説明

歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法及び分離した幹細胞並びにそれらを用いた肝細胞系譜への分化

【課題】 歯髄から間葉系幹細胞を容易に取得するための分離方法を提供し、分離した細胞を肝細胞系譜へ分化させる方法を提供すること。
【解決手段】 乳歯又は第三大臼歯の歯髄から、CD117(c−kit)又はCD44の抗体を用いて歯髄由来間葉系幹細胞を分離する。この歯髄由来間葉系幹細胞をHGF、デキサメタゾン、オンコスタチン及びITS−Xを添加した培地で培養することにより、肝細胞系譜の細胞へと分化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯髄から幹細胞を分離するための方法、該分離方法により分離した幹細胞及び該幹細胞を含む集団、該幹細胞の肝細胞系譜への分化及び肝細胞系譜に分化した細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、患者自身の細胞を用いて行う再生医療は、組織適合不一致による拒絶反応の問題や、受精卵を材料とした胚性幹細胞の利用による生命倫理的な問題を回避することができることから、非常に大きな関心が寄せられている。
【0003】
再生医療の治療や研究目的の細胞源としては、間葉系幹細胞が広く用いられている。間葉系幹細胞は、増殖能が高く、軟骨・筋肉・肝細胞・神経細胞・心筋細胞・血管内皮細胞等、種々の細胞に分化することが知られている。現在、間葉系幹細胞の取得は、主に骨髄からの取得により行われている。しかし、骨髄からの取得は、健常部への外科的侵襲を行うため苦痛を伴うものである。
【0004】
また、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が、拒絶反応や倫理的問題を回避できる再生医療に利用可能な細胞として期待が高まっている。しかし、遺伝子導入に起因する細胞の癌化等、安全性に関する課題は山積みである。
【0005】
そこで、近年、歯関連組織に存在する間葉系幹細胞に関する知見が報告されている。歯関連組織は、外科的侵襲をほとんど加えることなく容易に採取できる細胞源であるという点で優れている。例えば特許文献1では、第三大臼歯(親知らず)の歯胚からの接着分離培養による間葉系幹細胞の取得、及び、当該細胞の骨、肝臓、神経等への誘導が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−238875
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、骨性完全埋伏の第三大臼歯(親知らず)の歯胚を用いているため、(1)適用可能な年齢に制限が生じてしまう(例えば、10代後半前後)。(2)歯胚を摘出するために、顎骨削除など外科的侵襲を伴う大掛かりな手術を行う必要がある。(3)摘出手術中に、口腔内で種々の細菌(例えば、マイコプラズマ)・ウイルス(例えば、サイトメガロウイルス)等に感染する可能性が非常に高い。(4)摘出手術後の腫脹・開口障害・機能障害が強い、等の様々な問題を抱えている。
【0008】
また、従来、歯関連組織細胞集団からの未分化多能性幹細胞の分離は、当該細胞集団を外植片培養に付して、付着細胞群を選別することにより行われている。しかしながら、このような接着培養による幹細胞の分離方法は、目的の細胞に性質変化が引き起こされる可能性、目的の細胞以外の細胞が混入する可能性があり、最終的に得られる細胞の性質にばらつきが生じる問題を抱えている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた。その結果、乳歯や第三大臼歯(親知らず)の歯髄から間葉系幹細胞を分離するのに有用な細胞表面抗原を見いだした。また、該表面抗原に対する抗体を用いて歯髄由来間葉系幹細胞を特異的に検出することにより、夾雑細胞のコンタミネーションを防ぎかつ短時間で分離することが可能な方法を見いだした。さらに驚くべきことに、分離した細胞は、歯胚よりも成熟した組織である歯髄(外胚葉性)由来の細胞であるにもかかわらず非常に高い増殖能を示すと共に、内胚葉性である肝細胞系譜へと分化させることができることを見いだした。本発明は上記の知見を元にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞群に、CD117(c−kit)又はCD44いずれか少なくとも1種に対する抗体を加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法により標識し、当該標識を利用して分離することを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
(2)磁気細胞分離(MACS)又はフローサイトメトリー(FACS)のいずれか少なくとも一方を用いて行うことを特徴とする(1)記載の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
(3)(1)又は(2)に記載の方法であって、下記(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
(a)歯髄をタンパク質分解酵素で処理する工程
(b)(a)で得られた細胞を培養し、増殖させる工程
(c)(b)で培養した細胞群において歯髄由来間葉系幹細胞を磁気ビーズで標識する工程
(d)(c)の工程を経た細胞を分離カラムに添加し、標識した細胞を回収する工程
(4)前記歯髄は、上皮付着の破れていない歯から採取したものであることを特徴とする(1)乃至(4)記載の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
(5)CD117又はCD44いずれか少なくとも1種の細胞表面抗原を発現する歯髄由来間葉系幹細胞。
(6)(1)乃至(5)記載の分離方法により単離した歯髄由来間葉系幹細胞。
(7)内胚葉系譜に分化することができる(5)又は(6)記載の歯髄由来間葉系幹細胞。
(8)肝細胞系譜に分化することができる(5)乃至(7)記載の歯髄由来間葉系幹細胞。
(9)(5)乃至(8)記載の歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞集団。
(10)前記細胞集団において、少なくとも25%が細胞表面抗原CD117を発現し、少なくとも40%がOct3/4を発現し、少なくとも85%がnanogを発現している(9)記載の細胞集団。
(11)(9)又は(10)記載の細胞集団の継代方法であって、継代5回につき少なくとも1回、前記細胞集団にCD117又はCD44いずれか少なくとも1種に対する抗体を加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法で標識することにより歯髄由来間葉系幹細胞の細胞株を維持する細胞の継代方法。
(12)(9)又は(10)記載の細胞集団であって、細胞集団倍加数が50回以上であるセルライン。
(13)(5)乃至(8)記載の歯髄由来間葉系幹細胞を肝細胞系譜に分化誘導する方法であって、下記(e)および(f)の工程を含むことを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の肝細胞系譜への分化誘導方法。
(e)2%FBS及び20ng/mlHGFを含むDMEM培地で培養する工程
(f)2%FBS、20ng/mlHGF、10ng/mlオンコスタチン、10nMデキサメタゾン、50ng/mlインシュリン‐トランスフェリン‐セレニウムX(ITS−X)を含むDMEM培地で培養する工程
(14)(5)乃至(8)記載の歯髄由来間葉系幹細胞から分化した肝細胞系譜の細胞。
(15)(13)に記載の方法により分化した肝細胞系譜の細胞。
【発明の効果】
【0011】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法を用いることにより、乳歯や第三大臼歯(親知らず)の歯髄から、内胚葉系譜への分化が可能な幹細胞を取得することできる。また、夾雑細胞のコンタミネーションを防ぎ、従来よりも純度の高い歯髄幹細胞の集団を得ることができる。
【0012】
これは、従来は抜歯時に廃棄されていた乳歯や、萌出した第三大臼歯(親知らず)を材料源とし、外科的侵襲の負担を抑えて当該歯を採取し、当該歯の歯髄より分離した間葉系幹細胞を保存・利用することができるため、倫理的問題及び拒絶反応問題、発癌を回避した再生医療の早期実現に大きく貢献し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】抗CD117抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図2】抗CD44H抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図3】抗Oct3/4抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図4】抗Nanog抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図5】抗ネスチン抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図6】抗サイトケラチン19抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図7】抗アルカリホスファターゼ抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図8】抗SPARC(オステオネクチン)抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図9】抗サイトケラチン18抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図10】歯髄由来間葉系細胞の抗Oct3/4、Nanog、CD117抗体を用いたフローサイトメトリーの結果を図10に示す。
【図11】肝細胞系譜分化誘導した歯髄由来間葉系幹細胞の光学顕微鏡写真である。
【図12】抗アルブミン抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図13】抗IGF−1抗体を用いて免疫染色した歯髄由来間葉系細胞の蛍光顕微鏡写真である。
【図14】肝細胞系譜分化誘導した歯髄由来間葉系幹細胞の尿素産生量を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明において歯髄とは、歯の中核に見られる血管と神経に富んだ結合組織であり、歯胚における歯乳頭が成長したものを意味する。本発明においては、哺乳類由来、例えばヒト等の霊長類由来の歯髄を用いることができる。
1.本発明の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法
【0015】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法は、歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞群に、CD117(c−kit)又はCD44いずれか少なくとも1種に対する抗体を加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法により標識し、当該標識を利用して分離することを特徴とする。
【0016】
本発明における歯髄供給源となる歯は、口腔内にあって細菌の侵入していない状態、いわゆるヘミデスモゾーム結合による上皮付着が破れていないものであればどのような歯であってもよい。歯肉上に萌出した歯であってもよく、具体的には、乳歯(門歯(切歯)、犬歯、臼歯)又は第三大臼歯(親知らず)を挙げることができる。また、歯根吸収段階は問わない。なお、歯髄供給源となる歯は、抜歯後に一旦冷凍保存しておき、必要に応じて解凍してもよい。
【0017】
本発明に用いられる歯髄の採取は、当業者に周知の方法により行うことができる。例えば、抜去乳歯の場合、歯根はほぼ完全に吸収され、冠部歯髄は歯槽骨内に露出している。そこで、抜歯後直ちにこの露出部よりエキスカベーター又は抜髄用クレンザーにて摘出する。第3大臼歯の場合は、歯科用切削バーにて歯頚部周囲に溝を入れ、歯科用スパチュラを挿入して分割し、根部・冠部歯髄を乳歯の方法に準じ採取する。
【0018】
本発明における分離に供する歯髄由来細胞は、採取した歯髄を適当な緩衝液又は培養液中でタンパク質分解酵素により処理することにより得ることができる。タンパク質分解酵素としては、コラゲナーゼ、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、ディスパーゼを挙げることができ、タイプIコラーゲンを用いることがより好ましい。
【0019】
また、分離ステップに進む前に、得られた細胞懸濁液はフィルター等を利用して細胞塊を除去し、単一細胞の懸濁液とすることが好ましい。なお、当該細胞は、分離ステップに必要な量(例えば、1×10個)にまで増殖させることが好ましい。
【0020】
分離に供する歯髄細胞、及び、本発明の方法により分離した歯髄由来間葉系幹細胞の培養は、動物細胞の培養に用いる通常の血清含有培地や無血清培地を用いて、通常の動物細胞培養の条件下で行うことができる。例えば、20%FBS(ウシ胎仔血清)含有のDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)培地を用い、37℃、5%COインキュベーター中での静置培養により行うことができる。
【0021】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞の分離は、歯髄由来間葉系幹細胞の表面に発現している抗原を認識する任意の抗体を用いて細胞を標識し、当該標識を利用して分離することにより行う。
【0022】
ここで、歯髄由来間葉系幹細胞の表面に発現している抗原を認識する抗体としては、間葉系幹細胞を認識できるものであればどのようなものであってもよいが、CD44抗原を認識する抗体であることが好ましく、CD117(c−kit)抗原を認識する抗体であることがより好ましい。
【0023】
細胞を標識する方法としては、直接標識法又は間接標識法のいずれを用いてもよい。ここで直接標識法とは、検出抗体(一次抗体)自身が標識されており一度の抗原抗体反応で細胞標識を行う方法を指し、間接標識法とは、検出抗体(一次抗体)は標識せずに、検出抗体を検出する別の抗体(二次抗体)を標識することにより細胞標識を行う方法を指す。例えば、間接標識は、蛍光色素標識、ビオチン標識又は非標識のいずれかの一次抗体で細胞を標識した後に、抗蛍光色素抗体、抗ビオチン抗体、ストレプトアビジン又は抗IgG抗体のいずれかを用いることにより行うことができる。
【0024】
分離手段としては、細胞を磁気ビーズの結合した抗体で標識して分離する磁気分離法(MACS)及び細胞を蛍光色素標識して分離するフローサイトメトリー(FACS)を用いることができる。ここで磁気分離法(MACS)は、少スケールでの実施が可能であること、分離時に細胞に及ぼす物理的ストレスが少ないことから、短時間で回収率・生存率が高い細胞を容易に取得でき、本発明の分離手段としてより好ましい。なお、磁気ビーズは、その大きさが極めて微小であるため、分離後の培養において生物学的に分解され、その後の細胞の機能や生存率に影響を与えるものではない。
2.本発明の歯髄由来間葉系幹細胞、該細胞を含む細胞集団及びセルライン
【0025】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞、該細胞を含む細胞集団及びセルラインは、本発明の方法により分離された歯髄由来間葉系幹細胞、該細胞を含む細胞集団及びセルラインであることを特徴とする。
【0026】
本発明の方法により得られた歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞集団は、増殖能力が非常に高く、通常の培養条件下で継代培養を行うことによりセルラインを樹立することができる。例えば、20%FBS(ウシ胎仔血清)含有のDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)培地を用いて、25cmフラスコで80%コンフルエントになるまで培養し、0.05%トリプシン/0.53mM EDTA PBSを用いて細胞を剥がし、1:3の分割比で再播種することによる継代培養によりセルラインを樹立することができる。
【0027】
なお、当該細胞集団の継代において、継代5回につき少なくとも1回、歯髄由来間葉系幹細胞に存在する分子に対する抗体を前記細胞集団に加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法で標識することにより歯髄由来間葉系幹細胞の細胞株を維持してもよい。当該分子の例としては、CD117又はCD44等が挙げられるがこれらに限定されるものではない。また、2種以上の抗体を組み合わせて用いても良い。
【0028】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞を含むセルラインは、細胞集団倍加数が50回以上であることが好ましく、60回以上、70回以上、80回以上、90回以上、100回以上であることが好ましい。
【0029】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞、該細胞を含む細胞集団及びセルラインは、免疫組織化学染色やフローサイトメトリーにより間葉系幹細胞に近い性質を示すことを確認することができる。マーカーとしては、未分化幹細胞、多能性幹細胞、間葉系幹細胞のマーカーとして当業者に公知のものを用いることができ、例えば、CD117、CD44H、Oct3/4、Nanog、ネスチン、サイトケラチン19、アルカリホスファターゼ(ALP)、SPARC(オステオネクチン)、CD24、CD34、CD41、CD45、CD133、Lin(Lineage marker)、Sca−1及びFlt3/Flk2を用いることができる。また、未分化マーカーとあわせて分化マーカーを用いることもでき、例えば、サイトケラチン18を用いることができる。
【0030】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞及び該細胞を含むセルラインは、CD117、CD44H、Oct3/4、Nanog、ネスチン、サイトケラチン19、アルカリホスファターゼ(ALP)及びSPARC(オステオネクチン)陽性であり、サイトケラチン18陰性であることが好ましい。
【0031】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞集団は、Oct3/4陽性の細胞が40%以上であることが好ましく、50%以上であることが好ましく、65%以上であることが好ましい。また、Nanog陽性の細胞が85%以上であることが好ましく、95%以上であることが好ましく、99%以上であることが好ましい。さらに、CD117陽性の細胞が25%以上であることが好ましく、35%以上であることが好ましく、45%以上であることが好ましい。
【0032】
なお、本発明の歯髄由来間葉系幹細胞は、任意の遺伝子を導入したものであってもよい。例えば、本発明の歯髄由来間葉系幹細胞から、全能性に近い性質を持つと言われているiPS細胞を作製してもよい。iPS細胞は、Sox2、Oct3/4、KLF4、c−myc等、脱分化状態への移行を促す遺伝子を導入することにより作製することができる。
3.本発明の歯髄由来間葉系幹細胞の肝細胞系譜への分化誘導方法
【0033】
本発明の歯髄由来間葉系幹細胞は、内胚葉系譜、中胚葉系譜及び外胚葉系譜のいずれに分化させてもよい。例えば、骨細胞、軟骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、脂肪細胞、神経細胞、心筋細胞、血管内皮細胞等の各種細胞や、歯関連細胞及び組織が挙げられる。歯関連細胞及び組織としては、例えば、象牙芽細胞、歯周組織、象牙質、セメント質、エナメル質、歯根膜組織、結合組織等が挙げられる。各種細胞及び組織への分化は当業者に周知の方法により行うことができる。
【0034】
例えば、本発明の歯髄由来間葉系幹細胞は、内胚葉性である肝細胞系譜へと分化させることができる。まず、肝細胞増殖因子(HGF)及びウシ胎仔血清(FBS)を含有する培地で5日間程度培養する。HGF濃度は20ng/ml、FBS濃度は2%、基本培地はDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)であることが好ましいがこれらに限定されるものではない。次に、デキサメタゾン、インシュリン‐トランスフェリン‐セレニウムX(ITS−X)、オンコスタチンを含有する培地で15日間程度培養する。デキサメタゾン濃度は10nM、インシュリン‐トランスフェリン‐セレニウムX(ITS−X)濃度は50ng/ml、オンコスタチン濃度は10ng/ml、基本培地はIMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)であることが好ましいがこれらに限定されるものではない。
【0035】
本発明の内胚葉又は肝細胞系譜への分化は、細胞の形態により確認することができる。例えば、乳歯歯髄由来間葉系幹細胞は、繊維芽細胞様の紡錘状の形態であるのに対し、肝細胞系譜への分化誘導後の細胞は、実質細胞様の多角形の形態である。
【0036】
また、分化の程度は、分化マーカーを用いた免疫組織化学染色やフローサイトメトリーにより確認することができる。肝細胞系譜に分化させた細胞では、マーカーとして例えば、α−フェトプロテイン、アルブミン及びインシュリン用増殖因子(IGF−1)を用いることができる。
【0037】
本発明の細胞は、凍結保存しておくことができる。つまり、歯髄から分離した歯髄由来間葉系幹細胞及び/又は該細胞から肝細胞系譜に分化した細胞(初代培養、継代培養細胞、セルラインを含む)を細胞凍結保存液に入れ、−80℃以下の冷凍庫にて凍結保存することができる。細胞凍結保存液及び細胞凍結保存方法については、当業者に周知の方法により行うことができる。細胞凍結保存液としては、10%DMSO、30%FBS、60%DMEMから構成されるものであることが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0038】
また、凍結保存した細胞は、細胞が必要になった際に当業者に周知の方法により解凍・洗浄し、必要に応じて細胞を増殖させたり、目的の細胞に分化させたりすることができる。これにより、例えば、組織修復の必要な患者のニーズに迅速に対応することが可能となる。
【0039】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
[試料の調製]
不要となり抜歯したヒトの乳歯及び第三大臼歯から、インフォームドコンセントを得た後、バーブドブローチを用いて歯髄を採取した。採取した歯髄をDMEM(20%FCS)に入れ、15mlのコニカル遠心チューブに移した後、3mg/mlコラゲナーゼ タイプI(Waco Pure Chemical Industries Ltd. # 03−1760)を1ml添加し、組織を切断した。組織切断後(最大10分)、1000×gで5分間遠心し、上清を除去し、細胞ペレットを20%FBS(Invitrogen, Sigma, HyClone)を添加した2mlのDMEM(# Invitrogen 12800−017)に懸濁した。その後、懸濁液を孔径30μmのフィルター(Miltenyi Biotech GmbH # 130−041−407)に通して細胞塊を除去した。
【0041】
得られた単一細胞の懸濁液を、DMEM(20%FBS)培地を用いて25cmフラスコに播種し、37℃、5%CO条件下で培養した。2〜3日毎にDMEM(10%FBS)で培地交換を行い、80%コンフルエントになるまで培養した。80%コンフルエントになった後、ピペットを用いて培地を除去し、5mlPBS(Invitrogen #14200)溶液で3分間洗浄した。その後、細胞を0.05%トリプシン/0.53mM EDTA(Invitrogen #25300−054)PBS中で5〜7分間インキュベートした。細胞懸濁液を15mlコニカル遠心チューブ(組織培養液入り)に回収して1000×gで5分間遠心した後、上清を除去し、細胞ペレットを3mlのDMEM(20%FBS)に懸濁した。
【実施例2】
【0042】
[磁気細胞分離(MACS)によるCD117陽性細胞の分離]
以下の操作は、細胞を冷却状態に保ち、冷却した溶液を用いて、速やかに行った。
【0043】
実施例1により調製した細胞の細胞数を測定した後、細胞懸濁液を300×gで10分間遠心し、上清を完全に除去した。細胞ペレットを1×10個の細胞あたり300μlのバッファーに懸濁した。バッファーとしては、MACS BSA Stock Solution(Miltenyi Biotech GmbH # 130−091−376)と、autoMACS(登録商標) Rinsing Solution (Miltenyi Biotech GmbH # 130−091−222)を1:20で混合した溶液(0.5% BSA、2mM EDTAのPBS溶液)を脱気して用いた。更に、細胞懸濁液に、1×10個の細胞あたり100μlのFcR Blocking Reagent、1×10個の細胞あたり100μlのCD117 MicroBeads (Miltenyi Biotech # 130−091−332)を添加して混合し、4℃で15分間インキュベートした。その後、1×10個の細胞あたり1mlのバッファーを加えて細胞を洗浄して300×gで10分間遠心し、上清を完全に除去し、細胞ペレットを1×10個の細胞あたり500μlのバッファーに懸濁した。
【0044】
カラム(MS:Miltenyi Biotech GmbH # 130−042−201)をセパレーター(Mini MACS:Miltenyi Biotech GmbH)に設置し、500μlのバッファーでカラムをすすいだ後、細胞懸濁液をカラムにアプライした。カラムを500μlのバッファーで3回洗浄し、溶出した非標識細胞分画を回収した。カラムをセパレーターから外し、チューブの上に設置した後、1mlのバッファーをカラムにアプライし、プランジャーで磁気標識細胞分画を溶出した。
【実施例3】
【0045】
[歯髄由来間葉系幹細胞を含むセルラインの樹立]
得られたCD117陽性細胞をDMEM(20%FBS)培地に懸濁し、25cmフラスコに播種し、37℃、5%CO条件下で1日培養した。2〜3日毎にDMEM(10%FBS)で培地交換を行い、80%コンフルエントになるまで培養した。80%コンフルエントになった後、ピペットを用いて培地を除去し、5mlPBS溶液で3分間洗浄した。その後、細胞を0.05%トリプシン/0.53mM EDTA(Invitrogen #25300−054)PBS中で5〜7分間インキュベートした。細胞懸濁液を15mlコニカル遠心チューブ(組織培養液入り)に回収して1000×gで5分間遠心した後、上清を除去し、細胞ペレットを3mlのDMEM(20%FBS)に懸濁した。その後、DMEM(20%FBS)、25cmフラスコを用いて1:3の分割比で継代培養を行い、細胞集団倍加数が50回以上であるCD117陽性の歯髄由来間葉系幹細胞を含むセルラインを樹立した。
【実施例4】
【0046】
[歯髄由来間葉系細胞のマーカー発現解析]
実施例1〜3により得られたヒト歯髄由来間葉系細胞のマーカータンパク質の発現を、免疫染色及びフローサイトメトリーにて解析した。
【0047】
CD117、CD44H、Oct3/4、Nanog、ネスチン及びサイトケラチン19に対する免疫染色の結果をそれぞれ図1、図2、図3、図4、図5及び図6に示す。アルカリホスファターゼ(ALP)、SPARC(オステオネクチン)に対する免疫染色の結果をそれぞれ図7及び図8に示す。サイトケラチン18に対する免疫染色の結果を図9に示す。
【0048】
図1〜図6に示すように、多能性幹細胞のマーカーであるCD117、CD44H、Oct3/4、Nanog、ネスチン、サイトケラチン19が、ヒト歯髄由来間葉系細胞で発現していることを確認した。また、図7及び図8に示すように、未分化細胞のマーカーであるアルカリホスファターゼ(ALP)、SPARC(オステオネクチン)が同細胞で発現していることを確認した。その一方、図9に示すように、上皮又は内胚葉性細胞への分化マーカーであるサイトケラチン18は同細胞で発現していないことを確認した。
【0049】
また、非標識細胞(コントロール)、Oct3/4、Nanog、CD117に対するフローサイトメトリーの結果を図10に示す。得られた細胞集団において、Oct3/4陽性の細胞が65%、Nanog陽性の細胞が99%、CD117陽性の細胞が45%存在することを確認した。
【0050】
これらの結果により、実施例1〜3により得られたヒト歯髄由来間葉系細胞が、多能性幹細胞としての性質を示し、かつ、未分化な状態を維持した細胞であることが確認された。
【実施例5】
【0051】
[歯髄由来間葉系幹細胞の肝細胞系譜への分化誘導]
実施例1〜3により得られたヒト歯髄由来間葉系幹細胞を用いて、肝細胞系譜への分化誘導を行った。分化誘導は、まず、20ng/ml HGF(R&D Systems Inc. # 294−HG)及び2%FBSを含むDMEM培地を用いて5日間培養し、次に、10nMデキサメタゾン(Waco Pure Chemical Industries Ltd. # 047−18863)、50ng/mlインシュリン‐トランスフェリン‐セレニウムX(Invitrogen ITS−X #51500)及び10ng/mlオンコスタチン(R&D Systems Inc. # 295−OM)を含むIMDM(# Invitrogen 12200−036)培地を用いて15日間培養することにより行った。
【0052】
乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞の肝細胞系譜への分化誘導前後の細胞写真を図11に示す。分化誘導前の細胞は、繊維芽細胞様の紡錘状の形態であるのに対し、分化誘導後の細胞は、実質細胞様の多角形の形態であることがわかる。
【実施例6】
【0053】
[肝細胞系譜への分化誘導した細胞の分化マーカー発現解析]
実施例5の方法により肝細胞系譜に分化させた乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞及び第三大臼歯(親知らず)の歯髄由来間葉系幹細胞の分化マーカータンパク質の発現を免疫染色にて解析した。
【0054】
抗アルブミン抗体(R&D Systems Inc., Minneapolis, USA)および抗インシュリン様増殖因子(IGF−1)抗体(Raybiotech, Norcross, USA)を用いた免疫染色の結果をそれぞれ図12及び図13に示す。図12に示すように、乳歯及び第三大臼歯の歯髄由来間葉系幹細胞両方において、肝細胞が産出するタンパク質であるアルブミンが発現していることを確認した。また、図13に示すように、乳歯及び第三大臼歯の歯髄由来間葉系幹細胞両方において、一部の細胞が、主に肝細胞が産生するタンパク質であるインシュリン様増殖因子−1(IGF−1)を発現していることを確認した。乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞及び第三大臼歯の歯髄由来間葉系幹細胞が、肝細胞系譜の細胞へと分化していることがわかる。
【実施例7】
【0055】
[肝細胞系譜への分化誘導した細胞の尿素産生解析]
実施例5の方法により肝細胞系譜に分化させた乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞及び第三大臼歯(親知らず)の歯髄由来間葉系幹細胞の尿素産生量をELISAにて解析した。
【0056】
肝細胞系譜に分化させた乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞及び第三大臼歯の歯髄由来間葉系幹細胞にてQuantiChrom Urea Assay Kit(BioAssay Systems, USA)を用いて解析を行った結果を図14に示す。培養液中の尿素濃度は、コントロール培地と比較して4〜15%増加したことを確認した。乳歯の歯髄由来間葉系幹細胞及び第三大臼歯の歯髄由来間葉系幹細胞が、肝細胞系譜の細胞へと分化していることがわかる。
【実施例8】
【0057】
[細胞の凍結保存]
培地を除去し、細胞を5mlのPBSで3分間洗浄し、細胞を0.05%トリプシン/0.53mM EDTA(Invitrogen #25300−054)PBS中で5〜7分間インキュベートした。その後、細胞懸濁液を15mlコニカル遠心チューブ(組織培養液入り)に回収して1600rpmで5分間遠心した後、上清を除去し、細胞ペレットを1500μlの凍結培地(10%DMSO、30%FBS、60%DMEM)に懸濁した。当該細胞懸濁液を500μlずつクライオバイアルに分注し、−80℃に24時間置いた後、液体窒素中で長期間保存した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、特に乳歯や萌出した親知らずの歯髄を用いて実施することができるため、細胞源採取に伴う外科的侵襲の問題、倫理的な問題及び拒絶反応の問題、発癌を回避した再生医療の早期実現に大きく貢献し得るものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞群に、CD117(c−kit)又はCD44いずれか少なくとも1種に対する抗体を加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法により標識し、当該標識を利用して分離することを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
【請求項2】
磁気細胞分離(MACS)又はフローサイトメトリー(FACS)のいずれか少なくとも一方を用いて行うことを特徴とする請求項1記載の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の方法であって、下記(a)〜(d)の工程を含むことを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
(a)歯髄をタンパク質分解酵素で処理する工程
(b)(a)で得られた細胞を培養し、増殖させる工程
(c)(b)で培養した細胞群において歯髄由来間葉系幹細胞を磁気ビーズで標識する工程
(d)(c)の工程を経た細胞を分離カラムに添加し、標識した細胞を回収する工程
【請求項4】
前記歯髄は、上皮付着の破れていない歯から採取したものであることを特徴とする請求項1乃至4記載の歯髄由来間葉系幹細胞の分離方法。
【請求項5】
CD117又はCD44いずれか少なくとも1種の細胞表面抗原を発現する歯髄由来間葉系幹細胞。
【請求項6】
請求項1乃至5記載の分離方法により単離した歯髄由来間葉系幹細胞。
【請求項7】
内胚葉系譜に分化することができる請求項5又は6記載の歯髄由来間葉系幹細胞。
【請求項8】
肝細胞系譜に分化することができる請求項5乃至7記載の歯髄由来間葉系幹細胞。
【請求項9】
請求項5乃至8記載の歯髄由来間葉系幹細胞を含む細胞集団。
【請求項10】
前記細胞集団において、少なくとも25%が細胞表面抗原CD117を発現し、少なくとも40%がOct3/4を発現し、少なくとも85%がnanogを発現している請求項9記載の細胞集団。
【請求項11】
請求項9又は10記載の細胞集団の継代方法であって、継代5回につき少なくとも1回、前記細胞集団にCD117又はCD44いずれか少なくとも1種に対する抗体を加え、所定の細胞を直接標識法又は間接標識法で標識することにより歯髄由来間葉系幹細胞の細胞株を維持する細胞の継代方法。
【請求項12】
請求項9又は10記載の細胞集団であって、細胞集団倍加数が50回以上であるセルライン。
【請求項13】
請求項5乃至8記載の歯髄由来間葉系幹細胞を肝細胞系譜に分化誘導する方法であって、下記(e)および(f)の工程を含むことを特徴とする歯髄由来間葉系幹細胞の肝細胞系譜への分化誘導方法。
(e)2%FBS及び20ng/mlHGFを含むDMEM培地で培養する工程
(f)2%FBS、20ng/mlHGF、10ng/mlオンコスタチン、10nMデキサメタゾン、50ng/mlインシュリン‐トランスフェリン‐セレニウムX(ITS−X)を含むDMEM培地で培養する工程
【請求項14】
請求項5乃至8記載の歯髄由来間葉系幹細胞から分化した肝細胞系譜の細胞。
【請求項15】
請求項13に記載の方法により分化した肝細胞系譜の細胞。

【図14】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2010−252778(P2010−252778A)
【公開日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238443(P2009−238443)
【出願日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔掲載年月日〕 平成21年4月1日 〔掲載アドレス〕 http://iadr.confex.com/iadr/2009miami/webprogram/Paper121148.html 〔掲載アドレス〕 http://iadr.confex.com/iadr/2009miami/webprogram/Session20975.html
【出願人】(509095400)歯髄バンク株式会社 (1)
【出願人】(502397369)学校法人 日本歯科大学 (20)
【出願人】(509095514)
【氏名又は名称原語表記】Ishkitiev Nikolay
【Fターム(参考)】