力値を示すマスターデータと、所定の湿度に対するAEセンサの出力値の第1閾値とを用いるので、絶縁状態が同じであっても湿度によって放電量が変化することを考慮に入れて、湿度に応じた劣化診断を行うことができる。そして、マスターデータ及び第1閾値に基づいて計算した、対象機器の湿度に対応するAEセンサの出力値の第2閾値を用いるので、電気機器の更新がすぐに必要か否かを精度よく判断することができる。
【0007】
また、本発明の上記機器診断装置において、前記取得した出力値が前記第2閾値以上でないと判定した場合に、前記マスターデータに基づいて、前記取得した湿度及び出力値から前記機器の経過時間を計算し、前記第1閾値の経過時間から前記機器の経過時間を減算して、前記機器を更新すべき時期までの残り時間を算出する手段をさらに備えることとしてもよい。
この構成によれば、複数の経過時間ごとのマスターデータを用いることにより、劣化判断の対象となる電気機器の経過時間を精度よく計算することができ、ひいては、当該機器の余寿命(更新時期までの残り時間)を精度よく求めることができる。
【0008】
また、本発明の上記機器診断装置において、前記劣化判断の対象となる機器と同じ固体絶縁材料の加速劣化試験の測定結果として、当該加速劣化試験の開始から経過した時間である試験時間ごとに、複数の湿度及び前記AEセンサの出力値を前記マスターデータとして取得する手段と、前記試験時間を前記経過時間に換算し、換算後の各経過時間を、換算前の前記試験時間ごとに取得した前記マスターデータに対応付ける手段と、前記第1閾値として、1以上の湿度に対する出力値を取得する手段と、前記マスターデータに対応付けられた前記経過時間に基づいて、前記第1閾値の経過時間を計算する手段と、をさらに備えることとしてもよい。
この構成によれば、電気機器と同じ固体絶縁材料の加速劣化試験の測定結果を用いて、マスターデータ及び第1閾値を作成するので、短期間で、精度のよいデータを準備することができる。
【0009】
なお、本発明は、機器診断方法を含む。その他、本願が開示する課題及びその解決方法は、発明を実施するための形態の欄、及び図面により明らかにされる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電気機器を停止させることなく、湿度を考慮して、電気機器の絶縁劣化を診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】機器劣化診断システム1の構成を示す図である。
【図2】機器診断装置7のハードウェア構成を示す図である。
【図3】機器診断装置7の記憶部76に記憶されるデータの構成を示す図であり、(a)は閾値データ76Aの構成を示し、(b)は試験データ76Bの構成を示し、(c)はグラフデータ76Cの内容(試験データ76Bをそのままグラフ化したもの)を示し、(d)はグラフデータ76Cの内容(高電圧機器2の劣化判断に用いられるもの)を示す。
【図4】機器診断装置7の記憶部76に記憶されるデータの構成を示す図であり、(a)は機器測定データ76Dの構成を示し、(b)はグラフデータ76Cの内容(高電圧機器2の余寿命がまだ残っていると判断される場合)を示し、(c)はグラフデータ76Cの内容(高電圧機器2を更新すべきと判断される場合)を示す。
【図5】機器劣化診断システム1の処理を示すフローチャートである。
【図6】機器診断装置7による機器劣化診断の原理を示す図であり、(a)は特許文献1の、劣化進行の度合における湿度と、表面電気抵抗との相関曲線を示し、(b)は特許文献2の、放電電荷量と、AEセンサ出力との相関関係を示し、(c)は放電電荷量と、表面電気抵抗との相関関係を示し、(d)は劣化進行の度合における湿度と、AEセンサ出力との相関関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態を説明する。本発明の実施の形態に係る機器診断装置は、固定絶縁材料の加速劣化試験を行い、その測定結果に基づいて湿度に対するAE信号出力のマスターカーブ(マスターデータ)及び閾値曲線を事前に作成しておき、劣化判断の対象である、加速劣化試験の固定絶縁材料と同じ電気機器の、湿度及びAE信号出力を実際に測定する。そして、マスターカーブ及び閾値曲線に基づいて、測定した湿度及びAE信号出力から、機器を更新すべきか否かを判断し、まだ更新時期でなければ、機器の余寿命を算出する。なお、余寿命とは、現時点から機器を更新すべき時期までの残り時間である。
これによれば、停電の必要なく、湿度によるAE信号出力の変化を考慮した、電気機器の絶縁劣化診断を行うことができる。
【0013】
≪機器劣化診断の原理≫
図6は、機器診断装置7による機器劣化診断の原理を示す図である。図6(a)は、特許文献1に開示されたように負の相関関係にある、劣化進行の度合における湿度と、表面電気抵抗との相関曲線を示す。これによれば、同じ劣化状態であっても、湿度に応じて表面電気抵抗が変化することが分かる。なお、表面電気抵抗は、機器を停電しなければ測定できないし、停電時間が限られるので、1回のデータしか測定できない。図6(b)は、特許文献2に開示された、放電電荷量と、AEセンサ出力との相関関係を示す。これによれば、放電電荷量と、AEセンサ出力とが正の相関関係にあることが分かる。すなわち、放電電荷量が大きいほど、AEセンサ出力が大きくなり、絶縁劣化が進んでいることになる。図6(c)は、発明者の推測に基づく、放電電荷量と、表面電気抵抗との相関関係を示す。これによれば、放電電荷量と、表面電気抵抗とが負の相関関係にあることが分かる。すなわち、放電電荷量が大きいほど、表面電気抵抗が小さくなる。
【0014】
図6(b)及び(c)によれば、表面電気抵抗と、AEセンサ出力とは、負の相関関係にあることが推定されるので、図6(a)の相関曲線から、劣化進行の度合における湿度と、AEセンサ出力との間に、図6(d)に示すような相関関係があると推定できる。この図6(d)によれば、同じ劣化状態であっても、湿度に応じてAEセンサ出力が変化することが分かる。なお、AEセンサ出力を用いることにより、機器を停電する必要がなくなるので、2回以上のデータが測定できるため、精度向上が図れる。
【0015】
≪システムの構成と概要≫
図1は、機器劣化診断システム1の構成を示す図である。機器劣化診断システム1は、高電圧機器2、AEセンサ3、湿度計4、電源ライン5、アンプ6及び機器診断装置7を備える。高電圧機器2は、その表面の絶縁劣化を診断すべき対象となる機器であり、高圧受配電設備の固体絶縁材料(例えば、支持がいし等)である。AEセンサ3は、部分放電に伴う超音波領域の盤振動や筐体振動(部分放電音)を検出するセンサであり、高電圧機器2の筐体表面に磁石等により固定される。湿度計4は、高電圧機器2の筐体表面における湿度を計測する。電源ライン5は、出力電圧の位相の基準をアンプ6に提供する。アンプ6は、AEセンサ3、湿度計4及び電源ライン5の出力電圧を入力し、それぞれを増幅してフィルタ処理を行う。機器診断装置7は、アンプ6からの出力データを取得し、高電圧機器2の絶縁劣化に関する診断を行う装置であり、PC(Personal Computer)、サーバ又は専用装置により実現される。
【0016】
図2は、機器診断装置7のハードウェア構成を示す図である。機器診断装置7は、通信部71、表示部72、入力部73、計測データ取得部74、処理部75及び記憶部76を備え、各部がバス77を介してデータを送受信可能なように構成される。通信部71は、ネットワークを介して他の装置とIP(Internet Protocol)通信等を行う部分であり、例えば、NIC(Network Interface Card)等によって実現される。表示部72は、処理部75からの指示によりデータを表示する部分であり、例えば、液晶ディスプレイ(LCD:Liquid Crystal Display)等によって実現される。入力部73は、オペレータがデータ(例えば、劣化判断のための閾値データ)を入力する部分であり、例えば、キーボードやマウス等によって実現される。計測データ取得部74は、アンプ6を通じてAEセンサ3及び湿度計4による計測データを取得する部分であり、例えば、A/D(Analog/Digital)変換カード等により実現される。処理部75は、所定のメモリを介して各部間のデータの受け渡しを行うととともに、機器診断装置7全体の制御を行うものであり、CPU(Central Processing Unit)が所定のメモリに格納されたプログラムを実行することによって実現される。記憶部76は、処理部75からデータを記憶したり、記憶したデータを読み出したりするものであり、例えば、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)等の不揮発性記憶装置によって実現される。なお、機器診断装置7は、スタンドアロンの装置(PC等)であってもよいし、ネットワークを介して複数の端末と通信可能な装置(サーバ等)であってもよい。
【0017】
≪データの構成≫
図3及び図4は、機器診断装置7の記憶部76に記憶されるデータの構成を示す図である。図3(a)は、閾値データ76Aの構成を示す。閾値データ76Aは、高電圧機器2における、湿度に対するAEセンサ出力の閾値(第1閾値)を示し、劣化判断を行う際に用いられるデータであり、湿度76A1及びAEセンサ出力76A2を含む。湿度76A1は、高電圧機器2の表面における湿度(%)を示す。AEセンサ出力76A2は、高電圧機器2の表面が湿度76A1の示す湿度である場合に、高電圧機器2を更新すべきと判断するAEセンサ出力(mV)の下限値を示す。AEセンサ出力76A2だけでなく、湿度76A1を含めて設定するのは、機器表面が同じ程度の絶縁劣化状態であっても、湿度に応じて電気抵抗が変わり、放電量が変わるので、AEセンサ3の出力値も変わるからである。なお、劣化判断の閾値となる絶縁状態に対して、湿度76A1及びAEセンサ出力76A2の組み合わせが複数あってもよい。
【0018】
図3(b)は、試験データ76Bの構成を示す。試験データ76Bは、高電圧機器2の表面と同じ固体絶縁材料を用いた加速劣化試験の測定結果を示すデータであり、試験時間76B1、湿度76B2、AEセンサ出力76B3及び実使用時間76B4を含むレコードからなる。試験時間76B1は、加速劣化試験を開始してからの経過時間であり、測定結果を取得した時点を示す。湿度76B2は、高電圧機器2の表面における湿度を示す。AEセンサ出力76B3は、測定環境が湿度76B2の示す湿度である場合の、AEセンサ3の出力値を示す。実際には、加速劣化試験の開始後、所定の試験時間76B1が経過した時点において、いくつかの湿度76B2に設定した環境の下で、それぞれAEセンサ出力76B3を測定する。実使用時間76B4は、実際に高電圧機器2を使用開始してからの経過時間を示し、試験時間76B1から換算される値であるが、グラフデータ76Cを作成せずに劣化判断を行う際に用いられる。
【0019】
図3(c)は、グラフデータ76Cの内容を示す。グラフデータ76Cは、固定絶縁材料に関する、湿度と、AEセンサ出力との関係を示すグラフであり、特に、図3(c)は、試験データ76Bをそのままグラフ化したものであり、試験時間76B1ごとの曲線が描かれている。なお、グラフデータ76Cは、記憶部76に記憶されることなく、一時的にメモリ上に設定されるだけであってもよい。
【0020】
図3(d)は、高電圧機器2の劣化判断に用いられるグラフデータ76Cの内容を示し、図3(c)のグラフに対して、試験時間76B1が実使用時間に換算され、高電圧機器2を更新すべきか否かの境界線である閾値曲線が明確に描かれている。
【0021】
図4(a)は、機器測定データ76Dの構成を示す。機器測定データ76Dは、劣化判断の対象となる高電圧機器2に関して測定し、グラフデータ76C上にプロットして、高電圧機器2の劣化判断を行うのに用いるデータであり、湿度76D1及びAEセンサ出力76D2を含む。湿度76D1は、高電圧機器2の表面における湿度を示す。AEセンサ出力76D2は、AEセンサ3の出力値を示す。
【0022】
図4(b)は、グラフデータ76C上に機器測定データ76Dを点Pとしてプロットした状態を示す。この場合、点Pと、閾値曲線上の点Qとの位置関係に基づいて高電圧機器2の余寿命がまだ残っていると判断される。
【0023】
図4(c)は、グラフデータ76C上に機器測定データ76Dを点Pとしてプロットした状態を示す。この場合、点Pと、閾値曲線上の点Qとの位置関係に基づいて高電圧機器2を更新すべきと判断される。
【0024】
≪システムの処理≫
図5は、機器劣化診断システム1の処理を示すフローチャートである。本処理は、機器診断装置7において、主として処理部75が、計測データ取得部74によりアンプ6からデータを受信し、記憶部76のデータを参照、更新しながら、高電圧機器2の絶縁劣化に関する診断処理を行うものである。
【0025】
まず、実際の劣化判断を行う前に、予め固定絶縁材料(支持がいし等)の加速劣化試験が行われる。材料は、劣化判断の対象となる高電圧機器2の表面に施されている絶縁材料と同じものである。試験の方法としては、材料の加速劣化を実施しながら、試験開始からの経過時間(試験時間:例えば、24時間)ごとに、複数の異なる湿度の環境下で、それぞれ材料の表面におけるAEセンサ出力を測定する。これにより、絶縁の劣化が進む段階ごとに、複数の湿度条件下におけるAEセンサ出力の測定データが得られる。
【0026】
機器診断装置7は、それらの測定データを取得し、試験時間76B1ごとの湿度76B2及びAEセンサ出力76B3(試験データ76B)として記憶部76に記憶する(S501)。続いて、試験時間ごとに、湿度に対するAEセンサ出力のマスターカーブ(相関曲線)及び閾値曲線を作成し、記憶する(S502)。
【0027】
詳細には、まず、湿度をX軸とし、AEセンサ出力をY軸とするグラフを設定する。そして、試験データ76Bを用いて、そのグラフ上に、試験時間76B1ごとに、湿度76B2及びAEセンサ出力76B3の座標点をプロットし、それらの座標点を滑らかな曲線で結ぶことにより、マスターカーブを作成し、グラフデータ76C(図3(c)参照)として記憶する。
【0028】
次に、各マスターカーブの試験時間を実使用時間に換算して、対応付ける。例えば、上記加速劣化試験での試験時間1日は、実使用時間2年に相当するので、試験時間1日を実使用時間2年に換算する(他も同様)。そして、劣化判断のための閾値曲線として、予め設定した閾値データ76Aの湿度76A1及びAEセンサ出力76A2の座標点Tを通る曲線を特定し、その閾値曲線に対応する実使用時間を決める。
【0029】
図3(d)に示すように、試験データ76Bから作成したマスターカーブの中に点Tを通るものがあれば、そのマスターカーブを閾値曲線とし、実使用時間をそのまま用いる。一方、点T’を通るマスターカーブがなければ、点T’の上下にあるマスターカーブに基づいて、点T’を通るように滑らかに描いた曲線を閾値曲線とする。例えば、Y軸方向に関して、点T’と、下にあるマスターカーブとの距離と、上にあるマスターカーブとの距離との割合を保持するように、閾値曲線を描く。そして、当該割合により、閾値曲線に対応する実使用時間を計算する。例えば、点T’の閾値曲線については、下の曲線の実使用時間が4年であり、上の曲線の実使用時間が8年であり、上記割合が1対3であれば、当該閾値曲線の実使用時間は、5年(=4+(8−4)×1/(1+3))とする。さらに、閾値データ76Aとして複数のレコードが設定されており、複数の座標点Tがプロットされる場合には、それらの点Tをすべて通るように描いた曲線を閾値曲線とする。
【0030】
そして、実際のフィールドにおいて、劣化判断の対象になる高電圧機器2の表面付近の湿度及びAEセンサ出力が測定される。機器診断装置7は、それらの測定データを取得し、湿度76D1及びAEセンサ出力76D2(機器測定データ76D)として記憶部76に記憶する(S503)。続いて、グラフデータ76Cに基づいて、機器測定データ76Dから余寿命を算出する(S504)。
【0031】
詳細には、湿度76D1をX座標とし、AEセンサ出力76D2をY座標とする点Pをグラフデータ76C上にプロットし、点Pに対応する実使用時間を特定する。実使用時間の特定方法は、閾値曲線の場合と同様である。次に、点Pを通り、Y軸に平行な直線を引き、その直線と、閾値曲線との交点を点Qとする。点QのY座標が、湿度76D1に対応するAEセンサ出力76D2の閾値(第2閾値)になる。
【0032】
図4(b)に示すように、点Pが点Qより下にあれば、すなわち、AEセンサ出力76D2が閾値より小さければ、高電圧機器2を更新すべき時期には至っておらず、閾値曲線の実使用時間から点Pの実使用時間を減算すると、高電圧機器2の余寿命が算出される。一方、図4(c)に示すように、点Pが点Qと一致し、又は、点Qより上にあれば、すなわち、AEセンサ出力76D2が閾値以上であれば、高電圧機器2を更新すべき時期であり、又は、更新すべき時期を過ぎており、早急に機器更新を行う必要があることになる。
【0033】
なお、上記実施の形態では、図2に示す機器診断装置7内の各部を機能させるために、処理部75で実行されるプログラムをコンピュータにより読み取り可能な記録媒体に記録し、その記録したプログラムをコンピュータに読み込ませ、実行させることにより、本発明の実施の形態に係る機器診断装置7が実現され、さらには図1に示す機器劣化診断システム1が実現されるものとする。この場合、プログラムをインターネット等のネットワーク経由でコンピュータに提供してもよいし、プログラムが書き込まれた半導体チップ等をコンピュータに組み込んでもよい。
【0034】
以上説明した本発明の実施の形態によれば、AEセンサ3を用いるので、高電圧機器2を停止させることなく、湿度を考慮して、高電圧機器2の絶縁劣化を診断することができる。
【0035】
詳細には、機器診断装置7は、図5のS501及びS502に示すように、固定絶縁材料(支持がいし等)の加速劣化試験の測定データを取得し、試験時間ごとに、湿度に対するAEセンサ出力のマスターカーブ及び閾値曲線を作成するので、短期間で、精度のよいグラフデータ76Cを記憶部76に記憶することができる。
【0036】
次に、機器診断装置7は、S503に示すように、高電圧機器2の表面付近の湿度及びAEセンサ出力の測定データを取得するので、高電圧機器2を停止させることなく、機器測定データ76Dを記憶部76に記憶することができる。そして、S504に示すように、グラフデータ76Cに基づいて、機器測定データ76Dから、機器更新時期か否かを判断し、機器更新時期でなければ機器の余寿命を算出するので、湿度を考慮して精度よく劣化診断を行うことができる。
【0037】
以上によれば、劣化診断の対象となる高電圧機器2の実使用時間ではなく、当該機器の表面付近における湿度及びAEセンサ出力の実測値を元にするので、単に稼働開始から時間が経過したという理由ではなく、実際の機器表面の絶縁劣化状態に基づいて精度よく、機器を更新すべきか否かを判断することができる。
【0038】
また、本実施の形態による機器診断装置7は、高電圧機器2の絶縁異常を精度よく発見できることから、余寿命が残っているのに更新すべきと判断することはなく、高電圧機器2の延命にも寄与するので、環境問題の改善に大きく貢献することができる。さらに、設備保全業務の効率化は全ての業種において取り組まれており、他の電気機器における絶縁劣化診断にも適用することができる。
【0039】
≪その他の実施の形態≫
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、上記実施の形態は本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明はその趣旨を逸脱することなく変更、改良され得るとともに、本発明にはその等価物も含まれる。
【0040】
例えば、上記実施の形態では、図3に示す閾値データ76A及び試験データ76B(実使用時間76B4を除く)からグラフデータ76Cを作成し、そのグラフデータ76Cを用いて劣化判断を行うように説明したが、必ずしもグラフデータ76Cを作成することなく、閾値データ76A及び試験データ76B(実使用時間76B4を含む)を用いて、機器測定データ76Dに対する劣化判断を行うようにしてもよい。以下に、その手順の例を示す。
【0041】
(S1)湿度76A1が含まれる湿度76B2の区間(例えば、30〜50%)を特定し、実使用時間76B4ごとの、上記区間の両端の座標点(X=湿度76B2、Y=AEセンサ出力76B3)を線分により結んで、実使用時間における、湿度に対するAEセンサ出力を示す区間線とする。その区間線により、AEセンサ出力76A2(第1閾値)が含まれる実使用時間76B4の区間(例えば、4〜8年)を特定する。
(S2)次に、湿度76A1における、AEセンサ出力76A2と、下の区間線との距離と、上の区間線との距離との割合を算出する。そして、その割合に基づいて閾値データ76Aの実使用時間を算出する(S502の説明における、図3(d)の例と同様)。なお、閾値データ76Aに複数のレコードがある場合には、それぞれの湿度76A1及びAEセンサ出力76A2について算出した割合の平均値を用いる。
(S3)続いて、上記割合と、湿度76D1を含む区間における2つの区間線とを用いて、湿度76D1に対するAEセンサ出力の閾値(第2閾値)を計算する。
(S4)そして、計算した閾値と、AEセンサ出力76D2とを比較することにより、高電圧機器2を更新すべきか否かを判断する。判断した結果、更新する必要がなければ、(S2)の閾値データ76Aと同様に機器測定データ76Dの実使用時間を計算し、閾値データ76Aの実使用時間から機器測定データ76Dの実使用時間を減算し、その減算値を余寿命とする。
【符号の説明】
【0042】
2 高電圧機器(電気機器)
3 AEセンサ
4 湿度計
7 機器診断装置
75 処理部
76 記憶部
76A 閾値データ(第1閾値)
76B 試験データ
76C グラフデータ
76D 機器測定データ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
部分放電音を検出し、その音の強度に応じた電圧を出力するAEセンサを用いて、電気機器の絶縁劣化を診断する機器診断装置であって、
前記機器の使用開始からの複数の経過時間ごとに、前記機器の表面付近の各湿度に対する、前記AEセンサの出力値を示すマスターデータと、劣化判断の基準となる、所定の経過時間における、前記湿度に対するAEセンサの出力値の閾値である第1閾値とを記憶する手段と、
劣化判断の対象となる機器の表面付近の湿度及び前記AEセンサの出力値を取得する手段と、
前記記憶したマスターデータ及び第1閾値に基づいて、前記取得した湿度に対する出力値の閾値である第2閾値を計算する手段と、
前記取得した出力値と、前記計算した第2閾値とを比較して、前記出力値が前記第2閾値以上か否かを判定する手段と、
前記判定した結果に応じて、前記機器を更新すべきか否かを判断する手段と、
を備えることを特徴とする機器診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の機器診断装置であって、
前記取得した出力値が前記第2閾値以上でないと判定した場合に、
前記マスターデータに基づいて、前記取得した湿度及び出力値から前記機器の経過時間を計算し、前記第1閾値の経過時間から前記機器の経過時間を減算して、前記機器を更新すべき時期までの残り時間を算出する手段
をさらに備えることを特徴とする機器診断装置。
【請求項3】
請求項2に記載の機器診断装置であって、
前記劣化判断の対象となる機器と同じ固体絶縁材料の加速劣化試験の測定結果として、当該加速劣化試験の開始から経過した時間である試験時間ごとに、複数の湿度及び前記AEセンサの出力値を前記マスターデータとして取得する手段と、
前記試験時間を前記経過時間に換算し、換算後の各経過時間を、換算前の前記試験時間ごとに取得した前記マスターデータに対応付ける手段と、
前記第1閾値として、1以上の湿度に対する出力値を取得する手段と、
前記マスターデータに対応付けられた前記経過時間に基づいて、前記第1閾値の経過時間を計算する手段と、
をさらに備えることを特徴とする機器診断装置。
【請求項4】
部分放電音を検出し、その音の強度に応じた電圧を出力するAEセンサを用いて、コンピュータにより電気機器の絶縁劣化を診断する機器診断方法であって、
前記コンピュータは、
前記機器の使用開始からの複数の経過時間ごとに、前記機器の表面付近の各湿度に対する、前記AEセンサの出力値を示すマスターデータと、劣化判断の基準となる、所定の経過時間における、前記湿度に対するAEセンサの出力値の閾値である第1閾値とを記憶するステップと、
劣化判断の対象となる機器の表面付近の湿度及び前記AEセンサの出力値を取得するステップと、
前記記憶したマスターデータ及び第1閾値に基づいて、前記取得した湿度に対する出力値の閾値である第2閾値を計算するステップと、
前記取得した出力値と、前記計算した第2閾値とを比較して、前記出力値が前記第2閾値以上か否かを判定するステップと、
前記判定した結果に応じて、前記機器を更新すべきか否かを判断するステップと、
を実行することを特徴とする機器診断方法。
【請求項5】
請求項4に記載の機器診断方法であって、
前記コンピュータは、
前記取得した出力値が前記第2閾値以上でないと判定した場合に、
前記マスターデータに基づいて、前記取得した湿度及び出力値から前記機器の経過時間を計算し、前記第1閾値の経過時間から前記機器の経過時間を減算して、前記機器を更新すべき時期までの残り時間を算出するステップ
をさらに実行することを特徴とする機器診断方法。
【請求項6】
請求項5に記載の機器診断方法であって、
前記コンピュータは、
前記劣化判断の対象となる機器と同じ固体絶縁材料の加速劣化試験の測定結果として、当該加速劣化試験の開始から経過した時間である試験時間ごとに、複数の湿度及び前記AEセンサの出力値を前記マスターデータとして取得するステップと、
前記試験時間を前記経過時間に換算し、換算後の各経過時間を、換算前の前記試験時間ごとに取得した前記マスターデータに対応付けるステップと、
前記第1閾値として、1以上の湿度に対する出力値を取得するステップと、
前記マスターデータに対応付けられた前記経過時間に基づいて、前記第1閾値の経過時間を計算するステップと、
をさらに実行することを特徴とする機器診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−154730(P2012−154730A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13136(P2011−13136)
【出願日】平成23年1月25日(2011.1.25)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【Fターム(参考)】