説明

機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、航空機、船舶、シールド掘進機などの機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来から、複数の事象および各事象間の因果関係を表す複数のルールから成る知識ベースと、推論部から成る推論装置が、多数提案されている(特開昭64−1035号、特開平1−162936号)。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】従来の推論装置では、知識ベースのルール群の連がりに従った推論処理が行われているため、優先処理を意識した知識ベースの構築は未だ試みられていない。また、知識ベースのルールは、前向き推論用と、後向き推論用とをそれぞれ個別に作成しており、両者のルールにおいて同じ因果関係が矛盾なく記述されているか否かは、ルール作成者の人為的作業に委ねられているため、ルールの相互矛盾が完全に解消されないという課題がある。
【0004】さらに、推論処理を実行する際に、全てのルールについて条件部と帰結部との一致を探索しているため、ルールの数が増えるにつれて処理時間が膨大に増加するという課題がある。
【0005】また、運転支援装置や故障診断支援装置に不可欠な使用者との対話処理において、使用者への質問事項の出力順序や、推論対象となるルール群のグループ選択を考慮する場合、推論対象が変わる度に推論手段の内容を個別に変更せざるを得ないという課題がある。そのため、特定の対象を推論する推論装置を他の対象へ適用するには、多大な労力が必要となるため、推論装置の汎用化が困難であるという課題がある。
【0006】本発明の目的は、前述した課題を解決するため、推論処理が高速化され、しかも知識ベースの構築が容易で、汎用性がある機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、(a)推論手段10であって、専門家13の知識を入れた知識ベース12と、その知識に基づいて推論および問題解決を実行する推論部11とを有する推論手段10と、(b)推論手段10に連結され、専門家13が知識ベース12を編集する支援ツール14と、(c)推論手段10に連結され、利用者16が対話形式で推論処理を実行するためのインタフェース15と、(d)圧力、温度、変位を計測するセンサと、(e)利用者16のキーボードとを含み、(f)知識ベース12は、数値事象Fij、論理事象Aij、中間事象Mi、帰結事象Ei(なお、i,jは正の整数。以下同じ)を含む複数の事象と、各事象間の因果関係を表す複数のルールRiとで構成され、数値事象Fijには、センサによって計測された数値データが、センサから、または前記キーボードから入力され、論理事象Aijには、「Y」(肯定)、「N」(否定)、「?」(不明)の3つの選択枝から1つを選ばせる質問形式で論理データが入力され、中間事象Miは、数値事象Fijや論理事象Aijなどの各事象がルールRiの条件部で判断されて、該ルールの帰結部にしたがって移行する暫定的な事象であって、後段のルールの条件部に導入される事象であり、帰結事象Eiは、ルールの帰結部にのみ現れる事象であって、他のルールの条件部には導入されず、ルールRiは、前段部の数値事象Fij、論理事象Aij、中間事象Miの成立を判断して、後段部の中間事象Mi、帰結事象Eiへ導く役割を有し、(g)推論部11は、各事象の成立に対して、連結したルールを順次適用しながら推論を実行することによって、目的とする最終的な結論を得、(h)データ入力を要する数値事象Fijおよび論理事象Aijは、入力要求の優先順位を決める属性データである1を最優先とする段階レベルから成るデータを包含しており(優先度をjで表す。)、推論部11は、優先度の高い順に数値事象Fij、論理事象Aijを探索しながら推論を実行し、利用者16が機械装置類の近傍まで行って調べなくても即答できる事象は、その優先度を高く設定し、ルールRiについても、推論実行の優先順位を決める属性データである故障診断のエンジン系統を1、電気系統を2、ブレーキ系統を3とするグループ別の分類番号から成るデータを包含しており、(i)推論部11は、センサからの各計測信号および利用者16のキーボードからのデータ入力に基づいて、特定のグループを選択し、その中に区分されたルール群のみを探索の対象とし、中間事象Miを含まないルールである条件部が数値事象Fijおよび論理事象Aijのみから成り、かつ、帰結部が帰結事象Eiのみから成るルールは、1回のみの探索で推論処理が可能な処理済みフラグを、ルールRi の属性データとして、包含し、(j)知識ベース12において、後向き推論を実行する際は、前向き推論と同じ形式で表現された知識ベース12を用いて、予め前向き推論によって列挙された原因候補の中から、可能な限り少ない質問回数で原因確定を行い、帰結事象1が成立するためには、要質問事象の優先度1〜3の3つの質問が全て成立する必要があり、その要質問事象のいずれかが1つでも成立せず、帰結事象1が成立しない場合は、それ以後の質問を不要とし、質問順序を各事象の優先度に従うことによって、質問回数を可能な限り減らすことを特徴とする機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置である。また本発明は、データ入力を要する数値事象Fijおよび論理事象Aijは、入力要求の優先順位を決める属性データである1を最優先とする1〜5の5段階レベルから成るデータを包含していることを特徴とする。
【0008】
【作用】本発明に従えば、データ入力を要する事象はセンサ入力事象および要質問事象に区分され、センサ入力事象についてはそのままデータ入力が行われ、要質問事象については入力要求の優先順位を決める属性データを包含することによって、不要なデータ入力要求を省くことができるため、結論に至るまでの時間および労力が節約され、全体の推論処理が高速になる。また、ルールが前向き推論および後向き推論ともに同じ形式で表現されていることによって、必要なルールの数を削減することが可能になるとともに、ルールの相互矛盾を解消することができる。また、ルールが推論実行の優先順位を決める属性データを包含することによって、不要なルール探索を省くことができるため、全体の推論処理が高速になる。
【0009】
【実施例】図1は、本発明に係る推論装置の構成図である。推論装置10は、専門家13の知識を入れた知識ベース12と、その知識に基づいて推論および問題解決を実行する推論部11とで構成されており、その周辺には専門家13が知識ベース12を編集するための支援ツール14や、利用者16が対話形式で推論処理を実行するためのインタフェース15が連結されている。
【0010】図2は、本発明の一実施例である推論装置10の知識ベース12の構成図である。知識ベース12には、数値事象Fij、論理事象Aij、中間事象Mi、帰結事象Ei(なお、i,jは正の整数。以下同じ)などの複数の事象と、各事象間の因果関係を表す複数のルールRiとで構成されている。数値事象Fijには、たとえば圧力、温度、変位などの計測された数値データが、センサ入力または利用者16のキーボード入力によって入力される。論理事象Aijには、たとえば「Y」(肯定)、「N」(否定)、「?」(不明)の3つの選択枝から1つを選ばせる質問形式で論理データが入力される。中間事象Miは、数値事象Fijや論理事象Aijなどの各事象がルールの条件部で判断されて、該ルールの帰結部にしたがって移行する暫定的な事象であって、後段のルールの条件部に導入される事象である。帰結事象Eiは、ルールの帰結部にのみ現れる事象であって、他のルールの条件部には導入されない。ルールRiは、前段部の各事象Fij,Aij,Miの成立を判断して、後段部の各事象Mi,Eiへ導く役割を有する。したがって、各事象の成立に対して、連結したルールを順次適用しながら推論を実行することによって、目的とする最終的な結論が得られる。
【0011】データ入力を要する数値事象Fijおよび論理事象Aijは、入力要求の優先順位を決める属性データ、たとえば1を最優先とする1〜5の5段階レベルから成るデータを包含しており(図2中、優先度をjで表す。)、推論部11は優先度の高い順に各事象Fij,Aijを探索しながら推論を実行する。たとえば、利用者16が機械装置類の近傍まで行って調べなくても即答できる事象は、その優先度を高く設定することによって、データ入力が促進され、原因候補の絞り込みを迅速に行うことができる。
【0012】一方、各事象間の因果関係を表すルールRiについても、推論実行の優先順位を決める属性データ、たとえば自動車の故障診断の場合にエンジン系統を1、電気系統を2、ブレーキ系統を3などのようにグループ別の分類番号から成るデータを包含しており、推論部11は各計測信号や利用者16からのデータ入力に基づいて、特定のグループを選択し、その中に区分されたルール群のみを探索の対象とする。したがって、全てのルールを探索する場合と比べて、探索時間の短縮化を図ることができる。
【0013】図3は、図1に示した知識ベース12の構成図において、後向き推論の手順を示した部分構成図である。センサ入力事象についてはそのままデータ入力が行われる。後向き推論を実行する際は、前向き推論と同じ形式で表現された知識ベース12を用いて、予め前向き推論によって列挙された原因候補の中から、可能な限り少ない質問回数で原因確定を行うことになる。たとえば、図3において、帰結事象1が成立するためには、要質問事象の優先度1〜3の3つの質問が全て成立する必要がある。一方、帰結事象1が成立しない場合は、要質問事象のいずれかが1つでも成立しない場合であり、それ以後の質問が不要となる。したがって、質問順序を各事象の優先度に従うことによって、たとえば要質問事象の優先度1の質問が成立し、優先度2の質問が成立しない場合に、優先度3の質問が不要になるなど、質問回数を可能な限り減らして対話効率を向上させることができる。
【0014】
【発明の効果】以上のように本発明によれば、データ入力の容易な事象から推論処理を実行することによって、データ入力に時間が必要な事象を探索対象の中から可能な限り減らすことができるため、推論処理時間の短縮化を図ることができる。
【0015】また、推論すべきルールの範囲を属性データによって制限することによって、不要なルール探索を省くことができるため、全体の推論処理が高速になる。さらに、ルールは前向き推論、後向き推論とも同じ形式で表現されているので、ルールの相互矛盾の解消、ルール数の削減が可能であり、知識ベースの構築が容易である。本発明によれば、推論部11では、数値事象Fij、論理事象Aijを、優先度の高い順に探索しながら推論を実行し、その優先度は、利用者16が機械装置類の近傍まで行って調べなくても即答できる事象では、高く設定する。これによってデータ入力が促進され、原因候補の絞り込みを迅速に行うことができる。推論部11の探索の対象は、センサからの計測信号および利用者16のキーボードからのデータ入力に基づいて特定のグループを選択し、その中に区分されたルール群のみを探索の対象とする。したがって全てのルールを探索する場合に比べて、探索時間の短縮化を図ることができる。知識ベース12において、帰結事象1が成立するためには、要質問事象の優先度1〜3の3つの質問が全て成立する必要があり、その要質問事象のいずれかが1つでも成立せず、帰結事象1が成立しない場合は、それ以後の質問を不要とする。したがって質問回数を可能な限り減らして対話効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る推論装置の構成図である。
【図2】本発明の一実施例である推論装置10の知識ベース12の構成図である。
【図3】図1に示した知識ベース12の構成図において、後向き推論の手順を示した部分構成図である。
【符号の説明】
10 推論装置
11 推論部
12 知識ベース
13 専門家
14 支援ツール
15 インタフェース
16 利用者

【特許請求の範囲】
【請求項1】 (a)推論手段10であって、専門家13の知識を入れた知識ベース12と、その知識に基づいて推論および問題解決を実行する推論部11とを有する推論手段10と、(b)推論手段10に連結され、専門家13が知識ベース12を編集する支援ツール14と、(c)推論手段10に連結され、利用者16が対話形式で推論処理を実行するためのインタフェース15と、(d)圧力、温度、変位を計測するセンサと、(e)利用者16のキーボードとを含み、(f)知識ベース12は、数値事象Fij、論理事象Aij、中間事象Mi、帰結事象Ei(なお、i,jは正の整数。以下同じ)を含む複数の事象と、各事象間の因果関係を表す複数のルールRiとで構成され、数値事象Fijには、センサによって計測された数値データが、センサから、または前記キーボードから入力され、論理事象Aijには、「Y」(肯定)、「N」(否定)、「?」(不明)の3つの選択枝から1つを選ばせる質問形式で論理データが入力され、中間事象Miは、数値事象Fijや論理事象Aijなどの各事象がルールRiの条件部で判断されて、該ルールの帰結部にしたがって移行する暫定的な事象であって、後段のルールの条件部に導入される事象であり、帰結事象Eiは、ルールの帰結部にのみ現れる事象であって、他のルールの条件部には導入されず、ルールRiは、前段部の数値事象Fij、論理事象Aij、中間事象Miの成立を判断して、後段部の中間事象Mi、帰結事象Eiへ導く役割を有し、(g)推論部11は、各事象の成立に対して、連結したルールを順次適用しながら推論を実行することによって、目的とする最終的な結論を得、(h)データ入力を要する数値事象Fijおよび論理事象Aijは、入力要求の優先順位を決める属性データである1を最優先とする段階レベルから成るデータを包含しており(優先度をjで表す。)、推論部11は、優先度の高い順に数値事象Fij、論理事象Aijを探索しながら推論を実行し、利用者16が機械装置類の近傍まで行って調べなくても即答できる事象は、その優先度を高く設定し、ルールRiについても、推論実行の優先順位を決める属性データである故障診断のエンジン系統を1、電気系統を2、ブレーキ系統を3とするグループ別の分類番号から成るデータを包含しており、(i)推論部11は、センサからの各計測信号および利用者16のキーボードからのデータ入力に基づいて、特定のグループを選択し、その中に区分されたルール群のみを探索の対象とし、中間事象Miを含まないルールである条件部が数値事象Fijおよび論理事象Aijのみから成り、かつ、帰結部が帰結事象Eiのみから成るルールは、1回のみの探索で推論処理が可能な処理済みフラグを、ルールRi の属性データとして、包含し、(j)知識ベース12において、後向き推論を実行する際は、前向き推論と同じ形式で表現された知識ベース12を用いて、予め前向き推論によって列挙された原因候補の中から、可能な限り少ない質問回数で原因確定を行い、帰結事象1が成立するためには、要質問事象の優先度1〜3の3つの質問が全て成立する必要があり、その要質問事象のいずれかが1つでも成立せず、帰結事象1が成立しない場合は、それ以後の質問を不要とし、質問順序を各事象の優先度に従うことによって、質問回数を可能な限り減らすことを特徴とする機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置。
【請求項2】 データ入力を要する数値事象Fijおよび論理事象Aijは、入力要求の優先順位を決める属性データである1を最優先とする1〜5の5段階レベルから成るデータを包含していることを特徴とする請求項1記載の機械装置類を対象とした故障診断エキスパートシステムにおける推論装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【特許番号】特許第3293895号(P3293895)
【登録日】平成14年4月5日(2002.4.5)
【発行日】平成14年6月17日(2002.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−254801
【出願日】平成4年9月24日(1992.9.24)
【公開番号】特開平6−103073
【公開日】平成6年4月15日(1994.4.15)
【審査請求日】平成9年3月19日(1997.3.19)
【審判番号】不服2000−5602(P2000−5602/J1)
【審判請求日】平成12年4月20日(2000.4.20)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【合議体】
【参考文献】
【文献】特開 昭62−128333(JP,A)
【文献】特開 平2−231636(JP,A)
【文献】中村、小林“並列対話方式に基づく故障診断システム”,人工知能学会誌,Vol.4,No.1 人工知能学会,1989年1月,P.52−61