説明

毛包の毛成長能回復方法および細胞移植器具

【課題】毛成長の消失または減弱した毛包に活発な毛成長機能を付与して、毛成長を回復させるための、簡便かつ低侵襲的な方法を提供する。
【解決手段】正常な毛成長機能を有する毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの混合物を、毛包のバルジ毛球部間に移植する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、毛成長の消失または減弱した毛包、特に男性の頭皮脱毛や薄毛の原因となる矮小化した毛包に、活発な毛成長機能を付与する方法と、この方法に使用する細胞移植器具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
皮膚付属器官である毛包は、毛髪の本体である毛幹、毛幹の成長や毛周期における再生を支えている毛母、毛幹を鞘状に取り巻いている内毛根鞘、外毛根鞘といった数種の組織から構成されている。毛髪は、毛母細胞が盛んに増殖し、体表に向かって移動しながら分化することにより伸長する(非特許文献1)。この毛母細胞に覆われるように存在する間充織組織である毛乳頭は、毛包発生期における器官形成のみならず、毛包形成後も毛母細胞の分化と増殖に重要な役割を担っている(非特許文献1、2)。このように、毛髪は二種類に大別される細胞群、すなわち上皮細胞と間充織細胞との相互作用によって形成された毛包から産生される(非特許文献3)。これらの知見より、以下の方法により細胞移植による毛髪再生がこころみられてきた。
【0003】
第一の例として、皮膚を外科的に切開し、毛包基部を処置で露出させ毛球部を切除し、この残存毛包に培養毛乳頭細胞あるいは真皮毛根鞘組織を集塊状に加工した上で接着する方法が報告されている(非特許文献4、5)。この方法は、齧歯類頬部に既存する健常な毛包に対して適用されており、矮小化した毛包に対して適用できることは示されていない。また、毛包1本1本に対しての方法であり、熟練した技術を要し、侵襲性が高く、移植細胞が集塊状に限定されることから、現実的な方法ではない。
【0004】
第二の例として、齧歯類の足裏組織を分離し、酵素反応により表皮と真皮層を部分的に剥離した上で、培養毛乳頭細胞を生体糊で集塊状に加工あるいは細胞自己集塊(スフェロイド)状に加工したものを表皮・真皮間に挿入し、ヌードマウス等に移植する方法がある(非特許文献6、7)。この方法では、表皮・毛乳頭・真皮層よりなる人工的な組織を作製し、これを移植するものである。また、この亜種として、培養毛乳頭細胞を集塊状として、無毛皮膚の真皮と表皮間に、マイクロメス等を用いて外科的に作製した間隙に挿入移植する方法も報告されている(非特許文献8、9)。この方法では、移植用細胞は自己会合または生体糊などで集塊状に加工されたうえで、微小な組織構造を手作業により形成するものである。この方法では、術者が極めて熟練し、かつ多数の細胞移植に対して耐えられることことが要求されるのみならず、侵襲性の大きな方法であることから、治療目的に応用することは出来ない。
【0005】
第三の例として、短期間培養して増殖させた毛乳頭細胞を新生仔ラット表皮細胞と混合し、ヌードマウス背部に移植する方法(グラフトチャンバー法)により発毛を誘導できることが報告されている(非特許文献10、11)。この移植方法により、稲松等の方法(非特許文献6)により継代培養したラット毛乳頭細胞が毛包誘導能のみならず、発毛誘導能も保持していることが示された。このグラフトチャンバー法においては毛乳頭細胞と表皮細胞を混合し、お互いが十分に接近させることを主要な課題として工夫されている。この工夫により、シングルセルとした毛乳頭細胞と表皮細胞が細胞表面の接着分子により自己会合し、お互いが相互作用を及ぼしあえるほど近接した位置関係を構築することが出来る(特許文献1「ヒト毛のin vivo発毛誘導法と、ヒト毛を有する非ヒト動物(特開 2003-238421)」)。この例では、細胞移植の範囲に複数の毛包を再構築し、且つそれに応じた数の毛幹伸長が達成できる。しかし、この方法では、侵襲性の大きな方法であることから、治療目的に応用することは出来ない。
【0006】
第四の例として、齧歯類由来の培養毛乳頭細胞および表皮細胞など複数種の細胞をin vitro下で自己会合させ、人工的に毛包構造様の組織を作製し、これを皮膚内に移植する方法が報告されている(非特許文献12)。しかしながらこの方法では、齧歯類胎児あるいは新生仔の表皮細胞を用いた場合において、毛包組織の再構築と毛髪の再生が達成されるものであり、また表皮成分の細胞の調達に対して課題が残る。また、移植細胞あるいは人工的に構築した組織を、移植部位周囲の既存表皮組織との連結が確実であるという保障は無い。
【0007】
これらの方法に対して、特許文献2「培養毛乳頭細胞による毛髪再生方法(特開2001-302520)」では、培養毛乳頭細胞の懸濁液(1,000個/5 μL)を脱毛部表皮下へ注入することによって、新しい毛包の誘導と矮小化した毛包に対しての増殖因子の提供による成長促進を期待している。また特許文献3「Stimulation of hair growth(米国特許第4,919,664号)」では、培養毛乳頭細胞の懸濁液(1x103 〜 1x106 個/0.5〜50 μL)を表皮細胞と接触するように真皮中に配置することが完全に機能的な毛包の形成をもたらすことを記載している。これらの方法は、細胞懸濁液を注射器等によって皮下組織に注入することら、簡便であり、また侵襲性も低いことから、臨床での利用可能性が高い。しかしながら、注射器等による細胞懸濁液の注入では、移植細胞の拡散・低密度化が避けられない。結果として、広範囲の脱毛領域に移植細胞を適用しようとすれば、大量の細胞を用意する必要がある。さらに、皮膚内に細胞注入する場合の注入圧力が皮膚組織の炎症を引き起こす。そして炎症部位には種々のコラゲナーゼ、uPA等の細胞外マトリクス分解酵素が発現し、組織の破壊が進行する。また、TGF-β等のサイトカインが多量に分泌し、真皮の線維化を惹起する(非特許文献13)。これらは毛髪再生に対して負の作用を及ぼすため、大量の細胞懸濁液の注入は好ましいものではない。
【特許文献1】特開2003-238421号公報
【特許文献2】特開2001-302520号公報
【特許文献3】米国特許第4,919,664号
【非特許文献1】Hardy MH. The secret life of the hair follicle. Trends Genet. 8(2), 55-61(1992)
【非特許文献2】Stenn KS, Paus R. Controls of hair follicle cycling. Physiol Rev. 81(1), 449-494 (2001)
【非特許文献3】Jahoda CA, Horne KA, and Oliver RF. Induction of hair growth by implantation of cultured dermal papilla cells. Nature, 311(5986), 560-2(1984)
【非特許文献4】Horn KA, et al. Wisker growth induced by implantation of cultured vibrissa dermal papilla cells in the adult rat. J. Embryol Exp Morph. 97, 111-124(1986)
【非特許文献5】Horn KA, et al. Restoration of hair growth by surgical implantation of follicular dermal sheath. Development. 116, 563-571(1992)
【非特許文献6】Inamatsu, et al. Establishment of Rat Dermal Papilla Cell Lines that Sustain the Potency to Induce Hair Follicles from Afollicular Skin. J. Invest. dermatol. Nov 111(5), 767-75(1998)
【非特許文献7】Raynolds AJ, et al. Cultured dermal papilla cells induce follicle formation and hair growth by transdifferentiation of an adult epidermis. Development. 115, 587-593(1992)
【非特許文献8】Jahoda CA. Induction of follicle formation and hair growth by vibrissa dermal papillae implanted into rat ear wounds: vibrissa-type fibres are specified. Development. 115, 1103-1109(1992)
【非特許文献9】Raynolds AJ, et al. Trans-gender induction of hair follicles. Nature. 402, 33-34(1999)
【非特許文献10】Weinberg WC, et al. Reconstitution of hair follicle development in vivo: determination of follicle formation, hair growth, and hair quality by dermal cells. J. invest. Dermatol. 100, 229-236 (1993)
【非特許文献11】Lichti U, et al. In vivo regulation of murine hair growth: insights from grafting defined cell populations onto nude mice. J. Invest. Dermatol. 101, 124s-129s (1993)
【非特許文献12】Jizeng Q, et al. Hair morphogenesis in vitro: formation of hair structures suitable for implantation. Regen. Med. 3(5), 683-692(2008)Horn KA, et al. Restoration of hair growth by surgical implantation of follicular dermal sheath. Development. 116, 563-571(1992)
【非特許文献13】Clark R, and Singer AJ. 創傷の修復、組織工学のための基礎生物学、855-877,再生医学、2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、毛成長の消失または減弱した毛包に活発な毛成長機能を付与して、毛成長を回復させるための、簡便かつ低侵襲的な方法を提供することを課題としている。
【0009】
また本願発明は、上記の方法を効率良く実施するための細胞移植器具を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願は、上記の課題を解決するためのものとして、以下の発明を提供する。
【0011】
すなわち、第1の発明は、毛成長の減弱または消失した毛包の毛成長を回復させる方法であって、正常な毛成長機能を有する毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの混合物を、毛包のバルジ毛球部間に移植することを特徴とする方法である。
【0012】
この第1の発明においては、毛乳頭細胞と真皮毛根鞘細胞の混合物における混合比率が1〜99対99〜1であること、移植細胞の濃度が2×104 〜 8×105 細胞/μlであること、さらには、移植細胞の容量が0.5〜2 μlであることを好ましい態様としている。
【0013】
第2の発明は、毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの混合物を毛包のバルジ毛球部間に移植するための器具であって、細胞排出装置の前端に刺入ナイフと、刺入ナイフの刺入角度、距離および深度を調節するガイド部と、刺入ナイフの近傍後方に細胞排出針を有することを特徴とする細胞移植器具である。
【0014】
この第2発明の器具においては、細胞排出針に着脱自在のカートリッジに移植細胞が充填されていること、そして、刺入ナイフが細胞排出針の先端に一体化していることをそれぞれ好ましい態様としている。
【0015】
なお、本願発明において「毛成長」とは、毛包の毛母細胞が盛んに増殖し、体表に向かって移動しながら分化することにより毛髪の本体である毛幹が伸長することを意味する。また「毛成長の減弱」とは、毛母細胞の増殖が低下し、毛幹の成長が縮小した状態(毛幹の伸長速度の低下や、毛幹の細小化した状態)を意味し、「毛成長の消失」とは、毛母細胞の増殖能が失われ、毛幹の成長が消失した状態または脱毛した状態を意味する。
【0016】
その他の用語や概念については、以下の説明において詳しく説明する。
【発明の効果】
【0017】
第1の発明においては、移植細胞を表皮下に移植することによって、高密度かつ極小の細胞集団を定量的に移植可能とする。すなわち、移植細胞は濃度が2×104 〜 8×105 細胞/μlで移植されるため、注射器等を用いた細胞懸濁液移植で問題となる細胞の拡散・低密度化が発生せず、移植細胞数の少量化が可能となる。
【0018】
さらに、第1発明においては、一定量の移植細胞を注入することで、複数の毛包の所定箇所(バルジと毛乳頭細胞との間)に細胞移植が可能となり、短時間で多数の部位に施術することができる。また、移植細胞の容量が小さいため、切開創は微小であり、侵襲性は極めて低い。
【0019】
また、第2発明においては、上記の方法を確実に実施するための器具が提供される。これによって、熟練した技術を必要とせず、より簡便かつ低侵襲的な毛成長回復の処置を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】移植細胞を充填するカートリッジの側面図および展開図である。
【図2】カートリッジに移植細胞を充填する方法例の模式図である。
【図3】移植細胞を移植するための器具(シリンジ)の全体模式図と、その先端の細胞排出針の拡大側面図である。
【図4】毛包のバルジ−毛球部間の一部または全部の切断箇所を示した模式図である。
【図5】移植創を形成するための刺入ナイフを例示した三面図である。
【図6】移植創を例示した模式図である。
【図7】移植創に細胞を移植した状態を例示した模式図である。
【図8】本願発明の器具の一例を示した斜視図である。
【図9】実施例1で示したGFP遺伝子組み換え培養ラット毛乳頭細胞をヌードラット背部皮膚内に同種細胞移植した移植後6週目の結果である。毛包形成および毛成長が確認された。a:毛乳頭細胞移植による毛成長を示した顕微鏡写真。b:aの組織標本H&E染色像。移植部位に毛包が形成されていることが確認された。c:bの四角内拡大蛍光撮影。移植毛乳頭細胞に標識したDiI蛍光陽性細胞により破線 内の細胞群が形成されていることが確認された。
【図10】実施例2で示したGFP遺伝子組み換え培養ラット真皮毛根鞘細胞をヌードラット背部皮膚内に同種細胞移植した移植後6週目の結果である。毛包形成および毛成長が確認された。d:真皮毛根鞘細胞移植による毛成長を示した顕微鏡写真。e:dの組織標本GFP免疫染色像。GFP陽性細胞(矢印)が毛包の毛乳頭および真皮毛 根鞘部位に確認された。
【図11】実施例3で示したGFP遺伝子組み換え培養ラット毛乳頭細胞と同真皮毛根鞘細胞との混合物をヌードラット背部皮膚内に同種細胞移植した移植後6週目の結果である。毛包形成および毛成長が確認された。f:毛乳頭細胞および真皮毛根鞘細胞移植による毛成長を示した顕微鏡写真。g:fの組織標本GFP免疫染色像。GFP陽性細胞(矢印)が毛包の毛乳頭および真皮毛 根鞘部位に確認された。h:gの四角内拡大写真。真皮毛根鞘から毛乳頭まで、毛包を取り巻くように連続した GFP陽性細胞が確認された。
【図12】毛球部最大直径測定箇所。移植細胞により形成された毛球部の最大直径を測定した。
【発明を実施するための形態】
【0021】
第1の発明は、正常な毛成長機能を有する毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの細胞混合物(以下。「移植細胞」と記載することがある)を、毛包のバルジと毛球部との間に移植することを特徴とする。
【0022】
すなわち第1の発明は、毛成長の減弱または消失した毛包を有する個体Aに、正常な毛成長機能を有する個体Bの細胞を移植する。個体Aと個体Bは、同一個体または別個体である。同一個体の場合の一つの実施形態は、毛成長の減弱または消失した毛包を有するヒト個体に、同一ヒト個体の正常な毛成長機能を有する細胞を移植する。また別個体である場合の一つの実施形態は、正常な毛成長機能を有する個体A(例えば、齧歯類等の非ヒト動物個体)に、正常な毛成長機能を有する個体B(例えばヒト個体)の細胞を移植する。このようにしてヒト細胞を移植した非ヒト動物個体は、毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞あるいはこれら両方の一部または全部をヒト細胞に置き換かえた毛髪を体表に有するため、例えば発毛剤や、養毛剤、あるいは脱毛剤の薬効試験のためのモデル動物として有用である。
【0023】
毛乳頭細胞は、例えば、後記の実施例に記載したように、健常な毛包を含む皮膚組織を単離し、この組織から毛球部を分離し、さらにこの毛球部から毛乳頭を採取することによって調製することができる。そして、この毛乳頭を所定の培地で培養、継代することによって、必要量の移植用毛乳頭細胞を得ることができる。
【0024】
真皮毛根鞘細胞は、前記の分離した毛球部から分離し、所定の培地で培養、継代することによって得ることができる。
【0025】
移植細胞の濃度は、2×104 〜 8×105 細胞/μl、好ましくは5×104 〜 6×105 細胞/μl、さらに好ましくは8×104 〜 4×105 細胞/μl、特に好ましくは1×105 〜 2×105 細胞/μlの範囲である。さらに移植細胞の容量は0.5〜2 μlであり、好ましくは0.5〜1.0μl、さらに好ましくは約0.5μlである。すなわち、濃度が2×104 〜 8×105 細胞/μlの細胞を0.5〜2 μlの容量で移植することによって、1×104 〜 4×105 個細胞を移植する。また、上記の細胞濃度は、例えば、1×104 〜 4×105 個/10μlの細胞懸濁液を遠心し、その沈殿物の細胞を得ることによって達成することができる。遠心速度は500〜5,000 gの範囲とする。
【0026】
毛乳頭細胞と真皮毛根鞘細胞の混合物を移植する場合の、細胞混合比率は1〜99対99〜1であり、好ましくは10〜90対90〜10、さらに好ましくは25〜75対75〜25、特に好ましくは40〜60対60〜40の範囲である。なお、毛乳頭細胞の単独移植または真皮毛根鞘細胞の単独移植に比べ、これらの細胞の混合物の移植は、毛成長をより促進するという点において優れた実施形態である。
【0027】
さらに、この移植細胞は、常に一定量を注入することが好ましい。そしてそのためには、所定の容量のカートリッジ等に充填して使用することが好ましい。例えば図1に示したように、内径が約660μm、長さが約1,500μm程度の円筒形のカートリッジ10を使用すれば、上記の範囲の細胞数および容量0.5 μlの移植細胞を充填することができる。また、例えば図2に例示したように、培養皿20の底を開孔し、この開孔部の下方にカートリッジ10を当てて、培養皿内の細胞懸濁液29を遠心分離することによって、カートリッジ10への細胞充填を行うことができる。
【0028】
上記のとおりに調製した移植細胞30は、注射器等のシリンジによって皮膚内に注入する。例えば、移植細胞30をシリンダー内に吸引した後、ピストンで押し出してシリンジ先端の細胞排出針から細胞を排出する。ただし、常に一定量の移植細胞を移植するためには、前記のカートリッジに充填した移植細胞30をピストンによって排出することが好ましい。例えば、図3に例示したように、シリンジ40先端の細胞排出針50に開口部51を設け、この開口部51にカートリッジ10を装着し、細胞排出針50の先端のストッパー52までピストン53を押し出すことによって、常に一定量の移植細胞30を注入することができる。
【0029】
本願発明において、移植細胞は、毛包の毛乳頭とバルジとの間に移植する。具体的には、図4に示したように、毛包60のバルジ61と毛球部62の間を一部または全部を切断し、この切断箇所63に移植細胞を位置させる。このために、例えば図5に例示したように刺入ナイフ70を皮膚組織に刺入して、図6に模式的に示したような移植創80を形成する。この移植創80は、バルジ61と毛球部62との間を切断する位置に形成される。また、図5に示した刺入ナイフ70には、ガイド部71が配設されており、このガイド部71によって、刺入ナイフ70の刺入角度および刺入深度を、図6に示した一定の範囲内に保つことができる。この図6に例示した移植創80の場合には、複数個の毛包のそれぞれを所定箇所で切断することになる。より具体的には、刺入ナイフ70は、侵襲を微小かつ局所に限定するために、刃厚は0.1〜1.0 mm、刃巾は0.3〜3 mmが望ましい。水平に刺入するために、刃付けはバイベベルであることが望ましい。ガイド部71は刺入状態が確認できるよう、透明で滅菌処理によって変色しない素材であることが望ましい。刺入深度は、ナイフ70とガイド部71の距離に依存する。移入距離は、ナイフ70からガイド部71の接合部までの距離に依存する。ナイフ70の先からガイド部71との接合部までの距離は、1〜10mmが望ましい。任意の長さに応じた距離を持つ状態に作製する。ガイド部71はナイフ70の巾より両側2〜5 mm、ナイフ70の全長より前後5〜10 mm大きなものが望ましい。ナイフ70を下にした状態で持ち、弾性を十分に感じられるまで組織表面にガイド部71の底部を押しつける。押しつけたまま、自然に停止するまでナイフ70先方向へガイド部71をずらして刺入する。逆の手順でナイフ70を抜き取ることにより、組織に水平な移植創80を形成することができる。
【0030】
そして、この移植創80にそって、図3に例示したようなシリンジ40から移植細胞30を排出することによって、図7に例示したように、複数個の毛包60をそれぞれ貫通する形で移植細胞30が配置される。この移植細胞30は塊状となり、必要な細胞(バジル61から供給される表皮細胞)を使って毛成長機能を有する新たな毛包を形成する。なお、毛包60と毛包60との間に位置する移植細胞31は、死滅するか、線維芽細胞へと分化する。
【0031】
本願の第2発明の器具は、細胞排出装置の前端に刺入ナイフと、刺入ナイフの刺入角度および深度を調節するガイド部と、刺入ナイフの近傍後方に細胞排出針を有している。すなわち、この装置は、図3に例示したようなシリンジと、図5に例示したような刺入ナイフが一体化した器具である。例えば、図5に例示した刺入ナイフ70の下方に、図3に例示したシリンジ40を結合させたものである。
【0032】
あるいは、図8に例示したように、細胞排出針50の先端に、刺入ナイフ70を一体成形したものであってもよい。もちろん、ナイフ70の形状や取付け位置、あるいはガイド部71とナイフ70との結合関係は、この図8の例に限定されるものではなく、適宜な態様を採用することができる。
【0033】
以下、実施例を示して、本出願についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、本出願は以下の内容に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例1:毛乳頭細胞移植
1. 材料と方法
(1) カートリッジ
極細ポリイミドチューブ(D-0721、Grade2、株式会社モリテックス)を長さ1.5 mmに切断しカートリッジとした(図1)。カートリッジはエタノール消毒後、30分以上の紫外線照射し使用した。
(2) 毛乳頭細胞
GFP遺伝子組み換えラット頬髭を含むよう組織を採取し、毛球部を分離した。採取皮膚は、イソジン・アルコールで十分に消毒し、冷PBS(-)と10%牛胎児血清(GIBCO社)含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10)で洗浄した。実体顕微鏡を用いて、無菌環境下にて毛球部より毛乳頭を分離した。分離した毛乳頭は、分離後直ちにプラスチック培養皿 (Primaria 35 mm, FALCON)上に組織培養し、5 ng/ml塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF2)を含むDMEM10中で、湿度100%、37℃、5%CO2雰囲気下で培養を行った。組織培養2週間後に継代を行い、その後7日間に一度の割合で1:10に希釈する継代培養を行った。継代数3の培養毛乳頭細胞を0.05%トリプシン含有10 mM EDTA溶液で剥離し、DMEM10でトリプシン中和した。この培養毛乳頭細胞を蛍光色素DiIで標識した。DMEM10で3回洗浄し、細胞数の算定後、使用時まで4℃で保存した。
(3) カートリッジへの移植細胞の充填
1×105cells/10μlの培養毛乳頭細胞の溶液を1,000 gで遠心し、カートリッジに混合状態で充填した。
(4) 移植
ヌードラット背部を移植部位とした。ヌードラットをイソフルランにて麻酔を施し、移植予定部位を剃毛し、イソジン・アルコールにて消毒した。予め刺青を施した部位近傍の移植予定部位に、刺入ナイフで移植創を形成した。ここにシリンジの細胞排出針を挿入し、カートリッジから細胞培養液のみを移植した。移植創はアルミガーゼとサージカルテープでカバーし、7日間、被覆剤が剥がれないようにメンテナンスを行った。
2. 結果
(1) カートリッジへの移植細胞の充填
1×105cells/10μlの培養毛乳頭細胞が遠心法により混合状態でカートリッジに充填された。液漏れは無く、歩留まりは100%であった。
(2) 移植創の形成
刺入ナイフを用いて、深度290±80 μm、長さ3400±400 μmの移植創を形成した。
(3) 細胞移植
カートリッジに充填されず培養皿に残った細胞およびシリンジのピストンで押し出すことができずに移植装置に残った細胞の総数は、約5×103 個であり、充填した細胞数の約5%であった。それ以外の95%の細胞は細胞排出針により移植創へ移植された。
(4) 細胞移植により形成した毛包および毛成長
移植後7日目に、被覆剤を除去した。既に、移植部位は上皮化が認められた。その後7日おきに経過観察を行い、移植後6週間で移植部において毛包形成と毛成長が認められた(図9:a、b、c)。移植部位には炎症反応、角化亢進および鈎縮など、皮膚科学的な異常は認められなかった。
実施例2:真皮毛根鞘細胞移植
1. 材料と方法
(1) カートリッジ
実施例1の1(1)と同様のカートリッジを使用。
(2) 真皮毛根鞘細胞
GFP遺伝子組み換えラット頬髭を含むよう組織を採取し、毛球部を分離した。採取皮膚は、イソジン・アルコールで十分に消毒し、冷PBS(-)と10%牛胎児血清(GIBCO社)含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM10)で洗浄した。実体顕微鏡を用いて、無菌環境下にて毛球部より真皮毛根鞘を分離した。分離した真皮毛根鞘は、分離後直ちにプラスチック培養皿 (Primaria 35 mm, FALCON)上に組織培養し、5 ng/ml塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF2)を含むDMEM10中で、湿度100%、37℃、5%CO2雰囲気下で培養を行った。組織培養2週間後に継代を行い、その後7日目に1:10に希釈する継代培養を行った。継代数1の培養真皮毛根鞘細胞を0.05%トリプシン含有10 mM EDTA溶液で剥離し、DMEM10でトリプシン中和した。この培養真皮毛根鞘細胞はDMEM10で3回洗浄し、細胞数の算定後、使用時まで4℃で保存した。
(3) カートリッジへの移植細胞の充填
1×105cells/10μlの培養真皮毛根鞘細胞の溶液を1,000 gで遠心し、カートリッジに混合状態で充填した。
(4) 移植
実施例1の1(4)と同様に細胞移植を行った。
2. 結果
(1) カートリッジへの移植細胞の充填
1×105cells/10μlの培養真皮毛根鞘細胞が遠心法により混合状態でカートリッジに充填された。液漏れは無く、歩留まりは100%であった。
(2) 移植創の形成
実施例1の2(2)と同様の移植創を形成した。
(3) 細胞移植
実施例1の2(3)と同様の細胞移植が実施された。
(4) 細胞移植により形成した毛包および毛成長
実施例1の毛乳頭細胞移植の結果(実施例1の2(4))と同様の毛包および毛成長が確認された(図10:d、e)。
実施例3:毛乳頭細胞および真皮毛根鞘細胞の混合物移植
1. 材料と方法
(1) カートリッジ
実施例1の1(1)と同様のカードリッジを使用。
(2) 毛乳頭細胞
実施例1の1(2)と同様に毛乳頭細胞を調製した。
(3) 真皮毛根鞘細胞
実施例2の1(2)と同様に真皮毛根鞘細胞を調製した。
(4) カートリッジへの移植細胞の充填
5×104cells/10μlずつの培養毛乳頭細胞と培養真皮毛根鞘細胞の溶液を1,000gで遠心し、カートリッジに混合状態で充填した。
(5) 移植
実施例1の1(4)と同様に細胞移植を行った。
2. 結果
(1) カートリッジへの移植細胞の充填
合計1×105cellsの培養毛乳頭細胞と培養真皮毛根鞘細胞が遠心法により混合状態でカートリッジに充填された。液漏れは無く、歩留まりは100%であった。
(2) 移植創の形成
実施例1の2(2)と同様の移植創を形成した。
(3) 細胞移植
実施例1の2(3)と同様の細胞移植が実施された。
(4) 細胞移植により形成した毛包および毛成長
実施例1の毛乳頭細胞移植の結果(実施例1の2(4))と同様の毛包および毛成長が確認された(図11:f、g、h)。移植により形成された毛球部最大直径(図12)は、毛乳頭細胞のみの移植(実施例1)、真皮毛根鞘細胞のみの移植(実施例2)よりも、この実施例3(毛乳頭細胞と真皮毛根鞘細胞の混合物)を移植した方が有意に大きな毛球部を形成した(表1)。
【0035】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0036】
以上詳しく説明したとおり、本願発明によって、毛成長の消失または減弱した毛包に活発な毛成長機能を付与して、毛成長を回復させるための新しい手段が提供される。これによって、脱毛や薄毛等の簡便かつ低侵襲的な施術が可能となる。
【符号の説明】
【0037】
10 カートリッジ
20 培養皿
29 細胞懸濁液
30 移植細胞
40 シリンジ
50 細胞排出針
60 毛包
61 バルジ
62 毛球部
63 切断箇所
70 刺入ナイフ
71 ガイド部
80 移植創
90 毛球部最大直径測定箇所

【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛成長の減弱または消失した毛包の毛成長を回復させる方法であって、正常な毛成長機能を有する毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの混合物を、毛包のバルジ毛球部間に移植することを特徴とする方法。
【請求項2】
毛乳頭細胞と真皮毛根鞘細胞の混合物における混合比率が1〜99対99〜1である請求項1の方法。
【請求項3】
移植細胞の濃度が2×104 〜 8×105 細胞/μlである請求項1または2の方法。
【請求項4】
移植細胞の容量が0.5〜2 μlである請求項3の方法。
【請求項5】
毛乳頭細胞、真皮毛根鞘細胞またはこれらの混合物を毛包のバルジ毛球部間に移植するための器具であって、細胞排出装置の前端に刺入ナイフと、刺入ナイフの刺入角度、距離および深度を調節するガイド部と、刺入ナイフの近傍後方に細胞排出針を有することを特徴とする細胞移植器具。
【請求項6】
細胞排出針に着脱自在のカートリッジに移植細胞が充填されている請求項6の器具。
【請求項7】
刺入ナイフが、細胞排出針の先端に一体化している請求項5の器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−241756(P2010−241756A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−94127(P2009−94127)
【出願日】平成21年4月8日(2009.4.8)
【出願人】(503449018)株式会社フェニックスバイオ (7)
【Fターム(参考)】