説明

殺菌剤組成物

【課題】芽胞菌に対しても優れた殺菌効果を示し、BOD成分を低減させた殺菌剤組成物を提供する。
【解決手段】(A)活性酸素化合物、(B)無機酸及び(C)硝酸塩を含有する殺菌剤組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌剤組成物及びこれを用いた殺菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、殺菌や消毒目的で使用される薬剤にはさまざまなものが知られているが、特に塩素系殺菌剤として次亜塩素酸ナトリウムや酸素系殺菌剤である過酸化水素や水中で過酸化水素を発生する過炭酸塩、過ホウ酸塩等が主として用いられている。しかしながらこれらの殺菌剤は種々の課題を有している。例えば次亜塩素酸ナトリウムは金属に対し腐食性であるし、酸性物質との混合によって塩素ガスを発生するという取り扱い上の問題があり、また環境中で発ガン性のトリハロメタンを生成するという問題を有している。過酸化水素は高度の殺菌効果を得るためには高濃度で長時間作用させる必要がある。過酸化水素に有機酸を併用してこの2者の反応によって生じる過酸を殺菌成分とすることで高い殺菌力を得ることが行われている。併用する有機酸には酢酸が安定性と殺菌効果の面から選択されるが、刺激臭と排水のBOD(生物化学的酸素要求量)が高いといった問題を残している。
【0003】
特許文献1には0.1%以下の過酸化水素溶液を30〜60℃に加温することで、30分程度の比較的短時間で、一般細菌を殺菌できる殺菌方法が開示されている。特許文献2には、過酸化水素、有機酸、有機過酸及び安定化剤からなる医療機器用消毒洗浄剤が開示されている。特許文献3には過酸化水素に種々の添加剤を配合して芽胞を殺菌する組成が開示されている。
【特許文献1】特開平6−71269号公報
【特許文献2】特開平11−76380号公報
【特許文献3】米国特許第4557898号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1は、芽胞菌の殺菌ように、より高い殺菌力を必要とする場合には十分な効果が得られない。特許文献2は、有機過酸を含むため刺激臭や排水中のBODの問題は解決されていない。特許文献3では、50℃程度に加温することで殺芽胞速度を早くできることが示されているが、過酸化水素濃度はかなり高いという問題を残している。過酸化水素濃度が高いと経済性が悪いということの他に、殺菌後の排水を処理するコストがかかる。
【0005】
本発明の目的は、芽胞菌に対しても優れた殺菌効果を示し、例えば106cfu/mL以上の濃度の芽胞菌を死滅させることができ、BODの低い殺菌剤組成物を提供すること、更に、そのような殺菌剤組成物を用いた殺菌方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、(A)活性酸素化合物〔以下、(A)成分という〕、(B)無機酸〔以下、(B)成分という〕及び(C)硝酸塩〔以下、(C)成分という〕を含有する殺菌剤組成物に関する。また、本発明は、かかる本発明の殺菌剤組成物を35℃以上70℃以下の温度にして対象物に接触させる殺菌方法に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、芽胞菌に対する殺菌効果が高く、例えば106cfu/mL以上の濃度の芽胞菌を死滅させることができる殺菌剤組成物が得られる。また、本発明の殺菌剤組成物は、比較的低濃度の過酸化水素を含有し、更にBOD成分を低減させたものである。
【0008】
本発明の殺菌剤組成物を用いた殺菌方法によれば、種々の微生物が存在する食品や人体以外の様々な対象物からその微生物を殺菌することができる。例えば細菌類では、大腸菌、サルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、真菌類では黒コウジカビ、カンジダ菌等が挙げられる。更には殺菌剤に強い抵抗性を示し、耐熱性を有する枯草菌等の細菌芽胞や黒コウジカビ、カンジダ菌等の真菌胞子が対象となる。このうち細菌芽胞とは、増殖に適さない環境において作られる休眠細胞であり、菌体の外側には多重の層状外殻を有しており、薬剤や熱に対する抵抗性が高い。しかし、本発明の殺菌剤組成物では、これらの芽胞に対しても高い殺菌効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
<(A)成分>
本発明の活性酸素化合物は、過酸化水素ないし水中で過酸化水素を発生する化合物が挙げられ、過酸化水素が好ましい。水中で過酸化水素を発生する化合物としては、過炭酸塩、過ホウ酸塩、特に過炭酸ナトリウム、過ホウ酸ナトリウムを含有する粒状、粉状等固体状の化合物や過酸化水素水溶液が利用できる。(A)成分は殺菌及び蛋白除去に効果がある。
【0010】
<(B)成分>
無機酸としては、塩酸、硫酸、硝酸及びリン酸等が挙げられる。なかでも、塩酸、硫酸、硝酸及びリン酸は単独あるいは複数を用いることができる。(B)成分は殺菌及びスケール除去に効果がある。
【0011】
<(C)成分>
硝酸塩としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム等の硝酸のアルカリ金属塩及び硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム等の硝酸のアルカリ土類金属塩が挙げられ、これらは単独あるいは複数を用いることができる。なかでも、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム及び硝酸マグネシウムが好ましい。(C)成分は殺菌及び防錆作用に効果がある。特に、(A)成分と(B)成分に、更に(C)成分を共存させることにより、殺菌作用において相乗効果が得られ、(A)成分、(B)成分及び(C)成分の合計の使用量を低減することができる。
【0012】
<殺菌剤組成物>
本発明の殺菌剤組成物は、高濃度の殺菌剤組成物として、(A)成分を2〜20重量%、更に4〜10重量%、特に4〜8重量%含有することが好ましい。また、(B)成分を2〜20重量%、更に4〜15重量%、特に6〜12重量%含有することが好ましい。また、(C)成分を1〜20重量%、更に1〜10重量%、特に1〜5重量%含有することが好ましい。これらの範囲において、取り扱い易く、安定性に優れる。
【0013】
本発明の殺菌剤組成物は、使用に際して上記のような高濃度の殺菌剤組成物を適当に水で希釈して、さらに35℃以上70℃以下に加温し対象物に接触させて殺菌と洗浄を行うことができる。通常、上記高濃度の殺菌剤組成物は、10〜150倍に希釈して使用される。
【0014】
使用時において、本発明の殺菌剤組成物の希釈液は、(A)成分を0.05〜2.0重量%、更に0.1〜1.0重量%、特に0.2〜0.5重量%含有することが好ましい。また、(B)成分を0.05〜1.0重量%、更に0.1〜0.8重量%、特に0.2〜0.5重量%含有することが好ましい。また、(C)成分を0.02〜2.0重量%、更に0.05〜1.0重量%、特に0.1〜0.5重量%含有することが好ましい。これらの範囲において、より良好な殺菌効果が得られ、排水処理の負荷が低減でき、経済性も良好となる。また、(A)成分、(B)成分がこれらの範囲であると装置部材への影響も少ない。(A)〜(C)成分をこの濃度で含有する組成物は、そのまま殺菌、洗浄に供することができる。
【0015】
本発明の殺菌剤組成物は、食品加工機器用、医療機器用として使用できる。医療機器としては、人工透析装置(その周辺機器等を含む)、内視鏡及び生検鉗子等の内視鏡用器具等の他、剪刀類、ピンセット類、鉗子類、持針器、膣鏡、レトラクター、蛇管、チューブ、カテーテル、カート等が挙げられる。特に、本発明の殺菌剤組成物は、人工透析装置用として好適である。
【0016】
本発明の殺菌剤組成物は、人工血液透析装置の消毒洗浄に用いられることが好ましい。人工血液透析装置を対象とする場合、殺菌に加えて透析液組成由来の炭酸カルシウム分を除去し、さらに透析によって血液から取り除かれたたんぱく汚れを洗浄することが要求される。内視鏡の場合も殺菌とたんぱく汚れの除去が要求され、本発明の殺菌剤組成物の適応対象となる。
【0017】
本発明の殺菌剤組成物に含有される無機酸の働きによって炭酸カルシウムの除去が可能であり、たんぱくの除去に関しては、含有される活性酸素化合物とさらに有機酸〔以下、(D)成分という〕の働きによって除去することができる。
【0018】
本発明の(D)成分としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、グルコン酸、グリコール酸、チオグリコール酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、マレイン酸、クロトン酸、ピルビン酸及びマンデル酸が例示できる。本発明において、(D)成分の含有量は、高濃度の殺菌剤組成物においては、0.1〜2重量%、更に0.2〜2重量%、特に0.4〜1重量%が好ましい。これらの範囲において、取り扱い易く、安定性に優れる。また、(D)成分の含有量は、使用時の希釈液中、0.02〜0.2重量%、更に0.03〜0.15重量%、特に0.05〜0.1重量%であることが、たんぱく除去性に優れ、(A)成分、特に過酸化水素の安定性への影響も少ないことから、好ましい。
【0019】
本発明の殺菌剤組成物では、殺菌性能の観点から、(A)成分と(B)成分の重量比が、(B)/(A)で0.1〜5、更に0.5〜3、特に1〜2であることが好ましく、(A)成分と(C)成分の重量比が、(C)/(A)で0.1〜5、更に0.2〜2、特に0.5〜1であることが好ましい。
【0020】
本発明の殺菌剤組成物は、上記(A)〜(C)成分、更に(D)成分等のその他の成分を含有し、水を含有する液状の組成物とすることができる。(D)成分以外のその成分として、過酸化水素の安定性に影響を及ぼさない程度の界面活性剤(特に非イオン界面活性剤)、防錆剤、過酸化水素の安定剤等が挙げられる。防錆剤としては、アミノトリ(メチレンホスホン酸)及びその塩、1−ヒドロキシエチリデン−1,1−ジホスホン酸及びその塩、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)及びその塩、ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)及びその塩等が挙げられる。
【0021】
本発明の殺菌剤組成物は、該組成物を35℃以上70℃以下の温度にして対象物に接触させる殺菌方法に供せられる。本発明により、(A)成分0.05〜2.0重量%、(B)成分0.05〜1.0重量%、(C)成分0.02〜2.0重量%、及び水を含有する殺菌剤組成物を、35℃以上70℃以下の温度にして対象物に接触させる殺菌方法が提供される。本発明の殺菌剤組成物の対象物への接触は、適当な希釈液を接触させることにより行われるが、希釈液と対象物は充分に接触させることが重要で、浸漬する方法の他、ライン洗浄等の場合、通液時の流速を調整する方法や通液後の滞留時間を調整する方法が利用できる。洗浄対象物が送液ライン等を含む閉鎖系の場合には、適当な流速(例えば0.1〜50リットル/分)で循環洗浄する方法が好ましい。またエアーバブリングや超音波を併用することもできる。
【実施例】
【0022】
(1)細菌芽胞の殺菌効果
枯草菌(Bacillus subtilis ATCC6051)をSCD寒天培地(日本製薬株式会社製)に30℃で4週間前培養した後、寒天培地上に形成されたコロニーを適量かきとって1mLの滅菌水に懸濁し、検鏡して細菌芽胞(以下、芽胞という)の形成を確認した。この懸濁液を2回遠心洗浄した後、適量の滅菌水で108〜109cfu/mLの菌濃度に調整した。
【0023】
この芽胞懸濁液の0.1mLを、表1の殺菌液1.9mLに接種し、表1の殺菌条件で作用させた。その後直ちに、この殺菌液の0.1mLを、チオ硫酸ナトリウムを1重量%含有するSCDLP培地(日本製薬株式会社製)1mLに添加して、殺菌液を不活化した。この不活化液の0.2mLを、直径9cmの標準寒天培地に塗抹して、35℃で24時間培養して、培地上に形成されるコロニー数をカウントすることで残存生菌数を測定した。結果を表1に示す。なお、表1の殺菌液の残部は水である。
【0024】
【表1】

【0025】
(2)カビ胞子の殺菌効果
黒コウジカビ(Aspergillus niger IFO6341)をポテトデキストロース寒天培地(日本製薬株式会社製)に25℃で4週間前培養した。培地上に発生した菌体をかき取って、ガラスホモジナイザーを使って約5mLの滅菌水に均一に懸濁させた。この懸濁液を2回遠心洗浄した後、適量の滅菌水で107〜108cfu/mLの菌濃度に調整した。
【0026】
この胞子懸濁液の0.1mLを、表2に示す殺菌液1.9mLに接種し、表2の殺菌条件で作用させた。その後直ちに、この殺菌液の0.1mLを、1%チオ硫酸ナトリウムを含有するSCDLP培地(日本製薬株式会社製)1mLに添加して、殺菌液を不活化した。この不活化液の0.2mLを、直径9cmのポテトデキストロース寒天培地に塗抹して、25℃で72時間培養して、培地上に形成されるコロニー数をカウントすることで残存生菌数を測定した。結果を表2に示す。なお、表2の殺菌液の残部は水である。
【0027】
【表2】

【0028】
(3)炭酸カルシウム及びたんぱく汚れの除去性
ラインの一部を下記の条件で汚染させたシリコンチューブに置き換え、ポンプを介して循環できるようにループ状にラインを組み立て、表3の殺菌液を所定の温度で循環させた。所定の時間循環後、汚染させたシリコンチューブを取り外し、内部の汚染度を評価した。殺菌液の循環条件は、循環時間40分、循環温度40℃、循環流量500mL/分とした。結果を表3に示す。なお、表3の殺菌液の残部は水である。
【0029】
*シリコンチューブの汚染条件
内径6mmのシリコンチューブ約40cmに標準的な透析液〔扶桑薬品工業(株)、キンダリー液AF−1号〕を充満させて、横置きにして3日間静置した。炭酸カルシウムが析出したのを確認して透析液を廃棄した。更に馬血液の約2mLを同じシリコンチューブの内面に添加して、60℃で2時間横置きにして馬血液を熱劣化させ固着させた。
【0030】
*たんぱく汚れの評価法
洗浄終了後シリコンチューブを取り外し、血液汚れの部分を含む約5cmを縦に割断し、アミドブラック染色法でたんぱく付着状態を目視で評価した。
【0031】
*炭酸カルシウム付着量の評価法
たんぱく汚れの評価に用いた残りのシリコンチューブ約30cmの内部に0.1N塩酸溶液を満たし、付着している炭酸カルシウム分を溶出し、その溶出液のCa濃度を測定して、付着炭酸カルシウム量を求めた。シリコンチューブ1m当たりに換算して、CaCO3mg/mの単位で示した。
【0032】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)活性酸素化合物、(B)無機酸及び(C)硝酸塩を含有する殺菌剤組成物。
【請求項2】
(A)活性酸素化合物を0.05〜2.0重量%、(B)無機酸を0.05〜1.0重量%及び(C)硝酸塩を0.02〜2.0重量%含有する請求項1記載の殺菌剤組成物。
【請求項3】
更に(D)有機酸0.02〜0.2重量%を含有する請求項1又は2記載の殺菌剤組成物。
【請求項4】
活性酸素化合物が過酸化水素である請求項1〜3の何れか1項記載の殺菌剤組成物。
【請求項5】
無機酸が塩酸、硫酸、硝酸及びリン酸からなる群より選ばれる1種以上である請求項1〜4の何れか1項記載の殺菌剤組成物。
【請求項6】
硝酸塩が硝酸のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩からなる群より選ばれる1種以上である請求項1〜5の何れか1項記載の殺菌剤組成物。
【請求項7】
人工血液透析装置の消毒洗浄に用いられる請求項1〜6の何れか1項記載の殺菌剤組成物。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか1項記載の殺菌剤組成物を、35℃以上70℃以下の温度にして対象物に接触させる殺菌方法。

【公開番号】特開2008−88062(P2008−88062A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−267188(P2006−267188)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】