説明

機能性キトサン誘導体、キトサン架橋物、及びキトサン架橋物の製造方法

【課題】生理的pHでの溶解性を維持しやすく、なお且つ、微粒子カプセルの構成材料とすることができる機能性キトサン誘導体を提供し、また、その機能性キトサン誘導体を用いたキトサン架橋物、並びにそのキトサン架橋物の製造方法を提供する。
【解決手段】脱アセチル化キチン類又はキトサン類を構成するグルコサミン単位の2位の遊離アミノ基の少なくとも一部に、官能基としてフェノール性水酸基を導入して、機能性キトサン誘導体を得る。前記機能性キトサン誘導体は、そのフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境に曝されることにより架橋しキトサン架橋物を生じる。前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境は、前記機能性キトサン誘導体に、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、チロシナーゼ、及びラッカーゼから選ばれた少なくとも1種を作用させる反応系であるであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性キトサン誘導体、キトサン架橋物、及びキトサン架橋物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脱アセチル化キチン類又はキトサン類は、優れた生体適合性を有することから、化粧品、医薬、医療用素材として有用である。
【0003】
例えば、下記特許文献1には、キトサンの誘導体であるN−(3−カルボキシプロパノイル)−6−O−(カルボキシメチル)キトサンとコラーゲン化合物を化粧料成分として配合することを特徴とした保湿力の優れた化粧料の発明が開示されている。
【0004】
また、下記特許文献2には、固有粘度1.0dl/g以上のキトサンからなることを特徴とする遺伝子導入用キャリアーの発明が開示されている。
【0005】
更に、下記特許文献3や下記特許文献4には、紫外線硬化性官能基を導入したキチンが開示され、医療用接着剤、医療用被覆剤、利用することが記載されている。
【0006】
一方、近年の医療分野では、ガンや糖尿病などの各種疾患に有効な成分を産生する細胞を包括する細胞包括カプセルを治療に利用することが試みられている。
【0007】
そのような細胞包括カプセルに関する技術については、例えば、下記特許文献5には、約900ダルトンから約3,000ダルトンの間の分子量を有するポリエチレングリコール(PEG)コーティングを有する複数のカプセル状構造物と、上記カプセル状構造物でカプセル化された複数の細胞とを含み、少なくとも約100,000cells/mlの細胞密度を有する細胞治療用組成物の発明が開示されている。そして、得られた細胞治療用組成物を患者に移植しても、患者(生体)の炎症・免疫防御機構による破壊からカプセルで包んだ細胞が保護され、長期間の抗炎症治療または免疫抑制治療を施す必要がないので、ヒトおよび動物の種々の異なる病気や不具合、例えば糖尿病の治療のために有用であることが記載されている。
【特許文献1】特開平6−279231号公報
【特許文献2】特開2000−157270号公報
【特許文献3】WO00/27889号公報
【特許文献4】特開2005−154477号公報
【特許文献5】特表2006−503080号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、脱アセチル化キチン類又はキトサン類は、希有機酸などを含む酸性溶媒に可溶ではあるものの、生理的pHでの溶解性を維持しにくいので、生理的環境下で活性を有する酵素などとともに使用する場合にはその利用態様が制限されるという問題があった。また、脱アセチル化キチン類又はキトサン類を、細胞包括カプセル等の微粒子カプセルの構成材料とする技術は乏しかった。
【0009】
したがって、本発明の目的は、生理的pHでの溶解性を維持しやすく、なお且つ、微粒子カプセルの構成材料とすることができる機能性キトサン誘導体を提供することにある。また、その機能性キトサン誘導体を用いたキトサン架橋物、並びにそのキトサン架橋物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究した結果、脱アセチル化キチン類又はキトサン類を構成するグルコサミン単位の2位の遊離アミノ基の少なくとも一部に、官能基としてフェノール性水酸基を導入してなる機能性キトサン誘導体に、その有用性を見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の機能性キトサン誘導体は、脱アセチル化キチン類又はキトサン類を構成するグルコサミン単位の2位の遊離アミノ基の少なくとも一部に、官能基としてフェノール性水酸基を導入してなることを特徴とする。
【0012】
本発明の機能性キトサン誘導体によれば、カチオン性を付与する脱アセチル化キチン類又はキトサン類の遊離アミノ基に、フェノール性水酸基が導入されてそのカチオン付与性をマスクし、なお且つ、該フェノール性水酸基がアニオン性を付与するので、脱アセチル化キチン類又はキトサン類の有するポリカチオンとしての性質を緩和して、生理的pHでの溶解性を維持しやすくなる。また、ペルオキシダーゼやチロシナーゼの酵素反応等による温和な環境下に、その架橋物を調製することができる。
【0013】
本発明の機能性キトサン誘導体においては、前記脱アセチル化キチン類の脱アセチル化度が50〜100%であることが好ましい。脱アセチル化度が50%以下であると、キチンの特性を有し溶解性の面で取り扱いづらく汎用性に欠けるので好ましくない。
【0014】
本発明の機能性キトサン誘導体においては、前記グルコサミン単位数100に対して、前記フェノール性水酸基数0.01〜20の割合で該フェノール性水酸基を導入してなることが好ましい。
【0015】
本発明の機能性キトサン誘導体においては、官能基としてフェノール性水酸基を有する化合物を、架橋剤を用いた架橋反応により前記遊離アミノ基の少なくとも一部に導入してなることが好ましい。これによれば、一般的な架橋試薬を用いて容易に該機能性キトサン誘導体を調製することができる。
【0016】
本発明の機能性キトサン誘導体においては、前記フェノール性水酸基を有する化合物が、チロシン、4−ヒドロキシフェニル酢酸、3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸、4−ヒドロキシフェニルピルビン酸、2-アミノ-3-ヒドロキシフェニルプロピオン酸、及びホモゲンチジン酸から選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。また、前記架橋剤が、1,1−カルボニルジイミダゾール、ジシクロヘキシルカルボジイミドおよび3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩から選ばれた少なくとも1種であることが好ましい。
【0017】
一方、本発明のもう一つであるキトサン架橋物は、前記本発明の機能性キトサン誘導体が架橋されてなることを特徴とする。
【0018】
本発明のキトサン架橋物によれば、高分子ネットワーク構造を有するので、その内部に物質を包接でき、例えば保持担体素材として有用である。また、生体適合性にも優れているので、化粧品、医薬、医療用素材としてもその応用の幅が広い。
【0019】
本発明のキトサン架橋物の好ましい態様においては、前記キトサン架橋物は、水を保持してハイドロゲル状を呈する。これによれば、生細胞を包接させる場合のように、水分を共に担持させる必要がある場合でも問題がない。
【0020】
一方、本発明のもう一つであるキトサン架橋物の製造方法は、前記本発明の機能性キトサン誘導体を、該機能性キトサン誘導体のフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境に曝すことにより架橋することを特徴とする。
【0021】
本発明のキトサン架橋物の製造方法によれば、機能性キトサン誘導体のフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境に曝されることにより、該フェノール性水酸基を有するヒドロキシフェニル基同士の結合等、フェノール性水酸基が有する架橋形成能が発揮されて化学的結合が形成されるので、該機能性キトサン誘導体が自己架橋物を生じる。
【0022】
本発明のキトサン架橋物の製造方法においては、前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体に、ペルオキシダーゼ及び過酸化水素を作用させる反応系であることが好ましい。また、前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体にチロシナーゼを作用させる反応系であることが好ましい。これらの反応系によれば、例えば、培養細胞とともに反応させる場合であっても、その生存に影響をあたえないほど温和な条件でキトサン架橋物を得ることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明の機能性キトサン誘導体によれば、カチオン性を付与する脱アセチル化キチン類又はキトサン類の遊離アミノ基に、フェノール性水酸基が導入されてそのカチオン付与性をマスクし、なお且つ、該フェノール性水酸基がアニオン性を付与するので、脱アセチル化キチン類又はキトサン類の有するポリカチオンとしての性質を緩和して、生理的pHでの溶解性を維持しやすくなる。また、本発明のキトサン架橋物の製造方法によれば、ペルオキシダーゼやチロシナーゼを作用させる酵素反応系等、温和な環境下にその架橋物を調製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明において、脱アセチル化キチン類又はキトサン類は、キチン(N−アセチル−D−グルコサミンがβ−1,4結合した多糖)類のグルコサミン単位の2位のアセトアミド基が脱アセチル化されている多糖類であり、主にエビやカニなどの甲殻類の甲羅に含まれるキチン質から公知の手段で得ることができる。
【0025】
本発明において、上記脱アセチル化キチン類又はキトサン類の起源等については、特に制限はなく、希酸に可溶でその溶液の粘度が常法によって調製されたもの、もしくは市販されているものを用いることができるが、脱アセチル化度が50%以下であると、キチンの特性を有し溶解性の面で取り扱いづらく汎用性に欠けるので好ましくない。
【0026】
本発明の機能性キトサン誘導体は、脱アセチル化されて遊離した、前記グルコサミン単位の2位のアミノ基の少なくとも一部に、官能基としてフェノール性水酸基を導入してなるものである。
【0027】
そのフェノール性水酸基の導入手段には特に制限はないが、−NH基対−COOH基を架橋するための架橋剤、又は−NH基対−SH基を架橋するための架橋剤等を用いることによって効率よく導入することができる。すなわち、官能基としてフェノール性水酸基を有する化合物であって、更に−COOH基又は−SH基を有する化合物を、架橋剤とともに上記−NH基を有する脱アセチル化キチン類又はキトサン類に反応させる。その反応の一例を模式的に表すと、例えば下記の模式図のように表すことができる。
【0028】
【化1】

【0029】
具体的には、前記フェノール性水酸基を有する化合物としては、チロシン、4−ヒドロキシフェニル酢酸、3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸、4−ヒドロキシフェニルピルビン酸、2-アミノ-3-ヒドロキシフェニルプロピオン酸、及びホモゲンチジン酸等が挙げられる。また、前記架橋剤としては、−NH基対−COOH基を架橋するための架橋剤として、1,1−カルボニルジイミダゾール、ジシクロヘキシルカルボジイミドおよび3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩等、−NH基対−SH基を架橋するための架橋剤として、N-Succinimidyl 3-(2-pyridyldithio)propionate (SPDP)、N-(8-Maleimidocapryloxy)sulfosuccinimide、N-(6-Maleimidocaproyloxy)sulfosuccinimide等が挙げられる。
【0030】
以下、上記架橋反応の好ましい態様を挙げる。
【0031】
まず所望の脱アセチル化度のキトサンを、ギ酸または酢酸のような希有機酸溶液に溶解する。これに3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を添加し、3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩を加えて、4〜30℃で、1〜48時間程度攪拌する。次いで蒸留水を用いて透析し、未反応の架橋剤などを除去した後、凍結真空乾燥してフェノール基導入キトサンを得る。
【0032】
本発明においては、上記フェノール性水酸基の導入率が、上記グルコサミン単位数100に対して、該フェノール性水酸基数0.01〜20の割合であることが好ましい。その割合が、0.01以下であると本発明の効果を奏し得ないので好ましくない。また、本発明においては、フェノール性水酸基の導入(グルコサミン単位当りのフェノール性水酸基数の増加)によって脱アセチル化キチン類又はキトサン類の有するポリカチオンとしての性質を緩和して、生理的pHでの溶解性を向上させることができるが、上記フェノール性水酸基の導入率が20以上であると、フェノール性水酸基のアニオン付与性によってかえって溶解性が低くなるので好ましくない。
【0033】
なお、上記「フェノール性水酸基の導入率」とは、フェノール性水酸基に起因する吸収波長(例えば275nm)における吸光度を測定することで算出される、上記グルコサミン単位数100に対するフェノール性水酸基数の相対値を意味する。
【0034】
上記フェノール性水酸基の導入率は、上記フェノール性水酸基の導入率は、上記架橋反応の反応時間、反応温度、各反応成分の濃度を変えることによって制御することができる。例えば、反応時間を短くし、又は反応温度を下げ、又は各反応成分の濃度を低くすることで導入率を低く抑えることができる。一方、反応時間を長くし、又は反応温度を上げ、又は各反応成分の濃度を高くすることで、高い効率で導入することができる。
【0035】
上記フェノール性水酸基の導入率の増減により、後述するキトサン架橋物の強度、分解性、ゲル化時間等の特性に変化をもたらすことができる。
【0036】
なお、上記フェノール性水酸基の導入率は、上記架橋反応の反応時間、反応温度、各反応成分の濃度を変えることによって制御することができる。例えば、反応時間を短くし、又は反応温度を下げ、又は各反応成分の濃度を低くすることで導入率を低く抑えることができる。一方、反応時間を長くし、又は反応温度を上げ、又は各反応成分の濃度を高くすることで、高い効率で導入することができる。また、前述の架橋剤の至適pH条件下で反応を行わせることで、導入率を向上させることができる。
【0037】
本発明においては、上記のようにして得られたキトサン誘導体を、該キトサン誘導体のフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境に曝すことにより、その架橋物を得ることができる。
【0038】
ここで、「キトサン誘導体のフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境」とは、フェノール性水酸基が有する架橋形成能が発揮されて化学的結合が形成されるのに必要かつ十分な化学的環境を意味する。その結合の態様としては、水酸基が活性化されてキノンが生成し、これが他のキノンやその他の官能基と結合したものが挙げられ、以下の構造式に表すようなものが例示できる。
【0039】
【化2】

【0040】
また、上記化学的環境において、遊離のアミノ基が存在する場合には、その結合の態様としては、例えば、以下の模式図に表すようなものが挙げられる。
【0041】
【化3】

【0042】
したがって、上記化学的環境において、フェノール性水酸基を有するポリフェノール類化合物等を更に添加すれば、それが、脱アセチル化キチン類又はキトサン類を構成するグルコサミン単位の2位の遊離アミノ基との化学的結合を生じるので、架橋率を高めることができる。ポリフェノール類化合物としては、カテキン類化合物、アントシアニン類化合物、ルチン、並びに、赤キャベツ色素(シアニジンアシルグリコシド類化合物)、ベニバナ黄色素(カーサマスイエロー:サフロミンA、サフロミンB)、カーサマスレッド(カーサミン)、シソ色素(Perilla colour:シソニン、マロニルシソニン)、アカダイコン色素(Red radish colour:ペラルゴニジンアシルグリコシド類化合物)、ムラサキイモ色素(Purple sweet potato colour:シアニジンアシルグルコシド類化合物、ペオニジンアシルグルコシド類化合物)、エルダーベリー色素(Elderberry colour:シアニジングリコシド類化合物)等の天然色素を好ましく例示することができる。
【0043】
前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境としては、その一例として、前記機能性キトサン誘導体に、ペルオキシダーゼ又はカタラーゼ、及び過酸化水素を作用させる反応系が挙げられる。その場合、ペルオキシダーゼの起源については特に限定されないが、西洋ワサビ由来のもの等を好ましく用いることができる。また、カタラーゼは、ヒト由来のもの等を好ましく用いることができる。
【0044】
また、前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境の他の一例として、前記機能性キトサン誘導体にチロシナーゼ及び酸素を作用させる反応系が挙げられる。その場合、チロシナーゼは、マッシュルーム由来のもの等を好ましく用いることができる。
【0045】
また、前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境の更に他の一例として、前記機能性キトサン誘導体にラッカーゼを作用させる反応系が挙げられる。その場合、ラッカーゼは、ウルシ由来のもの等を好ましく用いることができる。
【0046】
上記のようにして得られたキトサン架橋物は、通常、架橋反応系の中の水分を担持して、水を保持してハイドロゲル状を呈する。このようなキトサン架橋物は、創傷被覆剤や薬剤の経口投与のための材料として有用である。
【実施例】
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0048】
<実施例1>
脱アセチル化度80%以上、粘度10cps以上、80メッシュパスのキトサン(脱アセチル化キチン)(商品名「キトサンLL」、焼津水産化学工業株式会社製)を、3‐(p‐ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を0.5%(w/v)の濃度で溶解する蒸留水に1.0%(w/v)の濃度で溶解し、水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを6.0に調整した後、3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩(ペプチド研究所製)、ヒドロキシこはく酸イミド(和光純薬製)をそれぞれ、0.43%(w/v)および0.36%(w/v)の濃度で溶解し、25℃、pH6.0で24時間反応させて、キトサンのグルコサミン単位の2位のアミノ基にフェノール基を導入した。その後、この溶液を99.5%エタノールを用いて沈殿させ、遠心して沈殿物を回収した後、再度99.5%エタノール中に分散させた後、遠心し沈殿させるという操作を計5回繰り返して、未反応物質等を取り除いた。その後、乾燥させた。
【0049】
フェノール性水酸基の導入率を、紫外・可視分光法により測定したところ、8.2個/100グルコサミン単位の導入率であった。このキトサン誘導体を、以下、実施例1のキトサン誘導体として使用した。
【0050】
<実施例2>
脱アセチル化度80%以上、粘度10cps以上、80メッシュパスのキトサン(脱アセチル化キチン)(商品名「キトサンPL」、焼津水産化学工業株式会社製)を、3‐(p‐ヒドロキシフェニル)プロピオン酸を0.5%(w/v)の濃度で溶解する蒸留水に1.0%(w/v)の濃度で溶解し、水酸化ナトリウム溶液を用いてpHを6.0に調整した後、3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩(ペプチド研究所製)、ヒドロキシこはく酸イミド(和光純薬製)をそれぞれ、0.43%(w/v)および0.36%(w/v)の濃度で溶解し、25℃、pH6.0で24時間反応させて、キトサンのグルコサミン単位の2位のアミノ基にフェノール基を導入した。その後、この溶液を99.5%エタノールを用いて沈殿させ、遠心して沈殿物を回収した後、再度99.5%エタノール中に分散させた後、遠心し沈殿させるという操作を計5回繰り返して、未反応物質等を取り除いた。その後、乾燥させた。
【0051】
フェノール性水酸基の導入率を、紫外・可視分光法により測定したところ、6.8個/100グルコサミン単位の導入率であった。このキトサン誘導体を、以下、実施例2のキトサン誘導体として使用した。
【0052】
なお、実施例1の結果を合わせて考慮すると、フェノール性水酸基の導入率については、水溶性カルボジイミド(EDC)又は3−(p‐ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の添加量を変えることによって、その制御が可能であることがわかる。
【0053】
<試験例1>
実施例1のキトサン誘導体(8.2個/100グルコサミン単位)について、溶解のpH依存性を調べた。
【0054】
具体的には、pH3.0の塩酸溶液に10mg/mlの濃度でキトサン誘導体を添加して溶解させた後、この溶液に0.1Mの水酸化ナトリウム水溶液を溶液のpHを測定しながら白濁するまで徐々に滴下し、白濁する直前のpHを記録した結果、pH7.1まで溶解可能であった。
【0055】
<試験例2>
実施例2のキトサン誘導体(6.8個/100グルコサミン単位)ついて、試験例1と同様にして溶解のpH依存性を調べた。その結果、pH6.75まで溶解可能であった。
【0056】
したがって、試験例1の結果とあわせると、フェノール性水酸基の導入(グルコサミン単位当りのフェノール性水酸基数の増加)によって、キトサンの生理的pHでの溶解性を向上させることができることがわかる。
【0057】
<実施例3>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0058】
実施例1のキトサン誘導体を、0.1Mの塩酸に1.0% (w/v)の濃度で溶解させた溶液を、水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH7.0に調整した。この溶液0.5mlをエッペンドルフチューブに入れ、これに西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬製)を、最終濃度5(units/ml)となるように添加し、更に、過酸化水素を最終濃度5mMとなるように添加した(図1(a))。その結果、室温に10分間静置したところ、ゲル化が確認された(図1(c))。なお、対照として、過酸化水素を添加しないものについて同様にゲル化を試みたが、ゲル化は起こらなかった(図1(b)、及び図1(d))。
【0059】
<実施例4>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0060】
実施例1のキトサン誘導体0.1N塩酸に溶解して、キトサン誘導体の濃度が2質量%となるように溶解し、そのpHを水酸化ナトリウムでpH7.0に調整した。この溶液 10mlをガラスバイアルに入れ、これに西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬製)を、最終濃度5(units/ml)となるように添加し、更に、過酸化水素を最終濃度5mMとなるように添加した(図2(a))。その結果、室温に10分間静置したところ、ゲル化が確認された(図2(c))。なお、図2(e)及び(g)は、それぞれ6時間後、及び36時間後のゲル状の状態を示す写真である。得られたキトサン架橋物(ゲル状)は36時間後には崩壊が確認された。
【0061】
<実施例5>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0062】
実施例2のキトサン誘導体を、0.1N塩酸に溶解して、キトサン誘導体の濃度が2質量%となるように溶解し、そのpHを水酸化ナトリウムでpH6.5に調整した。この溶液と、2質量%のゼラチン水溶液を同体積で混合し、その混合溶液10mlをガラスバイアルに入れ、これに西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬製)を、最終濃度5(units/ml)となるように添加し、更に、過酸化水素を最終濃度5mMとなるように添加した(図2(b))。その結果、室温に10分間静置したところ、ゲル化が確認された(図2(d))。なお、図2(f)及び(h)は、それぞれ6時間後、及び36時間後のゲル状の状態を示す写真である。得られたキトサン架橋物(ゲル状)は36時間後には崩壊が確認された。
【0063】
<実施例6>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0064】
実施例2のキトサン誘導体を、0.1N塩酸に溶解して、キトサン誘導体の濃度が2質量%となるように溶解し、そのpHを水酸化ナトリウムでpH6.5に調整した。この溶液にチロシナーゼ(和光純薬製)を、最終濃度35(units/ml)となるように添加し、その後に酸素を充填したガラスバイアルに入れたところ6時間後にゲル化が確認された(図3(a))。なお、図3(c)は36時間後のゲル状の状態を示す写真である。得られたキトサン架橋物(ゲル状)は36時間後においてもゲルの崩壊が起こらなかった。
【0065】
<実施例7>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0066】
実施例2のキトサン誘導体を、0.1N塩酸10mlに添加して、キトサン誘導体の濃度が2質量%となるように溶解し、そのpHを0.1N水酸化ナトリウム水溶液でpH6.5に調整した。この溶液と、2質量%のゼラチン水溶液を同体積で混合し、その混合溶液にチロシナーゼ(和光純薬製)を、最終濃度35(units/ml)となるように添加した。その後、酸素を充填したガラスバイアルに入れたところ6時間後にゲル化が確認された(図3(b))。なお、図3(d)は36時間後のゲル状の状態を示す写真である。得られたキトサン架橋物(ゲル状)は36時間後においてもゲルの崩壊が起こらなかった。
【0067】
<実施例8>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0068】
実施例2のキトサン誘導体を、1vol%−酢酸水溶液5mlに添加して、キトサン誘導体の濃度が4質量%となるように溶解し、そのpHを水酸化ナトリウムでpH5.8に調整した。この溶液と、10質量%となるように精製水に溶解した赤キャベツ色素溶液とを、体積比1(色素):9(キトサン)で混合し、その混合溶液 1.0mlをエッペンドルフチューブに入れ、これに西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬製)を、最終濃度5(units/ml)となるように添加し、更に、過酸化水素を最終濃度5mMとなるように添加した(図4(a))。その結果、室温に10分間静置したところ、ゲル化が確認された(図4(b))。なお図示しないが、得られたキトサン架橋物(ゲル状)は72時間後にはゲルの部分的な溶解が確認された。
【0069】
<実施例9>
以下のようにして、機能性キトサン誘導体が架橋されてなるキトサン架橋物(ゲル状)を調製した。
【0070】
実施例2のキトサン誘導体を、1vol%−酢酸水溶液5mlに添加して、キトサン誘導体の濃度が4質量%となるように溶解し、そのpHを水酸化ナトリウムでpH5.8に調整した。この溶液と、8質量%となるように精製水に溶解したベニバナ黄色素(カーサマスイエロー)溶液とを、体積比1(色素):9(キトサン)で混合し、その混合溶液1.0mlをエッペンドルフチューブに入れ、これに西洋わさび由来ペルオキシダーゼ(和光純薬製)を、最終濃度5(units/ml)となるように添加し、更に、過酸化水素を最終濃度5mMとなるように添加した(図5(a))。その結果、室温に10分間静置したところ、ゲル化が確認された(図5(b))。なお図示しないが、得られたキトサン架橋物(ゲル状)は72時間後にはゲルの部分的な溶解が確認された。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の第1の実施形態のキトサン架橋物(ゲル状)の調製時の写真である。
【図2】本発明の第2及び第3の実施形態のキトサン架橋物(ゲル状)の調製時の写真である。
【図3】本発明の第4の実施形態のキトサン架橋物(ゲル状)の調製時の写真である。
【図4】本発明の第5の実施形態のキトサン架橋物(ゲル状)の調製時の写真である。
【図5】本発明の第6の実施形態のキトサン架橋物(ゲル状)の調製時の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱アセチル化キチン類又はキトサン類を構成するグルコサミン単位の2位の遊離アミノ基の少なくとも一部に、官能基としてフェノール性水酸基を導入してなることを特徴とする機能性キトサン誘導体。
【請求項2】
前記脱アセチル化キチン類の脱アセチル化度が50〜100%である請求項1に記載の機能性キトサン誘導体。
【請求項3】
前記グルコサミン単位数100に対して、前記フェノール性水酸基数0.01〜20の割合で該フェノール性水酸基を導入してなる請求項1又は2に記載の機能性キトサン誘導体。
【請求項4】
官能基としてフェノール性水酸基を有する化合物を、架橋剤を用いた架橋反応により前記遊離アミノ基の少なくとも一部に導入してなる請求項1〜3のいずれか1つに記載の機能性キトサン誘導体。
【請求項5】
前記フェノール性水酸基を有する化合物が、チロシン、4−ヒドロキシフェニル酢酸、3−(4−ヒドロキシフェニル)プロピオン酸、4−ヒドロキシフェニルピルビン酸、2‐アミノ−3−ヒドロキシフェニルプロピオン酸、及びホモゲンチジン酸から選ばれた少なくとも1種である請求項4に記載の機能性キトサン誘導体。
【請求項6】
前記架橋剤が、1,1−カルボニルジイミダゾール、ジシクロヘキシルカルボジイミドおよび3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩から選ばれた少なくとも1種である請求項4又は5に記載の機能性キトサン誘導体。
【請求項7】
請求項1〜6に記載の機能性キトサン誘導体が架橋されてなることを特徴とするキトサン架橋物。
【請求項8】
水を保持してハイドロゲル状を呈する請求項7に記載のキトサン架橋物。
【請求項9】
請求項1〜6に記載の機能性キトサン誘導体を、該機能性キトサン誘導体のフェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境に曝すことにより架橋することを特徴とするキトサン架橋物の製造方法。
【請求項10】
前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体に、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、チロシナーゼ、及びラッカーゼから選ばれた少なくとも1種を作用させる反応系である請求項9に記載のキトサン架橋物の製造方法。
【請求項11】
前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体に、ペルオキシダーゼ及び過酸化水素を作用させる反応系である請求項9に記載のキトサン架橋物の製造方法。
【請求項12】
前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体に、カタラーゼ及び過酸化水素を作用させる反応系である請求項9に記載のキトサン架橋物の製造方法。
【請求項13】
前記フェノール性水酸基が酸化されるのに有効な化学的環境が、前記機能性キトサン誘導体にチロシナーゼ及び酸素を作用させる反応系である請求項9に記載のキトサン架橋物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−174671(P2008−174671A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−10884(P2007−10884)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(390033145)焼津水産化学工業株式会社 (80)
【Fターム(参考)】