説明

歯科装置

【課題】歯髄が除去された歯を、象牙質の加熱による処置よりも、さらに安全かつ効果的に補強する手段およびそのための装置を提供すること。
【解決手段】本発明の歯科装置は、ハンドピース部および制御デバイスを備え、該ハンドピース部が、該歯の象牙質に紫外線を照射するための歯髄腔差込みプラグおよび紫外線光源を備え、そして該歯髄腔差込みプラグが紫外線照射部を有する。本発明の歯科装置により、歯髄が除去された歯の歯髄腔で象牙質に紫外線を照射することにより、歯を機械的に強化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯髄が除去された歯を機械的に強化するための歯科装置に関する。より詳細には、歯髄腔において歯の象牙質に紫外線を照射することにより歯を機械的に(あるいは力学的に)強化するための歯科装置に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療において、進行した虫歯が原因で歯髄を除去する処置(歯神経を抜く処置)が、日常的に行われている。しかし、歯髄が除去された歯には、歯の中心部に空洞が形成されるため、構造上、歯の機械的強度が著しく低下することが知られている(非特許文献1)。このような歯を補強するため、歯髄が存在した歯の中心部に金属、樹脂などからなる支柱を建てる処置が、一般的に行われている(非特許文献2)。
【0003】
このような歯髄が除去された歯を人工材料で補強する処置は、歯と補強材との機械的性質が異なる場合、歯の内部に過剰な応力の集中を招き、歯が割れる恐れがあり、そのため抜歯の誘引ともなり得る(非特許文献3)。実際に、プラークコントロールによって、虫歯や歯周病などの細菌感染症は予防できるものの、過剰な力の負担に起因する歯の歯折を防止することは困難である(非特許文献4)。歯髄が除去された歯を安全かつ効果的に補強する方法は、未だ確立されておらず、このように強度が低下した歯の強化は、解決すべき急務の課題となっている。
【0004】
従来から、加齢あるいは乾燥および湿潤などの異なる環境における歯の機械的性質について種々の検討が行われている(非特許文献5〜7)。しかし、物理的刺激などによって歯質そのものを強化しようという取り組みはほとんど行われていない。唯一、本発明者らが、歯髄腔に露出した象牙質を表面温度が70℃〜140℃になるように加熱することにより、コラーゲンの網目状構造が緻密になって、歯の機械的強度が向上することを見出している(特許文献1および非特許文献8)。
【0005】
ところで、現在歯科領域において、紫外線の利用は日常的には行われていない。以前は、歯髄腔への充填物(例えば、光重合レジン)を固化するために紫外線を照射することもあった。しかし、現在一般的に用いられている光重合レジンは可視光によって硬化するため、紫外領域や近赤外領域をフィルタで除去した可視光を照射する光照射器のみが使用されている。あるいは、殺菌の目的で、歯科治療用ハンドピースに殺菌光(例えば、紫外光)を照射する機能を搭載し、該殺菌光を刃物(歯牙治療具)から照射する装置が考案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2008/47490号
【特許文献2】特開2005−73829号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】E. Reehら、J. Endodonics,15巻,512-516頁,1989年
【非特許文献2】坪田有史、日本歯科評論,65巻10号(通刊756号),53-64頁,2005年
【非特許文献3】M. Hayashiら、Dental Materials,22巻,477-485頁,2006年
【非特許文献4】P. Axelssonら、J. Clinical Periodontology,31巻,749-757頁,2004年
【非特許文献5】M. Jamesonら、J. Biomechanics,26巻,1055-1065頁,1993年
【非特許文献6】B. Kahlerら、J. Biomechanics,36巻,229-237頁,2003年
【非特許文献7】D. Bajajら、Biomaterials,27巻,2507-2517頁,2006年
【非特許文献8】M. Hayashiら、J. Dental Research,87巻,762-766頁,2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、歯髄が除去された歯を、上記の象牙質の加熱による処置よりも、さらに安全かつ効果的に補強する手段およびそのための装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、歯の象牙質に長波長側の紫外線を5〜15分間照射することにより、方向特異性を持って象牙質の曲げ強さが約2倍に増加することを見出したことに基づき、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、歯髄が除去された歯を機械的に強化するための歯科装置を提供し、該歯科装置は、ハンドピース部および制御デバイスを備え、該ハンドピース部が、該歯の象牙質に紫外線を照射するための歯髄腔差込みプラグおよび紫外線光源を備え、そして該歯髄腔差込みプラグが紫外線照射部を有する。
【0011】
1つの実施態様では、上記紫外線照射部は、歯髄腔の深さと略同等の長さを有する。
【0012】
1つの実施態様では、上記紫外線照射部において、その先端部および側面部から紫外線が照射される。
【0013】
1つの実施態様では、上記紫外線照射部は、複数の段を有する円錐形状である。
【0014】
1つの実施態様では、上記紫外線照射部は、該紫外線照射部を覆いかつ着脱可能であるチップを備える。
【0015】
1つの実施態様では、上記チップは、紫外線を散乱して照射可能である。
【0016】
1つの実施態様では、上記紫外線は、320nm〜400nmの波長である。
【0017】
1つの実施態様では、上記紫外線光源は、紫外線発光ダイオードである。
【0018】
1つの実施態様では、上記歯科装置は、上記紫外線光源の出力制御手段を備える。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、歯髄が除去された歯を安全にかつ効果的に補強し得る歯科装置が提供される。本発明の装置を用いれば、虫歯などの治療によって歯髄を除去して脆くなった歯を容易に強化することができ、より長期間にわたって歯髄を失った歯の健康が維持され得る。そのため、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)の向上にもつながる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の歯科装置の一例を説明するための模式図である。
【図2】種々の条件で紫外線照射したヒト象牙質棒状試料についての片持ち梁曲げ試験の結果を示すグラフである。
【図3】種々の条件で紫外線照射した後にハンクス平衡塩溶液(HBSS)に浸漬したヒト象牙質棒状試料についての片持ち梁曲げ試験の結果および線収縮率を示すグラフである。
【図4】紫外線照射前後の種々のコラーゲン分子間架橋の量を示すグラフである。
【図5】コラーゲンの平面構造を規定しているアミドの基準振動を示す図、ならびに種々の条件で紫外線照射したヒト象牙質試料についての顕微赤外分光分析により得られた赤外吸収スペクトルである。
【図6】種々の条件で紫外線照射したヒト象牙質試料についての顕微レーザーラマン分光分析により得られたラマンスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
歯は、エナメル質、象牙質、およびセメント質からなる表層構造物であり、解剖学的には、象牙質とそれを覆うエナメル質からなる歯冠と、象牙質とそれを覆うセメント質からなる歯根に分けられる。中心部には歯髄腔があり、歯の神経である歯髄で満たされている。虫歯などのため、歯の神経である歯髄を除去すると、歯髄腔が円柱状の空洞として露出する。歯髄腔の露出部は象牙質である。
【0022】
象牙質は、その組成の約25容量%がコラーゲン繊維であり、約50容量%がハイドロキシアパタイトである。象牙質においては、歯髄腔から外側への方向性を有する多数の象牙細管が走行している。
【0023】
象牙質に紫外線を照射することにより、コラーゲン内部の架橋構造が増加し、コラーゲン繊維のトリプルへリックスの中心間距離が縮まる。この現象は、象牙質を加熱した場合にも見られる(特許文献1および非特許文献8)。タンパク質の変性温度は、約55℃〜60℃であり、コラーゲンの変性点は、約105℃〜110℃である。そのため、加熱によってハイドロキシアパタイト結晶を含むコラーゲンの網目状構造が緻密になって、歯の機械的強度が向上する。特に、歯髄腔の象牙質を70℃〜140℃に加熱すると、象牙細管の走行方向特異的に、曲げ強度、引っ張り強度、および破壊靭性値が著しく向上する。しかし、加熱後にハンクス平衡塩溶液(HBSS)に浸漬した場合、象牙質の曲げ強さは加熱前とほぼ同様に戻る。これに対して、象牙質に紫外線を照射した場合は、HBSSに浸漬した後であっても、紫外線照射によって獲得した曲げ強度を保持する。したがって、口腔内で象牙質を加熱するよりも紫外線を照射するほうが、より効果的に歯を機械的に強化することができる。
【0024】
以下、図を参照して本発明の歯科装置を説明する。
【0025】
図1は、本発明の歯科装置の一例を説明するための模式図である。本発明の歯科装置1は、ハンドピース部10および制御デバイス20を備える。図1において、制御デバイス20は筐体であり、この筐体から可撓性の接続部30を介してハンドピース部10が設けられる。本発明の歯科装置は、制御デバイスとハンドピース部とが一体となったコードレスタイプであってもよい。ここで例示する歯科装置1のハンドピース部10は、口腔内で紫外線を照射するために適した形状であればよく、ハンドピースに限定されず、マウスピースなどであってもよい。本明細書においては、ハンドピースの形状である場合を例に挙げて、詳細に説明する。
【0026】
図1に示すように、ハンドピース部10は、ハンドル部11、保護管12、歯髄腔差込みプラグ13(紫外線照射部14を備える)、紫外線光源15、および照射スイッチ16を備える。
【0027】
ハンドル部11は、使用者(例えば、歯科医)が保持する部分である。ハンドル部11は、使用者が把持可能でありかつ操作しやすいサイズおよび形状に設計され得る。例えば、ハンドル部11は、プラスチックなどで形成される。ハンドル部11は、把持しやすさの点で、好ましくは直径3cm程度の円筒形である。
【0028】
保護管12は、後述の歯髄腔差込みプラグ13が、患者の口、特に患者の唇や舌などに直接触れないようにする部分である。例えば、保護管12が設けられていることによって、歯に紫外線を照射している時間にわたって、口を開放し続ける必要はなく、保護管12を噛むようにして、口を閉じることも可能となる。保護管12の材質は、特に限定されない。また、口内に挿入するのに便利でありかつ違和感のないサイズおよび形状を有する。
【0029】
歯髄腔差込みプラグ13は、歯髄腔に挿入して、歯(特に、象牙質)に紫外線を照射するための手段であり、その先端部に紫外線照射部14を備える。歯髄腔差込みプラグ13では、例えば、紫外線光源15から発生した紫外線が、必要に応じて紫外線分光レンズを介して紫外線照射部14に伝送され、該紫外線照射部14から紫外線が象牙質に向けて照射される。そのため、歯髄腔差込みプラグ13中には、光ファイバーなどの光導体が備えられていてもよい。歯髄腔差込みプラグ13は、歯髄腔の径(通常、3mm以下)より小さい外径を有し、その外径は好ましくは1mm〜2mmである。
【0030】
紫外線照射部14は、紫外線を透過する材料(例えば、樹脂、ガラス)からなる。また、紫外線照射部14に、紫外線照射部14を覆いかつ着脱可能であるチップを装着してもよい(図示せず)。このようなチップは、通常樹脂製であり、好ましくはディスポーザブルである。
【0031】
紫外線照射部14は、歯髄腔に露出している象牙質全体に均一に紫外線を照射するように構成されていることが好ましい。例えば、その先端部および側面部から紫外線を照射するように、歯髄腔の深さと略同等の長さを有することが好ましい。なお、この場合、歯髄腔差込みプラグ13のうち、紫外線照射部14のみが歯髄腔に挿入される。
【0032】
紫外線照射部14の先端部および側面部から紫外線を照射するような形状としては、例えば、複数の段を有する円錐形状が挙げられる。あるいは、複数の光ファイバーの束であって、それらの末端がそれぞれ異なる位置で切断されて階段状になっていてもよい。
【0033】
あるいは、紫外線照射部14は、歯髄腔差込みプラグ13の先端の末端部のみであってもよい。例えば、光ファイバーの末端の切断面であってもよい。この場合、例えば、紫外線を散乱させることが可能な材料からなる上記の着脱可能なチップを紫外線照射部14に装着することにより、広い角度で紫外線を照射することが可能となる。
【0034】
歯髄腔差込みプラグ13の先端部に設けられた紫外線照射部14は、歯髄腔の径(通常、3mm以下)より小さい外径を有する。紫外線照射は象牙質と直接接触して行わないため、紫外線照射部14と象牙質との距離を考慮すると、その外径は好ましくは1mm〜2mmである。また、側面部から紫外線を照射可能な紫外線照射部14は、歯髄腔の深さと略同等の長さを有することが好ましい。例えば、歯髄腔以外の口腔内に紫外線を照射することがないように、歯冠表面から歯髄腔底部までの距離に匹敵する19mmよりも短い長さ、例えば、10〜15mmであることが好ましい。
【0035】
紫外線照射部14はまた、1本に限定されない。例えば、大臼歯の場合、歯髄腔は、3つに分かれているため、それに応じて3本の紫外線照射部14が設けられていてもよい。あるいは、歯髄腔差込みプラグ13の先端で、1〜3本の紫外線照射部14が着脱可能に装着されていてもよい。
【0036】
紫外線光源15は、特に限定されないが、低圧水銀ランプ、高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ、水銀キセノンランプ、発光ダイオードなどが挙げられる。寿命が長く、光量のバラツキがなく温度や熱をコントロールしやすく、水銀など有害物質を使わないため環境にも優しく、不要波長光除去用のフィルタ(例えば、紫外線分光レンズ)を必要とせず、小型化が可能であるという点で、紫外線発光ダイオード(UV−LED)が好ましい。
【0037】
紫外線光源15は、必ずしも、図1に例示されるようにハンドピース部11に配置される必要はなく、制御デバイス20内に備えられていてもよい。その場合、紫外線光源15により発光した紫外線は、光ファイバーなどによって、制御デバイス20から紫外線照射部14まで伝送される。
【0038】
紫外線光源15により発光される紫外線は、一般にUV−Aといわれる320nm〜400nmの波長であることが好ましい。より好ましくは360nm〜400nmである。320nm未満の波長の紫外線は、日焼けの効果を有し、強い殺菌作用もあり、そして生体に対する破壊性が強いため、好ましくない。このような紫外線の出力は、制御デバイス20内に設けられた出力制御手段22によって制御される。
【0039】
照射スイッチ16は、ハンドル部11の外側に設けられ、紫外線光源15を発光させるためのスイッチである。照射スイッチ16が、使用者が保持するハンドル部11に設けられているため、使用者は、使用時に紫外線照射操作を容易に行い得る。照射スイッチ16は、制御デバイス20内に設けられた通電スイッチ21に接続されており、そして、この通電スイッチ21は、出力制御手段22を介して紫外線光源15に接続されている。例えば、使用開始時に照射スイッチ16をオンにすると、紫外線光源15が電源と接続され、紫外線照射が開始され、一方、オフにすると、電源との接続が遮断されて紫外線照射が中止される。
【0040】
図1に示すように、制御デバイス20は、通電スイッチ21および出力制御手段22を含む。
【0041】
通電スイッチ21は、紫外線光源15への電気の供給を、出力制御手段22によって制御可能であるように接続される。通電スイッチ21は、電源(コンセント)またはバッテリー(必要に応じて、制御デバイス20内に配置される)から紫外線光源15への電気の供給を制御する。紫外線の強さは、紫外線光源15に通電される電流の量にほぼ比例する。
【0042】
出力制御手段22は、紫外線照射時間を制御するために、図示していないが、例えば、タイマーが備えられていてもよい。タイマーは、例えば、設定された時間に照射スイッチ16を自動的にオフにするように作動する。
【0043】
制御デバイス20には、さらに、直流増幅器、直流変換器など一般的な出力調節装置に備えられる構成部品が設けられる。バッテリーが搭載される場合は、持ち運びが可能となる。
【0044】
次に、図1に示す本発明の歯科装置1の使用方法について説明する。まず、本発明の歯科装置1を電源(コンセント)またはバッテリーに接続して通電し、歯科装置1を使用可能な状態にする。次いで、出力制御手段22に設けられた出力設定手段(図示せず)によって紫外線光源15から発光される紫外線の出力を設定する。
【0045】
設定される出力は、用いる波長によって異なるが、少なくとも500mW/cmであることが好ましい。より好ましくは800〜3200mW/cm、さらに好ましくは1000〜2500mW/cmで特に好ましくは1200〜2000mW/cmである。出力が500mW/cm未満である場合、象牙質に十分な強度を付与するために必要な紫外線照射時間が長くなるため、好適ではない。一方、出力が大きい場合、例えば4000mW/cmよりも大きい場合には、照射部が過度に温度上昇する可能性があること、象牙質を構成するコラーゲンが破壊される可能性があることなどのため、好適ではない。出力制御手段22にタイマーが備えられている場合には、必要に応じて、以下で詳述する紫外線照射時間を予め設定してもよい。
【0046】
次いで、ハンドピース部10のハンドル部11を保持して、歯髄腔差込みプラグ13を歯髄腔に挿入する。このとき、歯髄腔差込みプラグ13に設けられた紫外線照射部14が、該歯髄腔に露出している象牙質全体を照射可能なように配置する。
【0047】
次いで、ハンドピース部10の照射スイッチ16をオンにすることによって、紫外線光源15に電流を流し、紫外線照射部14から紫外線を象牙質に照射させる。象牙質を均一に照射するために、必要に応じて、歯髄腔内での歯髄腔差込みプラグ13の位置を移動させてもよい。
【0048】
紫外線を照射する時間は、出力あるいは歯の種類や大きさに応じて変動する。通常は30秒間〜30分間、好ましくは1〜20分間、より好ましくは5〜15分間である。
【0049】
所望の時間にわたって紫外線照射した後、ハンドピース部10の照射スイッチ16をオフにして、紫外線照射を終了する。その後、歯髄腔差込みプラグ13を歯髄腔から取り出し、口腔内から撤収する。
【0050】
以上のようにして、本発明の歯科装置1を用いて象牙質に紫外線照射することによって、歯髄が除去された歯を機械的に強化することができる。なお、紫外線照射によって歯を強化するための方法には、本発明の装置が好適に用いられるが、象牙質に紫外線を照射できるのであれば、他の装置および/または手段を用いて紫外線照射してもよい。
【実施例】
【0051】
以下、本発明の歯科装置を用いる歯の強化方法の原理を、実施例によって説明する。
【0052】
(棒状試料の作製)
実施例では、う蝕および破折のないヒト抜去第3大臼歯の歯冠咬合面中央部の象牙質から、低速精密切断器(ISOMET2000:BUEHLER社)および回転研磨器(ECOMET III:BUEHLER社)を用いて、象牙細管走行方向に平行および垂直な方向を長軸とする2種類の0.9×1.6×8.0mmの象牙質棒状試料を採取した。
【0053】
(実施例1:紫外線照射による曲げ強度の検討)
上記の棒状試料について、LED紫外線照射器(ZUV-C30H:オムロン株式会社)を用いて、波長365nm、ならびに出力800、1200、1600、または3200mW/cmの条件で、5分間、15分間、または30分間、10mmの照射距離にて紫外線照射を行った。
【0054】
紫外線照射処理前後での試料の寸法を、デジタルノギス(IP54:株式会社ミツトヨ)を用いて、最小表示量0.001mmの精度で測定し、線収縮率を算出した。紫外線照射により、約0.4%の線収縮が認められた(データは示さず)。これは、110℃および140℃での加熱処理の場合(約2%)よりも小さい収縮であった。
【0055】
紫外線照射後、室温大気中にて万能機械強度試験機(オートグラフAG−IS;島津製作所)を用いて、片持ち梁曲げ試験を行った。具体的には、上記紫外線照射後の試料を、金属製の治具に装着し、棒状試料の端部から2mm長を保持し、この保持された位置から2mmの位置(すなわち、棒状試料の保持された側の端部から4mmの位置)にクロスヘッドスピード0.1mm/秒で破壊荷重をかけ、降伏点での破壊荷重を測定した。上記の各条件につき各10〜15試料について測定を行った。降伏点での破壊荷重についての結果を図2に示す。
【0056】
図2からわかるように、いずれの出力においても、紫外線照射によって象牙質の曲げ強さは向上した。特に、1200および1600mW/cmの場合、5〜15分間の照射で、曲げ強さが処理前の約2倍に向上した。したがって、紫外線照射により、象牙質の機械的強度が向上することがわかった。
【0057】
(実施例2:紫外線照射による象牙質表面温度の検討)
上記の棒状試料について、LED紫外線照射器(ZUV-C30H:オムロン株式会社)を用いて、波長365nm、ならびに出力800、1200、1600、または3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて紫外線照射を行った。紫外線照射開始後5分、10分および30分の時点で、試料の表面温度を測定した。結果を表1に示す。
【0058】
【表1】

【0059】
表1からわかるように、照射出力および時間に応じて表面温度が少しずつ上昇した。しかし、歯の機械的強度の向上に有効であることが知られている加熱温度(70℃〜140℃:特許文献1および非特許文献8)よりも十分に低い温度であった。このことから、紫外線照射による象牙質の強度の向上は、加熱に起因するものではないことがわかった。
【0060】
(実施例3:紫外線照射後の再浸漬による曲げ強度の検討)
上記の棒状試料(n=10)について、LED紫外線照射器(ZUV-C30H:オムロン株式会社)を用いて、波長365nmおよび出力3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて5分間または15分間紫外線照射を行った。紫外線照射後、ハンクス平衡塩溶液(HBSS:シグマアルドリッチジャパン株式会社)中に37℃にて3日間または7日間浸漬した。浸漬後、上記実施例1と同様の操作で片持ち梁曲げ試験を行った。また、上記実施例1と同様に試料の寸法を測定し、線収縮率を算出した。結果を図3に示す。図3において、棒グラフ(左縦軸)は曲げ強さを表し、そして折れ線グラフ(右縦軸)は線収縮率を表す。
【0061】
図3からわかるように、象牙質に紫外線を照射した場合は、HBSSに浸漬した後であっても、紫外線照射によって獲得した曲げ強度を保持していた。なお、140℃で加熱処理した試料では、HBSSに浸漬した場合、象牙質の曲げ強さは加熱前とほぼ同様に戻った(データは示さず)。したがって、紫外線照射による象牙質の強度の向上は、加熱による強度の向上とは異なることがわかった。
【0062】
また、紫外線照射により生じた線収縮は、HBSSへの浸漬により浸漬前に完全に戻ることがわかった。
【0063】
(実施例4:紫外線照射後のX線回折測定によるコラーゲン分子間距離の検討)
象牙細管の走行方向が試料の長軸に対して垂直になるように規定した0.5×0.3×3.0mmの棒状試料を、23℃にて0.5MのEDTA中に7日間保存して、ハイドロキシアパタイト脱灰処理を行った。脱灰後、波長365nmおよび出力3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて5分間紫外線照射を行った。次いで、回転対陰極型X線発生装置(ultraX18:Rigaku Co.)を搭載したイメージングプレートX線検出器(RAXIS-IV:Rigaku Co.)を用いて、出力:50kV,250mA、X線源:CuKα線、ビームサイズ:0.3mm、カメラ長:150〜300mmにて室温真空中でコラーゲンの分子間距離を測定した。また、紫外線照射後7日間にわたってHBSS中に浸漬した試料についても、同様にコラーゲンの分子間距離を測定した。
【0064】
なお、比較のために、脱灰処理前の湿潤試料、ならびにオーブン(KL100:クラレメディカル株式会社)を用いて140℃まで加熱した試料についても、X線回折測定によりコラーゲンの分子間距離を測定した。結果を表2に示す。
【0065】
【表2】

【0066】
X線回折にてコラーゲン分子の配向を分析した結果、紫外線または加熱処理前のコラーゲン分子間距離は13.6Åであった。紫外線照射および加熱処理により、コラーゲン分子間距離が約10.6〜10.8Åに収縮した。この収縮は、加熱処理の場合は7日間のHBSSへの浸漬によりほぼ完全に処理前の状態に戻るが、紫外線処理の場合は完全には戻らないことがわかった。このように、紫外線照射後の試料では、HBSSへの浸漬後に、上記実施例3の結果から明らかなように線収縮率は元に戻るのに対し、コラーゲン分子間距離は元には戻らなかった。
【0067】
(実施例5:紫外線照射後のコラーゲン分子間架橋の定量)
歯冠象牙質を液体窒素で凍結粉砕した後、波長365nmおよび出力3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて5分間紫外線照射を行った。紫外線照射後、試料を、23℃にて0.5MのEDTA中に7日間保存して、ハイドロキシアパタイト脱灰処理を行った。脱灰後、トリチウム標識した水素化ホウ素ナトリウムにより、未成熟架橋である還元性架橋(ジヒドロキシリジノノルロイシンおよびヒドロキシリジノノルロイシン)の還元およびトリチウム標識を行った。次いで、6Nの塩酸を用いて加水分解を行った後、陽イオン交換高速液体クロマトグラフィー(DGU20A3:株式会社島津製作所)を用いてコラーゲン分子間架橋の定量を行った。成熟架橋である非還元性架橋(ピリジノリンおよびデオキシピリジノリン)および老化架橋(ペントシジン)については、自然蛍光の特性を用いて蛍光定量を行った。結果を図4に示す。
【0068】
図4からわかるように、紫外線照射により、成熟架橋である非還元性架橋は紫外線照射前の0.20mol/molコラーゲンから0.04mol/molコラーゲンへと約20%に、そして老化架橋であるペントシジンは2.46mol/molコラーゲンから1.68mol/molコラーゲンへと約70%に減少していた。成熟架橋の減少は機械的強度の低下につながることが知られている(L. Knottら、Bone,22巻,181-187頁,1998年)が、老化架橋の減少が、機械的強度の増加に影響を及ぼしたと考えられる。
【0069】
(実施例6:顕微赤外分光分析による紫外線照射後のコラーゲン分子構造変化の解析)
歯冠象牙質より、厚さ約20μmの薄切切片を採取し、23℃にて0.5MのEDTA中に7日間保存して、ハイドロキシアパタイト脱灰処理を行った。脱灰後、波長365nmおよび出力3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて3分間、5分間、10分間および15分間紫外線照射を行った。試料を、顕微赤外分光装置(FTIR620+IRT30:日本分光株式会社)を用いて、分解能4cm−1、積算回数100回、スキャンスピード4mm/秒、測定領域200×200μmの条件で分析した。
【0070】
アミド結合には、図5の上部に示すように、アミドI、II、およびIIIと呼ばれる基準振動がある。このうち、アミドIは、C=O伸縮振動の性質を強く有する。一方、アミドIIおよびIIIは、C−N伸縮振動とN−H面内変角振動の混成モードを有する。測定結果は、ポリペプチドの平面構造を規定しているこれらのアミドI、II、およびIIIのスペクトルに着目して解析した。得られた赤外吸収スペクトルを図5の下部に示す。図5のスペクトル図において、上から順に、未処理、3分照射、5分照射、10分照射および15分照射の試料の結果を示す。
【0071】
加熱試料において見られる3300cm−1付近の脱水による高さピークの減衰は、紫外線照射試料においては見られなかった。また、アミドI(1650cm−1)およびアミドII(1540cm−1)などの主たる構造にも大きな変化は認められなかった。
【0072】
(実施例7:顕微レーザーラマン分光分析による紫外線照射後のコラーゲン分子構造変化の解析)
歯冠象牙質より、厚さ約20μmの薄切切片を採取し、23℃にて0.5MのEDTA中に7日間保存して、ハイドロキシアパタイト脱灰処理を行った。脱灰後、波長365nmおよび出力3200mW/cmの条件で、10mmの照射距離にて3分間、5分間、および15分間紫外線照射を行った。試料を、顕微レーザーラマン分光分析装置(RAMAN-11:ナノフォトン株式会社)を用いて、レーザーは長785nm、分解能2cm−1、測定時間180秒、測定領域1.0×1.0μmの条件で分析した。得られたラマンスペクトルを図6に示す。図6中、上から順に、未処理、3分照射、5分照射、および15分照射の試料の結果を示す。
【0073】
プロリンの炭素間結合と考えられる922cm−1のピーク高さの増幅、ならびに1323、1407、および1453cm−1のピークの増幅が認められ、コラーゲン分子構造の変化が示唆された。このことから、紫外線照射によって、脱水に起因するコラーゲン分子間距離の収縮だけでなく、コラーゲンの成熟架橋や老化架橋の減少が認められること、ならびにラマン分光分析によりコラーゲン分子構造の変化が生じることがわかった。このようなコラーゲンの化学変化が、HBSSへ浸漬した場合での象牙質の強度の保持に関与することが示唆される。したがって、加熱処理よりも紫外線照射のほうが、象牙質の機械的強度の向上に適すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、歯髄が除去された歯を安全にかつ効果的に補強し得る歯科装置が提供される。したがって、本発明の装置は、歯髄が除去された歯を強化するのに有用である。本発明の装置を用いれば、虫歯などの治療によって歯髄を除去して脆くなった歯を容易に強化することができ、より長期間にわたって歯髄を失った歯の健康が維持され得る。そのため、QOLの向上にもつながる。また、本発明の装置が普及すれば、歯の歯折という歯科治療における致命的な失敗を回避でき、今日の歯科治療の大部分を占めている詰物のやり直し治療に要する医療費の削減にもつながる。
【符号の説明】
【0075】
1 歯科装置
10 ハンドピース部
11 ハンドル部
12 保護管
13 歯髄腔差込みプラグ
14 紫外線照射部
15 紫外線光源
16 照射スイッチ
20 制御デバイス
21 通電スイッチ
22 出力制御手段
30 接続部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯髄が除去された歯を機械的に強化するための歯科装置であって、ハンドピース部および制御デバイスを備え、該ハンドピース部が、該歯の象牙質に紫外線を照射するための歯髄腔差込みプラグおよび紫外線光源を備え、そして該歯髄腔差込みプラグが紫外線照射部を有する、歯科装置。
【請求項2】
前記紫外線照射部が、歯髄腔の深さと略同等の長さを有する、請求項1に記載の歯科装置。
【請求項3】
前記紫外線照射部において、その先端部および側面部から紫外線が照射される、請求項1または2に記載の歯科装置。
【請求項4】
前記紫外線照射部が、複数の段を有する円錐形状である、請求項1から3のいずれかの項に記載の歯科装置。
【請求項5】
前記紫外線照射部が、該紫外線照射部を覆いかつ着脱可能であるチップを備える、請求項1から4のいずれかの項に記載の歯科装置。
【請求項6】
前記チップが、紫外線を散乱して照射可能である、請求項5に記載の歯科装置。
【請求項7】
前記紫外線が、320nm〜400nmの波長である、請求項1から6のいずれかの項に記載の歯科装置。
【請求項8】
前記紫外線光源が、紫外線発光ダイオードである、請求項1から7のいずれかの項に記載の歯科装置。
【請求項9】
前記紫外線光源の出力制御手段を備える、請求項1から8のいずれかの項に記載の歯科装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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