説明

歯牙エナメル質再石灰化促進剤

【課題】歯牙エナメル質の再石灰化を促進し、う蝕の発生を低下させる歯牙エナメル質の再石灰化促進剤の提供。
【解決手段】グルコース−1−リン酸ナトリウムを有効成分とする歯牙エナメル質の再灰化促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯牙エナメル質の再石灰化促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
う蝕の初発部位と考えられているエナメル質はその95%がヒドロキシアパタイトであり、ほぼ無機質のみからなり、無細胞、無血管、無神経であり生物学的な機能はまったくない組織である。このような特徴を持つエナメル質が、その表面に付着している口腔内常在菌が産生する酸によって溶解(脱灰)していくのがう蝕である。脱灰作用に対して、生体は防御機構をもっており、その中心的働きを行っているのが唾液である。唾液にはカルシウムとリン酸塩が存在し、これらが上記脱灰部分を修復、すなわち再石灰化することによって、歯を元の状態にもどす作用をしている。口腔内の歯牙表面では、脱灰と再石灰化という相反する現象が常に起こっており、通常は所要のバランスを保っている。しかし、そのバランスは、口腔内常在菌の産生する酸が増大すると伴に脱灰の方向に傾き、う蝕が進行する。
【0003】
このようにして発生するう蝕予防に対して再石灰化の促進という観点からいくつかの技術が提案されている。
再石灰化効果を示す物質として、フッ素が最も有効であるといわれている。フッ素は、約2ppmで十分な効力を発揮する。フッ素の効力としては、以下の2点が明らかとなっている。(1)再石灰化を促す;および(2)フッ素がハイドロキシアパタイトの結晶にとり込まれることにより脱灰されにくい強固な結晶構造に変化する。
ハイドロキシアパタイトに対して作用を持つフッ素は、近年多くの口腔組成物中に添加されてきているが、安全性上の問題もあり、我国では、配合が見とめられている歯磨き剤に関しては、配合量の上限を設けているのが実状である。
【0004】
また、再石灰化効果を示す物質として、例えばカゼインホスホペプチド(CPP)が提案されている(非特許文献1)。カゼインホスポペプチドは、カゼインにトリプシンを作用させて得られる加水分解生成物であって、カルシウムと結合して可溶性の複合体を形成する。カゼインホスホペプチドは、唾液中でカルシウムと結合してカルシウムが沈殿するのを抑制し、カルシウムイオンを供給することによって歯牙エナメル質の再石灰化を促進する効果がある。しかしながら、カゼインホスホペプチドは、カゼインの酵素分解物であるため、原料であるカゼインを酵素反応させる必要があり、また酵素分解の際のペプチド副産物が苦味を呈するため、経口または口腔用製品へ応用するには、この苦味ペプチドを十分に分離する必要がある等の問題を改善しなければならない。
【0005】
さらに、糖アルコール(特にキシリトール)が細菌の生育抑制だけではなく、歯の再石灰化を促進し得ることが知られている(特許文献1)。しかしながら、糖アルコールの歯牙エナメル質の再石灰化促進効果を認める濃度は高濃度であり、また糖アルコールの多量摂取によっては軟便を誘発することが知られている(非特許文献2)。
【0006】
一方、グルコース−1−リン酸は、糖代謝の中間体として知られており、あらゆる動植物に含まれている極めて安全な成分である。グルコース−1−リン酸の応用としては、グルコース−1−リン酸フッ化カルシウムコロイドが歯牙へのフッ素取込みを促進し、歯牙を強化することが知られている(特許文献2)。その作用機序は、フッ化カルシウムをグルコース−1−1リン酸のコロイドで安定化し、フッ素が歯牙エナメル質に取込み易くなるためである。
グルコース−1−リン酸の口腔衛生分野における利用は、グルコース−1−リン酸フッ化カルシウムコロイドの生成のために用いられてきたものであって、グルコース−1−リン酸塩を単独で用いてう蝕を抑制することは知られていない。
【特許文献1】特開平11−12143号公報
【特許文献2】特開平6−298631号公報
【非特許文献1】J Dent Res.2001 Dec;80(12):2066−70
【非特許文献2】食品衛生学雑誌,39(4),J317,1988
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記に鑑み、脱灰した歯牙エナメル質の再石灰化を効果的に促進するとともに、それによってう蝕を積極的に抑制することができ、種々の口腔または飲食用製品へ容易に配合でき且つ安全性において問題がない歯牙エナメル質の再石灰化促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、グルコース−1−リン酸ナトリウムが、脱灰した歯牙エナメル質の再石灰化を効果的に促進し、う蝕を積極的に抑制することができ、種々の口腔または飲食用製品へ容易に配合できることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は、グルコース−1−リン酸ナトリウムを有効成分とする歯牙エナメル質の再石灰化促進剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の再石灰化促進剤は、脱灰した歯牙エナメル質の再石灰化を効果的に促進するとともに、それによってう蝕を積極的に抑制することができる。また、種々の口腔または経口用製品へ容易に配合でき且つ安全性において問題がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明品で用いるグルコース−1−リン酸ナトリウムは、種々の方法で製造される。例えば、α−グルカンとオルトリン酸塩とからホスホリラーゼを用いて製造される(特公平6−95942号公報、特公平6−98011号公報等)。また、微生物を用いて製造してもよい(特開2002−300899号公報)。
また、再石灰化促進剤中でグルコース−1−リン酸をナトリウム塩としてもよい。
【0011】
本発明の再石灰化促進剤には、グルコース−1−リン酸ナトリウムをそのまま使用してもよいが、他のpH緩衝剤、カルシウムイオン供給物質、フッ素化合物、湿潤剤、甘味剤、防腐剤、抗菌剤、抗炎症剤、各種エキス類、水、アルコールあるいはその他の食品又は食品添加物等の成分を適宜添加してもよい。
【0012】
pH緩衝剤としては、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸、乳酸等の有機酸、リン酸、炭酸等の無機酸及びそれらのアルカリ金属塩の組み合わせが挙げられる。有機酸又は無機酸のアルカリ金属塩としては、クエン酸水素二ナトリウム、クエン酸水素二カリウム、酒石酸水素ナトリウム、酒石酸水素カリウム;炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素二カリウム等が挙げられ、特にナトリウム塩が好ましい。
【0013】
カルシウムイオン供給物質としては、特に限定されないが、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、塩化カルシウム、乳酸カルシウム、グルコン酸カルシウム、乳清カルシウム、有機酸カルシウム、コロイド性炭酸カルシウムなどが好適に使用される。
【0014】
フッ素化合物としては、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ素化第一錫、モノフルオロリン酸ナトリウム等が挙げられる。フッ素化合物としては、ナトリウム塩が好ましく、特にフッ化ナトリウムが好ましい。
【0015】
再石灰化促進剤のグルコース−1−リン酸ナトリウムの含有量は、0.001〜50質量%、さらに0.05〜10.0質量%であるのが好ましい。
【0016】
本発明の再石灰化促進剤は、種々の飲食用組成物に添加すると、日々の生活で口腔内に摂取でき好ましい。飲食用組成物とは、ヒトの食品、動物あるいは養魚用の飼料、ペットフードを総称する。すなわち、コーヒー、紅茶、日本茶、ウーロン茶、ジュース、加工乳、スポーツドリンク、ミネラル水などの液体および粉末の飲料類、パン、ピザ、パイなどのベーカリー類、クッキー、クラッカー、ビスケット、ケーキなどの焼き菓子類、スパゲティー、マカロニなどのパスタ類、うどん、そば、ラーメンなどの麺類、キャンデー、ソフトキャンデー、ガム、チョコレートなどの菓子類、おかき、ポテトチップス、スナックなどのスナック菓子類、アイスクリーム、シャーベットなどの冷菓類、クリーム、チーズ、粉乳、練乳、乳飲料などの乳製品、ゼリー、プリン、ムース、ヨーグルトなどの洋生菓子類、饅頭、ういろ、もち、おはぎなどの和菓子類、醤油、たれ、麺類のつゆ、ソース、だしの素、シチューの素、スープの素、複合調味料、カレーの素、マヨネーズ、ケチャップなどの調味料類、カレー、シチュー、スープ、どんぶりなどのレトルトもしくは缶詰食品、ハム、ハンバーグ、ミートボール、コロッケ、餃子、ピラフ、おにぎりなどの冷凍食品、ちくわ、蒲鉾などの水産加工食品、弁当のご飯、寿司などの米飯類が含まれる。さらにカルシウムなどの栄養上有効な成分の吸収の良さが利用される、乳児用ミルク、離乳食、ベビーフード、ペットフード、ペット用ガム、動物用飼料、スポーツ食品、サプリメントのような錠剤を含む栄養補助食品、健康食品なども含まれる。
【0017】
飲食用組成物としては、飲料類、ガム、乳製品、サプリメントのような錠剤、あめ等が好ましい。
【0018】
飲食用組成物中のグルコース−1−リン酸ナトリウムの含有量は、特に制限されないが0.001〜50質量%、さらに0.05〜10質量%、特に0.5〜5質量%であるのが好ましい。
【実施例】
【0019】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲がこれによって限定されるものではない。
【0020】
実施例1
再石灰化促進効果を、次に記載の方法によって測定した。
歯牙薄切片の作製
歯牙サンプルとしてヒト臼歯の頬側、舌側の表面エナメル質を用いた。歯牙表面にう蝕部位がないことを確認後、紙やすり(C1500)で表面研磨を行って平滑にするとともに、歯牙表面の着色を除き試験歯牙面とし、ついで平行に歯牙を切断し歯牙薄切片(厚さ150μm以下)を作製した。
【0021】
再石灰化測定
歯牙薄切片は、0.1mol/L乳酸を含む脱灰液(pH4.5)に浸漬し、人工初期う蝕を形成させた後、下記物質を含有する水性処理液(比較品2)、下記の物質及びグルコース−1−リン酸ナトリウム0.1質量%を含有する水性処理液(本発明品)または下記の物質及びキシリトール10.0質量%を含有する水性処理液(比較品1)中に浸漬し、37℃に維持し、経時的にマイクロラジオグラフ(微小X線写真)を撮影し、画像定量法でミネラル喪失量ΔZ(vol%・μm)を測定した。
【0022】
水性処理液組成
塩化カルシウム 1.5mmol/L
リン酸ニ水素カリウム 0.9mmol/L
フッ化ナトリウム 1 ppm
HEPES 20 mmol/L
塩化カリウム 20 mmol/L
精製水 バランス量
pH:7
【0023】
図1に画像定量法により求めたミネラル喪失量ΔZの結果を示す。
本発明品に浸漬すると、歯牙表面へのリン酸カルシウムの析出は認められず、表層下脱灰層が再石灰化することが確認できた。その効果は比較品1で認められた効果より高いものであった。比較品2に浸漬したものは、表層下脱灰層を十分再石化することはできず、むしろ歯牙表面にリン酸カルシウムの析出が認められた。
【0024】
次の飲食品を製造した。
実施例2 ミネラル水
市販ミネラルウォーター5Kgにグルコース−1−リン酸ナトリウム25gを溶解し、ろ過後、200mL缶容器に充填し、常法による殺菌を行い、容器充填水を調整した。
【0025】
実施例3 清涼飲料水
果糖ブドウ糖液糖13質量%、クエン酸0.3質量%、アスコルビン酸0.03質量%、クエン酸ナトリウム0.02質量%、香料(ライムフレーバー)0.1質量%、炭酸カルシウム0.5質量%、グルコース−1−リン酸ナトリウム0.5質量%に水を加えて溶解し、pHを3.5に調整後、さらに水を加えて100質量%とした飲料を得る。溶液は、100mLをガラス容器に分注し、常法により殺菌を行い風味良好な清涼飲料水を調整した。
【0026】
実施例4 乳飲料
市販牛乳5kgにグルコース−1−リン酸ナトリウム25gを添加溶解し、200mLの缶詰とし、常法にて殺菌することにより、乳飲料を調整した。
【0027】
実施例5 チューインガム
ガムベース28質量%、麦芽還元水飴41質量%、パラチニット22.5質量%、マルチトール4.7質量%、軟化剤0.8質量%、第2リン酸カルシウム0.9質量%、グルコースー1−リン酸ナトリウム1.0質量%、精製水バランス量にて100質量%なる組成からなるチューインガムを調整した。
【0028】
実施例6 錠剤
直打用微粒No.209*(富士化学社製)45質量%、結晶セルロース 40質量%、グルコースー1−リン酸ナトリウム 5質量%、CMCカルシウム 8質量%、ステアリン酸マグネシウム2質量%からなる成分を均一に混合し、その混合末を打錠して1錠200mgの錠剤を調整した。
*直打用微粒No.209(メタケイ酸アルミン酸マグネシウム 20質量%、トウモロコシデンプン 30質量%、乳糖 50質量%)
【0029】
実施例7 飴
砂糖 50質量%、水あめ 35.3質量%、グルコースー1−リン酸ナトリウム 5質量%、香料 0.5質量%、精製水 9.2質量%なる飴を常法により調整した。
【0030】
本発明の上記飲食品は、歯牙エナメル質再石灰化効果に関して優れたものであった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】画像定量法により求めたミネラル喪失量ΔZの結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース−1−リン酸ナトリウムを有効成分とする歯牙エナメル質再石灰化促進剤。

【図1】
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【公開番号】特開2006−28135(P2006−28135A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−212742(P2004−212742)
【出願日】平成16年7月21日(2004.7.21)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】