説明

機能的電気刺激歩行補助装置

【課題】フットスイッチを足底に装着することなしに離床タイミングを高精度に推定して電気刺激を印加する機能的電気刺激歩行補助装置を提供すること。
【解決手段】患脚10の離床タイミングを検出する離床タイミング検出手段1と、離床タイミング検出手段1からの離床タイミング信号に基づき患脚10に電気刺激を与える電気刺激付与手段2とを備える機能的電気刺激歩行補助装置であって、離床タイミング検出手段1は、患脚10の運動を計測する運動計測手段11と、運動計測手段11からの患脚10の運動データを入力信号とし、患脚10を目視した離床タイミングを教師信号として学習させたニューラルネットワーク12と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一方の下肢が麻痺した患者の患脚に装着する歩行補助装置に関し、特に、機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation)を用いた歩行補助装置に関する。
【背景技術】
【0002】
脳血管障害や脊髄損傷などにより、下垂足と呼ばれる下肢の麻痺症状が発症することがある。歩行中に足部が床から離れる期間があるが、下垂足があると、つま先が床から離れなくなる。その結果、歩行を妨げたり、患者を転倒させたりする。
【0003】
そこで、電気刺激で麻痺した筋肉を収縮させ、つま先を持ち上げて歩行を補助する機能的電気刺激歩行補助装置が開発されている。
【0004】
通常は足底に付けられたスイッチが足部の接地(接床)あるいは離地(離床)の時にオンオフする信号で刺激タイミングをコントロールしている。しかし、この方法は、刺激装置と別にスイッチを着けねばならないこと、スイッチの動作の信頼性が低いという問題があった。そこため、足底スイッチを使用しない方法が開発されてきた。
【0005】
たとえば、患脚の着地(接地)タイミングを患脚に取り付けた加速度センサで検出して、電気刺激する歩行補助装置が知られている(例えば、特許文献1参照。)。これは、着地検出パルス信号で自動遅延回路をトリガーし、自動遅延回路で着地検出パルス信号を遅延させ、遅延信号の終了時点で電気刺激を行うものである。
【0006】
上記従来の歩行補助装置では、着地時に加速度センサ出力が規則的に大きく変化する(第6図参照。)ことを前提にしている。しかし、下垂足の症状をもつ患脚の着地時に加速度センサ出力が規則的に大きく変化せず、着地検出パルス信号で自動遅延回路をトリガーできなくなり、自動遅延回路で着地検出パルス信号を遅延させることができなくなることがある。また、下垂足の症状も様々あり、それに応じて加速度センサ出力も様々に変動するので、様々な症状の患者の歩行補助装置としては満足に機能しなかった。
【0007】
一方、様々な症状の患者の様々な歩行(平地歩行、階段昇降)に対応できる機能的電気刺激歩行補助装置を目指したニューラルネットを用いる歩行状態識別技術が開発されている(例えば、非特許文献1、2参照。)。これは、靴の踵に固定された3軸加速度センサの信号をニューラルネットの入力層に入力して、母指球と踵に装着したフットスイッチで検出した遊脚期の終了タイミングを教師信号として、歩行状態を識別するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭60−119949号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】山岸 史歩、外7名、「片麻痺者のFES歩行制御のための動作識別に関する検討」、電子情報通信学会技術研究報告、社団法人電子情報通信学会、2000年11月23日、第100巻、第478号、p.109−116
【非特許文献2】山岸 史歩、外5名、「片麻痺者のFES歩行再建のための歩行動作の識別に関する基礎的検討」、電子情報通信学会技術研究報告、社団法人電子情報通信学会、1999年11月19日、第99巻、第458号、p.77−84
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ニューラルネットの教師信号として患脚が離床する離床タイミングを与える場合、従来の方法では以下の問題点がある。床反力計等を使用して離床タイミングデータを得る方法は、高額な設備が必要と共に測定場所が限られてしまう。フットスイッチを使用する方法は、個々の患者の足の状態(関節の拘縮や変形等)や異なった歩容に対して確実に動作させる事が難しい。また、装着し調整する手間もかかる。さらに、患者の歩容によっては刺激が入って欲しいタイミングと、離床タイミングが異なる場合もある。それゆえ、健常者ではうまく動作しても、患者では動作が不確実になってしまう。
【0011】
非特許文献1、2では、フットスイッチを母指球と踵に装着しているが、健常者の歩行状態の識別実験でも、識別率が78%〜82%と低い。歩容が様々に異なる患者の歩行状態の識別率はさらに低くなる。また、歩行補助装置では、患脚の離床タイミングを高精度に推定する必要があるが、健常者の歩行状態の識別率からして、離床タイミングを高精度に推定することができない。
【0012】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、フットスイッチを足底に装着することなしに、離床タイミングを高精度に推定して電気刺激を印加する機能的電気刺激歩行補助装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するためになされた本発明の機能的電気刺激歩行補助装置は、患脚の離床タイミングを検出する離床タイミング検出手段と、前記離床タイミング検出手段からの離床タイミング信号に基づき前記患脚に電気刺激を与える電気刺激付与手段とを備える機能的電気刺激歩行補助装置であって、前記離床タイミング検出手段は、患脚の運動を計測する運動計測手段と、前記運動計測手段からの前記患脚の運動データを入力信号とし、前記患脚を目視した離床タイミングを教師信号として学習させたニューラルネットワークと、を有することを特徴とする。
【0014】
上記の機能的電気刺激歩行補助装置において、前記離床タイミング検出手段は、前記患脚が離床するのを目視してスイッチを押すことで前記離床タイミングを入力するリモートスイッチを備えるとよい。
また、前記運動計測手段は、少なくとも前記患脚の進行方向加速度及び鉛直方向加速度を検出する2軸加速度センサと膝軸周りの角速度を検出する1軸角速度センサとを備えるとよい。
【発明の効果】
【0015】
個々の患者の患脚を目視した離床タイミングを教師信号として学習させたニューラルネットワークを有しているので、様々な歩容の下垂足患者の離床タイミングを高精度に推定することができる。その結果、患脚をタイミング良く電気刺激して歩行補助することができる。
【0016】
ニューラルネットワークの学習時に使う付属装置がリモートスイッチのみなので場所を選ばず、装置を付けて患者に数メートル歩いてもらうだけでよい。そのため、理学療法士が手軽にどこでも教師信号を入力することが可能になる。
【0017】
さらに、運動計測手段が少なくとも前記患脚の進行方向加速度及び鉛直方向加速度を検出する2軸加速度センサと膝軸周りの角速度を検出する1軸角速度センサとを備えるので、離床タイミングを高精度に推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る機能的電気刺激歩行補助装置を下肢が麻痺した患者の患脚に装着した使用態様図である。
【図2】本発明に係る機能的電気刺激歩行補助装置のブロック図である。
【図3】図2の運動計測手段で検出する信号を説明する図である。
【図4】図2のニューラルネットワークの構造図である。
【図5】図2の離床タイミング検出手段で離床タイミングを検出した実験結果である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
この発明を実施するための形態について、図面を参照して説明する。
【0020】
本発明に係る機能的電気刺激歩行補助装置は、図1に示すように、患脚10の離床タイミングを検出する離床タイミング検出手段1と、離床タイミング検出手段1からの離床タイミング信号に基づき患脚10に電気刺激を与える電気刺激付与手段2とを備えている。離床タイミング検出手段1と電気刺激付与手段2とはモジュール化され、帯状の装着帯20の内側に固定されている。運動計測手段1のセンサ11aが膝下に位置し、電気刺激付与手段2の電極22が下腿上部前面外側の総腓骨神経が走る付近の皮膚に付着するように装着帯20が装着される。図中13は、患脚10を目視して離床タイミングを入力する着脱可能なリモートスイッチである。
【0021】
離床タイミング検出手段1は、図2に示すように、患脚10の運動を計測する運動計測手段11、運動計測手段11からの患脚10の運動データを入力信号とし、患脚10を目視した離床タイミングを教師信号として学習させるニューラルネットワーク12及び患脚10を目視して離床タイミングをニューラルネットワーク12に入力するリモートスイッチ13を備えている。
【0022】
電気刺激付与手段2は、刺激発生手段21と電極22とを備えている。
【0023】
本実施形態の運動計測手段11は、3軸加速度センサ11a1と3個の1軸角速度センサ11a2とからなるセンサ11a、フィルター11b及び増幅器11cを備えている。
【0024】
3軸加速度センサ11a1は、たとえば、日立金属のH48Cであり、図3に示すように、進行方向をX軸、鉛直方向をZ軸とするとき、X軸方向の加速度ax(t)、Y軸方向の加速度ay(t)、Z軸方向の加速度az(t)を検出する。
【0025】
3個の1軸角速度センサ11a2は、たとえば、村田製作所のENC-03であり、図3に示すように、X軸周りの角速度ωx(t)、Y軸周りの角速度ωy(t)、Z軸周りの角速度ωz(t)を検出する。
【0026】
ニューラルネットワーク12は、図4に示すように、入力層12a、中間層12b、出力層12cからなる3層フィードフォワード型である。離床タイミングの推定精度を高めるために、入力層12aには、現在の値だけでなくn時点前(サンプリング時間をΔt(sec)とし、d時点毎の時系列データを推定に利用したとき、時間に表すと、n×Δt×d(sec)前)までの時系列データを用いる。そのため、X軸方向の加速度ax(t)、Y軸方向の加速度ay(t)、Z軸方向の加速度az(t)及びX軸周りの角速度ωx(t)、Y軸周りの角速度ωy(t)、Z軸周りの角速度ωz(t)を用いる場合、入力層12aのニューロン数は6×(n+1)個となる。また、中間層12bは1層とし、20個のニューロンを用いる。最後に、出力層12cを1ニューロンとし、0(離床)または1(接地)を出力させる。
【0027】
ニューラルネットワーク12は、リモートスイッチ13から入力される患脚10の離床タイミングを教師信号としてLevenberg-Marquardt法により学習し、離床タイミングの推定精度を高める。
【0028】
刺激発生手段21は、ニューラルネットワーク12から離床タイミングの0が出力されると、その時点から立ち上がる機能的電気刺激パルスを発生する。その機能的電気刺激パルスは、電極22に印加され、総腓骨神経が刺激される。
【0029】
次に、離床タイミング検出手段1のタイミング推定精度を実験的に調べた結果を以下に記す。
【0030】
図1のように、患脚10に機能的電気刺激歩行補助装置を装着した下垂足患者が、床に載置された床反力計(Kistler社、2m×0.4m、2m×0.8m)上を歩行した結果を図5に示す。ニューラルネットワーク12に入力する教師信号はリモートスイッチ13から入力される離床タイミング信号から作成された。図5は、ニューラルネットワーク12の出力(実線)と床反力計の出力(点線)を示しており、矢印が離床タイミングを示す。このニューラルネットワーク12の出力は、5時点(5×(1/120)×2=0.083sec)前までの時系列データを用いて、3軸加速度と3軸周りの角速度の6信号を用いて推定を行ったものである。
【0031】
図5から5歩分の床反力(点線)に対する離床タイミング出力(実線)の平均誤差は、0.032secであった。
【0032】
上記のように、図5の結果は、3軸加速度と3軸周りの角速度の6信号を用いて推定を行ったものであるが、信号数は少ない方が望ましい。そこで、最も周期性が見られる進行方向(X軸方向)と鉛直方向(Z軸方向)の加速度ax(t)、az(t)及び膝軸(Y軸)周りの角速度ωy(t)の3信号を用いて、離床タイミングの推定を行った。その結果、床反力に対する離床タイミング出力の平均誤差は、0.035secであった。これから3信号でも十分な精度で離床タイミングを推定できることがわかる。
【0033】
本発明に係る機能的電気刺激歩行補助装置は、患脚を目視してリモートスイッチ13で入力される離床タイミング信号から作成される教師信号として学習させたニューラルネットワークを有しているので、離床タイミングを高精度に推定することができる。その結果、患脚をタイミング良く電気刺激して歩行補助することができる。
【0034】
運動計測手段11が患脚の進行方向加速度及び鉛直方向加速度を検出する2軸加速度センサと膝軸周りの角速度を検出する1軸角速度センサとを備えるだけでよいので、機能的電気刺激歩行補助装置が簡素化される。
【符号の説明】
【0035】
1・・・・・・・離床タイミング検出手段
11・・・・・運動計測手段
11a・・・・加速度センサ
11b・・・・角速度センサ
12・・・・・・ニューラルネットワーク
13・・・・・・リモートスイッチ
2・・・・・・・・電気刺激付与手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
患脚の離床タイミングを検出する離床タイミング検出手段と、前記離床タイミング検出手段からの離床タイミング信号に基づき前記患脚に電気刺激を与える電気刺激付与手段とを備える機能的電気刺激歩行補助装置であって、
前記離床タイミング検出手段は、患脚の運動を計測する運動計測手段と、前記運動計測手段からの前記患脚の運動データを入力信号とし、前記患脚を目視した離床タイミングを教師信号として学習させたニューラルネットワークとを有することを特徴とする機能的電気刺激歩行補助装置。
【請求項2】
前記離床タイミング検出手段は、前記患脚が離床するのを目視して前記離床タイミングを入力するリモートスイッチを備える請求項1に記載の機能的電気刺激歩行補助装置。
【請求項3】
前記運動計測手段は、少なくとも前記患脚の進行方向加速度及び鉛直方向加速度を検出する2軸加速度センサと膝軸周りの角速度を検出する1軸角速度センサとを備える請求項1または2に記載の機能的電気刺激歩行補助装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−227236(P2010−227236A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−76933(P2009−76933)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行所:バイオメカニズム学会、刊行物名:「第29回バイオメカニズム学術講演会 SOBIM 2008 予稿集」、発行日:2008年10月25日
【出願人】(509041061)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(595136704)株式会社松栄電子研究所 (1)
【Fターム(参考)】