説明

水中油型乳化油脂組成物

【課題】少量の乳成分でも十分な乳味、コク味を呈する、水中油型乳化油脂組成物を提供する。
【解決手段】無脂カカオ固形分を実質的に含ませず、ココアバターを加熱殺菌工程より前に添加することで、乳味やコク味等の呈味性を著しく向上させた水中油型乳化油脂組成物を得ることができる。ココアバターの添加量は1重量%以下であることが好ましい。これら水中油型乳化油脂組成物は起泡性油脂組成物用とした際に、最も効果が顕著である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中油型乳化物及びその製造法に関し、更に詳しくは、豊かな乳味感,こくみ感を有するホイップドクリームを得るための水中油型乳化油脂組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
牛乳を遠心分離して得られる生クリームは、乳味,コク味といった呈味性の点で優れているが、起泡性油脂組成物として見ると、組成や物性等の品質上の振れが大きく、そのために不安定で作業性が悪く、コストも低廉ではなかった。その欠点を克服する為、植物性油脂を使用して物性の安定した起泡性油脂組成物を製造するようになったが、乳脂肪に由来する乳味,コク味が少なくなるため、風味が弱くなる傾向があった。
【0003】
近年、この課題を解決するために、いくつかの方法が提案されている。特許文献1には、卵黄を配合することにより天然生クリームに近似した風味物性を有する起泡性乳化物の製造法が開示されている。しかし、コク味感は向上するものの、その風味は菓子様であり、天然の生クリームの風味である乳らしさとは性質を異にするものである。さらにコク味を向上させるためには比較的多量の卵黄を添加する必要があるため、コストの点でも問題がある。
【0004】
特許文献2には、水中油型乳化油脂組成物中に脂質と蛋白質との結合体である脂質蛋白質複合体を、特許文献3には、有機酸モノグリセリドと乳蛋白質との複合体を、それぞれ配合することにより、乳味感,コク味感を向上させるという試みがなされている。しかしながら、脂質蛋白質複合体並びに有機酸モノグリセリドと乳蛋白質との複合体を配合した場合においても、風味を十分に満足させることはできない上に製造面での手間やコスト等の点でも問題がある。
【0005】
チョコレート成分を配合した、起泡性を有する水中油型乳化油脂組成物(いわゆる「ガナッシュ」)は、良く知られた製菓素材である(特許文献4)。これはチョコレート風味を付与することが目的であるため、チョコレート風味の主体である無脂カカオ固形分を、積極的に排する検討は行われていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭58‐179454
【特許文献2】特開平5‐236896
【特許文献3】特開平8‐000170
【特許文献4】特開平11‐196802
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような状況を鑑み、少量の乳成分でも十分な乳味,コク味を呈する、特に起泡性油脂組成物用である、水中油型乳化油脂組成物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題に対して鋭意研究を重ね、様々な物質をスクリーニングする過程で、水中油型乳化油脂組成物に極少量のココアバターを添加することで風味が向上するという知見を得た。さらに、ココアバターを水中油型乳化油脂組成物の製造工程中、他の油脂原料とともに乳化、均質化し、加熱殺菌工程を経ることで更に乳味、コク味などの呈味性が著しく向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は(1)としてはココアバターを含有し無脂カカオ固形分を実質的に含まない水中油型乳化油脂組成物であり、(2)としてはココアバターを1重量%以下含有する(1)に記載の水中油型乳化油脂組成物であり、(3)としては起泡性油脂組成物用である(1)ないし(2)いずれかに記載の水中油型乳化油脂組成物であり、(4)としてはココアバターを加熱殺菌より前の工程において添加混合する(1)ないし(3)いずれかに記載の水中油型乳化油脂組成物の製造方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、少量の乳成分でも十分な乳味,コク味を呈する起泡性油脂組成物を、容易に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(ココアバター)
本発明のココアバターとは、カカオ豆より得られる油脂であり、カカオバターとも称される。ヒトの体温に近い融点を示すことが特徴であるが、その融点は本発明の効果に対しては相関が低く、ココアバターが有する独自の風味が重要となる。従って、カカオ以外から得た同様の融点を示す、いわゆるココアバター代用脂では、本発明の効果を得ることは難しい。ココアバターはチョコレート等の原料用として市場に流通しているものであれば、本発明に使用することができる。
【0012】
(無脂カカオ固形分)
本発明の無脂カカオ固形分とは、カカオ豆由来の固形分のうちココアバターを除いた部分を指す。従って、無脂カカオ固形分を実質的に含まないとは、カカオ豆やこの破砕物であるカカオマス,その脱脂物であるココアパウダー,これらを原料とする各種チョコレート,およびその加工品を実質的に含まないとの意味である。つまり、これらに共通する特徴であるチョコレート風味を付与せず、ココアバターのみ添加されることが本発明の特徴である。
【0013】
(水中油型乳化油脂組成物)
本発明の水中油型乳化油脂組成物は、特に起泡性を有する水中油型の乳化油脂組成物であることが好ましい。本発明の油相に用いられるココアバター以外の油脂としては、通常食用として用いられるもの、例えば、大豆油,ナタネ油,キャノーラ油,サフラワー油,ヒマワリ油,米糠油,コーン油,綿実油,落花生油,オリーブ油,パーム油,パーム核油,ヤシ油等の植物油脂、乳脂,魚油,牛脂,豚脂,鯨油等の動物油脂、更には微生物に由来する油脂が例示でき、或いはこれらの硬化,分別,エステル交換したもののいずれでもよく、これらのうち1種又は2種以上の油脂を調合して使用することもできる。水中油型乳化油脂組成物における乳脂肪分が3重量%以下の場合、本発明はより効果的である。また、本発明で得られる水中油型乳化油脂組成物の油相の割合は、好ましくは5〜60重量%、より好ましくは10〜50重量%である。
【0014】
本発明の水相には、水に加えて、生乳,脱脂乳,脱脂粉乳,全乳粉,脱脂粉乳粉,濃縮乳,練乳,バターミルク,バターミルクパウダー,ホエー,ホエーパウダー,カゼイン,カゼインナトリウム,ラクトアルブミン,生クリーム等の乳成分、ヘキサメタリン酸塩,リン酸塩等のキレート剤、ショ糖脂肪酸エステル,ポリグリセリン脂肪酸エステル,モノグリセリド,有機酸モノグリセリド,プロピレングリコール脂肪酸エステル,ソルビタン脂肪酸エステル,大豆レシチン,大豆リゾレシチン,卵黄レシチン,卵黄リゾレシチン等の乳化剤、各種の糖類,多糖類,塩類,着色料,香料等を用いることができる。
【0015】
(調製)
本発明の水中油型乳化油脂組成物は、従来公知の方法で製造することができる。例えば、食用油脂を主成分とする油相と、乳成分等を含む水相を予備乳化した後、以下の通常の工程(均質化、加熱殺菌、冷却、エージング等)を経て調製される。本発明の水中油型乳化油脂組成物の製造方法の一例を示せば、上記記載の油脂に親油性の乳化剤とココアバターを添加して調製した油相部と、一方で親水性の乳原料,乳化剤を添加して調製した水相部を混合攪拌して予備乳化を行う。次いで、この予備乳化物をバルブ式ホモジナイザー等の均質化装置を用いて均質化後、加熱殺菌処理し、必要に応じて再度均質化し、冷却して水中油型乳化油脂組成物を得る。尚、添加剤の添加順序、或いは油相を水相へ又は水相を油相へ加える等の乳化順序は、状況に応じて任意に行うことができる。
【0016】
(加熱殺菌処理)
本発明においての加熱殺菌ないし滅菌処理は、従来公知の方法で実施することができ、装置としてはAPVプレート式UHT処理装置(APV社製)、CP−UHT滅菌装置(クリマティ・パッケージ社製)、ストルク・チューブラー型滅菌装置(ストルク社製)、コンサーム掻き取り式UHT滅菌装置(テトラパック・アルファラバル社製)、VTIS滅菌装置(テトラパック・アルファラバル社製)、ラギアーUHT滅菌装置(ラギアー社製)、パラリゼーター(パッシュ・アンド・シルケボーグ社製)、C.P.Vac−Heat・UHT滅菌装置(クリマティ・パッケージ社製)、超高温滅菌装置(岩井機械工業株式会社製)等のUHT滅菌処理装置が例示でき、これらの何れを使用してもよい。加熱殺菌の条件としては、130〜150℃、2〜4秒が例示できる。
【0017】
ココアバターの添加量は1重量%以下が好ましく、0.02重量%以上が更に好ましく、0.1重量%以上が最も好ましい。1重量%を超えると雑味が出る場合があり、又、コストも上昇するので、好ましくない。また、0.02重量%を下回ると、本発明の効果が得られない場合がある。
従来ガナッシュには、ココアバターを含有した各種チョコレート類が配合されてきた。この場合、チョコレート風味の付与が目的である為に、純粋なココアバターではなく、無脂カカオ固形分を含んだチョコレート類として使用されている。また、その際のココアバターの添加量は1重量%を超える場合が殆どである。本発明は無脂カカオ固形分を実質的に含まずにチョコレート風味を有さない上に、ココアバターの配合量が好ましくは1重量%以下であることから、従来のガナッシュとは大きく異なるものである。
【0018】
ココアバターについては、予備乳化時の油相部に添加し他の原料と同時に均質化されること、すなわち添加時期が加熱殺菌(滅菌)処理より前の工程であることが好ましい。
【実施例】
【0019】
以下に本発明の実施例及び比較例を示す。
【0020】
(実施例1)
硬化大豆油(融点31℃)39.18重量%、ヤシ油(融点24℃)6.5重量%にレシチン0.32重量%、ココアバター(商品名:「ココアバター201」、不二製油株式会社製)0.05重量%を添加混合溶解し油相とする。これとは別に水49.95重量%に脱脂粉乳4.32重量%、ショ糖脂肪酸エステル(HLB 5)0.07重量%、メタリン酸ナトリウム0.05重量%、リン酸ナトリウム0.05重量%、重曹0.02重量%、グァガム0.01重量%を溶解し水相を調整する。上記油相と水相を68℃で30分間ホモミキサーにて攪拌し予備乳化し、20kg/cm2の均質化圧力で均質化した後、超高温滅菌装置(岩井機械工業(株)製)によって、145℃において4秒間の直接加熱方式による殺菌処理を行った後、45kg/cm2の均質化圧力で再均質化して、直ちに5℃に冷却した。冷却後約24時間エージングして、水中油型乳化油脂組成物を得た。この水中油型乳化油脂組成物1kgに80gのグラニュー糖を加えて、ホバートミキサーにてホイップし、ホイップクリームを得た。
【0021】
(実施例2)
実施例1において、ココアバターの添加量を0.25重量%にした以外は同様の方法で水中油型乳化油脂組成物を作製し、同様にホイップしてホイップクリームを得た。
【0022】
(実施例3)
実施例1において、ココアバターの添加量を0.5重量%にした以外は同様の方法で水中油型乳化油脂組成物を作製し、同様にホイップしてホイップクリームを得た。
【0023】
(実施例4)
実施例2と同一の配合で、ココアバターのみを別途取り置き、それ以外の原材料にて同様に、予備乳化、均質化、加熱殺菌、再均質化を行い、水中油型乳化油脂組成物を作製した。続いて、取り置いたココアバターを溶解して水中油型乳化油脂組成物に添加混合した後、同様にホイップしてホイップクリームを得た。
【0024】
(比較例1)
実施例1において、ココアバターを添加しなかった以外は同様の方法で水中油型乳化油脂組成物を作製し、同様にホイップしてホイップクリームを得た。
【0025】
これら実施例1〜4及び比較例1のホイップクリームの風味の官能評価を行った結果を表1に示す。ココアバターを添加した実施例は風味が向上しており、特に0.25重量%および0.5重量%、且つ加熱殺菌工程より前に添加した場合においてその効果が顕著であった。
(表1)

(評価基準)
◎:非常に豊かな乳らしい風味、コクがある。
○:豊かな乳らしい風味、コクがある。
×:乳らしい風味、コクがない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ココアバターを含有し、無脂カカオ固形分を実質的に含まない水中油型乳化油脂組成物。
【請求項2】
ココアバターを1重量%以下含有する、請求項1に記載の水中油型乳化油脂組成物。
【請求項3】
起泡性油脂組成物用である、請求項1ないし2いずれかに記載の水中油型乳化油脂組成物。
【請求項4】
ココアバターを加熱殺菌より前の工程において添加混合する、請求項1ないし3いずれかに記載の水中油型乳化油脂組成物の製造方法。