説明

殺菌性根管充填用シーラー及び調製用キット

【課題】根尖性歯周炎などの再発を防止でき、かつ生体安全性に優れ、さらにはシーラーとしての根管封鎖性も併せ持つ、新たな殺菌性の根管充填用シーラーを提供する。
【解決手段】テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油とシーラー剤とを含む根管充填用シーラー。テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、シーラー剤の成分を含む根管充填用シーラー調製用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テルピネン-4-オールを殺菌有効成分として含有する根管充填用シーラー及びこのシーラーの調製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
<感染根管の治療について>
虫歯(う蝕)等が進み、歯の中の神経(歯髄)まで感染が及んだ場合は、その歯髄を取り除き(抜髄)、歯の中(根管)をリーマやKファイル(極小のドリルのような道具)を用いて、根管拡大形成する。これによって感染して汚染した歯質を削り取る。その後、水酸化カルシウムなどの消毒薬を用いて、内部を殺菌し、その後にガッタパーチャポイントとシーラー(充填物)を用いて、根管を充填する。その後に金属製の冠(補綴物)などを歯の上部にかぶせ、治療は完了する。
【0003】
<充填物について>
ガッタパーチャポイントは不溶性で、やや固めの粘土やゴムのようなもので、押し込むようにして根管に充填する。
【0004】
市販のシーラーは、一般に粉末成分(酸化亜鉛、ロジン、次炭酸ビスマス、硫酸バリウム等を含む)と液体成分(リノール酸、イソステアリン酸、プロピレングリコール等を含む)から構成されている。
【0005】
充填時の使用直前に、シーラーの粉末成分に液体成分を混ぜて練り合わせ、粘性のある使用シーラーを作る。これは15〜30分後には固まるので、固まる前に、ガッタパーチャポイントに塗布して、ガッタパーチャポイントと共に根管内に充填する。
【0006】
このシーラーの役割は、粘性のある状態で、充填した時にできるガッタパーチャポイントの隙間を埋め、その後固まることで根管内を隙間なく充填することである。1根管の充填に使用する粘性のシーラーは、通常、15mg程度の極少量である。
【0007】
<再発の原因>
根管治後に再発する主な原因は、根管治療時に根管内に残存してしまった細菌や補綴物の劣化によって生じた隙間を通過した侵入細菌が、根管内で増殖して再感染するためと考えられている。
【0008】
従来は「根管治療でシッカリ根管内を無菌化した後根管充填すれば再発はしない」、「もし仮に、少しの細菌が残っていたとしても、細菌に栄養成分が届かないので、いずれ死滅するので再発はない」という考えがあった。例えば、非特許文献1には、根管充填材の所要性質として、1)充填することが容易、2)充填後に収縮しない、3)緻密性で水分を透過しない、4)組織液や水分に溶解しない、5)細菌の発育を促進しない、6)根尖歯周組織を刺激しない、7)歯質を変色させない、8)エックス線造影性を有する、9)根尖孔部におけるセメント質の新生あるいは骨性瘢痕治癒を促進する、10)必用に応じて除去可能、の10項目があげられているに過ぎない。通常、治療においては完全に根管形成(細菌に汚染された根管内歯質を取り除く)し、根管充填前に根管内消毒をするので、細菌が残ることを前提としておらず、細菌が残ってしまう場合であっても、根管充填材に殺菌効果までは期待していなかった。そのために、これまでの歯科治療において、充填物に殺菌作用を積極的に期待することは少なく、一部を除き(後述)、殺菌作用を持つ充填物は製品化されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2003−89652号公報
【特許文献2】特開2007−175090号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】改訂版 エンドドンテイクス21、p251、大阪 歯科大学教授 戸田忠夫著、2007年2月発行、永末書店
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
一方、根管内の細菌については、以下のことが知られている。A)根管の形は歯一本毎に異なり、且つ湾曲した複雑な構造である。B)歯の内部は象牙細管があるため、そこに侵入した細菌は簡単に除去できない。C)根尖部から生体浸出液が供給され、それが細菌の栄養成分となり得る。
【0012】
実際上、根管治療において細菌を完全に除去することは極めて困難である。特に象牙細管内や根尖部(歯根の最も根の部位)には細菌が残りやすい(特に経験の浅い歯科医師では)。従って、残存した細菌や侵入細菌が再び根管内で増殖し、根尖性歯周炎などが再発する可能性は充分考えられる。実際に、その再発の症例は多い。
【0013】
しかし、これまで、根管充填後にその残存細菌を効率的且つ積極的に殺菌するための有効な薬剤など知られていなかった。そのため、再発のリスクは依然として残されている。
【0014】
これまで、殺菌能を有するシーラーとして、ユージノール系シーラーが市販されていた。このシーラーは、その液体成分としてユージノール(Eugenol)やピーナッツ油(Peanut Oil)を含んでいる。ユージノールはチョウジ油の成分で殺菌性を有しているので、上記の残存細菌の殺菌に効果があると考えられ、かつては多く使用されていた。
【0015】
しかし、ユージノールは生体に対する刺激が強く、独特の刺激臭を持つ(歯科医院特有の匂いの主たる要因)。更に近年、ユージノールには生体細胞障害性やアレルギー誘発性が認められることが明らかになったため、現在では殆んど使用されていない。
【0016】
そこで本発明の目的は、根尖性歯周炎などの再発を防止でき、かつ生体安全性に優れ、さらにはシーラーとしての根管封鎖性も併せ持つ、新たな殺菌性の根管充填用シーラーを提供することにある。
【0017】
加えて、本発明は、歯科治療において上記殺菌性の根管充填用シーラーを簡便に提供できる、シーラー調製用キットを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
根管治療に使用する材料はガッタパーチャポイントとシーラーであるが、ガッタパーチャポイントは不溶性なので殺菌成分を添加することは困難であると発明者は考えた。そこで、シーラー剤に併用して、根尖性歯周炎などの再発を防止できる殺菌性を示し、生体安全性に優れた殺菌成分であって、シーラー剤と併用してもシーラーの根管封鎖性を妨げない、新たな殺菌成分を探査し、上記課題を解決できるシーラーの開発を試みた。
【0019】
その結果、殺菌成分として、テルピネン-4-オールが上記諸条件を全て満たすものであり、テルピネン-4-オールを含有するシーラーが、根尖性歯周炎などの再発を防止できる殺菌性を示し、かつ生体安全性にも優れ、さらには優れた根管封鎖性も示すことを見出し、本発明を完成させた。
【0020】
上記課題を解決する本発明は以下のとおりである。
[1]
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油とシーラー剤とを含む根管充填用シーラー。
[2]
シーラー剤は、粉末成分と液体成分から構成されるか、または粉末成分を含有するペースト成分と液体成分から構成される[1]に記載の根管充填用シーラー。
[3]
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計に対して1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で含有される[1]または2に記載の根管充填用シーラー。
[4]
粉末成分は酸化亜鉛を主成分として含む[2]または[3]に記載の根管充填用シーラー。
[5]
粉末成分はロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含む[4]に記載の根管充填用シーラー。
[6]
液体成分は、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含む[2]〜[5]のいずれかに記載の根管充填用シーラー。
[7]
ペースト成分は、前記粉末成分に加えて前記液体成分を構成する物質の少なくとも一部を含有する[2]または[3]に記載の根管充填用シーラー。
[8]
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、及びシーラー剤の成分を含む根管充填用シーラー調製用キット。
[9]
シーラー剤の成分が粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分、及び液体成分である[8]に記載のシーラー調製用キット。
[10]
粉末成分は酸化亜鉛を主成分として含む[9]に記載のシーラー調製用キット。
[11]
粉末成分はロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含む[9]に記載のシーラー調製用キット。
[12]
液体成分は、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含む[9]〜[11]のいずれかに記載の根管充填用シーラー。
[13]
ペースト成分は、前記粉末成分に加えて前記液体成分を構成する物質の少なくとも一部を含有する[9]〜[12]のいずれかに記載のシーラー調製用キット。
[14]
液体成分にテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合されている[9]〜[13]のいずれかに記載のシーラー調製用キット。
[15]
ペースト成分を充填した容器及びテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合された液体成分を充填した容器から構成され、前記容器は、一方の末端にノズルを有するシリンジ及びプランジャロッドから構成される、[14]に記載のシーラー調製用キット。
[16]
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計に対して1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で混合される[9]〜[15]のいずれかに記載のシーラー調製用キット。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、根尖性歯周炎などの再発を防止できる殺菌性を示し、かつ生体安全性にも優れ、さらには優れた根管封鎖性も示す、根管治療に有用なシーラーが提供される。さらに本発明によれば、このシーラーの調製用キットも提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】一例としてエンテロコッカス ファエカリス(Enterococcus faecalis)に対する殺菌効果を示している。
【図2】一例として患者#1での殺菌効果を示す。
【図3】T4シーラーの根管封鎖性の確認試験結果(墨液の漏れ状態を顕微鏡で観察した結果)を示す。
【図4】ヒト歯肉線維芽細胞増殖活性への影響験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
<根管充填用シーラー>
本発明の根管充填用シーラーは、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油とシーラー剤とを含むものである。
【0024】
テルピネン-4-オールを含有する精油は、オーストラリアに生息するユーカリの一種の潅木から得られる天然精油であり、Tea Tree Oil(TTO)として市販されている。TTOは、テルピネン-4-オールを約40%含有する。Tea Tree Oil(TTO)は、創傷治癒作用、殺菌作用、芳香作用など多様な生理活性を有することが知られており、既に英国などでは医薬品として認可されている他、食品添加物や化粧品などに広く応用されている。
【0025】
TTOには多種類の薬効成分が含まれているが、殺菌作用を担う主要成分がテルピネン-4-オールである。TTOを再蒸留することによって得られるテルピネン-4-オール99%の二次天然精油(T4)が開発され、市販されている。
【0026】
本発明では、テルピネン-4-オールとして、上記T4を用いることができ、また、テルピネン-4-オールを含有する精油としては、上記TTOを用いることができる。但し、テルピネン-4-オールは、TTOを再蒸留して得られたものに限定されるものではなく、その他の製造ルートで得られたものでも良いことは勿論である。また、テルピネン-4-オールを含有する精油も、上記TTOに限定されず、また、テルピネン-4-オールの含有量も40%に限定されず、本発明の効果を得られる範囲でテルピネン-4-オールを含有するものであれば特に制限はない。
【0027】
本発明では、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油をシーラー剤と併用することで、根尖性歯周炎などの再発を防止できる殺菌性を示し、かつ生体安全性にも優れ、さらには優れた根管封鎖性も示す、根管治療に有用なシーラーが提供される。
【0028】
特に、テルピネン-4-オールの含有量(純度)が高いT4を根管充填用シーラーに応用することによって、高い殺菌作用を有するシーラーが得られ、また、T4はユージノールに様な細胞刺激性や刺激臭がなく、またT4は天然成分であるため耐性菌の出現の可能性が少ない。さらに、全体の40%がテルピネン-4-オールから構成されているTTOは安全性が認められていること、及びシーラーに添加され一回の根管充填に使用されるテルピネン-4-オールは極めて少ないことから、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油を併用する本発明のシーラーは、生体に障害を及ぼすこともほとんどないと推察され、実験的にもそのことは証明されている(実施例参照)。
【0029】
尚、特許文献1には、テルピネン-4-オール等を有効成分とする口腔カンジダ症を予防および治療するための組成物が記載されている。また、特許文献2には、酢酸ビニル樹脂とエタノールとを含有する義歯安定剤に、ティーツリーオイル又はユーカリ・グロブルスオイルを配合したことを特徴とする義歯安定剤が記載され、ティーツリーオイルには、48種類以上の成分が含まれているが、主成分はテルピネン-4-オール等であることが記載されている。しかし、根管充填用シーラーにテルピネン-4-オールを用いた例はなく、かつ、テルピネン-4-オールを用いた本発明の根管充填用シーラーは、特許文献1及び2では示唆すらされていない、根尖性歯周炎などの再発を防止できる殺菌性を示し、かつ生体安全性にも優れ、さらには優れた根管封鎖性も示す、根管治療に有用なシーラーである。
【0030】
本発明のシーラーに用いられるシーラー剤は、特に制限はされないが、一般に根管充填用シーラーとしてガッタパーチャとともに用いられるものを適宜使用できる。典型的には、シーラー剤は、粉末成分と液体成分から構成されるか、または粉末成分を含有するペースト成分と液体成分から構成されるものであることができる。但し、これらに限定されるものではない。
【0031】
上記粉末成分と液体成分から構成されるか、または粉末成分を含有するペースト成分と液体成分から構成されるものの粉末成分は、例えば、酸化亜鉛を主成分として含むものであることができる。さらに、粉末成分は、酸化亜鉛に加えて、ロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含むシーラー剤であることができる。
【0032】
上記液体成分は、例えば、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含むものであることができる。
【0033】
上記ペースト成分は、例えば、前記粉末成分に加えて前記液体成分を構成する物質の少なくとも一部を含有するものであることができる。但し、粉末成分と混合して硬化しない液体成分を構成する一部の物質を用いる。
【0034】
上記粉末成分と液体成分から構成されるシーラー剤、及び粉末成分を含有するペースト成分と液体成分から構成されるシーラー剤は、例えば、粉末成分と液体成分から構成されるシーラー剤の場合、使用の直前に粉末成分と液体成分とを所定量を混合し、硬化可能な状態として根管に充填される。ペースト成分と液体成分から構成されるシーラー剤の場合も、使用の直前にペースト成分と液体成分とを所定量を混合し、硬化可能な状態として根管に充填される。
【0035】
本発明では、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤に対して所定の範囲の割合で含有させることが適当である。テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の量が少なすぎると所定の殺菌効果が得られにくくなり、一方、量が多くなりすぎると、シーラー剤の硬化性能を低下させるからである。シーラー剤の硬化性能低下への影響は、シーラー剤の種類によっても変化するが、例えば、粉末成分として、酸化亜鉛に加えて、ロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含み、かつ液体成分として、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含むシーラー剤の場合には、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計の1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で含有されることが適当である。好ましくは、2%(w/w)以上、9%(w/w)以下の範囲であり、さらに好ましくは5%(w/w)以上、8%(w/w)以下の範囲である。尚、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の添加量は、シーラー剤の材質や精油を用いる場合はテルピネン-4-オールの含有量(濃度)等を考慮して、上記範囲に限定されず適宜設定できる。
【0036】
本発明の根管充填用シーラーは、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油を(所定量)用いることで、高い殺菌性と生体細胞安全性とを有し、かつさらには、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油を添加しているにも関わらず根管封鎖性にも優れる。根管封鎖性には、(1)テルピネン-4-オール等とシーラー剤との親和性(均一に混合できるか)という観点と、(2)テルピネン-4-オール等を混合(混入)したシーラー剤が、硬化できるかという観点と、さらには(3)硬化したシーラーが根管を封鎖して密閉できるかという観点の、3つの観点が含まれるが、いずれの観点からも本発明の根管充填用シーラーは、優れたものである。
【0037】
シーラー剤としては、上記に挙げたもの以外に、例えば、以下に示すものを挙げることができる。
(1)スーパーボンド系(モノマー液、キャタリスト(モノマー重合用触媒)、シーラー粉材)
(2)水酸化カルシウム系
(3)α-リン酸3カルシウム(α-TCP)系
【0038】
<根管充填用シーラー調製用キット>
本発明の根管充填用シーラー調製用キットは、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、シーラー剤の成分を含むものである。シーラー剤成分は、例えば、粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分、及び液体成分を含むものであることができる。テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、シーラー剤の成分、例えば、シーラー剤の粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分、及びシーラー剤の液体成分のそれぞれの内容については上記シーラーの説明と同様である。
【0039】
シーラー調製用キットは、例えば、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、シーラー剤の粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分、及びシーラー剤の液体成分をそれぞれ別の容器に充填したもの、さらに、必要により、上記3つの成分を混合するために用いるスポイト、練板、スパチュラ等を加えて、使用説明書等を含むものであることができる。
【0040】
あるいは、シーラー調製用キットは、例えば、シーラー剤の液体成分にテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合された液体成分を充填した容器、及びシーラー剤の粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分を充填した容器に、前記のスポイト、練板、スパチュラ、使用説明書等を含むものであることもできる。
【0041】
その場合、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計に対して、例えば、1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で予め混合されることが、シーラー剤の硬化性能を維持するという観点から適当である。但し、シーラー剤の種類によってはこの範囲に限定されず、適宜決定できる。
【0042】
ペースト成分を充填した容器は、例えば、シリンジ及びプランジャロッドで構成された注射器様のものであることができ、テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合された液体成分を充填した容器も上記注射器様のものであることができる。各シリンジの一方の末端にはノズルが設けられ、他方の末端からプランジャロッドを押し込むことで、シリンジ内に充填された各成分がシリンジから排出され、混合用に供給される。さらに、これら2つのシリンジが並列に固定して設けられ、かつ2つプランジャロッドの押し込み用の末端側は、一体に形成され、プランジャロッドの押し込み長さが同一になるように構成されたものであることもできる。この場合には、一度のプランジャロッドの押し込みで、2つの成分をノズルから所定量、同時に混合用に供給できる。尚、シリンジの内径を異なるものにすることで、プランジャロッドの押し込み長さが同一であっても、ノズルから押し出される成分量はシリンジの内径に応じて適宜変化させる(設定する)ことができる。
【実施例】
【0043】
以下本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
【0044】
実験目的:
T4(テルピネン-4-オール99%の二次天然精油)を添加したシーラーを試作し、以下の3点を検証した。
1)シーラーとしての機能(主に封鎖性)を有するか
2)シーラーは殺菌作用を発揮するか
3)シーラーはヒトの生体細胞を障害しないか
【0045】
シーラーの試作:
市販の非ユージノール系シーラー(ユージノールを含まない既成のシーラー(商品名:NU-59)。以下、シーラーAと略す)を用い、その液体成分にT4を添加した“T4シーラー”を試作し、以下の実験によってその機能や殺菌作用を解析した。シーラーAの組成は以下のとおりである(W / W %)。
粉末成分:ZnO(40%)、ロジン(30%)、次炭酸ビスマス(15%)、硫酸バリウム(15%)
液体成分:リノール酸(20%)、イソステアリン酸(30%)、プロピレングリコール(50%)
【0046】
実験1:T4添加量の検討
方法:シーラーAの液体成分に種々の濃度(1〜15%)でT4を添加した後、一定量のシーラーA粉末成分と練和し、一定時間放置し、硬化する程度を確認した。
【0047】
添加方法:テルピネン-4-オール(T4) 7.5% の場合
1)NU-59の液体成分0.21mlにT4-ol 0.09mlを加える。(合計0.3ml、T4濃度30%)。
2)NU-59の粉末成分0.9gに、1)全量(0.3ml)を加えて錬和する。(合計1.2g、T4濃度7.5%)。
【0048】
結果:T4の濃度が1.5%、2.5%、5.0%、7.5%を確かめた結果、いずれのシーラーも硬化した。硬化時間は、T4未添加のシーラーと同様であり、その硬度はT4未添加のシーラー以上であった。しかし、T4を10%以上添加した場合、シーラーは硬化しなかった。
【0049】
実験2:標準口腔細菌種に対するT4シーラーの殺菌作用の検討
方法:根尖性歯周難治性症例の原因細菌として報告されているエンテロコッカス フェカーリス(Enterococcus faecalis), フゾバクテリウム ニュークレイタム(Fusobacterium nucleatum),う蝕に関与するストレプトコッカス ミュータンス(Streptococcus mutans),アクチノマイセス ビスコサス(Actinomyces viscosus), ラクトバシラス カゼイ(Lactobacillus casei), 歯周疾患関連細菌であるポルフィロモナス ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis), アグレゲチバクタ アクチノミセテムコミタンス(Aggregatibacter actinomycetemcomitans)の7菌種を用い、下記の2方法でT4シーラーの殺菌効果を検討した。
【0050】
1)T4シーラー表面における殺菌作用の解析:
上記エンテロコッカス フェカーリス(Enterococcus faecalis)の培養生菌懸濁液を含ませた紙ディスクを、7.5%濃度でT4を添加したシーラー硬化体上に2時間静置した。その後、紙ディスクに残存する細菌を培養して生菌数を測定することで殺菌率を算定した。この試験を2回繰返行った。その結果、殺菌率は、99%及び100%であった。
【0051】
2)T4シーラーからの溶出液における殺菌作用の解析:
1.5%, 2.5%, 5.0%,または7.5%でT4を添加(実験1で、これを超える濃度(10%以上)では硬化しないため)したT4シーラーをガッタパーチャポイントに付け(16mg /本)硬化させた。硬化した後、そのガッタパーチャポイントを37℃で、72時間、滅菌生理食塩水中に浸漬した。これによって、T4シーラーから生理食塩水に、成分が溶出する。その溶出後、生理食塩水を“T4シーラー溶出液”とした。その“T4シーラー溶出液”をアクチノマイセス ビスコサス(Actinomyces viscosus)の培養菌体に加えて10分間作用させ、細菌の死滅量を算定した。結果を以下の表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
7.5%でT4を添加(実験1で、これを超える濃度(10%以上)では硬化しないため)したT4シーラーをガッタパーチャポイントに付け(16mg /本)硬化させた。硬化した後、そのガッタパーチャポイントを37℃で、72時間、滅菌生理食塩水中に浸漬した。これによって、T4シーラーから生理食塩水に、成分が溶出する。その溶出後、生理食塩水を“T4シーラー溶出液”とした。その“T4シーラー溶出液”を前記の7菌種の培養菌体のそれぞれに加えて10分間作用させ、細菌の死滅量を算定した。結果を以下の表2に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
結果:表1に示すように、添加するT4の濃度が高いほど殺菌作用が強かった。表2に示すように、最大濃度である“7.5%添加T4シーラー溶出液”は、7菌種の口腔細菌に対して98%以上の殺菌率を示した。従って、以後の実験では、“7.5%添加T4シーラー”を用いた。
【0056】
図1は、2)の方法で得られた、エンテロコッカス フェカーリス(Enterococcus faecalis)に対する殺菌効果を一例として示す。尚、図1には、T4シーラーの結果(7.5%添加T4シーラー)に加えて、T4未添加の非ユージノール系シーラーであるシーラーA、及びユージノールを含むシーラー(エンドシーラー)であるシーラーBを用いて、同様の方法で測定した殺菌率を示す。
【0057】
実験3:感染根管に存在する細菌に対する“7.5%添加T4シーラー”の殺菌作用の検討
方法:再発した患者(6名)の感染根管から採取した病巣内容物を用いて、実験2、2)と同様の方法で殺菌率を解析した。
【0058】
結果:表3に示す。“7.5%添加T4シーラー溶出液”は、6名の患者の再発感染病巣の細菌を、83〜100%殺菌した。
【0059】
【表3】

【0060】
図2は、一例として、患者#1での殺菌効果を示している。尚、図2には、T4シーラーの結果に加えて、T4未添加の非ユージノール系シーラーであるシーラーA、及びユージノールを含むシーラーであるシーラーBを用いて、同様の方法で測定した殺菌率を示す。
【0061】
実験4:T4シーラーの根管封鎖性の確認
方法:“7.5%添加T4シーラー”が実際の根管内で充分な封鎖性を発揮しているかを検討するため、抜去歯の根管を拡大形成し、“7.5%添加T4シーラー”をガッタパーチャポイントに塗布し根管に充填した。この抜去歯を、根尖3mmを残して、歯根全周をネイルバーニッシュで被覆した。その後37℃、30%の墨液に48時間浸漬した後、切断機を用いて根尖から1mmずつ切断し、墨液の漏れ状態を顕微鏡で観察した。結果を図3に示す。
【0062】
結果:“7.5%添加T4シーラー”は、歯根内側(シーラー部分)に、T4未添加のシーラーAと同様に墨液の漏れは認められなかった。
【0063】
実験5:T4シーラーの生体細胞に及ぼす影響
方法:“7.5%添加T4シーラー溶出液”を、培養したヒト歯肉線維芽細胞に24時間作用させ、洗浄後、その細胞増殖活性の変化を測定した。結果を表4及び図4に示す。
【0064】
結果:“7.5%添加T4シーラー”は、T4未添加のシーラーAと同様に、ヒト歯肉線維芽細胞の増殖活性に影響を及ぼさないことが確認された。しかし、ユージノールを含むシーラー(シーラーB)は、約25%、その活性を抑制した。
【0065】
【表4】

【0066】
まとめ
以上の結果、天然殺菌成分テルピネン-4-オール 7.5%添加の根管充填用“T4シーラー”は、シーラーとしての機能を有するために充分な硬化性、硬度、封鎖性を有し、種々の口腔細菌種や感染根管内容物中に生息する細菌種に対して、優れた殺菌作用が認められた。また、本シーラーからの溶出液がヒト歯肉線維芽細胞増殖活性を抑制しないことから、本シーラーは生体細胞に対する障害性がないことが示唆された。この“T4シーラー”によって、根管充填治療後の残留細菌や混入細菌による感染を防ぐことが可能となり、再発症のリスクを大幅に軽減すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、根管充填治療の分野で有用な根管充填用シーラーを提供するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油とシーラー剤とを含む根管充填用シーラー。
【請求項2】
シーラー剤は、粉末成分と液体成分から構成されるか、または粉末成分を含有するペースト成分と液体成分から構成される請求項1に記載の根管充填用シーラー。
【請求項3】
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計に対して1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で含有される請求項1または2に記載の根管充填用シーラー。
【請求項4】
粉末成分は酸化亜鉛を主成分として含む請求項2または3に記載の根管充填用シーラー。
【請求項5】
粉末成分はロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含む請求項4に記載の根管充填用シーラー。
【請求項6】
液体成分は、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項2〜5のいずれかに記載の根管充填用シーラー。
【請求項7】
ペースト成分は、前記粉末成分に加えて前記液体成分を構成する物質の少なくとも一部を含有する請求項2または3に記載の根管充填用シーラー。
【請求項8】
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油、及びシーラー剤の成分を含む根管充填用シーラー調製用キット。
【請求項9】
シーラー剤の成分が粉末成分または粉末成分を含有するペースト成分、及び液体成分である請求項8に記載のシーラー調製用キット。
【請求項10】
粉末成分は酸化亜鉛を主成分として含む請求項9に記載のシーラー調製用キット。
【請求項11】
粉末成分はロジン、次炭酸ビスマス及び硫酸バリウムから成る群から選ばれる少なくとも1種をさらに含む請求項9に記載のシーラー調製用キット。
【請求項12】
液体成分は、リノール酸、イソステアリン酸及びプロピレングリコールから成る群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項9〜11のいずれかに記載の根管充填用シーラー。
【請求項13】
ペースト成分は、前記粉末成分に加えて前記液体成分を構成する物質の少なくとも一部を含有する請求項9〜12のいずれかに記載のシーラー調製用キット。
【請求項14】
液体成分にテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合されている請求項9〜13のいずれかに記載のシーラー調製用キット。
【請求項15】
ペースト成分を充填した容器及びテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油が予め混合された液体成分を充填した容器から構成され、前記容器は、一方の末端にノズルを有するシリンジ及びプランジャロッドから構成される、請求項14に記載のシーラー調製用キット。
【請求項16】
テルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油は、シーラー剤とテルピネン-4-オールまたはテルピネン-4-オールを含有する精油の合計に対して1%(w/w)以上、10%(w/w)未満の範囲で混合される請求項9〜15のいずれかに記載のシーラー調製用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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