説明

歯科用接着方法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、予め形成された合成樹脂製歯冠色補綴物グラスアイオノマーセメントにて歯質に接着可能なものとするために、合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントを接着させるため特定の前処理材を使用することを特徴とする歯科用接着方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年、患者の審美的要求の高まりから金属製補綴物に代わり合成樹脂製等の歯冠色補綴物が好まれる傾向にある。一方、口腔内に補綴物を接着する際に用いられるグラスアイオノマーセメントは歯質象牙質に対する接着性,安全性,フッ素イオンの徐放性等から臨床に於ける安全性が高く評価されているが、上記の合成樹脂に対して殆んど接着性を有さないので、これ等の合成樹脂製補綴物をグラスアイオノマーセメントによって接着すると合成樹脂製補綴物の脱落の危険性があった。現在、合成樹脂製歯冠色補綴物を歯質に接着させるためには、合成樹脂製セメントが市販されている。しかし歯質との接着に歯科用合成樹脂製セメントを用いることによる臨床応用上の幾つかの問題が存在する。つまりこの合成樹脂製セメントは未だ歯質象牙質との接着強さが充分でなく、象牙質と合成樹脂製セメント間の微少間隙の存在が報告されている点や、有髄歯に用いた場合に往々にして接着後に咬合痛や歯髄炎などの為害作用が発生していた点などの問題があるため象牙質の裏層処置を完全にする必要がある。また歯面処理の操作が複雑で簡便でない点などが問題として残されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明者等はこれ等の点に鑑み鋭意研究の結果、合成樹脂製歯冠色補綴物に対して接着性の無いグラスアイオノマーセメントと合成樹脂製歯冠色補綴物とを接着させるために、これ等の間に前処理材を使用する接着方法を見い出し本発明を完成するに至ったのである。つまり本発明に係る接着方法を用いると、即ち合成樹脂製歯冠色補綴物を本発明の前処理材によって処理した後、グラスアイオノマーセメントによって合成樹脂製歯冠色補綴物を歯質へ接着させるので安全性と接着性に於いて理想的で簡便な歯科修復が可能になったのである。
【0004】
【課題を解決するための手段】本発明者等は合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントとを接着させる材料を考えた場合、その成分として合成樹脂製歯冠色補綴物と接着性を示す成分とグラスアイオノマーセメント中のカルボン酸基と反応可能な成分を考慮する必要があると考えた。
【0005】つまり前処理材の成分としてグラスアイオノマーセメントとの接着を意図して有機チタネート化合物を使用すると特異的にグラスアイオノマーセメントとの接着性が得られることが判明したのである。有機チタネート化合物を含む歯科用接着剤の発明として特公63-40406号公報,特公63-48915号公報があるが、本発明の意図するグラスアイオノマーセメントとの接着に関しては記述が無く、歯質象牙質への接着に関するものであり従来の技術で述べたように合成樹脂製セメントの範疇であり為害作用の点で問題の有る接着剤である。また、接着剤中にカルボン酸基を含み同時に重合開始剤が含まれており、保存性にも問題がある。
【0006】しかるに本発明は、(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレート(B)上記(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレートに対して0.1〜20.0重量%の有機チタネート化合物(C)重合開始剤とから成る前処理材を予め形成された合成樹脂性歯冠色補綴物に塗布して重合させた後、グラスアイオノマーセメントを接触させ硬化させることにより合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントとを接着させることが可能であることが判明した。また本発明の前処理材は保存性,操作性を考慮して必要に応じ1液型,2液型,3液型,粉液型,ペースト型とする事ができる。
【0007】次にそれぞれの成分毎に具体的に説明する。先ず(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレートとして具体的に表わすと、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、イソプロピルメタクリレート、ヒドロキシエチルメタクリレート、n−ブチルメタクリレート、イソブチルメタクリレート、ヒドロキシプロピルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、グリシジルメタクリレート、2−メトキシエチルメタクリレート、2ーエチルヘキシルメタクリレート、2,2−ビス(メタクリロキシフェニル)プロパン、2,2−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロキシプロポキシ)フェニル]プロパン、2,2−ビス(4−メタクリロキシジエトキシフェニル)プロパン、2,2−ビス(4−メタクリロキシプロポキシフェニル)プロパン、エチレングリコールジメタクリレート、ジエチレングリコールジメタクリレート、トリエチレングリコールジメタクリレート、ブチレングリコールジメタクリレート、ネオペンチルグリコールジメタクリレート、1,3−ブタンジオールジメタクリレート、1,4−ブタンジオールジメタクリレート、1,6−ヘキサンジオールジメタクリレート、トリメチロールプロパントリメタクリレート、トリメチロールエタントリメタクリレート、ペンタエリスリトールトリメタクリレート、トリメチロールメタントリメタクリレート、ペンタエリスリトールテトラメタクリレート及びこれ等のアクリレート、また分子中にウレタン結合を有するメタクリレート及びアクリレート等がある。特にウレタン結合を有するものの中では、ジ−2−メタクリロキシエチル−2,2,4−トリメチルヘキサメチレンジカルバメート及びこれのアクリレート、また下記構造式で示される
【0008】
【化1】


【0009】但し上記式中、Rは同種または異種のHまたはCH3で、−(A)−は−(CH26−,
【0010】
【化2】


【0011】
【化3】


【0012】が好適である。これ等のメタクリレート及びアクリレートは歯科用材料としては公知のものであるので必要に応じて単独で、或いは混合して使用すれば良い。
【0013】(B)有機チタネート化合物としては、テトライソプロピルチタネート、テトラ−n−ブチルチタネート、テトラキス(2−エチルヘキシル)チタネート、テトラステアリルチタネート、ジイソプロポキシ・ビス(アセチルアセトン)チタネート、ジヒドロキシ・ビス(ラクティクアシッド)チタネート、テトラオクチレングリコールチタネート、トリ−n−ブトキシモノステアリルチタネート、イソプロピルトリイソステアロイルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート、イソプロピルトリス(ジオクチルパイロホスフェート)チタネート、テトライソプロピルビス(ジオクチルホスファイト)チタネート、テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート、テトラ(2,2−ジアリルオキシメチル−1−ブチル)ビス(ジトリデシル)ホスファイトチタネート、ビス(ジオクチルパイロホスフェート)オキシアセテートチタネート、ビス(ジオクチルパイロホスフェート)エチレンチタネート、イソプロピルトリ(ジオクチルホスフェート)チタネートなどが単独で、或いは混合して使用しても良く、上記チタネートのポリマー等を用いても良い。これ等の有機チタネートの使用量は上記(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレートに対して0.1〜20.0重量%である
【0014】次に、(C)重合開始剤としては以上述べたラジカル重合性モノマー群を重合せしめ合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントの界面にポリマー層を形成させることが可能なものならば、一般的な重合触媒が何れも使用可能である。これ等の選択はこのポリマー層をどのような方法によって形成するかによって決定される。
【0015】例を挙げると常温重合によるならばベンゾイルパーオキサイドとN−フェニルグリシン,ベンゾイルパーオキサイドとp−トルエンスルフィン酸ソーダ,ベンゾイルパーオキサイドとベンゼンスルフィン酸ソーダ,ベンゾイルパーオキサイドとp−トルエンスルフィン酸ソーダ若しくはベンゼンスルフィン酸ソーダと芳香族3級アミン,過硫酸カリと芳香族3級アミン,過硫酸ソーダと芳香族3級アミンなどがある。
【0016】熱重合によるならば必ずしも重合開始剤は添加しなくとも良いが、重合を促進するものとしてベンゾイルパーオキサイド,アゾビスイソブチロニトリル等の添加が望ましい。
【0017】他に、光重合開始剤としては増感剤と還元剤の組合わせが一般に用いられる。増感剤には、カンファーキノン、ベンジル、ジアセチル、ベンジルジメチルケタール、ベンジルジエチルケタール、ベンジルジ(2−メトキシエチル)ケタール、4,4′−ジメチルベンジル−ジメチルケタール、アントラキノン、1−クロロアントラキノン、2−クロロアントラキノン、1,2−ベンズアントラキノン、1−ヒドロキシアントラキノン、1−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、1−ブロモアントラキノン、チオキサントン、2−イソプロピルチオキサントン、2−ニトロチオキサントン、2−メチルチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、2,4−ジイソプロピルチオキサントン、2−クロロ−7−トリフルオロメチルチオキサントン、チオキサントン−10,10−ジオキシド、チオキサントン−10−オキサイド、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、イソプロピルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、ベンゾフェノン、ビス(4−ジメチルアミノフェニル)ケトン、4,4′−ビスジエチルアミノベンゾフェノン、アジド基を含む化合物などがあり単独若しくは混合しても使用できる。
【0018】還元剤としては3級アミン等が一般に使用される。3級アミンとしては、ジメチルアミノエチルメタクリレート、トリエタノールアミン、4−ジメチルアミノ安息香酸メチル、4−ジメチルアミノ安息香酸エチル、4−ジメチルアミノ安息香酸イソアミルが好ましい。また他の還元剤としてベンゾイルパーオキサイド、スルフィン酸ソーダ誘導体、有機金属化合物等が挙げられる。
【0019】このようにして得られる光重合型の前処理は紫外線または可視光線などの活性光線を照射することにより重合反応が達せられる。光源としては超高圧、高圧、中圧及び低圧の各種水銀灯、ケミカルランプ、カーボンアーク灯、メタルハライドランプ、蛍光ランプ、タングステンランプ、キセノンランプ、アルゴンイオンレーザーなどを使用することも出来る。
【0020】以上、記述した重合開始剤は歯科用としては公知の物であり必要に応じて単独若しくは混合しても使用出来る。また、内容成分に揮発性溶剤を含むタイプも考えられるが、揮発性溶剤としては、本発明の前処理を溶解出来るものならば総べて使用できる。例えば、水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、トルエン、キシレン、酢酸エチル、酢酸ブチル、セロソルブ、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジクロルメタン、クロロホルム、四塩化炭素、トリクロルエチレン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等である。これ等は、前処理材全量に対して98重量%以内の範囲で加えられるのが好ましい。
【0021】また、充填材も含むことが出来る。充填材としては、無機、有機或いは有機と無機の複合でも良く、例えば石英粉末、アルミナ粉末、ガラス粉末、カオリン、タルク、亜鉛華、炭酸カルシウム、アルミノシリケートガラス、バリウムアルミノシリケートガラス、ストロンチウムガラス、酸化チタン、ホウケイ酸ガラス、コロイダルシリカ粉末、コロイダルシリカをポリマーで固めて粉砕した有機複合フィラー等がある。また有機の充填材としては、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル、メタクリル酸メチル−メタクリル酸エチル共重合体、架橋型ポリメタクリル酸メチル等があり、或いはこれ等ポリマー粉と前記無機粉末とを混合して用いることも出来る。前記無機充填材は充填材とバインダーレジンとの混合を行なう前に、充填材とバインダーレジンとの両方に反応することの出来る一般にシランカップリング剤を用いる。シランカップリング剤としては、r−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランが多く使用される。これの充填材は前処理材全量に対して85重量%以内の範囲で加えられるのが好ましい。
【0022】
【実施例】以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。本発明に係る接着方法による接着強さを確認するために前処理材を塗布し重合させた合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントとの引張接着試験を行なった。
【0023】引張接着試験方法合成樹脂製歯冠色補綴物の代替品として可視光線重合型コンポジットレジン−商品名グラフトLC(株式会社ジーシー製)を用いた。可視光線重合器、商品名ジーシーライトVL−1(株式会社ジーシー製)によって重合し直径10mm×高さ5mmに仕上げ、この重合体である被着体が下端に位置するように歯科用即時重合型レジン、商品名ユニファスト(株式会社ジーシー製)に包埋,10mm×10mm×60mmに成形し引張接着試験体とした。被着体表面は耐水研磨紙#1000にて研磨した。各種前処理材を被着体表面に塗布し直ちにエアーにて薄くのばした。(処理材が光重合型の場合は、商品名ジーシーライトVL−1にて20秒間光照射を行なって重合させた。また、前処理材が常温重合型又は熱重合型の場合は、そのまま放置するか加熱して重合させた。
【0024】グラスアイオノマーセメントとして商品名フジアイオノマーType1(株式会社ジーシー製)を粉液比P/L=1.8にて練和、練和開始後1分以内にセメント泥を内側半径4mm、外側半径5mmのステンレス製金型に詰め上記引張接着試験体の被着体面上の重合した前処理材面上にセメント泥を置いた。かくして製造し試験体をセメント練和開始後10分後に37℃水中に浸漬した。1日後に水中より取り出し、商品名オートグラフIS500(島津製作所製)にてクロスヘッドスピード1.0mm/min.にて引張接着試験を行なった。以下にその結果を示す。試験体数は各5個である。
【0025】実施例1A液 (重量%)
テトライソプロピルビス(ジオクチルホスファイト)チタネート 3.0 N−フェニルグリシン 1.0 エタノール 96.0B液 2−ヒドロキシエチルメタクリレート 30.0 2,2−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロキシプロポキシ) フェニル]プロパン 30.0 ベンゾイルパーオキサイド 1.0 エタノール 39.0の配合にて調製した化学重合型の前処理材のA液,B液同量を混和し前記試験方法にて試験を行なった。結果を表1に示す。
【0026】実施例2〜5表1に示す配合にて調製後、実施例1と同様の方法にて試験を行なった。結果を表1に示す。
【0027】実施例6テトラオクチルビス(ジトリデシルホスファイト)チタネート 3.02,2−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリロキシプロポキシ)フェニル]プロパン 25.02−ヒドロキシエチルメタクリレート 25.0カンファーキノン 0.5ジメチルアミノエチルメタクリレート 1.0エタノール 45.5の配合にて調製した光重合型の前処理材を前記試験方法にて試験を行なった。結果を表2に示す。
【0028】実施例7〜9表2に示す配合にて調製後、実施例1と同じ試験方法にて試験を行なった。結果を表2に示す。
【0029】比較例1〜2表3に示すチタネート化合物の無い配合にて各種タイプの前処理材を調製し実施例1と同じ試験方法にて試験を行なった。結果を表3に示す。
【0030】比較例3〜4表3に示すチタネート化合物の量が適正でない配合にて前処理材を調製し実施例1と同じ試験方法にて試験を行なった。結果を表3に示す。
【0031】比較例5本発明の前処理材を塗布・重合させずに実施例1と同じ試験を行おうと試みたがオートグラフにて試験を行なう前に総べて脱落した。
【0032】
【表1】


【0033】
【表2】


【0034】
【表3】


【0035】
【発明の効果】歯科医療に於いて審美性に関する要求からコンポジットレジンなどの合成樹脂製歯冠色補綴物を口腔内に接着する臨床が盛んになっている。しかしグラスアイオノマーセメントにはこれ等の補綴物に対する接着性が無いため、歯髄為害性の危険性が懸念されるにも拘わらず、その接着性からレジン系のセメントによる接着が行なわれている。本発明に係る接着方法は合成樹脂製歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントとを接着することが可能であり、その耐久性も優れている。そのため本発明の前処理材とグラスアイオノマーセメントを用いることにより、これ等の補綴物の接着の際に歯質と補綴物の双方に接着し脱落の心配が無く、なお且つ歯髄為害性の無い安全な歯科修復が可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレート,(B)上記(A)少なくとも1個の不飽和二重結合を有するメタクリレートまたはアクリレートに対して0.1〜20.0重量%の有機チタネート化合物,(C)重合開始剤とから成る前処理材を予め形成された合成樹脂性歯冠色補綴物に塗布して重合させた後、グラスアイオノマーセメントを接触させ硬化させることにより合成樹脂性歯冠色補綴物とグラスアイオノマーセメントとを接着させ歯科用接着方法。
【請求項2】 前処理材全量に対して98重量%以内の範囲で揮発性溶剤が加えられた前処理材を使用する請求項1に記載の歯科用接着方法。
【請求項3】 前処理材全量に対して85重量%以内の範囲で充填材が加えられた前処理材を使用する請求項1または2中の何れか1項に記載の歯科用接着方法。

【特許番号】特許第3274161号(P3274161)
【登録日】平成14年2月1日(2002.2.1)
【発行日】平成14年4月15日(2002.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−350446
【出願日】平成3年12月11日(1991.12.11)
【公開番号】特開平5−155728
【公開日】平成5年6月22日(1993.6.22)
【審査請求日】平成10年12月1日(1998.12.1)
【出願人】(000181217)株式会社ジーシー (279)
【参考文献】
【文献】特開 昭60−135469(JP,A)
【文献】特開 昭63−201038(JP,A)