説明

歯周病マーカー

【課題】簡便にかつ正確に、歯周病の発症の有無又は歯周病の進行の程度を判定することができる、歯周病発症判定用マーカー及び歯周病の進行度判定用マーカーを提供する。
【解決手段】オートインデューサー−2からなる、歯周病発症判定用マーカー及び歯周病の進行度判定用マーカー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
歯周組織とは、歯の周囲にあって、歯を支持する役割を担っている組織をいい、歯肉、歯根膜、セメント質、歯槽骨から構成されている。その歯周組織の炎症のうち、炎症が歯肉に限局したものを「歯肉炎」といい、炎症部位が歯肉を超えて広がり歯根膜や歯槽骨が損傷、破壊した場合を「歯周炎」という。これらを総称して「歯周病」という。
【0003】
歯肉炎及び歯周炎の歯周病は、ともに、歯垢(口腔内の食物残渣等に細菌などが付着して繁殖した塊)の中の細菌が増殖し、他の要因も影響して、歯周組織が炎症を起こすことによって生じる内因性感染症である。歯周病は虫歯と異なりほとんど痛みがなく、気づかないうちに進行することが多い。しかし、歯周病を放置すると症状は進行し、やがて歯が抜けることとなる恐れが大きく、循環器系疾患へのリスク増加も懸念される。
【0004】
歯周病対策としては、正しい歯磨きや、定期検診によるプラークコントロール、食生活の改善等の予防行為が挙げられる。しかし、現実的には、歯周病診断により、進行しつつある歯周病をいかに的確に発見し、その症状に適した治療を行うか、というところが非常に重要である。
歯周病の診断は、一般には、歯周ポケットの測定、アタッチメントレベル、X線画像診断等によって行われている。しかし、これらの診断方法は被験者への負担が大きい。さらに、これらの歯周病診断方法は操作手順が複雑であり、歯科医師の経験や技能に基づくため判定基準に個人差があるなどの問題がある。
【0005】
歯周病マーカーを用いた歯周病の診断方法として、ブラシ状の採取器具で歯肉溝滲出液を採取し、歯肉溝滲出液に含まれるラクトフェリン、α1−アンチトリプシン、ヘモグロビンなどのバイオマーカーを検出して、歯周病を診断する方法が知られている(例えば、特許文献1、2参照)。しかし、歯肉溝滲出液には歯肉溝滲出液以外の成分も含まれており、唾液が混入した場合に正確性に欠ける場合がある。さらに、唾液中や洗口吐出液中の潜血(ヘモグロビン)を検出し、歯周病を診断する方法も知られている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、唾液中の潜血には、歯周病由来以外のものも混入している可能性がある。さらに。唾液量は個人差や日内変動も大きく、ヘモグロビンの定量性がないため、歯周病の進行度までを診断することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−2899号公報
【特許文献2】特開2000−28608号公報
【非特許文献1】伊藤公一、日歯医学会誌、24、112−115頁、2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、簡便にかつ正確に歯周病の発症の有無を判定することができる歯周病発症判定用マーカーを提供することを課題とする。
また、本発明は、簡便にかつ正確に歯周病の進行の程度を判定することができる歯周病の進行度判定用マーカーを提供することを課題とする。
また、本発明は、簡便にかつ正確に歯周病の発症の有無を判定することができる歯周病発症判定方法を提供することを課題とする。
また、本発明は、簡便にかつ正確に歯周病の進行の程度を判定することができる歯周病進行度判定方法を提供することを課題とする。
さらに、本発明は、歯周病の予防及び改善に有効な歯周病改善剤又は予防剤の簡便かつ正確なスクリーニングに有効な、歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
細菌は自らの存在環境の変化を敏感に感知する機構を獲得してきた。このような機構の1つとして、特異的な情報伝達物質を介して環境における自らの密度を感知し、その密度に応じて自らのさまざまな生物活性を巧妙に制御していることが明らかとなっている。このような細菌間の情報伝達機構は、クオラムセンシングシステムと称される。
【0009】
クオラムセンシングシステムを有する細菌は、オートインデューサーと呼ばれるシグナル伝達分子を合成し、放出し、そのシグナル伝達分子に応答して、遺伝子発現を細菌密度の関数として制御する。これまでに、異なる細菌種間連絡にはオートインデューサー−2を利用することが報告されている(例えば、Bassler et al.,Bacteriol.179,pp.4043-4045,1997参照)。
【0010】
口腔常在菌として約600種の細菌が存在し、このうち、ポリフィロモナス(Porphyromonas)属細菌、ストレプトコッカス(Streptococcus)属細菌、エイケネラ(Eikenella)属細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、アクチノバチルス(Actinobacillus)属細菌、アクチノマイセス(Actinomyces)属細菌、フゾバクテリウム(Fusobacterium)属細菌、ベイロネラ(Veillonella)属細菌、カプノサイトファガ(Capnocytophaga)属細菌及びプレボテラ(Prevotella)属細菌等多数の歯周病原菌も存在することが知られている。これらの歯周病原菌が増殖し、菌体外多糖を分泌し、バイオフィルムを形成することで、病原性が上昇し、歯周病が発症する。
特開2008−214296号公報では、歯周病原菌の1つである、Porphyromonas gingivalis株を用いてオートインデューサー−2受容体のアンタゴニストを添加した場合のバイオフィルム形成抑制効果について検討されている。しかし、歯周病原菌はPorphyromonas gingivalis以外にも多菌種存在する。また、歯周病原菌以外の口腔常在菌の歯周病原菌への作用も存在する。従って、Porphyromonas gingivalis株のみを用いてバイオフィルム形成抑制効果を検討しても、ヒト等の哺乳動物の歯周病のレベル、重篤度を臨床的に説明することはできない。
【0011】
本発明者等は上記課題に鑑み、鋭意検討を行った。その結果、オートインデューサー−2がin vivoで歯周病に及ぼす影響を明らかにし、口腔内に存在する常在菌が増殖する際に放出する異なる細菌種間の連絡に用いるオートインデューサー−2の量と歯周病との間に相関関係があることを見出した。具体的には、歯周病の発症の有無及び歯周病の進行度が、口腔内におけるオートインデューサー−2量に関係することを見出した。さらに、オートインデューサー−2活性阻害効果を有する物質が歯周病改善・予防に有効であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0012】
本発明は、オートインデューサー−2からなる歯周病発症判定用マーカーに関する。
また、本発明は、オートインデューサー−2からなる歯周病の進行度判定用マーカーに関する。
また、本発明は、被験体の口腔内から検体を採取し、採取した検体に含まれるオートインデューサー−2を定量し、定量したオートインデューサー−2量が多い場合歯周病が発症していると判定する、歯周病発症判定方法に関する。
また、本発明は、被験体の口腔内から検体を採取し、採取した検体に含まれるオートインデューサー−2を定量し、定量したオートインデューサー−2量が多ければ多いほど歯周病が進行していると判定する、歯周病進行度判定方法に関する。
さらに、本発明は、オートインデューサー−2を介するクオラムセンシングシステムを有する細菌と被験剤とを混合し、オートインデューサー−2活性阻害効果を有する被験剤を歯周病改善剤又は予防剤として選択する、歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の歯周病発症判定用マーカーによれば、簡便にかつ正確に歯周病の発症の有無を判定することができる。
また、本発明の歯周病進行度判定用マーカーによれば、簡便にかつ正確に歯周病の進行の程度を判定することができる。
また、本発明の歯周病発症判定方法によれば、簡便にかつ正確に歯周病の発症の有無を判定することができる。
また、本発明の歯周病進行度判定方法によれば、簡便にかつ正確に歯周病の進行の程度を判定することができる。
さらに、本発明の歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング方法は、歯周病の予防及び改善に有効な歯周病改善剤又は予防剤を簡便かつ正確にスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1(a)〜(c)は、実施例2において、シリアンハムスターの下顎第一臼歯(円で囲んだ部分)に、被験剤としてコントロール(図1(a))、4−ブロモ−5−(4−メトキシフェニル)−2(5H)−フラノン(図1(b))、及び3,4−ジブロモ−5−ヒドロキシ−2(5H)−フラノン(図1(c))をそれぞれ投与し、2週間後に下顎骨を摘出して実体顕微鏡下で撮影した、図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、その好ましい実施態様に基づき詳細に説明する。
本発明の歯周病発症判定用マーカー(単に、歯周病判定用マーカーともいう)及び歯周病進行度判定用マーカーは、ヒト等の被験体の口腔内から採取したオートインデューサー−2からなる。本発明におけるオートインデューサー−2(以下、「AI−2」ともいう)としては細菌が産生するものでAI−2活性を有するものであれば特に制限はない。
【0016】
本発明においてAI−2活性は、AI−2がクオラムセンシングシステムを有する細菌に影響を及ぼす活性、すなわち、AI−2を介するクオラムセンシングによりもたらされる細菌の機能を促進する活性をさす。細菌は、AI−2を介するクオラムセンシングにより、発光、スウォーミング、バイオフィルム形成、タンパク質分解酵素の産生、抗生物質の合成、遺伝子受容能の発達、プラスミド接合伝達、病原因子産生および胞子形成等を行うことが知られている。従って、AI−2活性は、換言すれば、AI−2を認識する細菌、すなわちAI−2受容体を有する細菌による生物発光、スウォーミング、バイオフィルム形成、タンパク質分解酵素の産生、抗生物質の合成、遺伝子受容能の発達、プラスミド接合伝達、病原因子産生および胞子形成等の活性ということができる。前記病原因子としては、例えば、エンテロトキシン、アデニル酸シクラーゼ毒素、アドヘシン、アルカリプロテアーゼ、溶血毒、炭疽毒素、APX毒素、α毒素、β毒素、δ毒素、C2毒素、C3毒素、ボツリヌス毒素、束状線毛構造サブユニット、C5Aペプチダーゼ、心臓毒、走化性、コレラ毒素、毛様体毒素、クロストリジウム細胞毒、クロストリジウム神経毒、コラーゲン接着遺伝子、細胞溶解素、嘔吐毒素、内毒素、表皮剥脱毒素、外毒素、細胞外エラスターゼ、フィブリノゲン、フィブロネクチン結合タンパク質、線維状赤血球凝集素、フィンブリア、ゼラチナーゼ、赤血球凝集素、ロイコトキシン、リポタンパク質シグナルペプチダーゼ、リステリオリシンO、Mタンパク質、神経毒、非フィンブリアアドヘシン類、浮腫因子、透過酵素、百日咳毒素、ホスホリパーゼ、線毛、孔形成毒素、プロリンパーミアーゼ、セリンプロテアーゼ、志賀毒素、破傷風毒素、チオール活性化細胞溶解素、気管細胞溶解素、ウレアーゼなどが挙げられるがこれに制限されない。
【0017】
本発明におけるAI−2の具体例としては、下記式で表される4,5−ジヒドロキシ−2,3−ペンタンジオン(DPD)が挙げられる。
【0018】
【化1】

【0019】
前記DPDは、細菌のAI−2受容体と結合するときにボロンを取り込んで、フラノシルボレートジエステルに変換される。本発明におけるAI−2の別の具体例としては、前記フラノシルボレートジエステルが挙げられる。
前記フラノシルボレートジエステルの具体例を以下に示す。しかし、本発明はこれらに制限するものではない。
【0020】
【化2】

【0021】
AI−2受容体を有する細菌としては、例えば、ポルフィロモナス(Porphyromonas)属細菌、ヘモフィルス(Haemophilus)属細菌、バシルス(Bacillus)属細菌、ナイセリア(Neisseria)属細菌、ストレプトコッカス(Streptococcus)属細菌、エイケネラ(Eikenella)属細菌、ラクトバチルス(Lactobacillus)属細菌、アクチノバチルス(Actinobacillus)属細菌、アクチノマイセス(Actinomyces)属細菌、バクテロイデス(Bacteroides)属細菌、カプノサイトファガ(Capnocytophaga)属細菌、フゾバクテリウム(Fusobacterium)属細菌、ペプトコッカス(Peptococcus)属細菌、プレボテラ(Prevotella)属細菌、セレモナス(Selemonas)属細菌、ユーバクテリウム(Eubacterium)属細菌およびベイロネラ(Veillonella)属細菌などが挙げられる。より具体的には、ポリフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)、ストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)、エイケネラ・コロデンス(Eikenella corrodens)、ラクトバチルス・サリバリウス(Lactobacillus salivarius)、ストレプトコッカス・サンギニス(Streptococcus sanguinis)、ストレプトコッカス・アンギノーサス(Streptococcus anginosus)、ストレプトコッカス・オラリス(Streptococcus oralis)、ストレプトコッカス・ゴルドニ(Streptococcus gordonii)、ストレプトコッカス・ミティス(Streptococcus mitis)、アクチノバチルス・アクチノマイセテムコミタンス(Actinobacillus actinomycetemcomitans)、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、アクチノマイセス・ナエスランディ(Actinomyces naeslundii)、フゾバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)、ベイロネラ・パルラ(Veillonella parvula)、カプノサイトファガ・スプティゲナ(Capnocytophaga sputigena)及びプレボテラ・インタメディア(Prevotella intermedia)などが挙げられる。
【0022】
本発明において、AI−2はヒト等の被験体の口腔内から採取して使用する。ここで、被験体としては、ヒト、サル、チンパンジー、犬、猫、牛、豚、ラット及びマウス等の哺乳動物を挙げることができる。前記AI−2は口腔内から採取したものであれば特に制限はなく、口腔内から採取した唾液、歯垢、舌苔、歯肉溝滲出液などの検体に含まれるAI−2を使用することができる。本発明においては、歯垢に含まれるAI−2を使用することが好ましい。唾液は、無刺激時、刺激時を問わず、そのまま吐出したもの、又は水などで含嗽したものとして得ることができる。歯垢は、歯科用スケーラー、綿棒、ブラシなどで歯面刷掃、またはペーパーポイントの挿入などで採取できる。舌苔は、ブラシ、綿棒、ガーゼなどで刷掃して得る。歯肉溝滲出液は、ペーパーポイントなどを歯肉溝に挿入して得ることができる。ただし、AI−2の採取方法はこの限りではない。
【0023】
本発明者等は、被験体の口腔内に存在するAI−2量が多い場合、被験体は歯周病を発症していることを見出した。さらに、AI−2量が多ければ多いほど、歯周病が進行していることを見出した。従って、口腔内から採取したAI−2量を定量することにより、被験体の歯周病の発症の有無および歯周病の進行度(重篤度)を判定することができる。一例として、DPD10μMの場合のAI−2活性を100とした場合、AI−2活性が0以上3未満の場合は健常・軽度歯周病、3以上10未満の場合は中等度歯周病、10以上は重度歯周病であると判定することができる。また、歯周病治療開始前のAI−2量と治療後のAI−2量を比較することにより治療効果の判定を行うことができる。
【0024】
AI−2の定量方法としては特に制限はなく、通常の方法により行うことができる(例えば、Chen X.et al.,Nature,vol.415,p.545-549,2002;及びThiel V.et al.,Chembiochem.,vol.10(3),p.479-485,2008参照)。
例えば、AI−2を認識することにより発光するレポーター細菌、好ましくはAI-2受容体およびルシフェラーゼ活性を有する細菌などを用い、その発光強度を測定するバイオアッセイにより、AI−2を定量することができる。より詳しくは、ビブリオ・ハーベイBB170株をAI−2レポーター細菌とし、AI−2の標準試料としての4−ヒドロキシ−5−メチル−3(2H)−フラノン(HMF)標品及び/又はDPD標品による検量線を作成し、被検試料を添加した場合の発光強度からAI−2を定量することができる(例えば、Chen X.et al.,Nature,vol.415,p.545-549,2002参照)。また、被検試料に含まれるAI−2をフェニレンジアミン及びN−メチル−N−(トリメチルシリル)トリフルオロ−アセトアミドと反応させた後、GC−MSによってAI−2を定量することができる(例えば、Thiel V.et al.,Chembiochem.,vol.10(3),p.479-485,2008参照)。しかし、本発明はこれらに限定するものではない。
AI−2を定量するための被験試料は、口腔内から採取した検体を破砕/抽出処理後にカットオフ分子量が3000以下のフィルターで限外ろ過し、夾雑物を除去することが好ましい。
本発明において、被験試料の調製、保存をガラス容器などAI−2の吸着性が低い容器を用いることが好ましい。ガラス容器を用いることで被験試料に含まれるAI−2を正確に定量することができる。
【0025】
本発明の歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング方法において、オートインデューサー−2を介するクオラムセンシングシステムを有する細菌と被験剤とを混合し、オートインデューサー−2活性阻害効果を有する被験剤を歯周病改善剤又は予防剤として選択する。オートインデューサー−2を介するクオラムセンシングシステムを有する細菌としては特に制限はなく、オートインデューサー−2を認識して発光するレポーター細菌が好ましく、口腔内細菌や歯周病原菌を用いることもできる。また、被験体の口腔内から採取したオートインデューサー−2を介するクオラムセンシングシステムを有する細菌を検体として用いることもできる。
本発明における「オートインデューサー−2活性阻害効果」とは、AI−2活性に対する阻害効果をいう。具体的には、前述の、AI−2受容体を有する細菌による生物発光、スウォーミング、バイオフィルム形成、タンパク質分解酵素の産生、抗生物質の合成、遺伝子受容能の発達、プラスミド接合伝達、病原因子産生および胞子形成等のAI−2活性に対する阻害効果をいう。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0027】
実施例1 歯周病発症及び歯周病進行度の判定
(1) 歯垢中AI−2の定量
ビブリオ・ハーベイBB170株(ATCCより分譲、AB(Autoinducer Bioassay)培地(10mMリン酸カリウムbuffer[pH7.0]、0.3M NaCL、0.05M MgSO4、0.2%カザミノ酸、2%グリセロール、1mM L−アルギニン、1μg/mLチアミン、0.01μg/mLリボフラビン)で30℃にて一晩培養)をAI−2レポーター細菌とし、AB培地にて5000倍に希釈し、レポーター細菌液を調製した。レポーター細菌液に様々な濃度のHMF標品(シグマ製)又はDPD標品(OMM Scientific製)をレポーター細菌液:標品の容量比が9:1となるように混合し、30℃にて好気振盪培養を行った。4時間後の発光強度をケミルミネッセンス計(LB940型、ベルトールドジャパン製)で測定し、発光強度とAI−2量とに関する検量線を作成した。
【0028】
20〜90歳代の男女94名の被験者のうち、午前に試料を採取する被験者は、試験前日就寝前の歯磨き後から、午後の被験者は試験日朝の歯磨き後から、歯磨きを停止させた。さらに、試料採取30分前から飲食・喫煙を禁止した。
【0029】
1歯の歯面に付着している歯肉縁下歯垢の全量0.001〜100mgを、歯科用スケーラーで採取した。採取した歯垢は1mLのPBSで分散させ、90℃で10分間インキュベート後、0.3gのジルコニア/シリカビーズ(粒径0.1mm、トミー精工社製)で破砕した。14000rpmで5分間遠心分離後、上清を0.22μmのフィルター(ウルトラフリーMC、ミリポア製)、さらに分子量3000カットのフィルター(マイクロコンYM−3、ミリポア製)に通すことで、サンプルを調製した。このようにして調製したサンプルを前記と同様に調製したレポーター細菌液に、レポーター細菌液:標品の容量比が9:1の割合で混合し、30℃にて好気振盪培養し、4時間後の発光強度をケミルミネッセンス計で測定した。測定した発光強度と、前記検量線から、歯垢中に含まれるAI−2を定量した。
【0030】
(2) 歯垢中AI−2量と歯周ポケットの深さ(PD)との関係
被験者の歯周ポケットに歯科用プローブを挿入し、歯周ポケットの深さ(PD)を測定し、3段階で評価した。なお、歯周ポケットの深さ(PD)は1mmごとに測定した。
(PD)
3mm以下:健常・軽度歯周病(歯肉炎)
4〜5mm:中等度歯周病(歯周炎)
6mm以上:重度歯周病(歯周炎)
【0031】
上記方法に従い測定したPDと、前記(1)で定量したAI−2量の関係を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から明らかなように、歯垢中AI−2量とPDとの間に相関関係が有り、PDが深くなるほど、歯肉縁下歯垢に含まれるAI−2量が増加している。従って、被験者の口腔内のAI−2量を定量することにより、歯周病の進行度を簡便にかつ正確に判定することができる。
【0034】
(3) 歯垢中AI−2量と歯肉炎症指数(GI)との関係
被験者の歯周ポケットに歯科用プローブを挿入し、歯肉の炎症度合いを4段階で評価した。Gingival Index(GI)スコアの判定は、以下の通りとした。
(GI)
0: 正常歯肉
1: 歯肉に炎症あり。プロービングで出血なし。
2: 歯肉に炎症あり。プロービングで出血あり。
3: 自然出血・腫瘍形成
【0035】
上記方法に従い測定したGIと、前記(1)で定量したAI−2量の関係を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
表2から明らかなように、歯垢中AI−2量とGIの間に相関関係が有り、歯肉に炎症が生じると、歯肉縁下歯垢に含まれるAI−2量が増加している。従って、被験者の口腔内のAI−2量を定量することにより、歯周病発症の有無を簡便にかつ正確に判定することができる。
【0038】
(4) 歯垢中AI−2量と出血指数(BOP)との関係
被験者の歯周ポケットに歯科用プローブを挿入し、歯周ポケットからの出血の有無を4段階で評価した。出血指数(Bleeding on Probing、BOP)スコアの判定は、以下の通りとした。
(BOP)
0: 出血なし
1: 点状出血あり
2: 線状出血あり
3: 自然出血あり
【0039】
上記方法に従い測定したBOPと、前記(1)で定量したAI−2量の関係を表3に示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3から明らかなように、歯垢中AI−2量とBOPの間に相関関係が有り、プロービングにより歯肉に出血が生じると、歯肉縁下歯垢に含まれるAI−2量が増加している。従って、被験者の口腔内のAI−2量を定量することにより、歯周病発症の有無を簡便にかつ正確に判定することができる。
【0042】
以上の結果から、口腔内のAI−2量と歯周病との間に相関関係を有することが臨床的に示された。したがって、口腔内に存在するAI−2は、歯周病発症判定用マーカー及び歯周病の進行度判定用マーカーに用いることができる。
【0043】
実施例2 歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング
ビブリオ・ハーベイBB170株(AB培地で30℃にて一晩培養)をAI−2レポーター細菌とし、AB培地にて4500倍に希釈し、レポーター細菌液を調製した。レポーター細菌液及び各被験剤を混合し室温で10分プレインキュベートした後、DPDを添加し、30℃にて好気振盪培養を行い、4時間後の発光強度をケミルミネッセンス計(LB940型、ベルトールドジャパン製)で測定した。測定した発光強度から、実施例1と同様の方法でAI−2を定量した。
【0044】
被験剤としては、化合物1:4−ブロモ−5−(4−メトキシフェニル)−2(5H)−フラノン(シグマ社製)、化合物2:3,4−ジブロモ−5−ヒドロキシ−2(5H)−フラノン(シグマ社製)、化合物3:4−ブロモ−5−メトキシ−5−(4−メトキシフェニル)−2(5H)−フラノン(シグマ社製)、及び化合物4:4−{[3−ブロモ2−(4−メトキシフェニル)−5−オキソ−2,5−ジヒドロ−2−フラニル]オキシ}安息香酸(シグマ社製)を用いた。また、陽性対照として、AI−2阻害化合物として公知の3種の化合物(化合物5:4−ヒドロキシ−2,5−ジメチル−3(2H)−フラノン(シグマ製)、化合物6:2−メトキシ−2,4−ジフェニル−3(2H)−フラノン(シグマ製)、化合物7:2−ペンチル−2−シクロペンテン−1−オン(シグマ製))を用いた(Bassseler et al.、Bacteriol.179、p.4043-4045、1997年;Yoshida A.et al.、Appl.Environ.Microbiol.、71(5)、p.2372-2380、2005年;及びWen Z.T.et al.、J.Bacteriol.、189(9)、p.2682-2691、2004年)。
【0045】
AI−2量は、被験剤を添加せずDPDのみを添加したものをコントロールとしたときの、コントロールのDPD量(AI−2量)に対する相対値とした。その結果を表4に示す。
【0046】
【表4】

【0047】
表4に示すように、化合物1〜4は、公知のAI−2阻害化合物と比べて、同等又はそれ以上のAI−2活性阻害効果を有することがわかった。
【0048】
シリアンハムスター(7週齢、雄各3匹)の下顎骨を麻酔下で摘出し、実体顕微鏡下で撮影した。評価部位は摘出下顎骨の舌側面とし、得られた写真を画像解析に供し、第一臼歯近心咬頭頂から歯槽骨頂上までの垂直距離を測定した。
【0049】
別のシリアンハムスター(7週齢、雄各3匹)の下顎左右第一臼歯歯頚部に絹糸を結紮し、翌日より同結紮部位に前記化合物1若しくは2の1%DMSO含有PBS溶液(濃度10μM)、又は1%DMSO含有PBS200μLを1日2回、2週間滴下し、飼育した。
飼育終了後、麻酔下にて下顎骨を摘出し、実体顕微鏡下で撮影した。顕微鏡写真を図1(a)〜(c)に示す。評価部位は摘出下顎骨の舌側面とし、得られた写真を画像解析に供した。得られた写真を画像解析に供し、第一臼歯近心咬頭頂から歯槽骨頂上までの垂直距離を測定した。
【0050】
被験剤の添加前及び2週間添加後の、第一臼歯近心咬頭頂から歯槽骨頂上までの垂直距離から、歯槽骨吸収深度(2週間添加後の値−添加前の値)を測定した。その結果を表5に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
図1及び表5から、AI−2活性阻害効果を有する化合物1及び2を口腔内に滴下することにより歯槽骨の吸収が抑制され、口腔内に存在するAI−2量と歯周病との間に相関関係があり、AI−2活性阻害効果を有する化合物が歯周病の予防及び改善(治療)に有効であることが示された。
従って、AI−2活性阻害効果を有する被験剤を選択することにより、歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニングすることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オートインデューサー−2からなる歯周病発症判定用マーカー。
【請求項2】
オートインデューサー−2からなる歯周病の進行度判定用マーカー。
【請求項3】
被験体の口腔内から検体を採取し、採取した検体に含まれるオートインデューサー−2を定量し、定量したオートインデューサー−2量が多い場合、歯周病が発症していると判定する、歯周病発症判定方法。
【請求項4】
被験体の口腔内から検体を採取し、採取した検体に含まれるオートインデューサー−2を定量し、定量したオートインデューサー−2量が多ければ多いほど歯周病が進行していると判定する、歯周病進行度判定方法。
【請求項5】
オートインデューサー−2を介するクオラムセンシングシステムを有する細菌と被験剤とを混合し、オートインデューサー−2活性阻害効果を有する被験剤を歯周病改善剤又は予防剤として選択する、歯周病改善剤又は予防剤のスクリーニング方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−256190(P2010−256190A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−107085(P2009−107085)
【出願日】平成21年4月24日(2009.4.24)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】