説明

水から酸素と水素を発生させる酸化還元触媒回路素子及びその製造方法

【課題】
内燃機関や燃料電池等から出る排熱程度の温度、すなわち700℃以下の温度で水から水素を製造することにより、動力源の効率向上に寄与し、ひいては二酸化炭素削減に寄与する。
【解決手段】
水を酸化し酸素と水素イオンと電子を発生させる触媒と、水素イオンを還元して水素を発生させる触媒とをナノスケールで近接させ、水を原料とし排熱エネルギーを利用して酸化還元が連続して起こる回路を作製する。そしてそれを素子化することにより、極めて小型で効率の高い水素製造装置が提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水から酸素及び水素を発生させる酸化還元触媒回路素子及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水から簡便に水素を得る方法を確立することができれば、水素利用を機軸とした二酸化炭素削減への貢献は計り知れない。しかし水蒸気を直接熱分解して水素及び酸素を得るには数千度の熱が必要といわれており、水の直接熱分解法による水素製造は全く実用的でない。
【0003】
そこで、1000℃以下の温度で水を分解し水素と酸素を製造する方法として熱化学法とよばれるプロセスが研究されている。
【0004】
これまで様々な熱化学法が検討されてきたが、代表的なものはUT-3サイクルと呼ばれるものとISプロセスと呼ばれるものとである(非特許文献1)。UT-3サイクルは200℃から750℃の動作温度であり、ISプロセスは室温から900℃の温度が想定されている。
【0005】
UT-3サイクルは、臭化カルシウム(CaBr)と水(HO)および臭化鉄(FeBr)と水との反応で水素(H)を発生させるとともに、このとき同時に発生するHBrと酸化鉄(FeO)から臭素(Br)を得て、このBrを酸化カルシウム(CaO)と反応させて酸素(O)を発生させるという方法である。CaBrとCaOはこの反応過程で互いに入れ替わる閉サイクルをなしており、またFeBrとFeOもまた同様である。すなわち、カルシウムと鉄が、触媒的に臭化物化し、また酸化物化することを繰り返すことで水素と酸素が発生する機構である。
【0006】
UT-3サイクルはこのように極めて合理的な構成であるが、ガス状で高温のHBrとBrを取り扱うこととなるために、システムの構造材料において腐食対策に大きな困難をともなう。
【0007】
その上、カルシウムが触媒として働き酸素が発生するユニットと、鉄が触媒として働き水素が発生するユニットとはそれぞれ別の構成となり、大型化は免れない。
【0008】
ISプロセスは、先ず比較的低温でヨウ素(I)と二酸化硫黄(SO)と水(HO)からヨウ化水素(HI)と硫酸(HSO)を作り、次にHIとHSOを熱分解して水素(H)と酸素(O)を取り出し、同時にIとSOを回収するという方法である。すなわち、ヨウ素と二酸化硫黄とが触媒的に働くことで水素と酸素が得られる。
【0009】
ISプロセスは、最初に発生するHIとHSOが水溶液状態であり、分離が非常に難しい。この分離は蒸留という操作が必要とされるため、ISプロセスの装置は必然的に大型で複雑なものとなる。蒸留に関しては、高濃度の硫酸と二酸化硫黄を得ることで簡便化を測ろうとする公開特許公報(特開2005−41746)があるが、装置が大型で複雑なものとなるという根本的問題を解決するものではない。
【0010】
そしてUT-3サイクル同様、ISプロセスも構造材料の耐食対策が必須であるが、これらの酸性物質にたいして長期に堪えうる材料は多くは無い。
【0011】
UT-3サイクルとISプロセスは、熱源として、溶鉱炉廃熱、原子炉の核熱、高温ガス炉発生熱などを想定しており、大掛かりなプラントを前提としたものとなっている。つまり自動車や家庭用ガスコジェネレーションシステムに組み込むことに関しては全く考慮の外である。
【0012】
実際、UT-3サイクルとISプロセスのプラントプロセスフローは相当複雑であり、小型化はおぼつかない。熱源も大型でなければならず、小型内燃機関から出てくる廃熱と排出二酸化炭素および排出水蒸気を対象とした技術ではない。
【0013】
【非特許文献1】太田時男監修『水素エネルギー最先端技術』(株式会社NTS,1995年)の第2章、第2節(96ページから112ページ)
【特許文献1】特開2005−41764
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
前述したように水を水素と酸素に直接分解をするためには、数千度の熱が必要であり、地球温暖化の原因物質である二酸化炭素の放出を伴い、設備が大型化するという問題点がある。また、1000℃以下で、水素と酸素を製造する方法として種々の熱化学法が開発されているが、いずれも装置が大型で複雑であるという問題点を有しており、反応に腐食性の強い作動物質が必要なため装置の耐食性が問題となる。そこで、1000℃以下の温度で触媒を用いることにより水を直接水素と酸素に分解することができれば、これらの問題点を解決することができる。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意努力した。その結果、水酸化する触媒とヒドロニウムイオンを還元する触媒を同一の平面状態に構成・構築することにより容易に酸素と水素を発生させる酸化還元回路が成立することを見出した。
【0016】
すなわち、本発明の酸化還元触媒回路素子は、(1)基板上に水分子中の酸素原子への親和性を有する金属化合物Xと水分子中の水素原子及びヒドロニウムイオンへの親和性を有する金属化合物Yとを近接して配したことを特徴とする酸化還元触媒回路素子である。
(1)に記載の酸化還元触媒回路は、水(水蒸気)が酸化されて酸素と水素イオンと電子に分解されるという特質と、かつ水(水蒸気)は水素イオンの存在でヒドロニウムイオンとなり、良好に還元されて水素を発生させるという特質を利用したものであり、上記の課題を解決するために、水を酸化する触媒と水素イオン(ヒドロニウムイオン)を還元する触媒が同一平面状に構成され、水酸化触媒と水素イオン還元触媒とが相補的な回路を形成していることを特徴としている。
【0017】
本発明の酸化還元触媒回路素子は、(2)前記金属化合物Xの表面に水分子中の酸素を吸着するに適した窪みを金属化合物Yの表面に水分子中の水素原子及びヒドロニウムイオンを吸着するに適した窪みを有することを特徴とする(1)に記載の酸化還元触媒回路素子である。
【0018】
固体触媒に水(水蒸気)が接触すると必ず電気二重層が形成される。水の電気二重層は水分子が氷構造をなしたものであり、その厚みは1nm程度である。電気二重層では電子が自由に移動できるので、化学反応はこの電気二重層で進む。したがって触媒表面に水の氷構造を特異的に吸着するサイト形成させれば、反応はきわめて良好に進行する。
【0019】
本発明の酸化還元触媒回路素子は、(3)前記金属化合物Xおよび前記金属化合物Yの大きさが前記金属化合物一分子以上10nm以下であり、前記金属化合物Xと前記金属化合物Yの隣接する距離が100nm以下であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の酸化還元触媒回路素子である。
【0020】
金属化合物Xと金属化合物Yの間は完全に密着しているのが最も好ましいが、完全に密着していなくてもよく、金属化合物Xと金属化合物Yとの距離は100nm以下で配置されていれば十分であり、望ましくは50nm以下の間隔で配置され、さらに望ましくは10nm以下の間隔で金属化合物Xと金属化合物Yとが配置される。
双方の金属化合物が近接していれば水を酸化還元の反応は生じるが、前記金属化合物Xおよび前記金属化合物Yの大きさが大きすぎると反応の効率が悪くなるため、10nm以下であることが好ましい。
【0021】
本発明の酸化還元触媒回路素子は、(4)前記金属化合物Xの標準酸化還元電位E/Vが、3>E/V>1.229の範囲にあり、前記金属化合物Yの標準酸化還元電位E/Vが、−3.1<E/V<0.000の範囲であることを特徴とする(1)から(3)記載のいずれかの酸化還元触媒回路素子である。
標準酸化還元電位は電子が自発的に移動する方向を表す。標準酸化還元電位の低い値の反応から標準酸化還元電位の高い値の反応に向かって電子は移動する。
上記の構成によれば、自発的に水(水蒸気)を酸化することができ、自発的に水素イオンを還元することができる。
【0022】
さらに、本発明の酸化還元触媒回路素子の製造方法は、金属化合物Xの両親媒性化合物と金属化合物Yの両親媒性化合物をできるだけ均一に混合して水表面に均一分散させてLB膜を形成させた後、前記LB膜を基板上に移し取り、その後LB膜を基板とともにゆっくり凍結させ、続いて真空中で水を除去して凍結乾燥した後、焼成して基板上に金属化合物Xと金属化合物Yとを近接して配置した酸化還元触媒回路素子の製造方法である。
【0023】
金属化合物Xは水和物、酸化物や窒化物、有機錯体等が考えられ、これらの内の1種類もしくは2種類以上の混合でもよい。たとえば有機錯体の例は、上記金属イオンを含んだポルフィリン錯体、フタロシアニン錯体、ナフトシアニン錯体、ビピリジン錯体、インドナフトール錯体、キノリンジオン錯体、アゾ色素錯体、ジエン錯体、ジチエン錯体、オキシキノリン錯体が上げられる。
そして、上記の金属化合物Xの金属としては、Tl、Cr、Pb、Au、Mn、Ni、Ce、Coなどがあり、その標準酸化還元電位E/Vが、3>E/V>1.229の範囲で可動する状態であることが要求される。具体的にはCrはイオン状態で5価と4価間の電荷の動きが、標準酸化還元電位で1.34Vである。同様にMnは3価と2価の間で1.51V、Niは4価と2価の間で1.593V、Coは3価と2価の間で1.92Vである。すなわち金属Xは価数が変化するとき、その標準酸化還元電位が3>E/V>1.229の範囲にある状態ものは原理的に全て使用が可能である。
【0024】
金属化合物Yは水酸化物、酸化物や窒化物、有機錯体等が考えられ、これらの内の1種類が使われるか、もしくは2種類以上の混合でもよい。たとえば有機錯体の例は、上記金属イオンを含んだポルフィリン錯体、フタロシアニン錯体、ナフトシアニン錯体、ビピリジン錯体、インドナフトール錯体、キノリンジオン錯体、アゾ色素錯体、ジエン錯体、ジチエン錯体、オキシキノリン錯体が上げられる。
そして、上記の金属化合物Yの金属としては、W、Mo、Ni、V、Co、Nb、Ti、Cr、Sn、Smなどがあり、その標準酸化還元電位E/Vが、−3.1<E/V<0.000の範囲で可動する状態であることが要求される。具体的にはCrはイオン状態で3価と2価間の電荷の動きが、標準酸化還元電位で-0.424Vである。同様にNiは2価と0価の間で-0.228V、Coは2価と0価の間で-0.287Vである。すなわち金属Yは価数が変化するとき、その標準酸化還元電位が−3.1<E/V<0.000の範囲にある状態ものは原理的に全て使用が可能である。
【0025】
また、金属化合物Xおよび金属化合物Yを配置させる基板としては、ガラス板、シリコン板、石英板、HOPGその他の無機性の薄い板状のもので分子・原子レベルで表面の平滑性が維持されているものであればよい。
【0026】
このように、本発明の酸化還元触媒回路は素子として形成されるので、水素発生装置も必然的に簡便な構造で小型のものになる。
【発明の効果】
【0027】
水素社会の到来が、本当の意味で地球温暖化を押し留めるのに有効であるためには、水素の製造が、廃熱や太陽光で有効に行われる必要がある。しかも水素は必要なときに必要なだけ生産されることが望ましく、水素製造は分散型であることが水素社会の有効性を確かなものとする。
【0028】
水素製造のために化石燃料を直接用いる場合は、水素社会というものが地球温暖化阻止に貢献できるかどうかは微妙となる。
【0029】
本発明のように、水(水蒸気)の酸化還元を同一平面上で行わせて水素と酸素を発生させるメカニズムは、必然的に小型となり、分散型の水素製造に適する。本発明における水素酸素発生の基本は、水(水蒸気)という一種類の物質を、一方で酸化して電子を獲得し、もう一方で還元して水素を発生させることから、この酸化と還元とを組み合わせれば、酸化還元触媒の回路素子になるということである。このため、水素製造の原料に化石燃料を使用することなく、水を原料として700℃以下の低温の条件で本発明の酸化還元触媒回路素子を触媒として水から水素と酸素を得る反応を行わせることができる。
【0030】
水(水蒸気)は酸化もされれば還元もされるという特異な性質を持ち、この特性を最大限に利用したのが本発明である。反応に必要なエネルギーは廃熱もしくは光エネルギーでよく、電気エネルギーまたは高温エネルギーを必要とせず水から水素を発生させることは、水素社会が二酸化炭素削減に貢献する確かな基礎を与えることになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
【0032】
まず水を酸化分解して、酸素と水素イオンおよび電子を取り出す触媒=金属化合物Xの一般的作製法を説明する。
標準酸化還元電位が1.229Vから3Vの範囲にある金属Xの水酸化物あるいは酸化物もしくは窒化物に対して、長鎖アルキルを持つシランカップリング剤を作用させ、X水酸化物あるいは酸化物もしくは窒化物に対して、長鎖アルキルを持つシランカップリング剤を作用させ、X酸化物もしくはX窒化物を両親媒性化合物とする。このときの反応溶媒としては水が一般的だがアルコール等の有機溶剤も使用可能であり、また混合溶媒でもよい。
ここで使われる長鎖アルキルは炭素数が10から22の中から選ばれるが望ましくは炭素数が12から20であり、さらに望ましくは炭素数が14から18がよい。これらの選択は、溶媒への溶解度と反応性の兼ね合いで適宜選ばれる。
【0033】
標準酸化還元電位が1.229Vから3Vの範囲にある金属Xを用いて有機錯体となし、酸素と水素イオンおよび電子を取り出す触媒を作製する一般的方法は以下となる。
まずポルフィリン骨格、フタロシアニン骨格、ナフトシアニン骨格、ビピリジン骨格、インドナフトール骨格、キノリンジオン骨格、アゾ色素骨格、ジエン骨格、ジチエン骨格、オキシキノリン骨格などのπ電子系を有する有機化合物に対して、酸クロ反応やエポキシ反応、エステル化反応、イソシアナート反応など有機合成反応を利用して長鎖アルキルを結合させる。このときの反応溶媒は有機溶剤が用いられることが多いが、水を反応溶媒とすることは必ずしも排除されない。ここで使われる長鎖アルキルは炭素数が10から22の中から選ばれるが望ましくは炭素数が12から20であり、さらに望ましくは炭素数が14から18がよい。これらの選択は、溶媒への溶解度と反応性の兼ね合いで適宜選ばれる。
次に金属Xを含むアセチルアセトナート錯体と長鎖アルキルが化学結合されたπ電子系有機化合物とを有機溶剤中で反応させ有機金属錯体が得られる。
【0034】
上記のように長鎖アルキルが化学結合された金属Xの水酸化物あるいは酸化物もしくは窒化物または有機錯体は、酸素と水素イオンおよび電子を取り出す触媒の前駆体となる。
【0035】
水素イオンを還元して、水素を発生させる触媒=金属化合物Yの一般的作製法を説明する。
標準酸化還元電位が−3.1Vから0.000Vの範囲にある金属Yの水酸化物あるいは酸化物もしくは窒化物に対して、長鎖アルキルを持つシランカップリング剤を作用させ、Y水酸化物あるいはY酸化物もしくはY窒化物を両親媒性化合物とする。次に水素イオンを還元して、水素を発生させる触媒=金属化合物Yの一般的作製法を説明する。
標準酸化還元電位が−3.1Vから0.000Vの範囲にある金属Yの酸化物もしくは窒化物に対して、長鎖アルキルを持つシランカップリング剤を作用させ、X酸化物もしくはX窒化物を両親媒性化合物とする。このときの反応溶媒としては水が一般的だがアルコール等の有機溶剤も使用可能であり、また混合溶媒でもよい。
ここで使われる長鎖アルキルは炭素数が10から22の中から選ばれるが望ましくは炭素数が12から20であり、さらに望ましくは炭素数が14から18がよい。これらの選択は、溶媒への溶解度と反応性の兼ね合いで適宜選ばれる。
【0036】
標準酸化還元電位が−3.1Vから0.000Vの範囲にある金属Yを用いて有機錯体となし、水素を発生させる触媒を作製する一般的方法は以下となる。
まずポルフィリン骨格、フタロシアニン骨格、ナフトシアニン骨格、ビピリジン骨格、インドナフトール骨格、キノリンジオン骨格、アゾ色素骨格、ジエン骨格、ジチエン骨格、オキシキノリン骨格などのπ電子系を有する有機化合物に対して、酸クロ反応やエポキシ反応、エステル化反応、イソシアナート反応など有機合成反応を利用して長鎖アルキルを結合させる。このときの反応溶媒は有機溶剤が用いられることが多いが、水を反応溶媒とすることは必ずしも排除されない。ここで使われる長鎖アルキルは炭素数が10から22の中から選ばれるが望ましくは炭素数が12から20であり、さらに望ましくは炭素数が14から18がよい。これらの選択は、溶媒への溶解度と反応性の兼ね合いで適宜選ばれる。
次に金属Xを含むアセチルアセトナート錯体と長鎖アルキルが化学結合されたπ電子系有機化合物とを有機溶剤中で反応させ有機金属錯体が得られる。
【0037】
上記のように長鎖アルキルが化学結合された金属Yの水酸化物あるいは酸化物もしくは窒化物または有機錯体は、水素イオンを還元して、水素を発生させる触媒の前駆体となる。
【0038】
上記の合成過程で得られた長鎖アルキル金属化合物Xと長鎖アルキル金属化合物YをLB膜作製装置の水槽に均一分散展開させて膜圧が0.0mN/mから150mN/mの範囲で最適値を設定し、表面が平滑な基板において、長鎖アルキル金属化合物Xと長鎖アルキル金属化合物Yをナノスケールで近接する形でLB膜として構成させる。
【0039】
次の過程として、上記LB膜が湿潤状態のままで、液体窒素中にLB膜を作製したのと近似の形態でゆっくり漬け込む。このときの挿入速度は0.01mm/分から100mm/分の間で最適値が選ばれる。この後LB膜は凍結乾燥され、真空状態で水分子は除去される。
LB膜を湿潤状態で液体窒素にゆっくり挿入する理由は、LB膜表面の長鎖アルキル中に含まれる水分子を氷構造に固定し、かつその氷構造を金属化合物Xと金属化合物Yの表面に鋳型取り(インプリント)するのが目的である。
【0040】
最後の過程として、表面に水の構造が鋳型取りされた上記LB膜は、水の鋳型構造が崩されないように、極めて注意深い昇温条件で焼成され、長鎖アルキルが取り除かれる。
【0041】
焼成することにより、石英板の表面に金属化合物Xと金属化合物Yを固定化することができ、酸化還元触媒回路素子が完成する。
【実施例】
【0042】
(金属化合物X前駆体の合成)
硝酸マンガン6水和物の0.01モルとステアリン酸0.035モルをDMSO溶媒中に溶解し、さらにピリジン0.1モルを添加してから120℃で72時間の反応をおこなった。精製はHPLCを使い、ステアリルマンガン(III)水和物を得た。
【0043】
(金属化合物Y前駆体の合成)
ステアリン酸クロライド0.025モルとジチオオキザミン0.01モルをDMSO溶媒中に溶かし、80℃で3時間の反応を行った。精製はHPLCを用い、ステアリルジチエンを得た。このステアリルジチエン0.008モルと硝酸ニッケル6水和物0.004モルをDMSO中で混合し150℃まで加熱して1時間保持した後に100℃まで自然に放置冷却し100℃を1時間保持したあとで再び150℃まで加温した。この150℃と100℃の繰り返しを5回続けた後に室温まで冷却して反応終了とした。精製はHPLCでおこない、ステアリルジチエンニッケル(II)を得た。
【0044】
(LB膜化と凍結乾燥)
金属化合物X前駆体としてステアリルマンガン(III)水和物0.001モル、金属酸化物Y前駆体としてステアリルジエンニッケル(II)0.0005モルをLB膜製造装置の水槽に均一分散させ、表面圧力が25mN/mの条件で石英板上に膜を形成させた。
【0045】
LB膜が形成されたこの石英板を液体窒素でゆっくり凍結し、金属化合物上に、水に特異吸着するサイトを形成させた。その後凍結乾燥器に入れて15時間で水を除去した。
【0046】
金属化合物Xの前駆体としてのステアリルマンガン(III)水和物は構造物全体として陽イオン性であり、水の酸素側が吸着していると期待され、金属化合物Yの前駆体としてのステアリルジエンニッケル(II)は構造体全体として陰イオン性であり、水の水素側が吸着していると期待される。
【0047】
LB膜を形成しているステアリルマンガン(III)とステアリルジエンニッケル(II)にはそれぞれ水の酸素原子側と水素原子側とが吸着しているため、このLB膜を極めてゆっくり凍結すれば、ステアリルマンガン(III)上には水の酸素原子が吸着する形で水の氷構造が形成され、その氷構造を取り囲むようにステアリルマンガン(III)が構造を形作る。またステアリルジエンニッケル(II)は水の水素原子を吸着しながら水の氷構造を鋳型とした構造を形作る。
【0048】
このLB膜は、凍結乾燥されることで水の氷構造が表面に鋳型として固定され、LB膜上に水の吸着サイトが形成される。
【0049】
(焼成)
凍結乾燥が終了した石英板上のLB膜からステアリル基を除去するために、室温から200℃まで1℃/分で昇温し、200℃から385℃までは0.5℃/分で温度上昇を制御した。385℃を一時間保持した後、0.5℃/分に制御して60℃まで温度を下げ、最後に室温まで自然に冷却した。このようにできるだけ温和に温度を上げる理由は、LB膜表面にできた水の吸着サイト構造を破壊せずにステアリル基を取り除くためである。
【0050】
このように焼成することにより、石英板の表面に水(水蒸気)の酸化触媒として金属化合物Xであるマンガン(III)水和物を、水素イオンの還元触媒として金属化合物Yであるジエンニッケルを固定化することができた。
【0051】
(水素の製造)
前記のように作製した酸化還元触媒回路素子による水素の製造は図1に示すような装置により行った。図中1は質量流量制御装置、2は水バブラー、3は反応装置、4は質量分析計である。3の反応装置は、酸化還元触媒回路素子9である金属化合物Xとしてマンガン(III)水和物および金属化合物Yとしてジエンニッケル(II)が固定化された石英板を専用のガラスU字管8に入れ、そのガラスU字管を恒温槽にいれて、一定温度に保持できるようにしたものである。
水素の製造は、反応装置を150℃に保持し、100℃で飽和水蒸気を含んだ窒素ガス7を5mL/分で送り込んだ。
U字管に送る原料ガスは、質量流量制御装置1で5ml/分に流量制御された窒素ガスを水を入れたバブラーを通すことにより飽和水蒸気ガスとしたものを用いた。
そして、U字管出口のガスを連続的に一部採取し、その水素濃度を質量分析法で測定したところ、約2%の水素が存在した。その際、水素発生測定は、日本ベル株式会社製触媒分析装置BELCAT−Bを用いて測定した。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の酸化還元触媒回路素子をもちれば、水を原料として使用することができる極めて小型で効率の高い水素製造装置が提供できる。この水素製造装置は、水または水蒸気が供給でき、700℃以下の温度が利用できる環境があれば、どこでも使用可能である。
【0053】
例えば、家庭用コジェネレーションシステムに使われているガスエンジンや自動車用エンジン、発電機用エンジンなど小型内燃機関の廃熱を利用して、エンジンの排ガス中に含まれる水蒸気の一部を水素に変換することが可能となる。
この水素を利用して燃料電池の発電を行うか、排ガス中の二酸化炭素を還元するかして、人類が使用するエネルギー増加にともなうCOの増加に歯止めをかけることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の一実施の形態に係る酸化還元触媒回路について水素発生量を測定するための装置の系統図
【符号の説明】
【0055】
1 質量流量制御装置
2 水バブラー
3 反応装置
4 質量分析計
5 キャリアーガス導入口
6 バブラーの温度制御装置
7 水蒸気飽和ガス
8 ガラスU字管
9 酸化還元触媒回路
10 反応ガス
11 反応ガス排出口


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に水分子中の酸素原子への親和性を有する金属化合物Xと水分子中の水素原子及びヒドロニウムイオンへの親和性を有する金属化合物Yとを近接して配したことを特徴とする酸化還元触媒回路素子
【請求項2】
前記金属化合物Xの表面に水分子中の酸素を吸着するに適した窪みを金属化合物Yの表面に水分子中の水素原子及びヒドロニウムイオンを吸着するに適した窪みを有することを特徴とする請求項1に記載の酸化還元触媒回路素子
【請求項3】
前記金属化合物Xおよび前記金属化合物Yの大きさが前記金属化合物一分子以上10nm以下であり、前記金属化合物Xと前記金属化合物Yの隣接する距離が100nm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の酸化還元触媒回路素子
【請求項4】
前記金属化合物Xの標準酸化還元電位E/Vが、3>E/V>1.229の範囲にあり、前記金属化合物Yの標準酸化還元電位E/Vが、−3.1<E/V<0.000の範囲であることを特徴とする請求項1から請求項3記載のいずれかの酸化還元触媒回路素子。
【請求項5】
金属化合物Xの両親媒性化合物と金属化合物Yの両親媒性化合物を水表面に均一分散させてLB膜を形成させた後、前記LB膜を基板上に移し取り、その後LB膜を基板とともにゆっくり凍結させ、続いて真空中で水を除去して凍結乾燥した後、焼成して基板上に金属化合物Xと金属化合物Yとを近接して配置した酸化還元触媒回路素子の製造方法


【図1】
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【公開番号】特開2010−470(P2010−470A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162786(P2008−162786)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(591167430)株式会社KRI (211)
【Fターム(参考)】