説明

歯列矯正用ブラケット

【課題】歯牙表面への装着が容易であって、食べ滓などが残存しにくく、従って齲歯の発生原因とならず、しかも作業性の悪い結紮を必要としない新規な歯列矯正用ブラケットを提供すること、および装着することにより、ブラケットの中心部を回転中心点とする三次元的な回転力を歯牙に付与することができ、しかもこの回転応力の調整が容易な歯列矯正用ブラケットを提供すること。
【解決手段】歯質表面に接着する基板面と、該基板面を底面としてアーチワイヤを保持するアーチワイヤ保持部と、該アーチワイヤ保持部の側面のいずれか少なくとも一か所に形成された、係合部材を係止するための係止手段とを有し、一定の断面形状を有し、前記アーチワイヤを嵌通させて、隣接する歯列矯正用ブラケットを、アーチワイヤで連接するためのアーチワイヤ嵌通孔を複数個有することを特徴とする歯列矯正用ブラケット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯列矯正用ブラケットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯並びのよさは、社会生活において好感を与え、また、医学的に見ても良好な咀嚼力を与えることから、近時、歯列矯正を行うことが多くなっている。特に現代人は、食文化の変化に伴って咀嚼力が低下している。そのため、現代人の口中の歯牙の生えるスペースが小さくなる傾向があり、現代人は歯列矯正を行わなければ歯並びが悪くなる傾向にある。
【0003】
こうした傾向から、永久歯が生えそろう幼年時から歯列矯正を行うことが多くなってきている。
【0004】
一般に歯列矯正は、例えば特許文献1(特開2001−161716号公報)に示されるように(図15および図16を参照)、以下のような一連の操作により、歯牙の向きを変えようとするものである。
(1)複数の歯牙の表面141Aに歯列矯正用のブラケット143を接着する。
(2)このブラケット143に形成された凹部145にアーチワイヤ146を嵌挿して、ブラケット143間にアーチワイヤ146を差し渡しする。
(3)このアーチワイヤ146の有する弾性力を歯牙に作用させる。
【0005】
このような歯列矯正用のブラケット143は、従来は金属で形成されていたが、歯牙と金属製ブラケットとの色調の相違から審美性にかける。この点を改善するために、透明あるいは歯牙と色調の近い色に着色されたプラスチックなどが、歯列矯正用ブラケット143の構成材料として使用されている。
【0006】
しかしながら、このような歯列矯正用ブラケットとアーチワイヤとは、歯列矯正用ブラケットに形成された凹部145にアーチワイヤを嵌挿することにより係合されているだけである。そのため、端部にある歯列矯正用ブラケットに対してアーチワイヤを確実に係合するために、端部にある歯列矯正用ブラケットとアーチワイヤとを結紮用のワイヤ150を用いて結紮するのが一般的であった。また、アーチワイヤ146は、ブラケット143に形成された凹部145に嵌挿されているために、歯牙を押して歯列を矯正する際には特に問題にはならない。しかし、奥まった歯牙を前面に引き出す歯列矯正に際しては、アーチワイヤ146がブラケット143に形成された凹部145から抜け出ることがあり、このような場合にも結紮用ワイヤ150でアーチワイヤ146をブラケット143に結びつける必要があった。
【0007】
また、このように従来の歯列矯正用ブラケットは、アーチワイヤを結紮される必要があるために、その形状は複雑とならざるをえず、さらに結紮を行った場合には、結紮力で歯の移動を妨げる場合もある。また、この結紮作業は手作業であり、高度な熟練が必要とされる。
【0008】
歯列矯正用ブラケットの表面状態や形状が複雑になるほど、食べ滓などが、歯列矯正用ブラケット、アーチワイヤあるいは結紮用のワイヤによって形成される間隙に残存することがある。こうした食べ滓が齲歯の形成原因となることがある。
【0009】
歯列矯正は、歯牙の審美性を向上させるために行うものである。上記のような歯列矯正に伴う齲歯の発生を防止し、さらにブラケットの美観および結紮の作業性を考慮して、特許文献2(特開2007−105361号公報)には、図17に示すように、歯牙表面に固定されるベース部255において、水平方向に貫通したスロット孔252を穿設してなる歯列矯正用ブラケットの発明が開示されている。さらに、特許文献2には、図18に示すように、個々の歯牙に合わせて矯正方向を変化させるために、スロット孔252の貫通方向をベース部255の形成方向と変位するように傾斜させて穿設することが開示されている。このようにスロット孔252をベース部255の形成方向と変位傾斜させることにより、アーチワイヤの引き回し方向が直線的でなく、湾曲することによりトルクを発生させ、歯牙のアンギュレーション(外向傾)を矯正することができる旨の記載が、特許文献2にはある。
【0010】
しかしながら、特許文献2に開示されている変位させたスロット孔252は、一つである。歯牙の外向傾を矯正するためのトルクはスロット孔252に挿入された一本のアーチワイヤの弾性によってもたらされるトルクに頼らざるをえない。歯列矯正においては、歯牙全体の歯列をバランスよく矯正する必要があり、部分的な歯牙の外向傾を矯正するために高いトルクをえようとすると、他の歯牙に対して余分な応力をかけることになる。
さらに、特許文献2に開示された歯列矯正用ブラケットでは、アンギュレーションを矯正することはできても、歯牙の前後方向の矯正、および歯牙の歯茎と接する辺の中心および歯先の中心を結ぶ直線を回転軸とする回転、すなわちローテーションによる矯正を行うことは困難である。
【0011】
また、特許文献2に記載されている歯列矯正用ブラケットは、側面が傾斜していることから、食べ滓などが残存しにくいとの特性を有する。しかし、このような歯列矯正用ブラケットは、裏面に接着剤を塗布して、側面をピンセットで挟んで歯牙の表面にマウントするのが一般的であり、特許文献2に具体的に記載されているように側面が全て傾斜していると、ピンセットで摘み上げにくい。このため、特許文献2に記載されている歯列矯正用ブラケットには、歯牙表面に正確にマウントすることが難しいという問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2001−161716号公報
【特許文献2】特開2007−105361号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、新規な歯列矯正用ブラケットを提供することを目的としている。
【0014】
さらに本発明は、歯牙表面への装着が容易であって、食べ滓などが残存しにくく、従って齲歯の発生原因とならず、しかも作業性の悪い結紮を必要としない新規な歯列矯正用ブラケットを提供することを目的としている。
【0015】
また、本発明は、装着することにより、アンギュレーションの他、歯の前後方向の回転(矯正)およびローテーションといった、ブラケットの中心部を回転中心点とする三次元的な回転力を歯牙に付与することができ、しかもこの回転応力の調整が容易な歯列矯正用ブラケットを提供することを目的としている。
【0016】
さらにまた、本発明は、歯質と同色の材質を用いることで、審美性に優れると共に、高い耐久性を有し、しかもブラケットを剥離した際に接着剤が歯質表面に残存しない歯列矯正用ブラケットを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の歯列矯正用ブラケットは、歯質表面に接着する基板面と、該基板面を底面としてアーチワイヤを保持するアーチワイヤ保持部とを有し、前記アーチワイヤで連接されて個々の歯質に応力を継続的に付与して歯列を矯正する歯列矯正用ブラケットであって、
該歯列矯正用ブラケットは、歯質表面に接着する基板面を底面としてアーチワイヤの張り渡し方向に対して直行する断面の形状が略かまぼこ型であるとともに、該アーチワイヤを嵌通させて、隣接する歯列矯正用ブラケットを、アーチワイヤで連接するためのアーチワイヤ嵌通孔を複数個有すると共に、該アーチワイヤ保持部の側面のいずれか少なくとも一か所に係合部材を係止するための係止手段を有し、複雑かつ様々な矯正治療効果を発揮することが可能である。
【0018】
前記係止手段は、前記係合部材を、該係止手段近傍の歯列矯正用ブラケットの係止手段あるいはアーチワイヤに係止することによって、該歯質に応力を付与することが可能に形成されていることを特徴としている。
【0019】
前記アーチワイヤ嵌通孔の断面形状は、方形であることが好ましく、またアーチワイヤ嵌通孔は、前記歯列矯正用ブラケットに3個形成され、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、両脇に形成されたアーチワイヤ嵌通孔よりも、前記基板面からの高さが高い位置に形成されていると、より有効な三次元的な回転トルクを歯牙に付与することができるとともに、ブラケット全体を小さく、かつ、なだらかな形状にできる。
【0020】
前記係合部材は、輪状弾性体であることが好ましく、前記係止手段は、通常この輪状弾性体を係止するための凹部および/または凸部、すなわち輪状弾性体を掛け止めして固定するための凹状の切り欠きおよび/または凸状の出っ張りを有している。
【0021】
また、前記アーチワイヤ嵌通孔を、該嵌通孔の両端部の前記基板面からの高さが異なるように傾斜させて形成することにより、歯牙の前後方向の回転トルクを発生させることができる。
【0022】
さらに、前記中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、前記歯列矯正用ブラケットの一方の端部から他方の端部まで、該歯列矯正用ブラケットの基板面を底面として上面に開口している場合には、後述するように、歯列矯正用ブラケットの接着作業等において、この開口を自由度高く使用することができる。
【0023】
前記ブラケットの前記係止手段を除く部分の、アーチワイヤの張り渡し方向に直行する断面の形状は略かまぼこ型である。前記形状は、歯質の前記断面と接着する部位の中心を仮想中心点とする、R1を半径とする、前記断面と同一平面上に存在する仮想半円上に少なくとも四カ所、好ましくは少なくとも六カ所の接触点を有する、略かまぼこ状の形状であることが、食べ滓のつきにくさの観点から好ましい。
【0024】
通常前記ブラケットの前記係止手段を除く部分の断面においては、歯質表面と接着する辺が、ブラケットを歯質表面に接着させるための接着剤を保持するため、前記ブラケットの下方かつ前記断面と同一平面上に仮想される仮想中心点から半径R2の曲率で上部に湾曲している。
【0025】
特に本発明の歯列矯正用ブラケットは、該ブラケットの歯質表面と接着する基板面に、前記アーチワイヤ嵌通孔と略平行に少なくとも1条の接着剤充填溝を有することが好ましい。
【0026】
また前記ブラケットの歯茎方向における幅が、歯先方向の幅より狭く形成されていることが好ましい。
【0027】
さらに前記ブラケットのアーチワイヤの張り渡し方向と直行する端部は、ブラケットの歯質表面と接着する基板面に対して略直角に形成されていることが好ましい。
本発明の歯列矯正用ブラケットは、通常無機材料の焼結体から形成されている。
【0028】
このような本発明の歯列矯正用ブラケットには、上記の前記中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が上面に開口している場合を除いて結紮の作業が不要である。従って本発明の歯列矯正用ブラケットにおいてアーチワイヤは、基本的に前記アーチワイヤ嵌通孔に嵌通されることにより前記ブラケットに固定されており、該アーチワイヤは結紮手段によっては歯列矯正用ブラケットに結紮固定されていない。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、より有効な三次元的な動き(アンギュレーション、前後方向の動きおよびローテーション)を可能とする歯列矯正用ブラケットが提供され、本発明の歯列矯正用ブラケットによれば、より正確な歯列矯正が可能となる。しかも、本発明の歯列矯正用ブラケットは、基本的に嵌通されたアーチワイヤを結紮する必要がないため、従来の歯列矯正用ブラケットで歯に加えていた力より弱い力を加えることで、歯列矯正ができる。さらに本発明の歯列矯正用ブラケットにおいては、形状が単純化されているので、該ブラケットへの歯垢(食物残渣)の沈着が少ない。そのため、口腔衛生上も本発明の歯列矯正用ブラケットは優れている。
【0030】
さらに、本発明の歯列矯正用ブラケットは、本質的に歯質表面と同様の色調を有しており、審美性に優れていると共に、硬質であり、耐久性にも優れている。
【0031】
さらに本発明の歯列矯正用ブラケットは、歯牙表面に対して良好な接着性を有するとともに、この歯列矯正用ブラケットを剥離する際に接着剤が歯牙表面に残存することがなく、前記接着剤は除去される歯列矯正用ブラケットの裏面(基板面)に全て保持されて、剥離される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、本発明の歯列矯正用ブラケットの係止手段を除く部分の斜視図である。
【図2】図2(a)は、歯列矯正用ブラケットの上面図、(b)は側面図、(c)は裏面図である。なお、前記ブラケットの係止手段は省略されている。
【図3】図3は、図1に示す本発明の歯列矯正用ブラケットのX-X断面図である。なお、前記ブラケットの係止手段は省略されている。
【図4】図4は、本発明の歯列矯正用ブラケットに形成されている複数の嵌通孔の、たがいの位置関係を模式的に示す図である。
【図5】図5は、本発明の歯列矯正用ブラケットの基板面に形成されている接着剤充填溝の形態の例を示す模式図である。
【図6】図6は、本発明の歯列矯正用ブラケットの使用形態の例を示すものであり、歯牙の表面に歯列矯正用ブラケットが接着させられ、この歯列矯正用ブラケットにアーチワイヤが嵌通させられた状態を示す模式図である。なお、前記ブラケットの係止手段は省略されている。
【図7】図7は、本発明の歯列矯正用ブラケットのアーチワイヤ嵌通孔が、その嵌通孔の両端部の、前記ブラケットの基板面(または歯質表面)からの高さが異なるように傾斜させて形成された態様を示す斜視図である。なお、前記ブラケットの係止手段は省略されている。
【図8】図8は、図7における歯列矯正用ブラケットのY-Y断面図である。
【図9】図9は、係止手段を省略しない本発明の歯列矯正用ブラケットの代表的構成の斜視図である。
【図10】図10は、係止手段を省略しない本発明の歯列矯正用ブラケットの使用形態の例を示すものであり、歯牙の表面に歯列矯正用ブラケットが接着させられ、この歯列矯正用ブラケットにアーチワイヤが嵌通させられ、かつ係止手段に係合部材が係止されている状態を示す模式図である。
【図11】図11は、上下の歯に接着された本発明の歯列矯正用ブラケットの係止手段に係合部材が係止されている態様を示す、歯牙を横から見た場合の模式図である。なお、図11において、右側が口腔側、左側が口の外側である。
【図12】図12は、本発明の歯列矯正用ブラケットの係止手段の各種態様(形状)の例を示す模式図である。なお当該図において、(a-1)などの記号が付された図は、ブラケットの上面図であり、(a-2)などの記号が付された図は、対応する(a-1)の態様のブラケットの断面図である。切断方向は、図1に示す本発明の歯列矯正用ブラケットのX-X断面図における切断方向と同じである。
【図13】図13は、本発明の歯列矯正用ブラケットが3つのアーチワイヤ嵌通孔を有し、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、両脇に形成されたアーチワイヤ嵌通孔よりも基板面から高い位置に形成されており、かつ、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、ブラケットの一方の端部から他方の端部まで、前記ブラケットの基板面を底面として上面に開口している態様の断面図である。切断方向は、図1に示す本発明の歯列矯正用ブラケットのX-X断面図における切断方向と同じである。
【図14】図14は、本発明の歯列矯正用ブラケットの他の態様を示す側面図である。なお、前記ブラケットの係止手段は省略されている。
【図15】図15は従来のブラケットの例を示す斜視図である。
【図16】図16は、上記図15に示すブラケットを使用してアーチワイヤを結紮した状態を示す断面図である。
【図17】図17は、従来の歯列矯正用ブラケットの他の態様を示す斜視図である。
【図18】図18は、図17に示す従来の歯列矯正用ブラケットの他の態様を示す上面図であり、スロット孔の貫通方向をベース部の形成方向と変位するように傾斜させて穿設した態様を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
次に本発明の歯列矯正用ブラケットについて、図面を参照しながらさらに詳細に説明する。なお、初めに前記歯列矯正用ブラケットにおける係止手段を除く部分の構成について説明し、次に、係止手段その他の構成等について説明する。そのため、以下の係止手段を除く部分の説明において参照する図面(図1〜図8)では、係止手段は省略されている。
【0034】
[歯列矯正用ブラケットにおける係止手段を除く部分の構成]
図1に示すように、本発明の歯列矯正用ブラケット10は、歯質表面に接着する基板面11と、該基板面11を底面とする、アーチワイヤを保持するための複数の嵌通孔を有するアーチワイヤ保持部13とを有する(図3も参照)。本発明の歯列矯正用ブラケット10は、従来のブラケットとは異なり、基本的にアーチワイヤを露出させず、かつブラケット10に設けられた複数の嵌通孔に嵌通するようにされている。図1には、この嵌通孔が三個形成された態様が示されているが、本発明においてはこの嵌通孔は二個以上であればよい。しかしながら、歯列矯正の際に矯正しようとする歯牙に三次元的な応力を付与するためには、図1に示されるように嵌通孔12を中心にして、左右に、嵌通孔14および嵌通孔16を配置することが好ましい。
【0035】
本発明の歯列矯正用ブラケット10の係止手段を除く部分は、図1に示すように、略かまぼこ型の形態を有している。当該ブラケット10は、詳細には図1に示される斜視図、並びに、図2(a)に示す上面図、(b)に示される側面図、および、(c)に示される裏面図から明らかなように、歯茎方向の幅aが歯先方向の幅bよりも僅かに短い略かまぼこ状の形態を有している。図1および図2(a)から明らかなように、本発明の歯列矯正用ブラケット10の上面は、正確には一つの円弧状ではなく、複数の平面もしくは円弧が連接されて、全体としてみると略かまぼこ型の形状を形成している。図3に図1および図2(a)におけるX-X断面(歯質表面に接着する基板面を底面としてアーチワイヤの張り渡し方向に対して直行する断面)を拡大して模式的に示す。
【0036】
図3から明らかなように、本発明の歯列矯正用ブラケット10の係止手段を除く部分は、このブラケット10の前記断面が、歯質の該断面と接着する部位の中心を仮想中心点Aとして、該仮想中心点Aを中心とした半径R1の仮想円弧30に少なくとも四点、好ましくは六点P1,P2,P3,P4,P5,P6で接触するように、平面31,32,33,34,35を連接して角張ったかまぼこ型を形成している。なお、図示していないが、平板である31,32,33,34,35の接合部分は面取りをして角張ったかまぼこ型をより半円形のかまぼこ型に近づけることが望ましい。また、本発明の歯列矯正用ブラケットの外周面が、半径R1の仮想円弧30と一致してもよいことは勿論である。なお、本発明において、仮想円弧30を形成する半径R1は、ブラケット10を装着する歯牙の大きさによって適宜選定することができるが、一般的な歯牙の大きさからして、通常は2〜3mm程度である。
【0037】
このように、本発明の歯列矯正用ブラケット10の係止手段を除く部分を、仮想円弧30に近似したかまぼこ型に形成することにより、当該ブラケット10上に食物滓などが残存しにくく、またブラケット10の審美性も良好になる。
【0038】
図1および図3に示されるように、本発明の歯列矯正用ブラケットには、複数の嵌通孔が形成されている。この嵌通孔の個数は二個以上であることが必要であり、三個以上であることが好ましい。ただし、四個を超えて嵌通孔を製造することは、製造上極めて困難であり、さらに三個を超えて嵌通孔を形成しても、歯列矯正に及ぼす効果はほぼ変わらない傾向がある。
【0039】
従って、本発明の歯列矯正用ブラケット10に設けられる嵌通孔の数は三個であることが特に好ましい。これらの嵌通孔は、本発明の歯列矯正用ブラケット10の両端部38,38を差し渡すように形成されており、複数の嵌通孔は、直線的で、かつ基本的にアーチワイヤの張り渡し方向に対して相互に平行に形成されている。
【0040】
図1,3,4には、方形の断面形状を有する嵌通孔12,14,16が記載されているが、この嵌通孔12,14,16の断面形状は、必ずしも方形に限る必要はなく、円形、多角形、菱形などの形態にすることもできる。しかしながら、断面形状が方形のアーチワイヤを使用して歯牙に及ぼす応力に方向性を出そうとする場合、この嵌通孔12,14,16の断面形状を方形にすることにより、より方向性を出しやすくなるとの利点がある。
【0041】
この嵌通孔を三個形成した態様を例にして説明すると、図3や4に示すように中心に位置する嵌通孔12の中心点は、仮想基準線40よりも通常は、1.0〜2.0mm、好ましくは1.2〜1.7mm上方に設けられており(すなわち図4においてk1は通常1.0〜2.0mm、好ましくは1.2〜1.7mmである)、嵌通孔12の両脇にある嵌通孔14,16の中心点の仮想基準線40からの高さは、通常0.8〜1.8mm、好ましくは1.0〜1.5mmである(すなわち図4においてk2は通常0.8〜1.8mm、好ましくは1.0〜1.5mmである)。従って、中心に位置する嵌通孔12は両脇に形成されている嵌通孔14,16よりも、嵌通孔の高さhの1/4〜3/4程度、前記仮想基準線40から見て上方に位置している。このように中心に位置する嵌通孔12の位置を高くし、嵌通孔12にメインになるアーチワイヤを挿嵌し、これを中心にして嵌通孔14,16に挿嵌するアーチワイヤの太さ、テンションを調整することにより、歯牙に三次元的なトルクあるいは応力を賦与することができる。特に、前記のテンションの調整等により、歯牙を正面から見た場合に(例えば図6に示すように歯牙を見る場合である)、歯牙が歯茎から斜めに生えている場合の歯列矯正に有効なトルクあるいは応力を付与する、すなわちアンギュレーションをかけることができる。また歯列矯正用ブラケット全体を小さく、かつなだらかな形状にすることができ、より食べ滓がつきにくくなる。
【0042】
さらに、図7に示すように、本発明の歯列矯正用ブラケットにおいては、前記アーチワイヤ嵌通孔12,14,16が、その嵌通孔の両端部の、前記ブラケットの基板面(または歯質表面)からの高さが異なるように傾斜させて形成されていてもよい。別の言い方をすれば、アーチワイヤ嵌通孔12,14,16を、前記基板面または歯質表面と平行ではなく形成してもよく、さらに言い換えれば、前記嵌通孔12,14,16を下方(基板面側)に平行移動し、嵌通孔の端部が基板面または歯質表面に初めて接したとき、嵌通孔と基板面または歯質表面とにより鋭角が形成されるように、アーチワイヤ嵌通孔12,14,16を形成してもよい。図8はこのように傾斜させて形成されたアーチワイヤ嵌通孔12の断面図であるが、嵌通孔12の下側の直線72と、基板面または歯質表面を表す直線70とのなす角は鋭角になる。
【0043】
このように、嵌通孔の両端部で歯質表面からの距離が異なるように形成されたアーチワイヤ嵌通孔12,14または16にアーチワイヤを挿嵌し、そのアーチワイヤにテンションをかけることで、歯牙の前後方向に三次元的なトルクあるいは応力を付与することができる。これにより、例えば所謂出っ歯を矯正することができる。また、ローテーションをかけることができるとも期待される。
【0044】
また、本発明の歯列矯正用ブラケットにおいて、アーチワイヤ嵌通孔は複数存在するが、これら複数の嵌通孔の傾斜の態様(各嵌通孔を平行移動して前記基板面または歯質表面に接した時に形成される鋭角)は、同じでも異なっていてもよい。傾斜の態様が同じであれば、歯牙に対して一様に前後方向(およびローテーション)のトルクを付与することができ、一方傾斜の態様が異なる場合には、歯牙の位置によって前後方向(およびローテーション)のトルクが異なる、複雑なトルクを付与することができる。
【0045】
このような嵌通孔のサイズは、使用するアーチワイヤによって異なるが、通常は高さhが0.5〜0.8mm、幅wが0.5〜0.7mm程度にする。なお、嵌通孔の形状を変えた場合にも上記のサイズを参照して嵌通孔のサイズを選定することができる。
【0046】
上記のように本発明の歯列矯正用ブラケットは、ブラケット内に形成されたアーチワイヤ嵌通孔12,14,16内にアーチワイヤを嵌装するので、アーチワイヤは、嵌通孔12,14,16の内周壁面によって固定される。そのため、従来のようにアーチワイヤを結紮する必要はない。
【0047】
なお、上記説明において採用した仮想基準線40は、図3に示すように歯列矯正用ブラケットを平面に載置した際に両側端部である点P1および点P6が接触する面に対応する仮想線(両側端部を結んで仮想される線)である。
【0048】
本発明の歯列矯正用ブラケットの、歯質表面に接着する基板面には、このブラケットを歯牙の表面に接着するために接着剤を保持する少なくとも一条の接着剤充填溝が、アーチワイヤ嵌通孔と略平行に形成されている。図2,図3および図5では、本発明の歯列矯正用ブラケットの基板面11に三条の接着剤充填溝41,43,45が形成されている。
この接着剤充填溝41,43,45においては、開口部44の周縁部に、開口部内側に向かって張り出し48が形成されていることが好ましい。これによって前記接着剤充填溝41,43,45は、開口部44の広さが、接着剤充填溝の底部46よりも狭くなるように形成されていることが好ましい。
【0049】
接着剤はこの接着剤充填溝41,43,45に多少過剰になるように充填される。また、本発明の歯列矯正用ブラケットの基板面11は、平坦ではなく、このブラケットの、歯質表面に接着する基板面11を底面としてアーチワイヤの張り渡し方向に対して直行する断面において、歯質と接着する辺が、前記ブラケットの下方かつ前記断面と同一平面上に仮想される仮想中心Bから半径R2に沿った円弧状に湾曲して形成されている。これは、歯牙表面が直線状には形成されていないこと、ブラケットを歯牙表面に接着するために接着剤が広がるスペースを形成するためである。このときの前記半径R2は、通常は5〜20mm、好ましくは10〜15mmである。
【0050】
本発明の歯列矯正用ブラケットを歯牙の表面に接着する際には、上記の接着剤充填溝41,43,45内に多少多めの接着剤を充填し、次いでこのブラケットの裏面全体に接着剤が行き渡るようにブラケットを歯牙の表面に押しつける。このように押しつけることにより、接着剤充填溝に多少過剰に充填された接着剤が円弧状に形成された歯列矯正用ブラケットの裏面と歯牙との間に供給されて、このブラケットを歯牙に対して強力に接着する。そして、接着中は、開口部内輪側に向かって張り出して形成された張り出し48は、接着剤充填溝41,43,45内にある接着剤が抜け落ちないように作用する投錨効果を奏する。
【0051】
他方、本発明の歯列矯正用ブラケットを撤去する際には、歯牙表面に対する接着剤の接着強度を低下させて、この歯列矯正用ブラケットを撤去する。この際にも、張り出し48の投錨効果によって、接着剤は歯牙表面には残らず、歯列矯正用ブラケットと共に撤去されるので、歯牙表面には接着剤はほとんど残存しない。
【0052】
以上説明したように、本発明の歯列矯正用ブラケットの基板面側に形成された接着剤充填溝41、43、45に、収納できる量よりも僅かに過剰の接着剤を充填して歯牙表面に押し当てて、接着剤を歯列矯正用ブラケットと歯牙表面との間隙にも充当することで、歯牙表面に歯列矯正用ブラケットを接着させる。ここで使用される接着剤としては、歯列矯正用ブラケットの接着に使用されている人体に対して為害性のない一般的な接着剤を使用することができる。
【0053】
こうして、本発明の歯列矯正用ブラケットを各歯牙の表面に接着した後、本発明の歯列矯正用ブラケットに形成された嵌通孔にアーチワイヤを嵌装して、各歯列矯正用ブラケットを嵌装されたアーチワイヤで連接する。
【0054】
本発明の歯列矯正用ブラケットには、アーチワイヤ嵌通孔が複数個、通常は二個、好適には三個形成されており、中心にある嵌通孔12にメインアーチワイヤ50を嵌装した後、必要により、嵌通孔12の両側にある嵌通孔14,16にアーチワイヤ51,52を嵌装する(図6、なお、係止手段は省略されている)。
【0055】
ここで、メインアーチワイヤ50、アーチワイヤ51,アーチワイヤ52は同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0056】
さらにメインアーチワイヤ50を中心にして、アーチワイヤ51のテンションをかける方向と,アーチワイヤ52のテンションをかける方向とを逆にすることにより、歯牙に高い回転トルクを賦与することができる。例えば、メインアーチワイヤ50として、アーチワイヤ51およびアーチワイヤ52よりも剛性の高いワイヤを使用すれば、メインアーチワイヤ50によって、歯牙60を前後に動かすための応力を賦与することができる。さらにアーチワイヤ51およびアーチワイヤ52のテンションの方向を逆にすれば、歯牙60に回転トルクを賦与し、アンギュレーションをかけることができる。すなわち、このように三本のアーチワイヤの特性あるいはテンションの方向性を変えることにより、三次元的に歯牙60の矯正を行うことができる。
【0057】
さらに前述のように、アーチワイヤ嵌通孔を、その嵌通孔の両端部の、本発明の歯列矯正用ブラケットの基板面(または歯質表面)からの高さが異なるように傾斜させて形成してもよい。そして、このようにして形成された嵌通孔に挿嵌されたアーチワイヤにテンションをかけることで、より有効に歯牙を前後に動かすためのトルクまたは応力を付与することができる。
【0058】
殊に、アーチワイヤ51およびアーチワイヤ52の調整によって、歯牙60にかかる回転トルクを制御することができる。また、メインアーチワイヤ50の調整およびアーチワイヤ嵌通孔の傾斜の調整をすることによって、好適な強度で歯牙60を前後に矯正することができる。このため、本発明の歯列矯正用ブラケットによれば、隣接する歯根が接触することによる炎症あるいは歯根の壊死などを有効に防止しつつ、歯列矯正を行うことができる。
【0059】
[歯列矯正用ブラケットの係止手段およびその他の構成等について]
以上説明したように、本発明の歯列矯正用ブラケットは、歯質表面に接着する基板面と、該基板面を底面としてアーチワイヤを保持するアーチワイヤ保持部とを有し、さらに、係止手段とを有する。係止手段を省略しない本発明の歯列矯正用ブラケットの代表的な構成の斜視図を図9に示す。図9に示すように、前記係止手段20は、前記アーチワイヤ保持部13の側面のいずれか少なくとも一か所に形成されている。
【0060】
係止手段20は所謂フックの役割を果たす。複数の歯質に接着された複数の本発明の歯列矯正用ブラケットの係止手段に、係合部材を係止することによって、前記複数の歯質に応力を付与することができる。この様子を、図10に示す。なお、係合部材は応力を付与する機能を有する必要があるため、通常は弾性を有する素材で形成されており、好ましくは輪状弾性体である。なお、輪状弾性体は、係止手段20に係止する前はワイヤの形状で、これを係止手段20に巻きつけるなどして掛け渡し、そのあとで弾性体の両端部をワイヤー状のプラスチックやゴムなどによって結合させ、輪状にすることによって形成したものであってもよい。
【0061】
図10に示された態様では、連続した3つの歯牙60に歯列矯正用ブラケット10が接着されており、さらにブラケット10の係止手段20に係合部材24が係止されている。係止手段20には、係合部材24を掛け渡すことなどによって係止するため、通常凹部22が形成されている。この凹部22に係合部材24を掛け渡すなどし、複数のブラケットを係止する。なお係止手段20は、係合部材24を係止することができればよいので、凹部ではなく、前記係合部材24を掛け渡すなど出来る形状の凸部を有していてもよい。
図10の態様では、例えば3つの歯牙60のうち中央の歯牙60は、それに接着された歯列矯正用ブラケットが、左右両方から係合部材24による応力を受けるために固定されている。一方左側の歯牙60は、それに接着されたブラケット10が右方向への応力を受けるために右方向への応力を受ける。そして、複数の歯は一列直線に並んで平面を形成しているわけではなく曲面を形成している。そのため、前記中央の歯牙60に接着されたブラケット10が支点となって、左側の歯牙60の左端を手前に移動させるようなローテーションを発生する応力がかかる。
【0062】
一方図10において、中央および右側の歯牙60に着目すると、これらは二つではなく一つの係合部材24によって係止されている。この場合、左側の歯牙60は、二つの係合部材24によって、歯の根元および歯先の両方の部分で右側への応力を受けていたのに対し、右側の歯牙60は、一つの係合部材24によって、歯先の部分のみで左側への応力を受けるため、ローテーションだけでなく、図10に示された歯牙60の平面における回転方向の動き、すなわちアンギュレーション(本態様では時計回転)を発生させるような応力がかかる。
【0063】
また左側の歯牙60についても、上側の係合部材24と下側の係合部材24の応力を変えることによって、同様にアンギュレーションをかけることができる。前記応力は、係合部材24の構成素材、太さおよびたわみ具合等によって調整が可能である。
【0064】
さらに、例えば図10の態様において、右側の歯牙60に接着された歯列矯正用ブラケット10の上側の係止手段20を、図10には示されていない、さらに右側の歯牙60に接着された歯列矯正用ブラケット10の係止手段20と係合部材24によって係止すれば、前記時計回転方向のアンギュレーションをさらに強力にかけることも可能である。
【0065】
なお、図10の態様では、隣接する歯牙60に接着された歯列矯正用ブラケット10が係止されているが、係止の態様は必ずしもこれに限られず、必要に応じて一つ程度間を空けたブラケット同士を係止してもよい。このようにして、係止手段および係合部材によって、近傍のブラケット同士が係止される。
【0066】
また、一般に歯列矯正において、矯正が既になされた歯には、歯列矯正用ブラケットによる応力が余り影響せず、矯正がなされた後は動きにくい。そのため、前記の図10の態様における中央の歯牙60として、そのような矯正がなされた歯牙を選定し、これを中心(支点)として、さらに周りの矯正がなされていない、または不充分な歯牙の歯列を矯正していくことが効率的であり好ましい。
【0067】
さらに、係合部材24によって係止するのは、横の歯牙に接着された歯列矯正用ブラケットだけでなく、図11に示すように、上下の歯に接着されたブラケットであってもよい。このように係止を行うことによって、上下の歯の前後方向の歯列を矯正することができる。すなわち、図11に示すように所謂出っ歯の状態であれば、係合部材24により付与される、たがいのブラケットを近づけようとする応力によって歯牙60が、歯茎65から斜めの方向ではなく、直角方向に生えるかたちに近づこうとし、これによって歯牙60、特に歯牙60の歯先が僅かに後方に移動し、所謂出っ歯が矯正される。
【0068】
以上説明したように、係止手段20や係合部材24の種々の調整によって、歯牙60に対して、ローテーション、アンギュレーションおよび前後方向の動きを自在にかけることができる。ここで、そのような動きをかけるのに重要な役割を果たす係止手段20の態様(形状)としては、例えば、図12に示すような態様が考えられる。図12において、例えば(a-1)の記号が付された図は、歯列矯正用ブラケットの上面図であり、(a-2)の記号が付された図は、(a-1)の態様のブラケットの断面図である。切断方向は、図1に示す歯列矯正用ブラケットのX-X断面図における切断方向と同じである。以下の(b-1)〜(e-2)についても同様である。これらのうち、(b-1)に示された部位22が、上述の係止手段が有してもよい凸部の形状の例にあたる。
【0069】
なお本発明の態様は、これらに限定されるわけではなく、前記係止手段は、係合部材を掛け渡すために引っ掛けるなどすることができる何らかの形状を有していればよく、図12に示された態様以外の種々の変形が可能である。
【0070】
さらに、この係止手段および係合部材の構成と、上述した、本発明の歯列矯正用ブラケットのアーチワイヤ嵌通孔、およびそれに嵌通されるアーチワイヤの構成(嵌通孔を、その両端部の基板面からの高さが異なるように傾斜させて形成したり、アーチワイヤの素材やそれにかける応力およびその方向を変更することなど)を組み合わせる(協働させる)ことによって、従来の歯列矯正用ブラケットよりもより小さな応力で、アンギュレーション、ローテーションおよび前後方向の自在の動きをかけることができる。従って、本発明の歯列矯正用ブラケットによれば、より有効に、しかも患者に与える痛みを最低限に減らしつつ、歯列矯正を行うことができる。
【0071】
以上説明した、アンギュレーション等の自在の動きをかけることができる本発明の歯列矯正用ブラケットは、ブラケット本体(アーチワイヤ保持部)にアーチワイヤ嵌通孔を有し、ここにアーチワイヤを嵌通することによって、アーチワイヤは結紮手段を利用することなくブラケットに固定される。
【0072】
しかし、本発明の歯列矯正用ブラケットが3つのアーチワイヤ嵌通孔12,14,16を有し、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔12が、両脇に形成されたアーチワイヤ嵌通孔14,16よりも基板面から高い位置に形成されている態様である場合には、図13に示すように、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔12が、ブラケットの一方の端部から他方の端部まで、前記ブラケットの基板面を底面として上面に開口していてもよい。なお、図13において係止手段は省略されている。
【0073】
中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔12は、ちょうど歯列矯正用ブラケットの中心にある。この位置は、ブラケットを歯牙に接着する際に、操作者にとってはブラケットの位置取りを確認するための重要な位置である。そのため、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔12が図13に示す開口26を有していると、例えば開口26の部分にワイヤを当接し、そしてブラケットを歯牙上に適切に位置取りし、歯牙に接着したらワイヤを外すということを容易に行うことができる。アーチワイヤは、開口26の両脇のアーチワイヤ嵌通孔14および16に嵌通孔に嵌通されているので、これらや係止手段および係合部材によって、アンギュレーション等のトルクをかけつつ、ブラケットを充分に歯牙に接着固定させることができる。
【0074】
また、開口26からアーチワイヤー嵌通孔12にもアーチワイヤを通す場合には、両脇のアーチワイヤ嵌通孔14および16のいずれかを利用し、そこに結紮することで前記アーチワイヤを固定することができる。
【0075】
以上説明した本発明の歯列矯正用ブラケットは、無機材料を焼結することで製造することができる。特に酸化ジルコニウムを型に入れあるいは型を通過させ、成形後、材料の最適温度により焼成することで高い精度で嵌通孔を形成することができる。さらにこのように酸化ジルコニウムを用いて形成された歯列矯正用ブラケットの色調は歯牙の色調に近似するので、極めて審美性のよいブラケットとすることができる。しかも、酸化ジルコニウムの焼結体は非常に強度が高く、歯牙矯正中にブラケットが破損することがない。
【0076】
なお、前記ブラケットにおいて、係止手段はブラケットのその他の部分(ブラケット本体)とともに型を利用して一体に形成してもよいし、一体成形後、二次加工によって形成してもよい。また、ブラケット本体と係止手段とを別々に形成し、その後公知の接着剤等によって接着し、一体としてもよい。
【0077】
さらに、本発明の歯列矯正用ブラケットによれば、前述したようにアンギュレーション、ローテーションおよび前後方向の動きを自在にかけられるため、歯牙のアンギュレーションを矯正するために、他に特別なブラケットを用意する必要がなく、一種類のブラケットで歯牙のアンギュレーション等を矯正することができる。また、歯牙のアンギュレーションを矯正するためにブラケットの接着方向を変える必要はなく、歯茎65から生えた歯牙60の中心線に沿ってブラケットを接着すればよく、歯牙の状態を考慮してブラケットを斜傾して接着する必要はない(図6参照)。
【0078】
なお、上記の説明は、図2(b)に示されるように歯列矯正用ブラケットの係止手段を除く部分の両端部が垂直に切り上がった形態のものを中心に説明した。これはブラケットを接着する際に、ピンセットでブラケットを摘み上げる必要があり、両端部にテーパーがついていると、ピンセットで摘みにくいからである。しかしながら、ピンセットの代わりに、真空ピンセット、再剥離性の接着治具などを用いれば、特に両端部を垂直に切り上がった形態にする必要はなく、例えば図14に示されるように両側面にテーパーをつけてもよい。これにより、ブラケットと歯質の接着部分に食べ滓が残存する可能性が低くなる。
【0079】
さらに、本発明の歯列矯正用ブラケットは、その目的に反しない範囲内において種々改変することができる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の歯列矯正用ブラケットは、基本的にアーチワイヤを結紮する必要がないので、歯牙表面への装着が容易であると共に、当該ブラケット上に食べ滓などが残存しにくく、齲歯の発生原因となりにくい。
【0081】
また、本発明の歯列矯正用ブラケットは、複数の嵌通孔を有し、複数のアーチワイヤを嵌通させることができるので、それぞれのアーチワイヤの種類、付与するテンション、あるいは嵌通孔の傾斜などを制御することにより、歯牙に回転トルクを与えつつ、歯牙を前後に移動させるという三次元的な歯列矯正が可能になる。
【0082】
さらに本発明の歯列矯正用ブラケットは、係止手段を有するため、これに係合部材を係止することによって、複数のブラケットの間で応力をかけ、それによって歯牙に応力をかけることによって、アンギュレーション、ローテーションおよび前後方向の動きをさらに有効にかけることができる。
【0083】
また、本発明の歯列矯正用ブラケットが3つのアーチワイヤ嵌通孔を有し、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、両脇に形成されたアーチワイヤ嵌通孔よりも基板面から高い位置に形成されている態様である場合であって、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、ブラケットの一方の端部から他方の端部まで、前記ブラケットの基板面を底面として上面に開口している場合には、当該開口を上記のような種々の目的に自由度高く使用することができる。
【0084】
本発明の歯列矯正用ブラケットは、金属酸化物(アルミナ等の一般的なセラミックス材料)の焼結体、好適には酸化ジルコニウムの焼結体で形成されており、審美性に優れると共に、高い耐久性を有し、小型かつ複雑な治療に適する形状に設計し得るものである。
【0085】
また、本発明の歯列矯正用ブラケットにおいて、該ブラケットの歯牙との接着面には、全体として緩やかな凹部が形成されていると共に、前記ブラケットは凹条の接着剤充填溝を有する。この接着剤充填溝の開口部が、開口内部に張り出した形態を有しているので、接着されたブラケットが歯牙から抜け落ちることがなく、また、ブラケットを外す際にも接着剤が歯牙表面に残存することなく、ブラケットと共に接着剤を除去することができる。
【0086】
そして、本発明の歯列矯正用ブラケットは、三次元的に様々な動きを歯にかけることができ、それによって、より有効で、より正確かつ痛みの少ないユーザーフレンドリーな歯列矯正が可能になるものと期待される。
【符号の説明】
【0087】
10・・・歯列矯正用ブラケット
11・・・基板面
12・・・アーチワイヤ嵌通孔
13・・・アーチワイヤ保持部
14・・・アーチワイヤ嵌通孔
16・・・アーチワイヤ嵌通孔
20・・・係止手段
22・・・凹部または凸部
24・・・係合部材
26・・・開口
30・・・仮想円弧
31,32,33,34,35・・・平面
38・・・両端部
40・・・仮想基準線
41・・・接着剤充填溝
43・・・接着剤充填溝
45・・・接着剤充填溝
44・・・開口部
46・・・接着剤充填溝の底部
48・・・張り出し
50・・・メインアーチワイヤ
51・・・アーチワイヤ
52・・・アーチワイヤ
60・・・歯牙
65・・・歯茎
70・・・基板面または歯質表面を表す直線
72・・・嵌通孔12の下側の直線
141A・・・歯牙の表面
143・・・ブラケット
145・・・凹部
146・・・アーチワイヤ
150・・・結紮用のワイヤ
252・・・スロット孔
255・・・ベース部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯質表面に接着する基板面と、該基板面を底面としてアーチワイヤを保持するアーチワイヤ保持部とを有し、前記アーチワイヤで連接されて個々の歯質に応力を継続的に付与して歯列を矯正する歯列矯正用ブラケットであって、
該歯列矯正用ブラケットは、歯質表面に接着する基板面を底面としてアーチワイヤの張り渡し方向に対して直行する断面の形状が略かまぼこ型であるとともに、該アーチワイヤを嵌通させて、隣接する歯列矯正用ブラケットを、アーチワイヤで連接するためのアーチワイヤ嵌通孔を複数個有すると共に、該アーチワイヤ保持部の側面のいずれか少なくとも一か所に係合部材を係止するための係止手段を有し、
前記係止手段は、前記係合部材を、該係止手段近傍の歯列矯正用ブラケットの係止手段あるいはアーチワイヤに係止することによって、該歯質に応力を付与することが可能に形成されていることを特徴とする歯列矯正用ブラケット。
【請求項2】
前記アーチワイヤ嵌通孔が、一つのブラケットに3個形成されており、中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、両脇に形成されたアーチワイヤ嵌通孔よりも、前記基板面からの高さが高い位置に形成されていることを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項3】
前記係合部材が、輪状弾性体であることを特徴とする請求項第1項または第2項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項4】
前記係止手段が、前記輪状弾性体を係止するための凹部および/または凸部を有することを特徴とする請求項第3項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項5】
前記アーチワイヤ嵌通孔が、該嵌通孔の両端部の前記基板面からの高さが異なるように傾斜させて形成されていることを特徴とする請求項第2項乃至第4項のいずれかの項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項6】
前記中心に形成されたアーチワイヤ嵌通孔が、前記歯列矯正用ブラケットの一方の端部から他方の端部まで、該歯列矯正用ブラケットの基板面を底面として上面に開口していることを特徴とする請求項第2項乃至第5項のいずれかの項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項7】
前記ブラケットの前記係止手段を除く部分の断面の形状が、歯質の前記断面と接着する部位の中心を仮想中心点とする、R1を半径とする、前記断面と同一平面上に存在する仮想半円上に少なくとも四カ所の接触点を有する、略かまぼこ状の形状であることを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項8】
前記ブラケットの前記係止手段を除く部分の断面の形状が、歯質の前記断面と接着する部位の中心を仮想中心点とする、R1を半径とする、前記断面と同一平面上に存在する仮想半円上に少なくとも六カ所の接触点を有する、略かまぼこ状の形状であることを特徴とする請求項第7項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項9】
前記ブラケットの前記係止手段を除く部分の断面において、歯質表面と接着する辺が、前記ブラケットの下方かつ前記断面と同一平面上に仮想される仮想中心点から半径R2の曲率で上部に湾曲していることを特徴とする請求項第8項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項10】
前記ブラケットの歯質表面と接着する基板面に、前記アーチワイヤ嵌通孔と略平行に少なくとも1条の接着剤充填溝を有することを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項11】
前記ブラケットの歯茎方向における幅が歯先方向の幅より狭く形成されていることを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項12】
前記ブラケットのアーチワイヤの張り渡し方向と直行する端部が、ブラケットの歯質表面と接着する基板面に対して略直角に形成されていることを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項13】
前記ブラケットが、無機材料の焼結体から形成されていることを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。
【請求項14】
前記アーチワイヤが、前記アーチワイヤ嵌通孔に嵌通されることにより前記ブラケットに固定されており、該アーチワイヤは結紮手段によっては歯列矯正用ブラケットに結紮固定されていないことを特徴とする請求項第1項に記載の歯列矯正用ブラケット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2012−65897(P2012−65897A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−213986(P2010−213986)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年8月19日 第69回日本矯正歯科学会大会発行の「第69回日本矯正歯科学会大会/第3回日韓ジョイント ミーティングプログラム抄録集」に発表
【出願人】(303022891)株式会社パイロットコーポレーション (647)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【Fターム(参考)】