説明

殺虫剤及び噴霧殺虫器

【課題】持続性のある駆除効果が得られ、実用化容易なハンドスプレー式の殺虫剤を提供する。
【解決手段】ハンドスプレーに用いる殺虫剤である。水を溶媒とし、エムペントリン、プロフルトリン、テラレスリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン、及びメトフルトリンから選ばれる少なくとも1種のピレスロイド化合物と、界面活性剤とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアゾールスプレー等のように圧縮ガスを用いないハンドスプレーに用いられる殺虫剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、耐圧容器に貯留した殺虫剤液を圧縮ガスを利用して噴射するエアゾール式の噴霧殺虫器(エアゾールスプレー)が知られている(特許文献1、2)。
【0003】
また、液体を常圧下で貯留する容器の口部に手動ポンプを組み付け、そのレバー等を操作することにより液体を吸い上げて噴射する手動式の噴霧器(ハンドスプレー)が知られている(例えば、特許文献3等)。
【0004】
エアゾールスプレーの使用方法としては、ハエや蚊等の害虫に向けて噴霧し、害虫に薬効成分を直接的に作用させる「直接噴霧」や、駆除したい空間に向けて噴霧して薬効成分を空間に漂わせ、害虫に薬効成分を間接的に作用させる「空間噴霧」などがあり、空間噴霧の場合、駆除効果を数時間持続させることはできても、10時間を超えるような長時間まで効果を持続させることはできなかった。
【0005】
そこで、本発明者は、長時間駆除効果を持続させることができるエアゾールスプレーを発明し、先にその駆除方法について提案している(特許文献4)。
【0006】
具体的には、トランスフルトリンをエタノールに溶解して薬液を調整し、LPGで薬液を空気中に噴射している。そうすることで、数μm〜数10μmの微粒子の液滴にして、空気中に長時間留まらせ、薬液を拡散させている。更に、床等に付着した後も薬液が蒸散することにより、噴霧後24時間経過した後でも駆除効果が得られるようにしている。
【0007】
また、そこではハンドスプレーの駆除方法も提案している。具体的には、エトック(プラレトリン)をエタノールに2w/v%溶解して薬液を調整し、その薬液をハンドスプレーで空気中に放出している。この場合、放出後1時間経過時まで駆除効果が維持されたが、2時間経過時には駆除効果が大幅に低下していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−138101号公報
【特許文献2】特開2000−178101号公報
【特許文献3】特開2005−288256公報
【特許文献4】特開2001ー17055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
エアゾールスプレーの場合、圧縮ガスのガス圧を利用して噴霧するため、例えば、ワンプッシュで殺虫剤液を一気に噴射することができる。従って、速効性に優れ、簡便性に富む利点がある。
【0010】
しかし、エアゾールスプレーでは圧縮ガスを貯留する耐圧容器が必要なため、廃棄処理や安全管理に難がある。更に近年では地球温暖化への対策が重要視されつつあり、その観点からも圧縮ガスの使用は極力避けるのが好ましい。その点、ハンドスプレーであれば、殺虫剤液を常圧下で貯留して手動で噴射できるため、そのような不利はない。
【0011】
ところが、ハンドスプレーの場合、一般にエアゾールスプレーに比べて噴射圧が弱いため、噴出液の粒子が大きくなり易く、長時間空気中に漂わすことができない。そのため、「直接噴霧」に用いることはできても、「空間噴霧」には不向きであり、特許文献4にあるように、駆除効果の持続性もエアゾールスプレーに比べると大きく劣っていた。
【0012】
また、エアゾールスプレーの場合、溶媒に揮発性の高いエタノールを使用すれば殺虫剤液を微細化できるし、噴霧後に汚れを招くおそれもない。しかし、ハンドスプレーでエタノールを溶媒に用いる場合、液滴が大きいために床等に付着して変色(白化)を招くおそれがある。また、一般的なハンドスプレーの構造では、隙間からエタノールが揮発し易く、保存性を確保するため改良が必要な問題もあった。
【0013】
そのため、害虫に対する駆除効果を長時間維持できる空間噴霧用のハンドスプレータイプの殺虫製剤については実用化が困難と考えられていた。
【0014】
また、上述したように、エアゾールスプレーの場合、速効性や簡便性に優れるものの、室内の空気が入れ替ると、空気中に漂う薬効成分が減少してその効果が低下するため、換気のある環境下での使用に難点があった。
【0015】
図1に、エアゾールスプレーにおける換気の影響を比較した試験結果を示す。同図中、縦軸は害虫に対する駆除効果(KT50値)を、横軸は噴霧後の経過時間をそれぞれ示している。破線が換気無しの試験結果、実線が換気有りの試験結果である。なお、試験では薬効成分であるトランスフルトリン10mgをエタノールに溶解して使用した。換気有り(試験室内における1時間当たりの空気の入れ替わり:1.5回)及び換気無し(空気の入れ換え無し)以外の試験条件は同一である。また、KT50値は、試験に供した害虫(蚊)の50%がノックダウンするまでの時間であり、経時的なノックダウン虫数を観察しBlissのProbit法により求めた。この数値が小さいほどノックダウン効果、つまり対象とする害虫に対する駆除効果が高いことを意味している。
【0016】
同図に示すように、空気が入れ替らない換気無しの条件では、駆除効果は長時間維持されるが、空気が入れ替わる換気有りの条件では、時間の経過とともに駆除効果が徐々に低下する。換気量が大きくなれば更に駆除効果が急激に低下するため、エアゾールスプレーの場合、空気が入れ替わり易い環境下で駆除効果を発揮させるためには定期的に噴霧する必要がある。また、空気の流れが強いと噴霧した殺虫剤が流されて思うように噴霧できない点でも不利がある。
【0017】
そこで、本発明の目的は、換気のある環境下での使用に有効で、エアゾールスプレーと同等以上の持続性のある駆除効果が得られ、しかも、実用化も容易な空間噴霧用のハンドスプレータイプの殺虫剤等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するために、本発明では、溶媒に水を使用し、薬効成分が徐々に気化するのを安定化させ、噴霧後に薬効成分が直ぐに落下して床面等に付着しても駆除効果を長時間持続できるように工夫した。
【0019】
具体的には、本発明の殺虫剤は、手動式の噴霧器に用いる殺虫剤であって、水を溶媒とし、エムペントリン、プロフルトリン、テラレスリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン、及びメトフルトリンから選ばれる少なくとも1種のピレスロイド化合物と、界面活性剤と、を含むことを特徴とする。
【0020】
すなわち、本発明の殺虫剤は圧縮ガスを使用しないハンドスプレーを対象とし、エアゾールスプレーは対象外である。石油系の溶剤ではなく水を溶媒としているので、噴霧後に床等に付着しても汚れ難い。エタノールに比べて揮発性が低いため、一般的なハンドスプレーの構造でも実用的な保存性を確保することができ、実用化が容易である。
【0021】
そして、本発明の殺虫剤は、薬効成分として、エムペントリン、プロフルトリン、テラレスリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン、及びメトフルトリンから選ばれる少なくとも1種のピレスロイド化合物を含み、助剤として界面活性剤を含む。
【0022】
ハンドスプレーを用いた場合、通常、噴霧される液滴はエアゾールスプレーの液滴よりも大きくなる。更に、溶媒に水を使用した場合には、エタノールを使用した場合よりも液滴が大きくなる。そのため、ハンドスプレーで溶媒に水を用いると、よりいっそう噴霧後に薬剤が空気中に留まり難くなってしまう。そこで、殺虫剤が床等に付着した後に薬効成分が少しずつ気化して長時間安定して駆除効果が持続できるよう、蒸散性(常温で蒸発して発散する性能)の高い薬効成分をミセル化した。
【0023】
具体的には、これら薬効成分は、殺虫効果と蒸散性のバランスに優れており、噴霧後に蒸散することによって優れた駆除効果を発揮する。そして、これら薬効成分は疎水性であるため、界面活性剤を用いて水に分散させることでミセルを形成することができる。その結果、エタノールや石油系の溶剤を用いた場合よりも、蒸散性を抑制して薬効成分を徐々に蒸散させることができ、駆除効果を長時間安定して持続させることが可能になる。また、界面活性剤を添加することによって濡れ性が高まるため、薬効成分が床面等に拡がり易く、また床面等の材質表面に薄く浸透して、長時間安定した蒸散性を発揮させる点からも有利である。
【0024】
特に、エアゾールスプレーのように液滴が空気中に長く漂わず、薬効成分のほとんどを狙った場所の床等に付着させることができるため、空気の流れが強い環境下や空気が入れ替わり易い環境下でもその駆除効果を効率よく発揮させることができる。蒸散して空気中にも薬効成分が作用するため、蚊やハエ、コバエ類等、飛翔する害虫に対しても有効である。
【0025】
更に、助剤としてエタノールを含ませるのが効果的である。詳細は後述するが、少量のエタノールを含ませることで駆除効果を向上させることができる。また、殺虫剤の調合が容易になり、製造性に優れる。
【0026】
この殺虫剤は、上述したように既存のハンドスプレーを用いて噴霧殺虫器とすることができる。具体的には、前記殺虫剤を貯留するタンクと、前記タンクに取り付けられ、手動操作により前記殺虫剤を吸引して加圧するポンプと、加圧された前記殺虫剤を噴霧するノズルと、を備える噴霧殺虫器とすることができる。
【0027】
ポンプで殺虫剤を吸引、加圧して噴霧できるため、圧縮ガスや耐圧容器が不要で、廃棄処理や安全管理等の難が無く、生産性に優れ、取り扱いも容易である。厳重な密閉性を確保しなくても、実用的な保存性を確保でき、直ぐにでも実用化できる。
【0028】
この場合、特に、前記殺虫剤を噴霧した場合に、前記ノズルから50cm離れた位置における前記殺虫剤の液滴の粒度分布を見たとき、100〜300μmの範囲内に最大分布が位置し、液滴の50%以上が分布しているように設定するのが好ましい。そうすることで、駆除効果の持続性を保ちながら、噴霧直後から優れた駆除効果を発揮させることができる。
【発明の効果】
【0029】
以上説明したように、本発明によれば、持続性のある優れた駆除効果が得られ、直ぐにでも実用化可能なハンドスプレータイプの殺虫剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】エアゾールスプレーの駆除効果に対する換気の影響を比較した試験結果を表すグラフである。
【図2】薬効成分の蒸散性の影響を比較した試験結果を表すグラフである。
【図3】殺虫剤の調合時におけるエタノールの添加の有無による粘度変化を表したグラフである。
【図4】ハンドスプレーの一例を示す概略図である。
【図5】ハンドスプレーの一例を示す概略図である。
【図6】噴霧回数と駆除効果との関係を調べた試験結果を表すグラフである。
【図7】タイプの異なるハンドスプレーの駆除効果を表すグラフである。
【図8】タイプの異なるハンドスプレーにおける噴霧液滴の粒度分布図である。
【図9】駆除効果の持続性について調べた試験結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本実施形態の殺虫剤は、ハンドスプレータイプの噴霧器に用いられる殺虫剤であり、主に室内での使用を想定して設計されている。従って、特に駆除対象とする害虫は室内空間に出現する害虫であり、例えば蚊やハエ、コバエ類等の飛翔性害虫に対して有効な殺虫剤となっている。その詳細について試験結果等を参照しながら説明する。なお、以下の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物あるいはその用途を制限するものではない。
【0032】
[殺虫剤]
最初に、殺虫剤の配合例を示す(表1)。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、殺虫剤には、溶媒としての水や薬効成分、界面活性剤、エタノール等が含まれる。殺虫剤には、必要に応じてこれら以外の成分、例えば、効力増強剤や殺菌剤、除菌剤、香料、保存料等を添加してあってもよい。
【0035】
(薬効成分)
薬効成分には、エムペントリン(empenthrin)、プロフルトリン(profluthrin)、テラレスリン(terallethrin)、テトラフルメトリン(tetraflumethrin)、トランスフルトリン(transfluthrin)、及びメトフルトリン(metofluthrin)を使用することができる。これらはいずれも疎水性のピレスロイド化合物である。これら薬効成分は、殺虫効果と蒸散性のバランスに優れており、噴霧後に蒸散することによって優れた駆除効果を発揮する。
【0036】
図2に、薬効成分の蒸散性の影響について比較した試験結果を示す。同図中、縦軸は駆除効果(KT50値)を、横軸は噴霧後の経過時間をそれぞれ示している。実線が蒸散性の高い薬効成分(トランスフルトリン)を、破線が蒸散性の低い薬効成分(プラレトリン「エトック」)をそれぞれ示している。試験は、換気のある条件(試験室内における1時間当たりの空気の入れ替わり:1.5回)の下で、表1の配合で調整した殺虫剤を使用し、薬効成分の総噴霧量が10mgとなるように、150cmの高さから斜め上方に向けて試験室内に満遍なくハンドスプレーで噴霧(四方に向けて4回噴霧)した。なお、薬効成分以外の条件は同じである。
【0037】
同図に示すように、蒸散性の低い薬効成分では、駆除効果が急激に低下し、数時間で消失したのに対し、蒸散性の高い薬効成分では、24時間後でも駆除効果が消失せず持続している。このように、蒸散性の高い薬効成分を用いることで駆除効果を持続させることが可能になる。
【0038】
次に、主な薬効成分について殺虫効力と蒸気圧とを比較した表を示す(表2)。
【0039】
【表2】

【0040】
殺虫効力比は、微量滴下法により各薬効成分のLD50値を求め、エトックを基準に比率で表したものであり、数値が高いほど殺虫効力が高いことを示している。同表では、主な駆除対象である蚊とハエの殺虫効力について示してある。また、蒸気圧比は、25℃における各薬効成分の蒸気圧をエトックを基準に比率で表したものであり、数値が高いほど蒸散性が高いことを示している。
【0041】
同表に示すように、これら殺虫効力比と蒸気圧比とを掛け合わせた値を殺虫効果と蒸散性のバランスを示す指標として見たとき、エムペントリン、プロフルトリン、テラレスリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン、及びメトフルトリンの値は他の薬効成分よりも大きく、ハンドスプレーに適した特性を有していることがわかる。特に、プロフルトリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン及びメトフルトリンは、蚊、ハエいずれの害虫に対しても、殺虫効果と蒸散性のバランスがよく、特に好ましい薬効成分であるといえる。薬効成分の配合量は、仕様に応じて設定できるが、例えば、0.1〜20w/w%の範囲で設定すればよい。
【0042】
(界面活性剤)
表1では、3種の界面活性剤を組み合わせた配合を示したが、これに限らず仕様に応じて適宜設定することができる。その配合量は、薬効成分を水に均一に分散してミセル化できればよく、薬効成分や界面活性剤の種類にもよるが、例えば、2〜20重量%の範囲で設定することができる。なお、過度に界面活性剤を添加してもその効果は大きく変わらない。
【0043】
(助剤)
表1の配合では、油性溶剤が微量添加されている(ネオチオゾールF)。油性溶剤を微量添加することで殺虫剤の品質を安定化することができ、保存性を高めることができる。油性溶剤の配合量は、例えば、0.5〜5w/w%の範囲で調整すればよい。5w/w%を超えると噴霧後に汚れを招くおそれがあり、0.5w/w%を下回ると殺虫剤の品質にばらつきが生じるおそれがある。
【0044】
更に、エタノールが添加されている。エタノールを添加することで、駆除効果及び製造性を向上させることができる。
【0045】
表3に、エタノールの添加量別に駆除効果(KT50値)を測定した噴霧初期における試験結果を示す。
【0046】
【表3】

【0047】
試験では、エタノールの添加量のみ異なる試料(0,10,30,70w/w%)を同じ条件の下でハンドスプレーで噴霧し、経時的に駆除効果(KT50値)を測定した。
【0048】
同表に示すように、エタノールを水に添加した試料では、水のみの試料よりもKT50値が小さくなっており、駆除効果の向上が認められた。この傾向は噴霧初期だけでなく、少なくとも24時間後まで変わらなかった。従って、助剤としてエタノールを添加することで駆除効果を向上させることが可能になる。
【0049】
次に、エタノールを添加した場合の製造性に対する効果について説明する。例えば、表1に示したような配合の殺虫剤を調整する場合、まず、水以外の各成分を秤量し、混合する(微量成分混合工程)。そして、溶媒である水を少量ずつ滴下しながら撹拌し、所定量の水を加えて混合した微量成分を分散させる(分散工程)。ところが、エタノールを添加しないで殺虫剤を調整した場合、水を加えていく過程で転相状態になると粘度が急激に上昇し、撹拌が困難になる。
【0050】
図3に、分散工程におけるエタノールの添加の有無による影響を表したグラフを示す。同図において、実線がエタノールの添加有りでの水の添加量に対する粘度変化を表している。破線がエタノールの添加無しでの水の添加量に対する粘度変化を表している。同図に示すように、エタノールを添加しない場合、添加初期に粘度が急激に上昇し、撹拌が困難になり、製造性に欠ける。
【0051】
一方、水を加える前にエタノールを添加した場合には、粘度の上昇はほとんどなく、容易に撹拌でき、製造性を向上させることができる。エタノールの添加量について調べたところ(1,2,5,10,20w/w%)、1w/w%では十分な粘度低下効果が得られず、2w/w%ではやや効果が得られ、5w/w%以上で安定した効果が得られたことから、製造性を向上させるにはエタノールを5w/w%以上添加するのが好ましいことが確認された。
【0052】
エタノールの添加量を増やし過ぎると、噴霧後に床面等を変色するおそれがあるため、40w/w%を超えないようにするのが好ましい。従って、助剤としてエタノールを殺虫剤に添加する場合には、5〜40w/w%の範囲で添加するのが好ましい。そうすれば、適切な量で駆除効果と製造性とを向上させることができる。
【0053】
[噴霧殺虫器]
本実施形態の殺虫剤は、既存のハンドスプレーに充填してそのまま噴霧殺虫器として用いることができる。この種のハンドスプレーには、その用途や容量、噴霧性能等が異なる様々なタイプがある。
【0054】
図4及び図5に、その一例を示す。図4は、レバーを引き込み操作して噴霧するタイプのハンドスプレー(トリガースプレー)であり、図5は、キャップを押し込み操作して噴霧するタイプのハンドスプレー(ミストスプレー)である。いずれのタイプのハンドスプレーもその基本構造は同じであり、タンク1やポンプ2、ノズル3、チューブ4等を備えている。
【0055】
図4に示すように、タンク1は、上端にネジ付開口を有する瓶状の合成樹脂成形品であり、その内部に殺虫剤の薬液を貯留する。タンク1は液位が目視できるように透明あるいは半透明にしておくのが好ましい。液位が目視できることによって、終点を判別でき、買い替え時期の目安とすることができる。タンク1のネジ付開口には、ネジ付キャップ5がネジ止めされ、これによりポンプ2がタンク1に取り付けられている。
【0056】
ポンプ2は、薬液を吸い上げるチューブ4や、吸い上げた薬液を加圧するポンプ機構21を有している。また、ポンプ2の前部下側にはレバー22が揺動可能に設けられている。ポンプ2の前部上側には、ポンプ機構21と薬液流路23を介して連通するノズル3が組み付けられている。このような形態のトリガースプレーの場合、レバー22を引くことで薬液が吸い上げられて加圧されるとともに、加圧された薬液がノズル3から噴霧される。
【0057】
図5のミストスプレーでは、ポンプ2と一体に設けられ、レバー22の代わりに押し込み可能なシリンダヘッド6がタンク1の上部に設けられている。ポンプ機構21や薬液流路23、ネジ付キャップ5等はトリガースプレーと同様の構造である。ノズル3はシリンダヘッド6の周面に設けられていて、シリンダヘッド6を押し込むことでノズル3から薬液が噴霧される。
【0058】
このようなハンドスプレーでは圧縮ガスを使用しないため、耐圧容器が不要で製造コストを抑制でき、エアゾールスプレーに比べて使用後の廃棄処理や使用中の安全管理が容易になる利点がある。タンクに収容される薬液のほとんどが水であるため、通常の使用環境であれば、蒸発して薬液が大きく減少することはない。従って、保存性の確保が容易で、直ぐにでも実用化できる。
【0059】
(ハンドスプレーの選定)
上述したように、本実施形態の殺虫剤は、既存のハンドスプレーをそのまま使用することもできるが、優れた殺虫効果を発揮させるには所定の条件を満たすように構成するのが好ましい。
【0060】
表4に、4種の異なるタイプのハンドスプレー(タイプA〜D)の基本的な諸元をまとめた表を示す。なお、ここでの噴霧重量は噴霧回数4回分の総量を表している。
【0061】
【表4】

【0062】
タイプA〜タイプCは、図5に示したようなミストスプレーである。詳しくは、タイプAは三谷バルブ製(型番:Z−155−14−1/一押し当りの噴霧量0.15ml)、タイプBはカルマー社製(型番:SP4 24−410/一押し当りの噴霧量0.5ml)、タイプCはカルマー社製(SP4 24−410/一押し当りの噴霧量0.75ml)である。一方、タイプDは、図4に示したような、一引き当りの噴霧量が0.50mlのトリガースプレー(吉野工業所製)である。
【0063】
エアゾールスプレーの場合、圧縮ガスで噴射するため、微粒子の噴霧液滴を空気中に漂わせ、広範囲に作用させることができる。対して、ハンドスプレーの場合には、噴霧液滴が空気中に漂い難いうえ、1回の操作で噴霧できる量及び噴霧できる角度が限られるため、その影響について調べた(図6)。
【0064】
図6は、エアゾールスプレー(比較対象)と、タイプA及びタイプDを含む異なる8種のハンドスプレーとで、噴霧回数(横軸)と駆除効果(縦軸)との関係を調べた試験結果を表している。破線がエアゾールスプレー、実線が各ハンドスプレーである。試験では、薬効成分の再蒸散による影響を除くため、エトックをエタノールに溶解して調整した薬液を使用した。噴霧方向は、例えば、2回では逆向きに噴霧し、4回では四方に向けて噴霧するように試験室の中央の位置で、150cmの高さから斜め上方に向けて周囲に均等に噴霧した。各噴霧における薬効成分の総噴霧量は、噴霧回数にかかわらず3mgとなるように調整した。なお、ハンドスプレーの場合、溶媒にエタノールを使用してもエアゾールスプレーより液滴の粒子が十分に大きくなることがわかっている。
【0065】
同図に示されるように、エアゾールスプレーの場合、拡散によって噴霧回数にかかわらず、安定した駆除効果が認められた。対して、ハンドスプレーの場合、噴霧回数が少ないとエアゾールスプレーよりも駆除効果が低下する傾向が認められた。しかし、3回以上噴霧することでエアゾールスプレーと同等の駆除効果が得られた。ハンドスプレーの噴霧角度からすると、3回以上噴霧すれば対象領域のほぼ全域に噴霧することとなり、ハンドスプレーであっても対象領域に満遍なく噴霧すればエアゾールスプレーと同様に駆除効果を安定させることができる。この点からすると、ハンドスプレーの場合、60°〜120°の範囲で噴霧角度を設定し、複数回(3回以上)噴霧するのが好ましい。
【0066】
次に、タイプA〜Dのハンドスプレーを用いて、噴霧された液滴の粒度分布と駆除効果との関係について調べた試験結果を示す(図7)。試験では、表1の基本配合に基づいて、4回の噴霧でピレスロイド化合物(トランスフルトリン)の総噴霧量が12mgとなるように殺虫剤を調整した。調整した殺虫剤を各タイプのハンドスプレーで試験室内に満遍なく噴霧し(四方に向けて4回噴霧)、噴霧後、経時的に駆除効果を測定した。
【0067】
図7に示すように、ハンドスプレーのタイプによって駆除効果に違いが認められた。タイプA及びタイプDでは、測定期間中、安定した駆除効果が認められた。タイプCではやや噴霧直後に駆除効果が少し落ち込む傾向が認められた。タイプBでは噴霧直後に駆除効果が大きく落ち込む傾向が認められた。この原因について調べたところ、噴霧液滴の粒度分布に違いがあり、これが駆除効果に影響している可能性の高いことが推定された。
【0068】
図8に、各タイプのハンドスプレーにおける噴霧液滴の粒度(粒径)分布(計測距離50cm)を表したグラフを示す。噴霧液滴の粒度分布(D50)の測定は、レーザー光を利用する所定の装置(LDSA−1400A:日機装株式会社製)を用い、焦点距離:300mm、ノズルからレーザーまでの距離:50cmの条件の下で測定を行った。
【0069】
同図に示すように、いずれもピークが1つの山形状の分布が認められた。タイプA及びタイプDでは、粒度100〜200μmの範囲内に液滴の50%以上が分布し、その中央部分(150±30μm)に最大分布(ピーク)が位置していた。タイプCは、約200μmの粒度にピークが位置し、100〜300μmの範囲内に液滴の50%以上が分布していた。一方、タイプBは、ピークが100μm程度であり、タイプA等より粒度が小さい範囲に分布していた。
【0070】
このように、液滴の粒度が小さいと、かえって初期の駆除効果が低下する傾向が認められたことから、噴霧液滴の粒度は100〜300μmの範囲内、更には100〜200μmの範囲内にできるだけ多く分布するように噴霧するのが好ましい。そうすれば、噴霧直後の駆除効果の落ち込みを抑制することができ、安定した駆除効果を得ることが可能になる。
【0071】
また、殺虫剤が床等に付着してべたつくなどの不具合がないかどうか、噴霧液量の違いによる噴霧状態への影響について調べた。試験では、種類の異なる複数(11種)のハンドスプレーを用いて表1の配合の殺虫剤を同じ条件の下で噴霧し(1回当たりの噴霧液量は0.15〜1.0ml)、その状態を目視にて評価した。
【0072】
その試験結果を次の表5に示す。
【0073】
【表5】

【0074】
「○」が良好、「△」がやや濡れ感有り、「×」が濡れ感有り、をそれぞれ表している。
【0075】
同図に示すように、一回当たりの噴霧量は0.75ml以下が好ましく、0.65ml以下がより好ましいことが確認された。
【0076】
(駆除効果の持続性)
次に、タイプA及びタイプDのハンドスプレーを用い、換気のある環境下での駆除効果の持続性について試験した結果を示す(図9)。試験では、表1の配合に基づき、薬効成分(トランスフルトリン)の総噴霧量が10mgと6mgとなるように殺虫剤を調整し試験に供した。各濃度の殺虫剤を各タイプのハンドスプレーに適用し、換気の有る条件(試験室内における1時間当たりの空気の入れ替わり:1.5回)の下で、試験室に満遍なく噴霧し(四方に向けて4回噴霧)、噴霧後の殺虫効果の経時変化を調べた。また、トランスフルトリンの総噴霧量が10mgとなるように、エタノールに溶解した殺虫剤液を用いてエアゾールスプレーで噴霧し、比較対象とした。
【0077】
図9において、破線はエアゾールスプレーの試験結果を示している。実線が総噴霧量10mgでの試験結果を、1点鎖線及び2点鎖線が総噴霧量6mgでの試験結果をそれぞれ示している。
【0078】
同図に示すように、エアゾールスプレーでは、経時的に駆除効果が徐々に低下する傾向が認められた。各タイプのハンドスプレーでは、エアゾールスプレーと同等の安定した駆除効果が得られ、数時間経過後にはエアゾールスプレーを上回る駆除効果が認められた。薬効成分の総噴霧量が少ない場合でもエアゾールスプレーを上回る駆除効果が認められた。噴霧初期における駆除効果の落ち込み量も比較的小さかった。これは選定したハンドスプレーを用いたことによる効果と思われる。
【0079】
これら結果より、本実施形態の殺虫剤であれば、ハンドスプレーで噴霧しても持続性に優れた駆除効果が得られ、特に換気の有る環境下でその効果が発揮されることがわかる。また、所定の噴霧条件を満たすハンドスプレーを用いることで、噴霧初期の駆除効果の落ち込みを抑制することができ、エアゾールスプレーと同等以上の駆除効果を得ることが可能になる。
【符号の説明】
【0080】
1 タンク
2 ポンプ
3 ノズル
4 チューブ
6 シリンダヘッド
21 ポンプ機構
22 レバー
23 薬液流路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
手動式の噴霧器に用いる殺虫剤であって、
水を溶媒とし、
エムペントリン、プロフルトリン、テラレスリン、テトラフルメトリン、トランスフルトリン、及びメトフルトリンから選ばれる少なくとも1種のピレスロイド化合物と、
界面活性剤と、
を含む殺虫剤。
【請求項2】
請求項1に記載の殺虫剤において、
更に、助剤としてエタノールを含む前記殺虫剤。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の殺虫剤を含む手動式の噴霧殺虫器であって、
前記殺虫剤を貯留するタンクと、
前記タンクに取り付けられ、手動操作により前記殺虫剤を吸引して加圧するポンプと、
加圧された前記殺虫剤を噴霧するノズルと、
を備える噴霧殺虫器。
【請求項4】
請求項3に記載の噴霧殺虫器において、
前記殺虫剤を噴霧した場合に、前記ノズルから50cm離れた位置における前記殺虫剤の液滴の粒度分布を見たとき、100〜300μmの範囲内に最大分布が位置し、液滴の50%以上が分布している噴霧殺虫器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−144141(P2011−144141A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7047(P2010−7047)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(000112853)フマキラー株式会社 (155)
【Fターム(参考)】