説明

水分解用光触媒及びそれを含む水分解用光電極

【課題】水分解による水素生成に対してより高い活性を有する光触媒、及びこのような光触媒を含む光電極を提供する。
【解決手段】Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する水分解用光触媒、及び当該水分解用光触媒を含む水分解用光電極が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水分解用光触媒、より詳しくは太陽光等のエネルギーにより水を分解して水素を生成させるための水分解用光触媒、及びそれを含む水分解用光電極に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、燃焼しても二酸化炭素が発生しないことからクリーンな燃料として注目されている。しかしながら、工業的な水素の生産は化石燃料に依存しており、その生産プロセスにおいて二酸化炭素が排出される。したがって、燃料として水素を用いても化石燃料の枯渇や二酸化炭素による地球温暖化の問題は解消されない。そこで、太陽光等の自然エネルギーにより水を分解して水素を生成させる光触媒が大きな注目を集めている。
【0003】
特許文献1では、酸化還元反応および水分解など、多様な化学反応の光触媒として、少なくとも1の金属/金属合金領域と、可視(400−700nm)から近赤外(NIR)領域(0.7−3μm)において吸収開始を有する少なくとも1の半導体領域とを有する少なくとも1のナノ粒子であって、前記少なくとも1の半導体領域が群III−VIであり、InSe、InTe、InS、GaSe、InGaSe、InSeSおよびさらにこれらの合金から選択されるナノ粒子が記載されている。
【0004】
特許文献2では、dn(0<n<10)型の電子配置をとる金属イオンと、酸化物イオン(O2-)と、H、Li、Na、K、Rb、Cs、Mg、Ca、Sr、希土類元素、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、C、Si、Ge、Sn、N、P、Sb、S、Se、Te、F、Cl、Br、及びIからなる群から選ばれる少なくとも1つの元素Bのイオン(但し、元素Bが金属元素である場合には、前記元素Bのイオンはdn(0<n<10)型以外の電子配置をとる。)とを含む化合物Aを用いることを特徴とする光触媒が記載されている。また、特許文献2では、このような光触媒を水素含有化合物と接触させるとともに、光を照射することで水素を生成させることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2010−519057号公報
【特許文献2】特開2010−046604号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1では、上記のとおり、多様な化学反応の光触媒として、種々の金属/金属合金及び半導体の組み合わせを包含するナノ粒子が記載されている。しかしながら、特許文献1では、これらのナノ粒子を水分解反応において使用した場合の水分解活性について何ら具体的には開示されていない。特許文献2においても同様に、光触媒である上記化合物Aを水分解反応において使用した場合の水分解活性については何ら具体的には開示されていない。
【0007】
一方で、光触媒を水分解反応において有効に作用させるためには、当該光触媒の伝導帯下端(CBM:Conduction Band Minimum)と価電子帯上端(VBM:Valence Band Maximum)が、水の還元電位と酸化電位を挟むような位置にあることが一般に望ましい。
【0008】
例えば、Cu(In,Ga)(Se,S)2等のCu系カルコパイライト材料は、一般にp型の伝導性を示す半導体材料であり、薄膜太陽電池などにおいて多結晶の状態で典型的に用いられ、VBMからCBMまでのエネルギー差に相当するバンドギャップをその組成によって制御できる等の利点を有することが知られている。しかしながら、このCu(In,Ga)(Se,S)2材料は、そのVBMが水の酸化電位に比べてかなり低く、それゆえこのような材料を水分解用の光触媒や光電極等において使用したとしても、必ずしも十分な水分解活性を達成することができない。
【0009】
そこで、本発明は、水分解による水素生成に対してより高い活性を有する光触媒、及びこのような光触媒を含む光電極を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明は下記にある。
(1)Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する、水分解用光触媒。
(2)Gaセレン化物とAg−Gaセレン化物の両方を含有する、上記(1)に記載の水分解用光触媒。
(3)前記Gaセレン化物がGaSe、Ga2Se3、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される、上記(1)又は(2)に記載の水分解用光触媒。
(4)前記Gaセレン化物がGaSeである、上記(3)に記載の水分解用光触媒。
(5)前記Ag−Gaセレン化物がAgGaSe2、AgGa5Se8、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される、上記(1)〜(4)のいずれか1つに記載の水分解用光触媒。
(6)前記Ag−Gaセレン化物がAgGaSe2である、上記(5)に記載の水分解用光触媒。
(7)Rh及びPtの少なくとも1種が担持された、上記(1)〜(6)のいずれか1つに記載の水分解用光触媒。
(8)基板と、該基板上に形成された導電層と、該導電層上に形成され、上記(1)〜(7)のいずれか1つに記載の水分解用光触媒からなる光触媒層とを含む、水分解用光電極。
【発明の効果】
【0011】
本発明の水分解用光触媒は、例えば、類似のCu(In,Ga)(Se,S)2等のCu系カルコパイライト材料と比較して、NHE(標準水素電極)を基準にした場合により高い価電子帯上端(VBM)を有する。したがって、このような光触媒を水分解用光電極において使用することで、より高い水分解活性を達成することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Cu(In,Ga)(Se,S)2材料であるCuGaS2及びCuGa58の状態密度(DOS)を示す模式図である。
【図2】半導体材料による水分解の概念図である。
【図3】Ag−Gaセレン化物のうちの1つであるAgGaSe2の結晶構造を示す模式図である。
【図4】実施例1〜8の各試料に関するXRDパターンを示す図である。
【図5】実施例1、3及び8の各試料に関するUV−Vis DRSの測定結果を示す図である。
【図6】実施例1〜8の各試料に関するUV−Vis DRSによる吸収端波長を示す図である。
【図7】Ag/Ga比が0、0.17、0.48及び0.75の各試料に関する大気中光電子分光の測定結果を示す図である。
【図8】実施例9における(a)〜(i)の各試料に関するバンドギャップの位置を示す図である。
【図9】光電気化学測定において使用した装置の模式図である。
【図10】Ag/Ga比=0.15の光触媒層を備えた水分解用光電極、並びにそれにRh又はPtを担持した3つの各水分解用光電極に関する光電気化学測定の結果を示す。
【図11】Rhを担持した水分解用光電極(Ag/Ga比=0、0.06、0.15及び0.55)に関する光電気化学測定の結果を示す。
【図12】Ag/Ga比=0.15のRh担持光電極に関する電流−時間曲線と水素生成量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の水分解用光触媒は、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有することを特徴としている。
【0014】
先に記載したとおり、Cu(In,Ga)(Se,S)2等のCu系カルコパイライト材料は、一般的にp型伝導性を示し、その組成を変更することでバンドギャップ等を制御できることが知られている。
【0015】
図1は、Cu(In,Ga)(Se,S)2材料であるCuGaS2及びCuGa58の状態密度(DOS:Density Of States)を示す模式図である。図1を参照すると、CuGaS2及びCuGa58の両材料において価電子帯上端(VBM)がCuの3d軌道によって構成され、その上にバンドギャップに相当する禁制帯を挟んで伝導帯下端(CBM)が位置している。そして、CuGaS2及びCuGa58のVBMのポテンシャルは標準水素電極(NHE:Normal Hydrogen Electrode)を基準とすると、図1に記載するとおりそれぞれ0.7VNHE及び0.9VNHEである。
【0016】
一方で、上記のような半導体材料を水分解における光触媒として有効に作用させるためには、先に記載したとおり、当該半導体材料のCBMとVBMが水の還元電位と酸化電位を挟むような位置にあることが一般に望ましい。より詳しく説明すると、半導体材料を用いた水分解の基本的な概念は、図2の概念図に示すように、光を照射することで半導体材料の価電子帯(VB)にある電子を伝導帯(CB)へ励起し、それによって生じた電子(e-)と正孔(h+)が酸化還元反応により水を分解するというものである。なお、水の酸化還元反応は以下の反応式で表される。
還元反応 H+ + e- → 1/2H20=0V
酸化反応 H2O → 1/2O2 + 2H+ + 2e-0=1.23V
【0017】
このような酸化還元反応は電子が移動する反応であり、そして反応が起こるためにはギブズ(Gibbs)エネルギー変化が負であるような反応、すなわち電子がより低い酸化還元準位に移る反応でなければならない。したがって、このような条件を満たすために、半導体材料はそのCBMとVBMが水の還元電位と酸化電位を挟むような位置にあること、すなわち、標準水素電極(NHE)を基準として言えばVBM>1.23VNHE及びCBM<0VNHEであることが望ましい。また、このような要件を満たしたときに、理想的には外部印加電圧なしで半導体材料の光触媒作用のみによって水分解反応を進行させることができる。あるいはまた、このような要件を完全に満たさないまでも、それにできるだけ近づけることで、半導体材料による水分解反応において必要とされる外部印加電圧を減ずることが可能である。
【0018】
ここで、Cu(In,Ga)(Se,S)2材料であるCuGaS2及びCuGa58のCBMのポテンシャルはそれぞれ0VNHEよりも低く、よってCBM<0VNHEの要件を満たす。しかしながら、CuGaS2及びCuGa58のVBMのポテンシャルは、図1に記載のとおりそれぞれ0.7及び0.9VNHEであって1.23VNHEと比較してかなり低く、よってVBM>1.23VNHEの要件を満たさない。
【0019】
そこで、本発明者らは、Cu(In,Ga)(Se,S)2等のCu系カルコパイライト材料におけるCuをAgに置換した材料に着目して検討を行い、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する材料が、類似のCu系カルコパイライト材料と比較して、NHEを基準にした場合により高いVBMを有することを見出した。さらに、本発明者らは、このような材料を水分解用光触媒において使用した場合に、種々の組成において高い水分解活性を示すことを見出した。
【0020】
本発明によれば、Gaセレン化物としては、特に限定されないが、例えば、GaSe、Ga2Se3、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される化合物が挙げられ、好ましくはGaSeが挙げられる。
【0021】
本発明によれば、Ag−Gaセレン化物としては、特に限定されないが、例えば、AgGaSe2、AgGa5Se8、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される化合物が挙げられ、好ましくはAgGaSe2が挙げられる。
【0022】
図3は、Ag−Gaセレン化物のうちの1つであるAgGaSe2の結晶構造を示す模式図である。図中の符号1はAgを表し、符号2はGaを表しそして符号3はSeを表す。このAgGaSe2は、カルコパイライト型の結晶構造を有し、バンドギャップが約1.6〜1.8eV(O.Madelung,U.Rossler,M.Schulz,The Landolt−Bornstein Database,silver gallium selenide(AgGaSe2)energy gaps,Springer Materials)であり、p型半導体及びn型半導体の両方の報告がある(Nigge,KM.et al.,Sol.Energy Mater.Sol.Cells 43(1996)335)。
【0023】
Cu系カルコパイライト材料であるCuGaSe2では、その中に含まれるCu元素を減らしていくことでCuGa3Se5やCuGa5Se8といった組成のディフェクト相を形成できることが一般に知られている。したがって、同じカルコパイライト型の結晶構造を有するAgGaSe2についても同様の現象が起こると考えられる。すなわち、例えば、AgGaSe2を調製する際のAg/Ga比等を適切に選択することで、AgGaSe2のディフェクト相として、例えばAgGa5Se8等の化合物を形成することができると考えられる。
【0024】
本発明の実施態様においては、本発明の水分解用光触媒は、上に記載したGaセレン化物とAg−Gaセレン化物のうちいずれか1種を含む単結晶の形態であってもよいし、あるいは上に記載したGaセレン化物とAg−Gaセレン化物のうちいずれか2種以上を含む多結晶の形態であってもよい。なお、本発明の水分解用光触媒を多結晶の形態において使用する場合には、当該多結晶に含まれる各単結晶の割合は、特には限定されず、本発明の水分解用光触媒が使用される条件等に応じて適宜決定すればよい。
【0025】
また、本発明の水分解用光触媒は、薄膜状又は粉末状のいずれの形態においても使用することができ、その形態は、当該水分解用光触媒が使用される実施態様等に応じて適宜選択すればよい。例えば、本発明の水分解用光触媒を水中に分散させた懸濁系において使用して水分解を実施する場合には、本発明の水分解用光触媒は、粉末状の形態において使用することができる。一方で、本発明の水分解用光触媒を電極系において使用して水分解を実施する場合には、本発明の水分解用光触媒は、薄膜状の形態において使用することができる。
【0026】
本発明の水分解用光触媒は、当業者に公知の任意の方法によって製造することができる。例えば、本発明の水分解用光触媒を薄膜状の形態において光電極として使用する場合には、このような光電極は、例えば、以下のようにして製造することができる。
【0027】
まず、チャンバー内に光電極の基板として、例えば、ガラス等の透明基板が配置され、次いで、減圧下でその上に集電極としての導電層が堆積される。なお、このような堆積は、導電層を構成する金属の種類に応じた適切な手段により適宜実施すればよいが、当該導電層として例えばMo等の高融点材料を使用する場合には、このような堆積はスパッタリングによって実施することが好ましい。また、この際、導電層と基板の接着性を改善するために、当該導電層を堆積する前に任意選択で他の金属、例えばチタン(Ti)等を接着層として基板上に堆積させてもよい。
【0028】
次いで、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する本発明の水分解用光触媒からなる光触媒層が、例えば、真空蒸着法等を用いて上記の導電層上に堆積される。具体的には、Gaセレン化物又はAg−Gaセレン化物を構成する銀(Ag)、ガリウム(Ga)及びセレン(Se)の各金属原料をそれぞれ別々のボート又はるつぼから加熱により蒸発させて上記の導電層上に堆積させることにより、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する光触媒層を導電層上に形成することができる。なお、Gaセレン化物のみを含有する光触媒層を導電層上に堆積させる場合には、GaとSeの各金属原料のみを用いて同様の操作を実施すればよい。また、各金属元素の堆積の順序は、特には限定されず、例えば、Ag、Ga、Seを同時に堆積してもよいし、あるいはAgとGaを堆積した後にSeを堆積してもよい。ただし、SeをAgやGaよりも先に堆積させることは好ましくない。というのも、Seは他の2つの金属元素に比べて沸点が低く、Ag又はGaの堆積時における高温下で蒸発してしまう場合があるからである。
【0029】
あるいはまた、本発明の水分解用光触媒からなる光触媒層を堆積させる別の方法として、例えば、スパッタリング法や真空蒸着法によってAg及び/又はGaを導電層上に堆積した基板を、セレン含有ガス雰囲気中、特にはセレン化水素(H2Se)ガス中において所定の温度で熱処理してもよい。このような方法によっても、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する光触媒層を導電層上に形成することが可能である。
【0030】
例えば、上で記載した真空蒸着方法により、Ag、Ga及びSeの各金属元素を順に別々に堆積させる場合には、これらの各金属元素を任意の好適な手段を用いて適切な厚さで堆積させることにより、最終的に得られる光触媒層中のGaセレン化物やAg−Gaセレン化物の組成比を適切に制御することが可能である。例えば、Agを全く堆積させなければ、当然ながらGaSeやGa2Se3等の化合物を選択的に生成させることが可能であり、また、Gaに対してAgの量が少なくなるようにAg層を堆積させることにより、上記のGaセレン化物に加えて、Ag−Gaセレン化物としてAgGa5Se8等をAgGaSe2に対して選択的に堆積させることが可能である。一方で、Agの堆積量を多くするにつれて、Gaセレン化物やAgGa5Se8の生成を抑制し、主としてAgGaSe2を含むAg−Gaセレン化物を選択的に生成することも可能である。
【0031】
本発明の水分解用光触媒は、上記のとおり、Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有するが、これらに加えて他の成分、特には助触媒等の成分をさらに含んでもよい。例えば、本発明の水分解用光触媒は、それ単独では、水分解による水素生成に関して必ずしも十分な反応速度を達成できない場合がある。そこで、本発明の水分解用光触媒に助触媒として、例えば貴金属、特にはRh及びPtの少なくとも1種を担持することで、水分解による水素生成反応をより促進させることが可能である。
【0032】
Rh及びPt等の金属の担持は、当業者に公知の任意の方法によって行うことができる。例えば、これらの金属の担持は、金属源として上記金属を陽イオンとして含む化合物を用い、当該化合物を所定の濃度で含む電解液に本発明の水分解用光触媒を浸し、キセノン(Xe)ランプ等を用いて光を照射することにより実施することができる。このようにすることで、光触媒の触媒作用によって当該光触媒の表面で水素イオンの還元反応に優先して金属イオンの還元反応が進行し、それを金属として光触媒の表面に析出させることができる。なお、これらの金属の担持量は、特には限定されず、所望の光触媒性能に応じて適宜決定すればよい。
【0033】
本発明の水分解用光触媒を用いた水分解反応は、当業者に公知の任意の方法によって実施することができる。例えば、本発明の水分解用光触媒を粉末状にして使用しそれを水中に分散させ、必要に応じて攪拌等を行いながら、光源としてのXeランプから光を照射することにより水を分解して水素を発生させることができる。あるいはまた、本発明の水分解用光触媒を薄膜状にして導電膜等と組み合わせて光電極を構成し、対極としての白金電極等とともにこれらを水中に配置し、光源として同様にXeランプ等を用いて当該光電極に光を照射することにより水を分解して水素を発生させてもよい。
【0034】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
本実施例では、本発明の水分解用光触媒からなる光触媒層を備えた水分解用光電極を作製し、当該光触媒層に含まれるAgとGaの原子比(Ag/Ga比)を0〜1.2の範囲で変化させた場合の影響及び効果について調べた。
【0036】
[実施例1]
[光電極の作製]
まず、エタノール中で超音波洗浄した面積5×10mm2のソーダライムガラス(SLG)を基板として使用し、これをRF−マグネトロンスパッタ装置のチャンバー内に挿入して、当該チャンバー内を10-4Pa台の圧力まで真空引きした。次いで、基板温度200℃、スパッタパワー100W、Ar分圧8×10-2Paの条件下において、ArプラズマによりSLG基板上にTiを5分間スパッタして接着層としてのTi層を堆積させ、続いて当該Ti層上にMoを20分間スパッタして集電極としてのMo層を堆積させた。
【0037】
次に、得られたMo/Ti/SLG基板を分子線エピタキシー(Molecular Beam Epitaxy:MBE)装置内で300℃に加熱しながら、水晶振動子膜厚計を用いて0.08〜0.11nm/sの堆積速度でGaをMo層上に真空蒸着し、厚さ700nmのGa薄膜を堆積させた。次いで、得られたGa薄膜をMBE装置中で加熱しながらSe蒸気にさらすことで当該Ga薄膜をセレン化し、最終的にAgを含まない(すなわちAg/Ga比=0)光触媒層を備えた水分解用光電極を得た。なお、セレン化の際のMBE装置内の圧力は<5×10-6Pa、基板温度は300〜500℃、セレン化時間は60〜180分、Seの供給速度は0.6〜1.0nm/sであった。
【0038】
[実施例2〜8]
実施例2〜8では、Mo/Ti/SLG基板上へのGaの真空蒸着前に、Agを0.4〜0.5nm/sの堆積速度でMo層上に真空蒸着し、Ag/Ga比(原子比)=0.06〜1.20となるような厚さおいてAg薄膜とGa薄膜を堆積させたこと以外は実施例1と同様にして、Ag/Ga比がそれぞれ0.06、0.17、0.24、0.55、0.60、0.77及び1.20の光触媒層を備えた水分解用光電極を得た。
【0039】
[光触媒層の分析]
実施例1〜8において得られた各試料について、X線回折(XRD)によってそれらの測定を行った。図4は、実施例1〜8の各試料に関するXRDパターンを示す図である。
【0040】
図4を参照すると、Ag/Ga比が1近傍、特にAg/Ga比≧0.6では主としてAgGaSe2からの回折ピークが検出され、Gaを過剰にしていくと、特にAg/Ga比<0.3では主としてGaSeからの回折ピークが検出された。なお、AgGa5Se8のXRDパターンは、文献(H.Ishizaki,K.Yamada,R.Arai,Y.Kuromiya,Y.Masatsugu,N.Yamada,T.Nakada,Mater.Res.Soc.Symp.Proc.865,(2005)143)からAgGa5Se8の格子定数を引用し、AgIn5Se8と同じ構造をとると仮定して計算したものである(使用ソフト:CaRIne v3.1)。また、Ga2Se3とAgGa5Se8の回折ピークについては、Ga2Se3の(130)面及び(031)面とAgGa5Se8の(112)面、並びにGa2Se3の(133)面及び(331)面とAgGa5Se8の(204)面に関する回折ピークがほぼ等しい位置に検出されるため、これらを明確に区別することはできなかった。なお、実施例1〜8の各試料において2θ=40°付近に大きな回折ピークが検出されているが、これは集電極としてのMo層に起因するものである。
【0041】
次に、実施例1、3及び8の各試料について、UV−Vis DRS(Diffuse Reflectance Spectroscopy)(紫外線−可視拡散反射分光法)によってそれらの測定を行った。図5は、実施例1、3及び8の各試料に関するUV−Vis DRSの測定結果を示す図である。
【0042】
図5を参照すると、Ag/Ga比=0の実施例1の試料では、590nm付近と650nm付近に光吸収が観測された。いずれの吸収端もGaセレン化物に関する吸収端であると考えられる。また、Ag/Ga比がそれぞれ0.17及び1.2の実施例3及び8の試料では、700nm付近にAgGaSe2に由来すると考えられる光吸収が観測された。
【0043】
次に、実施例1〜8の各試料について、UV−Vis DRSによって各試料の吸収端波長を測定しそれを図6にプロットした。図6は、実施例1〜8の各試料に関するUV−Vis DRSによる吸収端波長を示す図である。図6は、横軸にAg/Ga比(原子比)を示し、縦軸に吸収端波長(nm)を示している。図6を参照すると、Ag/Ga比が0及び0.06の実施例1及び2の試料では、それぞれ650及び660nmの短波長側に吸収端が検出された。これに対し、Ag含有量がより多い実施例3〜8の試料では約700〜710nmの範囲に吸収端が存在しており、それゆえAg/Ga比=0付近以外では、Ag/Ga比の変動によって吸収端が大きく変化しないことがわかる。ここで、UV−Visスペクトルを測定することでその吸収端波長から試料のバンドギャップを決定することができ、また、この吸収端波長が短波長側にシフトするほどバンドギャップが大きくなることが一般的に知られている。したがって、図5及び6の結果から、Ag/Ga比がそれぞれ0及び0.06の実施例1及び2の試料は、Ag/Ga比がそれよりも大きい実施例3〜8の試料と比較してバンドギャップが大きく、さらには実施例3〜8の各試料ではバンドギャップに関して大きな差異がないことを知ることができる。
【0044】
[実施例9]
本実施例では、実施例1〜8と同様にして光触媒層に含まれるAgとGaの原子比(Ag/Ga比)が(a)0、(b)0.11、(c)0.17、(d)0.19、(e)0.23、(f)0.48、(g)0.59、(h)0.65及び(i)0.75である合計9つの試料を作製し、それらの各試料について伝導帯下端(CBM)と価電子帯上端(VBM)を算出した。
【0045】
まず、上記(a)〜(i)の各試料について大気中光電子分光法による測定を実施した。そのうちの4つの試料に関するデータを図7に示す。図7は、Ag/Ga比が(a)0、(c)0.17、(f)0.48及び(i)0.75の各試料に関する大気中光電子分光の測定結果を示す図である。図7は、横軸に照射光のエネルギーを示し、縦軸に光電子収率の0.33乗を示している。そして、図7に示すように、光電子収率とバックグランドとの交点のエネルギーからイオン化ポテンシャルを算出した。
【0046】
次いで、大気中光電子分光から算出したイオン化ポテンシャルと、UV−Vis DRSの吸収端波長から算出したバンドギャップとに基づいて、(a)〜(i)のすべての試料に関するCBMとVBMの電位を算出した。その結果を図8に示す。図8は、実施例9における(a)〜(i)の各試料に関するバンドギャップの位置を示す図である。図8は、横軸にAg/Ga比(原子比)を示し、縦軸にNHE(標準水素電極)に対する電位(V vs.NHE)を示している。なお、図8中の点線は、水の還元電位(0VNHE)と酸化電位(1.23VNHE)をそれぞれ示している。
【0047】
図8を参照すると、Ag/Ga比=0の試料(a)では、そのCBMとVBMが水の還元電位と酸化電位を挟むような位置にあり、すなわちVBM>1.23VNHE及びCBM<0VNHEの関係を満たしていることがわかる。したがって、CBMとVBMの位置から言えば、試料(a)は最も望ましいバンド構造を有し、高い光電気化学特性を有すると考えられる。一方で、試料(b)〜(i)では、CBMとVBMの電位に関し、Ag/Ga比の変化によって多少の変動は見られたものの、ほぼ一定の値を示すことがわかった。また、試料(b)〜(i)では、VBM>1.23VNHEの要件を満たすものはなかったが、図1に示したCu系カルコパイライト材料のCuGaS2(VBM=0.7VNHE)やCuGa58(VBM=0.9VNHE)と比較すれば、すべての試料についてNHEを基準にした場合により高いVBMを有することがわかった。
【0048】
[実施例10]
[光電気化学測定]
本実施例では、Ag/Ga比=0.15の光触媒層を備えた水分解用光電極を実施例1〜8と同様にして作製し、図9に示す装置を用いて光電気化学測定を行った。なお、当該光電気化学測定に際し、上記の水分解用光電極のMo層にInを用いて導線を接着し、不要部分をエポキシ樹脂で被覆して電解液と接触しないようにした。
【0049】
図9は、光電気化学測定において使用した装置の模式図である。本装置では、本発明の水分解用光電極を作用極11、Pt線を対極12、Ag/AgCl電極を参照極13とし、必要に応じてマグネチックスターラー15等により攪拌を行い、ポテンショスタット14(北斗電工、HSV−100)を用いて電位を制御しながら作用極11に流れる電流を測定した。なお、走査速度は5mV/sとし、電位はネルンストの式により可逆水素電極(RHE:Reversible Hydrogen Electrode)基準に変換した。また、電解液は十分な導電性を確保するために0.1MのNa2SO4水溶液を使用し、NaOH水溶液を加えて電解液のpHを9に調整した。そして、測定前に、溶存酸素を除くため溶液にArガスを吹き込んだ。光源にはコールドミラーとカットオフフィルター(HOYA社、L−42)を装着した300WのXeランプ(λ=420〜800nm)を用いた。シャッターを用いて3秒間隔で光の照射・遮断を繰り返すことで間欠照射し、暗電流と光照射時の電流を測定した。
【0050】
また、本実施例では、金属による光触媒の表面修飾に関する効果を調べるため、上記の水分解用光電極の光触媒層にRh又はPtを担持したものについても同様に光電気化学測定を行った。なお、光触媒層へのRh又はPtの担持は光電着法によって行った。具体的には、図9の装置を用いて、0.1MのNa2SO4水溶液(pH9)100mlにNa3RhCl6を0.4μmol加え、そこに光触媒層を備えた水分解用光電極を浸した。次いで、電位を−0.4V vs.Ag/AgClに保持し、光電流値が飽和するまで30〜200分間にわたり光を照射してRhイオンを還元し、光触媒層上にRhを析出させた。なお、光触媒層へのPtの担持は、0.1MのNa2SO4水溶液(pH9)100mlにH2PtCl6を加え、保持電位を−0.7V vs.Ag/AgClとしたこと以外は、Rhの場合と同様にして行った。
【0051】
Ag/Ga比=0.15の光触媒層を備えた水分解用光電極、並びにそれにRh又はPtを担持した3つの各水分解用光電極について、光電気化学測定を行った結果を図10に示す。図10は、横軸にRHE(可逆水素電極)に対する電位(V vs.RHE)を示し、縦軸に電流密度(mA/cm2)を示している。
【0052】
先に記載のとおり、この光電気化学測定は3秒間隔で光を間欠照射することによって行ったが、図10を参照すると、3つの水分解用光電極のそれぞれについて、光の照射をオンオフすることで電流が流れることを確認した。また、図10の結果から、Rhを担持した水分解用光電極において最も高い電流密度が得られた。さらに、各水分解用光電極について、ポテンショスタットを用いて低電位側から高電位側へ向かって電位を走査し、図10において矢印で示すように、電流が流れ始める電位を検出し、それを光電流開始電位とした。各水分解用光電極の光電流開始電位(VRHE)と0.1VRHEでの電流密度(mA/cm2)を下表1にまとめる。
【0053】
【表1】

【0054】
図10と表1の結果から、金属による表面修飾の有無にかかわらず、すべての光電極において水分解活性を示すことがわかった。中でも、Rhを担持した光電極が光電流開始電位と電流密度の両方において高い値を示し、それゆえ最も高い水分解活性を示すことがわかった。
【0055】
[Rh担持光電極に関するAg/Ga比の影響]
次に、上記の光電気化学測定において最も高い水分解活性を示したRh担持光電極について、Ag/Ga比を変化させた場合の影響について調べた。具体的には、Ag/Ga比がそれぞれ0、0.06、0.15及び0.55である光触媒層に上で説明したのと同様にしてRhを担持した水分解用光電極を作製し、それらの各水分解用光電極に関して光電気化学測定を行った。その結果を図11に示す。また、図11から得られた各水分解用光電極の光電流開始電位(VRHE)(図11において矢印で示す)の値を下表2にまとめる。
【0056】
【表2】

【0057】
図11及び表2の結果を参照すると、電流密度に関してはAg/Ga比=0のRh担持光電極において最も高い値が得られたものの、光電流開始電位に関してはAg/Ga比=0.15のRh担持光電極が最も高い値を示した。図8の結果からは、図8に関連して説明したように、Ag/Ga比=0の光触媒層を備えた光電極が水分解に関して最も望ましいバンド構造を有し、それゆえ高い光電気化学特性を有することが示唆された。したがって、図11の結果は必ずしも図8の結果と完全には一致しなかった。
【0058】
何ら特定の理論に束縛されることを意図するものではないが、Ag/Ga比=0など幾つかの測定試料では高電位側において光アノード応答が見られたことから、試料の一部がn型化してしまったことが考えられる。このような試料の部分的なn型化が原因となって図8に示すCBMとVBMの位置から期待される結果と、光電気化学測定から得られた結果との間に差異が生じたものと考えられる。
【0059】
[水素生成量と光電流値の関係]
次に、Ag/Ga比=0.15のRh担持光電極を用いた光電気化学測定において生成したガスを分析した結果を図12に示す。
【0060】
図12は、Ag/Ga比=0.15のRh担持光電極に関する電流−時間曲線と水素生成量との関係を示すグラフである。図12は、横軸に時間(分)を示し、左側縦軸に−0.7V vs.Ag/AgClの電位で対極に流れた電流値(mA)、そして右側縦軸にガスクロマトグラフィー(3分毎に測定)のピーク面積から算出した水素生成量(μmol/h)を示している。なお、図12では、左側縦軸と右側縦軸のそれぞれの値が理論的に対応するよう記載されている。図12を参照すると、光電気化学測定において観測された電流値と生成した水素の量がほぼ一致していることがわかる。この結果から、本発明の水分解用光触媒を備えた光電極では、光電流のほぼ100%が水の還元に利用されていることがわかる。
【符号の説明】
【0061】
1 Ag
2 Ga
3 Se

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Gaセレン化物、Ag−Gaセレン化物、又はそれらの両方を含有する、水分解用光触媒。
【請求項2】
Gaセレン化物とAg−Gaセレン化物の両方を含有する、請求項1に記載の水分解用光触媒。
【請求項3】
前記Gaセレン化物がGaSe、Ga2Se3、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項1又は2に記載の水分解用光触媒。
【請求項4】
前記Gaセレン化物がGaSeである、請求項3に記載の水分解用光触媒。
【請求項5】
前記Ag−Gaセレン化物がAgGaSe2、AgGa5Se8、及びそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の水分解用光触媒。
【請求項6】
前記Ag−Gaセレン化物がAgGaSe2である、請求項5に記載の水分解用光触媒。
【請求項7】
Rh及びPtの少なくとも1種が担持された、請求項1〜6のいずれか1項に記載の水分解用光触媒。
【請求項8】
基板と、該基板上に形成された導電層と、該導電層上に形成され、請求項1〜7のいずれか1項に記載の水分解用光触媒からなる光触媒層とを含む、水分解用光電極。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−187511(P2012−187511A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−52967(P2011−52967)
【出願日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】